表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/93

定期試験半年時

 試験の日程が発表されると、一気に生徒達の雰囲気が変わった。

 治癒科は半数ずつ、一日目と三日目に治癒魔法と四属性魔法の実技試験を行うグループに振り分けられた。二日目は魔力の回復期に当てられ、筆記試験が行われる。ルディシアールは一日目に治癒魔法試験のグループだった。

 治癒魔法の実技試験は学校附属の治療院での実習だ。授業でほぼ毎日足を運んでいる他の治癒科生徒と違い、ルディシアールが治療院を訪れるのは初めてだ。

治癒科の担任である三人と他の学年の教師も数名、試験官と治癒の補助を兼ねて付き添ってきていた。

 「今日は試験かぁ。落ち着いてやんなよ」

 「あんた駄目じゃないか。そんなこと言ったら余計緊張するって」

 顔見知りの患者など、そんな風に生徒に気安く声をかけてくる。

 入学して半年、ようやく初級の回復魔法を使えるようになった生徒達が緊張しながら順番に入ってきて、治療室の長いすに座り治療を待つ患者に回復魔法をかけていく。一度か二度治癒の魔法を成功させるのがやっとという生徒の魔法では、症状を軽くするのがせいぜいだ。付き添いの教師は採点と不測の事態が起きたときの保険である。

 「さて、ルディシアール君、君で最後だね」

 治療科助教師であるカルトゥルに促されてルディが対することになったのは、頭痛を訴える壮年の男性だった。

 「おや‥‥誰だったかな」

 この季節、毎年決まって頭痛に悩まされる男性は、そこそこ繁盛している商家の主人であり、この治療院の常連であった。見覚えのない少年にカルトゥルに視線で問いかける。

 「今年の入学生ですが、こちらに来るのは初めてですね。ご存知とは思いますが、今日は試験なんです。それで、今からこの子が回復魔法をかけますが、よろしいですか?」

 「‥‥‥なんとかしてくれるんなら頼むわ」

 あまり期待していなさそうに、顔を顰めながら了承する。吐き気をともなう激しい頭痛は、薬ではなかなか治まらないのだ。

 「頭痛なら病気を治療する平癒の方が効きませんか?」

 「うん、そうだね。でも、平癒はまだ治癒科では習っていないだろう。回復でも症状を和らげてあげられるはずだから」

 生命力を補い、体力の底上げとなる回復魔法は、治癒系魔法の基礎中の基礎として、治癒師が最初に習得する魔法である。威力次第では、怪我や病気を治すことができる回復は、一種の万能治癒魔法とも言われている。ただし、怪我を治す治癒や病気を癒やす平癒と同じ効果を求めた場合、数倍の魔力が必要とされる。

 「平癒をやってみてはだめですか?」

 「治癒科ではまだ教えていないと言ったよ。君は教えてもらったのかい?」

 思いがけない申し出に、カルトゥルは鷹揚に問いかけた。あくまで、生徒、子供に対する態度で。

 「ブラン先生に習いましたが、平癒は実践の機会がなくて、使うのは初めてです」

 試験で初めての魔法に挑戦とは、随分大胆な子だと思う。いや、大胆というより自惚れているのではとも感じた。

 やらせてみよう。その結果失敗するのもいい薬になるだろうとカルトゥルは判断した。もちろん、万一の時も自分がフォロー出来るからだ。

 カルトゥルは若く教師としては新米だが、上級治癒魔法の使い手である。魔力の高い者に時々見られるのだが、髪や瞳などの色が変化するという現象があった。カルトゥルの左サイドの緑かがった灰色のメッシュは、瞳の緑と同じ色だ。

 「大いなる命の根源に魔力を捧げ慈悲を請わん。巡る環の果てに連なる生命の器を侵す病魔の根絶を求めるものなり<平癒>」

 ルディの予想以上に落ち着いた詠唱で平癒魔法が発現したのには、正直驚いた。だから、カルトゥルも他の教師たちも、この時ルディが杖を持っていなかったのをうっかり見逃していた。

 一方、感覚を掴んだルディはひとり納得しつつ、魔力の流れを反芻してみた。

 「うん、こんな感じか。具合はどうですか?」

 「ああ、大分良い。いや、楽になったよ」

 ひどかった頭痛が息をするたびに引いていき、みるみる顔色も良くなった男性は、打って変わりにこやかな表情を浮かべた。

 「良かった。それじゃあ、お隣の子もみますね」

 母親に連れられた、熱の高い女の子に軽く手を翳すと、今度は無詠唱で魔法を使う。

 「回復もかけておいた方が良いかな。そういえば僕で試験最後だよね」

 まだ十人近くが治療を待つ部屋を見渡した。

 「済みません。もう一つ良いですか?」

 これは良いタイミングだと思ったルディは、形だけ断りつつ魔力を引き上げる。今度のは何度か使ったことがある限定領域回復魔法だ。ただし、作用する対象が複数なのは初めてである。どの程度までいけるか確かめてこいと、ブランに言われていた魔法だ。実際、試したくてたまらなかったルディだから、躊躇は見事なくらいない。

