ルナリア樹海都市迷宮探索
遺跡の中は、大方の予想通り遺物を見つけることはおろか、金になりそうな素材が使われていたと思われる壁や床材まで手頃な物は引っ剥がされていた。
それでも、興味を惹かれるものがあるのか、テオドアは彼方やこっちと、ウロウロと遺跡内を歩きまわる。
「何処が面白いんだか」
ホーンは学者の考えることなんざわからねぇと言いつつ、危なっかしい爺さんの後をくっついて歩き、度々首根っこをひっ捕まえるようにして、引き止めた。
多少乱暴な扱いにもなる。何しろ、声をかけるくらいでは、止められないからだ。
これも仕事と文句を言いつつ、暴走する爺さんの世話を焼いているホーンに、ミナエは毎度のことと感心しつつ、自身はあまり動き回らず、アインロッド達と手分けして警戒にあたっていた。
「あんた達、気になるのはわかるけど、あんまりちょろちょろしないように」
初めての遺跡ということで、興味深々で周囲を見て回っているツェリズナルドとクアーラを、ミナエは注意する。
「すいません。邪魔してますか」
こちらは体力と魔力の温存と、長杖と光球のカンテラを持って後衛のミナエについて歩きつつ、最低限に近い距離の移動にとどめているクロマが、仲間の行動を気にして尋ねた。
「ちょっと動きに無駄が多いわねぇ」
時々、アインロッドや殿のマリーノにも、そこ退けとか、そっちに行くなと注意されている。警戒する彼らの視界を妨げる位置に立つからだ。
「そこの坊主は斥候になるんだろう。今回はウィンがやっておるからな。任せるのはいいが、邪魔にならん位置取りも覚えておけ。それと、風魔法だが、もう少し風の流れを抑えられんか?」
「でも、これ探知だけだし」
ツェリズナルドは、魔術師でないアインロッドに、魔法を注意されるとは思わなかったようだ。
「わしは弓を使うからな。風は気になるんだ」
「風に敏感な奴なら、魔術師でなくても読まれるってことよ。探知魔法の魔力ももっと抑えなさいな」
魔法以外の斥候の方法も、もっと鍛えた方が良いと、ミナエも忠告する。どうしても、風魔法使いは探知魔法頼りになりがちであるからだ。
「あー、はい」
火魔法使いのミナエに風魔法のことを言われるのに反発を覚えないわけではないが、彼女は王都魔法学校の先輩でもある。ツェリズナルドも、一応彼女にはおとなしく返事を返した。
「アンタね。アインさんの言うこと、ちゃんとわかってるの?」
魔術師でない者に魔法について注意されると、不快に思う魔術師は少なくない。ミナエはそれを言っているのだ。
王都魔法学校の出身という魔術師のエリート意識は、時に危険な目隠しとなる。
意味のない矜持は、将来的に身を滅ぼしかねないと、ミナエは後輩を心配するから言うのだ。
「お前が珍しいな。まあ、ホーンの奴は爺さんの面倒で手一杯か」
ミナエが男の心配をするとは珍しいと、マリーノが横に来て言う。
「一応後輩だし」
探索者志望の治癒士がいるからと、引率もどきを引き受けた見習いパーティだが、さすがに王都魔法学校の生徒だけあって、基礎はできている。
今回の契約を受ける前に、迷宮管理組合から依頼されて、一度は一緒に軽く潜っているから良かった。そうでなければ、無理に頼まれた今回の仕事への同行など、とても認められなかっただろう。
治癒士を有する魔術師パーティとはいえ、こちらにはミナエがいる。弓術士のアインロッドとミナエがいれば、後衛役としても初心者魔術師を加える必要はなかった。むしろ足手まといである。
幸い、案内役として雇われたセディアスは、ここの樹海迷宮を専門としている腕の良い探索者だ。
経路も決まっており、雇い主の安全のために、金をかけ、もちろん金銭面の負担は全てテオドアだ、途中の中継地点の確保も他のパーティに依頼している。距離も長く見積もっても片道三日で、素人の雇い主を抱えても、余力はあった。
王都魔法学校の生徒であれ、迷宮に潜る以上は自己責任である。治癒士の有益性に皆が首を縦に振ったため、万一の時には雇い主を優先することを条件に、同行を認めたのだ。
戦力としてアテにするまでは無理だが、付いてくることはできる。
ただ、初心者の常でちょっとした自信とプライドがあるだけに、逆に危なっかしい。知らずに、こちらの邪魔になることも重なっていた。
