模擬戦vs狼ゴーレム
馬よりも一回り小さい体躯をした狼。正確には狼を模したゴーレムが、正面から突っ込んでくる。
「ちいっ」
「キールっ」
ローラッドの築いた土壁にぶち当たりながらも、狼ゴーレムは体勢を持ち直した。その狼ゴーレムを横から狙ったキールの炎槍は、間一髪で避けられ、地面に突き刺さり轟音とともに土を砕く。
「甘いよ」
ここは炎槍ではなく、速さをとって火矢でダメージを稼ぐべきだった。
狼ゴーレムを使う女性教師、カーラは緋色の瞳を眇めてニヤリと笑う。
二十歳後半の彼女は少々攻撃的な面が前に出やすい。
しかも単体であるために、ゴーレムの動きも存分に制御できている。
実のところ、攻撃力よりも硬さと動きの速さに重点をおいたゴーレムだ。いくら生徒相手の模擬戦とはいえ、簡単に潰されはしない。
何をやっていると、苛立ったサーニファが、キールとは反対側の側面から、炎槍を放つ。だが、戦場となる訓練場を俯瞰する位置にいるカーラから、その動きは見えていた。
おかげで、それも狼ゴーレムは後方に跳躍して躱す。
そればかりか、続けざまに二度の炎槍を至近距離で撃ち込まれ、崩れた土壁の向こう側に、狼ゴーレムは攻撃先を定めた。
「我魔力を捧げ‥地霊よ〈地縛〉」
足止めを狙ったローラッドの選択は悪くなかったが、わずかに遅かった。
跳躍して避け、突進する狼ゴーレムの先にいるのは、治癒士のライディスだ。
「水霊よ〈水矢〉」
「〈火矢〉」
クレースの水矢とサーニファの火矢が、ぶつかり合う。
獣であればその衝撃に怯むだろうが、狼はゴーレムである。
「わ‥我魔力を捧げ世界の理に請願す。水の元素を喚起する〈水楯〉」
突進してくる狼ゴーレムに、ライディスは杖を握りしめ、必死に詠唱していた。
「ひっ」
息を飲むライディスが身体を硬くし、水楯の後ろで、左手に持った楯を前に掲げる。
「〈火矢〉」
走りこんできて放ったキールの火矢が、横から狼ゴーレムの腹に当たり、狼はそのまま体勢を崩して、ライディスの水楯に当たる前に止まった。
「猛き炎の槍よ我が敵を撃て〈炎槍〉」
続いて駆けつけたサーニファが撃った炎槍が、狼ゴーレムの頭に命中する。
「馬鹿っ!」
訓練場を見下ろし狼ゴーレムを操っていたカーラが思わず怒声をあげた。
「サーニファ・モニカ、今の炎槍は危険すぎる」
砕け散った狼ゴーレムを前に、歩み寄ってきたカーラは、厳しい表情でサーニファに注意する。
楯を構えたまま、まだ呆然としているライディスに、目立つ怪我がないことを、カーラは確認した。
炎槍を使うには、ライディスに近すぎる位置であったのだ。
「ライディス君にはまだ水楯がありました。それに、威力はきちんと抑えました」
水楯があったし、ライディスはさらに楯に身を隠すようにしていた。サーニファとしては、仲間の位置を含め、ちゃんと確認して炎槍を使ったつもりだ。
「仕留める絶好の機会に、気がはやったのではないと言うんだな?」
カーラの指摘にに、サーニファは少しばかりハッとした表情を見せた。
「それは‥‥でも、確実に仕留めるには炎槍を使うしかありませんでした」
主張するサーニファに、立ち会っていたクラウディウスが声をかける。
「一撃で仕留めることにこだわりすぎたと、わたしも思う。カーラ先生が、あの位置での炎槍の使用を注意したのは、それもあってのことだ。とは言え、結果としては、ゴーレムを倒せ、ライディス君にも怪我がなかった。危険性は高かったものの、威力の調整ができていたことから、状況を見て判断したと、評価して良いだろう。だが、問題とすべきは、そもそもこのような状況を作り出してしまったことだ。それはわかるだろう」
クラウディウスが、慎重に助言と指導をするのに、カーラもサーニファも興奮仕掛けた気を、一旦鎮めて耳を傾ける。
指導者として、カーラより先達であるクラウディウスだ。サーニファも、教師としての冷静な指摘は認めざるを得なかった。
クラウディウスの言うように、後衛を襲われるような事態となってしまったことは、彼女達の失態である。
魔物相手に接近戦のできない治癒士を、巻き込んでしまった時点で、減点だといわれれば仕方ない。
