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Track-16.Sincerity Flower!(yourSF subject song)

 どこまでも続く青い空。地平線まで続く緑の草原には、雲の影がまだらの模様を描いている。


 髪をなびかせる乾いた風。まっすぐ伸びる道路をただひたすら走りつづける。


 何も考えず、リュークのスクーターに乗り、町を飛び出した杏子は、いつの間にか郊外の草原地帯を走っていた。

 吹き抜ける風のおかげで、雨に濡れた服と涙はすっかり乾いていた。


 スクーターには、鍵も無ければ、ブレーキもスロットルもない。ただ前に進みたいと思えばスピードを上げ、曲がりたいと思えば勝手に曲がる。

 なんらかのシステムで杏子とスクーターが繋がっているのだろうが、もう、そんな事はどうでもよかった。

 行き先のない旅。救いのない旅に出たことが、銀河帝国へのささやかな反抗に思えて気持ちがスッキリした。


 銀河全域に張り巡らされたメインストリートに象徴される、ルートを外れることの出来ない閉塞感からの解放なのだろうか。

 杏子は、おもいっきり口を開けて、言葉に鳴らない叫び声を上げた。

 叫び声が追い風に流されて、背景に消えていく。



     *



 道路脇の木陰にスクーターを止めた。

 どのくらい走り続けたのだろうか。空中に浮かぶスクーターから振動は伝わらないが、さすがにお尻が痛くなった。

 木陰に入り、伸びをする。

 

 この道はどこに繋がっているのだろう。


 杏子の目の前に、地図を表示したディスプレイが現れる。


 草原の中の一本道の先には、【辺境惑星 花の植物園】の表示があった。

 辺境惑星の表示に興味が引かれる。

 スクーターにまたがった杏子は、植物園に向かって走りはじめた。



     *



 空が夕焼けに染まる頃、森の中に佇むレンガ造りの建物の前で杏子はスクーターを止めた。

 森の梢が風で揺れる音に混じり、鳥の囀りが聞こえた。

 そういえば、銀河帝国に来て初めて鳥の声を聞いた。

 杏子は、梢から飛び立つ鳥の影を追い掛けた先、二つの尖塔を持つ、お洒落な喫茶店のような建物を見上げる。

 

 植え込みに囲まれた通路を歩いて行くと、木製の扉があり、【辺境惑星 花の植物園】と焼き付けられた小さな看板がぶら下がっていた。扉の前に立ち、取っ手を握り、引き開けると、扉の上に取り付けられたベルが、チリンと音を立てる。


