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事前準備

 授業後に、一班のメンバーは早速借り出した天幕を、寮の裏手にある空き地で張ってみた。

 「そこにペグを打ち込んでくれ」

 「ここ?」

 エルの指示で、ルディが地面にペグを刺して、風槌で打ち込む。

 「‥‥‥お前な‥‥」

 渡そうとした木槌を手に、エルは唖然としていた。絶妙な力加減で、ペグは一発で地面に打ち込まれていた。

 風槌は攻撃魔法である。文字通り圧縮した風の固まりで対象を叩き潰す魔法だ。決してペグを打ち込むのに使うものではない‥‥‥と思う。

 「貸して」

 呆然としているエルの手から木槌を取って、フローネがもう一つペグを打ち込んだ。

 それぞれ天幕を張った経験のあるエルとローレイが中心になって、二つの天幕を張っていく。

 警護当番のカウルスとネリーネは、黙って少し離れたところからその様子を見ていた。

 「手際悪いの」

 遠征の野営で天幕は張り慣れているネリーネが、初心者のたどたどしい様子にやれやれと呟く。

 「最初はあんなもんだろ」

 つい手や口を出したくなるのを、カウルスも我慢しているのだ。手伝えば、もっと手早く張れるだろうが、これも学習である。一度張った後で、コツを教えてやろうと思う。

 一応やり方は、経験と知識のあるローレイが指揮を執っているおかげで、問題はないことだし。

 「時間かかっちゃったね」

 張り上がった天幕を前に、フローネが腰に手を当てて深呼吸をする。

 「ええ。わたしも野営はしたことがあるのですけど、家人がほとんど支度をしてくれたものですから」

 ネルフィルが外した作業用の手袋を手に、手順の悪さの反省を口にした。

 興味津々で、天幕の中に入っていったルディの子供っぽい行動を笑いながら見て、カウルスが点検してくれた。ついでに、準備中に目に付いた問題点などを幾つか教えてくれる。

 ようやく張れた天幕だが、これからすぐに片付けるのだ。

 「仕舞うコツを教えてやろうか」

 張り終わるまでは口出しを控えていたカウルスだが、どうにも我慢できなくなったようだ。

 もともと面倒見の良い男である。手は出さないが、要領を言うくらいならと、仕舞う手順を教えてやろうかという。次に使うときのためにも、これはなかなか大切なのだ。

 「よろしくお願いします」

 教えを請うのに否やはない。まして手慣れた騎士の指導が得られるならしめたものだと、エルは調子よくカウルスに頭を下げた。




 今日は特別に授業後を空けて貰ったルディが、自身の夕食を珍しくエル達と食堂で食べていた。

 「実はさ、実習の時の装備なんだけど、外套(マント)どうしようかと思ってさ」

 朝も食堂で悩んでいた原因を、エルは幼馴染みに打ち明けた。

 「兄貴のお古使ってたんだけど。ほら、兄貴治癒科だったろ。治癒士って、行軍にも参加すること多いし、校外での実習も結構必須単位だったんだってさ」

 だからといって、治癒士はばりばりの後衛で、余程のことがなければ戦闘に加わることもない。おかげで、装備は痛みも少なく、弟の使用にも耐えられる状態だった。

 「外套(マント)もさ、古着だけど耐熱耐寒まで付いたいいやつだから、文句なかったんだけど」

 なんのことはない、エルが成長したおかげで、今まで使っていたクロマのお古が合わなくなってしまったということだ。

 「今の兄貴と俺の背って、そう変わんねぇし、丈も足りないし、キツいんだよ。それでいい加減買い換えないとって思ってたんだけど」

 ものがマントだけに、今まで我慢して使ってきたが、狩りと野営となると、さすがに今のモノではきつい。

 「エルがでかくなりすぎただけだろ」

 背の高さも体格も、エルにおいていかれて久しいルディのコンプレックスに、それは直撃した。

 「お前の背が伸びねぇからって、ひがむんじゃねーよ」

 珍しいルディの八つ当たりに、エルが笑いながら胸を張る。

 どちらも悪気はない、冗談半分の軽口だ。

 「僕だってちゃんと伸びてる。そのうちエルだって追い越してやるから、みてろ」

 「おう、せいぜい頑張れよ」

 男としての精悍な身体に順調に成長しているエルは、余裕な態度でルディの負け惜しみを受け流す。無理じゃないかとはさすがに口にしない。思っていてもだ。

 「今度の休みに古着屋で、買い替えるつもりなんだけど、金がなあ」

 エルの懐具合では、付与に付いた衣服の新品などとても買えないから、最初から古着狙いである。

 その代わり、エルも野営や狩りに使う道具は、奮発してできるだけ揃えた。成長期の衣服と違って、道具の類いは今後も長く使えるのだ。特にナイフは、掘り出し物といえるいい物を手に入れていたりする。ただし、おかげで余計に外套に割ける金がない。