「あの娘は、お前の好みじゃねぇしな」
マリーノは、ツェリズナルドと一緒にテオドアの近くにいるように指示したクアーラを視線で指す。
「まあね。火魔法使いはどうしても比べちゃうのよね」
ミナエは軽く同意の返事をし、小さく呟く。ミナエにとって火魔法使いの基準はどうしても「彼女」になる。クアーラもまあまあ美人だが、ミナエの趣味ではなかった。
男のマリーノの目で見ても、好みはあるだろうが容姿でもミナエが優っている。クアーラ自身もその自覚があるのか、ミナエに反発を覚えているようだ。ツェリズナルド同様、忠告を素直に受け止められないところがあり、危なっかしい。
「経験を積めばわかるさ」
つまり、痛い目にあえばわかるだろうと、マリーノは言う。
「そうなんだけどね」
その「痛い目」が先のある経験で済めばいいが、自身や仲間の命を失わせることだって珍しくない。
しかし、これ以上は言っても仕方ないだろう。
一番下の階まで来て、テオドアは床に迷宮の地図を広げ、ランプの灯りでそれを睨み付けていた。
ここまで来る経路を記した地図だ。テオドアは案内人ごと、その地図も買ったのである。
ホーンは、「金持ちが」とは呆れたように言ったが、楽と安全を買ったと思えば、彼等も歓迎こそすれ、文句はない。
「やはり、そうだ。こっちの方向‥‥‥ここら辺りにあるに違いない」
何か結論が出たのか、テオドアはアインロッドに地図を突きつけ、その一点を指で叩いた。
「この建物の造りからすると、離れか別館だ。と、すると、ここは地下室で、この上の階の扉の向こうに回廊があったはず。つまり、こっち側のここだ」
唾を飛ばさんばかりに喋るテオドアから、アインはそっと顔を離した。ついでに、話の流れから、次に言われるであろうことを予想して、どう断るかと思案する。
学者に常識やらこちらの都合を説明しても聞き耳持たないことを、アインはよく知っていた。
「いいか、遠回りにはなるがここから分岐した路が、こう行って、ここらまで通っていることはわかっているんだ。発掘できる可能性は極めて高い」
興奮しているせいか、必要以上に大きな声で自説を主張するテオドアは、既に新たな発掘へむけて意欲を燃やしている。
予想通りの展開に、アインは頷きながら、ここでの発掘行為の終了を確認した。
「それでは、入り口まで戻って、休憩と食事を済ませましょう」
遺物は手に入らなかったが、新たな遺跡の手がかりを得られたのだ。テオドアは機嫌を直す以上に、高揚感に溢れながら、足取りも軽く階段を上っていく。
テオドアに付き添いながら、アインロッドは孫息子であるウィンドレッドに身振りで引き上げ準備を進めるよう合図を送る。
どうせ、このまま次の遺跡への発掘に向かおうと言い出すに決まっていると、アインロッドが予想したとおり、テオドアは素直に引き返すことをなかなか了承しなかった。
「目と鼻の先にあるのだぞ。ぐずぐずしていて、誰かに横取りされたらどうする」
「ここで大声で叫んで、誰かに聞かれたら、そういうことにもなるでしょうなぁ」
冷静にいなすアインロッドは、さすがに年の功だ。
「とにかく、わしらの仕事は、発見された遺跡の調査となっとります。同行するあんたさんの護衛も、追加で請け負いましたが、新しい遺跡を捜すなんてことは契約外になりますな」
「遺跡の調査だ。ここの遺跡とつながっとるとなれば、同じことだ」
「つながっているのかもしれませんな。まだ、確認されたわけでも、発見されたわけでもありませんからな。なんにしても、この先に行くとなれば、今の装備では無理というもんです。ついでなんぞと、迷宮で軽く言ってもらっても困りますな」
食糧や装備にも、多少の余裕を持たせてきているが、それはあくまでもしもの時のためである。迷宮では一歩先に行くだけで、危険度は計り知れないほどに増す。予定以上の先へ足を踏み入れないのは、パーティ黒砂の腕輪の鉄則だ。
「とにかく、わしらはこれで引き返します。あんたさんも、引っ担いででも連れ帰りますんで」
「わしは雇い主だぞ」
