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訃報

 後宮で王太子妃主催の内輪のお茶会が開かれることになり、警備計画の承認をもらいに来たオリディアナに、エディアリーヌは鷹揚に頷いた。

 もともと警備は後宮騎士団の仕事であり、護られる側の王太子妃はお茶会の主催者として、概要を知っていればいいだけのことである。それも、大枠は常のものであり、特別な変更点もなければ、本当に警備が滞りなく行われるよう申しつけるくらいのものだ。

 椅子に腰掛けたままのエディアリーヌは、傍らにある脇机の上の扇子を手に取った。

 軽く開いて侍女に向け、そのまま扇子を閉じるのは、取り決められた人払いの命令である。

 「丁度良いわ、少しお話ししましょう」

 エディアリーヌによって侍女が下げられると、オリディアナは硬い顔をして王太子妃の言葉を待つ。

 「何故、黒の魔術師のもとへ行ったのかしら?」

 質問の形を取られていたものの、それは明らかにオリディアナの軽率さを責めるものだった。

 「言い訳はいたしません。わたくしの浅はかな想い故ですわ」

 「そう」

 とりつく島もないと、エディアリーヌは思う。オリディアナは自身の行為が愚かであると知っているのだ。

 知っていながら、感情に突き動かされてしまった。

 「オリディアナ、できることなら貴女を喪いたくはないわ」

 エディアリーヌの方が歳は若く、元はどちらも公爵家の令嬢であっても、今の二人には格段の身分差がある。

 王太子妃であるエディアリーヌより身分の高い女性は、王妃一人だけだ。

 そのエディアリーヌに面と向かって、自らの身を惜しまれたオリディアナは意外そうな表情を浮かべた。

 「王家の血に連なる者としての役目を拒んだわたくしは、今となっては一介の騎士に過ぎませんわ。国が異名持ちとわたくしのどちらを取るかなど、明白というもの」

 「馬鹿なことを言わないで欲しいわね。その選択をすること自体が望ましくないのだと、わからない貴女ではないでしょう」

 破滅方向に開き直ろうとしているオリディアナに、正直エディアリーヌは腹立たしかった。

 理解しながら、何故それを選ぶのか、エディアリーヌにはわからない。

 「殿下にはおわかりにならないでしょう。わたくしも、あの方に心を奪われるまで、このような感情は馬鹿らしいものと思っていましたもの」

 公爵家の娘として気品高く振る舞うことを要求され、同時に騎士となり凜々しい女性として、同性に憧れの目を向けられていたオリディアナは、自身の価値を知っていた。

 もとより、王女であった母が公爵家に降嫁したのも、王位に絡む無用な争いを起こさせないためである。

 その娘の自分も、国のため、家のために政略結婚をすることも、当然のものと受け入れていたのだ。

 それがブランに会って、変わった。

 最初は気に喰わない男だと思っていたのに、気がついたら目が彼の姿を追っていた。

 ブランに認められたい。自分だけを見て欲しいと望む己に気がついた時、オリディアナはこれが恋であると知った。

 切なくて、愚かしい程に相手を恋慕う想いは、オリディアナの一途さに火を付けた。

 こんな情熱を自分が抱けることに驚き、いつの間にか、恋する自分に酔いしれてしまったのだ。

 かなわない恋であるとは思わなかった。

 恋をする女の傲慢さが目隠しとなり、周囲を見られなくなって、自分の想いが優先されるものと思い込んでしまったのだ。

 進められていた縁談を自ら破談としたときも、後悔などしないとオリディアナは思った。

 今も、ブランに拒絶された胸の痛みはあるが、恋をしたこと自体は悔いていない。

 「わからない方が、きっと良いのでしょう」

 エディアリーヌは王太子を敬愛しているし、オリディアナのように激しい想いこそ抱いていないが、一生を共にする夫として愛している。

 生まれたときから王太子妃候補の一人としての教育を受けた政略結婚ではあるが、王太子とは幼馴染みでもあるし、彼に選ばれたことが嬉しく、誇らしかった。

