強制参加
屍と化していた生徒達が、呆けたかおをして起き上がる。
「無駄死にした気分はどう?」
仁王立ちのデューレイアの視線が、滅茶苦茶冷たい。
「無駄死にって、俺たちは」
「敵の技量も読めずに立ち向かって、あっという間にやられただけ。実戦なら無駄死に以外の何ものでもないわ」
辛辣な事実でたたみ込まれ、ナイルカリアスはぐうの音も出なかった。
「最初の攻撃の威力を見たわよね。ルディの魔力楯でもギリギリだったのよ。それ一つとっても、アンタ達で立ち向かえる相手じゃないってわからなかったの?」
実はアレでも手加減されていた。受け止めたルディは、自分が気づいて受けきれるギリギリの威力とタイミングで撃ち込まれたものであると、わかっていた。
「そうだ、ルディシアール!てめえ、さっさと逃げやがって」
最初の攻撃こそ防いだが、即座に一人だけ転移して逃げ出したルディに、ナイルカリアスは文句の矛先を向けた。
「ルディに当たるのはやめなさい。男らしくないわよ。そもそもルディは自らの身を護ることを第一に優先するように命令されているの。これは王命よ。わたしたちが魔法学校にいるのは、ルディシアールの身を護るため。知っているわよね」
デューレイアに諭されて、まだ不満そうなのはナイルカリアスだけではない。ローレイやフローネを始めとする、ルディの身近な者達を除けば、実際に戦うことなく逃げ出したルディシアールを責める目で見ていた。
「もし本当に襲撃されて、その標的がルディであるのなら、本人がいなくなれば襲撃者も引く可能性がある。それに、さっきルディが逃げたのは、戦って勝てない相手であると判断したからよ。そうでしょ?」
「先生相手じゃ僕に勝ち目はありません。それに」
「黒の魔法殺しが襲う側にいたってことで、そういう襲撃を想定した訓練だって気がついたわけね?」
実はルディの反応と、その後の襲撃の様子で、デューレイア達も知らされていなかった訓練であると気がついたのだ。
頷くルディに、カウルスが賛同と補足を入れる。
「コイツが全力で逃げる相手となれば、異名持ちくらいだろう。となれば、本当に異名持ちによる襲撃を受けた場合、黒の魔法殺しと合流して、対応する以外選択肢はない。異論がある奴がいたら言ってみろ」
「異論ではありませんが、一つ確認してもよろしいでしょうか?」
ローレイが手を上げて、質問の許可を求めた。
「今回の抜き打ち訓練は、『僕達』が襲撃を受けた場合の対応ではないのですか?」
「そっか。それでルディを」
フローネがぱんと手のひらをあわせ、納得したように呟いた。
「へえ‥‥‥頭良いヤツにはわかるんだ」
「お前なんかデューレイア様に一直線に向かってったもんな」
感心したようにネリーネが言えば、彼女と同じく襲撃者役にいた兵士が茶化した。お前とは頭の出来が違うと。
「うっさい。あたしだって犬死にはごめんだね。逃げるときには逃げるに決まってるでしょうが」
「そうかあ?強い奴に突っこんで、あっさり玉砕って感じがするけどな」
実際は、ネリーネが非常にしぶといことを知っている。死んだら強くなれないというのが、彼女の言い分だ。
「ちゃんと状況を見てやるって。大体、あの女騎士に突っ込んでったの、あたしだけじゃないし」
「あーいたな。お前より先にカウルス様に潰されたの」
ルディが治癒魔法をかけるのに、一番最後で良いとカウルスに言われた某騎士だ。
「あたしだって、他に獲物がいればそっちにいったんだけど、ちょっと強そうな奴は、一番にトンズラしてたじゃない」
面白そうな生徒、フローネを筆頭にローレイとかエルは、さっさと逃げ出していたから、ネリーネが相手をしたいと思う奴が他にいなかったと言い訳する。
その大半が、ローレイの質問とフローネの呟きで気がついた生徒の中にいた。
例外は、ナイルカリアスに付き合って、勢いで立ち向かい、倒されたサルーディだ。
「そうだよな。ルディシアールが負けるなんて奴に襲撃されたら、オレ等全員あっという間にやられてるはずだもんな」
その時には疑問にも思わなかったことに気がついたとサルーディは言う。
実際に、カウルスとデューレイアの足止めの意味で、少し手を出しただけで、ブランは最初の雷穿牙以外、直接的な攻撃はしていない。
「わかった?ルディがいなければ、アンタたちはいくら一組といっても、魔法学校二年次生徒でしかないのよ。ルディっていう反則的な戦力抜きでの、対応を見たかったってことね」