 視線で範囲を図る。治療室を限定領域に定め、回復魔法を発現、エリア内にいる対象者を一気に回復させる集団治癒魔法だ。

 「キツーさすがにくるなぁ」

 魔法を使った直後、負担が半端ないと、ルディは荒い息をついて、震える膝を堪える。ただでさえ慣れない魔法は神経を使い、気力をひどく消耗させる。

 「魔力の無駄遣いをしているからだよ。必要以上の魔力が、跳ね返ってきたせいで、身体に負荷がかかったんだろう」

 何故かシンとした部屋に、いっそ冷静すぎるカルトゥルの指導内容は、場違いなくらいここに居る者たちの耳に良く響いていた。

 「今のは限定領域回復魔法だったね。この規模の治癒魔法で魔力が大きすぎるなんて珍しいことだけど、適正を量るには経験を重ねることだね。とりあえず君の場合、魔力をもっと絞るべきだ。うん、それだけ魔力があるなら、慣れるまでいっそ回数で調整をした方が効率が良いかもしれない。一回の出力を小さくして、効果を見ながら重ねがけしていくんだ。あと、回復だけでは効率が悪いから、対象によって治癒か平癒に切り替えることも考えるように。多重治癒魔法はまだ無理だろう?」

 適切な指導だが、相手は入学半年の生徒だ。大体多重治癒魔法は、バリバリの上級技術だろうと、心のなかで突っ込んだ教師もいたかもしれないが、声にはだされなかった。

 患者が無口だったのは、治療室で騒がない分別があったのと、体がすっかり楽になってホッとひと息ついたものの、先生達の異様な空気に口を挟めずにいたためだろう。大半の患者は今ので治ってしまい、お暇させてもらうと言い出すタイミングを、なんとなくはかっている感じだった。

 なので、アンタ何言っているんだといいたい周囲の反応を無視したカルトゥルの指導を止められる者は居ず、更に怖ろしい会話を聞かされることになる。

 これだけ一気に魔力を食う魔法を使うと、大きな負荷が体にかかる。しばらく息を整えていたが、呼吸が落ち着いてきたところでルディは顔を上げてカルトゥルに答えた。

 「はい。僕が魔力の使い方が下手なのはわかっています」

 ルディも、手応えから無駄な大判振る舞いは知覚していた。

 魔力の制御の甘さについては、口癖のようにブランの指導が入る。わかってはいても、一朝一夕になんとかなるような問題でもないのだが。

 「そういえば杖はどうしたんだい?まさか持っていないとか」

 今更だが、カルトゥルは思いついたように尋ねた。

 「杖は使わないので、ブラン先生の研究室に置いてあります」

 杖はもう最初から使ったことがないため、試験でもすっかり忘れていたのだと、ルディは素直に答えた。護身用に帯剣の許可を取ったスモールソードは、さすがに常時校内では持ち歩いていず、隣接する治療院へ来るのにも持って来ていなかった。

 「最初以外、詠唱もなかったね」

 「平癒は初めてなので、魔力の流れとか展開を確認しようと思って。杖や詠唱の補助無しで使えないと駄目だって、ブラン先生に言われてるから」

 とんでもない指導を、当たり前のように言うルディに、周りの教師達は唖然としていた。

 「ブランと言ったか、君の指導をしているのは。‥‥‥ひょっとして魔法殺しの黒のブランか?」

 聞き覚えのない呼称に、ルディは首を傾げた。

 「魔法殺し‥‥‥ですか?」

 確かにブランは見事な漆黒の髪をしているが、その呼称は聞いたことがなかった。うっかりしていたが、ルディはブランの異名を知らなかったのだ。

 「ああ、知らなければ別にいいよ。ところで試験はコレで終了でよろしいでしょうか?」

 開き直った神経か、天然なのかカルトゥルは、極めて冷静に試験の終了を責任者であるヴィンヌに確認した。それは締め切った治療室内での出来事であり、半年試験の悪夢と、後に職員間の伝説となる定期試験の一日目はなし崩しに終了したのだった。




 「試験?そういえば足切りの時期だったわね」

 明日から三日間の指導が休みの理由を聞いて、デューレイアはもうそんな時期だったかと思い当たる。入学から半年時に所定レベルに達していない生徒は、自主退学を迫られるのだ。

 「筆記の方は問題なさそうよね。あの子頭良いみたいだし」

 ただ案外抜けているとこもあって、思わぬポカをやらかすこともあるが、大勢に影響はないだろう。もとより入学半年で習う講義内容などしれている。

 「問題は実技ね」

 これは別の意味でだ。

 「治癒魔法は学校附属の治療院での実習試験だが、お前のお陰で下手な治癒師より腕はいい」

 デューレイアとの厳しい戦闘訓練中の生傷は絶えない。必然的に腕は上がる。

 「あはは。今じゃ反射的に治癒してるものね」

 治癒が使えるからと、戦闘訓練は致命傷を避ける程度の気遣いというスパルタ教育になっていた。最もそれはデューレイアだけでなく、ブランの魔法訓練も下手をすればそれ以上に厳しいものだった。

