予選
放たれた大きな火球に向かい、エルは火楯を真正面からぶつけることで相殺する。
公開練習試合の予選、火魔法模擬戦の部最終選考試合だ。
下馬評通り、二年次はナイルカリアスとエルトリードの対戦となった。
多彩な方向から細かく攻め続けつつも堅実に守るエルと、一撃に魔力をつぎ込んでぶつかってくるナイルカリアス。
威力にものをいわせ、防御と攻撃を兼ねたナイルカリアスの、ある意味力任せといった戦い方に、続けざまに自らの攻撃を止められ、エルは守勢に回って攻めあぐねていた。
同時にナイルカリアスの方も、決め手がなくじりじりと消耗戦となっていることに、少なからぬ焦りを感じているのだが、持ち前の気質から積極的に前に出る態勢を崩さない。
「このくそっ」
心中で毒付き、魔法の連発に肩で息をしつつ、エルは火矢を放ちつつ攻勢にでた。先制で一発、その後のもう一発で、時間差の攻撃を目論む。
火魔法による対人戦は危険度の問題から、使用できる魔法は火球、火楯、火矢に限定されており、しかも直接相手の頭と身体を狙う攻撃は禁止されていた。
それでも掠っただけで火傷を負いかねないため、必ず監視兼防御担当と治癒士が立ち会っている。
今回は防御はスレインと治癒はカルトゥルが立ち会っており、更に見物に来ていたルディも引っ張り出されていた。
予選は勉強のために希望者は見学できるようになっているのだ。
エルの火矢は、距離を詰めるために離れた位置から、牽制と足止めを狙ったものだ。
「エルっ!」
観客席でフローネが思わず声を上げた。
最初の火矢はおとりだと、ナイルカリアスは直感し、反射的に用意していた火矢を二発目の迎撃に切り替える。
自らの火矢で、足元を狙ってきたエルの火矢を迎え撃ったナイルカリアスもまた前へ出た。だがそこで、威力に勝ったナイルカリアスの火矢の残滓が、偶然接近してきたエルの足元に向かいはじけ飛んだ。
「うわっ」
足首に感じた熱さに、踏み込んだ左足が踏ん張れず、エルの体勢が崩れる。そこに、たまたま突進してきたナイルカリアスの剣が、カウンターの形でエルの胸に入った。
「そこまで!」
審判であるギュレイノスの制止がかかる。
あのまま入れば、刃引きされた模擬戦用の剣であり、防護の装備があるにせよ、エルは無傷では済まなかっただろう。
ルディが魔力楯で剣を止めたため、エルは軽い衝撃を受けただけで済んだ。
しかし、勝負の結果は明白である。
ナイルカリアスの勝利を宣言するギュレイノスに、エルは拳を地に叩き付けた。
「くそうっ!」
運が悪かったと取れるような決着の付き方であったが、勝敗に文句はない。
人によっては、異議を申し立てる者もいただろうが、こんなところで文句をつける愚かさは、エルにはなかった。
とっさに対処し損ねた自身に敗因があると、己の未熟さに腹を立てる。
しかし、勝ったナイルカリアスが単純に喜んでいるのに、当たり前だが、悔しいと思う。
「エル、残念だったね」
「ありがとな」
気を遣いながら、火傷したエルの足に治癒魔法をかけるルディに、彼にしてはぶっきらぼうに一言だけ礼を口にする。
立ち上がって、試合後の礼をしてから、エルは案じるような目で自分を見るルディの頭を、軽く拳で触れるように叩く。
「同情はいらねぇ。負けたのは俺が弱かったせいだ」
実戦なら致命傷だと、まともに食らった剣の一撃に歯を噛みしめた。
「くそっデューレイアさんに良いとこ見せたかったぜ」
自分でも思っていなかったほど物凄く悔しいが、エルは心配そうに自分を見る幼馴染みに強がってみせる。
魔窟の通りは人の姿が滅多に見られない。
最近では、騎士や兵士の姿があるものの、教師や生徒はほとんど足を踏み入れないからだ。
閑散とした通りを歩いているのはルディ、エル、フローネの幼馴染み三人組とデューレイア、リステイルである。
エルとフローネは特に希望して、引き続き騎士の指導を受ける許可を貰った。
しばらく午後の実技は、ルディと受けることになり、午前中の授業が終わったところで、ブランの研究室へ向かっているのだ。
「相変わらず人がいねぇよな」
そろそろ魔窟を歩くのにも馴れてきたエルが、最初の頃の怯えが嘘のようにキョロキョロと辺りを見回しながら一行の先頭を大胆に歩いている。