「威力の高い魔法である炎槍なら、当たれば一発で仕留められるだろう。『動いていない』的であれば、当てるのも容易い」
これは、サーニファだけではなく、班員全員に向かい、クラウディウスは言った。
「もっと積極的に、足止めを狙うべきだったな」
クラウディウスの後を受け、カーラは問題点を改めて口にする。
当てるために、的の足を止めるのは、基本的なことだ。
敵の性質を読み、足を止める、あるいは誘導するなどの追い込み方を考えた戦闘をするには、この班はもっと連携をしっかりしないと駄目だろうと、カーラは思う。
クラウディウスも言ったとおり、炎槍は威力があるが、今回はそれにこだわりすぎた。
「キール、サーニファ、火矢をもっと有効に使え。今日はエレファムが抜けているからな。布陣を変えて、ローラッドを中衛にもってくるのは悪くないが、地縛などの足止めの使いどころはもう少し工夫するべきだ。あるいはクレースが中衛に出て、水魔法で搦め手を使うことも考えてみるといい。前衛の役割にしても、エレファムに代わってサーニファが牽制して、キールに攻撃を任せるような戦い方も考えられるだろう」
カーラの指導に、サーニファは頷きつつも、どこか不服そうだった。
「それなら、わたしよりキール君が牽制に入るべきです。キール君なら風刃か風矢が使えるから、火矢より速い攻撃ができるはずです」
「無理。風刃程度の攻撃力じゃ、大したダメージを与えられないよ」
エレファムだって、速攻で目潰しか、囮としての前衛だと、キールは反論した。
「風刃でチマチマ削るくらいなら、威力を落としても、火矢をばらまいた方がマシだと思う」
「そんなことはないぞ。風刃の威力を上げればいい。そういえば、キールはもう少し、風魔法を練習した方が良いと、他の先生も言っていたな」
カーラは土属性のゴーレム使いだが、戦闘科二組の他の担当教師とも、生徒の情報は共有している。
「えー、ゴーレム相手じゃ普通、風より火だと思います」
風刃は、対人やそこまで硬くない魔物のような、十分通じる相手に使うものだとキールは思う。
「そうかな。風刃や風矢でも、足を止められたぞ」
戦闘科一組相手の模擬戦を思い出し、カーラはクラウディウスに同意を求めた。
狼ゴーレムをフロアリュネが風矢や風刃で牽制し、ローレイが魔力を通した槍や風刃で細かく削りながら追い込む。一発の威力よりも、速さと数の攻撃だ。
中衛で指示を出すエルトリードの火矢と火球が、狼ゴーレムの動きを制御しつつ更に削る。
そして、機を見たローレイの、風を纏った槍先が左前脚を断ち切れば、すかさずフロアリュネの風刃が後ろ右脚を斬った。
動きが止まったところに、エルトリードが炎槍で止めを刺して粉砕。
後衛でネルフィルは終始、狼ゴーレムを後ろに通さないように壁役に徹していた。
おかげで、最後衛に置かれたルディシアールは突っ立って、仲間の戦闘を見ていただけだった。
もっとも、戦闘には参加しなかったが、仲間の戦いを見ることも、学習のうちだ。
さらに、監督していたクラウディウスには、ルディシアールは、あの位置から狼ゴーレムの解析をしていたように見えた。
師の影響を受け、すでにゴーレム作りにも手を出しているルディシアールだ。
ちょうどいいゴーレムの製作や操作の学習にもなったのだろう。
本来のポジションは、迎え撃つなら前衛にフロアリュネとエルトリード、中衛でローレイが指揮を執りつつ、攻撃に加わり、後衛にネルフィルとルディシアールを置く形だ。
ルディシアールは万一の時には、自由に動けるように配置されており、また、基本的に魔法を使わない制限を課している。
また、模擬戦では、良い学習の機会として、指揮役も、前衛から後衛まで入れ替えて、それぞれが経験を積むようにしていた。
実際、一組一班は、全員が狼ゴーレムの速さに対応できる魔法の発現速度でありながら、火矢、風刃などかなりの威力があるのだ。
おそらく数発で、狼ゴーレムを倒すことができるに違いなかった。
彼等なら単独でも、十分狼ゴーレム相手に勝ちをおさめられるだろうが、連携を学ぶための模擬戦である。
そして彼等は、傾向として守りの堅さを最重点においた戦闘をするのだが、クラウディウスは、それを正しく評価していたし、カーラも同様だった。