「雇い主なら、契約は守って欲しいですな。そもそも、文句があるなら、あんたさんの安全を念押ししたウィレルダさんに言うべきですなぁ。なにしろ、首に縄付けてでも無事に連れ帰れっていわれてましてな」
「ウィレルダめ!余計なことを」
苦虫を潰したように、宿で待っているお目付役の女性に文句をつけるが、実のところ、昔から商会の財布の紐をしっかり締める文句なしの有能な彼女に、テオドアも頭が上がらないのだ。
それに、さすがのテオドアも彼等の護衛なしに迷宮を歩けるなどとは思っていなかった。そこまでの馬鹿でなかったことに、アインなどは露骨にほっとしたものだ。
「ほいほい。そんじゃ行きますか。雇い主様はどうしますかね?俺が担いでいかなきゃダメっすかね」
アインロッドが出発を告げるのに、ニヤニヤと、ホーンがわざとらしく縄を手に持って言う。
「いらんわ!」
苦々しそうにテオドアは顔を背ける。
「こうなったら、一刻も早く戻って、再調査の準備しなくてはならん」
一端切り替えたら次を考えるあたりは、さすがに元は商会の会長だ。資金があるというのも大きいだろうが、学問畑一筋の学者馬鹿とはかろうじて違う。
学者には、ごねられたあげくに、暴走された苦い経験も、アインは過去に味わっていた。
「やれやれ、オヤジさんが慎重に契約してくれてて助かったぜ」
マリーノが先頭に立つウィンドレッドに並んで、ぼそりとこぼした。
「まったくだ」
甘い契約を結ぶと、命取りになる。
それが、この仕事が終わったらアインの跡を継いで黒砂の腕輪のリーダーとなる自分にあてられた忠告だと、ウィンドレッドは了解していた。
橙かかったキツい黄色と赤黒い体色をした、人の頭ほどもある巨大な肉食の蜂が頭上から襲いかかってくる。
さらに前方ではウィンドレッドとホーンが人よりも大きな色変わり魔蜥蜴を相手に、戦闘に突入している。
「お前らは雇い主さんの守りを頼む」
槍を振るうマリーノの援護を受けながら、アインロッドは見習い達に、あえて自分達の身を守るだけで良いとは言わなかった。雇い主を守るという役目を振った方が、素直に守りに徹すると思ったからだ。
彼らに前に出てこられる方が危険だからである。
「我が魔力を捧げ世界の理に誓願す〈火針〉」
宙に現れた十数本の細い火の針が一本ずつ、ミナエの杖先が向けられた魔蜂に向かって飛んでいく。
「‥‥‥凄げぇ‥‥」
一本も外さずに命中させ、なおかつ火針を「突き抜けさせず」仕留める魔法の精度に、ツェリズナルドが唸った。
必要最低威力という絶妙な制御で発せられ、魔蜂の体内で燃え尽きた火の針は、樹海を燃やすことはない。
マリーノとアインロッドの援護という余裕があるからこそ、ミナエは詠唱の時間も与えられ、より慎重な魔法の行使ができる。
ミナエが射つ前に近づいてきた魔蜂には、アインロッドの矢が突き刺さっていた。十分に射程距離まで近づけさせ、確実に仕留める腕は、歴戦の弓術士のものだった。
この仕事が最後とはいえ、まだまだこの先数年は現役で通用する腕だ。衰えたからやめるのではない。衰える前に身を引くのだ。
その決断ができるのが、一流と二流の差だという者もいる。
一方、色変わり魔蜥蜴の武器である長い舌を、ウィンドレッドが気合いとともに斬り飛ばしていた。
体を硬直させた魔蜥蜴の側面から、大剣を振りかぶったホーンが斬りかかる。
勢いと、体重を乗せた全力の一撃は、狙い違わず魔蜥蜴の頸部を断ち切った。
「どわーっ‥‥こいつに気がついてよかったぜ」
色変わり魔蜥蜴は、その名の通り体色を変化させ、周囲に溶け込んで獲物に接近する。
人に襲いかかってくることは滅多にないが、その舌には神経毒が潜在しているため、刺されれば命が危ない。今回は、魔蜂を狙っていたところに、運悪く彼らが踏み込んでしまったのだろう。
「臨時収入だ。爺さん、いいだろ?」
ほくほくしながら、ホーンが死んでいるのを確認し、早速皮を剥ぎ取りにかかった。
「皮だけならな」
色変わり魔蜥蜴が仕留められることは珍しく、その皮は非常に高く売れるのだ。逃す手はなかった。
多少雑でもやむを得ない。ホーンとウィンドレッドが手早く皮を剥いでいく。
魔蜂の方は、できるだけということでツェリズナルド達見習い組が魔石だけを取っていた。
アインロッドとセディアスが周囲を警戒し、マリーノとミナエが万一に備えている。
