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Track-18.ティータイムは思い出とともに!

 レンガ造りの小さな駅に降り立った杏子は、想像とあまりにもかけ離れた景色に、思わず立ち止まった。


 首都惑星の中でも、政府関係者や、大企業のオーナーが住居を構える最高級住宅街。中流階級で、あの未来的な町並みなのだから、超高層住宅や、いっそ、天空の住宅を想像していた。


 小さな駅舎を出ると、石畳の広場に街路樹の木陰がモザイク模様を作り、中央の噴水が涼しげに水煙をあげている。

 手をかざして見上げると、強い日差しに小さな影が見えた。鳥が飛んでいる。 親子連れの帝国人が、笑いながら町をゆっくりと歩き、レンガ造りの建物の前では、オープンテラスのカフェが設置され、老人達が、木陰のテーブルを囲み、ゲームのような物を楽しそうにしている。


 想像と掛け離れた光景に、降りる駅を間違えたのだろうか。

 杏子は、ディスプレイを表示させて、現在地を確認する。

 間違いない。ここが、銀河帝国首都惑星の最高級住宅街である。


 そういえば、杏子は、ディスプレイの表示を頼りに石畳の歩道を歩きながら思い出す。地球でも、田舎暮らしが流行している、と聞いた事がある。それと似たようなものなのだろうか。