ともあれ、一班は特別と言って良いが、二年次戦闘科一組のほとんどの者が、初級魔法の習得は目を見張るレベルだった。威力もだが、鋭い使い方をしてくる。
二組が劣っているというより、今年の一組が特別なのだろう。本当に、これでもかというくらい初級魔法の威力と精度を上げてきている。
「クラウディウス先生も言われているが、初級魔法は基礎だ。基礎を磨いておくことは、大事なことだぞ」
諭すカーラに頷きつつ、クラウディウスは目に付いた最近のサーニファの不安定さを心配する。
サーニファは留学生の中でも目立った優等生であり、注目していた生徒だった。
サーニファにも、本来、リーダーを任せられる力があった。ただ、この班は、サーニファが留学生で、女子であることもあり、クレースがリーダーに選ばれたのだ。
勝気で、前にでていくのを好む、彼女の性格から、より前衛や中衛に向いているということもある。
それが、このところ、彼女らしい冷静さが損なわれていると思われることが、よく見受けられ、クラウディウスの気にかかった。
なまじ実力があるから、周りを待てず、結果として連携を無視してしまうという傾向になりやすい。
本来はもっと周りに目を配り、うまくやれる生徒であると、クラウディウスは評価していた。
ただ、サーニファに限ったことでなく、情緒的に不安定な年代であるのも確かだ。だからある程度は、仕方ないところもあるのだろう。
そういう意味では、クラウディウスも気にしすぎかもしれないとは思った。
今日の模擬戦のできはイマイチだったと、教室にひきあげながら、クレースは苦虫を潰したような顔をしていた。
「エレファムがいないのはやはり痛い。ったく、こんな時に。おかげで、非力な治癒士の前に敵を通してしまったじゃないか」
「この大事な時にって言っても、実家で不幸があったんじゃ、帰郷も仕方ないって」
エレファムや、いかにも足手まといといいたげに、ライディスにまで当たるようなことを口にするクレースの苛立ちをなだめるように、ローラッドがまあまあと肩をたたく。
「俺も焦って、地縛にはめ損なったし、サーニファやキールも、ちょっと炎槍外しちまったからな」
「俺の采配ミスだって言うんだろ」
自虐的にクレースが吐き捨てるように言う。
「判断ミスはあったけど、要はわたしたちが弱かったってことでしょ。炎槍にこだわったのがまずかったんなら、接近戦を挑んだ方が良かった気がするし。剣炎で直接脚の一本も叩き斬ってやれば良かった」
サーニファが、距離を取って仕留めるのにこだわらずにいくのもありだろうと、極端なことを言い出した。
「君は魔法剣士志望だし、剣もありだろうけど、一人で斬りかかるのはなしだ。くれぐれも、俺の指示には従ってくれ」
ただでさえ、サーニファは突出しがちなのだ。自分の采配が気に食わなければ、次は勝手に斬りかかりそうで、クレースは眉をひそめる。
クレース自身は典型的な魔術師タイプで、剣は得意ではない。それだけに、サーニファには密かな劣等感を抱いているのだ。
「だったら、納得のいく指揮をとってくれれば良いのよ。別にわたしだって、命令無視する気はないんだから」
聞きようによっては、納得できなければ、独断で動くとも取れるようなサーニファの発言だった。
この世界で空を飛ぶ手段は、飛竜を筆頭とした空を飛べる魔物に乗るか運んで貰うといった方法の他に、飛空船がある。
風魔法を使った宙に浮かぶ船だ。
しかし、技術的な問題から、中型船程度の大きさが限界であり、飛行するには魔力もかなり必要となるため、あまり実用的とは言えなかった。
何より空を飛ぶ魔物がいるのである。魔物から逃げ切れるだけの速度はないため、迎撃するための戦力なしでは、危険で飛行できたものではない。
そんなわけで、飛空船自体は存在はするが、交通の手段としての実用性はないに等しかった。
高価な遊興としての遊覧飛行か、低空飛行でパレードなどの出し物に使われる程度だ。
「山道や悪路なんかには馬車より使えると思うんです」
「面白いことを考えるな」
以前の校外学習で、大きな岩猪を運搬するのに、ルディが飛翔で浮かせた車を馬に併走させようとしたことがあった。
