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金の魔術師のお気に入り

 金の魔術師、黄金の天秤操者と呼ばれる、この国きっての魔術師である彼女は、見た目だけなら二十代前半の美女だが、実年齢は百六十を越えるとも聞いている。国王でさえ疎かには出来ない実力者だが、彼女は繊細な美貌に優美な物腰の貴婦人でもある。

 この日、王都魔法ギルド本部を所用で訪れていたリュレに、魔法ギルド長カレル・グラン・トウールは、応接室で人払いをした上でお話があると切り出した。

 「白紙に戻して欲しい、と?」

 穏やかな声調に安堵して、魔法ギルド長カレル・グラン・トウールはトゥルダスの支局長に泣き付かれた話を進めた。最近めっきり頭頂に当たる風が気になる彼としては、話が拗れないのを願うばかりだ。

 「実家が難色を示しているということです。ロワンも親としての気持ちを考えると、ここは引かざるを得ないと言っております」

 「親の情を主張したいのであれば、それでも構わん。だが、こちらもいい加減戯言に付き合う暇もないからな。カレル殿が間に入ると言うのであれば丁度良いというものだ。早急に、金で話をつけたいとこちらの意向を伝えてもらいたい」

 もともと話が膠着するようであれば、カレルに圧力をかけさせる心算があったリュレとしては、ここで彼から話を振ってきたのはむしろ都合の良いタイミングだった。

 「リュレ殿、それは余りにも。このような事で、金で黙らせろとは貴女らしくもないことを仰る」

 普通なら諫言と言うべきそれを、リュレははなから相手にしなかった。

 「言い方を変えようか、カレル殿の手腕で、金で済むように話をまとめてもらいたい」

 カレルは急激に乾いた喉に息を飲んだ。何でもないことのように言われたリュレの真意に気づかないはずもない。穏やかに、だが事を荒立てるのは本意ではないから、強硬な手段を採らずに済むよう金のレベルで話をつけろと告げているのだ。

 「お聞きしてよろしいか?その子供に何があるのです」

 しばし悩んだ挙句、カレルは一歩踏み込んだ。縁があって気に入ったというが、これはそれでは済まないと、悟ったのだ。

 「カレル殿には言っても良いが、知る者がいなければ漏れることはない。おわかりだな?」

 ここしばらくなかった緊張感に縛られつつ、カレルは頷く。今の時点で知られたくないのだと言われれば、それ以上追及することは出来なかった。つまるところ、リュレが手段を選ばないだけの理由があるのだと納得し、身の安全を選択したのだ。

 綺麗な微笑みを浮かべるリュレの美しさは、巨大な力に裏打ちされた恐ろしさと相俟って、カレルをして言葉を失わせる。

 「わたしの評判など気にせずとも良い。いっそわたしが年甲斐もなく見た目に惑わされて、あの子に入れ込んでいるとの噂通りで構わん」

 むしろ、面白がっているのではないかというリュレに、意向に逆らう気など毛頭ないと、カレルは黙って頭を下げた。




 朝は食堂で、一年次生徒でも指折りの可愛い金髪の美少女と一緒に食事。教室に来れば、この頃はちょっと気の強い優等生の見場の良い少女が、何かと話しかけている。クラスメイトはアイツのバックグラウンドを気にして、自分と同じように腹を立てながらも、遠巻きに悪口をたたくくらいが関の山だった。どうせ半年目の定期試験で足切りにあって退学になると思っている連中もいるが、入学試験同様コネで成績を改ざんするくらいやりかねないという噂もある。彼の友人は、それで切れたクチだ。半年試験でもかなりヤバいラインにいるとの通告があった。それなのに、自分より低いと思い込んでいるルディが、コネで安泰など許せるものではなかった。

 「見てるだけよ。ホント、目の保養になるわ」

 彼女が何度そう言ったことか。食堂で幼馴染み達とサーニファを交えたいつものメンバーで昼食をとっているルディを見かけた時にも、あの一角は目立つわねと言われ、彼はいい加減腹に据えかねていた。

 その彼女には数日前に他に好きな人が出来たからと振られ、しかも新しい相手は、銀髪で一歳上の格好良いと評判の少年だった。タイプがまるで違うが、銀髪というだけで、行き場のない怒りはルディに向けられた。完全な八つ当たりだが、本人はまるでそのことを自覚していなかった。

 おとなしく独りで小さくなっていればまだしも、この頃は何かと目障りで仕方ない。それが積もり積もっていたところに、二人とも半年試験を控えたストレスが重なったのが引き金になった。