 「剣よりそっちの方が上達してるのが笑えん」

 「うーん、もうちょっと頑張って欲しくはあるわね」

 剣についてはどっちも期待してないあたり、シビアな指導者達だった。ちなみに、せっかくの実習だから平癒と限定領域回復魔法を試してこいと、ブランが言っていたのを知らなかったのは、デューレイアにとって幸いだった。なにしろ限定領域は対象範囲内の複数人をまとめて治癒する、レベルによっては上級に手が掛かっている魔法だ。いくら治癒系は対象がいないと試せないから、どの程度まで出来るか確認する良い機会だといっても問題外。ブランが入学半年の治癒科生徒のレベルを完全に忘失、あるいは知らない故なのだが、普通はようやく初級の回復魔法が使える程度が標準のレベルなのだ。

 「治癒クラスでも一応四大元素属性魔法の試験も受けるのでしょう?」

 一応というのは、ほとんど形だけで評価対象にはならないのが前提ということだ。普通は治癒魔法の習得で手いっぱいなので、半年時に治癒科の生徒で四元素属性魔法まで使える者は滅多にいないためだった。

 「四元素属性魔法なら攻撃防御なんでも良いと言っていたな」

 「そうね。治癒科じゃあ普通四大元素属性魔法の方はまだまともに使えないレベルだろうし……ねえ、貴方ルディに手加減するように言った?」

 「アイツはまだ制御が甘い。力任せで使うから、槍程度にしておけとは言っておいた」

 「槍ね…」

 火槍程度だと初級だが、威力のより大きな炎槍などは槍とはいえ中級魔法だ。竜巻系じゃないだけマシと、デューレイアは思った。つい先日、彼女の目前で放たれた雷竜嵐は殲滅魔法並の威力だった。あんなの使われたら試験会場は廃墟と化すだろう。いや、槍でもあの子の魔力は洒落にならない。入学当初で並の魔術師を凌駕しかねない魔力であったのが、この半年で更に魔力量がハンパなく増大しているのだ。炎槍の複数発動でもやらかせば、地面が可哀想なことになる。最低でも。

 「試験会場って、多分競技場よね」

 「整地なら土属性の造成も教えてある」

 しれっとブランは後始末の魔法は習得させてあるから大丈夫だと言う。

 ダメだ。ガックリとデューレイアは肩を落とした。そうだった、そもそもコレが非常識の教師であったと、今更ながら思い知った。




 試験二日目、筆記試験の昼休みに、久しぶりに昼食が一緒になったエルトリードとフロアリュネに、ルディシアールは初めての試験結果を報告していた。

 「どーした?」

 なんか暗いルディに、エルはまたポカをやらかしたかと聞いた。

 「魔法史のとこで年代勘違いした」

 ついでに、幾つかスペルミスした気がすると落ち込むルディに、エルはやっちまったなと慰めた。

 「いや、ルディらしいっつーか、オレも実は四元素属性魔法の名前間違えたし、薬草学がちょっとヤバイ」

 それでもお互い平均点落ちとまではいかないだろうと慰め合う。

 「実技のが問題でしょ」

 「そっちは大丈夫だろ」

 自信があるというエルに、フローネは軽く笑った。

 「余裕じゃない。ローレイ君に撃ち負けたくせに」

 「アレは‥‥‥」

 「ローレイって」

 「うん。ルディのルームメイト。悔しいけど、凄いの」

 負けず嫌いで、実力のあるフローネが素直に賞賛するくらいの力量をローレイは示した。

 「風刃でエルの火槍を切ったのよ」

 「小さい代わりに速くて鋭いんだよな。しかも、連射しやがる」

 それはとてつもなく魔力の使い方が巧いということだ。悔しそうにボヤくエルだが、顔はそのうちぶっ倒してやるとの意気満々の表情をしている。

 治癒科以外の一年次生徒の魔法実技授業は、当初こそクラス別に行われていたが、レベル的な差が出てくると、クラスに関係なく同程度の生徒達に別れた指導になっていく。エルやフローネ、ローレイはトップクラスのグループで、最近では一緒に実技指導を受けるようになっていたのだ。

 「そういえば僕、ローレイ君のことあんまり知らないんだ。半年も、同じ部屋なのに」

 同じ歳で、鋼色の髪に黒い瞳、背の高い、筋肉質ではないがそれなりにしっかりした体格をした精悍な容姿、代々軍の重鎮を務める、エール=シオンきっての軍閥であるカレーズ侯爵家の三男。この間、ちょっと話す機会があったもののそのくらいで、表面的なことしか彼を知らない。

 「そりゃそーだろ。ルディは朝オレが起こしに行くまで寝てるから遅刻ギリだし、帰ったらバタンキュー。ローレイだって、遅くまで図書館や練習場にいるみたいだし、話す暇ねーじゃん」

