Track-13.interlude(間奏)
さて、何から話せばいいのか。
そうですね。まず私のことから話しましょうか。
私は、日本政府外交省の外交官として海外を飛び回っていました。いまではこんなおじいちゃんですが、けっこうバリバリ仕事して、いいポストまで行ってたんですよ。
でもね、私がまだ二十代だったころ、地球は銀河帝国に併合されました。
外交省内は上へ下への大騒ぎでしたよ。宇宙人との交渉なんて誰もしたことないですからね。そもそも窓口からしてねぇ。軍事的には国防省だろうし、科学的には文化省だろうし、政府の窓口としては、内務省ですかね。
結局のところ、交渉しようにも、相手がいませんでした。送られてきたのは、世界各国の言語で入力されたデータと返信用のカプセルだけでした。
データには、有名な銀河帝国五原則の他に、帝国が支配する銀河系の地図、そしてね、これ、公表されてないんですけど、銀河帝国で放送された地球特集の番組映像とその謝礼として、使用回数制限のある超光速通信装置が入っていました。
この番組の提供がコスモス食品だったんですね。帝国の資本が入っている会社、結構たくさんあるんですよ。
映像には、日本のアイドルが紹介されていました。
そしてね、この通信機がくせものでしたね。
結局、外交省が主な窓口として、政府内で横断的な委員会が設置されました。委員長は篠山議院。篠山早紀君のお父さんですね。
通信機を使うと、銀河帝国に繋がり、古典のような日本語で返答がありました。「親善使節を送ってみませんか」ということで、さっそく、第一陣として、親善使節が送られました。私が銀河帝国に来る随分前の話です。
実は、政府が銀河帝国を認知する遥か昔から銀河帝国に地球人は来ていたようですね。テレビを見た彼等が通信に答えてくれました。彼等は、銀河帝国の現状と、地球が危機的な状況にある旨を報告しました。
さっそく、プロジェクトチームが発足しました。研究の結果、地球の各国が協力して、アンテナショップを出し、なんとか帝国内での地球の認知度をあげようという事になりました。
結果は、あなたたちが見た通りですよ。
各国がショップ経営や観光宣伝を行う中、日本政府は、もうひとつの秘策を考えていました。
地球にいた私と、田端君のお父さんとで、地球出身のアイドルを作ってはどうかと考え、外交省に案を提出しました。
あの頃はホントに楽しかった。アイドルとは何か、その人気の秘密を探るために、様々なアイドル達に会うことができましたよ。田端君のお父さんは、役得って言ってましたけど。
さて、日本の芸能界の協力を得て、シルバリオンによるお手本データを持った私と、田端君のご両親は、銀河帝国に旅立つ事になりました。
この時、日本政府は一つだけ、私達に嘘をついていました。あの通信機、もう使えないみたいですね。いくらボタンを押しても、規定回数が終わったので課金して下さいってアナウンスが流れるんです。一度、課金するって選択したら、今までに見たことも無いような桁数の金額請求されました。
一回の通信に必要な金額は、現在の価値基準に換算すると資源用惑星一つ分です。
さて、ここで、重要なお話をします。
ちゃんと聞いて下さい。
私が、地球を出発したのは、あなた達が地球を出発した前日です。
ヨットが沈んだニュース、見た人いますか。
ウラシマ効果というらしいです。
あれですよ、竜宮城に行った浦島太郎が陸に帰ると、ものすごい時間が経過していたって。物理の授業で習った人もいるかもしれませんが、光速を超える船内の時間は、地球での時間と比べ物にならない位早く進んでしまうのです。
あなた達が見たメインストリートを始め、銀河帝国の主要な星には、ウラシマ効果を打ち消す特殊な技術が使われています。
残念ながら、地球から、メインストリートまでの間には、ウラシマ効果が現れます。
