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留学計画

 ユエ共和国の学都リンデスでも有名な商人であり評議員でもあるム・バル・ノンカは、傭兵ルオン・マウリにとってお得意様だ。

 ルオンと三人の仲間で構成されるパーティ火石の剣は、幾度もバルの護衛を引き受けている。

 今日、ルオンは商談以外の用事で、バルの館を訪れていた。

 いつも、バルはルオンを書斎に招いている。そのくらい、彼には信頼を置いているのだ。

 付き合いは長く、彼の腕も為人も、バルには好ましかった。また彼は、特に気に入っている少年、レーノンの父親でもある。

 茶色の癖のある短髪、息子と同じ黒い瞳に、体格の良いルオンは、両手剣(ハルバート)の使い手だ。年齢は三十歳後半、もう少しで四十歳に手がとどく。魔力はそこそこあるが、魔法剣士というには、剣の方に傾いており、使える魔法は火球と火矢といった初級攻撃魔法だけである。

 ちなみに息子のレーノンは、氷の魔法を得意としている。

 「そういえば、アリアスは君から見てどんな感じだったかな?うちのシュエルも前から言っていたけど、領主の伯爵の評判はあまり良くはないようだからね」

 「セデスアルノでも特にアリアスは、もともとマルドナークに良い感情を持っていない土地柄だ。それが伯爵だけでなく、後継まで皇家の血を持ってこられちゃ、反感を持つのも無理ないだろうよ」

 領民は現アリアス伯爵の、マルドナーク優遇の政策に反感を持ってはいても、なんとか我慢していると、実際に現地を訪れたルオンには感じられた。

 「うーん、やはりねえ。実際に君がそう感じたんなら、余程だってことだね。荒れなければ良いけど。あそこの蒸留酒(ブランデー)は、気に入ってるんだけど、シュエルの言った通り、次の仕入れは微妙かな」

 アリアスでの取引は、専ら最初に取引の話を実現させた部下のシュエルに任せてあった。彼の顔のおかげで、いろいろとうまくいっていたからだ。

 仕事のできる信頼している部下であり、商売も順調であったから、バルが直接アリアスに行ったことはなかった。

 仕入れの護衛を務めたルオンに状況を聞いて、バルはシュエルの忠告に従って、今回の仕入れの量を多くしておいて正解だったかもしれないと思う。

 「伯爵夫人の様子はどうか、街で話は聞かなかったかい?」

 取引のために噂には注意していたシュエルに比べ、今回が初めての訪問であったルオンの視点での印象を、バルは聞きたがった。

 「ああ、調子は良くないとも聞いたが、病がちなのはずっとだから、特にはって感じだったな」

 「そうか」

 実は、アリアス伯爵夫人レニエの病が、回復の見通しがなく、夏まではもたないだろうという予測を、バルはコカ・ラン・デテから得ていたのだ。

 「ありがとう。いろいろと参考になったよ。ところで、今日来てもらったのは、レーノン君のことなんだが、聞いているだろう?」

 ルオンが、セデスアルノ公国アリアス領から帰ってきたばかりということで、つい、その話を振ってしまったが、本題は別にあった。

 「愚息には過分な援助だと思うんだがな」

 「君の了承が得られないと、レーノン君を留学させてあげられないからね」

 ルオンが来るまで見ていた書類を机の引き出しにしまって、バルは立ち上がった。

 「レーノン君はエリオン魔法学校へ留学したいそうだよ。あそこはミルド学院と肩を並べる唯一の魔法学校だからね。留学先としては、文句がないと思うよ」

 「アンタが、レーノンに勧めたんだろう。確かに、実戦むきの魔法戦士の育成にかけては、評判が高い学校っていうんで、あいつをその気にさせるのは簡単なことだろうな」

 二人きりの私的な場において、ルオンはバルに対し、遠慮のない言葉遣いをする。とても雇い主に対する話し方ではないが、もともとバルがそれで良いと言ったのだ。その方がルオンの本音を聞きやすい。

