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Track-11.前だけを向いて走り抜けろ!

 満員の観客席。照明が落とされたホールには、これから始まる舞台への期待が塊になって、杏子達の頭上に渦巻いているようだった。

 完全に照明が消え、観客席が暗闇に包まれる。

 軽い浮遊感の後、ホール全体が宇宙空間に浮かんでいた。見上げた天井には無数の星が煌めき、舞台のあった方向には、三日月の形の銀河帝国首都惑星が、蒼い光を反射していた。

 三日月が半月形になり、徐々にに、完全な球体になる。眩しい光が惑星から放たれた。

 目を背けた杏子達に、地鳴りのように歓声が響く。 両手を降り、歓声をあげる観客の向こう、舞台を見ると、まばゆい光の球体が四つ、観客席に近づいてきていた。

 球体は、観客の上空を低空で飛びかうと、一つ、また一つと、舞台の上に集合していく。


「今日は来てくれてありがとう!」


 光を放って砕けた球体の中から、女性が姿を現した。


「ヴェルファーレのライブ、楽しんでね!」


 別の球体から現れた女性が観客に手を振る。

 爆発のような歓声の中、光から現れた四人が、歌いはじめた。

 

 弾け飛ぶ観客に取り囲まれた杏子達五人と秋山は、その圧倒的な迫力に、ただ、呆然とすることしか出来なかった。



     *



 地球文化会館本部二階のホールに集まった五人は、円になって床に座っていた。


「さあ、今日のレッスンを始めましょうか」 


 ディスク再生用の黒い機械を引きずる秋山が言う。


「なんかみなさん、元気ないですね」


 秋山は、機器をセッティングしながら、いつもと違う五人の雰囲気に気付いた。


「あんな凄いの見ちゃうと、ねえ」


 優奈がぼそりとつぶやき、四人が無言で頷く。


 ショッピングモールでの連日のライブを終え、あまりの観客の少なさに落ち込み気味の五人に、気晴らしにと、秋山がライブのチケットを手渡していた。敵情視察。銀河帝国のアイドルがどんなものか、肌で感じて欲しいという秋山に連れられてライブ会場に向かった。