デューレイアが今回の襲撃を想定した目的を言えば、全員がようやく納得したような顔を見せた。
「そのとおりだな。ローレイ、フロアリュネ、お前達は文句なしだ。他にも無事だった者は及第点。やられた馬鹿は補講、といいたいところだが、馬鹿には身体で覚えさせるに限る」
教師達は襲撃訓練を知らされていた、というか計画した側である。実際には、クラウディウスの提案に、ブランが頷いたということだ。
なまじ生徒の中でも腕が立ち、戦闘科一組であるというプライドもある。その自惚れをここらで一度叩きつぶしておきたいと考えたのだ。
ファルニアがそれはイイ笑顔を浮かべた。
「特にナイルカリアス、サルーディは、あの程度ではまるで足らなかったようだし、どうだろう、念入りに扱いてはもらえないだろうか」
朱金の女騎士に更なる訓練を依頼するファルニアに、ナイルカリアス達の顔が青ざめ、引きつった。
「念入りにねぇ‥‥‥めんどくさいけど、準備運動くらいにはなるかしらね」
正直、デューレイアのそれが本音だった。
朝から火にかけられたいくつもの鍋に張り付いている教え子に、研究室の主は後ろから声をかけた。
「王宮に行ってくる」
多分遅くなるだろうというブランを見送り、ルディは鍋を覗き込んだ。
大事な出し汁である。材料の下ごしらえから、下ゆで、アク取りと、当然だが手を抜かず、真剣な顔で、鍋の世話をしているルディを、デューレイアはいささか手持ち無沙汰な様子で見ていた。
この子が料理をするようになって、増築を加えたために、簡易な調理場が立派なものに変貌していた。
魔窟の研究室はそもそも狭いものではない。独立した建物に、教室より広い部屋と付帯する設備が備わっているのだ。それでも、器具や研究材料など諸々の物が置かれているため、手狭だという連中の方が多かったりする。
ブランの研究室も、ゴーレムを保管するために結構な場所を取られていたのだが、現在では空間魔法の収納庫のおかげで、余計なものは出ておらず、広い空間が確保できていた。
そのため、更に調理場を充実した設備にすることができたのだ。
「ねえ、楽しいの?」
「うん。こういうのって時間かかるから、お隣のお姉さんがほとんど面倒みてくれてるんだけど、僕もできるだけやりたいんだ」
何しろモノによっては丸一昼夜火にかけておく必要がある。
とはいえ、実はルディの場合奥の手がある。作りかけを収納空間にしまっておけば、時間が停止するから、時間のできたときに取り出して、続きの作業をすれば良いのだ。
ただこれは反則だと、ルディ自身で思っているから、基本はお隣さんとの共同製作である。
結局、この子はものを作ることが好きなのだと、デューレイアは思う。
それが、彼の才能と結びついたのは、幸いなことだ。
料理も美味しいしと、ちゃっかりそれに乗っかって、お腹を満たしているのは、役得である。
また、王宮や魔法ギルドの断れない依頼も、ルディはあまりな多さに顔を引きつらせながらも、堅実にこなしている。
外から見れば一人に依頼される量としては、論外に多いのであるが、そのすべてを期限内どころか余裕を持って作製しているのは、さすがに銀の雛とも呼ばれる異名持ちの卵であるということだろう。
ルディ自身も、無理であれば正直に申し出るのであるが、今のところは許容内の数に留まっている。
王宮も、ルディを使い潰す気はもとよりないため、そこは気を遣っているつもりだ。
傍目からは、呆れられる作業手順と早さであるとはいえ、あれでルディは一つ一つ慎重に作っているのだし、現場に派遣されている魔導士も、彼の仕事がきちんとしていることも、相応の負担がかかっていることも承知している。
そして、その品質の確かさも、王宮差し回しの専門家として、保証しているのだ。
とはいえ、やはり普通なら嫌になる程の量だ。いくらできるとはいえ、ルディの歳では、手を抜きたくなるのも無理ないくらいだが、王宮魔導士でさえ、感心するほどに、そのできばえは安定している。
それはルディの祖父、もはや身内であると名乗ることも許されないアルハー・シエロの薫陶によるものが大きい。
もともとアルハーは職人にありがちな、頑固であまり人付き合いが良くない性であり、店の経営は亡き祖母を始めとする家人に任されていた。
家族と触れ合うこともあまりなく、ルディも幼いころから祖父に構ってもらったり、遊んでもらったような記憶はほとんどない。
だが間違いなく、アルハーは迷宮都市トゥルダスで最も腕の良い魔石職人の一人である。
