表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

Track-19.oblivious mind!

 首都惑星の中でも、中流階級の生徒が通う高校の体育館。舞台の裏手に繋がった体育教官室が、臨時の楽屋になっていた。


 汗の臭い。机の上には、なんらかのスポーツ用品らしきものが、無造作に置かれ、壁には年季の入ったジャージが吊り下げられている。


「なんか、懐かしい光景」


 最初、楽屋に案内された杏子は思わずつぶやいた。あまりいい思い出はない。試合でふがいない結果を残して叱責されたり、辞めたいと言い出した子を先生と説得したり。


 更衣室でライブ衣装に着替えた四人と、スーツ姿の田端は、中年の帝国人男性に促されて、体育教官室の応接セットに腰掛けた。


「今日は来てくれてありがとう」


 男性は、頭を下げると、側にあったパイプ椅子を移動させて腰掛けた。

 田端が立ち上がり、慌てて何度も頭を下げる。


「いや、先生、こちらこそ、呼んでもらって」


 田端につられて四人も立ち上がり、頭を下げた。


「授業の一貫だからね。あなたたちは、今日は特別講師だよ」


 男性がパイプ椅子に腰掛け、田端と四人もソファーに座る。


「しかし、あの田端君がこんなに頑張ってるとわねぇ」


 男性は腕を組み、まじまじと田端を見る。


「あの時、先生が叱ってくれたおかげです」


 顔を伏せながら答える田端の様子を笑顔で見ていた男性は、膝に手を当てて立ち上がった。


「正直、反対する先生方もいた。でも、あの子達にこそ君達を見て貰いたい」


 男性は四人の顔を一人づつ見ると、背を向けて扉に向かって歩きはじめた。


「打ち合わせとかあるだろ。出演時間前に声をかけるよ」


 ひらひらと手を振りながら、男性は扉を出ていった。


「曲順番は、昨日話合った通りでいいな」


 田端がディスプレイを表示させる。覗き込む四人が頷く。


 今回のライブは体育館で行われる。ショッピングモールや、ライブ会場と違って舞台の位置が高く、観客席も遠い。

 話し合いの結果、パフォーマンスは行わず、曲とダンスだけで勝負することに決まった。

 曲はできるだけ明るいものを選び、最後に『Chocolate attack!』を持ってくる。これは、今回のライブ独特の理由からだった。


「質疑応答なんだが」


 田端の言葉に、皆の視線が杏子に集まる。


「かなり突っ込んだ質問が来ると思う」


 辺境低文化惑星人との交流。

 今回のライブは、帝国文化の授業の一駒として行われる。それに伴い、ライブの後には、学生と四人の間で質疑応答が行われる。学校側からの要望は、地球の思い出を歌って欲しいとの事だった。


「まず、五人いない理由を聞かれるだろうな」


 四人は顔をうつむけ、ソファーの空いている席を見る。


「先生には、体調不良って言っておいたから、それに合わせてくれればいい」


 杏子の顔を覗き込む田端が言う。質疑応答は基本的に仮リーダーの杏子が答えることになっていた。

 早紀が居ない間の仮リーダーについては、杏子以外の皆が杏子を推した。杏子は祐子が適任だと言ったが、祐子は首を振り、「あなたはいつも皆の事を考えていたから」と言い、皆が頷いた。