「ヴェルファーレと言えば、アイドルの中でも、今一番勢いがありますからね」


 ディスクをセットした秋山は、腰に手を当てて、俯く五人を見回す。


「ほら、元気出して下さいよ。私からしたら、大和撫子なあなたたちの方がよっぽど素敵ですよ」


 五人の厳しい視線をもろともせずに、秋山は腕を組み何度も頷く。


「ほら、今日は新曲ですよ。私はちょっと用事がありますので席を外しますが、最後までちゃんと見ておいて下さいね」


 再生ボタンを押した秋山は、田端と少し話をして、そそくさとフロアを出ていった。


 五人それぞれの目の前にディスプレイが浮かび上がる。


【メインストリートへ行こう!】


 字幕の後、シルバリオンのメンバーが、お手本となる歌とダンスを始める。これまでの曲と比べると、少しロック調な早いテンポに、ダンスも激しくなっていた。


 陰欝とした気持ちが明るくなる、弾けるような明るい曲。

 ディスプレイを見る五人は次第に、シルバリオンの歌とダンスに魅入っていった。

 一通り、歌とダンスを終えたシルバリオンは、これまでとは違い、一人づつパートに別れた模範演技を見せてくれていた。


 明るくリズミカルな曲、弾けるようなシルバリオンの笑顔とダンスに、すっかりやる気を取り戻した五人がそれぞれの視線を交差させて頷く。

 立ち上がった早紀がディスクを取り出そうとパネルを操作する。しかし上手くいかず、なかなかディスプレイが消えない。

 早紀の側に向かおうとした四人が立ち上がる。


「ねえ、まだ回ってる?」


 暗転していたディスプレイから声が聞こえた。


「大丈夫。プロデューサー向こうの部屋で引き止めてるから、早く!」


 ディスプレイにシルバリオンのリーダーであるアスカの顔がアップで映し出された。


「これ見てる子達、シルバリオンのアスカです」


 テレビでしか見たことのないトップアイドルの言葉に、五人はディスプレイに向かって思わず頭を下げる。


「なんか、ちゃんと説明ないんだけど、頑張ってますか?」


 アスカは笑顔で小さく手を振る。五人はようやく、その言葉が自分達に向けられていることに気付いた。


「今度の曲は、私達でちょっとアレンジしたの。今まで暗い感じの曲が多かったからね」


 ディスプレイの画面が揺れる。


「早くあれ持っていかないと」


 壁の向こうからだろうか、男性のこもった声が聞こえた。


「ちょっ、ほらプロデューサー、もう一度、ダンスの」


 アスカと別の女性の声。ディスプレイの中で聞き耳を立てていたアスカが手を振る。


「練習頑張ってね。どっかで一緒に歌えるといいね」


 アスカの会話の途中で、ディスプレイは再び暗転した。

 自動的に消えたディスプレイの向こうで、ディスクを載せたトレイが排出されていた。

 ディスクを取り上げた早紀は、四人を振り返る。


「練習始めるわよ」


 早紀の言葉に四人は同時に力強く頷く。



     *



 朝日の光を浴びながら、杏子は、日課の早朝ランニングに出ていた。

 ダンスのレッスンが徐々に厳しくなり、五人はそれぞれ、自主的にトレーニングを始めていた。


 銀髪で背の高い帝国人と明らかに違う身体的な特徴を持つ彼女達は、グループで活動する時以外は、帽子を深く被り、日中は一人で出歩かないようにしている。銀河帝国人は、基本的に、いかなる人種に対してもおおらかに振る舞うが、中には、排他的な人もいると秋山から注意されていた。

 銀河系において、中心部のスターバースト宙域を除く、ハビタブルゾーンと言われる生命活動が可能なエリアには、多種多様な生態系が存在し、中には人の形を成していない知的生命体も存在していたが、銀河系最古クラスの現帝国人による生体改造により、それらはみな人の形をとるものとなった。そうした異種間での接触を無数に経験し、成熟した帝国では、異星人には、慈悲を旨に接する事が、先進文化人種としての常識となっている。


 並木道がどこまでも続いている。道路には、時折、空中に浮かぶ車が行き交うのみであった。

 以前、秋山に聞いた事があった。あの空飛ぶ車はどういう原理で動いているのか。

 秋山は首を振った。理屈は分からない。銀河帝国はもともと、気が遠くなる程の時間を掛けて、重力というものを解明していった文明であったらしい。重力に逆らい続けた地球とは文明の方向が違うのだろう。「まあ、とにかくタイヤ交換しなくていいから便利だしね」秋山は言って、相変わらずクラクションの中、マイペースに、杏子達五人の送迎を続けていた。


 並木道が途切れ、朝日が顔に差し込む。芝生が覆われた広場で折り返し、今度は、自分の影を見ながら、並木道を走る。

 毛むくじゃらの丸い動物を連れた帝国人や、タイヤの無いスクーターが通り過ぎ、杏子と同じように、ランニング中の帝国人とすれ違う。

 日本の朝と変わらない風景。朝のランニングは、時折、杏子の胸に去来する、望郷の思いを癒してくれていた。


 みんな、どうしてあんなに強いんだろう。


 杏子は、四人と会う度に疑問に思っていた。


 昨日、祐子が、八月に入ったと言っていた。忙しい生活の中、とうに日本の日付けを忘れていた四人は、祐子の言葉に驚いた。祐子は、大事そうに、鞄から、ガラケーを取り出した。


「一日に一回だけ、ほんの少し電源を入れてる」


 四人にその理由を突っ込まれた祐子は、顔を真っ赤にして白状する。


「彼氏のくれたメールを見てる」


 練習の終わり、フロアで紙コップを片手におしゃべりをしていた少女達は、言葉を失い、俯いて手元のコップを見つめていた。


 みんな平気な訳がない。ごまかし、本音を隠して、騙し騙し日々の生活を送っていた。

 

