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賞賛と反省

 いろいろ片付けていたら、結構遅い時間になってしまったため、ルディは少し離れた位置にいる警護の兵士に断って、研究室の前に転移した。

 「おかえり」

 ノックして入ってきたルディに、ブランはゴーレム作りの手を止めて迎えた。

 「ただいま戻りました。あの、食事は?」

 すでに夕食にはいつもより少し遅い時間である。

 「これからだが、お前は食ったのか?」

 「いえ、ここで食べようかと」

 「それなら今から食うか?お前の作り置きだが」

 もともとそのつもりだったブランは、作業を中断したついでに食事にすることにした。

 ルディもさすがに疲れているだろうから、食べながら野外訓練の報告を受けることにする。

 作業台はそのままにして、ルディは横の小さい机に収納庫から出した料理を並べ、ブランはお茶を淹れる。

 角兎のソテーと温野菜サラダ、キノコのスープに林檎のパイだ。作り置きとはいえ、ここの場合出来立てと変わりはない。パンも焼き立てホカホカ状態である。

 デューレイア達が後始末で、まだ帰ってきていないから、今日は珍しく二人だけだ。

 「カウルスから報告は受けているが、お前は何か言いたいことがあるか?」

 今までもカウルス達は、ルディの師であるブランに警護の話をしたり、指示を仰いだりしていた。

 しかし、ブランは正式に軍に復帰した。つまり、軍務卿の承認を受け、これまでのように非公式にではなく、現場での直接采配を振るうことができるようになったのだ。具体的には、カウルスやデューレイアに上位者として命令し、真っ先に報告を受けることができる。

 「僕はもう少しでフローネを死なせてしまうところでした。皆を護るつもりで‥‥‥自惚れていました」

 襲われても返り討ちにできると思っていた。自分が前に立つことで、皆の楯になるつもりだった。

 「ローレイ君の指揮がなければ、危なかったし‥‥‥ローレイ君もフローネがいなかったらやられていたかも」

 フローネが不意うちからローレイを救い、ローレイはルディを戦いに専念させるための指揮を執った。

 刺客を殲滅したのはルディであったが、彼等に護られたと、本心から思っていた。

 「それがわかっているなら良い。お前が無事で、皆揃って帰還したんだ。上出来だ」

 「はい。デューア姉さんにも言われました」

 良くやったと。

 別にデューレイアは刺客を殲滅したことを褒めたのではない。無事であったことを、身を守れたことを、良くやったと言ったのだ。

 「不服そうだな」

 この結果に満足していないと、ブランはルディの様子から見て取った。

 もっと何かできたのではないか。皆を危険に晒すことなく、守れなかったのかと、ルディは心のどこかで思っていたのだろう。

 「自分の力不足を思い知りました。先生、どうしたら皆を守れますか?僕はもっと強くなりたい」

 強くならなければいけないと、張り詰めた瞳を向ける教え子に、ブランはカップを取り、一口茶を飲んでから口を開いた。

 「なっているだろう。半年前、一年前のお前を思い出してみろ。今の自分に何ができるのか、何ができないのかを考えろ。自分の力を正確に把握したうえで動け。最良と思われることをするんだ」