 魔窟からの帰り道、男子寮の近くでルディはクラスメイトの少年二人に待ち伏せされて、路地に連れ込まれた。

 「思い上がってんじゃねぇぞ、てめえ」

 腕を掴まれ、逃げる間もなく一本入った路地に連れてこられたルデイは、壁に押し付けられて胸倉をつかまれた。ほとんど話したこともないクラスメイトに、いきなりこんな事をされる心当たりはなかったから、むしろ当惑していたところに、相手は難癖をつけてきた。

 「金の魔術師様のご威光で魔法学校に入り込んで、今度は女の子漁りかよ。いい加減にしとけよな」

 幼馴染みの可愛い女の子だけじゃなく、今度はクラスメイトの優等生までが、ルディに構うのがどうにも目に余ったらしい。とはいえ、これは言い掛かり以外のなにものでもなかった。何しろ、当のルディにとってフローネもサーニファも本気で仲の良い友達でしかなかったからだ。

 「ちょい顔が良いからって、調子に乗りやがって」

 ルディを捕まえている少年の右側で、もう一人が壁に手をついて目をすがめて迫る。二人ともルディより背が高く、体つきもがっしりしているから、囲いこまれて動けない。

 「僕はそんな」

 「うるせえ!ケッ、金の魔術師様に泣きつくってか」

 頭に血が上り切っているクラスメイトには、何を言っても通じないとルディは悟らざるを得なかった。

 「その自慢の面、ちょっと変えてやるぜ」

 もう一人が、拳を握って口の端を釣り上げたのにつられ、ルディを捕まえている少年も腕を振り上げた。

 不味いと思った瞬間、体が反応する。ルディは胸元をつかむ左腕の手首外側をつかんで、自分の肘を相手の肘に合わせると、思いっきり体重をかけた。アンタが手加減なんて馬鹿言う余裕あるわけないでしょ、一撃で確実に仕留めなさいというのがデューレイアの教えだ。

 肘が折れる嫌な音がして、凄まじい悲鳴をあげた相手に、治癒魔法をかけると同時に、もう一人の方に突き飛ばしてルディはダッシュで逃げる。

 「おい、どうした」

 蹲り顔色を変えている仲間のただならない様子に、もう一人もルディを追うのを忘れて心配そうに声をかけた。

 「‥腕が‥‥‥」

 腕に走った激痛と骨の折れる嫌な音に、折られたのだと訴えようとしたが、背後から不意に声をかけられ、反射的に顔を上げた。

 「君たち」

 後ろから人が近づく気配に気づかなかった二人の心に過ったのは、マズイという思いだった。タイミングからルディに絡んでいるところを見られたと悟ったからだ。声をかけてきたのが自分達と同じ生徒であり、教師で無かったのにホッとしたのもつかの間で、直ぐに相手が同学年のカレーズ侯爵の子息であることに気づいた。背が高く鍛えられ引き締まった体躯のローレイ・キース・カレーズは出自と共に、一年次で魔法も武術も卓越した存在として知られている有名人だ。そのため、いくら追い詰められた精神状態にある彼らにしても、ローレイに突っかかる無謀な真似は出来なかった。

 言い訳に窮して声を飲み込んだ同学年生に構わず、ローレイは膝をついている少年の左腕に手を伸ばす。手首を取って腕を引き、袖を捲り上げたが見たところその腕に異常はなかった。腕を取られた少年も、あの激痛が嘘のように消えているのに、ほう然とした顔をしていた。

 「どうやら何ともなさそうだな」

 腕を放したローレイは冷静な判断を下す。

 「どちらにも怪我がなかったようで幸いだが、あまり褒められた行為で無いのは、君達もわかっているだろう」

 自分は通りすがりの部外者だから、あえて騒ぐつもりはないとローレイは二人に言った。たまたま通りかかったときに、不穏な声が聞こえて覗いただけだと、積極的に関わらない意思を示したローレイに、二人はあからさまに安堵の表情をして見せる。だが、ローレイは見過ごしはするが、再発防止のための警告をすることは怠らなかった。

 「複数で明らかに腕力で劣ると思われる相手に、一方的な暴力を振るうのは、随分恥ずかしいことだと、僕なら思うがどうかな?」

 落ち着いた言葉で坦々と諭すのは、やはり育った環境のせいか、かなり大人びている。貫禄のようなものに晒された二人は、同学年生でありながら完全にローレイに呑まれていた。