 「しゃーねえから、合羽兼用ので我慢するしかないか」

 「状態とかお値段とか、いろいろ考えると、厳しいんだよね」

 前の休みにも、エルに付き合って古着屋を回ったから、学生街の在庫とかの状況はフローネもわかっている。

 「そもそも今の時期、ちょうど良い物ってわりとないんだよな。マントだし、ある程度大きさは融通きくけどさ。どっちにしても、付与付きは無理だよなぁ」

 「素材揃えてくれれば、僕、付与やろうか?」

 「マジか!?」

 思わず喜色に満ちた声をエルはあげた。

 何事かと、クラスメイトの視線を集めるが気にしない。

 「今、いろんな付与魔法勉強してるんだ。防水、耐熱、耐寒の付与は自分のやったからできるよ」

 付与魔法の加工された物は、仕立て直しができなくなるから、サイズ変更は不可であることは、常識だが一応断っておく。

 「ありがてぇ!付与付いたヤツだと、古着屋でも馬鹿高いのしかなくて手が出なかったんだ」

 材料は揃えるし、礼もするからホントに頼めるかというエルに、ルディは任せてと請け負った。

 「ずるいっ!わたしもルディに付与付けて貰ったのがいい」

 「フローネは付与付いた良いのがあるだろ」

 娘に甘い父親が、魔法ギルドのコネを使って、古着だが防水耐熱耐寒の付与された質の良い外套を手に入れて、冬の前に与えていたのだ。

 しかし、女心はそういうものではない。

 エルに持っているだろうと言われて、フローネはむっかりとふくれた。

 「でも、エルだけずるい」

 「そーだよな。エルトリードだけってのはないよな」

 ぬいっと、そこにサルーディが割り込んできた。

 「なあモノは相談なんだが、ルディシアール。もう二着、やる気ないか?」

 「二着?」

 ルディに代わって、エルがまた図々しいこと言いやがってと、問い質す。

 「駄目なら一着でも。妹の分。女の子だし、治癒科も半年試験終われば校外学習あるし、来年も使えるように大きめのヤツだから」

 妹を優先させる良い兄貴っぷりに、途端にフローネが微笑ましい顔になり、エルがニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべる。

 「タダでか?」

 そこで、材料費はもちろん、ルディにただ働きさせる気はなかったエルが突っ込む。

 「た‥タダとはいわねぇ‥‥付与魔法系の研究同好会くらいの代金ならなんとか。それ以上は他に‥‥‥オレに出来ることなら」

 少し顔を赤くしながら、フローネ達の反応を照れ隠しにあからさまに無視して、サルーディは技術科生徒がやっている同好会の相場くらいなら払えると言う。

 技術科の専門コースの生徒が、課外活動として自作の魔導具の製作や魔法の付与を行う研究系の同好会は幾つかある。

 あくまで修行の一環としての活動ではあるが、製作物を材料費に少し上乗せした価格で、希望者に譲ることは珍しくない。

 非公式のアルバイトのようなものとして、学校から黙認されているものだ。

 だが、サルーディもエルもうっかりしていたが、そもそも空魔法の魔導具を王宮に納めているルディである。その他の魔導具でも、生徒のレベルとはいえないものだった。

 当然、その価値もだ。


 それについては少し前に、騎士達とも話をしたことがあった。

 「これなら王都の商品と比べても遜色ないぞ」

 かつてルディがネリーネの剣に施した付与に対して、カウルスが下した評価である。

 「えっと、ひとの剣ですから、失敗するわけにはいきませんから」

 そういう意味では当然の結果であると、謙遜でも驕るでもなく、淡々と当たり前だと言うルディシアールに、またコイツはボケたことをと、デューレイアを筆頭に周囲の空気が白くなった。

 ルディにとっては実践という訓練の一環でも、品質は売り物として通用する代物である。それもカウルス曰くの王都品質、表通りの魔導具店で扱うレベルに達していた。

 「基本の強化だ。これができなければ話にならん」

 それはアンタのレベルだろうと、ブランの切って捨てた評価に、そこにいた全員が口に出さなかったが、そう思ったという。

 今回、ネリーネの剣に魔法の付与をするまでに、ルディが基本の技術の習得や、練習をしていたのは知っている。それ故のブランの評価であろうが、規格外の魔力と才能に努力が結びついた結果として、生徒の枠を超える技量を得た。だからこそ、カウルスはあえて忠告を口にする。

