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二年次期末試験

 明後日は筆記試験という日に、ルディは夜更けまでブランの研究室で教科書を前に最後の追い込みをしていた。少し前までは。

 「‥‥‥うわっ‥‥僕、寝てた?」

 いつの間にか机に突っ伏して居眠りしていたルディは、顔を上げて回りを見回した。

 「疲れてるんだろう。これ以上詰め込んでも無駄だ。もう寮に帰って寝ちまえ」

 律儀にルディに付き合って、研究室に居残っていたカウルスは、手入れの終わった槍を椅子に立てかけて声をかける。

 「済みません。起こしてくれて良かったのに」

 「気持ちよさそうに寝てたから、つい起こしそびれたんだ。ああ、デューアは先に帰らせた」

 デューレイアを無理矢理帰したのは、ルディの寝顔に、危ない視線を向けていたからだというのは内緒にしておく。

 「あの、先生はまだ帰られていないのですか?」

 目が覚めて真っ先に、ブランの姿がないのに、ルディは気づいていた。

 二年次も終わりに近づき、戦闘科の授業で実技の時間が大きくなってきた。

 午前の始めと、講義と昼食を挟み午後にも実技の授業といったように、時間割も変わってきた。

 魔法の修練も、より高度な制御を求められるようになり、実践にかける時間はいくらあっても不足するくらいだった。それに、生徒達の魔力が上がり、今までより長時間の魔法の修練に耐えられるようになってきたこともある。

 三年次になれば、魔法や戦術など戦闘に関わるもの以外の講義は削られ、更に実技の占める時間が増えることになる。

 ルディも、ブランとの訓練が早朝から午前の前半に入るようになっていた。

 午後は、技術の特別授業以外では、クラスの授業に参加することも多くなった。

また、個人的な実技訓練はデューレイア達が受け持ったりしているが、それにはエルとフローネだけでなく、ローレイとネルフィルも参加する。

 ブランでないのは、彼が軍務で城に行く必要があるからだ。特に、ここしばらくはルディとの訓練以外は、学校を留守にすることが多くなっていた。

 軍務卿が予想以上に、仕事をまわしてくるからというのが、主立った理由である。それを片付けてしまえるくらいブランが有能であったのも悪かった。

 特に最近は多忙らしく、ルディの訓練のために帰ってきて、また城へとんぼ返りという状態であった。

 今日も、朝方帰ってきたが、午前中の訓練を終えると、ブランは城に戻っていったのだ。

 「ああ、まだだ‥‥‥おっ」

 カウルスが答えたところで、飛竜が裏に降りた気配が伝わった。

 基本的に日が落ちてからは騎竜を飛ばさないのだが、ブランとニールはわりと平気で普段から夜間飛行をする。もちろん、許可を得てのことだ。

 直ぐにルディは裏口から外に出て行った。

 「先生、お帰りなさい」

 「ただいま。お前、まだいたのか」

 裏の塀沿いに簡易に造られた竜舎の前に降りたブランは、呆れたように言った。

 「ええっと‥‥‥その、ちょっと寝ちゃって」

 正直に話してしまうのがルディらしい。

 ブランの騎竜であるニールとルディについては、対面の一戦により力関係が定まっている。ニールは、自分を負かしたルディを上位者と認め、ブランの扱いから、己の主にとっての命の優先順位もルディが上であることも理解はしている。

 だからといって、ニールはルディには従わないし、ルディも他者の騎竜であるニールには、許可なく手を触れない。

 ちなみに、ニールの竜舎は学校の飼育員が交代で清掃などを行っている。

 飼育員達も、最初は魔窟にくることを嫌がっていたのだが、竜の世話ができる者は、もとより竜好きなのが揃っている。そんじょそこらにいない上位飛竜の世話ができるという魅力と、竜騎士であるカウルスやデューレイアの説得で、魔窟に来るのに騎士や兵士が付きそうという条件で、渋々複数の飼育員が首を縦に振ったのだ。

 壁の外に専用の竜舎を造ったのも、上位飛竜たるニールに勝る魔物など、そうそういないというのと、最近のここは、ルディの魔法演習のおかげで、魔物にとっても危険地域扱いされているようで、まず魔物が近づくことはないという事情からだった。

