未明
敵の接近に、ルディは剣を抜く。
大丈夫だと、ルディは己にいいきかせた。
緊張はしているが、身体は動く。
いつもの訓練、模擬戦と違うのは、敵がこちらを殺す気でいることだ。そして、自分も同じ。
闇に自分の銀髪は目立つだろう。だったら、敵の目を自分に引きつける。
先手を取って、ルディは仕掛けた。
天幕方向にいた敵を狙って、幾つもの鋭い風刃を放つ。これは牽制でもある。
手応えはあったが、結界の一角が魔石の破壊によって崩された。
ルディは暗闇から射かけられた矢を、風楯で防ぐと同時に、風刃を放つ。
「っ!」
風刃の結果を見ることなく、後方に跳ぶと、一瞬前までルディのいた場所で、同時に三つの炎が弾けた。
魔導具による火弾だ。
「ルディ!」
野営地の外れで始まっていた戦闘に、息を飲んだフローネの視線の先で、闇から生えた剣が持っていた腕ごと宙に跳ぶ。
更に、その後を追って繰り出される槍の刃が風楯に当たり一瞬動きが止まった。
派手な悲鳴が響き渡ったのは、十発以上の乱れるように撃ち込まれた風刃が、敵を切り裂いた成果だ。
だが、それで終わりではなかった。
天幕を走り出たフローネ達は、野営地の中心である焚き火を背にして、剣と杖を抜き、体勢を低く構え、四方に視線を走らせる。
ルディの邪魔にならないことが、彼等にできる最良であると、ローレイは身を護ることだけを考えろと言った。
だから、身を護るための楯が彼等の周囲に展開されたことが、ルディにとって何よりの加勢だ。
隙を狙った一撃が、影から放たれる。
魔力を探知できない、魔法ではない凶刃であり、それが狙ったのはルディ以外にはいない。
だが、皆がそのことを知ったのは凶刃となる矢が叩き落とされてからだった。
ビインッッと、宙で弾かれ、軌跡を変えた鉄の矢が、地面に突き刺さる。
全員の注意がそこに引き寄せられた刹那、鋭く絞られた穿孔牙が二条、闇に立つ気に向かって放たれていた。
くぐもった悲鳴と、地面に落下した気配と音を残し、静寂が戻った。
否、高い音を響かせた風が波のようにルディを中心に拡がり、木々をざわめかせて消える。
そこでようやく、ルディは肩の力を抜いた。
「終わったのかい?」
まだ警戒を解かないまま、ローレイが確認の問いかけをする。
「取りあえず周囲に敵の気配はないよ。ただ、こっちに向かってくる一団がいる。四人、武装してる」
ルディは剣を鞘に戻し、敵の死体が転がっている先を指した。
「わかった」
つまり、今の時点では敵か味方か不明であるということだ。
それでも、皆構えを解き、幾分表情を緩めてルディの側に寄ってくる。
「‥‥‥それにしても、やばかったな」
エルは杖を一旦仕舞い、地面に転がっていた鞘を拾って剣を収め、腰に付けた。その際、地に突き刺さった鉄矢を見て、背筋に寒さを覚え、顔を顰める。
仲間の断末魔の悲鳴に紛れ、弩で射られたものだ。槍の使い手は、このために、あえて大きな悲鳴を上げたのかもしれない。
仲間の死をも踏み台にする恐ろしい刺客だった。
「お前、良く気づいたよな」
自分だったら、絶対やられていたと、エルは刺客の恐ろしさを再認識する。
「倒したと思った直後が一番危ないから、気を緩めるなって、先生に散々指導されたから」
不意打ちは当たり前。デューレイア達との模擬戦でも、ブランは何度も戦闘後のルディの隙を突いた。
「今ので死んでいるぞ」
そう言われ、槍を突きつけられたり、投擲武器に見立てた粘土を、何度急所にもらったことか。時には、実際に小刀が飛んでくることもあった。
「あー‥‥厳しいよな」
ルディの実戦さながらの訓練を知っているエルが、なるほどと非常に納得する。