「ふふ、皆基本的に引きこもってるからね。用事がなければ外に出ないわよ」
魔窟の住人というのは、狂的な研究者がほとんどだ。自分の研究室に籠もって、ひたすら興味のおもむくままに、研究に没頭している。
「扉に近づかなければ、よっぽど大丈夫だって話だけど」
リステイルが直ぐ近くの研究棟の扉を伺うように近づきかけたエルの首根っこを引っ掴むように、後ろから襟元を掴んで止めた。
「馬鹿、魔窟はな、道の真ん中を通れって言われただろう」
「ぐえっ‥‥‥済みません。あんまり静かだから、人がいるのかなって」
「引っ張り込まれても知らないわよ」
そしたら見捨てると、デューレイアは脅かすように、軽はずみな行為をしたエルに忠告する。
「中には人体実験の獲物を欲しがってる人もいるんだから」
「ま‥‥マジですか?」
「当たり前よ。アンタ今度お隣に行ってきなさい。歓迎してくれるわよ」
そういえばと、エルはお隣の研究室の、危なげな薬草から薬の並んだ研究室を思い出す。最初に会ったときに、妙に嬉しそうな顔をして実験台かと聞かれた記憶が甦った。
「お隣さんは、命に別状がないだけまだマシよ」
「それって、いざという時には黒の魔術師殿の治癒魔法があるからだって、聞きましたけど」
自らも実験台になった過去を思いだし、リステイルは身震いした。
絶対に「お姉様」の怒りは買うまいと、あれ以来心に決めたくらいには、悲惨な記憶であるのだ。
「まあね。最近じゃルディの練習台になるから丁度良いんじゃないかって、言っていたわ」
デューレイアも否定しないどころか、更に恐いことを言う。
泡を食って道の中央に跳んで戻ったエルが、チラリとルディを見た。
視線で真偽を問われ、ルディはつい目を反らしてしまう。
「マジか」
またしても、今度は小声でエルは呟いた。
「ルディも笑ってるんじゃないわよ。異名持ちの卵なんて、最高の研究材料だって言う奴もいるんだから。捕まったら、解剖されかねないわよ」
これはさすがにデューレイアの冗談だと思いたかった。
もう少しでブランの研究室に着くという辺りで、横の通りからおかしな足音が聞こえてきた。
普通に人が歩く音ではなく、もっと大きなものが移動するときにたてる音だ。
視線を向けた一同は、思わず目を瞠った。
馬の胴体に首から上が人の上半身に似た身体となっているゴーレムである。人の身体の部分だけでも、人間でいえば大男並みだ。ずんぐりとした馬の足は、大きな蹄の跡を道に記していることから、大きいだけあってかなりの重量があるらしい。
残念ながら本物の馬のように軽快とはいえない足運びだが、それが土を踏みしめながら、疾走してくる。速度は馬車を飛ばすよりも、少し速いくらいだ。
「うわっ」
エルが思わず声を上げる。ルディもポカンと、ゴーレムが角から出てきて、目の前を走り去っていくのを見ていた。
いや、そのゴーレムはルディ達の目的地の前で止まった。つまり、ブランの研究室の前でだ。
「おい、アルダシール講師!出てこんかっ」
ゴーレムに乗っていた男が、研究室の前で怒鳴り声を上げた。
ゴーレムの馬の背には、鞍ではなく、屋根付きの輿のようなものがついている。一見したところ頑丈な代物で、生身の馬と違った巨大な胴体に固定されていて揺るぎがない。
そして、怒声をあげているのは白髪が交じったボサボサの灰茶の髪に、無精髭をもっさりと生やした老年に差し掛かったくらいの男性である。
着古した薄茶色のローブを着た身体は、かなりふくよかに見えた。
その男が、繰り返し研究室の前でブランの名を叫ぶ。
「うるさいっ」
ドアを開け出てきたブランが、面倒そうにゴーレムに乗った男を見る。
「いるならさっさと出てこんか」
「ヨルゲン講師、いきなりなんだ?」
喧嘩を売っているのかと、ブランとしては言いたい気分だ。
「いきなりだと。ワシをいきなり呼び戻したのはそっちだろうが!我が宿業のライバル、ナーハンドラにワシの最高傑作を突きつけてやるところだったのだぞ」
知るかと、ブランは喉の奥で吐き捨てた。
大体こいつは人に仕事を押し付けて、趣味の世界を突っ走っていたのだ。
もとより魔窟に居を置く研究者は、ことごとく自分の望む研究しかしない輩だ。
しかし、王都魔法学校に籍を置く以上、国と学校に貢献する義務がある。
