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Track-14.fight!(魔法少女戦士アテナ2(劇場版)主題歌)

「秋山さん、宇宙線病だったんだって」


 文化会館二階のフロアに、思い思いに座る五人。

 三角に立てた膝を抱え込む優奈が、俯いたままつぶやく。


「遺伝子改良、最近まで拒んでたって」


 優奈は言いながら、膝に顔を擦りつけた。


「だから、うちらにはすぐに受けさせたんやな」


 段差に座る綾香が頷く。


 秋山の宇宙葬の翌日。田端はしばらくレッスンを中止しようと提案したが、五人は知らず知らずに、文化会館のフロアに集まっていた。


「練習、始めよっか」


 壁際に座っていた早紀が立ち上がり、ジャージのお尻の埃を払う。


「練習したところで、どこで発表するの?」


 フロア出入口の前に座る祐子が膝を抱えこんで言った。


「ライブはいつも秋山さんが、あれだけ苦労してとって来てくれてたんだよ」


 祐子の言葉に、立ち上がった早紀が拳を握り俯く。


「田端さんも、人が変わったみたいに落ち込んでるし」


 優奈が言いながら、早紀を見上げる。


「ずっと一緒にいた唯一の日本人が死んじゃったんだから」


 柱を背に正座していた杏子は言いながら、ポロポロと涙を膝に落とした。


「この中の誰かが死んじゃったらって思ったらさぁ」


 杏子の膝の上の拳が涙で濡れていく。


「みんな、早紀みたいにすぐに気持ち切り替えれない」


 祐子の発言に早紀が、彼女を睨みつける。


「私だって。でも、秋山さんの事考えたら」


「早紀は、全部知ってたんとちゃうか」


 早紀の言葉を遮り、綾香が、顔を上げ、早紀を睨みつけていた。


「それ、どういうこと」


 早紀は綾香に体を向ける。綾香は早紀の迫力に怯むことなく、近づく早紀を見上げている。


「あんたのおとん、国会議員やってんやろ。最初から全部分かってたんや」


 早紀の肩が震えている。止めなくてはいけない。立ち上がろうとした杏子は、早紀の叫び声に思わず、身を固めた。


「何にも知らないわよ! 私は、親から捨てられたんだよ! 全部知ってた親に、いってらっしゃいって言われたんだよ!」


 早紀は叫びながら、綾香の両肩を揺する。


「あんたのおとんが、うちら選んだんやろ。うちかて、弟や妹達の世話してあげなあかんねん! いつもありがとうって言われて来てんねん!」


 綾香は涙を拭きながら、肩を掴む早紀の両手を振り払う。


「そんなこと言われても」


 振り払われた両手を見つめながら早紀がつぶやく。


「だいたい、リーダー決めた時もそうや。あんた、こうなること全部知ってて、バスの中で落ち着いてたんやろ」


「綾香、言いすぎだよ」


 綾香のそばに寄る優奈が、肩に手をかける。


「早紀、あなたがいつもみんなの事考えてくれてたのわかってるから」 


 立ち尽くす早紀のそばに歩み寄った杏子が話しかける。早紀の肩が揺れ、唇が噛み締められていた。早紀の瞳が杏子に向けられた。


「いい子ぶって、あんたも同じ事考えてたんでしょ」


 早紀は言いながら、杏子の肩を突き飛ばした。

 床に倒れ込む杏子を見て綾香が立ち上がる。


「なにさらしてんねん。今度は暴力でしきるつもりか!」


 優奈の手を振り払った綾香が、早紀の腹に頭を突っ込む。

 バランスを崩した早紀は床に倒れこみ、彼女の上に綾香が倒れかかる。


「うちの一番下の妹はまだ二歳や。おかんもおとんも働いとんねん。誰が面倒見てあげんねん」


 涙をはらはらと流す綾香は、右手を振りかぶり、早紀に平手を当てようとする。が、早紀は綾香の手首を掴むと、もう一方の手で、綾香の頭のお団子を掴んだ。


「その子、もう生きてないんだよ。百年以上経ってるんだよ」


 早紀の言葉に、綾香は雄叫びのような叫び声を上げた。

 床に座り込んだ優奈が、両手で顔を押さえて号泣していた。


「あんた、それでも人間か! そんな割り切って考えれるんか!」


 手首を掴む早紀の手を振りほどいた綾香は、平手を早紀の頬に打ち付けた。

 頬を打つ音に、杏子は、目を上げる事が出来ず、俯いて涙を流す。


 今度は、早紀が叫び声を出しながら、綾香の頬を殴り、髪の毛を引っ張り、のしかかる綾香を床に倒した。プチプチと綾香の髪の毛が抜ける音がし、お団子が崩れていた。


 立ち上がった早紀は、床の上で口から血を流し、泣きじゃくる綾香を見下ろす。

 赤く晴れ上がった自分の頬をさすった後、早紀はフロアの出入口に向かって歩き出した。


「こんなことして、これからどうするの」


 出入口の前で腕を組んでいた祐子が、髪を振り乱し、唇を噛み締める早紀に話しかける。


「知らない。もうどうでもいい」


 扉を開けた早紀は、振り向くこと無く、フロアから出ていった。



     *



 メイド姿の帝国人女性が、田端の前のテーブルに、カクテルを置いた。

 銀河帝国のメイドはなってない。銀髪はいいとして、スタイルが良すぎる。横に並ばれると、こちらが恥ずかしくなる。

 田端はカクテルに口を付け、薄暗い店内をなんとなく眺める。

 メイド酒場、らしい。日本かぶれのオタク帝国人が最近酒場街の一角にオープンさせたと聞いていた。


「あ、田端さん、来てくれたんですね」


 デップリと前に飛び出した腹、(ブヒッ)と描かれたTシャツの上にえんび服を羽織っている。執事のつもりらしい。