 飼育員が来るときには、一応、デューレイアやカウルス達が立ち会うが、本当に念のためであり、飼育員達の安心感のためで、今まで、近距離で魔物の影を見たことはない。

 ニールは竜舎で休息、あるいは待機している時以外は、近場を飛び回るが、ブランを乗せていないときには、王都上空へは入らない。

 直ぐに戻ってこられる距離ではあるが、荒れ地で魔物を狩ったりしているようだ。

 それも、人間に与えられる餌より、自力で狩った新鮮な獲物を好むからだった。

 今日は、城の竜舎で飼育員に世話され休息は十分のようで、ニールは竜舎に入ることなく、ブランの許可を得ると、翼を広げて夜空に飛び立った。

 「先生、食事は?」

 「適当に食べるから気にするな」

 珍しく、疲れた顔を隠そうともせず、ブランはマントと上着を脱いだ。椅子の背にかけようとしたそれらを、ルディは受け取ってハンガーに掛ける。

 もとより、ルディに対して取り繕う気はなかったブランだが、実際、いろいろな意味で疲れていた。原因は彼の直接の上司に押しつけられた最近の仕事と、その内容である。

 ただ今回については、それらを作った、もともとの原因を持ち込んだのがブランのようなものなのだから、文句も言えなかった。

 カウルスは一緒に夕食を済ませていたため、ルディはブランのリクエストにより、保管庫から角兎と香草のリゾットを始めとした夜食を取り出し、机に用意する。

 「ルディ、試験が終わったら、ババアがお前を領地に連れて行きたいそうだ」

 寮に帰ることをカウルスに言うルディに、ブランがそういえばと、リュレに言われていたこれからの予定を告げた。

 「えっ?」

 「ついでに治癒魔法を徹底的に教え込むと言っていたから、覚悟しておけ」

 かつてブランも師匠であるリュレに扱かれたものだ。

 治癒魔法の最高峰の使い手であるリュレの弟子や息子が、生半可な治癒魔法を使うなど、彼女には許せないのだろう。

 「あの、それって、前に先生が‥‥‥」

 フローネが死にそうになった件もあり、治癒魔法の重要性はルディもよくわかっている。助けたいと思ったときに、力がなく悔やむことになるのはごめんだった。

 しかし、ブランをして厳しいというリュレの指導に、怯えてしまうのは仕方のないことだ。

 「頑張れ」

 顔色を若干青くした教え子に、ブランとしても、それしか言えなかった。




 魔法学校二年次戦闘科の前期試験の実技は対戦形式であったが、これは適性と実力によるクラスの見直しのためであった。

 一組はもともと成績上位者の中から、魔導士や魔導騎士を志望する者が選抜されていたから、入れ替えは少なかったが、他のクラスについては、適性によるクラス変更が結構あった。

 それ以降、対戦は必要な時に授業の中で行われ、適性の判定や成績に反映されていく形式となっている。

 対戦は単純に勝ち負けだけで評価できるものでもないからだ。

 もちろん、強い者は強いのだが、相性も無視できない要素だった。

 つまるところ常時、対戦試験が行われているようなものであり、期末試験の実技試験は対戦形式ではなかった。


 基本的に魔法学校における定期試験の実技試験は、生徒には非公開である。

 公開制にすれば、先に試験を受ける者の戦い方を参考にできるのだから、後から受ける者の方が有利になる。

 なにより、魔術師として手の内を大っぴらにさらしたくないというのもあった。

 二年次期末試験兼三年次への進級試験は動く的、ゴーレムを使う。

 ただし、試験に使うゴーレムの性能については、事前に公開することになっていた。

 そのために、筆記試験を終えた日の夕方、二年次戦闘科生徒の全員が競技場に集められた。


 戦闘科の生徒達は、観客席ではなく競技場の中に集合している。そして中ほどに立つ教師達を、広い円形に囲む形で話を聞いていた。

 教師は、二年次主任のクラウディウス、一組担当教諭のスレインとギュレイノス、それから二組から六組までの担当教諭が各一名ずつ。


 競技場の中央に一体のゴーレムが置かれている。

 大きさは大きな猪くらいであり、魔物である岩猪ほどではなかった。

 一応猪に近い形状ではあるが、楕円形の図体に太い四つ足が付いただけの、単純な造りだ。

 そのゴーレムを、ギュレイノスは拳で軽く叩いて見せた。

 「堅さは結構固いぞ。岩猪くらいだと思え。で、こいつがあそこから出てきて、あっちに向かって走っていく。それを白線が引かれているだろう、その間で止める。魔法使えば手段はとわねぇ」