「私達、ホントに帰れるのかな」 


 優奈が手を震わしてつぶやく。誰もがいつも考えて、口に出せなかった疑問であった。秋山は、帰ることは出来る、と言っていた。引っ掛かる言い方であった。


「実は、ちょっと調べてみたんだけど」


 早紀が顔を上げて、目の前にディスプレイを開く。


「銀河帝国が地球からどのくらい離れてるか、詳しくは分からないけど、だいたい五万光年みたいね」


 五万光年。想像がつかない。光の速度で移動して五万年かかる距離ということはわかる。しかし、現実として、実感が出来ない。


「私達がここに来るときに通った、大きな輪を覚えてる」


 たしかイルカ型の宇宙船は、巨大なリングを通り抜ける度に急激に加速していた。四人は頷く。


「あの輪は、銀河系の中心にあるブラックホールのエネルギーを利用して、あらゆる物理的事象の影響を受けない特殊な空間を発生させているみたいね」


 早紀の話に頷いていた、綾香が首を捻る。


「なんやよう分からんけど、それ使ったらいつでも帰れるってことやな」


 明るい綾香の言葉に、早紀は、静かに頷く。


「簡単に帰れないのは、例えば、交通費が凄いとか」


 優奈が顔を上げて、早紀を見て言う。早紀はまた小さく頷く。優奈が、笑顔で胸をなで下ろす。


「じゃあさあ、私達が売れて、お金稼いだら帰れるかもね」


 杏子は首をかしげる。単なる費用の問題なのだろうか。費用がかかるだけなら、もっといろいろな人が帝国に来ているはずだが。浮かれて騒ぐ綾香と優奈を見ていた杏子の背後から、手を叩く秋山が近づいていた。


「さあ、出発しますよ」


 帰り支度を済ませて、秋山の後を歩く杏子は、こころなしか、秋山がやつれていることに気付いた。


「秋山さん。体調悪いんですか」


 同じ事に気付いたのか、祐子の言葉に、秋山は階段の下で振り返り、笑顔で両手を振った。


「プロデューサーって結構大変でしてね。大丈夫ですよ」


 見つめる祐子から視線を外した秋山は、頷きながら、車に向かって歩き出した。



     *


 並木道で最後のストレートを速度を上げて走る杏子。


「あんな下級惑星人いつまで家に置いとくつもりだ」


 速度を緩め、ホームステイ先のグレイス邸の手前のカーブを曲がろうとした杏子に、リュークの大声が聞こえた。


「馬鹿者が。下級惑星人に対しては慈悲の心で接する事が帝国人としての作法であるとあれほど」


 並木の影で立ち止まった杏子は、グレイス邸を覗き見る。ガレージの前で、タイヤの無いスクーターにまたがるリュークが、仕事に出掛けようとしているヴェルと睨み合っていた。


「学校でも、下級惑星人を飼ってるって馬鹿にされてるぞ」


 唾を飛ばして叫ぶリューク。


「下級惑星人だからこそ、帝国の威光を慈悲という形で」


 ヴェルの話の途中で、「もういい」と言ったリュークが、スクーターを発進させた。

 杏子の脇を通り過ぎるリュークと一瞬目が合う。驚いたリュークは舌打ちをして、猛スピードで走り去った。

 ヴェルは首を降りながら、リュークと反対方向の並木道を歩きはじめた。


 聞いてはいけない話を聞いてしまったのだろう。


「忘れよう」


 今の杏子には、ここにしか居場所が無い。何度も首を降り、グレイス邸の門扉から庭に入った。



「エコ! はやく支度しなさい。遅れるわよ」


 水を貰いに台所に向かう杏子にマーサの声が聞こえた。


「分かってるって、もうすぐギルダー星を解放できるから」


 二階のエコの部屋から返事があった。


「朝からゲームにはまってて困ってるのよ」


 水の入ったグラスを杏子に手渡すマーサが言う。

 そういえば、弘志も、朝からゲームをしてよく母に怒られていた。頭を下げてコップを受け取る杏子は、懐かしい光景を思いだしていた。どこでも同じである。


「やっとあいつらDASに応じたよ」


 階段を駆け降りたエコは、マーサからパンを受け取ると、そのまま家を走り出ていった。



     *



 シャワーを浴びた杏子は、二階の部屋に戻った。開け放たれた窓から流れ込む空気を胸一杯に吸い込み、ディスプレイを表示させる。

 シルバリオンのお手本映像を再生する。

 激しいダンスを踊る少女達の明るい歌声が響く。

 先の見えない不安、うかがい知ることが出来ない帝国人の考え。

 迷った時は体を動かす。ただがむしゃらに。

 短い人生のほとんどを占める、いつ終わるとも知れない部活動で得た、貴重な処世術である。


 前だけを向いて走り抜けるしかない。

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