 傭兵に期待するのは、護衛としての腕と技量だ。

 命を預ける相手でもある。気安く接した会話で円滑な関係を築けるなら、最低限の礼儀さえ守ってもらえれば、それで構わなかった。

 「レーノン君には、あちらの方が合っていると思って、勧めさせて貰ったんだが、気に入らないかい?」

 肩を竦める仕草をして、バルは書斎の隅に置かれた応接用の席に誘う。

 それを見計らったように、召使いがワゴンでお茶のセットを運んできた。

 「そちらの利益はどうなんだ?」

 「先行投資として、レーノン君にはそのくらいの価値があると思っているよ」

 「‥‥‥親としちゃあ、世辞でもほめられると嬉しいもんだな」

 仕事中なら、雇い主の前で腰掛けることはしないが、今はいわば商談相手として招かれたようなものだ。

 相手への礼儀として、ルオンは勧められた椅子に腰をおろした。

 バルがその向かい側に腰を下せば、召し使いはポットの紅茶をティーカップに注ぎ、卓に置いて退室する。

 「それはともかく、魔法学校への伝手が欲しいとかの話で、レーノンは納得したようだが、そのへんはどうなんだ?」

 当然突っ込まれると予想していたバルは、わざとらしく、やれやれと軽く首を振ってみせる。

 「正直な話だったんだがなぁ」

 丸め込んだ、といわれれば否定できないが、そのくらいは話術の範疇だ。嘘を言ったつもりもない。

 バルは、紅茶カップに添えられている角砂糖を載せた専用のティースプーンを、カップの上に置いた。そして小さなガラス瓶を手に取り、蓋を取って琥珀色の液体を数滴、角砂糖に垂らす。人差し指を角砂糖に近づけ、種火の呪文を唱えると、角砂糖が数秒、青い炎を纏う。

 火の消えた角砂糖を紅茶に入れ、バルはカップを口元に運び、香りを愉しむ。

 「ん、良い香りだ。君も入れるかい?今回、買い付けさせた中でも、特に良いブランデーだ」

 「そんな優雅なことをするより、直接飲みたいもんだ」

 ルオンは瓶を持って、ブランデーを控えめに紅茶に注ぐ。

 「留学生一人くらいの伝手なんぞ、あんたには大したことはないだろう」

 「そうでもないんだよ。今は、ね」

 商人同士のつながりや、商売上の魔法ギルドとの付き合いといった、大きな伝手がバルにはある。だが、それとは違うと、バルは真剣な表情をつくった。

 「これから、この国に限ったことじゃなく、エリオン魔法学校に注目しない商人はいないと思うよ。国の上層部は言うに及ばずだね。何故だかわかるかい?」

 「旅の途中で聞いた。空魔法の三人目だろう?」

 「まさに、それさ。銀の雛がエリオン魔法学校の二年次に、在籍しているんだ。留学生を送り込みたくなるのも、当然だろう。エール=シオンも警戒はするだろうけど、さすがに留学生の受け入れを止めることはできないだろうしね」

 「銀の雛ねえ?」

 「そう。ルディシアール・クリシス・ヴェーア、君の息子と同い年の十四歳で、異名持ちの雛だよ」

 「マジでか?」

 空魔法の使い手とは聞いたが、異名持ちについては、ルオンも初耳だった。

 「見出したのが金の魔術師だ。とにかく、そういったわけで、今度のエリオン魔法学校の留学試験は、なかなか厳しいものがあると予想されるわけだ。特に、来年度三年次への編入となると、それこそねぇ」

 「競争率がとんでもないってんだろ。レーノンが受かるのかよ?」

 なんだかんだ言っても、息子のことが心配なのだ。

 せっかく魔力があるのだ。傭兵になるにせよ、魔法が使いこなせれば、どれだけ役立つか。

 魔法の才能を伸ばしてやりたくて、多少の無理をして、レーノンをミルド学院に入れたルオンだ。

 お得意様で、便宜を図ってくれたりもしたバルだが、レーノンを密偵のように使うというのは、受け入れ難いものがあった。

 「ミルド学院の先生は、可能性はあると言っていたよ。もし駄目だったとしても、ちゃんとミルド学院に戻れるように、力になるつもりだ」

 駄目だとは、考えていなさそうなバルの様子に、ルオンはいろいろな意味で渋面をつくった。

 「めでたく入れたとしても、あいつが役に立つのかねぇ。そもそも、あんたはいいのかよ‥‥‥なんつーか、デテ議員さんとの関係とか」

 バルがユエ共和国の空魔法の使い手である、コカ・ラン・デテと懇意であるというのは有名だった。

 バルが商売で使う魔法鞄を複数持っているのも、その関係からである。

 「それはねえ。君には正直に言っておくけど、ランには強力な商売敵になるから、好い顔はしないだろうね。とはいえ、異名持ちになるだろうって子だ。将来を考えると、良い関係を築けるにこしたことはない。もちろん、ランにとってもね。そのためにも、いろいろ知っておきたいんだよ」

 ある程度は本当のことを話した方が説得力がある。

 バルは、気安い友人に打ち明けるように、本音を取り混ぜて説明し、さらに深刻さを感じさせない明るい表情を崩さなかった。

 「ああ、誤解しないで欲しいんだけど、レーノン君に何かさせようなんて考えていないから。単に、魔法学校内での生徒でなければ知りえない評判とか、耳に入ったことを、教えてくれれば嬉しいなってくらいだよ。そのくらいなら、いいだろう?」

