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Track-15.run away!


 頬に張られた湿布をめくる。


「綾姉ちゃんなにしてるの」


 剥がれた湿布を何気なく眺めていた綾香に、帝国人の子供が話しかける。

 頬の腫れは引いていた。綾香は、頬を擦りながら、声の方向を振り返る。


 今にも雨が振りだしそうな曇り空の下、閑散とした公園で、綾香のホームステイ先の子供達が、芝生の上を走り回っていた。


 ベンチに座る綾香の後ろに回り込んだ女の子が、背もたれに両手をのせて笑っていた。


「姉ちゃん、友達とケンカしてしもてん」


 頬に手を当てた綾香は、無理矢理笑顔を作る。頬がひきつっていることが分かる。


「ふーん。ねえ、綾姉ちゃんアイドル辞めちゃったの?」


 女の子の無邪気な言葉が胸に突き刺さる。


「休憩中やねん。辞めたんちゃうよ」


 女の子は不思議そうに、綾香の顔を眺めている。


「母ちゃんが、やっぱりテイブンカジンにアイドルなんて無理だと思ったって言ってたよ」


 子供の言葉は悪意がない分、容赦無く綾香の心をえぐり取る。

 俯く綾香は、湿布を握りしめた。

 

 地球から一緒に来た五人。たとえ、喧嘩したとしても、この宇宙にたった五人しかいない、大切な仲間なのに。

 震えるまぶたから涙がこぼれる。


「綾姉ちゃん、どうしたの?」


 女の子が首を傾げて綾香の顔を覗きこむ。


「なんでもない。帰ろっか。昼ご飯つくらなあかんわ」


 綾香は、湿布を握りしめた拳で涙を拭き取り立ち上がる。

 子供達に声をかけようと歩き出した彼女の背後から声がかかった。


「綾香……」


 振り返る綾香。

 そこには、優奈が立っていた。



     *



 そういえば昼過ぎから雨の予報が出ていた。

 祐子は椅子から立ち上がる。


「祐子さん、どうしたの」


 向かい会って座っていた帝国人の老女が、祐子を見上げる。


「洗濯物、取り込んでおきます」


 祐子は、美しく整備された庭に架けられた物干しから、洗濯物を取り込み、カゴに入れていく。

 重たくのしかかる鉛色の雲に覆われた空を見上げる。

 いつもならば、文化会館で練習をしている時間帯である。

 小学生のころ、稽古が嫌で家を抜け出した日の事を思い出す。

 あの日もこんな天気だった。とにかく走って、見知らぬ町に出て、途方にくれて見上げた空。


 あの日、どうやって家に帰ったんだっけ。


 不安げに見上げた空だけが記憶に残っている。

 

 雨?


