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Track-10.Debut!(performance ver.)

 棒の先に括り付けられた藁束が真っ二つになり、舞台の上に、転がり落ち、細かい藁くずが舞い上がる。

 刀を鞘に仕舞う杏子に、舞台に立つ四人が拍手を送る。力強い四人の拍手とは別に、耳に聞こえるのは、疎らに聞こえる小さな拍手の音だった。

 剣道の胴着を意識して作られた、前合わせの上着に、袴のような白いロングスカートの杏子は、ちらりと観客席を見てみる。


 舞台の直近には大きな空間があり、その空間を取り巻くように、子供をつれた帝国人が、脇で拍手する秋山に釣られて、申し訳程度に拍手している様子が見えた。

 メンバー紹介に続いて、白の上着に、黒い胸当て、白のスカート姿の優奈が弓を持って舞台に進み出る。

 演技を終えた杏子と、綾香が、舞台の脇に的を設置した。

 的の中心を射抜く矢。疎らな拍手。



     *



 秋山の用意したTKU5の初舞台は、郊外にあるショッピングモールに設営された、特設ステージであった。

 私服姿で、地球文化会館本部に集合した五人は、秋山の運転するバンに揺られ、人気の無い早朝のショッピングモールに降り立った。

 従業員に混じり、ジャージに着替えた五人は、秋山に案内されて、ショッピングモールの支配人であるリーゼントスタイルの男性に頭を下げた。そして、当たり前の様に舞台の設営の為に板を運び、物産展の登りを立て、花屋の横に田端が用意した、日本製品を売る小さなブースを設置した。


「アイドルって大変やなあ」


 ほうきを片手に綾香が、額の汗を首に巻いたタオルで拭き取る。観客席にあたる通路を掃除していた彼女達の脇を、スタイルのいい褐色の少女が四人歩いていく。


「お掃除ご苦労様です」


 褐色肌の少女達は、朗らかな笑顔で、床に雑巾をかける早紀に頭を下げた。

 顔を上げ、見上げる早紀に、先頭を歩く背の高い少女が笑顔で言う。


「今日、舞台使わせて頂く、ペルメテウスです。従業員の方ですよね」


 ペルメテウスは、辺境の惑星ダリアのご当地アイドルであり、今日、同じ舞台で共演すると聞いている。

 杏子達四人が、作業を止めて見守る中、頭にほっかむりしたタオルを取り外し、栗毛色の髪をかきあげた早紀が、笑顔の少女を睨みつける。


「TKU5の篠山早紀と言います。よろしくお願いします。せんぱい」


 驚きに、一瞬言葉を無くす褐色肌の少女だったが、すぐに、笑顔を作り直した。


「あら、ごめんなさいね。今日デビューするグループね。まあ、頑張りましょ」


 少女が差し出した右手を、引き攣った笑顔の早紀が握りしめた。


「なんか分からない事とかあったら聞いてね」


 早紀に握りしめられた右手を振りながら、少女達は、更衣室に向かう従業員通路に入っていった。


「いやー、えらい迫力やったわ」


 思わず四人は早紀の回りに集まる。


「ここでも上下関係、厳しそうね」


 祐子の言葉に早紀は、タオルを頭に巻き直し頷く。


「絶対負けたくない。早く掃除終わらせて練習しなくちゃ」


 雑巾を握りしめた早紀は、再びその場にしゃがみ込む、床を磨きはじめた。

 四人は、顔を合わせ、頷き合い、それぞれの掃除道具を片手に、通路に散っていった。



     *



「いい絵が撮れましたよ」


 物産展の陳列を中断し、早紀達の様子を眺めていた田端がつぶやく。


「田端君。こんな物売れるのかな」


 段ボールから、巨大な埴輪人形を取り出す秋山が、田端を見上げる。


「さあ。でもこの映像が撮れただけでも、来たかいがありました」


 田端の目の前のディスプレイに、ペルメテウスと対峙する早紀の様子が再生されていた。



     *



 疎らに聞こえる拍手の中、クラブを握った綾香が、四人の元に駆け寄る。


「緊張したわ」


 レオタードを意識したであろう黄色のワンピースを着た綾香が胸を撫で下ろした。

 拍手で迎えた少女達は、舞台袖から、コンクリートブロックと、瓦を抱え、舞台の中央にセッティングする。

 腕をぐるぐる回し、集中力を高める早紀が舞台中央に一人で残った。


 空手の胴着を意識した白のワンピースに、黒い腰ベルト。ベルトの後ろには大きなリボンが取り付けられている。


 舞台の設営と掃除を終えた五人の前に現れた秋山が、一人づつ手渡した紙袋。 ジャージで舞台に上がる可能性を否定出来ず、戦々恐々としていた五人は、紙袋に入った衣装に小躍りした。  

 しかし、衣装を身につけて集合した彼女達は、その一貫された衣装のコンセプトの前に脱力するしかなかった。


「日本から送られてきた衣装ですよ。皆さんよくお似合いで」


 それぞれが着ているのは、日本で打ち込んでいた部活動の胴着やユニホームを取り入れた斬新な衣装。


「まあ、身が引き締まるのは確かだけど」


 早紀がつぶやきながら、同じ従業員休憩室の向こうで固まって座る、ペルメテウスの方を睨みつけていた。

 お揃いの真っ赤なミニスカートに、胸元が強調されたシャツを着た彼女達が、チラチラと五人を見ていたが、早紀に睨みつけられて、視線を外していた。


 