 実技担当教師のギュレイノスが、風の魔導具である拡声器を使って説明するのを、生徒達は真剣な顔で聞いていた。

 相変わらずの説明の仕方だが、試験の内容自体は既に知らされているし、基本的には毎年同じ内容である。

 「固さは、後で触らせてやる。で、コイツは途中で二度向きを変えるのは共通だが、どう変わるかはそれぞれの個体で違う。どう走って行くのかは、実際にやってみなけりゃわからん。さて、なんか質問あるか?」

 一応聞いてはみたが、もし質問がでればスレインに答えさせようと、ギュレイノスは考えていた。

 最前列で手を上げたのは、ネルフィルだった。

 「確認をさせてください。止めるのは動けなくするということでしょうか?進行を一時的に阻止するのでは、達成とは認められないのでしょうか?」

 微妙なところを突いたネルフィルの質問である。

 「いい質問だ。スレイン先生、頼む」

 即座に、ギュレイノスはスレインに振った。

 「今の質問は、採点基準を問われていると解釈します」

 スレインはまず、そう確認をする。

 「この試験は、まず皆さんの魔法の技量が、進級する基準に達しているかを見るものです。そのうえで、各人の資質と希望から、三年次のクラス分けをする目安の一つともなります。皆さんが使う魔法は、属性による特性、得意不得意などいろいろありますが、要は、魔法学校二年次戦闘科から三年次へ進む実力を見せてもらうということです。わかりますか?」

 「わかんねぇ。ぶっ潰せばいいんじゃねーのか」

 「てめーならそうだろうよ、火魔法馬鹿」

 「なら、てめーはわかんのかよ、雷馬鹿」

 同程度の言い合いを始めたナイルカリアスとサルーディ。

 「得手不得手があるだろうから、やり方は自由だということだ。君達のように攻撃魔法が得意なら、破壊を狙っても良いし、防御が得意なら楯魔法による足止めも考えられるだろう。二年次を修めたと認められる魔法を使えばいいということだ」

 「全力を出せば良いってことでしょ」

 簡単なことではないかと、ローレイの説明に、フローネはいつものように迷いない目できっぱりと言う。

 それにルディも頷いた。

 「試験に全力で臨むのは、当たり前だよね」

 「馬鹿っ!てめーは全力出すな」

 思わず口を揃えて同じことをいってしまったサルーディとナイルカリアスだった。

 ルディシアールの力を知っているだけに、その全力などこんなとこで出されてたまるかという恐怖が言わせたのだ。

 「馬鹿はお前らだろ。フローネもルディもお前らに言ったんだ。だいたい、ルディは実技試験は免除だって知ってんだろ」

 毎度のことだが、結局フォローに走るのはエルの役割だった。

 そして、そんな彼等を目にし、つい毒づいた言葉を口にした生徒がいる。

 「くそっアイツ等余裕かましやがって」

 ローレイやサルーディ達一組の近くに、たまたまいたのが四組の集団であった。

 全部で六クラスある戦闘科において、魔導騎士、魔導士の候補クラスと呼ばれる、名実共にトップクラスの集団である一組から成績順で振り分けられている。その中で、五組は防御方面に特化した生徒、六組は特殊な魔法を使う生徒が集められているため、攻撃型では実力的に四組が最下級組とみなされていた。

 それでも最下級とはいえ、王都魔法学校の生徒である。中級魔法をなんとか使える者も、半数には到らないがいる。だが、この試験の結果で留年や自主退学を勧告される者も、毎年わずか、多くても片手に満たない人数ではあるが、でるというのが実情だ。