 暖炉のある洋風の室内には、いたるところに、植物が植られた鉢が置かれ、空間を覆いつくす様に、植物が繁っている。


「いらっしゃい」


 声がする方を振り向く。緑の葉の中から現れたのは、ピンクの頭巾を被り、茶色の前掛けをした若い女性が立っていた。


「帝国人じゃないのね」


 女性は手に持っていた水差しを棚に置くと、杏子の前に全身をあらわにした。


「尻尾」


 杏子は思わず言葉を出し、口をつぐんむ。

 女性の背後に、真っ白なフサフサの毛に覆われた尻尾が揺れていた。


「気にしなくていいのよ。ほら」


 女性はピンクの頭巾を取り払う。茶色のくせ毛が広がる。そして、二つの立耳が動いていた。


「エンツァルト星出身のエルザです。あなたは?」


 笑顔で尻尾を揺らすエルザに杏子は頭を下げた。


「地球から来ました。剣崎杏子です」


 エルザは人差し指を顎に当てて少し考えると、何か思い出した様に手を叩く。


「地球ね。ついて来てよ」


 杏子の肩を叩いたエルザは、奥の扉に向かって歩き出した。

 足早に歩くエルザの揺れる尻尾を見ながら杏子は後に続く。


 エルザが扉を開ける。

 扉を抜けた杏子は息を呑んだ。


 視界に広がった物は、平野一面に絨毯の様に咲く、いろとりどりの花だった。


「ここでは、銀河中の花を集めて栽培しているの」


 花と花の間に作られた通路を歩く二人に、花に水を上げていた男性が頭を下げる。


「目で見ることは出来ないけど、花壇毎にフィルタ処理されていて、その花に一番適した気候が再現されているの」


 花壇で立ち止まった杏子は、虹色の丸い花を咲かせる花壇に手を伸ばす。


 薄い膜の様な物を手が通過し、花の周囲の冷たい空気に驚き、手を引っ込めた。


「メザイアのカルキスと言う花です。寒冷地に適しています」


 杏子の後ろから、通路にいた男性が話しかける。

 非常に低い身長、長い耳。彼も帝国人ではなかった。


「こっちよ」


 男性に頭を下げた杏子は、手招きするエルザの側に走り寄る。


 エルザが指差す花壇を見た杏子は、思わず口に手を当てた。


 花壇には、白、ピンク、茶色の花を付けた植物が密集して植えられていた。


 先がギザギザになった八枚の花びら、中心には黄色い円柱。太い茎に、細い筋のような緑の葉。


「コスモス?」


 杏子の言葉にエルザが頷く。


「随分環境変化に強い花ね。地球から来た花で一番先に咲いたわ」


 杏子は、花壇の前にしゃがみ込み、可憐な花に手を触れた。

 膜の内側の空気は、外のそれと何ら変わりがない。


「首都惑星の気候でも、大丈夫そう。宇宙線に晒されても遺伝子には変化なかったみたいね」


 エルザの声を上の空で聞いていた杏子は、その花びらに手を触れた。


 秋になると、学校に向かう電車の中から、一面に咲き誇るコスモスの花を見ることができた。

 揺れる電車、硬いシート、夏休みが終わってしまった寂しさ。目に見えていた景色だけでなく、様々な感情が呼び起こされる。


 杏子は、頭を膜の内側に突っ込み、花の匂いを嗅ぎ、頬に擦り寄せた。

 まさか、こんな宇宙の果てで、地球の香りに出会えるとは思わなかった。

 溢れる感情に、流れる涙を抑える事ができない。


 花壇で咲き誇るコスモスに比べて、逃げてばかりの自分。


「ねえ」 


 杏子の横にはしゃがんだエルザが話しかける。


「今日、泊まっていきなよ」


 エルザの言葉に、杏子は言葉無く頷いた。



     *



「へえー、花言葉なんてあるのね」 


 レンガ造りの建物に戻った杏子は、広い食堂に案内された。食堂内では、エルザと杏子の他に数人の男女が、食事をしていた。

 杏子の前にも、スープと大量のサラダが並び、彼女の横では、エルザが座っている。


「コスモスの花言葉は何なの?」


 エルザの質問に、杏子は考え込む。なかなか思い出せないでいると、目の前にディスプレイが現れた。


「『乙女の純真、真心』らしいです」


 杏子はディスプレイに並ぶ文字を読み上げた。


「いい言葉だね」


 エルザが耳を動かしながら笑いかける。


 ディスプレイには、画像付きの説明文が流れる。コスモスは小さな花の集合体であり、実際の花びらは、五枚だが、外見上は、その一部が舌状化し、八枚の花びらに見える。


「この人達は?」


 ディスプレイを閉じた杏子は、食堂の中を見回す。帝国人は見られず、みな、特徴的な外見をしていた。


「私の故郷、エンツァルトはね、もうこの宇宙に存在していないの」


 エルザは、食堂内を見渡しながら言う。


「戦争だったり、地殻変動だったり、帝国の気まぐれだったり。理由はいろいろだけど、ここにいるみんなは、この星に来て故郷を失った人達だよ」


 食堂の人達は、みな明るい表情でサラダを口に運び、談笑し、笑いあっている。