「エルトリード君、火球を打ち上げてくれ」
一番目立つのは火球であり、ルディ以外に火魔法を使うエルに、ローレイが指示をする。
緊急事態が起こったときの合図である二発の火球だ。
これを見れば、拠点のデューレイア達が急行してくるだろう。
「ねえ、他にも刺客がいれば呼び寄せることになるんじゃないかな」
フローネの意見に、ローレイはルディを見遣った。
「僕の探知範囲にいるのはさっきの四人だけだ。一番近くにいる」
もう一度、周囲を探知の波を広げ、ルディは視線を森の闇に向けた。もちろん、警戒は続けるつもりだ。
エルは火球を打ち上げた後、そのまま杖をルディの示した方へ向け、目を凝らした。
「あれ、王都の警邏の制服じゃないかな」
近づいてきた気配に、ルディは首を傾げる。障害物の多い森の中でも、ここまで近づいてくれば、大体の様相は把握できるからだ。
「警邏の人がなんでここに来たのかな?」
フローネでなくとも疑問に感じるところである。
「無事か?」
野営地まで辿りついた四人は、王都警邏の騎士と部下の兵士三人だと名乗った。
その騎士である、三十代半ばほどの黒っぽい茶髪で、そこそこ良い体格をしている男性は、身分証代わりに王国騎士の徽章を示しながら、声をかけてきた。
「王都警邏第六部隊ユーザック・ブリストラだ。実は張っていた暗殺ギルド・闇蠍の手練れが動いたため、追跡しつつ警告に来たのだが」
武装している少年少女を見回し、彼は目の前の死体に目をやった。
エルは杖を手に持ったままだし、フローネは無意識に剣の柄に手を置いている。
戦闘直後の剣呑な空気が漂っているのに、ユーザックは厳しい表情で部下に死体の確認を命じた。
「‥‥‥これは君達がやったのか?」
「はい。襲撃されたので討ち取りました」
班のリーダーとして、ローレイが前に出て応対する。
「遅いって」
後ろでエルがぼそりと呟く。
「エル」
エルの左隣に立つルディが窘めるように名を呼ぶ。
右側からフローネにも睨まれ、エルはばつが悪そうに口をつぐんだ。
「隊長、あちらにも一体ありました」
弩の射手の死体を確認してきた兵士が、木の間から姿を見せ、報告するのに、ユーザックが重々しく頷く。
「五人か。数は合うな」
「全部死体になってますがね」
部下に指示を出そうと向きを変えたユーザックの左手がマントの影になり、フローネは反射的に飛び出した。
「えっ?」
フローネが動いたのに、思わず声を上げたのはルディだが、反射的にエルの前に踏み出る。
ローレイとユーザックの間に割り込んだフローネの、レイピアを抜こうとした右手に短剣が掠った。
構わずレイピアを抜いたフローネの剣先を、ユーザックは舌打ちしつつ身体を捻ってかわす。
「ルディ君!」
ローレイの呼び声が上がった。だが、フローネが剣を抜いたのを見たルディは、とっさに風楯を、自分と仲間の身を護るべく展開していた。
その風楯に、黒く塗られた刃が弾かれる。
ローレイはフローネに加勢する体勢を取り、同時に指示を飛ばす。
「構わない、全員討て!」
迷いのないローレイの命令する声に、ルディは躊躇を振り捨てた。
「前に出るな!身を護れ」
ルディの邪魔をするなと、ローレイはエルやネルフィルを制し、自らは眼前の騎士のみを見据える。
フローネの前に出て、右手で剣を抜いたユーザックと切り結んだローレイは、冷徹な表情をもって感情を殺す。
「はっ良いのか、こいつは」
「責任は僕が取る」
ユーザックの意味ありげな言葉を断ち切り、ローレイは表情を崩さず厳とした声で宣言し、剣を振るう。迷いは皆を殺すと知るが故に、その太刀筋はぶれない。