 まして、それが自分であるかもしれないとの危機感を覚えていれば、進級が確実であろう一組生徒に、やっかみの目を向けるのはある意味無理ないことだ。

 「あんなのぶっ潰すとか、さすが一組、簡単に言ってくれる」

 悪態を口にしたのは、四組の風魔法使いのオーディルだった。

 悪意を含んだそれは、少しばかり大きな声であり、当然すぐ隣にいて聞こえてしまったエルは、反射的に彼に向き直った。

 「火魔法馬鹿‥‥ナイルカリアスは潰す気でいるようだけど、別に潰すことに拘る必要ないだろ。スレイン先生も言ってたけど、止める方法はいろいろあるじゃねーか」

 助言のつもりで、エルはことさら軽い口調で彼等に話しかける。

 「いろいろって、初級の風魔法でやりようがあるとでも?」

 できるってなら、ついでにそれも教えてくれとオーディルは言う。優等生のエルトリードの助言はそれなりに役に立つはずだからだ。

 「それこそ自分で考えるべきことですわ」

 呆れたように、突き放したのはウェリンだった。

 戦い方を考えることも課題の一つだ。

 自分に合った戦い方を見いだすこと。他人に教わって戦っていては、いざという時に戦えない。

 「四属性のウェリン様と違って、俺は風属性しか使えないんですよ。助言くらい出し惜しみして欲しくないんですがね」

 「そういう問題ではありませんわ」

 「四属性のウェリン」という呼ばれ方を、彼女が特にこの頃は好んでいないのを、オーディルは知っているのかもしれない。銀の雛ルディシアールに対する比較のように感じるからだ。

 事実、彼女が異名持ちにはなりえないことを揶揄する悪意をもって口にする者もいる。今の彼の言い方も、それに近い。

 オーディルだけでなく、いつの間にか主に四組の生徒達がこちらを注目しているのに、ウェリンもエルも、なんとも言えない表情をした。

 「四組の俺達じゃ教えても仕方ないとでも?そりゃあ一組と違って、オレ達四組はギリギリですからね。一組さんなら簡単に使える中級魔法だって、未だに満足に使えないから無理だって言いたいわけですか?」

 「簡単に使えるなどと言って欲しくありませんわ」

 自分は確かに四属性を使える。異名持ちにはなれないにせよ、それが希有な才能であるのは確かだ。

 けれど、使えるだけではダメなのだということも、今のウェリンにはわかっている。それを、彼女はルディシアールに思い知らされた。

 魔法は使い方次第で、威力も効果も変わってくるものだ。使いこなすのは、才能もあるが、結局努力して修行しなくてはならないのだ。

 自分達が、まるでなんの苦労もなく、一組に在籍しているなどと言われるのは心外だった。

 「ほっとけ」

 エルが絡んでいることもあり、耳に入った言い合いが気になっているようなルディの右肩に手を置いたのはサルーディだった。

 「ってか、お前が言っても、それこそ仕方ねーだろ」

 あれは、僻みであり、できない自分への言い訳だ。一組の中でさえ更に別格とされているルディシアールが何を言ったところで、反発しか招かないだろう。

 「でも。スレイン先生が言われてたように、この試験って三年次への進級試験だけど、なんて言うのか‥‥‥ここにいるのって、皆二年次に在籍しているわけで」

 「あー、つまり、二年次にいられるだけの力はあるって言いたいんだろ」

 座学は苦手だが、サルーディは勘は良い。ルディの言いたいことは何となくわかったようだ。

 「うん、そう」

 少なくとも、魔力を始めとする基礎的な潜在能力がない者は、二年次に進めていない。残酷なようだが、魔法を使う能力はどうなるものでもなく、学校の基準に満たない者の選別は今までに行われてきたのだ。

 そして、この王都魔法学校は、エール=シオン王国最高峰の魔法の教育機関である。その二年次に在籍している生徒は、魔術師としての才能を認められているということだ。

 世間一般において、初級魔法を使いこなせれば、魔術師としてやっていくことは十分可能なのだから。否、実戦で中級魔法を使える魔術師など、エール=シオンでは王国軍以外ではなかなかいないかもしれない。

 「それに、中級魔法とか‥‥‥二年次でこの課題って、中級魔法使うこと想定してないと思う」

 「だよな。俺もそう思うぜ」

 それはサルーディも納得して同意する。

 「だから、最初からできないって言うのはおかしいよ」

 サルーディはこの規格外なクラスメイトが、殊、魔法に関しては非常に容赦のない評価をすることを知っていた。なまじ、「目が良い」だけに、ルディがありのままを素直に口にすることが、厳しいともいえる代物となってしまうのだ。