 「エルには感謝してる」

 「おう感謝しろ。オレが起こさないと、お前確実朝飯抜きだもんな」

 「男子寮じゃなかったら、わたしが起こしてあげるのに」

 残念というフローネと笑いながら、午後の試験に備えて食堂を出て行った。

 「ルディ、丁度いいところで」

 ばったりと、食堂の出口付近でルディ達はリュシュワールと顔を合わせた。リュシュワールは生徒でパーティを組んでいるメンバーと一緒だったので、探索者養成コースのエルの兄クロマもその中に居た。

 「カルトゥル先生にお前のことを聞かれたんだが、昨日は治癒の実技試験だったんだろう。お前、何かしくじったとかじゃないよな」

 「カルトゥル先生には魔力の使い方のアドバイスしてもらったけど。失敗はしなかったと思う」

 課題の回復魔法も使った、ただし領域限定回復魔法だが、魔力の無駄遣いとは云われたものの術は成立しているし、不可とは言われなかったので、ルディ的には失敗はなかったと思っていた。なまじ他の生徒と授業を受けたことがなかったため、自分の使った魔法が試験のレベルではなかったと知るはずもなく、その日、実技試験に立ち会った教師達が、ほとんどパニックを起こしていたなんて想像もしていなかった。

 「ほら、お前気にしすぎだって」

 フロアリュネが険しい視線をこちらに向けているのに、クロマは慌ててフォローに入った。美少女に睨まれるのは勘弁して欲しい。なんで自分がとも思うが、弟にも何とかしろと言われているので、すっかりクロマがリュシュワールたち兄弟のフォロー役になっていた。

 それにしても、昔からそれ程仲の良い兄弟ではなかったが、ルディシアールが魔法学校に入学してから、正確には入学試験を受けることになってから、リュシュワールの弟に向ける感情が露骨に冷たくなったように感じた。

 魔術師の家で魔力がないと思われ落ちこぼれであった弟が、魔術師になるための学校に入学できることになった。普通なら喜ばしいことではないか。自分も、なかなか出来の良い弟が魔法学校の後輩になったときには喜んだ。それが、友人にはそうではないようだと、クロマは気づいていたが、何故かとまでは考えが至らない。困ったものだが、それは兄弟間の問題で、友人としてやれることはあまりないと思っていた。少し時間と距離を置くのがいいと、漠然と考えているくらいだった。

 一方でフロアリュネは物凄く機嫌が悪くなっていた。久しぶりにルディとお昼を一緒に出来て、気分が良かったのに、本当にタイミングが悪い。その横で、エルは午後の試験のことを考えることで、とばっちりを喰わないようにさりげなくフローネから距離を取っていた。

 昔からフローネはルディの兄妹とそりが合わなかった。ふわふわした美少女という見かけと違い、気の強い彼女は、大体はルディの擁護にまわってのことだが、けんか腰になる事さえ珍しくなかったのだ。

 幸い、試験が始まる時間が近づいていたため、そのまま皆それぞれの教室に別れ、エルは不機嫌なフローネを宥めて八つ当たりされるという、いつものパターンを踏まずに済んだ。




 筆記試験終了後、特に一年次の生徒がよく課外自主練習に利用している訓練場に、初めての顔があった。寮の裏でデューレイアに言いつけられた素振りをしていたところを、エルに捕まって連れてこられたルディである。

 「おーいフローネ、ルディ連れてきたぞ」

 「ホントっ!エルえらい」

 昼間の機嫌直しにと、丁度いい貢ぎ物を見つけた自分をエルは褒めた。

 武術の授業があるとはいえ、所詮魔術師のため、護身と身体の鍛錬程度だ。しかし、中には魔法剣士を目指している者など、他の生徒とは段違いの腕前を持っている者もいる。そういう者達は、授業でも特別に相応の腕を持つ師範に習っているのだが、それでも物足りない者は、率先して自主練に励んでいる。地元の道場で習っていたエルやフローネもその例にもれず、授業後に練習場で汗を流すのを日課としていた。

 「ルディ、わたしと練習しよ」

 試合形式でと、にこにこ笑って近づいてくるフローネに、ルディはブンブンと首を横に振った。

 「冗談っ!僕がまともに使えないの知っているだろ」

 「でも、個別指導でも教えて貰ってるんでしょ。少しは腕あげたか見てあげる」

 教えて貰ってはいる。でも、未だにまともにデューレイアの打ち込みを捌けずに、ケチョンケチョンにされているのだ。

 「大丈夫、手加減してあげる」

 聞く耳持たないと、上機嫌でルディの腕を掴んで練習場の一角へ連れていくフローネと、後ろから押しやるエル。

 「えーと、ルディは剣は何使う?」

 抵抗を諦めたルディは、仕方なく愛用のスモールソードを抜いた。

 「これで」

 「え?でも、それ真剣よね」

 ルディの持つ白銀の、綺麗なショートソードを見ながら、フローネは目を見張った。

 「慣れなきゃダメって、いつも真剣だけど」

 剣の恐さに対峙し、真剣に慣れるためと、デューアは最初から真剣を使ってルディを教えていた。

 「おいおい、何処の師範に教わっている」

 自主練とはいえ、指導を兼ねて常に教師が一人は付いている。その師範、元傭兵のレムドが様子を見ていて寄ってきた。今日は明日の実技試験にあたっている生徒が多いのか、いつもより自主練習の生徒が少ない。