いったい、今日本は何年なのか。私も、始めの頃は計算していました。でも途中でやめました。意味ないですから。
あなた達が地球を出発してから、地球では、おそらく、数百年は経過しています。
もう、日本があるのかどうかすら分かりません。
だから、もし、私の遺体を処理するならば、地球に送らず、どこかの宇宙空間に流してくれればいいです。
これが、私があなた達に謝らなければならないことの一つ目です。
もう一つなんですが、これは仕方ないことなんですけどね。
あなた達は、もう日本人でも、地球人でもありません。銀河帝国人です。
書類上だけの話ではありません。生物学的に、あなた達の遺伝子構造は、すでに帝国人のものに完全に書き換えられています。
こんなこと言うとあれですが…… あなた達と地球人の間では、子孫を残すことは出来ません。
遺伝子改良システム、DAS(DNA alteration system)というらしいです。地球人の遺伝情報を全て改変し、帝国に順応させるものです。急に帝国の言葉が理解できてびっくりしたでしょ。
ほんとに、あなた達には、酷いことをしてしまった。だから、せめて、絶対に怪我をさせてはいけない。絶対に悲しませてはいけない。肝に命じて頑張って来ましたが、肝心のところで私はもうダメみたいです。
あと少し、あと少しなんです。悔しい。本当に悔しい。這ってでもついて行きたい。
私はね、ずっと想像しているんですよ。
あなた達がアルブレストの舞台に立ち、銀河帝国の人々から拍手喝采を浴びる姿を。
ありもしないことを妄想する夢ではなく、ありえる未来を仮想出来るから想像なんですよ。
舞台を経験していく度にあなた達は、私や田端君のお父さんが考えた以上の成長をしていました。
あなた達ならきっと、アルブレストの舞台に立てます。そして、そのついででいいですから地球を救ってあげて下さい。
しかし、不思議なものですね。もう家族もいない、知ってる場所もないはずの地球が何故こんなに恋しいのでしょうか。
正直言いますと、何回か、地球のことなんてどうでもいい、と思う事もあったんですよ。
でもね、地球の各国が店を畳んでいく中、私思ったんですよ。
ここに来た国の中で、これまで、国が滅びるような、圧倒的な外圧に対し、それに迎合することなく、自らの信念を通し抜き、自分達の力で国の在り方そのものを変えた事がある国などあるのか!
相手には笑顔を見せながら、国の根幹は決して譲らず、外圧にこびず、孤高の精神を保ち、発展した国などあるのか!
銀河帝国からのメッセージが黒船の来航に例えられるならば、銀河帝国に乗り込んだ人々は、志士に違いない。
だが、日本政府は、誰ひとり政治家を帝国に送り込むことはなかった。
当然です。国に忠誠を誓った者が、もう存在しない国の為に働くことなどできませんからね。
ほんとに、精神の小粒な国に成り果ててしまいました。十年後、二十年後を考える政治家はいるかも知れない。しかし、無慈悲たる銀河帝国に対しては、千年後、一万年後の世界を考えなくてはならない。
銀河帝国では、知的生命体について、十のランクに分類しています。低程度文化が、L1~L3、中程度文化がM1~M3、高度程度がH1~H3、そして、最高値が銀河帝国です。地球は残念ながらL2ランクみたいですね。文明ランクとしては、簡単な言語を有し、独立した国家を形成しているレベルです。L3になる為には、惑星全体を緩やかに統一している国家があり、統一した言語を有することが必要です。そして、Mランク以上になるには、惑星全体での意思の統一が必要みたいです。銀河帝国では、Lランクの知的生命体には、一切自由を認めていません。
現在の地球の状況を考えると、L2ランクから上にあがることは至難の業でしょうね。いったいどのくらいの年月が必要なのか。というよりは、ランクが上がるまでに地球は自滅しているかもしれませんね。