 だが、そんなルディの物言いに耐性のできた一組とは違い、その会話が耳に入ってしまった痛いところを指摘されたとある四組の生徒が、頭に血を上らせ、声を荒げた。

 「もう一回言ってみろ!できない方がおかしいだと?」

 「‥‥‥そうじゃなくて‥‥無理なことを試験でさせないって‥‥‥」

 昔のルディなら、けんか腰で迫られたら、真っ青になって逃げることを考えただろう。さすがに今はそこまでではないが、気分的に退け気味で、反論も回りに聞こえないくらい小さな声であった。

 もともと、ルディは人見知りな性格であった。争いごとは避けたいと思うおとなしい性質は、そうそう劇的に変わるものでもない。周囲にいるのが、売られた喧嘩は買うのが当然といった者が多いため、多少は影響は受けているものの、基本的には荒事は好まないのだ。

 たとえ、生命のやり取りをする場に、身を置くことが珍しくない環境にあっても。

 だが、ルディの怯えたような態度に、彼はつい勢いで責めるように言ってしまう。

 「だったら、やって見せろよ。お前ならそれこそ簡単だろう」

 試験のゴーレムを指さして大声を出した男子生徒に、さすがにギュレイノスの指導が入った。

 「おい、そこ。何やってる」

 こちらに近づいてきたギュレイノスは、腰に手を当てて生徒達をぐるりと睨みながら見回した。

 「てめえら、余裕じゃねえか。説明とかもういらねえってか」

 「どうしたらいいかって言ってたら、こいつ‥‥彼が簡単だって」

 ルディに迫っていた生徒が、慌てて言い訳をしたのに、サルーディがそうじゃねぇと、横から口を出す。

 「ルディシアールは『できないことじゃない』つったんだ。試験に無理なもんはださねぇって」

 雰囲気から、ギュレイノスはなんとなく揉めた状況を把握した。

 ルディシアールは良い子だ。性格は少々大人しいが、真面目で努力家。しかし、それでいて、問題児なのだ。学校にも教師にとっても。

 ギュレイノスは大きく息を吐いた。

 どうも原因は四組生徒にありそうだが、彼等の気持ちもわからないではない。

 自分達が境界線上にいる自覚があるだけに、規格外、それこそ試験を免除されるような突き抜けた才能の持ち主に、無理な試験じゃないと言われるのは腹立たしい気分にもなるだろう。

 なまじこんな時に正しいことを言われると、腹が立つんだよなと、ギュレイノスは納得する。

 言われたことが正論であるだけに、反感から感情的に暴発したに違いなかった。

 「実技試験免除されてるから、他人事みたいに」

 「ああ、確かにルディシアールは実技免除だけどな。それは‥‥‥うーん、ちょっと待て」

 ギュレイノスは二年次の主任であるクラウディウスのところに歩み寄っていく。

 「‥‥‥いや、逆に自信喪失になっては‥‥‥」

 「それこそ今更でしょ。いやね、一組の今の実力だって、もとはアイツに最初にガツンとやられたのが効いてるんだし‥‥‥っていうか、もう面倒なんすよ。この際、一発見せとけば、納得するってもんで」