中継地点まであと半日もかからないだろう。そこまで行けばベテランのパーティと合流できるため、以降は安全性がぐっと増すはずだった。
次は別のところを頼んでくれと、帰還後、アインロッドはテオドアではなく、出迎えたお目付役のウィレルダ女史に、今回の仕事の完了を報告しながら、断りを入れた。
次回もテオドアが大人しく成果を待っているなどできるはずはないのだから、護衛をこなせる迷宮探索者のパーティを頼まなくてはならないのだ。ウィレルダとしてはできれば、腕が良く、実績をあげた黒砂の腕輪に続けて依頼したいところだった。
「迷宮管理組合には、引き続き貴方方に依頼したいと申し入れましたの。お引き受けいただけませんか?」
「せっかくですが、こちらにも都合がありましてな。今週末には、ルナリアを出る予定でしてな」
アインロッドの抜けた穴を埋める新しいメンバーも決まっている。前に数度、一緒に仕事をした迷宮探索者だ。
リンダス・トリアンダという三十歳になる弓術士で、所属するパーティに性格が合わないメンバーが加わったため、移籍を考えていたところだった。
ルナリア樹海迷宮で仕事をしながら交渉していたが、以前のパーティとようやく話がつき、今週末に正式に黒砂の腕輪に加わることが決まったのだ。
今回、アインロッドがテオドアの依頼を受けたのも、もとはといえば、リンダスの旧パーティとの仲介役になってくれたのが、昔馴染みで管理組合の幹部だったためであった。
旧パーティはまだルナリアで仕事をするため、トラブルを避ける意味でも、黒砂の腕輪はここを離れ、本拠であるユトリナへ一旦戻ることにしたのだ。
「祖父も引退するので、一度故郷に戻ることにしたんです」
無理を言わないで欲しいと、次のリーダーとしてアインロッドとともに席についたウィンドレッドが、人好きのする、それでいてちょっと困ったような笑みを浮かべる。
「し‥仕方ありませんね」
好青年という印象を前面に押し出して、受けられないと断りをいれたウィンドレッドに、ウィレルダ女史はコホンと声を調えてようやく引く意思を示した。
護衛を主とする腕の良い傭兵相手に、これ以上ごねて悪印象をもたれるのは、商会としても利はない。
決して、ハンサムな次期リーダーに、女史が好意を抱いたとかではないのだ。多分。
終わった仕事の後始末、雇い主側との交渉を、リーダーと次期リーダーに任せ、他のメンバーは宿屋の食堂で酒盛りとなっていた。この宿屋を選んだ理由の一つに、そこそこ評判の良い酒場を兼ねた食堂が付いているというのがある。
時間がまだ夕食の時間には早いので、今のところ貸し切り状態だ。
魔法学校の指導官に無事戻ったことを、迷宮出入り口にある管理組合施設で報告したクロマ達三人も、これに混ざっていた。
「やー、今回は疲れたぜ」
主にジジイの世話で、と陶製のカップいっぱいの発泡酒を一気に飲み干したホーン。実際、皆が雇い主ことテオドアの世話をホーンにほぼ任せっきりであったとの自覚があるため、ちょっと高めの酒を、彼が追加で注文しても、誰も文句は言わない。
「まさか次はねえよな」
爺さん、ちゃんと断ってくるよなと、次の酒を待ちながら、ホーンは心配そうにぼやいた。
「ウィンが一緒だし、大丈夫よ」
ミナエが野菜と肉の炒め物をつまみながら、シェリーに口をつけた。
ウィンドレッドは顔の良い好青年という印象があるが、意外に押しが強い。それも、年配の男性や、女性全般に受けがいいという自覚のもと、強引と相手に思わせることなく、こちらの意見を押し通したりもする。
今回も、ちょっとキツめのやり手女史を、うまくかわしてくるに違いない。
「よっしゃあ!そんじゃ飲むぞ」
乾杯!と、ホーンは、ちょうどきたカップを掲げて、一気飲みだ。
「ホーンったら、酔いつぶれても知らないわよ」
ホーンは、酒好きだが、そんなには強くないのだ。
「ほっとけ。怪我も治してもらって、ゴキゲンなんだろ。お前らも遠慮せず食え。今日はオヤジさんのおごりだ」
「マリーノの言う通りだ。おう、クロマ!お前、さすが王都魔法学校の出だ。ほら、もう痕もほとんど残っちゃいねえ」