 焦るなと、ブランは諭す。

 「どうしたって後悔なんてものはついてまわる。俺だって未だに悔いが残ることはあるし、失敗もする。‥‥‥ルディ、俺はかつて親友(とも)と呼んだ男を喪った」

 ブランの告白にルディは全身を硬くした。

 師の過去を、ルディは自ら聞くことをしなかったからだ。

 「だから二度と同じ想いをする気はない。選べるのが一つなら、最終的にその一つが残れば、俺は構わないと思っている」

 「‥‥‥先生‥‥」

 自嘲的な笑みを浮かべて自分を見る師に、ルディは何故か胸が痛く感じた。

 独善的な考え方だ。しかしブランは別にルディにそうしろと言っているわけではない。ルディは自分とは違う。まして同じ想いをさせる気は、ブランにはなかった。

 「お前に倣えといっているわけじゃない。けどな、ルディ、結局のところ後悔だろうとなんだろうと、生きていればこそだ。俺はお前が無事なら良いと言っただろう」

 何度でも、繰り返しブランは言う。言葉を惜しむ過ちは犯したくなかった。少なくとも、この少年にだけは。

 「それに、護ったことも護られたことも、お前の持つ力だ。お前の友は、護られるだけの弱い存在じゃないだろう」

 はっと、ルディは胸をつかれた。

 「はい」

 そのとおりだ。ルディを護る騎士になるとフローネは言った。彼等はルディの力だ。

 本当に、フローネの言うとおり、一方的に護ろうと思うなど侮辱でしかない。

 未熟であることは否定しない。けれど、今度のことも皆の糧となるだろう。

 自分も、皆も、昨日よりもきっと強くなっている。

 「ルディ‥‥‥良くやったな」

 精一杯足掻いて、ルディは皆と結果を出し、ここに帰ってきた。だから、良くやったとブランは言うのだ。

 「‥‥‥はい。‥‥‥僕、頑張ります」

 考えようと思う。一つでも多くこの手で護れるものを増やしていくために、一生懸命考えていこう。

 自分の身を護ることが精一杯なら、他に力を割くことなどできない。でも、自分一人で全部抱え込めると思うことこそが傲慢で、自惚れである。

 一度はフローネ達と離れることを選んだ。

 離れれば護れると思ったけれど、それは、間違いではなかったにせよ、自分の都合による勝手な選択で、彼女達の想いを無視したものだった。

 結局自分一人で生きていく道は選べなかった。ならば、皆で強くなっていけばいいのだ。

 何度でも思い返し、その度に決意する。

 忘れないために。そして、諦めないために。




 寮の部屋で、ローレイが校外学習の反省文を書いていた。

 「ねぇローレイ君‥‥‥‥」

 同様に反省文を書いているルディが声をかけてきたのに、ペンを止めることなく返事を返す。

 「襲撃の件って」

 「狩りと野営についての自己反省文に、それは必要ないだろう」

 「だよね。じゃ省略。‥‥‥僕の場合、一番の課題はやっぱり馬の扱いだよなぁ」

 冷静にペンを進めるローレイは、これで結構脳内自己反省大会の真っ最中だったりする。

 喧嘩を売ってきたエルの先手を取って手を出したが、普段のローレイならばもう少し冷静な対応をしていただろう。

 要は、自分でも思った以上に苛つきが溜まっていたのだ。

 最小の損害で目的を達すること。それが指揮官の腕である。

 あの場合、フロアリュネを助けに動けば、ルディの危険が増すことになった。護るべきはルディシアールの命である。その上で、自分を含めた班員の身を護ること。

 敵の完全排除が、最大の安全確保になる。だから、逃亡を許さず、将来の危険を排除することを優先した。

 自分の判断が間違っていたとは思わない。

 けれど、エルトリードは理解したうえで、それが許せないと言うのだ。

 感情論でしかない。

 だが、ローレイには「お前なら、もっとなんとかできたんじゃないか」と、エルトリードに突きつけられた気がするのだ。

 無理だと、分析する一方で、即座にフロアリュネを切り捨てる判断を下した自身のありようを糾弾するエルトリードが、思った以上に腹立たしかった。

 それが正当な感情であるからだ。

 人としてはおそらくエルトリードは間違っていない。彼は、隠すことなく己の真情を吐露し、そのうえでローレイを認めるだけの度量をみせる。

 未熟である自己を真っ向から見詰めて、それに立ち向かうことができる人間だ。

 そんな人間が、自身の至らなさを責めるが故にあげた声である。自らの力不足を嘆く声だ。ローレイを責めると同時に、自分自身に向けられた怒りの声。

 それが切り捨てることを安易に覚えるんじゃないという警告のように思う。けれど、一方で「ならばどうしろと」いう腹立たしさが声を上げる。

 その感情と相反するようにローレイの裡で沸き上がった、フロアリュネを喪わずに済んだ安堵感の大きさ。喪う恐怖の裏返しのそれが、ローレイの予想外に大きかった。

 切り捨てようとした罪悪感ではない。そんなものを感じる資格は、自分にはないとローレイは考えていた。

 そこに、エルトリードの想いが真っ向からぶつかって、治らない感情のうねりが、熱を帯びて心の奥底から鎌首を持ち上げ、理性の壁を突き崩す前に、出口を見つけたようなものだった。