 「デューア姉じゃなかった、デューレイア先生です」

 「デューレイア?」

 そんな師範居たっけなと、魔法学校では聞いたことのない師範の名に、レムドが聞き返す。

 「特別に個人指導をして貰っています。第一師団の魔導騎士で」

 それを聞いてレムドは叫んだ。

 「って紅焔か!」

 「ご存知ですか」

 「そりゃあ、いい女だからよ。バンっと迫力ある体して、男ならぜひお相手をだな‥‥‥いや、まあ、一応‥‥な」

 ゴホンゴホンと、流石に少年少女の前で口に出す評価ではないと口を濁す。元傭兵であったレムドは、現役だった頃から顔が広く、王国軍にも知り合いが結構いる。その伝手で、二年前に怪我で引退を決めたとき、魔法学校の師範の職を得ることが出来たのだ。王国軍の魔導騎士として有名なデューレイアは直接話したことはなかったが、顔は知っていた。

 「殲滅の紅焔といえば現役騎士でも有名どころだぞ。美人だしな」

 最近は国の周りも落ち着いてるとはいえ、ガキの御守りまでやってるとは、第一師団の魔導騎士様も忙しいこったと、レムドは思った。

 「しかし、お前、紅焔の身内か?」

 ルディがデューレイアを姉呼ばわりしたのに、身内ならわざわざ教えに足を運ぶこともあるだろうと思ったのだが。

 「僕じゃなくて、リュレ様の遠縁で、ブラン先生の知り合いだそうです」

 デューレイアのブランに対する態度や言葉遣いが、目上のものに対するにしては、余りに砕けているのも、昔からの知り合いで、それで構わないと、ブランが認めているからだとデューレイアに聞いた。

 「ああ、お前か、あの黒のブランの弟子ってのは」

 一応、同じ学校内にいたりするので、あの男が初めて教え子を持ったとは聞いていたが、この大人しそうな少年がそうだとは、あまりにらしくないので、思いつかなかった。

 ミスリル加工のスモールソードとは高級品だが、練習に使っているにしては刃こぼれがないと、ルディの剣を見てレムドは、これならフロアリュネとやらせても大怪我することはないかと判断した。

 「ここじゃ真剣はなしだ。坊主はこいつを使え」

 刃引きをしてある練習用の鉄製スモールソードを、壁際の棚から取り出してルディに手渡す。

 「怪我をするなよ。今日は治癒科の課外活動はお休みだ」

 何時もボランティア兼練習で待機している治癒科三年生は、試験で忙しい教師陣の手伝いで出払っている。よって怪我をすれば医務室送りだ。

 「いくよ」

 少し重いスモールソードを構えるルディに、フローネが浅く踏み込みレイピアを突き出す。様子見の一手を危なげなく受け流し、ルディは半歩後ろに引いた。一呼吸おいて、フローネは軽いフットワークで簡単なフェイントを含めたラッシュに出た。

 その剣先を捌きつつ、斜め後方へと間合いを取ろうとステップを踏むのに、すかさず深く突き入れられた一撃を受け止め、横に躱す。

 「ルディ、打っていけ」

 エルの声に無理と返す。

 デューレイアほどの剣撃ではないため、今のところなんとか捌けてはいるが、すでに精一杯だ。フローネの突きを、流して避けて、ひたすら逃げの一手で、防戦に徹する。

 「逃げてばっかじゃどん尻だぞ」

 「そんなこと言ったって、無理なもんは無理だって」

 剣に纏わせた魔力とほとんど条件反射の体捌きのおかげで、鋭いフローネの剣をいなせているが、マトモに受けていたら、とっくに剣を飛ばされている。実際フローネも練習のつもりで手加減してくれているのだろう、時々間をいれて、ルディが体勢を整えるのを待ってくれている。

 「よーし、そこまでにしとけ」

 いい加減ルディの息が上がってきたところで、レムドが止めてくれた。

 「結局一度もルディから打ち込まなかったじゃねーか」

 「だから無理って言っただろう」

 打ち込まなかったじゃなく、打ち込めなかったんだと、情けなかろうがエルに向かって主張する。

 「坊主のは護身に徹底してるからな。魔術師なら、それでも良いだろう」

 護りに徹して逃げるで充分だと、レムドは擁護した。

 「いいです。はっきり才能ないって言ってくれても」

 そこはデューレイアにもブランにも、容赦ない評価を告げられていたから今更だ。

 「まあ、向いてはいないな」

 それでも標準より劣ってはいないとレムドは思うが、如何せん、あの二人の基準ではそういう評価になってしまうだろう。

 「えーでもルディ、すっごい腕上げたじゃない」

 以前は、避けるどころか、最初の一打で終わってたくらいだ。それを思えば、半年で格段の進歩だ。

 「そうだよな。頑張った頑張った」

 「エルのは褒められた気がしない」

 「それじゃあ今度はエルがやる?」

 わたしがお相手しましょうかという冷たいフローネの視線に、しまったとエルは己の失敗を悟った。エル相手なら手加減いらないというフローネは、それこそ容赦なく打ち込んでくるだろう。医務室送りを覚悟しなくてはならないくらいに。