好きな事をすればいい。ただし、成果を王国か魔法学校に還元するか、技術を労働として提供すべしというのが、基本の契約である。
それをすっぽかし、三年以上もライバルとの張り合いに興じていたのだ。いい加減、魔法学校も放置の限界だったのだろう。
しかも、その間、ヨルゲンのやるべき仕事、高性能ゴーレムの作製と整備をブランが代行していたのだ。
「それをだな。直ぐに戻ってゴーレムの世話をしろ。さもなければクビだと抜かしおるから」
「後任の人事が動いているとでも言われたか」
「そうだ。貴様がサボっていたんだろう」
それはお前のことだ。
「貴様が言うな」
さすがにブランも本音が出た。
首になれば、研究室も収入もなくなる。これでもゴーレム研究者としては一流だから、すぐさま路頭に迷うことはないだろうが、少なくとも、今のように好きなゴーレムを作って、ライバルと対決などということは、そうそうできなくなるだろう。
魔法学校講師の給料と研究費は馬鹿にならないから、慌てて帰ってくるのも無理はなかった。
「帰ってきたなら仕事をしろ。俺はもう貴様の尻ぬぐいなどやってられん」
ブランにはルディの指導と守護が第一優先であり、更に今のところ名目とはいえ軍務に復帰した以上、これまでのように人の仕事の面倒まで見る余裕などない。
学校側も、それがわかっているからヨルゲンに最後通牒を突きつけたのだ。
「けち臭いことこと言うな。貴様がやっておけばかまわんことだ」
「知らん。追い出される前に働け」
今度こそブランは冷たく切って捨てた。こういう輩は同情するだけ馬鹿を見る。
何も難しいことを言っているわけではない。ライバルとの対決とやらを、少しばかり控えて、本来の仕事をすれば済む話だ。
「いい加減にして欲しいわね」
隣の扉が開き、目の据わったリリータイアが出てきた。
「うるさくしないでって、前に言った気がするんだけど、覚えているかしら?」
「‥‥‥あ‥‥いや‥‥‥‥」
ゴーレムの輿に乗ったまま、ヨルゲンが思わず身体を引く。
「その無駄に大きなゴーレム、もっと静かに動かせないの?振動で横に置いた薬が、もう少しで零れるところだったわ」
「‥‥‥す‥‥済まん‥気を付ける」
ちょっと不安定なところに置いたリリータイアにも非があるのだが、そんなことは無視して構わないことだ。問題は、ヨルゲンの言動だからである。
「貴方は唯でさえ声が大きいんだから、もう少し周囲に気を遣って話すべきね。それとも、声を小さくする薬を作ってあげましょうか」
「い‥いや‥‥大丈夫だ。済まん、これから気を付ける」
哀れなほどか細い声で、ヨルゲンは一方的に謝り倒す。
「アルダシール講師、邪魔したな」
先程まで文句をタラタラ喚いていたヨルゲンは、態度を一変させてゴーレムを回れ右させた。
それはもう細心の注意を払って、静かに、できる限り素早く。
ここでしくじったら、目も当てられないことになると、ヨルゲンは理解していたからだ。
だが、ヨルダンはこの時点で、まだブランに仕事の大半を肩代わりさせることは諦めていなかった。
交渉先を学校に変更することにしただけだ。
慎重に足音を最大限に抑えて去って行くヨルゲン講師の後ろ姿を見送る形になってから、デューレイア達は研究室に入りながら、その主に挨拶をした。もちろん、お隣さんへの挨拶も忘れなかった。
「久しぶりに見たけど、相変わらず筋肉盛りまくったゴーレムよねぇ」
ゴツイし、筋肉ムキムキで好みではないと、デューレイアが呟く。
「あれ、ほんと趣味モロだしですよね」
デューレイアもリステイルも王都魔法学校の出身である。彼等が在学中からいたヨルゲン講師の特徴的なゴーレムは、記憶に残っていた。
「僕、初めて見ました」
「俺も」
ルディもエルも、あれほど特徴的なゴーレムであれば、一度見れば忘れないと思う。
「アンタ達が入学する前から、どっかに飛び出て行って、なかなか帰ってこなかったからね」
そういえば、宿業のライバルがどうとか言っていた。
「おかげで、俺に奴の分まで仕事が回ってきやがってな」
普通のゴーレムは技術科の教師や生徒でも見れるが、高性能で手に余るものの開発と手入れが、ごっそりとブランにお鉢が回ってきたのだという。