 「オリディアナ、貴女の誇りにかけて、貴女がお慕いした相手を哀しませるようなことだけはしないでください。わたくしも貴女を信じたいのです」

 どこか断罪を望むような貴女が心配なのだと、エディアリーヌは言った。

 「殿下、わたくしは殿下に嫌われているものと思っていました」

 王太子妃として、国に尽くしている彼女にしてみれば、公爵家に生まれながら、自分のように恋におぼれた馬鹿な女は許せないだろう。

 それなのに、王太子妃が自分を案じている素振りを見せたことが意外であったのだ。

 「好ましく思う理由はありませんが、嫌うには貴女は潔い人です。その覚悟が誤った方向に向けられないことを、わたくしは願うばかりです」

 恋の誇りに訴えるやり方は、エディアリーヌの好むところではなかったが、もしオリディアナに届くとするなら、感情に語りかけるしかないと思ったのだ。




 ある意味予想された訃報を、ハルシオから聞いたローレイは、その足で魔窟に向かった。

 これは自分の役目である。

 他から彼の耳に入る前に、ローレイが直接伝えると決めていた。

 それにしてもタイミングが悪いと、野外訓練の前日である今日であることに、いささか怒りに近いものが心に浮かぶが、それを冷静な思考でねじ伏せる。

 時機の悪さを罵るより、対応を考える方が有益だ。この切り替えの速さから、時にローレイが冷たくみられることもあるが、それは間違いなく彼の有益な資質であった。

 ローレイは魔窟の警備を担当する兵士に案内を頼む。ブランの研究室に出入りこそしないが、その周辺を担当する兵士を捕まえたのは、魔窟で迷子になる暇などないからだ。明らかに生徒の分を超えた行為であるが、今回はそれを承知で軍務卿の息子としての顔を使った。

 「ローレイ君?」

 話に聞く研究室の結界に触れることで来訪を知らせ、対応に出たデューレイアにルディを呼んで貰う。

 厳しい顔をして、研究室を訪ねてきたローレイに、ルディは嫌な予感を覚えた。

 「最初に言っておくよ。悪い知らせだ。君には言っておくべきだと、僕が判断した」

 ローレイの様子に、研究室の中で話すべきだと思ったブランは、彼を結界の中に招き入れた。ローレイの厳しい顔が、わざとそのように見せているのも承知の上だ。

 「防壁に向かった護送の馬車が魔物と遭遇し、かなりの被害を受けたそうだ」

 二匹のワイバーンに追われた二角獣(バイコーン)の群れに遭遇し、更に運悪くワイバーンの襲撃を受けたという。

 兵士にも被害が出たが、繋がれた受刑者は半数が死んだ。

 「死者の中には、リュシュワール・シエロが含まれている」

 「‥‥‥間違いないの?」

 ローレイが言うことだ。事実であると、ルディの理性は判断していたが、信じたくない気持ちはどうしようもなく大きかった。

 「役人が遺体を確認している」

 リュシュワールについては、間違いなく本人である確認をとるように、厳命を受けた役人により、検分がなされている。

 そのあたりの事情は、ルディに知らされることはないが、覆らない事実であることは、ローレイも間違いのないように伝えた。

 「どうしてっ」

 リュシュワールに科せられた罰は、二年の強制労働であった。きつい苦役ではあるが、死罪は免れたと、ルディは思っていたのだ。

 「落ち着きなさい」

 デューレイアが動揺するルディの両肩に、後ろから手を置いた。

 「防壁に近ければ、それだけ魔物との遭遇率も上がるわ。それでなくても、馬車が襲われることも、死者が出ることも、珍しいことじゃない」

 デューレイアの言うとおりだ。運が悪かった。そう言うしかない。

 「ルディ君、こんな言い方をすれば君は怒るかもしれない。でも、これは彼が自ら招いた結果だ」

 リュシュワールは自らの行為によって罪を負い、それが原因となって命を落としたのだと、ローレイは言い切った。

 「ルディ、お前が取り乱すのを見越したから、彼はこうして知らせにきたんだ。わかるな」

 ブラン、デューレイア、カウルス、リステイル、ネリーネ、ローレイ。ここにいるのは事情を知る者ばかりである。ルディがこのような反応をしても、仕方ないと思うし、それでルディの不利益になることもない。