 だが、幸運にもエルの窮地を救う存在が現れた。

 「できれば僕の相手をお願いしたいが、どうだろう」

 このフローネに練習相手を申し込むなど、エルは「うわー度胸ある奴」と、ローレイでなければ思っただろう。ローレイの申し入れは、たまたまこの練習場にいるメンバーで、自分と対等にやりあえる生徒がフローネしかいないからだった。

 「いいよ。剣でやるの?」

 ロングソードを持つローレイに、彼の得手が槍だと知るフローネが確認する。

 「これで頼む」

 さすがに槍とレイピアでは不公平だろうし、ローレイは剣でもかなり強い。

 元迷宮探索者や傭兵といった道場師範から教わったフローネの剣は実戦派であり、ローレイは正統派の剣術を学んできた。身の軽さを活かし、手数の多さで攻めるフローネに、ローレイは堅実な護りを主体としたスタイルで対する。慎重だが、鋭い攻撃を繰り出すローレイの剣を正面から受ける愚を避け、フローネは緩急をつけた攻めを繰り返した。

 どちらもまだ身体が出来上がっていないため、重さに欠ける欠点を補う速さに任せた戦法となっていた。

 「堅い護りの隙をどう作るかがキモだが、ちょっと攻めあぐねてるってとこか」

 二人の立ち合いを見ながら、レムドはルディにポイントを解説する。

 「フローネの打ち込みが粗い?」

 「護りが堅くて慎重、やりにくいタイプだろうよ」

 スタミナ的に不利と思われがちだが、それを自覚して鍛えているフローネの持久力は、実はばかにならない。相手がルディだったとはいえ、二連戦でも普通なら余裕なのだが、打ち合うタイプが悪い。持久戦に持ち込んで、ミスを誘う手でこられると、さすがに焦りも出てくる。

 「キャン!」

 フェイントを織り交ぜて深く飛び込んだフローネの一撃を、ローレイは体勢を崩しながら受け止めつつ踏み堪え、渾身の力ではじき返した。結果、フローネはバランスを崩し、足を滑らせ後ろに転がるように転倒した。

 「あ痛ッ」

 転んだ拍子に手首を捻ったフローネは、右手を押さえて顔を顰めた。

 「捻挫したな」

 フローネの手首の様子をみたレムドは、たちまちのうちに色を変えたそれに、医務室へ行けという。

 「待って、僕が」

 座り込んだままのフローネの傍に膝をついて、ルディは右手をかざした。

 「ありがと」

 治癒魔法をかけられ、数秒後、元通りになった右手を二三度握ったり開いたりを繰り返し、フローネは落ちた剣を拾って立ち上がった。

 「済まない、大丈夫か?」

 「ドジっちゃった。ルディに治して貰ったから、もう平気」

 ローレイに気にしないよう、明るく答えるフローネ。

 「ローレイ君も、良ければ腕を見せてくれる?」

 刃引きしてあるとはいえモノは鉄剣だ。勢いが良ければ服の上から掠っただけでも怪我をする。ローレイの右肩に近い上腕の袖が切れ、血が滲んでいた。

 「擦り傷だ」

 「うん、でも直ぐだから」

 ルディが手をすっとかざしただけで、あっという間に痛みが引いて行く。

 「済まない。この間も思ったが、いい腕だな。だが、明日も試験があるのだろう?」

 治して貰ったのはありがたいが、治癒科も明日は四大元素属性魔法の実技試験があるのに、魔力を使って大丈夫かと、貴族らしからぬ気を遣うローレイに、あっさりとルディは気にすることはないと言った。

 「慣れてるから。このくらい平気だよ」

 ルディにとっては、毎日自分に何度もかけている治癒魔法だ。軽傷を治療するくらい、なんでもなかった。

 そして、杖なし無詠唱の治癒術に驚嘆したレムドは、翌日の四元素属性魔法試験を興味半分に見学し、野次馬根性を出したことを後悔した。

 この少年が、あの黒のブランの弟子であることを、己の常識が壊れる音と共につくづく思い知らされたのだった。




 治癒科以外の魔法実技試験は四日前からすでに始まっていた。何しろ千人に及ぶ生徒の試験だから、全員一斉に行われる筆記試験を中日とし、全七日の長丁場となる。そして、今日は五日目、後半戦の開始日だ。