 「あいつの性格じゃ、こそこそなんかやるってのは、無理だってのはわかるだろ。あんたには世話になってるし、あいつもその気になっちまってるが。やっぱりなぁ」

 関わらせたくないというのが、親としては本当のところだ。

 「実はランには、話が通っているんだよ」

 バルに言われ、ルオンはぎょっと目を剥いた。

 「わたしがレーノン君を気に入っているのを、ランも知っているからね。わたしが、レーノン君をエリオンに留学させるんじゃないかと、真っ先に言われてねぇ」

 肩をすくめてみせたバルに、ルオンは事実だと疑う余地もなく納得した。何しろ相手が相手だ。

 「まあ、否定もできなかったし。ああ、心配しなくてもいいよ。商売人がいろいろな手を打つのは当たり前のことだからね。そんなことで、ランも目くじらを立てたりしないよ。わたしのお気に入りだから、変なことに巻き込まないでくれと、頼んでおいた。そのくらいのことは聞いてもらえる付き合いはある。大丈夫だよ」

 そのあたりは、すでに織り込み済みだと言われ、ルオンは唸る。交渉における下準備は、商売人に敵うものではないと思ったのだ。

 この時点で、バルはルオンの攻略がほぼ終わっている感触をつかんだ。

 もとより、彼の説得はバルにとって難しいものではない。

 「レーノン君に言ったように、わたしがエリオンを訪れる口実の一つになってくれればいいんだ。心配なら契約書でもつくろうじゃないか。奨学金の形で、受験に関わる旅費、編入に関わる費用一切を、わたしが負担するが、その代償を要求しないと。要は、レーノン君の将来を見込んでの、援助をさせて欲しいんだよ」

 バルが負担するという編入に関わる費用一切には、留学生に求められる寄付金も含まれている。

 そうすれば、エリオンで必要とされるのは、レーノンの寮費と生活費だ。授業料が要らなくなることを考えると、ルオンの負担も今と同じか、それより減るくらいだ。

 なにしろエリオン魔法学校の食費も含んだ寮費は非常に安い。王立であるための国の補助と、魔法ギルドをはじめとする王国のギルドや商人達からの寄付という援助ゆえだ。

 「そこまでレーノンを買ってくれるとは」

 「腕の立つ魔法剣士の傭兵は貴重だからね。正直、今のうちに囲っておきたいと、言えばいいのかな。無駄な投資にはならないと思っているよ」

 代償が生じるとすれば、バルに対する恩になる。だが、それもバルの言うような利を提供できるなら、十分相殺できるだろう。

 バルにうまいこと乗せられているとは感じたが、ルオンもここまで言われて、断るのも難しい。

 それに、一介の傭兵にとって、有力な商人を後援者として、つながりが持てるのも、そんなに悪いことではないのだ。

 今までの付き合いで、バルがかなり良い雇い主の一人であることもわかっているから、なおさらである。

 結局、もう一度双方の条件をきちんと確認して、それでレーノンが望むなら仕方ないと、ルオンは説得されることになった。




 はっきり言って、レーノンはかなり浮かれていた。

 アリアスから帰ってきた父親が、バルに説得され、レーノンの留学を認めてくれたのだ。

 編入試験には実力で受かるしかないが、レーノンには自信があった。ただし、教師が言うには、実技はともかく、学力の方は少しばかり心配だという話だ。

 「我が魔力はここにあれり

  大いなる精霊よ

  我が求めるは凍れる刃

  永劫なる氷河より削り出さん

  冷酷にして美しき氷の化身よ

  今ここに召喚するものなり〈氷剣斬撃〉」

 いつもにも増して、高らかに自分だけの呪文を詠唱するレーノンに、クラスメイト達は乾いた視線を向けるだけだ。

 もはや突っ込む者はいない。いい加減慣れてしまったのだ。

 巨大な氷の刃が、的の岩を真っ二つに切り裂いたのに、レーノンは満足そうな笑みを浮かべた。

 「レーノン・マウリ、合格」

 教師も結果だけを見て、課題の合格を淡々と告げる。

 「スカッとはするけどなぁ」

 でかい岩を攻撃魔法で破壊するだけの試験に、レーノンは少々物足りなさを覚えた。

 授業でも、対戦形式で競わせるものであれば、レーノンはもっと熱意を持って取り組むのであるが、後衛からぶっ放す典型的な魔術師の戦い方は、魔法剣士を志す彼の好みではなかったからだ。

 きちんと正しい呪文を詠唱して、課題に挑むクラスメイト達を横目に、レーノンはごそごそと、鞄から取り出した冊子を取り出して、にへらと相好を崩す。

 バルに貰った、エール=シオン王立王都(エリオン)魔法学校についての冊子であり、そこには編入試験のことも書かれている。

 「へへへっ‥‥‥コチコチの授業しかしねえこことは違うって、期待してるぜ」

 基本的に、ミルド学院での授業は、魔法の習得と、威力と技量を向上させることが主である。レーノンなどは実戦向きでないと評するものの、魔法を教える学校としては、堅実なものであった。