帰還後、クロマは忘れずにホーンの傷に治癒魔法の重ねがけをした。なんだかんだで、いろいろ庇ってもらったと思うから、礼のつもりだった。
「一応、治癒士ですからそのくらいは」
「ああ、見直した。お前ら魔法学校の生徒にしちゃあ、魔法がショボいなんて思ってたんだけどよ」
悪びれもなく言ってのけたホーンに、ツェリズナルドとクアーラが思わずムッとした表情になった。
「済まんな。ホーンが知ってる王都魔法学校出の魔術師は、ミナエだけなんだ」
マリーノがフォローするが、それも彼等の魔法がミナエに劣ると言っているも同じだ。ただし、それは事実でもある。
「だってさ、王都魔法学校の出っていえば、ミナエのような恐い魔術師だと思うじゃねーか」
「わたしが恐い?そうなの、ホーン?」
聞き捨てならないと、ミナエが据わった目でホーンを睨んだ。
「恐いだろ」
「何よ、マリーノまで」
「殲滅魔法で魔蟻の一群焼き払う女が恐くないってか」
マリーノはホーンよりよほど酒には強いのだが、多少はもう回っているのだろう。珍しく突っ込んだ発言をした。
本気半分、からかい半分だ。
本気は他人から見た評価で、からかいはミナエを知るがゆえの仲間としてのちゃちゃである。
実のところ一部で、得意魔法と艶やかな容姿から「炎華のミナエ」の二つ名で呼ばれている彼女だ。
「失礼ね。そのくらい、可愛いものよ。わたしの元同級生なんか、実戦で炎竜嵐の二本立ちやらかしたって言ってたわ」
この前、王都で飲んだ時に、荒野で魔物の群れに遭遇し、勢いに任せてやっちゃったと、あっけらかんと言い放ってくれたのだ。
「やればできるもんよねー」
なんて、そのとき笑いながら言った彼女に、会話が聞こえていた周囲が、どん引いたのが、ミナエにもわかった。
もともと、はっちゃけた性格の女騎士だが、久し振りに飲んだ彼女の常識が、どうもおかしなことになっていた。
「うぇっ‥‥‥マジか。そんなおっそろしいことできんの、いるのかよ」
当然、ツェリズナルドなんか引きつっていた。
そんな基準で語られたくない。王都魔法学校出身(まだ卒業認定試験は終わっていないが)だからって、そんなことできるなんて思われても困る。
「いくら王都魔法学校出身でも、めったにいないはずよ」
クアーラも同感だ。王都魔法学校出身というプライドと常識は別物であるべきだろう。
「あーでも、ミナエさんも凄いですよね。ひょっとして、魔導士コース出身ですか?」
弟から彼の幼馴染みの魔法、二年次最初の授業で四属性の竜嵐を連続でぶっ放したなんて話を聞いていたクロマだけが、比較的冷静さを保っていた。
自分の治癒魔法もそうだが、魔法にはできないものはできないという、越えられない壁が存在する。
魔法は理不尽なまでに、才能がものをいうのだということに、納得していれば、世の中にはそういう奴らもいるのだと、受け止めるだけのことだった。
「そうよ。魔導士養成課程の卒業」
技術科の王宮魔導士コースではなく、戦闘科の王国軍魔導士志望者の課程だ。
「上級魔法の大規模殲滅魔法を使えるなら、魔導士志望の進路を選択しますよね。なんで傭兵なんかやってるんですか?」
「こら。他人の事情を軽々しく聞くんじゃねえ。刺されるぞ」
知り合ったばかりの他人の事情を詮索する行為は、傭兵やら迷宮探索者の世界でも、忌避すべきことだった。
ホーンが、軽い感じで注意する。クロマも話のながれで、深く考えずに口にしただけで、裏がないことはわかっていたので、責めるまでではない。
「すいません。つい」
「気になった?ホーンの言う通り、他人の詮索はほめられたことじゃないわね。まあ、わたしの場合、そんな深刻なもんじゃないから、教えてあげる」
そう前おいて、ミナエは空になったグラスを掲げて、お代わりを注文した。
「失恋したの。卒業試験に受かった勢いで、告白して、玉砕。‥‥‥わかってた結果だったけど、やっぱりショックだったな。魔導士になっても、魔導騎士になった彼女と、同じとこに配属になる可能性も低かったし」
魔導騎士と魔導士を組ませるより、魔導士と騎士だろう。まして同じ火魔法使いだ。
そこで、とある事実にクロマは気づいた。
「彼女、って言いませんでしたか?」
「そうなんだよ。こいつ、男嫌いなんだと」