結局、収納魔法を使う許可が出て、それは実現しなかったのだが、今回、それを復活させることをルディはブランに相談した。
「車輪を併用して、必要な時だけ浮かせるか」
「はい。落ちても大丈夫なくらいに、ほんの少しだけ浮くようにして、人か馬で引っ張ればいいんじゃないかと思ったんですけど」
「荷車ぐらいなら、魔力の消費も何とか実用範囲になるか」
取りあえず見本を造って、軍の輜重隊にでも使わせてみようとブランは考えた。
魔導具としてのそれは、バランスと持続性、魔力の消費量をいかに抑えるかが難しいところだが、ゴーレム作りで培った技術も役に立ち、それ程の時間をかけずに、既製の荷車を改造した見本ができあがった。
使い物になるようなら、それように荷車を造らせてもいいが、取りあえずはこれで十分だ。
ただ、一つその副産物という物ができたのが、問題というか、予想外に受けたのだった。
「おっとと‥‥‥おっもしれえ」
はしゃぎながら、エルが板の上でバランスを取っている。
その板は前後を丸く切った楕円形で、地面から足首くらいの高さで浮いていた。
表面にはミスリルの細い線が、全体に張り巡らされていて前後と真ん中の三カ所に魔石が埋め込まれている。
緩やかに前へ進む板に乗って、器用にバランスを取っているエルの前を、フローネの乗った板が横切っていった。
「どわっあ!フローネ、てめっ」
「エルの下手くそ」
あわを食って転倒し損ね、地面に足をついたエルの横に来て、フローネは急停止してのけた。
操作の呪文もあるが、体重のかけ方、バランスの取り方で、速さの調節や方向転換もできるようになっているが、フローネはあっという間に乗りこなしたのだ。
エルも運動神経は並ではないため、乗り始めて直ぐにコツをつかんで、操るようになっていたのだが、フローネはその上を行く。
急発進、急停止、急旋回といった高等技術をも易々と修得してしまった。
「これいい。ね、ルディ、これに乗って戦えば、騎馬とは違った戦い方もできるよ」
浮く高さは足首から膝くらいまで。いざという時には人を飛び越えるくらいまで、跳ね上がることもできるが、その高さを維持できないという限界はある。
その代わり、魔導具であるから風魔法が使えない者でも、使うことができる。
速度は駿馬での全力疾走と同じくらいまで加速できるが、その分魔力の消費も大きくなってしまう。
ただし、魔術師が使うのであれば、魔石に魔力を注ぎ込むことで、使用時間は伸ばすことができる。
フローネの言うとおり、魔力の消費による使用時間の制限はあるものの、足場の悪い場所での高速戦闘も可能になるだろう。
エルも支障なく乗りこなせるようになってから、ローレイやネルフィルの分も造って、二人に披露した。
「移動の音がほとんどしないというのも、優れた利点だ」
ローレイが言うように、風の音はするが、人の足音よりも小さい程度だ。魔力はどうしようもないが、静音性は非常に重要な要素である。
「これは凄いものを造ったと思うよ」
ローレイが賞賛するのに、ルディは恐縮してしまう。
「術式とか設計も、全部先生が作ったんだ。僕は簡単な素案を出しただけで」
「これほど精密な術式は、そんじょそこらの魔術師では作れないからね。さすが、黒の魔術師殿だ」
一見しただけで、魔導具として設計もできる限り簡素かつ効率的に作られているし、魔石に書き込まれた制御の術式が恐ろしく巧緻な構成であることがわかる。おそらく、王宮魔導士や王立研究院の研究者でも、これ程の術式を組める者は限られているだろう。
魔力を視る眼を持ち、魔法の精緻な行使にも優れ、なおかつ魔法学校で長年ゴーレムを始めとした魔導具の研究をしてきたブランであるからこそ、ルディの要求に短時間で応えて、作成できたのだ。
「先生、浮く荷車とこれを軍に売りつけるって言ってた。権利を僕にって言ったんだけど、半分にしてもらったんだ」
ルディとしては、案は出したが作ったのはブランなのだから、権利は全部ブランで構わなかったのだが、互いに譲り合った結果、共同名義ということになった。
後に、浮走板という名称を付けられたこれを操る訓練として、いくつかの競技が考案され、王都魔法学校発祥の競技として軍や民間に広まっていくことになる。