自らが楔として立つことが、一手に残りの兵士と相対するルディを後押しすることになると、ローレイは知っていたからだ。
直ぐ側で、風刃に喉を切り裂かれた兵士が倒れた。
「お前を殺れていれば」
不利と悟ったユーザックは、即座に撤退を決断する。
目の前の鋼の髪をした少年が要であったと、殺し損なったことを本気で後悔した。
憎々しげに歪んだ表情をしたユーザックの左手から短剣が飛ぶ。
「はっ」
反射的に身体が動いたのは、日頃の訓練の賜だ。とっさに剣で払ったローレイの隙を突き、ユーザックは逃亡に転じた。
「フローネ」
「ルディ君、仕留めろ」
フローネの名を呼ぶエルの声に被せ、ローレイはルディの視界から仲間の姿を遮る位置で叫んだ。
すでに他の二人の兵士も血溜まりに沈んでいる。
ルディが放った風刃の一撃は木を楯にして逃れたものの、続けざまに襲いかかった穿孔牙の集中攻撃は、木の幹を貫き、ユーザックの背中を射貫いた。それで手を止めることをせず、ルディは遠見で位置を探りとどめの風刃を打ち下ろす。
「片付いたよ」
感情のない声で戦闘の終了を告げ、厳しい瞳のまま、探知の範囲をいっぱいまで広げる。
少しだけ離れた森の中で戦闘の気配を感じるが、気配からデューレイア達であることもわかった。ならば当面こちらには脅威にはならないと判断し、ルディはようやく振り返る。
「ルディ、フローネが」
そのルディの耳を叩いたのは、悲痛なエルの叫びだった。
切羽詰まった声に、胸をさす冷たい感触を覚え、ルディは顔色を変えて駆け寄る。
「フローネ!」
エルに支えられていたフローネが、蒼白な顔で地に崩れるように倒れたのに、ルディは声を失って、呆然と立ち竦んだ。
戦いに集中していたとはいえ、何故フローネの状態に気づかなかったのか。いくらローレイがいて、戦いに意識を向けるよう仕向けられたとしてもだ。否、ローレイが共闘でなく彼女の前に出て、指示を出しつつ戦っていたのを、おかしいと思わなかった自分の迂闊さに、ルディは顔を歪ませた。
「毒だ。解毒と治癒を頼む」
「フローネ」
ローレイの叱咤する声に、我に返ったルディは、解毒魔法と治癒を重ねがけするが、フローネの息が戻らない。
「落ち着け、ルディ君」
冷静な声で指示をするローレイだが、震えるルディの腕を掴むローレイの手もまた、抑えきれない震えが走っていた。
心臓に冷たい刃が当てられたように、ルディは恐怖で全身の血が引くようだ。
「息して、フローネ」
喪失の恐怖に捕らわれるより、やることがあるだろうと、ローレイにきつく腕を掴まれた痛みが言っている。
ぎりりっと歯を食いしばる。
フローネを助けられるのは自分だけだ。だから、間違えない。
毒は消した。
それから‥‥‥治癒では駄目だ。
ルディはフローネの心臓の上に手を置き、治癒の上位魔法、蘇生をかける。
まだ、間に合う。
祈るように魔法を使えば、手のひらの下で鼓動が感じられた。
浅い息が戻り、傷は塞がった。
ここで焦るなと自分に言い聞かせる。
かつてブランが自分にしてくれたように、記憶をなぞって染み渡るように、負担をかけないように注意しながら回復魔法を施しつつ、フローネの名を呼ぶ。
「フローネ‥‥フローネ‥」
詠唱をしないルディが、唱えるように彼女の名を呼ぶ声は震えている。
呼吸が深くなり、ゆっくりとフローネの頬に赤みがさしてきて、翠の瞳が開かれたとき、そこに映ったのは、泣き笑いの表情をしたルディの顔だった。
「‥‥‥ルディ‥‥泣いてる‥」
「うん‥‥‥フローネ‥‥よかった‥」
ネルフィルが、フローネの背に手を添えてゆっくりと抱き起こすと、フローネは右腕を左手で押さえた。