 ディスプレイを頼りに、石畳の小道を何度も折れ曲がる。女性が連れた、二匹の丸いフサフサの毛に覆われた動物に纏わり付かれながら、見上げた先が目的地だった。


 敷地からはみ出さんばかりに盛り上がる緑の木々。積み上げられた古レンガの間に、朽ちかけた木で作られた小さな扉が見えた。


 呼吸を整えて、扉の横の呼び鈴のスイッチを押す。


 何の反応も無かった。だいたい、呼び鈴にしても、住宅の建物自体が木々で見えないため、正常に機能しているか分からない。


 二三度呼び鈴を押した杏子は、レンガの壁に手を置いて、敷地の中を覗き込む。


「私の家に何かご用ですか。お嬢さん」


 老女の声に振り返る。あのモフモフを連れた女性が杏子を見上げていた。



     *



 一見無造作に見えて、隅々まで手入れが行き届いた庭の中、テラスのテーブルセットに座る杏子は、所在無く、回りをキョロキョロと眺めていた。

 蔦が這った、外国の城のような豪邸。

 庭は、手前に小さな小川と池があり、奥には白い小さな花が咲き、その向こうは緑の葉で覆われ、外の様子は見ることができない。

 地球にいた頃、母親がテレビの園芸番組で特集された英国式庭園を見て、ため息をついていたのを思い出す。


「早紀さんは、朝からお出かけしているのよ」


 老女が、トレイを持ってテラスに出てきていた。

 慌てて立ち上がった杏子は、老女からカップや、ケーキが載せられた皿を受け取りテーブルに並べる。


「綺麗なお庭ですね」


 ポットから琥珀色の液体をカップに注ぐ老女に杏子が庭を見渡しながら言う。

 杏子の前にはカップを置いた老女は嬉しそうに笑うと、自らのカップにも液体を注ぎ、椅子に座った。


「旦那や息子には、もっと綺麗にしなさいって言われるんだけどね」


 カップの中身の液体は紅茶のような味がした。頭の中まで染み渡るような深い苦み。


「おいしい」


 懐かしい味に、思いを馳せていた杏子がつぶやく。まさに紅茶だった。目の前の景色が、友達と行った、ちょっとお洒落なカフェと重なる。

 めいっぱいお洒落して、雑誌に載っていたカフェまで遠征し、女子だけでテーブルを占拠していた。たわいもない話を延々と繰り返す。


「いつか彼氏が出来たらこんな店に来てイチャイチャしたいよね」


 みんなが頷いて笑いあった。


「ほら、クリームがついてるぞ」


 長身でボーイッシュなカオリが、前に座る小柄なユカに言う。


「え、ほんと?」


 手元のかばんから鏡を取り出そうと俯くユカの唇を、カオリが人差し指でなぞる。


「ユカはおっちょこちょいだからなぁ」


 指を口に運びながらカオリが言う。ハラハラして見ていた皆が笑い出した。


「イチャイチャってこんな感じじゃないのか?」


 キョトンとするカオリと、何故か顔を赤らめるユカ。



「楽しい思い出があるのね」


 老女の言葉に我に帰った杏子は、にやけた口元に手を当てた。


「早紀さんも、それを飲んだ時、そんな風に笑っていましたよ」


 老女はカップに口を付けると、しわだらけの目を細めた。

 杏子は姿勢を正し、真っすぐ老女を見つめる。


「今日は早紀の事が聞きたくて来ました」


 カップを置いた老女は、じっと杏子の目を見つめる。老女の射抜くような金色の瞳が、杏子の瞳から心の中まで覗き混んでいるようだった。

 目を反らさない杏子に、老女はまた微笑むと、ケーキにフォークを入れた。


「ケーキも美味しいわよ」


 ケーキを口に運んだ老女は、カップの紅茶を再び飲み頷いた。


「貴方にはごまかしは通用しないわね」


 老女は、カップをテーブルに置くと、庭を眺める。


「あの娘、ずっと部屋に閉じこもっているの」


 庭を見つめたままの老女は続ける。


「何日か前、突然、全身細胞準化手術を受けたいって言ったの」


 杏子は身を乗り出す。


「全身細胞準化手術ですか?」


 老女は頷くと、杏子の方に視線を戻し頷く。


「全身の細胞を変異させて、見た目には完全な帝国人になることね」


 老女の言葉に、杏子はテーブルの下で両手の拳を握りしめた。


「どうして……」


 老女は首を振る。


「なんとか思い留まらせたのだけど、部屋から出たくないって言うの」


 蔦に覆われた二階の窓を見上げる老女。杏子はその視線を追って、締め切られ、雨戸が下ろされた窓を見上げた。


「大切な人を傷つけてしまったからって泣いていたわ」


 再び俯いた杏子は、ポーチから封筒を取り出し、机の上に置いた。


「これ、早紀に渡して貰えますか」


 老女は頷くと、封筒を胸に抱いた。


「まかしといて。秘密の手紙の運び屋さんみたいでドキドキする」


 笑いかける老女を見ていた杏子は、この人にならばと、疑問に思っていた事を質問してみることに決めた。


「この星の女性はどうして、私達に優しく接してくれるのですか」


 最初、質問の意味を図りかねている様子だった老女は、思いついた様に頷く。


「男達は、単純だから」


 老女は口に手を当てて笑う。


「女がしっかりしないとね」


 頷いた杏子は、少し笑顔を作り、ケーキを口に運んだ。



     *



「早紀さん、おやつ置いとくわね」


 扉の外から声が聞こえた。

 ベッドから起き上がった早紀は、扉の鍵を開けて、廊下に置かれたトレイを持ち上げる。

 メモリアルティーとケーキ、そして白い小さな封筒が乗せられていた。

 部屋に入り、鍵をかける。

 机にトレイを置いた彼女は、封筒を手に取り、ベッドに腰掛けた。

 裏表紙に【早紀へ】と書かれた封筒を開け、中身をシーツの上に取り出す。


 こぼれ落ちたのは、ピンクの花びら一枚と、カードが一枚。


「コスモスの花びら」


 つぶやき、花びらを取り上げ、目を閉じて鼻に近づけて見る。遠く離れた地球の香り。

 花びらを握りしめて、胸に抱く。

 捨て去ろうとした地球。外見だけで無く、精神までも、完全な帝国人に改造したいと思った自分がいた。

 なんて馬鹿な事を考えていたんだろう。

 この香りを嗅いでも何も思い出せないようになりたかったのだろうか。

 

 花びらを握りしめたまま、カードを手に取った。

 音楽と共に、カードからホログラムが浮かび上がる。

 シルバリオンのリーダーアスカが、聞いたことのない歌を歌い、踊っていた。


 ベッドから立ち上がり、カードを机の上に置いた早紀は、アスカの真似をしてステップを踏みはじめた。



     *



【緊急ニュース】


 突然、全員の目の前にディスプレイが表示され、文字が赤く点滅している。

 一日の練習を終え、フロアに座り、ジュースを飲んでいた四人は突然現れたディスプレイに驚きの声を上げた。


【本日、執政庁広報より、執政庁内で大規模な人事異動があったと発表がありました。執政庁副長官レビアカンプ氏が罷免され、新たにゲンヴェル氏が皇帝より信任を得た模様です。執政庁内穏健派の筆頭であったレビアカンプ氏の失脚により……】


 淡々と原稿を読み上げる女性キャスターの声が、勢いよく開く扉の音に掻き消された。


「大ニュース! 大ニュース!」 


 叫びながらフロアに走り込んだのは、髪を振り乱した田端だった。


「田端さん、今までどこいってたんですか?」


 優奈が呆れた顔で、膝に手を置き、息を整える田端を冷たい目で見る。


「大ニュースって、この執政庁がなんたらってやつか?」


 綾香の質問に、田端は激しく首を振った。


「そんなしょーもないニュースじゃない。決まったんだよ」


 綾香が腰に手を置き立ち上がる。


「だから、何が決まったんや?」

 顔を上げた田端は、顔を上げると、興奮してまくしたてる。


「決まったんだよ! 次のライブ会場」


 綾香以外の三人も思わず立ち上がり、田端の回りを取り囲む。


「ライブ、どこで出来るんですか?」


 目を合わせた四人を代表して杏子が尋ねる。


「学校。高校の体育館」


 田端はピースサインをして笑顔を作った。



     *



 早紀は汗を拭きながら、メモリアルティーに口を付けた。口の中に広がるのは海王星を見ながら皆で飲んだ紅茶の味。

 メモリアルティーは、本来結び着きの薄い、脳内のシナプスを結び付ける効果があるという。

 今自分が飲みたい味に変化し、逆に味が思い出を蘇らす。


 空のカップをトレイに置いた彼女は、ずっと閉まりっぱなしだった雨戸を開けた。

 夕日に照らされる部屋。早紀は、胸一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。

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