 「だってアイツが」

 「彼が君たちに何かしたのかい?」

 どう考えても、ルディが先に手を出すようなタイプでないことを、ローレイは知っている。

 「おい、もういいじゃないか」

 十分脅してやったしこれ以上はヤバイと匂わせる態度で、頭が冷えたらしいもう一人が、まだなんとなく腕を押さえている少年の肩に手を置いた。彼もルディのやけに落ち着いていた態度に、つい頭に血が上って手を出しかけたが、本当に怪我をさせていたら自分達の方が不味くなるとの分別が、つけられるくらいの判断が出来たのは幸いだろう。

 大人しく引き下がった二人が行った後に、鞄が落ちているのに気づいて、ローレイは拾い上げた。状況からみてルディのだろうと、部屋に持って帰って渡してやろうと思う。路地から出ると、角の先で魔法の気配がしたので、心当たりに声をかけてみる。

 「随分器用な術を使うようだね。ルディ君かい?」

 「あー、わかったんだ」

 声がして、ローレイの前にルディの姿が現れる。

 「風の隠行は僕も練習しているからね。それに、僕は魔力を視るのは得意な方だ」

 風魔法の一つで、姿を見えなくし気配を隠蔽する技だが、未熟だとなかなか気配まで隠しおおせず、魔力を読まれてしまう。それでも普通の人や、魔術師でも魔力を読むのが下手な者には十分通じるものだ。現に先程の二人はルディに気づかなかった。

 「僕は魔力の制御下手なんだよね。鞄ありがとう」

 ローレイから練習着などが入った鞄を受け取り、礼を言う。

 「ああいったことは良くあるのかい?」

 「ううん、直接絡まれることは滅多にないよ」

 噂が余りにも事実であるかのように定着したおかげか、金の魔術師の影を恐れ、ルディに直接危害を加えるような者は滅多にいない。せいぜいこれ見よがしに陰口を叩かれたりする程度だ。最初の頃は机に落書きされる、物を隠されるなどの定番のセコイ嫌がらせもあったが、そういうイジメを嫌った正義感の強いサーニファが真っ先に、見かけた犯人を糾弾した。またリュレが興にのって噂に真実味を出すためか、かなり頻繁にルディの様子を尋ねに学校を訪れたり、待遇などで口出しをしたため、学校側も神経質になり、生徒も空気を読んで手出しを控えるようになったのだ。

 だから今回のようなことがあるなど思ってもいなくて、ルディにも少し油断があったのかもしれない。

 「それなら良いが、君は意外に過激なんだね。驚いたよ」

 ローレイの言い方に、やったことに気づいたのだろうと思う。

 「やりすぎだと思う?」

 「いや、肘の骨も折れていなかったし、どちらかというと君がちゃんと身を守れるようで安心した」

 ああ、これはバレているとルディは悟った。肘の骨を折って、治癒魔法で治したことを、ローレイは知っているのだ。ただ、ローレイはそのことは問題にしていない。状況から立派な正当防衛だと認識していた。殴られてから抵抗しろなどという無茶は言うつもりはなかった。仮に折れたままでも、本人の自業自得だと思っただろう。

 どうやらローレイは、自分も守れない人間が他人を守れるかといった主旨のもとで教育を受けてきたようだ。そして、それはそのまま師匠達がルディに言っていることでもある。

 何かを守りたかったら、まず自分を守れるようになりなさいと、師匠達はルディに言う。自分を守れずに何が出来るというのだと。

 「身を護る術は教えてもらっているから」

 剣の授業の合間に、護身術も文字通り体に叩き込まれている。それは痛い思いをして覚えたのに、出し惜しみして殴られる趣味はルディにはない。ちなみに、今日やったことはこんな感じで教授された。

 「ほら、わたしの胸をつかんでみなさい」

 そう言われても、女性の胸に触れるのを躊躇するルディの手首を取って、デューレイアは強引に引き寄せる。

 「こういう場合はね、こうするのよ」

 豊満な胸に無理矢理当てられた手に慌てたルディの腕を、手本といってデューレイアはやり方を口で解説しつつ実践し容赦なく折った。

 「っ痛うう‥‥‥酷い、姉さん」

 肘の骨を折られたルディは、激痛に悲鳴を上げて気絶しそうになりながら、即行治癒魔法で治すが、痛いものは痛いのだ。治癒魔法で治せるからと、デューレイアの教え方はどんどん過激になっているが、さすがにこれは酷いと涙目で訴える。

 「役得させてあげたんだから、そのくらい我慢しなさい」

 違う。それ違うからと、ルディは言いたい。もちろん取り合ってはもらえないが。いや、傷の痛みの克服も課題の一つではあるが、ちょっとやりすぎたかなとはデューレイアも内心では思ってはいた。あくまでちょっぴりだが。

