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狩りと恋話

 今日、野営訓練をするのは一組だった。野営訓練は毎年、組ごとに順番をランダムに決めて行っているのである。

 今年の戦闘科二年次は六クラスあるため、最初に昨日から今日の朝にかけて五組が森で野営訓練を受けていた。今日が入れ替わりに一組、明日から明後日に四組といった感じである。

 ファルニアに顔を見せ、まずは野営の場所を決めようと森の中の開けた道を選んで、ゆっくりと馬を歩かせる。

 この森は、学校管理で常時人の手が入っているため、馬が通れる道もそれなりに存在するのだ。

 それでも、森の奥に踏み込み、そろそろ枝が邪魔になり、乗馬したまま行くのは難しくなってきたところで、馬を下りる。

 「水場だけど、あっちから水音がするわ」

 「ああ、僕にも聞こえる」

 フローネとローレイが風魔法の探知で、川の存在を見つけ、一行はそのまま先へ進んだ。ルディはとっくに見つけていたのだが、今回の彼の役割は治癒であり、口を出さなかった。戦闘も含め、魔法に関することは、仲間に任せるということが前提となっている。

 「ここ、悪くなさそうだと思うわ」

 木々の間に少し開けた空間があり、直ぐ近くに小川もある。土や周囲の木の様子から、前にも野営に使われた形跡もあるから、適当な場所なのではないかと、ネルフィルが提案した。

 「そうだね。あまりうろついても仕方ない。丁度良い場所だろう」

 決定するのはリーダーのローレイだ。そこに一張り天幕を張り、周囲の様子見と、狩りに出ることになった。

 偵察がてら狩りに向かったのは、ローレイ、フローネ、エルで、ネルフィルとルディは留守番である。

 「角兎か鳥でも獲れるといーよな」

 周囲に注意を払いながら呑気なことを言うエルだが、獲物としてはそのあたりが理想だろう。

 「熊は出ないよね」

 「ああ、危険なのは狼、魔犬、岩猪あたりだろう」

 それも普段から駆除の手が入っているから、特に危険度が高い狼や魔犬は数は少ないという話だ。

 そんなことを言っていたのに、遭遇したのは数少ない大物だった。

 「‥ったく、大当たりかよ」

 心の中で半ば文句を言いながら、現在エルは、木々の間に息を潜めている。

 「招請に応じ水精よ疾く現れ出でよ〈水球〉」

 フローネの水球が、突進する岩猪の眼前で派手に弾けた。それでも岩猪の脚は止まらない。

 岩猪の斜め先に立つフローネは、動ける体勢を取ったままタイミングを計っている。

 まったく、アイツは良い度胸をしていると、エルは賞賛しつつ魔法の仕上げにかかった。

 「〈風矢〉」

 岩猪の右目を狙って風矢を撃ち込み、同時にフローネは横に跳んだ。

 「地を深く沈めよ〈陥没〉」

 風矢は右の鼻先に当たったが、それで岩猪は一瞬視界からフローネの姿を見失った。そしてそのまま、エルが地面に作った穴に向かって突っ込んでいく。

 「我が敵を撃て〈雷槍〉」

 岩猪の前脚から前半身が穴にはまり、その巨体が転がった機会を逃さず、構えていたローレイの雷槍が襲いかかった。

 水球の水を被っていた岩猪に、雷槍は威力以上の効果をもって突き刺さる。

 「もう固いっ」

 もがく岩猪の頭を狙って今度は風槍を撃ち込んだフローネが、それでも完全に息の根が止まらなかった岩猪に、息を弾ませながらぼやいた。

 「いや、仕留めたようだ」

 ようやく力尽きたのか、動かなくなった巨体に、三人は肩を下ろす。

 「こんな大物、いきなり出てくんなよな」

 ついへたり込んでしまったエルだが、それも仕方ないだろう。まさか初っぱなからこれ程の大物にぶちあたるとは思ってもいなかったのだ。

 間違いなくこの森に生息する生き物で、一番危険な大物だろう。

 全身が岩のような厚い皮に覆われていることから、岩猪と呼ばれる魔物である。しかも、しかも全長が大人を超えた巨体だ。

 その巨体にはねとばされれば、簡単に即死しかねない危険な魔物である。ただ、その突進する猪そのものの性質から、罠を仕掛けるなどすれば仕留めることは難しくないといわれる。