「ひょっとして、これからああいうゴーレムが、学校で使われるってことかな」
「げっマジか」
「そうなるでしょうね」
あれが校内を闊歩するというのだろうかと、フローネが嫌な未来を予想したのに、デューレイアが無情にも肯定した。
「性能は悪くないんだがな。人体と獣の肉体の融合が、奴の創作テーマだそうだ」
「僕は、先生のゴーレムが好きです」
「アンタはね」
コイツは無条件に自身の師を支持するだろうと、デューレイアが茶々を入れる。
「まあ、わたしも、ブランのゴーレムの方が洗練されてるとは思うけど。このウサギとか、中身はともかく可愛いしね」
足元で跳ねるウサギ型ゴーレムを見て、デューレイアは正直な感想を述べた。
いろいろ問題はあるが、特にデザイン的にデューレイアもブランに軍配をあげる。
「あれは見た目のように、馬力と耐久性はそこそこあるぞ。魔石を馬鹿食いするようだがな」
あの図体を動かすのだ。魔石の量は推して知るべしである。
ただし、魔石さえあれば休息無しで動くし、人の上半身は楯や剣、槍を使って戦闘も可能だ。
面白い作品であることは確かだった。
「ヨルゲン講師も、技術が一流だっていうのは知っているわ。物凄く癖がある人だっていうのもね」
魔窟の住人で癖のない奴など居ないと、とりあえずここで突っ込む者は居なかった。
「ゴーレム研究の第一人者だったフレスト師の弟子だったと聞いています」
十年程前に亡くなった魔法学校のゴーレム専門の教授と、リステイルは面識を持っていないが、その高名は知るところだった。
「俺もフレスト教授に師事した。こいつらの基礎はフレスト教授と作ったようなものだ」
ブランがゴーレム作りに手を染めたのは、フレスト師と会ったからだといって良い。彼は最晩年、後進の育成にも力を注いだ。気難しいところもあったが、ゴーレムの製作に対する知識の深さと情熱は、最後まで衰えることはなかった。
「それにしても、さっきのあれはおかしかったわ。わたし、笑い声抑えるの苦労したわよ」
リリータイアが出た途端、あれほど強気だったヨルゲンがコロリと態度を変えた。
飼い主に叱られた犬のように、尻尾を丸めて頭を下げていたという状態だ。いや、あるいは強者に全面降伏して、腹を上に寝そべった状態というか。
「あの二人はここの同期生だそうだ。フレスト教授に師事したのは、俺の方が半年ほど先だったが、ヨルゲン講師がここに研究室を持った直後に、いろいろやらかして、隣の怒りを買ったことがあってな」
後のくだりは聞くまでもない。リリータイアの制裁という実験台にされたのだろう。
「それじゃ、帰ってきても煩くされずに済みそうね」
お隣があれほど恐いと怯えているなら、この研究室も脅かされることはないだろうと、デューレイアはほっとした。
別に、ヨルゲンが怒鳴り込んでこようと、ゴーレムが暴れようと、どうということはないのだが、鬱陶しいのはごめんだった。
「ルディが卒業する時には、ここも引き払うし、ヨルゲン講師にはまともに働いて貰いたいところだな」
「‥‥‥あの、ここがなくなるってことですか?」
今になって、ルディはその事実に気づかされた。
「お前が卒業すれば、俺がここにいる理由はない」
ブランが引きこもりをやめ、軍務に復帰した以上、ルディの指導が終われば、魔法学校にいる理由はなくなる。
「そうね。貴方も真面目に働かないと駄目よね」
まだ三年後のことだと、デューレイアはいきなり暗くなった空気を散らすように茶化してみせた。
「ねえ、ルディ。お昼作らないの?」
皆、昼食は食べていない。フローネが、ルディの顔を覗き込むように聞いた。
「あ‥ごめん。直ぐ作るよ。岩猪の肉だよね」
「うん。ね、ルディ。わたしも手伝う。ううん、お料理教えて」
にこっと、可愛く頼むフローネに、横からエルが無謀にも突っ込んだ。
「ルディの邪魔になるだけだろ」
「エル!」
一転して向けられた物凄く冷たい、突き刺すような視線にエルは固まった。
「そんなことないよ。手伝って貰っていいかな」
自分に向けられていない殺気は、綺麗に流してルディは自然にフローネに手伝いを頼む。
通りすがりに、エルを軽く蹴飛ばして、ルディについていくフローネを、男性の年長者は微笑ましく見ていた。