そこにあった傷は跡形もなく、ただ服が切れている。
「手が熱くて、でもすごく寒くて息ができなくなって‥‥‥わたし‥‥」
「もう大丈夫。毒、消したから」
「ルディ‥?‥‥ルディが助けてくれたんだ」
安心して笑みを浮かべようとして、フローネは失敗した。ルディが泣いているから、自分にもうつったのかもしれない。
だから泣かないでと、ルディの頬に手を伸ばしたら、そのまま抱き込まれた。
大丈夫だよと、言おうとして、フローネは声を詰まらせる。
しばらく互いの温もりを確かめるように抱き合っていたが、少しずつ落ち着いてくると、周りが見えてきた。
「えっとルディ、もう大丈夫だよ」
ポンポンと、軽くルディの背を叩いて、身体を離す。
少し勿体ないかなと思うが、それよりあんまり弱いところを皆に見られたくないと、フローネは強がってみる。
なにより、ルディを安心させたい。
「‥‥‥ごめん‥‥‥フローネ、ぼくがもっと早く」
「謝っちゃ駄目だよ。だって、ルディはわたしを助けてくれたんだ」
「だって、僕がもっと早く毒に気がついていれば」
「それで、浄化魔法を使うために戦いを中断したとでも言うつもりかい?」
そこで真っ向からローレイがその仮定を否定してみせた。彼の顔もあからさまな安堵を浮かべていたが、すでに表面上はいつもの落ち着きを取り戻している。
「だけどそれでフローネが死んでたらどうすんだよ」
フローネが助かって、遠ざかったはずの喪失の恐怖が、冷静すぎるローレイの言が切っ掛けになり、エルの脳裏に甦った。
エルの怒りの目を、ローレイは反らさず受け止める。
「全員が殺されるよりマシだろう」
「誰が大人しく殺られるかよ!大体テメエは全部ルディにやらせておいて」
フローネの危機を隠し、ルディ一人を矢面に立たせ、刺客すべての相手をさせた。自分の手を汚すことなく、ルディに手を下させ、しかもフローネを見捨てさせようとしたと、エルは怒りに燃える目でローレイを睨んだ。
けれど、それはそのままエル自身にむけた怒りだった。
フローネのことで動揺したにせよ、結果的に自分達の身を護ることで精一杯だった。
そのやり場のない感情に支配される自分に比べ、非情ともとれる判断を下し、今も冷静に正しい理屈を口にするローレイが、あまりに冷酷に思えてしまう。
お前は違うのかと。
今にもつかみかかりそうなエルに、ローレイは冷たい視線を向ける。
「自惚れるな」
エルの怒りを一蹴するような、底冷えのする冷厳な声でローレイは言った。
丁度そこに駆けつけてきたデューレイア達だが、口を挟むことはしなかった。ネリーネでさえ無言で止めたデューレイアの意を汲み、周囲の状況把握を優先すべく踵を返す。
「僕らに腕利きの刺客を仕留める力量があるとでも思っているのか」
少しばかり腕が立つと言われていても、自分達は魔法学校の生徒でしかない。しかも相手は、場数を踏んだ腕利きだ。まともに当たって、勝てる相手ではない。
討てるとしたら、ルディだけだ。
返り討ちにできるだけの力があるからこそ、黒の魔術師はルディをここに送り出したのだから。
「てめぇ‥‥」
ローレイの言うことが正しいのは、エルにだってわかっているのだ。
けれど、それで納得しろといっても無理だった。
「それじゃあ自分が助かるために、ルディに殺し合いさせて、フローネは見殺しにする気だったのかよ」
自分がではなく、自分達を助けるためだったと、エルは理性ではわかっていても、ローレイを許せなかった。
「エルっ!」
パンと、エルの頬を張ったのはルディの手を借りて立ち上がったフローネだった。