     *



 舞台の中央には、白いミニスカートから、細く長い脚をあらわにした祐子が、一人立ち尽くしていた。

 早紀が叩き割った瓦のかけらを入れたビニール袋を胸に抱いた少女達も、どうすることもできず、ただ立ち尽くすだけだった。

 祐子に与えられた使命は客席いじりである。が、見渡す限り、舞台前の客席は、まるで立入禁止にされているように、床が顔を出している。

 通路から、暇つぶしに眺める人も、子供連れのお母さんらしく、舞台の上でぶん投げるのはさすがに憚れた。

 舞台後方に立つ四人から祐子の顔は見えないが、彼女の気持ちは痛いほど理解できる。


「祐子……」


 張り詰めた雰囲気に耐え切れず、前に出ようとする杏子の肩を、早紀が掴み押し止めた。

 驚く杏子に向かって頷いた早紀は、舞台袖から階段を下りた。心配そうに駆け寄る秋山を制して、物産展コーナーに歩いていき、日本のブースの前で立ち止まる。

 ブースを覗き込むと、レジでディスプレイを眺める田端を見つけた。

 ずかずかとブースに入った早紀は、唖然と彼女を見上げる田端の腕を掴みあげる。



     *



 宙を舞い、舞台の上で仰向けに寝転ぶ田端を片付けた五人は、それぞれ、ポールマイクを持ち、早紀を中心に横一列に並んだ。


「今日は、ギャラクシーショッピングモール、辺境惑星物産展にお越しいただき、誠にありがとうございます」


 早紀の透き通るような声がマイクを通して響き渡る。早紀の右手には杏子、優奈が、左手には祐子、綾香がそれぞれマイクから手を離して深々と頭を下げた。


「私達TKU5は、地球の日本から来ました」


 観客は相変わらず遠巻きの主婦達。


「まだ、この星に来て間が無い私達ですが、一生懸命練習したので、聞いて下さい」


 反応の無い観客席から視線を、四人それぞれに向ける早紀。少女達は皆、笑顔で力強く頷いた。


「私達のデビュー曲、『chocolate attack!』」



     *



 舞台の上では、ペルメテウスの四人が、妖艶な激しいダンスを繰り広げていた。

 TKU5の時には、床しか見えなかった舞台前のアリーナには、いつの間にか、ファンらしい帝国人数人が集まり、舞台上の彼女達に声援を送っていた。

 午前の公演を終えたTKU5の五人は、衣装の上にジャージの上着を羽織り、通路から、ペルメテウスの公演を眺めていた。


「私達、全然ダメだったね」


 両手で握る、水の入った紙コップを見つめながら、杏子がつぶやく。


「もっと練習せなあかんな」


 綾香が、舞台を見つめたまま言う。


「悔しいけど、その通りね」


 早紀は、言いながら、水を飲み干し、紙コップを握り締める。


「午後のライブまで練習しよう」


 頷く四人と視線を合わせた早紀は、握りしめた紙コップを、すぐ近くのごみ箱に向かって放り投げた。

 箱の端に弾かれた紙コップが床に転がる。

 慌てて拾い上げる早紀の回りで四人がクスクスと笑う。


「早紀、投球フォームがちょっとおかしいな」


 祐子が口に手を付けて笑いを噛み殺している。

 全く腕が振れていない腰の抜けた投球フォーム。まさしく『お嬢様フォーム』であった。



     *



 閉店の音楽が流れる中、五人は、ジャージ姿で、もくもくと舞台の撤去作業についていた。


「歌の時、もう少しダンスを取り入れた方がいいかもね」


 板を運ぶ優奈が、反対側を持つ綾香に言う。


「うち、ダンス考えてみよかな」


 綾香が笑顔で答える。

 

「杏子は、結構よく音を捉えれてるから、次からは私と合わせてハモリの練習してみようよ」


 ほうきを持つ杏子に、ちり取りを用意し、しゃがむ早紀が言う。頷く杏子は、日本でサクラから声を褒められた事を思い出す。


「次からは、取り合えず田端君に観客席にいてもらうから許してくれ」


 物産展の日本ブースを片付けていた秋山が、埴輪を抱きしめて運ぶ祐子に頭を下げた。


「はい。お願いしましす」


 祐子の返事に、段ボールを抱えた田端がため息をつきつぶやく。


「結構マジで痛いんですよ」


 苦笑いする田端の向こう、祐子は、ペルメテウスの四人が歩く姿を見つけた。


「今朝は、失礼な事言ってごめんね」


 ペルメテウスの少女が、ちり取りのゴミをビニール袋に移し替えていた早紀に、話しかける。


「仕方ないです。私達、まだデビューしてなかったんですから」


 二人のやり取りを、四人が、ヒヤヒヤしながら見つめていた。


「私達、ペルメテウスのリーダー、アンジェラ。これからもよろしくね」


 差し出された右手を早紀が優しく握る。


「TKU5リーダーの篠山早紀です。こちらよろしくお願いします」


 握手を終えたアンジェラは、緊張を解いた笑顔を作る。


「最初のパフォーマンスも良かったけど、歌、すごいいい歌だったね」


 アンジェラは、胸に手を置いて目を細める。


「私達も、辺境の星から来てるから、なんかグッときちゃったよ」


 アンジェラの言葉を聞いた杏子は、思わずほうきの柄を握りしめた。

 舞台の上で、人並み外れた激しいダンスを踊る彼女達も、故郷の星に思いを馳せて、アイドルをしていることに気付いた。


「また、どこかのステージで会ったらよろしくね」


 手を降り去っていくペルメテウスの四人に、早紀達は頭を下げていた。


 遥か故郷から離れ、頑張っているのは、自分達だけじゃない。

 五人は決意を新たにお互いを見合い、頷きあった。


「ペルメテウスといえば、サジタリウス腕の惑星ヤクラの出身ですよね」


 田端が、秋山の耳元に口を寄せて言う。


「ああ、資源化の第一候補だったな」


 秋山は、腕を組み、颯爽と立ち去るペルメテウスの四人を見ていた。

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