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Track-20.さあ、舞台は整った!


 コトン。


 ポストが音を立てた。慌てて駆け寄りたい気持ちを抑えて、早紀は、木の根本に座っていた。


 今日で八日目になる。初めて来てくれた日は、家の中まで来てくれたが、次の日からは、毎日、夕方のこの時間にポストに封筒を投函してくれていた。


 遠退く足音を聞きながら、立ち上がった早紀は、ポストのボックスを開けた。

 いつもの白い封筒が入っている。

 取りだし、裏を見てみると、

【早紀へ。重大ニュースあり】

と書かれていた。

 大切に胸に抱いて、緑の庭を走る。


「あら、今日も来てくれたの?」


 玄関奥のバルコニーから声がした。

 水差しを持った老女が植え込みの前に立ち、早紀の方を見ていた。


「声をかけてくれたらお茶くらい出すのに」


 老女は、目を細めて笑う。早紀は笑顔で小さく頷くと、玄関に駆け込んでいった。


 息を切らして、部屋に入り、机の上に封筒を置く。 椅子に座り、引き出しから取り出したペーパーナイフで封をきる。


 傾けた封筒からは、いつもの通り、コスモスの花びら一枚と、カードがこぼれ落ちた。

 慎重に花びらをつまみ、机の上の分厚い本を開く。

 開いたページには白い紙が折り畳まれて挟まれており、早紀は、その紙をゆっくりと開いた。


 白い紙の上で、七枚の花びらが押し花になっていた。

 つまんでいる花びらを鼻に近づけて、その香りを胸一杯に吸い込み、白い紙の上に置いた。

 白やピンク、赤の花びらが、綺麗な円形を作っていた。


 花一輪分。押し花を見ていた早紀はいたたまれない気持ちになる。


 私の為に、花が一輪無くなってしまった。


 この星で地球の花はきっととても貴重なものなのだろう。


 本を閉じた早紀は、カードを手に取る。

 カードからシルバリオンが現れ、お手本演技がホログラムで表示される。

 新曲の最終パート。早紀は、机の上で、歌い踊る少女を見つめる。


 いつまでもこんなことを続けていくわけにはいかない。もう一度、みんなと歌いたい。でも……。


 早紀は自分の拳を眺める。その甲は同年代の女性とくらべても異常にごつごつしている。血の滲むような練習に堪え、鍛えあげた証拠だった。誇らしく思っていたその拳がいまは憎い。喧嘩して人を殴ったのは初めてだった。

 いままで積み上げてきた空手家としての誇りは、綾香を殴ったあの時に、ボロボロに崩れ落ちた。


「いつまでうじうじしてんねん」


 拳に手を当てる早紀の耳にに、綾香の声が聞こえた。

 顔を上げると、カードから腰に手を当てた綾香が浮かび上がっていた。


「殴られてムカついたけど」


 口を尖らせてそっぽを向く綾香に、優奈と杏子が駆け寄る。


「わかってるって」


 近寄る二人を押し出した綾香は、頬をさする。


「うちも、頬っぺたしばいたから、お互い様やわ」


 笑顔を作る綾香は続けて話す。


「実はな、うちらテレビに出んねん!」


 ピースサインをする綾香の回りに再び優奈と杏子が集まる。


「この前、高校の体育館でライブやったんだけど、なんか評判になってたみたい」


 杏子の言葉に続いて、優奈が身を乗り出す。


「ご当地アイドル大集合! て番組。ローカル放送らしいけどね」


 杏子と優奈に促された綾香が一歩前に出る。


「明日昼から、帝国第三ホテルってとこで収録やねん」


 そこまで笑顔で言った綾香が、俯き、小声でつぶやく。


「ほんまは、五人で出たかってん」


 俯く綾香の肩に杏子と優奈が手を置く。


「ライブ、舞台に立つのは無理やっても来てくれたら嬉しいねん」


 言いながら手を振る三人のホログラムが揺れる。手前に祐子の顔がアップで現れた。


「待ってるからね」


 祐子の声でホログラムが消えた。

 