 もっとも、突然襲いかかられれば、簡単に命を失いかねない相手であり、フローネ達も魔法が使えるからこそ、なんとか斃せたのだ。

 見逃すという選択もあったのだが、岩猪の進路に彼等の野営地がかかりそうであったため、討つことを決めた。

 「急いで血抜きをしよう。それからルディ君を呼んだ方が良いだろうね」

 ローレイの提案はもっともなことだった。

 何しろ彼の銀髪の少年は、この班の中で一番狩りの場数を踏んでいる。

 もちろん狩りに行くというのなら、ローレイやネルフィルの方がその育ちから回数は多い。ただし、実際に魔物と戦って、獲物としての処理をするという意味では、やはりルディが一番だ。

 そしてローレイは、必要な技量を持つ者を使うことを躊躇うような性格をしていない。




 野営地の留守番を任されたルディは、ネルフィルと協力して馬の世話や、焚き火の準備をしていた。

 「薪はこの位で足りるよね」

 焚き火用の木の枝は、野営地の周りだけで直ぐに集まった。それをルディは手早く風刃でくべやすい大きさに切りそろえてしまう。

 「ええ、十分でしょう」

 適当な大きさに切られた木の枝が積み上がっているのに、ネルフィルは多すぎるくらいだと思った。

 ふと顔を上げたルディが、呟く。

 「調理台、作ろうかな」

 焚き火用の鍋を吊す三脚(トライポッド)と、焼き物に使う竃は作成済みである。調理台はどの辺りにしようかと思案し始めたルディの視線が、ちらちらとある方向に向けられるのに、ネルフィルは気がついた。