 それを見ていたブランは、翌日、デューレイアが来る前に、特別講義とルディに護身術の一つを仕込んだ。

 「いいか、押さえ込まれたときの対処法は、まず相手の隙を突く。隙がなければ作るんだ」

 ルディを床に転がし、その上に馬乗りになって押さえ込むスレイン、つまり無理矢理押し倒された状態の親指を握らせる。鍛えようのない人体の急所ってものをつくのは護身術の基本だ。一つには指の関節をせめれば、非力な人間でも逆転できる、こうやってと、ぐるりと体勢を入れ替える一連の動作を教え込んだ。

 「申し訳ありませんが、ひょっとしてわたしを呼んだのはこのためだけですか?」

 護身術の実技の相手役をやらされたスレインが、親指をさすりながらブランに据わった目で確認を取る。

 「そうだが」

 あっさりと返ってきた返答に、予想は出来たものの授業の一つを自習にしてきた身としては、納得しきれないものがある。

 もっとも、どこぞの妙齢の美女に押し倒された場合の対処法とは言わなかったものの、こいつには必要だろうとブランが言うのに、首を傾げている銀髪の少年を見て、スレインもそれについては異存がなかった。

 「何もわたしを呼ばなくても、自分でやってみせれば」

 「馬鹿言うな。オレが押し倒される側なんぞ、死んでもごめんだ」

 実技演習でもだ、ましてこいつにと言ってのけたブランに何を言えるだろう。

 「それを言われるなら、わたしも男ですから、その辺は考慮していただきたかったですね」

 「相手、デューアにした方が良かったか?」

 もちろん冗談とは思ったが、デューレイアと既知でもあるスレインは渋い顔を隠そうともしなかった。

 「‥‥‥やめてください。殺されます」

 運が良くてもヤリ殺される。大人の会話の真意をわからない少年の前で、教師側は微妙な会話を繰り広げた。

 「つまりそういうことだ。コイツにトラウマ残しかねないもんでな」

 デューレイア相手にこれをやらせるのは、ルディが可哀想だったというブランの真意をスレインは至極理解し納得した。余談だがその後、特別講義をやっておいたと知らされたデューレイアは、物凄く恨めしそうな顔でブランを睨んだという。

 その日、過去の授業内容は幸い話題には上らなかったが、珍しくローレイとルディは、そのまま話しながら寮の部屋へ一緒に帰って行った。




 容赦ないデューレイアの突きを躱した直後、鋭い斬撃が迫る。とっさに、スモールソードで止めると同時に、足を払われ、転倒したところにロングソードが突きつけられた。

 「足を止めるなって言ったでしょうが」

 はい立って、もう一度と、構えを取らせた直後に、打ち掛かる。今度はまともに受けて、そのまま吹っ飛ばされた。

 「ダメねぇ。何度同じこと言わせんの。アンタみたいな力のないのが、ましてスモールソードで正面から受けてどうすんのよ」

 分かっていても、実践出来るかは話が別だとルディは言いたい。

 脇腹にモロに入った一撃に、意識を飛ばしかけるのを必死に堪えて、回復魔法を自身にかける。

 「遅いっ」

 その隙に右手首を切られ、剣を取り落とした。

 「さっさと治しなさい」

 治癒魔法で傷を塞いで、剣を拾う。

 もう一度、何とか初撃を受け流し、間合いを取ったものの、次の一歩で懐に入り込まれ、肘で鳩尾に綺麗に入れられ、意識が途切れた。

 「あーあ、意識落としやがって」

 しょうがねーなぁと、ブランは世話の焼ける生徒に回復魔法をかけに歩み寄った。

 「良い具合にはいったものね。魔法抜きじゃこんなもんでしょ」

 言いながら、前動作なしでロングソードを横凪に振り抜く。それをゆらりとギリギリの間合いで躱し、ブランはいつの間に抜いたのか至近距離でスモールソードをデューレイアに突きつけていた。神業の踏み込み、絶妙の位置取りと隙のない構えに、本気でなかったデューレイアは大人しく剣を鞘に収めた。

 「まったく、相変わらずね」

 「魔術師を相手に不意打ちする魔導騎士もどうだと思うがね」

 「このわたしが剣で負け越してる貴方が、魔術師っていうのが間違いだと思うわ」

 何故かブランは魔法剣士を名乗らない。魔力の境界を超えた異名持ちの魔術師には不要な称号だからかもしれないが、彼はそこらの剣士や騎士顔負けの腕を持っているのだ。

 けど、この子の剣の指導を貴方に任せなかったリュレ様は正解ねと、デューレイアはしみじみと納得する。この男の剣は、魔法に増して黒すぎるというのが、彼女の評価だ。スピードと人の裏をかく超絶的な技巧が、ブランの剣技の持ち味だ。