 だが、外では違う。

 ブランは、ここ以外では動揺を見せるなと言っているのだ。

 「つけいる隙を見せちゃ駄目よ。できるわね」

 デューレイアに言い含められ、直ぐには頷けなかったが、ルディはゆっくりと視線を巡らせ、潤んだ瞳を黒髪の魔術師に向けた。

 ブランもデューレイアも、外では見せるなと言うのは、ここでなら構わないと言ってくれているのだと、ルディは知っている。

 「‥‥‥少しだけ、時間をください」

 自分自身で心の整理を付けなくてはいけないことだ。

 憎まれたまま喪ってしまった、兄であった存在。もとより、修復は不可能な関係であった。

 ルディにだって、リュシュワールやアリアルーナが自分を疎んじ、嫌っていたことくらいわかっていたのだ。

 嫌われて、傷つけられて、なおかつ好意を持ち続けられるほど、ルディもできた人間ではない。それでも、自分も彼等を嫌い、憎しみを向けたら、本当にそれで終わりだと知っていた。

 肉親に憎まれるのは辛い。だから、望みだけはなくしたくないと願ったのは、ルディの未練であり、弱さだった。甘受するべき痛みを、先延ばしにしようとしていただけだ。

 けれど、結局その未練が、最悪に近い決裂を招いた。

 憎しみではなく諦めを手にとって、少しずつ、その事実に慣れていこうとしていたのだ。

 そんな中で突然の訃報に、かつて家族であった記憶が一気にのしかかった。

 嘆きはある。だがそれはこんなものかと、どこかで醒めた感覚があるのもわかる。

 ルディはリュシュワールの死を悲しんでいるが、それを何処か客観的に認識できる自分に気がついていた。

 それがもたらせるのは、超えてしまっていた溝と、かけがえのないものを選んでしまった自分を、直視する痛みである。

 認めろと、ルディは自身に告げる。

 兄であった人の死も、我を忘れるほどの哀しみとはならず、魔法を揺るがすほどの感情を抱けなかった。その痛みを、ルディは認めなくてはならないのだ。

 「手間をかけたようだ。済まなかった」

 思惑はあるにせよ、ルディのことを気にかけて、ここにきたローレイに、ブランは礼を口にする。

 「お役に立てたのなら幸いです」

 ローレイの方も、あくまでも自分の役目であったと思っていた。

 「ああ、そうだ。これは興味として聞くが、襲撃の被害はどの程度だったのか、わかっているなら教えてくれないか」

 「先程申し上げたとおり、受刑者の半数が死亡し、兵士にも死者がでたそうです。複数のワイバーンを退け、全滅を免れたのは、護送に慣れた腕利きの兵士がついていたおかげだと聞きました」