「駄目だよ、エル」
フローネが死にかけて、頭に血が上っているのだ。自分ではない、フローネを喪うかもしれなかった恐怖が、エルから冷静さを奪っていた。
「エルだってわかってるはずだよ。わたしに気を取られたら、ルディに隙ができた」
「僕は‥‥‥」
「ルディだってわかってるよね」
否定はできなかった。フローネの傷が毒で致命傷になりかねないと知っていたら、きっと自分は動転してフローネの治療を優先しただろう。
もしその時、ルディの隙をつけるだけの腕が敵にあれば、斃れていたのはルディだったかもしれない。確実に、ルディの防御を抜けるだけの力を持つ者がいないと、誰が言えるだろう。
だからこそ、傷を受けたのが自分だったとしても、きっとローレイは同じことをした。
「ローレイ君の判断は間違ってない」
怖かった。未来をなくしていたかもしれない死の恐怖がフローネに甦る。
でも、意地を張ってみせると、フローネは大好きなルディを見詰めた。
護るって言った自分に胸を張りたいから。
弱音を吐くのはいつだってできるけど、それは今じゃない。
「だけど、フローネ、お前は」
エルは優しいから。自分のために怒っているし、護れなかったことを悔やんでいるのだ。
だからフローネはエルにも意地を張る。
「わたしがエルだったら、きっと同じように怒っていたと思うよ」
大事だから。
立場が逆ならと、フローネは言った。
つまりそれは、エルがフローネの立場だったならということだ。
「違うよ。狙われたのは僕で」
そもそも自分がいなければ襲われることはなかった。
「うるさいよ、ルディ」
それをフローネはルディに言わせない。いっそ見事に封殺してのけた。
「わたしたちを馬鹿にするのは、ルディでも許さないからね」
意地を張った。
だからそれは言わせない。
これはフローネの誇りだ。意地っ張りでも馬鹿でも、絶対に譲れないフローネの最後の一線だ。自分を支える最後の砦。
「言ったよね。わたしは自分の意思でルディと一緒にいるんだよ」
竜騎士になると誓った矜持にかけて、フローネは瞳に力を込める。
「死にたくなんかない。でも、わたしを助けようとして、ルディがやられたら、わたし、怒った」
強がりでも、綺麗事でも良い。
フローネは自分の声が普通に聞こえれば良いと思った。
今になって、死んだかもしれないという恐さを実感している。でも、自分は生きているし、ちゃんと言えるのだ。
「‥‥‥くそっ」
誰でもない、フローネ本人にそれを言われたら、何も言えなくなる。
フローネを見殺しに仕掛けたローレイを認めることはできないが、怒りをぶつけ続けることは、エルにはできなくなった。
「エルトリード君の言う通りだ。皆を助けるために、君を犠牲にしようとした」
フローネの様子がおかしいことに真っ先に気付いたのはローレイだ。それで彼女の前に出た。
しかし、毒に冒されたことを知りながら、ルディから隠した。
「ローレイ君」
「僕はきっとまた同じことをする。その結果、君達に責められようと構わない」
謝罪することも、謝罪されることも、ローレイは拒絶した。誰にとっても正しい行動などないのだから、自身の判断に責任を持つしかない。
「‥‥‥ローレイ君を責めるのは楽だよ。でも、それじゃ駄目なんだ」
見殺しにされかけたと、フローネはローレイを責めて終わらせたくなかった。それでは恐れしか残らない。
「それにね、ローレイ君はやるべきことをやったんだよ。エル、わかってるよね」
ローレイは冷酷なわけじゃない。冷徹であろうとしたのだという。
「わたしたち、皆無事でした。運が良かった。それも結果ですわ」