 そちらの方向から魔力の気配を感じるから、おそらくローレイ達が何かと戦っているのだろうとまではわかるのだが、ネルフィルにはそれ以上はわからない。

 「魔物なの?」

 「うん。結構大物」

 気になるようだが心配はしていないルディの様子から、大丈夫だろうとネルフィルは思った。

 三人とも腕は立つし、油断や思いがけない事故でもなければ、手に負えないような魔物が出る森でもないのだ。

 ネルフィルが三脚(トライポッド)に水を入れた鍋を取り付け、湯を沸かす準備をしようと考えていたら、ほどなく、仕留めたとルディが言った。

 「あれ、食べきれないよ。どうするんだろ」

 どこか暢気なことを言っているクラスメイトに、つられたネルフィルも、なんとなく大物だという獲物の処分方法を考えてしまう。

 「そんなに大物なのかしら?」

 「岩猪だよ」

 「あら。すごいわね」

 「ネルフィルさん、岩猪の解体したことある?」

 「ないわ」

 簡潔な回答だった。

 「僕もやってもらったから、見てはいるんだけど。うーん、なんとかなるかなぁ」

 そういえば、食べるには自分たちで捌くしかないのだと、ネルフィルも気がついた。

 携行食は持ってきているのだが、狩れたのなら食べる方が良いだろう。

 もっとも、ネルフィルが料理ができるかと言えば、しょせんは伯爵家のお嬢様である。料理の腕はデューレイアと似たようなものだ。

 焚き火と湯を沸かす準備が整った頃、フローネが野営地に一人で戻ってきた。

 「ルディ」

 「フローネ、すごい岩猪だね」

 「やっぱりわかってたんだ」

 ローレイが、ルディ君ならこちらの様子も視えているだろうと言った通りだった。

 「森の中だからあんまり遠くは無理だけど、あのくらいならね」

 風の探知を張っていたのは、この周囲だけだったのだ。それが魔法を使ったのを感じたから、そちらに注意を向けたのだと、ルディは言う。

 「それじゃお願い。岩猪って美味しいんだよね?ルディも知ってるよね。わたし、あんまり料理得意じゃないんだ」

 フローネのことだ。自分ができても、ルディの作った料理が食べたいのだろうと、エルなどには明らかだったが、もしここにエルが居てもルディに料理を頼んだだろう。

 誰だって美味しい物が食べたいのである。

 「それじゃ頑張って解体してくるよ」

 「うん。わたしと交代」

 解体用のナイフなどを持って、ルディはフローネに代わって仕留められた岩猪のもとへ、もとい、岩猪を見ているローレイとエルのところへと向かった。




 近くで見るとその大きさがよくわかる。

 ローレイとエルが血抜き作業以外手を出しかねていたのも、この大きさの岩猪であれば仕方ないだろう。

 「血抜きはできてるみたいだね」

 丁度エルが土魔法で作った穴に、流れた血の大半が溜まっている。うまい具合にいったものだ。

 「さあ頑張って解体するか」

 言いながらルディは、風魔法で岩猪の巨体を転がした。

 スパッと、固い皮が切られた。鋭利な刃物をもってさえ手こずるという岩猪を、難なく切ってのけたのは、もちろんルディの風刃だ。

 「うわーすっげ切り口」

 「見とれてないで手を動かそう。ルディ君、やり方はわかるかい?」

 余りに見事な切り口に感嘆していたエルの肩を叩き、解体用のナイフを持ったローレイが、ルディに聞く。

 ローレイも知識はあるが、実践ではルディの方が場数をこなしている。

 「やるのは初めてだから、うーん、なんとかなるとは思う」

 「なんとかするしかないな」

 ローレイがルディと相談しながら、解体を進めていく。経験もないエルは、二人の指示を受けながら、解体用のナイフを使ったり、内臓を取って運んだりした。

 時間をかけて魔石と内臓を取り終わったところで、ルディは一旦手を止めて、岩猪を見る。

 「皮をはぐのはちょっと難しいかな」

 「ああ、この際食べる部位だけ取れば良いだろう」

 「ロースだ、ロース。あとバラも焼こうぜ」

 食べると聞いて、岩猪の血に塗れたエルが途端に疲れを忘れたように主張する。

 「じゃ、そこを取ってよ。その間に運ぶ物作るから」

 四苦八苦、かなり無駄な切り方をしたのは仕方ないだろう。苦労してエルがローレイと、ロースにあたる部位と、骨のついたバラ肉を切り出した。

 「お前、これ」

 他に目を向ける余裕もなく、一生懸命肉を切り出していたエルが、ルディの作り出した「運ぶ物」を見て目を丸くする。

 荷車、というより、車の付いた保冷庫だ。

 「僕じゃ自動で動く車作れないから、こんなもんで良いかな」

 イリアルダ草原でブランが作った自動馬車の、小型版かつ荷車である。

 「上等だ。これなら岩猪を無駄にせずに済みそうだ」

 驚きもせずに、現実的なことを口にするローレイにも、エルは大きなため息をつく。

 わかっていたはずだ。こういう奴らだってのは。

 「内臓は焼いて埋めた方がいいかな」

 「食べるにも処理が面倒だし、ここだと野営地も近い。今回はその方が良さそうだ。

 他の魔物を呼び寄せても困ると、ローレイも賛成した。

 「そうだな。コイツ、俺たちの野営地の方に向かってたから、狩ったんだし」

 エルが頑張ったよなと、しみじみと自分達を賞賛する。

 内臓がまとめられている地面を陥没させ、そこに火球を放り込んで燃やしながらルディは、そういえばこの岩猪はこちらに向かってきていたと思い返していた。

 「‥‥‥でも、狩ったの僕じゃないし」

 狩りでやたらと大物を引き寄せる癖があると言われているルディは、自分に言い訳するように小声で独りごちた。

 風魔法で、ルディが男三人でも持ち上げられない大きさの岩猪を荷車に乗せ、エルが作った血の溜まっている穴も埋め戻し、簡単に整地をしておいて、一帯の地面を火炎波で一撫でし、血の跡を焼き払う。