 「そうか。魔物の襲撃は予想しても万全とはいかないからな」

 「はい。土地勘のある兵士がいても、襲撃は予測しきれないそうです」

 ローレイが帰った後で、ブランがルディを裏に連れて行った。

 気を抜くと大怪我をする組み手をあえてやらせるのは、荒療治でもある。

 デューレイア達がすぐについて行かなかったのは、ブランに任せた方が良いと思ったのと、共通理解をはかるためだ。

 研究室の結界内は、内緒話をするのにも適している。特にルディに聞かせたくない話をするには、丁度良い。

 「つくづく可愛げのないガキじゃないの」

 ローレイの隙がない言動に、ネリーネは素直な感想を溢す。

 「父親はもっと食えないけどね。まあ、先行きが怖いのは確かね」

 あれが次代の軍務卿だろうというブランの予想に、しみじみと頷いてしまうデューレイアだ。さすがに、口にはしないが。

 「しかし、あれだと、魔物の襲撃はマジモンじゃないかな」

 さすがに兵士に死者がでることを前提にした筋書きは書かないだろうと、ネリーネは言う。

 デューレイアはあの軍務卿が糸を引くなら、ありだと思うが、今回はネリーネの言うとおりだろう。

 「ワイバーン相手じゃ、腕の立つ魔術師でもいないと、全滅の目もあるでしょうしね」

 魔術師でも、かつて無傷でワイバーンを仕留めたルディは、もとより問題外だ。

 空を飛ぶ魔物はそれだけでも難敵である。暴走する二角獣の群れとワイバーンが二匹ともなれば、護送隊の規模で被害がその程度で済んだのならば、魔術師がいて、なおかつ幸運だったといえるだろう。デューレイア程の腕利きであっても、一人では被害を出さずに守り切れる自信はなかった。

 生き残りの証言がある以上、ワイバーンの襲撃は事実だ。護送隊が全滅しては、リュシュワールの確実な生死確認がとれない恐れがある。そんな手は、選択しないだろう。

 ここにいる者は皆、リュシュワールの死は決まっていたことだと確信していた。彼はルディを殺そうとしたことで、自らの死刑執行書を発行していたのだ。

 「あの子もさ、いくら兄弟っていったって、自分を殺そうとした相手じゃない。良い子ちゃんすぎるのもイヤミになるってゆーの」

 「ネリーネ!」

 それはいくらないでも言い過ぎだと、睨みつけるデューレイアの先を制して、カウルスがネリーネを譴責する。

 確かにルディは甘いが、肉親の死を悲しむなというのは、話が違う。むしろ、険悪な関係であったことで、歪んだ傷になりかねないのだと、心配しているのだ。

 「‥‥‥だって、あの子が罪悪感感じる必要ってある?」

 さすがに口が過ぎたと、ネリーネも気まずい表情を浮かべた。別に彼女もルディを嫌って言ったわけではないのだ。

 「あーでもさ、あの子に対する言い訳が楽になったんだ。丁度良かったんじゃない」

 どのような形であれ、王宮の関与はいくらでも疑える状況だ。無論、偶然を何食わぬ顔で強弁する輩のやることだから、もともとそれなりの手段を取るつもりだったに違いない。

 しかし結果は同じだが、王宮の手の者が実際に手を下すことなく済んだ。最初から殺すつもりだったのだから同じことだと、言ってしまえばそれまでだが、それでも手を下したのが人か魔物かでは心情的な違いが出る。

 魔物の襲撃は偶発的な出来事であり、護送隊にとっては運が悪かったとしか言いようがない。

 そういう意味では兵士に被害が出たことを考えれば、ネリーネのように単純に良かったと言ってはカドが立つものの、その中で目的は達せられたのだから丁度良いと、上は処理するだろう。




 ギリギリまで精神を研ぎ澄まし、魔法を使う。他のことを考える余裕などない状態で、ルディは目の前の師に集中する。


 苦しげな息をついて地面に仰向けに転がったルディの側に、黒髪の魔術師が歩み寄った。

 こちらは動いたことによる衣服の乱れはあるものの、平然としている。

 「悩むのも良いが、引きずりすぎるなよ」

 あまり自分が言えたことではないがと、ブランは内心で思う。

 「‥‥‥はい‥‥」

 結局は感傷だ。分かたれ、交わってはならない道で、一つは途切れた。後戻りのできない厳しい道を歩いているのだ。立ち止まり、振り返っていて、足元の道を見失えば、自身が転げ落ちる。

 疲れ切った思考も身体も、余計なことを考えるなという。おかげで、気持ちも随分整理できたと思う。

 「明日の準備はできているのか」

 「はい。大丈夫です」

 不意に、ふわりと温かく身体が楽になった。ブランの回復魔法だ。

 ゆっくりと深呼吸して起き上がる。

 「ありがとうございます」

 「気を付けて行って来い」

 「はい」

 明日は野外訓練だ。わざわざ魔窟に足を運んでくれたローレイのためにも、しっかりしようとルディは思った。


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