 また、魔法の研究や魔導具の開発に関しては、エリオン魔法学校に勝るともいわれていた。

 「レーノン・マウリ君。君がエリオン魔法学校の編入試験を受けるというのは、本当なのか?」

 レーノンが取り出した冊子を目にしたクリスティスが、取り巻きの女の子達に断って、声をかける。

 ちなみに、クリスティスは一番はじめに、溶岩槍で見事に的の岩を砕いていた。

 「おう。ようやく親父が良いって言ったんだ。意地でも受かってみせるぜ」

 落ちて恥をかくなよと、父親であるルオンが渋々ながら受験を認めてくれたのだ。もとより、レーノンに落ちる気は毛頭なかった。

 「癖はあるが、わたしに迫る攻撃魔法を使う君だ。実技試験は問題ないだろう。筆記試験の方は、わからないけれどね」

 「イヤミかよ」

 痛いところをついたクリスティスに、レーノンは素直に顔をしかめた。ヤマかけのヤマが外れたら、ハッキリ言ってヤバイのは事実であるからだ。

 「ミルド学院で学んだ君が、編入試験で落ちたとあっては、外聞が悪い。それを、わかっているのか?」

 「ケッ!知るか。大体、落ちるつもりで、受けるかって」

 「その通りだが、実力は別の話だ。本当にわかっているのだろうね?」

 「いちいちウルセエ!オレは魔法剣士になるんだ。そのための魔法を学びてえんだ」

 「実戦に則した戦闘技術を磨きたいと、君は言っているのだろう。だから、あちらの学校の方が向いていると。魔法を学ぶのであれば、ここの方が上だと、わたしは思っているのだが」

 「知るかよ。勝手に言ってろ」

 実践を重視しているエリオン魔法学校と、研究色の強いミルド学院の違いというところだ。

 エール=シオンでは王立研究院という、魔法に限らず、王国最高の研究機関があるが、リンデスの学都といわれる元となったミルド学院は、それに勝るとも劣らぬレベルであるという。

 魔法においても、エール=シオンでは主流でない、魔法陣などの異なった系統の魔法も、ミルド学院では学ぶことが可能である。

 だが、そんなことはレーノンにはどうでも良い。

 彼にとっては、自分の望むものを学べることこそが重要なのだから。

 「まあ、クリスティス様がせっかく忠告してくださっているのに、ずいぶん失礼じゃありませんの?」

 むっとした表情で口を出してきたのは、濃い金髪を編み込み、結い上げた女生徒だった。見るからに育ちのよい雰囲気をまとっている彼女は、クリスティスの取り巻きの一人でかなりの美少女である。

 険を含んだ深緑の瞳で睨み付けてくる少女に、レーノンはまたかと、うんざりした表情を浮かべた。

 彼の記憶によれば、フランシーナというこの少女は、何とかいう地区出身の、クリスティスに劣らない名家の出であったはずだ。

 ユエ共和国は、いくつかの都市国家が集まって成立した国である。そこに、幾多の国が加わり、三大国といわれる規模になった。

 ユエ共和国の国政は、議会に選出された執政官によって行われている。共和国議員は各地区より選出されるが、地区はその大部分が元の国を単位として存在しており、自治権を有し元の国名を冠している場合がほとんどだ。

 そのような背景により、特に元は王国であった地区の多くは王侯貴族が議員となり、実質的な支配者層を占めている。

 クリスティス・レミンの出身たるローナスも元は公国であり、レミン家は公家の血を引く名門貴族であった。

 ミルド学院の大部分の生徒が、元貴族や裕福な家庭の子息であり、それに続くのが優秀な奨学生である。

 魔法学部においてのみ、レーノンのように魔力の高い平民の生徒も相当数いるが、決して多くはない。

 レーノンにしても、ム・バル・ノンカというリンデスの参議員でもある大商人の後援がなければ、入学は難しかっただろう。

 レーノン自身はクリスティスのような名家出身者に思うところがあるわけでもないが、逆に彼等から見れば、平民でありながら魔力の高い生徒は、何かと引っかかる存在であるのだろう。

 レーノンのような個性のある生徒は特に。

 クリスティスが絡んでくるたびに、取り巻きの少女達に睨まれるのも、いい加減慣れたとはいえ、鬱陶しいことには変わりがない。

 特に実害があるというわけでもないが、それもレーノンの屈託のない性格と、バルという有力者に眼をかけられているというのが大きいのであって、正直、相手をするのが面倒くさいの一言だった。


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