アルハーは、魔石一つが生死を分けることがあると、口癖のように言っていた。
また、商売として代金を貰うからには、品物に責任を持つのは、職人として当然のことだと言い、だからこそシエロの店の魔石はその品質の高さから信頼を得ている。
祖母が生きていた頃には、祖父の仕事の大切さも、言葉にして教えてもらいもしたし、そういったアルハーの職人としての姿勢を、ルディは見て育ったのだ。
「えっ?‥‥‥はい。リュレ様」
突然しゃべり始めたルディに、デューレイアが視線を向ける。
ルディの作った空間を越えて声を伝える魔導具を、ブランとリュレに渡したことは聞いていた。
しかし、実際にその場面を見たのは初めてだった。
「独り言を言っているようね」
リュレからの声は耳の魔導具から聞こえるのだが、設定されている小さな風の結界が声を外に出さない。
話す方もその気になれば周囲に聞こえないようにする術はあるのだが、デューレイア相手にそこまでしなくても良いとルディは思っている。
何故だろうと、フリートは目の前の光景を見て呟いた。
彼はブランに副官として付けられた文官である。軍務卿の下で事務働きをしている者の中でも、中堅どころの文官で、自分でも能力は高いと思っていた。
だから、新たに参謀として軍務卿の補佐官となった准将軍の副官に任命されたときには、やりがいと共に、今まで以上に負担がかかるものと予想もしていたのだ。
上司となった黒の魔術師は、先代の軍務卿の下でも同じ役職についていたが、所詮はお飾りで、名前だけであると思われていたからである。
だから実質は、自分ともう一人の副官、こちらの立場は武官であるが、彼とほとんどの仕事をこなさなければならないと考えていたのだった。
だが、実際には、意外にも彼の新しい上司は書類仕事にも有能であった。
「ったく、使える者はとことん使い倒すのは、先代と同じだな」
先代にも、よく仕事を押しつけられたものだと、ブランはぼやいた。
なまじ、彼が書類仕事もこなせるものだから、先代軍務卿も回せる書類は遠慮なくブランに押しつけてくれたものだ。
文句を言いながらも、黙々と書類の山を崩していく上司に、フリートはどうやら過労で倒れるのはまぬがれそうだと、同僚と胸を撫で下ろした。
その数日後、准将軍の執務室の扉の前で立ち尽くしているフリートの肩に手を置いて、押しのけるようにしたケルセは、部屋にいる人物を見て、黙って踵を返す。
「待て」
「いや、邪魔すんのはまずいだろ」
服を掴んで引き留める同僚の手を、ケルセは払いのける。
籍は武官ではあるが、役割としては参謀に近く、実戦で前に出ることは稀であるケルセだが、最初から書類仕事が専門であるフリートに止められるほどには鈍くない。
なんといっても、撤退と判断したら、迷わず逃げるのが生き延びるコツである。
「おや、どうしたのかね。わたしのことなら気にしなくて良い。入ってきなさい」
しかし、扉を閉める前に声をかけられた。ブランと同じ机に座る軍務卿に。
「はっ‥‥‥いえ、お食事中のようですので、後でも」
実は、ケルセはそろそろ切りの良いところで昼食を兼ねた休憩にしようとフリートを誘いにきたのだ。
「わたしも、この書類をお届けしたら、昼食にしようかと思いまして」
もちろん処理は昼食後で結構ですからと、フリートは手に持っていた書類を、ブランの執務机において、そそくさと退室しようとする。
だが、それを許すブランではない。
「昼食なら丁度良い、二人ともここで食べていけ」
応接用に使う机上には、ほうれん草とキノコにベーコンのキッシュ、生ハムと玉葱とピクルスを挟んだパン、トマトベースのスープ、温野菜のサラダといった食べ物が並んでいた。
飲み物として、ポットに入れられた紅茶まで用意されている。
普段なら、喜んで相伴に預かるだろう。
そこに軍務卿その人さえいなければ。
「いえ‥‥その、せっかくですが、自分達は食堂で食べようと思っていまして」
「その通りです。自分はフリートを呼びに来ただけでして」
何とかこの場から逃げようとする二人に、ブランは目の据わった笑みを向けた。
「遠慮することはない。まだ十分にあるからな」
どこから出てきたのか、いつの間にか二人分の昼食が机上に追加されていた。
「空間魔法の収納具は便利だな」
しぶしぶと、諦めて席に着いた二人をよそに、カレーズ侯爵エイリックはブランの魔導具、ベルトにつけられたそれについて触れた。