 野営地の留守番をルディと交代したフローネは、ネルフィルと火の番をしていた。

 「思いがけない大物ですわね」

 フローネから倒した岩猪のことを聞いて、ネルフィルが感心する。

 頑張ったフローネは、それなりに気分が良い。

 「あの‥‥ね‥ネルフィルさん。聞いてもいいかな?」

 二人きりになったのを幸い、フローネは男の子がいては聞けない話題を口にする。

 「あら、なにかしら?」

 「貴族の人って、子供の時から婚約者がいる人多いでしょ。ネルフィルさんも、そういう人いるのかなって」

 「いませんわ」

 一言で否定して、ネルフィルはクスリと笑みを零す。

 「心配しなくても、ルディシアール君を取ったりしないわよ」

 「‥‥‥ごめんなさい」

 ちょっと心配していたフローネは、正直に謝った。この班にネルフィルが入れられた理由を、フローネは察しており、聞かれたネルフィルもフローネが何を心配しているのか気がついていた。

 たとえネルフィルがルディに迫ったとしても、負けない自信はあるが、なにしろ女の子のフローネでもネルフィルの胸には、つい視線がいってしまうくらいだ。

 巨乳好きのエルと違って、ルディが胸の大きな女が好きだとは聞いたことがない。しかし、普通男の子は胸は大きい方が好きだと皆よく言っている。

 剣を教えているデューレイアといい、男の子には刺激が強い存在であるのは確かだ。

 「父は、そうなっても反対はしないと言っていましたけど、わたし、実は大人の男の方が好みなの。知識が深く尊敬できる優しい方、ふふ‥‥‥内緒にしてくれるなら教えてあげても良いわよ」

 「言わないよ。‥‥‥ねえ、それってスレイン先生みたいな?」

 「やだ。どうして?」

 図星を指され、余裕であったはずのネルフィルが、ぽっと頬を赤くする。

 「憧れなのはわかっているわ」

 教職を目指すというネルフィルが、理論派で穏やかなスレインに思慕を抱くのは、自分で言うように憧憬というのが強い。

 「うん。でも言われてみれば、なんとなくわかるかな。そうか、ネルフィルさんはスレイン先生みたいな人が好きなんだ」

 素直に安心したというフローネを、可愛いとネルフィルは思った。

 心配しなくても、フローネに勝てるような女の子はそうそういないと思う。なにより彼女のルディへの想いが、真剣であることはわかっていた。

 だからネルフィルも父にあんなことを言われても、軽く流してしまったくらいだ。

 「そうよ、安心していいわ。応援しても、わたしがルディシアール君を好きになることはないから」

 「ありがとう」

 「でも、いいの?彼は大変よ」

 フローネがルディを好きな事は皆よく知っている。しかし、当のルディには、まだ受け止められる心の準備ができていない。つまり、ネルフィルのような女の子から見れば、コドモということだった。

 加えて彼は異名持ちの卵だ。今は良いが、一生を共にするには寿命の違いという大きな問題を含んでいる。

 それも含め、彼を取り巻く状況はとても厳しい。

 いくら好きでも、その先を望むのは覚悟がいるだろう。

 「うん。わたしね、ルディの一番にはなれないのわかってるんだ。でも、ずっと好きなの」

 フローネの中で、ずっと育んできた想いだ。

 魔法しか選べないと、血を吐く思いで言っただろうルディの言葉は真実だろう。だけど、それはフローネの想いを否定するものじゃない。

 「女の子の一番は譲れない?」

 「わたし、負けないから」

 当面の強敵は、ルディが姉さんと呼ぶ胸の馬鹿でかい女騎士だ。魅力的な大人の女で、ルディを狙っていると公言している。

 「わたしが彼なら、貴女を放っておかないのに」

 ほんとに男の子なんて馬鹿ばっかりだと、ネルフィルは思う。


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