店を畳んで帝国に帰化した外国の人が言っていました。「いっそ、帝国に地球を資源化させて、全員移住させてもらえばいい」…… 大人気なく大喧嘩してしまいました。飛び立つ時に宇宙船から見た地球は、広大な宇宙空間の中、それはもう美しく、はかなくて。生まれ育った町、必死になって働いた都市。なにもかもが、そこにあった電柱ひとつまで愛おしくて。それなに……。
すこし興奮してしまいました。あなたたちにこんな事を言ってもしかたありませんね。
私はね、事あるごとに、銀河帝国に降り立った時のあなた達の事を思い出します。
不安と恐怖に振るえる姿、当たり前です。でも、あなた達は、五人で力を合わせて、受け入れ難い現実を、受け入れ続けてあそこに立っていた。なかなか出来る事ではありません。
騙されて来たとはいえ、私にとっては、あなた達が未来の日本、いや地球の救世主に見えました。
だから、それ以上騙すのが本当に辛かった。
遺伝子改良システムに座るあなた達を見ることができなかった。
謝って許して貰うつもりはないです。
騙された事を悔しいと思うならば、それを力に変えてのし上がって下さい。帝国人になんかに負けるな。
面とむかって話すべきだったんでしょうが、皆さん、武道の達人ばかりですからねぇ。
私が死んだ後は全て田端君に任せています。田端君はやる気ないように見えますけど、あれでなかなか。日本のアンテナショップ撤退の話が出た時に、水面下で反対運動とかしてくれてたんですよ。
では、もうお別れです。どうか、元気で。
水には気をつけて。
貴重品は持ちあるかない…… うに。
精一杯、納得いくまでアイド…… て、
いい旦那さん…… けて、
幸せになって………… 下さい。
*
軌道エレベーターに直結された首都惑星の玄関口、巨大宇宙ステーションカハルの最上階には、ガラス張りのドームになっている。
宇宙葬用の見送り場所である。
ドームの際に並ぶ五人は、黒を基調にした、銀河帝国の礼装をしていた。
誰ひとり、声を出す事ができなかった。
五人以外誰もいないドーム内に、天井から、首都惑星が反射した太陽の光が降り注ぐ。
ドームの出入口が開き、黒いスーツを着た田端が現れた。
「そろそろ、射出される」
五人の前を通り過ぎた田端は、ドームの端で、宇宙を眺める。
「地球の方向らしい」
田端の言葉に頷く五人はゆっくりと、ドーム内を移動する。
「志し半ばで、悔しかろうに」
男性の声に、皆が振り返る。
恰幅のいい、やたらと日に焼けた帝国人が、喪服に身を包み、宇宙空間を眺めていた。
気付くと、ドームの出入口から、次々と、喪服姿の帝国人が、五人と田端の所に向かって歩いて来ていた。
「秋山さん、あんなにしつこかったのにな」
日に焼けた顔の男性の言葉に、回りの帝国人が皆頷く。
「うちは、二十回目で許可したよ」
日にやけた帝国人が言う。
「私のところは十五回です」
銀髪をリーゼントにセットした男性が言う。よく見れば、見覚えがある顔だった。五人がデビューしたショッピングモールの支配人だった。最初に五人に声をかけた男性はリゾート施設の施設長。
「君達、あの時のアイドルグループだよね」
支配人が、五人に気づき、声をかける。早紀がコクリと頷く。
「秋山さんは、君達の事が本当の娘に思えて仕方ないって言ってたよ」
俯いた早紀は、拳を握りしめて肩を震わせた。
「うちのモールのスペースならいつ使ってもいい。また来なさい」
支配人が言い終わると同時に、ドーム内に鐘の音が何度も鳴り響いた。
ドームのガラスに手を付き、宇宙空間を覗き込む。
万国旗に包まれた、小さな棺が、音も無く射出されていた。
太陽の光を反射して、煌めいた棺は、ゆっくりと、しかし確実に、五万年光年彼方の地球に向かって消えていった。