動作において、取り出すという行為なしに、出し入れ可能な性能は破格だ。
「ええ。魔法鞄よりも使い勝手は良いですね。わたしにとっては」
「異名持ちの基準では、普及品にはできぬか。ならば良い。しかし、銀の雛は賢いな」
「あいつはあれで現実的なところがありますからね。使えない物は作りませんよ」
エイリックのいう「賢い」の意味を、ブランは間違えない。そのうえでの、「使えない物」である。
「空魔法の魔導具を其方とリュレ殿には渡す許可を得た。ただし、他には流さぬと、このような形で示すとは、なかなかどうして、食えぬところがある」
「行き過ぎている性能ゆえに、異名持ちにしか使えないのであれば、他に流れる恐れはないでしょう」
エイリックの見解を肯定する形を取ったものの、ブランは当初ルディがそこまで考えていなかったのを知っている。
空魔法の魔導具の価値は、散々に周囲から言い聞かされていたため、王宮との約束を破ってまで、他に流すことはしない。ただし、自分達が使う物に関しては、一切自重しなかった。
自重しなくて良いと、ブランが助言と後押しをしたのだ。魔導具の作成の腕を上げるには、それが最も手っ取り早いと思ったためでもある。
無論、ブランとしてはエイリックのいう効果を狙ってやらせたし、ルディも作る過程で理解した。結果は、作られた物を見ればわかるというものだ。
おかげで、精神的な負担を負うことになった某魔導具職人もいたが、それは、まあ言うまい。
「其方達異名持ちの方が、魔導具の危険性をわきまえておるというのは、おかしなものだ」
「そうでしょうか」
「今の魔導士長はまだマシな方だが、魔導具の危険性を理解しておらぬ魔導士が多くてかなわね」
「強力な魔導具を作りたがるのは、職人の性分。制限すれば、技術は停滞します」
「わかっておる。使う側の問題だ」
「調整役でもある王宮魔導士が、少しばかり浮かれているのも、事実ではありますが」
「幸い、陛下にはリュレ殿がついておる。意外に面白いのは、工部卿と財務卿のやりとりだが、こちらにもとばっちりが来るのは、かなわぬよ」
アンタだって他人事ではないだろうに、しれっとその始末を国務卿に丸投げし、高見の見物しようとするから、キレられたんだろうが。
そんな心の声を押し隠すブランだ。
なにしろ、そのとばっちりは、現在ブランのところにも来ている。
「その調停の書類を、こちらに回してくださった方もおいでですしね」
互いに釘をグサグサと刺し合う会話に、ぜひ自分達のいないところでやって欲しいと、聞こえない振りを決め込むフリート達である。美味いはずの料理も、これでは味わう雰囲気ではない。一般兵士用の食堂で、味より量といった昼食を食べたほうが、はるかにマシだ。
「そういうな。其方なら抱え込まずとも、なんとかしよう」
ええ、そのとおりですと、フリートとケルセが同じように無言でそっと頷いた。
ブランはある程度慣れる、過去の感覚を思い出し、現在の顔ぶれと処理過程などを把握すると、適度に仕事を部下にまわすようにすることにしたようだ。むしろ、まわせるものは押しつける位の感覚である。
それを一番側で感じているのがこの二人だった。
上司が仕事ができる人であったのは、単純に嬉しかった。しかし、楽はさせてもらえない。
もっとも、過労死せずに済みそうなのだから、文句は言えなかった。
「しかし、美味いな。ローレイが褒めるわけだ」
具のたっぷり入ったトマトベースのスープを口に運んで、エイリックは手放しで賞賛する。
「侯爵閣下の口に合うとは思いませんでしたが」
ルディの料理は美味いが、おおもとは家庭料理である。
料理を教えてくれたのが、祖母と庶民を客とする宿屋を兼業する食堂、翠の草原亭の大女将であれば、それも当然だった。
最近ではリュレの館の料理人ケイレイにも教わっているが、それも時間的な制限から基本的なものに限られている。
なにより、ケイレイにしてみれば、いくら才能があるとはいえ仕える伯爵家の継嗣となった少年だ。しかも、魔術師として身を立てるしかできない運命のもとにある。
料理を教えるのは吝かではないが、料理人にするつもりで教えるわけにはいかなかった。
「わたしとて常に気取った料理ばかり食べているわけではないぞ」
「侯爵家の料理人ともなれば、相当な腕でしょう」
「だからこそ、美味いものは美味いとわかるのだよ。銀の雛でなければ、うちに欲しいところだ」