 自分だって、フロアリュネを犠牲にしたくはなかったと、言えない叫びの代弁だったのかもしれない。

 互いの理性が決壊せず、歯止めをかけたから、健全な殴り合いとでもいう発露を選択したといえる。

 それでも、青春だの、馬鹿だのの評価は、甘んじて受けるしかないだろう。

 感情と理性のせめぎ合いに、結果という結論を妥協とできないのだから、やっかいな話であるとローレイは思った。

 それを仕方ないと流せず、赤裸々に叫んでしまうのが、若いということかもしれない。

 書き終わった反省文とは裏腹に、そこに書かれなかった反省大会をローレイはいつの間にか脳内で繰り広げていた。

 「ローレイ君?」

 ペンが止まったままの姿勢で意識を飛ばしていたローレイは、反省文を書き上げたルディに声をかけられて我に返った。

 「‥‥‥ああ‥書き終わったのかい?」

 「うん。‥‥‥ねえローレイ君。フローネ、解毒の魔石使ったんだよね」

 「即効性の毒で、あまり効かなかったようだけどね」

 毒を受けて直ぐにフローネが自身の状態を悟った時には、すでに自分では魔石を使える状態ではなかった。しかし、かろうじて毒だと訴えた声に、ネルフィルが反応して、気づいたエルが自身の解毒石をフローネに使った。もう一つネルフィルの分も。

 「ううん。それがなかったら多分間に合わなかった。うん、ローレイ君が言った通り、備えって大事だよね」

 解毒の魔石のおかげで、わずかでも毒を薄め、時間稼ぎにはなったのだ。

 そもそもローレイが、費用的に多少無理をしても治癒と解毒の魔石を持って行くように、強く主張したのだった。

 魔法学校の生徒価格でも、治癒の魔石は決して安くはない。

 ルディがタダで提供すると言ったのを、皆がそれはダメだと拒み、結局卸値相当の価格で分けてもらったのだ。

 自分を責めることをしないルディに、ローレイはペンを置いて彼に向き直った。

 「ルディ君、君はもっと怒ってもいいんだ。僕がフロアリュネ君を切り捨てようとしたことも、君一人に戦わせ、刺客を殺させたこともだ」

 人を殺したのは初めてではないルディだが、心を痛めていないわけがなかった。馴れぬ痛みを抱え込み、ローレイやエル達に負担にならないよう振る舞っているだけだ。

 エルが案じたように、ルディが平気であるはずがないと、ローレイにもわかっていた。

 「ローレイ君の判断に従ったのは僕だ。殺したのは、それしかできなかったからだよ。僕の戦い方は、魔法の力押しでしかない。相手の力を読んで対応する余裕なんてないから、殺しにいくしかなかった。ローレイ君もそれがわかっているから、殲滅しろって言ったんだろ」

 ルディは自身の実力をほぼ正確に把握している。自分で言うように、無詠唱の発動速度と複数展開に、魔力の強さによる威力に頼った魔法の力押しだ。

 黒の魔法殺しの指導を受ける身である。自惚れる前に叩き潰されているし、過小評価もしていない。後者については、目標が高すぎるために、周囲といささか乖離した自己評価をしているきらいはあるが、自分のできることは見極めている。

