Track-12.shower!
「お疲れ様でした」
優奈が満面の笑顔で水の入った紙コップを、黄色いモグラに差し出す。
「モグ〜、モグー!」
黄色い頭から飛び出たミミズが揺れている。綾香がモグラの背中に周り、ジッパーを下ろしていく。
中から、汗でべっとりと頭に金髪を張り付かせた小肥りの男性が姿を現した。
「この暑さ。殺人クラスだわ」
男性は綾香からタオルを受け取り、ゴシゴシと顔を拭く。
確かに、うだるような暑さ。
杏子はパイプ椅子に座り、近くにあったパンフレットで顔を仰ぐ。
今回のライブ会場は、全天候型リゾート施設ラグ・フェルディーニリゾート。TKU5の五人は、施設内に真夏のビーチが再現されたゾーンが新たに建造され、そのオープン記念イベントに出演していた。
一年を通して温暖な気候を保つ首都惑星だったが、帝国人の間では今、ひそかにビーチでの日光浴がブームになっているらしい。
ドーム状の室内には、波が打ち寄せる白砂のビーチが見渡す限り広がり、天蓋には、真夏の太陽が輝き続けている。
砂浜に点々と設置されたベッドチェアには、水着姿の帝国人達が、照り付ける太陽の光で体を焼いていた。
やたらと日に焼けた施設長の帝国人に挨拶をした五人は、炎天下、大汗をかきながら特設ステージの設営を手伝った。五人は程なく、一番手つまり前説として、デビュー曲である『chocolate attack!』、軽快なダンスミュージック『メインストリートへ行こう!』、スピード感溢れる新曲『前だけを向いて走りつづけろ!』の三曲に加え、いつものパフォーマンスを終えていた。ステージを降りた彼女達は休憩もそこそこに、楽屋として用意されたテント内で、新人業務を続けていた。
ライブステージセットの裏側に設営されたテント内に、ステージから歓声が響く。
「あぁ、ぺルメテウスのライブが始まったんだね」
黄色いモグラ、惑星キャッサルのご当地ゆるキャラである、キャッサ君から上半身を抜け出した男性が、紙コップの水を飲みながらつぶやく。
今回のライブには、TKU5をはじめ、ご当地アイドルが数グループ、ご当地ゆるキャラ達が数体出演している。その中でも、特に目を引くぺルメテウスの四人は、すらりとしたボディーラインを露にした際どい水着を着てステージに上がっていった。
「ぺルメテウス、メジャーデビューの話も来てるってさ」
この灼熱の中、毛皮のコートを纏う女性グループの一人が言う。惑星ナナスのご当地アイドル『極寒少女』である。惑星の平均温度が極端に高いナナスに比べると、首都惑星の気候は、まさに極寒らしい。
「ずっと一緒にやってきたから、嬉しいやら、寂しいやら」
極寒少女の女性は、苦笑いしながら、湯気の立つホットコーヒーの入った紙コップを口に付ける。
「悔しい」
早紀の声に、TKU5の四人だけでなく、テント内の皆が、入口に立つ彼女に視線を移す。
「もっと上手くなりたい」
紙コップを握り締めた早紀がテント内を振り返る。視線が集まる中、彼女は丸めた紙コップをテント中央のごみ箱に向かって放り投げた。
見当違いの方向に飛んだ紙コップは、腕を組んで立つ祐子の足元に転がる。
祐子は、ため息をつきながら、紙コップを拾い上げ、ごみ箱に捨てた。
「へへっ、午後の舞台には秘策があんねん」
綾香が怪しい笑顔でテントの奥から大きく膨らむ鞄を取り出した。
「これでうちらも負けへん」
*
ぽつぽつと人が集まるステージ前では失笑が起こっていた。
まず、杏子が居合切りを失敗したことに始まり、優奈の矢は的に届かず、早紀は瓦に打ち付けた右手を隠して立っている。瓦は割れず、早紀の右手は赤く腫れ上がっていた。
うつむく三人の目の前で、綾香はいつも以上に高くクラブを放り投げ、確実に掴み取り、まばらな拍手を浴びていた。
そして、祐子がステージの中央に立ち、客席から犠牲者を集う段では、サクラとして準備していた田端を押しのけ、今までは考えられない位の大勢の帝国人が手を上げていた。
ステージに打ち付けられた男性はうっとりと、祐子を煽り目線で眺める。
全ては、綾香が用意した、際どいビキニのせいだった。
かばんからビキニを取り出した綾香を前にして、今まではビキニなど着たことがなかった四人は、最後まで抵抗した。
「うち一人でもこれで行く」
どうしても譲らない彼女に折れ、しぶしぶビキニを着た。
レオタードを着慣れている綾香は別として、意外だったのは、ビキニが弾けんばかりの祐子の胸。
祐子狙いで集まった帝国人達は、歌が始まると蜘蛛の子を散らすようにビーチに戻っていった。
必死に歌い踊る五人にポツポツと水滴が降りかかる。
太陽は陰り、見上げた空には、黒々とした雨雲が覆っていた。