フローネを唯一治療できるルディが無事で、ギリギリで彼女も命を取り留めた。
フローネの強さを心の底から尊敬し、ネルフィルは皆が無事であったのだから良かったのではないかと、結果論を口にする。
ここにいる者で、自分だけが口にできることだと思うから。
「そう‥‥‥だね」
ルディは思う。
喪いたくないのは同じ。死にたくないのも同じ。だけど、ローレイは自分のやるべきことを優先させ、フローネも自分の願いを優先させたことを是とした。
それで、皆無事だったのだ。
こちらを黙って見守るデューレイアの顔を見て、ルディは言う。
「姉さんに散々言われてるのに、未熟だって‥‥‥経験が足りないって」
まさに、こういうときにそれが出るのだと、思い知らされた気がした。
「自惚れていた」
護れると。自分を護って、その上でフローネ達くらいは護れるくらいの力があると、過信していたと、ルディは自分の愚かさを突きつけられる。
「ありがとう」
自分がいなければ、誰も傷つかなかった。
でも、それはフローネ自身に否定された。ルディを受け入れ、護ると言ったフローネ達を侮辱するに等しいと。
詫びることができないのなら、礼を言うしかないだろう。
「皆で僕を護ってくれたんだ」
この素直さと、てらいのなさがルディらしい、かつてブランをして対応に多大な精神力を必要とした代物だ。
「僕ももっと強くなる。こんなこと撥ねのけられるくらい」
振り下ろされる刃をすべて撥ねのけられるように。そして、刃を向けることを躊躇うほどの強さを手に入れたい。
「‥‥‥エル‥‥僕は‥」
「ったく!もうどいつもこいつも」
エルは力一杯地面を蹴りつけた。
なんでこんな良い子ちゃんばかりなんだ。物わかりが良すぎるだろうと、エルは吠えた。
「わかってる。ローレイのおかげで皆が助かったってのはな。でも、俺にはできねぇ」
感情を殺し、最良と思う判断を下す。
戦いにおける指揮官の資質だ。
だけど、自分にとって大事なのは幼馴染み達であり、何を置いても彼等を取ってしまうだろう自分を、エルは自覚していた。
だから、これは半分以上八つ当たりだ。
甘かったとエルは思う。襲われても戦える力があると、自惚れていたのは、自分だ。
何もできず、護られてしまった自分の不甲斐なさに腹を立てている。
そして、エルは今になって気がついた。
無意識にルディは左手で右腕の服をぎゅっと握りしめ、右手は剣の柄に添えられている。
それは血こそついていないが、たった今九人もの刺客を殺した手だ。
平然としているように見えても、そんなはずがない。自分にしかできないから、手を下したのだ。幼馴染みの自分達の目の前で。
本当に、なんでこんなにも無力なんだと、エルは自らを罵った。
「なんで、お前なんだ」
思わず、エルはルディの両手を取り、包み込むように握りしめる。
自分以上にこんなことに向いていない幼馴染み。
異名持ちの卵でなければ、空魔法の使い手でさえなければ、手を人の血で濡らすことなどなかっただろう。
だけどルディは全部を飲み込んでエルを見る。
「僕が選んだから」
魔法を選び、生きていくことを選んだ。それしか選べなかった。
「わたしを助けてくれた手だよ」
フローネの手が重ねられる。
「大好きだよ、ルディ」
血に染まった手を、躊躇いなく掴み取る幼馴染み達。力不足を嘆きながら、重ねられた手の温かさに、ルディは泣きたくなる。
エルは汚させてしまったと嘆き、ルディはそれでも守り切れなかった恐怖に怯える。
護ろうとして、互いに傷つけあってしまう。
だがそれで立ち止まることはしない。立ち止まれないことを、皆が知っていた。