 だからこそ、生きるために人を殺す痛みを飲み込む覚悟もしていた。

 自分の身を守り、なおかつ皆をも守ろうとするなら、最初から相手を殲滅するしかないと思っていた。

 殺す覚悟と、万一のこと‥‥‥失う覚悟もしていたつもりだった。

 でも、それは現実の前では、まだ甘かったと思う。

 すごく怖かったと、ルディは思い出すとゾッとした。

 フローネ達にどんなに言われても、やはり自分が一緒にいるべきではなかったと後悔さえしたのだ。

 それを飲み込んだのは、青ざめながらも意地を張り通したフローネの矜持に負けたからだった。

 あの時、馬鹿にしないでと、決してルディを責めなかったフローネに、ルディは謝ることすらできなかった。

 昔からそうだ。フローネには勝てない。

 だから、ルディは全部を飲み込むしかないのだ。

 そして、ブランにも諭された。

 彼等もまた、護られるだけの存在ではないと。

 「‥‥‥君がそこまで冷静に判断できているとは思わなかった」

 ルディの力を見せつける意味もあったが、殲滅一択であったのは、ルディ自身もわかっていたように、リスクを最小限に抑えるためである。暗殺者の手口は、騎士のように正面から戦うことを生業としている者にとっては、非常にやっかいなものだ。

 まして、戦いの場数を踏んでいないルディでは、デューレイアが繰り返し言い聞かせるように、容赦する余裕などどこにもない。

 「正直、今回のことは僕もかなりキツイと思っていたんだ。ただ、言い訳するなら、森でも言ったが、父も国内外の馬鹿共を黙らせるためにも、現状を突きつける必要があったらしくてね」

 「僕が大人しく籠に入っていれば、自分でなんとかしなくても、国がもっと完璧に護ってくれたかもしれないよね。でも、それじゃ僕が欲しいものは手に入らない」

 籠の鳥に甘んじる気はないから、戦うしかないのだとルディはすでに理解していた。

 「それなら、今は僕の持ち出しが多いくらいでいいよ。踏み倒したりしないよね?」

 国に貸していると考えれば良いというルディの強気な発言に、ローレイは目を瞬いた。

 「どうやら、僕は別の意味で君に謝らなくてはならないようだ。‥‥‥その解釈で構わないと思うよ」

 いつの間にかこの少年は強かさを身につけていたようだ。

 嘆くだけでなく、自らを縛る鎖さえ、鎧や武器に変えてしまおうとしている。

 もとより彼はしなやかで、折れそうに見えても、弱くはない。まだまだ虚勢に近くて、甘いところもあるけれど、少しずつ彼のものにしていくだろう。

 何かを護るためには、まず自身を守れなくてはならないことを、ルディは良く知っている。だからこそ、今は自身の足場を作ろうと足掻いているのだ。

 「自惚れていたのは僕の方だったみたいだ。僕も焦らずに、自分の足元を固めることにするよ」

 手を伸ばし、欲しいものを掴んでも、足元を掬われては、最後に惨めに敗北するだけだ。

 自分がまだガキでしかないことを、ローレイはしみじみ思い知った。

 今度のことは、ローレイにとってもよい経験になったのだ。

 「さて、今日はもう休もう。さすがに僕も疲れた」

 机を片付け、いつもより時間は早いが就寝支度を始めるローレイに、ルディもそれに倣った。

 何しろ寝不足と疲労で、体は睡眠を要求しているはずなのだ。

 「うん。おやすみ」

 二人とも、入浴などはすでに済ませていた。

 眠れなくても眠れ。

 帰還の報告に行った時に、ルディはブランに言いつけられていたのだ。

 リリータイアの処方してくれた軽い鎮静効果のある薬草茶を飲んだおかげもあり、ほどなくして灯りは消え、ベッドで寝息が聞こえるようになる。

 眠りに落ちたルディの気配を感じ、ローレイは目を閉じたまま、息をゆっくり吐いた。

 ルディとローレイが同室になったのは、ある意味リュレの思惑と学校側の配慮からであった。

 いくら身分差なく学ぶことが前提となっている魔法学校であっても、生活習慣の違いから、極端な身分差がある者がいきなり同室になることがないように配慮されている。そういう意味では、平民のルディと侯爵家のローレイが同室になるはずはなかった。

 しかし、金の魔術師が後見につき、しかも特待生として入学したルディを、学校側も問題視したのだ。そして、それは学校だけでなく、ローレイの父として、カレーズ侯爵の耳にも入った。