最先端技術で作られたドームでは、夕立まで忠実に再現しているのだろう。雷鳴までも遠くで響いている。
降りしきる雷雨の中、少女達の持ち時間が無くなっていった。
*
予めプログラムされていた夕立時間での出番への怒り、ビキニの恥ずかしさ、若しくは単なる日焼け。
真っ赤な顔の五人は秋山が運転する車に乗せられていた。
「アイドルにはやっぱりビキニだと思ったんですが」
ハンドルを握る秋山が、ルームミラーで、黙り混む五人をチラチラと眺める。
「仕事の為ならビキニくらい着る」
最後部に座る早紀が、ルームミラーに移るシワだらけの秋山の目を睨んでいた。
「あの夕立が許せない」
拳を握り締める早紀の言葉に皆が頷く。
「すみません。私が不甲斐ないばかりに」
秋山は肩を落としてうなだれる。車のスピードが更に下がり、クラクションが鳴り響く。
「秋山さんは悪くない。私達が下手くそだから」
窓を流れる夕焼けの町並みを見ながら祐子が言う。
「祐子は注目されたから」
座席で俯く優奈がつぶやく。
「そんなこと言ってるんじゃない! そんなこと関係ない! 馬鹿にしないで!」
突然の祐子の大声に皆は身を固めた。言葉を向けられた優奈は、両手で顔を覆っていた。
「そんなこと関係ない」
祐子は小さな声で繰り返すと、拳を両膝に載せて俯いた。
*
日焼けのために、体がほてり、なかなか眠りにつけない。
ベッドに仰向けに体を横たえた杏子は、長いため息をついて、身をよじり目を閉じる。
いつもならば、ディスプレイで皆と会話する時間である。
車内から、五人はほとんど会話すること無く、ホームステイ先に帰った。
「まだ起きてる?」
目を開くと、一つだけ開いたディスプレイに眼鏡を外した祐子が映っていた。
杏子は横になりながら頷く。
「今日はごめんね。雰囲気悪くしちゃって」
祐子の言葉に杏子は首を振る。
「夕立でみんなイライラしてたから」
杏子は言いながら、上半身を起こす。
「ホントはみんなに謝りたかったんだけど」
ディスプレイの中の祐子は俯く。
「早紀の言うことは最もだと思うんだけどね」
アイドルの為にはどんな仕事でも受ける、早紀はリーダーとして様々なライバル達と渡り合う中でプロとしての意識を持ちはじめているのだろう。
「私達にはまだ覚悟が足りないよね」
杏子は自分に言い聞かすようにささやく。祐子は噛み締めるように頷く。
「優奈に酷いこと言っちゃったし、ビキニ用意した綾香も傷付けちゃった」
祐子の頬を涙が伝う。メンバーの中では精神的に、祐子が一番大人だと思っていた杏子は、意外なその姿に戸惑う。と、ともに、気丈に振る舞う彼女も、高校三年生の普通の女の子であった事に気付いた。
「私も手伝うから、明日、みんなとちゃんと話ししようね」
頷く祐子は、涙を拭いて、杏子に笑いかけた。
「私、彼氏の事、本当に好きだから」
恋する少女の顔だった。真面目な彼女は、不特定多数の男性の前で体をさらけ出す事が許せなかったのだろう。
「話し聞いてくれてありがとう」
祐子がディスプレイに向かって頭を下げる。
「私も誰かと話したかったから」
首を振る杏子も笑顔で言う。
「日焼けでなかなか眠れないし」
祐子は口に手を当てて笑う。
「みんな顔真っ赤だったね」
真っ赤な顔をした祐子が目を細める。
「秋山さんもその辺りのケアが分かってないよね」
二人は大きく頷いた。
*
その連絡は次の日の朝早くに届いた。
いつになく真面目な顔をした田端がディスプレイに現れた。
「秋山さんが倒れたらしい」
ディスプレイに映る寝起き顔の五人が驚きに声を失う。
「今日は迎えに行けないから自力で文化会館に行ってくれ」
ディスプレイを消そうとした田端を早紀が呼び止めた。
「どういう事なの。昨日まであんなに元気だったのに」
頷く四人は田端のディスプレイを見つめる。
「俺にも事情はよく分からないんだ。とりあえず病院に行ってくるから」
田端のディスプレイが強制的に消えた。
2nd.Album『everyday』
インディーズレーベル『日本レコード』から配給。
TKU5時代後期の楽曲六曲を収録。銀河帝国での生活、TKU5でのアイドル活動を歌い上げたもの。メインボーカルは篠山早紀。
収録曲前半の曲調は、アップテンポなものが多く、特に『Debut!』は、TKU5のパフォーマンス音楽として有名。対してアルバム後半には、徐々に帝国でアイドルとして生きていくことと、日常生活における葛藤を題材にした曲が並ぶ。秋山氏最後のプロデュースアルバム。
『なりゆきでアイドルになった彼女たちが、徐々にアイドルというものに向き合っていく過程が表現されている。』(Burn Galaxy誌特集号)
現在は廃盤。ストリートミュージッククラウド(SMC)においてのみデータ取得可能となっている。