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Track-17.この指とーまれ!(Galaxy-Mall cmsong)

 

 杏子はスクーターを押して並木道を歩いていた。

 ここまでいろいろ考えてきたが、やはり帰る場所はあの家しかない。

 黙って借りたスクーターで乗りつけるのはさすがに、気がすすまなかったので、並木道に入ってすぐにスクーターを降りた。


 スクーターの前カゴで、エルザに貰ったコスモスが袋から顔を出して、ピンクの花を覗かせていた。

 この花を守る為に、アイドルに成らなければならない。その為には……。


「杏子姉ちゃん!」


 声が聞こえた。コスモスから視線を上げると、グレイス家の前にエコが立っていた。


「ほら、姉ちゃん帰ってきたよ」


 ガレージの方に向かって叫ぶエコに、マーサが駆け寄る。


 気恥ずかしさから、足を止め、俯く杏子に、二人の駆け寄る足音が聞こえる。

 どれだけ怒られるのだろうか。

 どこかに連れていかれて処理されるのだろうか。

 杏子は身をすくめる。



 杏子の体を柔らかく暖かい物が包み込む。

 顔を上げると、目線のすぐ先にマーサの顔があった。それは、笑顔と涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 マーサは、杏子の体を力強く抱きしめた。

 杏子の手を離れたスクーターが、揺れながら空中に浮かぶ。


「どこいってたんだよ。心配かけて」


 マーサのふくよかな胸の中で杏子は「ごめんなさい」とつぶやく。


「リュークと旦那が馬鹿な会話して、あんたが飛び出して行ったって聞いて、どれだけ心配したか」


 杏子を抱きしめるマーサの力が強くなる。


「ほんとにごめんなさい」


 杏子は繰り返し言いながら、両手がでマーサに抱き着いた。

 マーサは杏子を抱きしめる力を抜き、顔を眺めた。


「私達は、ご両親と秋山さんからあんたを預かったんだよ。二度とこんな事しないでね」


 立ち尽くす杏子の涙をマーサが拭き取る。


「エコ、お父さんとリュークに連絡しといて」


 離れて二人の様子を不思議そうに見ていたエコが頷く。



「綺麗な花ね」


 スクーターを押して歩く杏子の横でマーサがコスモスを見ていた。


「コスモスっていう花です」


 答えながら杏子は、袋の口を広げて見せた。


「庭に植えてみましょうか」


 マーサの提案に杏子は頷く。「そういえば」マーサが足を止めた。


「昨日、友達が来てたわよ。眼鏡を掛けた女の子」



     *



 息を切らして階段を上っていく。

 扉の前で立ち止まり、呼吸を整えた。

 あの日、大喧嘩をした日の翌日、恐る恐る開けた扉。

 息を整える杏子の耳に、低い弦の音が聞こえた。

 はやる気持ちを抑えて扉を開ける。


 明るいフロアでは、段差に腰かけた祐子が、ギターを肩から下げて座っていた。近寄る杏子に気付かないほど集中し、ディスプレイの楽譜を見ながら、弦に指を走らせている。


「祐子」


 杏子の声に、やっと気づいた祐子が、眼鏡をかけ直しながら見上げる。


「昨日、行ったら行方不明だって聞いてびっくりしたよ」


 ギターを肩から下ろした祐子は、眼鏡をずらして潤んだ瞳を擦る。


「心配かけてごめんね」


 頭を下げる杏子に祐子は首を振る。


「それって」


 眼鏡をかけ直した祐子は、杏子が両腕抱える袋に気付き、立ち上がる。


「コスモス。植物園で見つけて貰ってきたの」


 杏子は袋の口を大きく開ける。

 祐子は、揺れるコスモスの花に愛おしそうに手を触れた。


「私達だけじゃなかったんだね」


 コスモスの花に触る祐子は、顔を上げると、杏子に笑顔を見せて言う。


「地球から来たの」


 杏子は笑顔で頷いた。



     *



 二人での練習の日々が続いた。

 シルバリオンのお手本映像を見ながら、杏子と祐子はお互いのダンスを見合い、それぞれの歌詞パートを練習する。


 祐子が、ホームステイ先から持ってきたベースの練習のため、杏子は、メインボーカルのパートを歌った。


 朝、文化会館に集合し、午前中は、ダンスの練習。ノリ弁を食べた後、昼からは、歌と祐子のベースの練習、というスケジュールが繰り返されていった。


 その日、杏子と祐子の二人は、郊外の集合住宅が立ち並ぶ町に来ていた。

 辺りには超高層マンションが立ち並び、その足元では、小さな子供達が、申し訳程度に作られた公園で遊んでいる。


「この辺りのはずなんだけど」


 祐子の目の前のディスプレイには、地図が表示され、目的地を示す印しと、現在地を表す円のマークが重なっていた。


「ねえ、祐子」


 後ろ歩いていた杏子が、祐子の肩を叩く。振り向くと、祐子は、耳の後ろに手を当てて、公園の方を見ていた。


「音楽が聞こえる」


 杏子に言われて、耳を澄ます祐子にも、公園の方からかすかに聞こえる音楽に気付いた。


「ほんとだ」


 マンションの入口で二人は立ち止まる。


「ねえ、この曲って」


 耳から手を離した祐子と杏子は顔を見合わせる。


「『chocolate attack!』」


 二人は、同時に言うと、一目散に音の鳴る方に走り出した。


 遊具のが置かれた広場に子供達が集まっていた。子供達の見つめる先から、激しいドラムを打ち付ける音と、エレキギターのメロディーが流れてくる。

 聞こえる歌は『Debut!』。


 子供達に取り囲まれて、ベンチに座った綾香が、空中に浮かぶいくつもの光の輪を、両手に持ったバチで激しく叩き、その横では、エレキギターの形に浮かび上がるディスプレイを掻き鳴らし、頭を激しく揺らしながら叫ぶように歌う優奈がいた。