 早紀は、記録画像を表示し終わったカードを無言で見つめていた。

 カードには、五人が並び、歌う写真が張り付けられている。


「私、ほんと、何してんだろ」


 拳を握り、つぶやいた早紀は、勢いよく立ち上がる。

 開け放たれた窓から、夕方の涼しい風が吹き込み、早紀の栗色の髪を揺らした。



     *



 帝国第三ホテル前のバス停に降り立った四人と田端は、その偉容に思わず天を仰ぐ。

 天を貫く高層ビル、途中まで窓を数えていた杏子は、四十で数えるのをやめた。それで三分の一くらい。おそらく百二十階くらいあるのだろう。


「なんかやたらと警備がものものしいね」


 祐子の声に、空を見上げていた三人は視線を下ろし、辺りを見回す。


 確かに、ホテルの入口に繋がるアプローチには、軍隊らしき帝国人が立ち並び、車体の上に赤いライトをつけた車が何台も止まっている。


「なんや、大物芸能人になった気分やな」


 アプローチを歩きながら綾香が皆を振り返る。

 玄関を入り、絨毯を敷き詰められたロビーで手荷物検査を受けた。


 未来的なロビーの片隅に、時代遅れの手書きの紙が張り付けられていた。


【『ご当地アイドル大集合!』出演者控え室はこちら】


「俺は先にホールに行ってるから」


 背中に巨大なリュックを背負った田端が手を振って、四人と別れてロビーを歩いていった。


 案内に従い、通路を歩いて行くと、会議室の扉に行き着いた。


【『ご当地アイドル大集合!』出演者控え室】


 会議室の扉に紙が貼付けられている。


「ねえ、これ」


 優奈が、会議室横の部屋の扉を指差す。


【ペルメテウス様控え室】


「挨拶とかしといた方がええんやろか」


 綾香が自嘲するように笑いながら言う。


「早紀が見たら悔しがるだろうね」


 杏子は言いながら、会議室の扉を開けた。


 決して狭くはない会議室内には、先に到着していたアイドル達がところせましと、集められ、皆が扉を開けた杏子に視線を向けていた。

 人種は様々。よく見ると、極寒少女など見知った顔も見えた。


 ご当地アイドルがこんなにもたくさんいるとは思わなかった。嬉しい反面、ライバルの多さに気が重くなる。


 会議室の端に荷物をかためた四人は、人混みの中、衣装を着替えた。弓や刀等の小道具は田端が直接ホールに運んでくれている。


「ペルメテウス、この収録が終わればメジャーデビューらしいね」


 他のアイドルグループの雑談が杏子の耳に入る。


「専用楽屋羨ましいよね」


 ちらりと見ると、小さな女の子達のグループだった。地球の年齢でいえば五、六歳位か。


「もう二十年近くやってるけど、潮時かもね」


 少女達が、同時にため息をついていた。

 杏子は気を取り直し、ディスプレイを開く。


「今日のプレイリスト、確認しようか」


 舞台衣装に着替えた三人が頷き、それぞれディスプレイを開く。


 会議室を埋め尽くすご当地アイドル達。これだけの数の中から抜きん出るのは、並大抵ではない、ペルメテウスは、抜群のプロポーションもそうだが、評価されたのは、抜きん出たのダンスの凄さだろう。

 多少の運も有るだろうが、少しでもいい歌を、ダンスを見せていくしかない。

 たとえローカル番組とはいえ、このチャンスを逃してはいけない。


 杏子は自分に言い聞かせるように頷く。



     *



 収録場所であるホールでは、ステージの飾りつけが終わり、ステージ前には、観客用のひな壇が設置されていた。

 番組スタッフが走り回る中、番組プロデューサによる、出演者アイドル関係者に対するレクチャーが始まっていた。 積み上げられた、大量の段ボールの横にリュックを降ろし、荷物を整理していた田端は慌てて人垣に混ざる。


「本日はお集まりいただきありがとうございます」 

 帝国人のプロデューサは、腕を組み、関係者を見渡す。


「収録スケジュールはお渡しした資料の通りです」


 関係者達が番組資料を取り出す。

 田端も手元の資料に目を落とす。タイムスケジュール、出演順番が記載されている。TKU5の出番は二十組中、十五番目。とりは今回の収録を最後にメジャーデビューするペルメテウスが飾る。

 ひな壇に座る観客はみなペルメテウスのファンクラブらしい。彼女達以外のグループはペルメテウスの前座なのだろう。


「なお、ホテルの外の様子はご存知だと思いますが」


 番組プロデューサが続けて話す。


「ホテルの上階に政府関係者が宿泊しているとの事なので、出演者はもちろんな事、ファン等の対応については、厳重に対処願います」


 レクチャーが終わり、田端はリュックを置いた場所に戻った。

 優奈が使う弓と的を取り出し、貼付けた的の紙の張具合を確認する。


「すみません」


 背後から声をかけられ、田端が振り返る。


「こちらはペルメテウスの舞台道具スペースになるので、場所を移動してもらえますか」


 褐色の肌をし、サングラスをかけた男性が頭を下げていた。


「こりゃどうも」

 田端は言いながら、頭を下げると、両手で荷物を抱える。


「随分すごい荷物ですね」


 大量に積み上げられた段ボールを見て、何気なく言った田端の言葉に、サングラスの男は、身を固めた。


「舞台の仕掛けが入ってましてね」


 頷いた田端は、そそくさとその場所を離れる。


 的と弓を床に置き、綾香のクラブを取り出す。

 クラブに布を当てた田端は、ステージを見て長いため息をつく。

 ペルメテウスのファンを投げ飛ばす訳にはいかない。

 また、祐子に投げ飛ばされなくてはいけない。

 マットも何もない、堅そうなステージ。

 田端はもう一度ため息をつくと、クラブを拭きはじめた。



     *



「すみません。宿泊客の方以外は、これ以上は入れません」


 閑散としたロビーで、警備員が、帽子を目深に被る少女に声をかけていた。

 少女は頷くと、辺りを見渡し、空いていたソファーに腰を降ろした。


 帽子を被り直す少女。栗毛がふわりと広がる。


「私、ほんと、なにしてんだろ」


 目深に被った帽子のつばを触りながら、少女はつぶやいた。

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