 眼鏡かけてるのに。


 瞳が潤んでいた。

 もう一つ覚えていることがある。

 結局、家に帰って、稽古を終えて食べたアイスクリームの味。


「祐子さん?」


 老女の声で我にかえる。慌てて残りの洗濯物をカゴに入れ、テラスで祐子を見ていた車椅子の老女の側に駆け寄る。


「あなたがいてくれて、ほんとに助かりますよ。やっぱりお洗濯はお日様で乾かすのが一番ですから」


 老女は、祐子の足元のカゴに手を伸ばす。


「アイドルなんてね、無理な事しないで、ずっとここにいて下さいね」


 祐子は頷くと、カゴを持ち、家の中に向かう。

 老女が近所の老人と話しをしていたのを聞いてしまった事があった。


 いい下級文化人のお手伝いを手に入れましたね。


 カゴから洗濯物を取り出し、一つ一つ折り畳んでいく。ただ、無心に、丁寧に折り畳んでいく。

 何も考えたくなかった。


「祐子さん。旦那の部屋を片付けたいんで手伝ってくださる?」


 あらかたの洗濯物を畳み終えた祐子は、「はい」と返事をして、声のした方に向かう。


「やろうやろうと思ってたのよ」


 今まで入った事が無かったが、片付いた他の部屋に比べて随分散らかった部屋だった。


「これ、何かしら」


 老女が取り上げたのは、ひと抱え程の細長い革製の鞄だった。

 それを受け取った祐子は、ジッパーを開けていく。


「楽器かしら」


 出てきたのは、やけに柄の長いギターだった。


 ベースギター。


 祐子はベースギターを掴み上げながら室内を見渡す。

 積み上げられた雑誌は、みな音楽雑誌。床に散らばる紙は楽譜だった。


「綺麗に片付けたら、この部屋、祐子さんが使ってね」


 雑誌を拾い上げる老女は言いながら祐子を見る。

 彼女は、無言でベースギターを見つめていた。


「祐子さん?」


 老女の呼び掛けに気付いた祐子はベースギターを鞄に直し、眼鏡をかけ直すと、袖を捲り上げた。



     *



 暗い部屋の中、ベッドに寝転がったままの杏子は、ぼんやりと天井を眺めていた。

 木目調の天板に、明かりの消えたランプ型の照明がぶら下がっている。


 いつまでもこうしている訳にはいかない。

 起き上がり、雨戸を開けて、服を着替え、顔を洗い…… 何度も、しなくてはいけないことを想像していくが、家を出たところでで想像が途切れてしまう。

 文化会館にはきっと誰も来ていないだろう。

 現実を直視することができない。

 昨日から、四人を思い浮かべ、連絡を取ろうとするが、誰ひとり応答はしてくれなかった。


 起きることはもう諦めた。


 気持ちを切り替えて、ずっと気にかかっていた事を検索してみた。


 『資源惑星』


 ディスプレイには、恒星の光の中に浮かぶ漆黒の球体が表示されている。


 資源惑星には二つの種類がある。一つは、文字通り、惑星そのものを、巨大コロニーなどの資源として利用するもの。利用される惑星は基本的に知的生命体が存在していない惑星が選ばれる。

 そして、もう一つは、超長距離移動を伴う大艦隊が、居住用として、惑星そのものを利用するもの。

 惑星全体を構造物で覆い、その中に擬似的に恒星を作り出し、艦隊において居住船として利用するもの。

 惑星自体をフォーミングする場合に比べて、ハピタブルエリアの惑星を使用する方が大幅に資金の節約、工期の短縮に繋がる。


 また、艦隊の移動先において、ハピタブルエリアに資源惑星を設置することにより、拠点惑星として使用することが出来る。


 なお、現在、局所銀河系への遠征計画において、資源惑星の利用が提唱されているが、執政局局長による「遠征は時期尚早」との発言により、現実の目処はたっていない。



 杏子はディスプレイから視線を外した。

 とりあえず、すぐに地球が無くなることはないらしい。


 安心した杏子は、ディスプレイに目を戻す。

 画面の下に、


【仮保存中データ】


と書かれたスイッチが点滅している。

 試しに開いてみると、以前、検索したソードインベクターの参考動画だった。 高校でも同級生の中に、ネットゲームに嵌まっている者がいた。

 気分転換になるならば、と参考動画を開いてみた。


 主人公は、銀河帝国サジタリウス方面辺境軍第三百二十五分隊隊長であるプレイヤー。

 辺境惑星アリスタンドランドにおいて、強襲作戦中に事故が発生し、密林が広がる惑星に脱出船で不時着。

 各地に分散して不時着した仲間を探しながら、脱出船を拠点にして発展させていく。


 武器はイオンシリーズ。各地に散らばった部品を回収することでパワーアップしていく。


 倒すべき相手は、野生の猛獣。そして、惑星原住民の支配層。


 封権制度を破壊し、住民を解放して、DAS処理を施し、管理していく。

 DAS処理には様々なバリエーションを選ぶ事ができ、やり方次第では、戦闘員にしたり、拠点の管理を任せたり、奴隷として様々な作業をさせたりすることができる。そして、繁殖中枢を改造処理することで、拠点の人口を増やすことができる。

 楽しみ方は様々。惑星一の拠点を作る、他拠点と同盟を結び、連合国家を作る、ひたすら拠点に篭り、内政に特化するなど。そして、奴隷を改造しあなた好みのハーレムを作ることも。


 動画に吐き気を感じた杏子は、強制的にディスプレイを閉じた。


「なんなのこれ」


 一つ分かった事は、銀河帝国人が、辺境惑星人をどのように見ているかだった。

 銀河帝国では、このゲームをエコのような小さい子供が当たり前のようにプレイしている。

 このゲームが銀河帝国の全てではないだろうが、社会に受け入れられている限り、それは社会を反映したものなのだろう。


 私達は、彼等に狩られて、庇護され、奴隷にされ、改造される生き物に過ぎない。


 喉が渇く。かけ布団をめくり、ベッドから降りた。 服を着替え、階段を降りて、リビングの扉に手をかけた。


「いつまであんなの飼っとくんだよ」


 リビング内からリュークの声が聞こえた。


「親善大使かなんかやってるならまだ分かるけど、寝て飯食ってるだけじゃない」


 杏子は震える手を扉から離した。


「分かった。本人に確認してもしそうなら処理してもらおう」


 ヴェルの声に、杏子は扉から後ずさりした。

 鼓動が激しくなる。視界が歪んでいく。


 もう、ここに居ることは出来ない。


 無意識の中、杏子は玄関を飛び出していた。

 雨が降り始めていた。門扉を開けると、リュークが乗っていたスクーターが、白壁に立て掛けられている。

 とにかく遠くに逃げなくてはいけない。

 杏子は、スクーターにまたがると、ハンドルを握りしめる。

 

「お願い。動いて」


 スクーターは簡単に浮かび上がった。

 

 水気を含んだ芝生の上を、スクーターは、杏子の意識の赴くままに、走り出した。

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