「秋山さん死んじゃったんですね」


 執事は、カウンターに座る田端の前に立つ。

 田端は頷くと、カウンターの上に置いていたファイルに手を置く。


【全国世論誘導実験結果に立脚する軌道惑星資源化阻止計画書(内閣内務省案)】


 病床で秋山から渡されたファイル。

 まだ若かった秋山と田端の父親が政府に提出した計画書の政府版である。


「あの子達、どうなるんですか」


 執事は、自分のカクテルを口に流し込む。

 田端は首を振ると、カクテルを飲み干した。


「だいぶショック受けてたみたいだな。しばらく活動はできないだろう」


 田端の答えに頷いた執事は、「ちょっと待ってて」と言うと、カウンター奥に入っていった。


 ファイルをめくる。秋山と田端の父親が作った案は、あくまで、計画の骨子に過ぎない。TKU5の五人が選抜されてからは、五人それぞれの個性に合わせて、細かな軌道修正を行ってきた。

 五人それぞれのプロフィールのページで手が止まる。

 秋山は、五人一人一人について、好物から性格にいたるまで実に事細かく書き込んでいた。

 田端には、まだこのファイルを受け継ぐ覚悟ができていなかった。日本、いや地球の運命を左右するファイル。ため息をつく田端の前に、執事が戻ってきた。


「これ、店の常連客が作ってくれたんだ」


 彼はカウンターの上に、数枚のカードを並べた。見ると、カードから人の像が浮かび上がり、歌い始めた。


「『メインストリートで行こう!』か。これ、TKU5のグッズか」


 身を乗り出した田端の目の前で、立体化された五人が歌い、踊っている。


「本格的でしょ。結構コアなファン掴んでますよ、TKU5」


 田端は、カウンターに顔を付けるように、立体映像を眺める。


「田端さん。計画は順調ですよ。私、ファンクラブ第一号なんです」


 執事は、胸ポケットからカードを取り出し田端に見せた。

 執事はTKU5ファンクラブと記載されたカード大切そうにポケットに戻した。


「まだ三人だけのファンクラブですけど、みんないい仕事しますよ」


 田端は頷くと、顔を上げる。


「このカード作ったのも、その中の一人か」


 執事は頬の贅肉を揺らしながら頷く。


「確かに、いい仕事をするな。スカートの中まで再現していやがる」


 執事は胸を張っり「ブヒッ」と鼻息荒く頷いた。



     *



 次の日、杏子は恐る恐るフロアの扉を開けた。

 いつもの集合時間から随分遅れてしまった。慣れない公共交通機関を使ったことも理由の一つだが、ほぼいつも通りの時間に文化会館に到着した杏子は、一階の雑貨屋に入り、誰が来ないか見ていた。

 結局、雑貨屋店員のおばちゃんに睨まれる頃に店を出て二階に上がった。


 扉の鍵はかかっていなかった。


 誰か来てる。


 少し浮かれた気持ちで扉を開けた杏子は、照明の消えた暗いフロア内の段差に、うなだれて座る祐子を見つけた。

 フロアの照明を付け、祐子に駆け寄る。


「よかった。誰も来ないんじゃ……」


 話しかけた杏子は口をつぐんだ。

 ガラケーを握りしめた祐子は、ぐしゃぐしゃの髪の毛の中で、嗚咽しながらひたすら涙を流していた。


「ゆ、祐子、どうしたの」


 祐子の横にしゃがんだ杏子が顔を覗きこむ。

 顔の皮膚はカサカサに乾燥し、マスカラが剥がれ、唇がひび割れている。一睡もしていないのだろう。


「祐子」


 杏子の呼び掛けに、祐子は手の甲で涙を拭いた。


「杏子、来たんだね。誰も来ないと思ってたから」


 涙を拭きながら祐子は、手の中のガラケーを見つめた。


「昨日ね。携帯の電池なくなっちゃった」


 笑いながら言う祐子は、ガラケーのフリップを開く。画面は暗転のまま。何も表示しないディスプレイには、泣き腫らした祐子の目が映っていた。


「もう、メールも写真も見れないの」


 祐子は、毎日少しだけ電源を入れて、彼氏とのメールのやり取りを見ていると言っていた。


「祐子、でも」


 すでに地球では数百年が経過している。祐子の彼氏も、誰かと結婚し、子供を作って、そして……。


「頭では分かってるつもりなんだよ。もう何もないって」 


 祐子はフリップを閉じ、ガラケーを胸に押し付けた。


「でも、でもね。心が追いつかないよ」


 とめどなく溢れる涙。杏子はただ頷く事しかできなかった。

 そして、気付いた。


 私は、まだ現実を受け入れて無かったんだ。

 心のどこかで、もしかしたらを無意識に考えていたのだろう。

 そう。懐かしいあの景色はもう存在すらせず、家族は、友達はみんなもう、生きてはいない。洋介も。


「何度も何度も電源スイッチ押したのに、もう見ることも出来ないんだね」


 再びガラケーのフリップを開けた祐子は、親指で電源スイッチを押しつづけた。何度も、何度も。


「私達、生きていく意味あるのかなぁ」


 電源スイッチを押しつづける祐子は、つぶやくように言って笑った。


 杏子は、何も言わずに祐子を抱きしめた。言葉が見つからなかった。


 生きていく意味。


 秋山が残した、あのメッセージは、五人にひたすら生きていく意味を訴えていたのだろう。


 でも、それに気付くには、現実があまりにも残酷すぎた。


 体を震わせて嗚咽する祐子を抱きしめながら、杏子は、泣きつづけた。

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