寝言をほざくなと、視線で応えたブランだが、エイリックはどこ吹く風だった。
そもそも、昼食を一緒にどうかと部下を寄越してきたのを、用意があるとブランが断ると、すぐさま本人が足を運んできたのだ。
どうやら息子にルディの料理の腕を聞いていたようで、興味があったのだと言うが、ブランにしてみれば、昼食をたかりに来たとしか思えなかった。
まさか、本当にそんなつもりだったのではあるまいが、タイミング的にブランが渋渋と自分と同じ食事で良ければと、供する旨を伺えば、躊躇することなく乗ってきたのだ。
空間魔法の収納具に、ブランはそこそこの量の料理を入れている。
なにしろルディは忙しい。おそらく魔法学校で一番忙しい生徒だろう。
それでも、ブラン達に供する料理を作るのをやめようとはしない。あまりに負担になるのであれば、ブランもやめさせるつもりだったが、料理が良い気晴らしになっているようで、無理にやめさせることはできなかったのだ。
それに、空魔法のおかげで、時間のあるときに作り置きも可能であった。
また、フリート達はこの料理を作ったのが銀の雛であることを知り、驚いてもいた。
「うちの嫁は料理が下手でなぁ」
頼むから手の込んだ料理はやめて、簡単な、失敗しようもない料理だけをしてくれと、ケルセが嫁に嘆願することしばしばであった。
「うちのも下手ではありませんが、最近は子供の口に合った料理が多くて」
結婚が遅かったためまだ幼い子供がいるフリートの妻は、子供寄りの味付けにする傾向があるようだ。
二人はぼそぼそと、内緒話のように小声で話をする。
雰囲気が悪いため、軍務卿をして美味いという料理の味が、イマイチわからない状態だったのが残念だ。
「ところで、外務卿が保護したあの男だが、明日にもウェスカに移す手配をすることになった」
「レニエ姫の具合はそれほど悪いのですか?」
ブランにとって因縁がある女性であるが、事実確認でしかない口調に、感情はみられない。
「今日明日ということはないだろうが、よくて二月といったところだそうだ」
過去には、最高の治癒士であるリュレを無理をして招いてまで治療を施したこともあった。しかし、今回は寿命であり、これ以上の延命は無理であるとの診断が出ている。
アルドグレイグ王家の直系最後の姫の行く末が長くないことは公然であったが、はっきりと期限が切られた今、様々な影響がでてくることは目に見えていた。
その秘密にされているであろう期限を、エイリックはあっさりと口にしてみせた。
「演習の名目で第七師団の兵を動かす。とりあえず二個連隊でよかろうが、これは陽動と保険だ。まずは、な」
西方面を担当する第七師団の連隊を動かすというのだ。放り込む火種によって引き起こされるだろう火事を、エイリックは甘くは見ていない。万一の飛び火に対する防御は必要だ。
「駐留軍を動かす手配を進めます。それから、国境の監視を強化させる手配を」
まずは国境を固める準備を進めるというブランに、話が早くて助かると軍務卿は口角を引き上げる。
北方のユルグラード王国とセデスアルノ公国の間には自然の要害があり、進軍できる道は存在しない。だが、ユルグラードとエール=シオンとの国境には、険しく冬季は閉ざされる山道であるものの、街道が存在するのだ。
加えて、セデスアルノ公国とエール=シオン王国間も、交易のための道が開かれている。
その二国間だけでなく、国境の関所たる砦に監視の強化の手配をかけるための命令は必要だろう。
「多少派手になっても構わぬと、陛下にはご了承をいただいておる。ここらで少し引き締めねばな」
国内外で、多少の小競り合いといえる戦いはあるにせよ、数十年の間エール=シオンが平穏といえる域におさまっているのは、大国としての国力ゆえである。本気の戦を売るべきでない国と、諸国が周知しているためだ。
それこそ、ユエやマルドナークに侮られるようなことがあってはならない。
ゆえに今回は、他国に対する威圧と取られようと構わず、むしろ、王国の本気を見せるくらいが望ましいと、軍務卿は外務卿とともに、秘密裏に王と六卿に進言し、了承を取り付けていた。
穏便に済ませるだけが、外交の選択ではないのだ。国土を侵される前に、竜の尾を踏めばどうなるか、思い出させなければならない。
涼しい顔で怖いことをいう軍務卿に、できれば食べ終わってから言って欲しかったと、フリート達は思う。
とりあえず、彼らの脳裏には残業の文字が浮かんでいたのだった。