「あんまり酷い質問が出たら俺が止める」


 田端がディスプレイを閉じると同時に、扉がノックされた。

 扉が開き、銀髪の女子学生が顔を覗かせる。


「そろそろお願いしまーす」


 扉が閉まると同時に四人と田端は立ち上がった。


 辺境の地球人が、授業とは言え、自分達を見に集まった人達の前で歌う事ができる。ここが正念場である。

 高鳴る鼓動に突き動かされるように、四人は自然とソファーセットのテーブルの上に片手を重ねていく。


「TKUファイト!」


 体育教官室に声が響いた。



     *



 幕の降りた舞台に上がり、それぞれのスタートポジションに立つ四人は顔を合わせて頷き合う。

 幕の向こうからは、学生達のざわめきが聞こえる。


「全校集会思い出すわ」


 口元にマイク型のディスプレイを表示させた綾香が笑う。


「なんか集会とかって、ついつい話し込んで怒られるんだよね」


 優奈が言いながら、歌詞を表示させたディスプレイを閉じた。


「杏子、大丈夫?」


 祐子は、横に立ち、マイクのディスプレイを調整する杏子を見る。


「うん」


 杏子は頷くと、三人をゆっくりと見渡す。


「田端さんには悪いけど、みんなで決めた事だから」


 笑顔で言う杏子。三人が頷くと同時に、幕の向こうから開幕を知らせるブザー音が聞こえた。


 前を向いた四人の前で幕が上がっていく。


 幕の向こうは、暗闇になっていた。

 スポットライトに照らされ、学生達が並ぶ姿を想像していた四人は、不安げに顔を見合わせる。


「あっ」


 前を向いた祐子が思わず声を上げた。

 前を振り向いた彼女達の目に飛び込んだ景色は、暗闇の中で揺らめくペンライトの海だった。


 舞台脇で田端がペンライトを持ちピースサインをしていた。観客も地球風にしてくれたらしい。


 体育館に軽快な音楽が鳴り響く。

 ライブのスタート曲は『メインストリートで行こう!』。



     *



 照明に照らされた体育館は、想像よりも遥かに広かった。


 『chocolate attack!』を歌い終えた四人は、乱れた呼吸を整えながら、用意された椅子に座った。

 ライブの後半付近から観客の反応は上々だった。今も拍手が鳴りやまない。


「では、これより、質疑応答を始めます」


 開演前に、体育教官室に顔を出した女子学生が、舞台上から観客に語りかける。

 早速体育館の後方で手が上がった。

 指名を受けて立ち上がった男子学生がマイク型ディスプレイに話しかける。


「メンバーは五人て聞いていたのですが」


 体育館が、賛同の声に包まれる。


「それは……」


 言いかけた舞台上の女子学生を杏子が制した。


「私達」


 杏子は言いながら、メンバーの顔を見渡し、頷く。


「無茶苦茶酷い喧嘩しちゃって、それで来ていません」


 体育館がざわめきに包まれた。

 舞台脇では、田端が呆気に取られたように、ぽかんと杏子を見ていた。

 杏子は顔の前で両手を合わせて田端に頭を下げる。


「け、喧嘩ですか。理由は?」


 質問をした男子学生が、再度問い掛ける。


「ご存知かも知れませんが、私達の地球には、メインストリートから通常空間を通らなければ行く事ができません」


 体育館内が静まりかえる。観客の様子を眺めた杏子は続ける。


「私達が地球を出発してから、地球では数百年が経過しています」


 学生達は、真剣な眼差しで杏子を見ていた。

 ウラシマ効果については、学生ならば知っているだろう。しかし、実感としてはなかなか理解することは出来ていないのだろう。

 予想通りの反応に杏子は頷く。


「大切に思う人が存在しない地球の為に、アイドルを続ける意味が有るのかどうかで意見が分かれたのが原因です」


 昨日、練習が終わり、フロアで四人が話し合った結果、質疑応答では、どんな質問にもとにかく誠実に、真実をありのまま答えよう、と決まった。観客は皆、自分達と同じ年頃の学生である。アイドルとしては、してはいけないことかもしれないが、近い年齢だからこそ、伝えたい思いがあった。それがどのように伝わるか見てみたかった。



「彼氏とかいますか?」


 体育館中程で女子学生が問い掛ける。

 舞台脇で田端が、口の前でバツマークを作り、首を振っていた。

 再び、ごめんなさい、ポーズをする杏子の姿に、田端は頭を抱える。


「片思いですけど、好きな人がいました」


 アイドル失格の回答だろう。体育館が再びざわめきに包まれた。


「過去形なんですね」


 女子学生の言葉に杏子は頷く。


「もう、死んじゃって、会うこともできないから」


 俯く事なく、真っすぐ、女子学生を見て杏子が答えた。



     *



「いやー素晴らしかったよ」


 授業が終わり、体育教官室に駆け込んできた帝国人男性が興奮冷めやらぬ様子で話しかける。


「生徒達の反応もよかった。みんな、君達のファンになったに違いない」


 男性は、ソファーで、俯き黙り込む四人に気付き、パイプ椅子に座る田端を見遣る。


「先生、彼女達ここで着替えるみたいなんで」


 パイプ椅子から立ち上がった田端は、男性の背中を押して、体育教官室を出ていった。



 体育教官室に残された四人は、俯き、黙り込んでいた。

 綾香が沈黙を破る。


「杏子、大丈夫なんか?」


 優奈と祐子も、黙って俯く杏子を見る。

 杏子は、黙って大粒の涙を零していた。


「杏子」


 三人は、思わず腰を浮かして杏子の肩に手を添えた。


「よく頑張ったね」


 優奈が目に涙を溜めながら頷く。

 杏子は頷くと、両手で涙を拭い、赤く腫れ上がった目で笑顔を作った。


「ごめんね。なんか、今頃になって実感沸いて来ちゃってさあ」


 杏子の言葉に、皆が目に涙を溜めた涙を零した。



     *



 渡り廊下を喋りながら、学生達が教室に戻っていた。


「いやー、思ってたよりよかったよな」


 背の高い学生が、周りの学生に話しかける。話しかけられた眼鏡をかけた学生が腕を組み頷く。


「歌もダンスもよく訓練されていた」


「だよな。低文化惑星出身にしては、見た目もなかなかだし」 


「質問にも真摯に答えていたな。アイドルぽくはなかったが」


 背の高い学生は、うつむいて歩くもう一人の学生の肩に手をかけて声をかける。


「お前も、どうだったんだよ。始まる前は白けてたのに、最後のりのりだったじゃん」


 話しかけられた学生は面倒くさそうに、肩に載せられた手を振り払った。


「なんだよ。まあ、俺は気に入ったな。ファンクラブ入ろうかな」


 腕を組み一人頷く背の高い学生。


「勝手にしろよ」


 うつむいたままの学生の言葉に、背の高い学生は唇を尖らせる。


「なあ、一緒にファンクラブ入ろうぜ、リューク」


 リュークは黙って前を向いて歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