 一年次生徒の半年実技試験の標的は、数十年前から伝統的に土属性魔法で造られた魔物の石像である。教師の監修のもとでの三年次以上の生徒による共同製作であり、毎年力作が並ぶ。毎朝十五体用意されるのだが、午後の試験が始まった現在、競技場にある石像は、アーマーベア、ヘルハウンド、コカトリス、ヒポグリフ、ヒュドラ、サンドワームの六体である。他の九体の石像は、午前中の試験で壊され石塊になっていた。

 「ユルマルヌ王国の留学生、ウェリン・アスギは噂に違わぬ逸材ですわね」

 それまでの試験で片側の翼と、頭部が欠けている状態とはいえ、炎槍の一撃でペリュトンの石像を砕いた彼女には、採点者達も感嘆の声を洩らした。しかも、一番攻撃力が勝っているため火魔法を選択したが、彼女は四大元素属性すべてに適性を持っている。

 「カレーズ家のローレイ君といい、今年の一年次は中々優秀ですよ」

 本日最初に石像を破壊したのは、教師達の予想通り、ローレイ・キース・カレーズだった。水刃による精密な攻撃で、ジャイアントスパイダーの片側の脚四本を破壊し、雷球を胴体部分に叩き込んだ。いずれも、一年次とは思えぬ精緻な魔力操作で圧縮された、初級魔法としては破格に威力のある魔法であった。

 毎年入学半年の実技試験において、一人で石像を破壊できる者など、片手に満たない。優秀な生徒で一部を破壊できる程度、普通は傷をつけるのがせいぜいといった感じで、石像一体を壊すのに十人以上を必要とするものだ。

 「コカトリスの破損が大分ひどいですが、石像の補充を手配しなくて良いですか?」

 試験で石像制作の指導に当たっている教師が、石像の損傷状況を見て早めの補充を提案した。石像の製作には、そこそこ時間がかかる。午後からの試験では七十人を予定しているのだ。

 「特に優秀な生徒の試験は午前中で終わっていますし、今日の午後は治癒科からです。六体あれば大丈夫でしょう」

 石像を壊せるほどの使い手は、午後の名簿を見たところ見当たらないと、試験の責任者は楽観視して言った。石像を制作するのにも結構な魔力が必要となる。明日の準備に差し障りが出ては困るとの判断だ。

 「しかし、半年試験で治癒科の四元素属性魔法実技試験は必要ですかね?」

 「治癒科からの転科もありますから、一応は受けさせないとまずいでしょう」

 治癒魔法の適性があっても、性格的に合わなかったり、他の職を選択したいための転科の希望者も、少なくはあるがいるのだ。四元素属性魔法の適性をみる意味でも、この試験は受けさせる必要がある。もっとも、治癒魔法の習得が中心の授業のため、半年試験の時点では四元素属性魔法はまともに使えない生徒がほとんどだ。

 午後の試験が始まり、一番最初の生徒が水球に近い楯をなんとか作るのに成功した。

 「ギリギリの強度だが、治癒科では上出来だろう」

 続く治癒科の生徒たちも、多くはそれぞれ最も適性のある属性の球か、少し腕が良い者では楯を作ることを選んだ。

 「やはり、堅実に護りを選択する者がほとんどですね」

 治癒科の指導方針が、まずは防御の魔法の習得となっている。まだ魔力の成長期に入って間もない者がほとんどという一年次生徒では、治癒魔法を学ぶだけで手一杯なのが現状だった。また治癒士の立場上、身を護る術の習得の方が重要になる。戦争において戦闘に加わるより、負傷者の回復を求められ、またそのために敵軍からは真っ先に狙われるのが、軍における治癒魔導士なのだ。

 「しかし、サーニファ・モニカには驚きましたね」

 「いや、期待はしていましたが、少々毛色が違っていましたな」

 「二年次からは戦闘科への転科を希望しています」

 火球をぶつけて、半壊していたとはいえコカトリスの石像を破壊して見せたのだ。洗練されているとは言い難い攻撃魔法だったが、それだけにその魔力量は相当なものだった。

 「マルドナーク皇国の国費留学生なら、仕方ありませんな」

 彼の軍事大国では、治癒士の有用性は認められているが、やはり騎士や魔導士といった武力に優れた者を重用する傾向が強い。栄達を望むなら、武勲を立てるのが第一だ。貴族であっても力が求められる国だけに、治癒能力を認められたために治癒科へ籍を置くことになったが、初級の治癒魔法さえ修得すれば、攻撃魔法を学ぶ戦闘科へ移籍したいと望むのは寧ろ当然だろう。

 「さて、次は例のルディシアール・シエロですが」

 「治癒の実技試験では何やらあったようですね」

 治癒科の関係者はいろいろ悩んでいると聞いていたが、所詮治癒科の問題で、こちらに波及するとはあまり考えていない。そして、その甘さのツケをごっそり払うことになるとは、彼らは予想すらしていなかった。