「帝国に溶け混んじゃう人が殆どだけどね。故郷を失うとね、何か一つでも、星があった証拠が欲しくなっちゃうのよ」


 エルザは、サラダを口に運び噛み締める。杏子は、知らぬ間に、横に座るエルザに向かい合っていた。


「だから、せめて花だけでも残そうと集まった人達なの」


 杏子は膝の上の拳を握り締めた。


「私、地球が無くなっちゃうかもしれないのに逃げ出しちゃった」


 俯き、体を震わす杏子の肩に、エルザが手を置く。


「一生懸命頑張ったんだよね」


 エルザの言葉に頷く杏子は、堪らず涙をこぼした。


「でもね」


 エルザは、杏子の肩から手を離すと、テーブルの上で拳を握る。


「失ってからじゃ、もうどうしようもない。今出来る事があるなら」


 顔を上げた杏子はエルザの横顔を見る。


「やんなきゃ後悔するよ」


 コクリと頷いた杏子は、テーブルに向き直り、フォークを握り、サラダを口に運びはじめた。



     *



 食後、シャワーを浴びた杏子を、エルザが、バルコニーに連れ出した。

 椅子に座ったエルザは、杏子に瓶に入った酒を勧める。杏子は両手を振って断った。


「ねえ、この星に来て何してたの」


 酒のせいか、頬と三角の耳をほんのりと赤らめたエルザが、尻尾を振りながら尋ねる。


「アイドル…… です」


 杏子は恥ずかしさで顔を赤らめた。


「凄いじゃん」


 グラスの酒を飲み干したエルザは、テーブルに手を置いて身を乗り出す。


「じゃあさあ、なんか歌ってよ」


 明らかに酔っ払っているエルザが、杏子に立つように促す。

 どうせ、酔っ払い相手である。覚悟を決めた杏子は椅子から立ち上がり、体全体でリズムをとり、前奏をハミングする。


 杏子は星空の下、たった一人の為に、TKU5のデビュー曲である『chocolate attack!』を歌い出した。メインボーカルは、早紀だったが、サブボーカルとして早紀と練習を重ねたおかげで、メインパートも体が覚えていた。

 伴奏も何もない、アカペラだったが、今の気持ちを込めて歌い切る事が出来た。


 エルザは、ただじっと耳を澄まし、杏子を見つめていたが、歌い終わると同時に、目を真っ赤に腫らして大粒の涙をテーブルの上に零していた。


「地球、いい星だったんだね」


 しばらくの沈黙の後、ポツリとこぼしたエルザは、急に立ち上がる。


「ちょっと待っててよ」


 エルザは言うと、バルコニーから建物の中に入っていった。


 一人バルコニーに残された杏子は、手すりに手を乗せて、窓から漏れる明かりにボンヤリと浮かび上がる花畑を眺める。

 両手が、沸き上がる気持ちで震えている。歌を歌うことの楽しさを始めて感じる事ができた。


 背後からギターを引き鳴らす様な音が聞こえる。

 振り返ると、楕円形の胴体に柄が付いた物を抱えるエルザがいた。


「エンツァルトの楽器だよ。他の歌の楽譜ある?」


 杏子は、ディスプレイを表示させて、秋山がくれたコンパクトディスクからコピーした楽譜のデータをエルザに送った。


 エルザは、目の前に現れたディスプレイの楽譜を一通り読むと、椅子に座り、楽器を抱えた。

 楽器の柄に張られた七本の弦が引き鳴らされる。


 『前だけを向いて走り抜けろ!』、ロック調の激しいリズムが刻まれる。



     *



 歌い終わると同時に、拍手が沸き起こっていた。

 いつの間に集まったのか、食堂にいた人達が皆、バルコニーに集まってきていた。

 彼らは、それぞれ見たこともないような楽器を持ち、エルザの回りに集まって、楽譜が表示されたディスプレイ眺めている。


 エルザが前奏を演奏し始める。追うように、皆が楽器を鳴らし始めた。

 楽器構成は目茶苦茶。ギターのような物から、笛の様な物。

 しかし銀河系中から集まった、宇宙一贅沢な楽団が、『メインストリートで行こう!』を奏でる。


 


     *



「もう大丈夫?」


 杏子は、お土産に貰ったコスモスの鉢が入った袋をスクーターの前カゴに入れ、エルザに向かって力強く頷く。

 朝日の光の中、レンガ造りの建物の前に全員が集まり、杏子のまたがるスクーターを取り囲んでいた。


「もう一度頑張ってみます」


 杏子の言葉にエルザは腰に手を当てて頷く。


「もし、どっかでライブするなら、絶対見に行くから」


 スクーターが浮かび上がる。


「頑張ってね」


 握った拳を突き立てるエルザが尻尾を激しく揺らす。

 拳を突き出し、親指を突き立てた杏子は、皆に見送られながら、来た道を走り出した。

 

 スクーターは、家へ帰りたい杏子の意志を読み取ったように、草原の一本道で速度を上げる。



     *



 走り去っていくスクーターを見ながら、エルザがつぶやく。


「あの子なら大丈夫だよ。秋山さん」

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