 「うーむ。スレイン先生はどう思うかね?」

 「ギュレイノス先生のおっしゃることもわかります。ゴーレムは予備に数体余分に用意してあることですし、これから一度走らせてみせるわけですが、その後なら」

 「わかりました。後で間違った先入観を持たないように、スレイン先生に解説してもらいましょう」

 話が決まったところで、ギュレイノスが生徒のところに戻ってきて、これからやることを告げる。

 「さて、実際に触って構わんから、固さを確かめとけ。その後、アレを一度走らせるから、よく見とけよ」

 それから、ギュレイノスはルディシアールを手招きした。

 「そんでその後、ルディシアール、お前、やってみろ」

 「えっ?」

 「模範ってことで、クラウディウス先生に許可を貰った。試験受けるつもりでやってみせろ」

 できるかとは、あえて聞かない。

 「ああ、何でも良いが、四属性でだぞ。空魔法は禁止だ」

 一応、念を押しておく。

 「はい」

 先生方の意図はわからないが、やれというならやってみせるだけのことだ。

 生徒達が順番に、確認用に用意された数体の同規格のゴーレムを触るのを、ルディは少し離れたところから見ていた。

 岩猪と同じくらいというから、確認しなくても大体の見当はついたからだ。

 その後、競技場に引かれた二本目の白線に向かって走るゴーレムを見ながら、ルディは「試験を受けるつもりでやればいいんだよね」と、呟いた。


 競技場に立つルディを、観客席に移動したフローネがじっと見詰めている。

 「いいのかなぁ」

 「ルディ君のやることを見て、実際に試験を受ければ、皆、納得するだろう。模範としては‥‥‥あまり参考にはならないにせよ」

 参考よりは、逆効果になりそうだと、あっさりと言ってのけたローレイに、フローネはちょっぴり不機嫌だった。

 「そうだけど。勘違いする人いるよね」

 そういう人に限って、ルディを変な目でみたりするから嫌なのだ。今更、ルディがそんなことは気にしないとわかっていても、気分は良くない。

 それでなくても、近くでまだサルーディやエルと、険悪な空気を作り出している生徒もいるから、余計にフローネの機嫌は悪い。

 「アイツ、公開試合で女騎士から尻尾巻いて逃げやがったくせに」

 「んなもん、俺だって逃げる。デューレイア先輩の怖さ知らねーだろ」

 一組生徒は、エルの声を大にしたこれには、皆問答無用で頷くしかない。

 どちらが勝つのも望ましくないという、あの時の状況の意味を正確に掴んでいるだろうローレイをしても、あれはあれで仕方ないと苦笑するほかないのだ。ほぼ本気で逃げたルディの心情には、同情もする。

 ルディ自身、何言われたって、エルと同じことを主張するくらいには、あの姉のような女性には弱かった。

 「君達、見逃してしまうよ。彼の実力を見たいんだろう」

 おそらく一瞬で終わってしまうだろうとは、ローレイはいわなかった。

 実際、ローレイやおそらくフローネ達も予想していたとおり、内容的にはあっという間のことだった。


 四つ足のゴーレムが走る様は、岩猪の突進のような、なかなかに迫力のあるものだった。

 速さも相応で、それが向かってくるのを、真正面で迎えるのは、度胸がいる以前に、危険なことだ。

 だが、ルディは競技場の中央よりやや前方、ゴーレムの進行方向の正面で、剣や杖を持つことなく、普通に立っていた。

 構えもしないそれは、ルディを知らない者なら、やる気がないのか、馬鹿なのかと思うところだ。

 ゴーレムの全身が最初の白線を越え、攻撃区域に入った途端、その図体が地面に転がった。よくよく見れば、四本の足がすべて根元から断ちきられている。

 「うわっ風刃で一撃か。容赦ねぇ」

 呆れたように言ったのは、サルーディだった。

 「あんなとこだろ。手っ取り早いし」

 そう言いながら、エルは指で自らの額を押さえている。

 「あの距離で、かつ動いている的の脚を四本同時に刈り取れる威力と技量があれば、簡単なことだろうね」

 全然簡単なことじゃないのを承知で言っているが、別にローレイは皮肉のつもりはなく、これで真面目に評価しているのだ。

 「けどさ、わりと大人しかったよな」

 「おう。マトモじゃね」

 やったことの難度は別に、思ったより派手にならなかったというサルーディに、ナイルカリアスも予想より普通だったと同意する。

 二人とも、もっと派手に吹っ飛ばせばよかったのにという自分の願望がはいっていたのもある。

 ただ、あまりにあっさりと、固いといわれたゴーレムの脚を切り落とした風刃の威力には、皆が目をみはったのは確かだ。




 オーディルの放った渾身の風刃は、確かにゴーレムの右前脚に当たった。

 「クソッ」

 傷は付いた。だが、脚は健在で、その走りは止まることはなかった。

 「‥‥‥‥あれが風刃だったって‥‥‥」

 脳裏に浮かぶのは、ルディシアールが一撃でゴーレムの四本脚すべてを切り飛ばした光景だ。

 

 ルディシアールがあっさりと、ゴーレムを止めて見せたのに、唖然とした生徒達の耳を、先生の説明が通り過ぎていった。

 「初級魔法の風刃も、威力を高めればこういうことも可能だということです。無論、今のを二年次試験の評価に当てはめることはしません。この結果を、試験の基準に当てはめることができないために、彼の実技試験が免除となっているのです」