 自分の使える四元素属性魔法であれば、攻撃でも防御でも構わない。制限時間は特にないが、目安として二分程度で、粘ってもいいが、限界と判断されたら試験官から止められる。注意事項として言われたのは、そんなところだった。

 だから、皆と実技授業に参加していなかったために普通のレベルを知らないルディが、使える四元素属性魔法を一通りだと、誤った理解をしていたのを試験官は知らなかった。いや、普通は石像を破壊するためには全力で撃たなくてはならず、魔法を連発するなどまず無理なのだから、その注意をしなかっただけだ。そう考えれば、制御が甘いから槍にしておけと、ブランに言われていたのは不幸中の幸いだったと、後で話を聞いたデューレイアはしみじみと思ったとか。

 試験会場にある石像五体を見て、あれを壊せば良いと考えたルディは間違っていない。それを実行したのは、受験者として当然だった。その結果が試験官を真っ白にしたとしても。

 さすがにちょっと緊張した表情をして、試験官の前に立ったルディだったが、試験開始を告げられた直後、膨大な魔力がその身から立ち上った。

 まずは水魔法からと、ルディが使ったのは氷槍。ただし、石像と同数の五本を同時に撃ってみせた。ヘルハウンドは中心からほぼ砕けたが、残りは半ばまで刺さった氷槍を中心に亀裂が走った状態で石像が氷結していた。

 「ちょっと甘かったか」

 呟いた言葉が終わらないうちに、創り出された五本の炎槍が命中し、今度こそすべての石像が爆音と共に砕け散った。しかし、それで終わりではなかった。その後を追って、雷槍が轟音とともに、石像の残骸を木っ端みじんに吹き飛ばす。当然地面もただでは済まなかった。焼け焦げ、無残な穴が穿たれた競技場の惨状に、試験官が絶句した。

 「‥‥‥な‥‥‥なんてことをしてくれた‥‥‥」

 卒倒するような顔で、口にしたのは、ひたすら目の前の出来事を否定したい一心からでた理不尽な言葉だった。いや、声を出せたのは彼一人だけで、残りは皆、自失呆然と固まっていた。

 「済みません。片付けます」

 試験の課題通りに石像を壊したのに、責められるのはおかしいのだが、自分が会場を荒らしたのが悪いのだろうと思ったルディは、ブランに言われていた土魔法の造成を行使した。予想通りじゃない、役に立って良かったわねと、デューレイアなら乾いた笑みを浮かべて言いそうだが、この場に居る者は例外なく顔色を失っていた。多少、集中のために呼吸が荒くなっていたが、余裕で地面を平すことまでやってのけたルディに、多大な努力の末、引きつった表情のまま、試験の終了を言い渡すのがやっとだった。

 「あの、次の生徒が待っていますが」

 いつまでたっても、次の生徒を呼ぶ声がないため、外で待っていた教師が会場に顔を出したのだが、最初は呻き声しか返ってこなかった。

 「試験?なにを言っている、これで出来ると思うのかね」

 何もなくなった競技場を指し、責任者である教師は、八つ当たりでしかないことを口走ってから、うなり声を上げ、試験の中断を言い渡す。

 「とりあえず、新しい石像を造らなくてはいけませんね」

 試験の再開を目指すことで、現実から逃避するように、石像制作の担当者は手配のために競技場を出て行った。

 「水の中級魔法氷槍に火の中級炎槍、更に風の属性魔法雷槍、それも五本同時発動」

 「‥‥‥言うな‥‥」

 事実を言いあげる教師に、文字通り頭を抱えた責任者である彼は呻いた。だが、別の教師がやはり淡々と述べる。固まった思考が、現実を言葉に紡ぐことで、石像と共に砕かれた常識を再構築しようとしているのかもしれない。

 「土魔法の造成もです。しかもすべて無詠唱。そういえば、杖も使っていません」

 「‥‥‥言うな‥‥‥いや、どうしろと‥‥‥」

 「どうしろ?」

 まさに、それは全員の気持ちを代弁していた。

 「あれを他の生徒と一緒にできますか?いえ、彼は治癒科でしたか」

 治癒科に押しつけてしまえと、その場に居た皆が一瞬思ったのは事実だ。だが、それで済むはずがないと、戻ってきつつある理性が冷ややかに告げる。かといって、一年次はもとより他学年を含めた生徒達と同じ指導が出来るレベルではない。互いに悪影響しか及ぼさないのは目に見えていた。

 「僭越ですが、現状のままブラン氏に任せるというのはどうですか」

 妥当かつ唯一の選択肢を示したのは、傍観者として試験を見ていた剣の師範、レムドだった。本来口出しできる立場ではないのだが、最も立ち直りが早かったため、この惨状を救済する助け船を出したのだった。

 「それしかないでしょう」

 その案に縋り付いた教師達を前に、責任者である彼も頷いた。そして、ルディを見出し、ブランに託したリュレの慧眼を疑うべきではなかったのだと、今になってしみじみと思うのだった。


ルディのボケ炸裂。本人全然わかっていません。自覚無しの責任の所在は師匠にあります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