 二人の姿に、杏子と祐子はその場に立ち尽くした。


「ちゃんと続けてくれてたんだ」


 祐子が言う。

 



     * 



 数日前、連絡を取る事が出来なくて心配だと優奈と綾香について、祐子に聞いた事があった。

 杏子の話を聞いた祐子は腕を組んで黙り込んだ。


「ほんとは、内緒なんだけどね」


 杏子がいなくなった日、祐子は優奈のホームステイ先に行っていた。

 まず、水着の件を謝った祐子は、背中のベースギターを取り出して優奈に見せた。


「アイドルが、演奏してたら面白いと思わない?」


     *



 杏子と祐子は、顔を見合わせ頷くと、歓声をあげる子供達をすり抜けて、前に進んでいく。祐子は背負っていたギターケースから、ベースギターを取り出していた。


 無心で演奏していた綾香は、聞き慣れない音に顔を上げる。

 肩から掛けたベースギターを引き鳴らす女性。驚いて演奏をやめた綾香が見つめる先には、口元に拡声用の小さな丸いディスプレイを光らせる女性。

 突然止まった音楽に、観客である子供達がざわめく。

 杏子と祐子が笑顔で振り返る。

 ベースギターが低音のリズムを刻み始めた。綾香と優奈は目を合わせて頷くと、ギターを掻き鳴らし、ドラムを叩き出した。

 三人の様子を見ていた杏子は皆に頷くと、観客の方に振り向き歌い出す。



 子供達の歓声の中、演奏を終えた三人は杏子に歩み寄った。



     *



 オフィスビルの谷間に忘れられたように存在する、芝生とベンチだけの小さな公園。なんの為に存在するのかずっと疑問だったが、スーツを着た田端は、今、その存在理由に気付いた。


 ため息をつきながら、コーヒーチューブを口につける。

 足元に置いたかばんからよれよれのメモ帳を取り出す。

 秋山から貰ったものである。几帳面な字で、生前に当たりをつけていた興行企業のリストが並んでいた。

 胸ポケットから取り出した赤ペンで、企業名の上にバツを書き加えていく。

 メモを帳をかばんに戻した田端は、両膝に肘を付け、ぼんやりと伸び放題になっている芝生を眺めた。


 一人で落ち込める場所。それが、この公園の存在理由。

 この公園があってよかった。


 いつまでも飛び込み営業を続けるわけにはいかない。ある程度の興行主の参下に入り、イベントなどに呼んでもらえれば、と思っていたが、考えが甘過ぎたようだ。

 彼は、TKU5に出会ってから今まで、ライブの様子だけでなく、練習風景や、舞台設置などで働く彼女達を映像に収め、興行企業でプレゼンテーションをしてきた。

 田端の考えでは、その物語性に企業が飛びつくはずと思っていたが、現実は厳しいものである。


「コンセプトはいいんだけどねぇ。ほら」


 今行ってきたビルのオフィスで企画担当の若者は言いながら、背後に貼付けられたポスターを指差した。

 この企業が企画興行したイベント。出演者はみな銀髪。


 言い返す事が出来なかった。


 田端は外見上は生粋の日本人である。

 彼の両親は、秋山と銀河帝国に来て、DASを受ける前に彼を妊娠、出産していた。

 DASを受けた後ならば、彼はきっとそのあたりの帝国人となんら変わることのない外見だっただろう。

 何度両親を怨んだことか。面とむかってイジメられることは無かった。小さな子供にすら、銀河の支配者としての慈悲が植え付けられていたから。

 主要なイベントには特別枠としていつも名前が上がる。発言には称賛の声がかけられる。

 それが、彼自身の能力への評価でなく、低文化惑星への慈悲であることに気付いたのは、生徒会活動への参加だった。

 イベント等の意見は称賛されるのに、実際には別の案が採用される。

 一番の親友と思っていた帝国人に相談した。


「そりゃ、だってお前、帝国人じゃないじゃん」


 当たり前の様に話す親友を殴り、学校を飛び出した彼は、両親に内緒で髪を脱色して学校に登校した。


「ちょっと来い」


 担任の先生に連れられて、空き教室に向かった。

 顔の形が変わるかと思うくらいに殴られた。


「帝国で生きていくためには、宇宙線に抵抗を付けるDASは必須である。貴様を産むために、ご両親は自らの命を犠牲にした。そんな事も分からないのか」


 田端の両親は、命を犠牲にして地球人を残してくれた。母親は、まだ彼が十歳の頃に、父親はその十年後に、それぞれ宇宙線病で死んだ。


 なれないワックスで固めた髪の毛をくしゃくしゃとかいた彼は、ふと思う。


 あの先生、今どうしてるんだろ。

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