 「オレが剣を教えたんじゃ、壊しちまうからなぁ」

 「あー、それは否定しないわ。とにかく、初撃をなんとかできるようにするのが目標ね」

 こう簡単に沈んでちゃ話にならないわと、剣に関しては劣等生な教え子に、指導者二人は今後の厳しい指導を話し合う。

 「この馬鹿。最低意識は落とすなと何度言えばわかる」

 回復魔法をかけ、気がついたルディに教師二人から雷が落ちる。

 戦闘の最中にチンタラ呪文を唱えている暇はないから、魔法はすべて無詠唱。特に治癒魔法は、咄嗟にでも発動出来るように条件反射で使えるくらいにしておけ。それから絶対意識を無くすなというのが、ルディに与えられた命題だ。

 はっきり言って相当無茶を言っているのだが、言われているルディにはそれがどの程度のレベルなのか分かっていないから、素直に聞いている。特に魔法の無詠唱は、普通に学校の授業を受けていれば、あり得ないレベルの無茶振りだというのが分かるのだろうが、生憎ルディは始めからこの無茶な教師に教えられて、何しろ教えている本人が無詠唱を実践しているので、これが当然と思い込んでしまった。

 マスターしてしまえば無茶振りも無茶ではなくなるという結果に、デューレイアなどは呆れてしまったものだ。もっとも、彼女にしても剣を教えるのに、王国騎士レベルを前提に考えているあたり、自覚の程度はブランとどっこいである。

 「そういえば、ルディにあげるから、これからはこの剣使いなさい」

 そう言って渡されたのはミスリル製のスモールソードである。

 「デューア姉さん、これって」

 シンプルだが一目で高級品と分かる業物に、目を丸くする。

 「選んだのは私だけど、贈り主はリュレ様よ」

 「悪くねぇな」

 スモールソードを検分したブランが、なかなかの一品だと評価する。

 「でしょ、特注品よ。柄に魔石も埋め込んで杖としても使えるようにしてあるわ」

 杖は使わないからと、リュレに贈られた逸品の杖はこの研究室の隅で埃を被っているが、本来魔術師として杖を持ち歩かないのは不自然である。面倒でもやはり表向きの杖はあった方がいいと、デューレイアは普段持ち歩くのに護身と兼用できる剣を用意したのだ。もっとも杖なし無詠唱に慣れた教え子は、わざわざ杖を使ってみせる面倒を頭から飛ばして、普段からそのスタイルでやらかしてしまうことになる。

 「護身用に持ち歩くからには、普段から慣れておかないとね。明日から、剣に魔力を通すことも覚えて貰うわよ」

 一段階レベルアップを告げるデューレイアに、更に厳しくなる修行を予感し、冷や汗と震えが走るルディだった。




 一年次の治癒科を中心に、歓迎出来ない噂があるのを、気にする教師は多かった。原因はとある生徒の特別扱いにあるとも、その生徒が本来魔法学校に入れる実力がないのだと、囁く者が後を絶たなかった。もちろん、馬鹿馬鹿しいと、一言の下に切り捨てる教師もいた。

 「入学試験で回復魔法を使ってみせたのですから、特待生の条件には十分でしょう」

 現場に立ち会ったクリスエルザである。

 「しかし、個人教授という特別扱いには問題があるでしょう。実技の授業に一度も参加していないから、妙な噂が立つのではありませんか」

 「特例というのは何時でもあるものです。魔術師の世界での特別扱いなど、珍しくありませんわ」

 職員会議では、ルディシアールの扱いが問題となっていた。普通なら実技のみとはいえ、これほど長期にわたる個人指導、それも指導者は講師待遇とはいえ厳密には研究者として学校に在籍している者であるのは考えられない。しかし、ルディシアールには金の魔術師という魔法界の重鎮が後見に付いており、これらの待遇は彼女の意向によるものとあって、下手な対応は許されないのだ。

 事実、リュレの名を出されると、大半の職員が黙ってしまう。噂を肯定するかのように、彼女には珍しく直接口を出してくるものだから、学校としても慎重にならざるを得ない。あり得ないとは思うものの、ルディシアールの件で対応を誤れば、教師の首が飛びかねない位の雰囲気があった。

 「今度の半年時定期試験で、その子の実力もはっきりするでしょう。結果次第でクラスの授業に戻すなり、指導方法を考えればよろしいのでは?」

 結局、その言葉でルディシアールの扱いは保留になったのだが、それから一週間後に行われた試験結果は、教師たちが頭を抱えるものだった。


デューレイア姉さんの性格が、予想外にどんどん凄くなってきています・・・

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