 ただ、侯爵も当時はリュレが執着する子供に興味を覚えた程度だ。世間では容姿が気に入ったから金の魔術師が寵愛しているなどという噂が流れていたが、カレーズ侯は鼻で笑い飛ばした。とはいえ、後にまさか空魔法の異名持ちなどという予想を超えるものが出てくるとは思っていなかった。

 それでも唯の子供であるとは思っていなかったから、息子を同室にすることでいち早く情報を得ようというくらいは考えたのだ。

 一方でリュレも軍務卿の息子と知己となることは、ルディにとって意味があることだと思い、二人を同室にすることを後押しした。

 だから二人が寮の同室になったのは、偶然ではなかったのである。

今のローレイとルディの関係はルームメイトであり、親しい友人であると、魔法学校の誰もが言うだろう。

 同時に、ローレイが軍務卿である父の意向を受けた王宮側の人間として、空魔法の異名持ちとなるであろうルディシアールの近くにいることも、周知されている。

 利用し合う関係であると、ローレイは口にし、そうでなくてはならないと、己とルディの距離を測るように、自身に言い聞かせた。




 翌日の夕刻、ブランはカウルスから襲撃者についての報告を受けていた。

 「ユーザック・ブリストラですが、王都警邏隊第六部隊の所属というのは事実でした。もっとも、夜勤明けで帰宅したところを呼び出されて、怪訝な顔をしていましたが」

 要するに、襲撃してきたのは別人だったということだ。

 「最初の襲撃者については、闇蠍の手の者であったことも含め確認中です。警邏の兵士を装っていた者達は、現在警邏隊で死体を確認させていますが、今のところ該当者はいません」

 ルディによって、全員がほぼ一撃で即死させられていたため、死体の損傷が少なく、顔の確認ができる状態だ。

 また、王都警邏を装った者達については、最初から騙りであった可能性が高いとブランは考えていた。

 何しろ襲撃場所が魔法学校が管理する森であり、対象が生徒(こども)だ。まして、ルディシアールは警邏隊にもその際立った容姿とともに保護対象として通達されている。

 どう言い含めようと、本物の警邏兵が殺害目的で夜間の襲撃に荷担するとは思えなかった。

 しかも、ルディやローレイも、警邏兵を装った者もためらいなく殺しにきていたと言っているし、警邏兵が使わないような武器を所持していたことも確認されている。

 「背後を探るのは難しいか」

 大本の見当はついているが、相手も証拠を握らせるようなへまはさすがにするまい。

 それでもカレーズ侯のことだ、嫌がらせのような揺さぶりをかけるネタにはするだろう。

 「偽装の確定がでたら、ルディには俺から伝える」

 「はっ了解です。それで、ルディシアール君は大丈夫でしょうか」

 つい、ルディが心配でカウルスは聞いてしまった。元々面倒見の良い男なのだ。

 「他人に平静であると見られる程度には落ち着いている」

 冷静に人を殺した葛藤も、喪う恐怖も、ルディは飲み込んでおもてに出さない。

 目の前に横たわった屍体は、踏み越えていかなくてはならない現実だ。

 リュシュワールの死は、フローネを喪ったかもしれない恐れから目をそらすことを許さないだろう。

 多感な少年の心に刻まれた傷は、どれほどの痛みとなったか計り知れない。

 それでも、ルディは踏みとどまると、ブランは知っている。

 ルディを支えるのは、未来への望みという誓約であり、ブランがここに立つ限り、それを見失いはしない。

 その信頼は、ルディにとってかけがえのない導である。

 だからこそルディは、自身の足で立とうとしているのだ。

 「はい」

 ルディの負った傷の深さと、抱え込んだ危うさと、それを承知で見守るブランに、余計な問いかけをしてしまった気になり、カウルスは恐縮した。

 ルディは他の誰に見せずとも、ブランにはさらけ出し、立ち上がる力を得るだろうと、カウルスは改めて確信したのだった。


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