 コレと同じ条件で評価するなど、学校側としてはできないし、コレを見せられた生徒もこの基準で評価をされてはたまらないだろう。それが、教師の見解であった。

 「安心しろ、これが試験の基準じゃねぇ。真似できる奴いたら、試験免除のレベルだと思っとけ」

 ルディシアールの杖なし無詠唱での魔法行使のことじゃねぇぞと、ギュレイノスは念を押す。

 実際触ったにもかかわらず、ゴーレムの強度が思ったよりないものと誤解した生徒もいるだろうと、ギュレイノスは「これができれば試験免除」であるくらいだと言ったのだ。

 実のところ、オーディルも全力の風刃が当たれば、脚を切り飛ばせると考えた一人だった。

 それくらい、ルディシアールは軽々とやってのけて見せたのだ。

 そんな簡単な試験ではなかったと、オーディルは思い知っていた。

 それでも、まだ粘る。彼にも意地があるのだ。

 もう一発と、オーディルは諦めずにゴーレムを追う。

 「風精よ疾く現れよ風刃‥‥‥風刃‥‥‥」

 威力よりとにかく当てることを考えて、残り距離を気にしながら、必死で風刃を放つ。

 それでも、力及ばず、ゴーレムは白線を越えてしまった。

 がっくりと項垂れ、荒い息を吐きながらオーディルはその場に座り込んだ。

 「バケモンだろ。アレが顔だけなんて巫山戯たこと言った奴、顔貸せよ」

 いくら、不世出の空魔法使いだの、異名持ちの卵だといわれても、入学当初から延々と、彼について回った噂のもたらせた印象が、根強く残っていた。

 だから、オーディルも頭のどこかで、銀の雛と呼ばれる彼の実力を甘く見ていたのだ。

 スレイン先生も、「風場の威力を高めれば可能だ」と、言っていたのだと、試験を受けてようやく理解できた。

 「初級魔法であそこまでできるようになるってか‥‥‥ふざけんな」

 それでも、オーディルはギリギリではあったが、三年次への進級が認められた。


 試験終了後、一組生徒のほとんどが、速さと精度を重視し、初級魔法で試験に臨み、脚を止めるという課題を成し遂げたと、オーディルは授業後に寮へ向かう途中でエルトリードに呼び止められ、聞かされた。

 「自慢か?」

 「違うって‥‥‥ルディの奴な、あれ先生に言われたようにマジで試験のつもりでやったんだよ。アイツの風刃、洒落にならねぇ代物になってるけど、それだってアイツの努力の結果で、風刃は風刃なんだ」

 「だから‥‥‥努力すれば俺にもできるようになるとでも言いたいわけ?」

 「あれに少しでも近づけることはできるって言ってんだ。別に自慢とかする気なんかねぇよ、俺達だって、ルディだって。ただ、同級生なんだし、ちょっと話しとこうと思っただけだ」

 お節介だとはエルにもわかっているのだが、もし誤解を解けるものなら、たまたま顔を見かけたこともあり、話しくらいはしておこうと思ったのだ。特にルディのことを知らずに悪く言うのには、気分が悪い。

 だけど、彼等のことをそれ程詳しく知るわけでもないオーディルには、エルの気持ちはうまく伝わらなかった。

 「お前さ、アイツが風魔法使うってわかったとき、派手に喧嘩しただろ。そのくせ、また付き合うことにしたわけか?取り入っといて、損はないし‥‥‥」

 「それ以上言ったら、ただじゃおかねぇ」

 振り上げかけた拳を、エルは押しとどめて、怒気を露わに睨み付けた。

 「 友達(ダチ)だから喧嘩くらいするけどな。そんなセコイ気持ちで、アイツといるわけじゃねぇ」

 どれだけの覚悟をしているかなんて、きっとコイツにはわからない。

 ルディと一緒にいる自分達を、そんな目で見ている者も少なくないことは承知している。

 今更、そんなことで傷つくようなことはないが、それでも、大事な幼馴染みとの仲を、偏見に満ちた目で見られるのは悔しい。

 エルの本気の怒りに触れ、たじろいだオーディルは、ばつの悪い顔で、踵を返したエルの後ろ姿を見ていた。


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