ホーンがミナエの性癖をぶっちゃけると、ツェリズナルドもクロマも、揃って「もったいない」と心底思った。
婀娜っぽいタイプの美女で、胸も尻も、バーンと出ている。目に毒な身体つきをしているのにと、がっかりするくらいには、彼等も男だった。
「実家もね、男爵家っていう貴族の末端で、縁談もってくるから鬱陶しくって、女が好きってぶちまけたら、勘当されちゃった」
ミナエがあっけらかんと言ってのけたのに、クロマはなんと言っていいものかと悩む。
なるほど、他人の事情をむやみに詮索するものではないとも、しみじみ思う。
「ああ、大丈夫よ。傭兵もわりと性に合ってたみたいで、今は気楽にやってるし、彼女とも王都に行った時には一緒に飲むくらい、良いお友達だしね」
出自からエール=シオンに愛国心はあるが、国に縛られるより、仕事を選べるのも悪くないという。
ミナエの事情は仲間は皆知っているから、他人に詮索されると気分は良くないが、酒の席の話題にできる程度にはもう深刻さはない。
「さて、わたしの話を聞いたんだから、クロマ君のことも聞かせてもらいたいな」
「言いたくないことは言わんでもいいぞ。こいつ、からみ酒の気があるからな」
からみ酒と言っても、普段より陽気に聞きたがる程度だと、マリーノは言った。
「やーね。でもクロマ君、男でなければ、勧誘ついでに誘惑しちゃうとこなんだけどな」
「治癒士だからですか?」
「そーよ。治癒士の迷宮探索者なんて貴重だもの」
在学中は同級生でパーティを組むが、卒業後の進路は基本的にバラバラだ。魔術師だけのパーティは、バランスからみても、あまり現実的ではないからである。
「ウチは父が迷宮探索者だったんです。今はトゥルダスの迷宮管理組合に勤めてますが」
家族ができたことで、危険な迷宮探索者をやめるのは、珍しい話ではない。クロマの父親も、そのクチだった。
「それで弟と将来は一緒に迷宮探索者になろうって、小さい頃から言ってました。まあ、エルの奴は、どうも魔導騎士を目指すことにしたみたいなんで、一緒にパーティとはいかなくなっちまいましたが」
「あら、魔導騎士?」
「エルは俺より強いんで。今は戦闘科二年次一組です」
「そう。戦闘科一組か」
ミナエも二年次、三年次と一組に在籍していた。だから、二年次一組にいる生徒が魔導騎士を目指すというのは、将来の夢ではなく、現実的な目標なのだとわかっていた。
「弟とパーティを組めないのは残念だけど、こればっかりは仕方ないですから」
大事な幼馴染みを守れなくて、悔しいと嘆き、魔導騎士を目指すと決めたエルトリード。今はもっと、力が欲しいと泣いていた。
そんな弟を応援するしか、クロマにはできない。
「それに、俺も‥‥‥ほんとは俺らのパーティにはもう一人いたんです」
「おい、クロマ!」
ツェリズナルドが嫌な顔をするが、クロマは無視した。
「事情で抜けちまいましたけど、できれば帰ってきたらもう一度、一緒にやれないかなって思うんです。トゥルダスで探索者やって、あいつが帰ってきたとき迎えてやれたらって、思ったり」
クロマはまだリュシュワールの死を知らなかった。
行き違いもあったが、リュシュワールはクロマにとって、幼馴染みで友人だった。それだけに、王都に戻り、その死を知ったクロマはかなり嘆き、落ち込むだろう。
「あら、振られちゃった」
間接的に、トゥルダスで探索者をやるから、黒砂の腕輪には入らないと言ったも同じだった。
「そのようだな。ま、しつこく勧誘はしねえよ」
治癒士が入ってくれれば嬉しかったが、無理な勧誘はもとよりする気は無かったマリーノも、あっさりと了承する。
「俺達は今週末までいて、ユトリナへ帰るんだが、お前らもそろそろ王都へ戻るんじゃねえのか?」
「はい。来週中には」
卒業試験の準備もある。移動に時間がかかるため、サリアリーナのパーティと一緒に、余裕を持って帰る予定だった。
ルナリア樹海迷宮での実習において、クロマ達はいろいろなパーティに混ぜてもらった。その中でも無理を言って、黒砂の腕輪に同行できたおかげで、予定外に普通の実習では行けないところまで潜ることができたのは、大きな経験である。
前話後半、樹海都市迷宮部分を修正しました。