 「ルディ君、これは要らぬ忠告かもしれんが、君の作る魔導具は、十分に売り物になる物だ。だから、それを人に譲るなら、材料費と相応の対価を貰うようにした方が良い」

 「対価、ですか?」

 「君はまだ生徒だから、必ずしも金銭でなくても構わないだろうが」

 理由がわからなくて、納得しかねているルディに、さて、なんと説明しようかとカウルスは少し考える。

 「そうだな、魔導具を作ることを生業としている者達のことを考えたらどうだ?魔導具は相応しい価格で取引されるべきだろう」

 「商売の邪魔をしては駄目だってことかな」

 「そんなところだ」

 「カウルスの言う通りね。ちゃんと代価を払えば、相手も心置きなく自分の物だって言えるわ」

 デューレイアにも言われて、ルディはそれもそうかと納得した顔をする。

 それにと、デューレイアは姉貴分としても思うところがあった。

 この子のことだから、クラスメイトあたりにでも頼まれればホイホイ作るだろう。空魔法でない魔導具なら、王宮との約束には障らないのだから、誰に渡しても問題ない。だが、中にはこの子を都合良く利用しようとする者が現れるかもしれないと、彼女は案じていた。

 あの幼馴染み達なら大丈夫だろうが、この先、対等な関係であるためにも、こういうことはきちんとしておいた方が良い。騎士達もそう思って、まずは本人に認識させたのだ。


 自分の財布の中身と相談しつつ、交渉してくるサルーディに、さてどうしようかとルディは考えた。

 「ルディ、コイツだけじゃなくて、オレもちゃんと払うから、遠慮せずに、な」

 自分だけではルディが代価を請求しにくいが、他にもというなら丁度良いとエルは思ったのだ。

 エルの父親はトゥルダス迷宮管理組合に勤めているが、母親は手の空いているときは親戚の魔導具屋の手伝いをしている。

 親戚の魔導具屋の商売内容は、火魔法を使った調理具や灯りの魔導具などの、生活用品の販売と魔力の補充などだ。それもあって、魔導具の価値を知っている。

 かつて、将来ルディに魔導具の店をやらないかと言ったのも、かなり本気だった。だから、相手が幼馴染みであっても、礼はするべきだと思う。

 ただ、空魔法の魔導具作りもあるだろうから、無理をするくらいなら断ってくれて良いと気を遣うエルに、ルディは良いことを思いついた。

 「材料さえ揃えてくれれば、お金は要らない。身体で払って貰うからさ」

 ニコニコと、丁度良いと自分の思いつきにルディは会心の笑顔を浮かべた。

 そして、その後しばらく、休日に買い物のメモを持って、学生街を回る二人の姿が見られたという。




 ルディはリュレと向かい合わせで馬車に座っていた。

 身に纏っているのは、今日に間に合うように仕上げられた礼装である。

 紫のローブを着たリュレは、緊張でカチコチに固まっているルディを見て微笑んでいた。

 「城へ行くのも、陛下に目通りするのも二度目ではないか。どうということはあるまい」

 「あります。だって‥‥‥」

 先日、ルディシアールをクリシス伯爵家の後継として認めるとの、国王の許しを得た。今日はその披露という意味での謁見が行われる。

 「今日だなんて、いきなり」

 昨日の夕方に用事があるからと、デューレイアに明日の早朝、リュレの館へ転移するように言われたのだ。外出許可は取ってあると、デューレイアは具体的な用事の中身は告げなかった。

 言われたとおりにしたら、待ち構えていたリザリアナ達によって念入りに磨かれ、礼装に着替えさせられて、馬車に乗せられたのだ。正装でないのは、継嗣の謁見はあくまで非公式という建前があるからだった。

 「前もって知らせたら、眠れなかったのではないか」

 寝不足の顔で王宮に上がることがないように気を遣ったのだとリュレは言うが、ルディは素直に感謝できなかった。

 「謁見の作法は習ったのだろう。何を心配することがある?」

 「うー‥‥‥そういう問題じゃありません」

 「では、どういう問題だ?」

 微笑みながら意地悪く問い返すリュレに、ルディは押し黙った。何を言っても無駄だと悟ったのだ。

 「ブランの任命式も一緒にやるそうだ」

 「え?先生も」

 ブランも一緒だと言われて、ルディは首を傾げた。

 「どうした?」

 「あの、今朝リュレ様の館に転移」

 「お前の館でもあると言ったであろう」

 これからはここがお前の家であると、リュレは最初にルディが館を訪れたときに言い聞かせてあった。だからと、きっちりと訂正させるリュレは、戸惑うルディを面白そうな顔をして見ている。

 「う‥‥あの‥館に転移する前に、先生に頼まれて天地の壁の方に跳ばしたから」

 「ほう。王都から見える一際高い頂きの尖った峰か?」

 「はい」

 「ふむ、あれも子供っぽいところがあるからな。まあよい、せいぜい見せつけてやろうではないか」

 チラリと瞳に愉しそうな輝きを宿したリュレは、何かを知っていそうな口ぶりであった。

 「えっと、見せつけるって」

 「わたしとブランとお前が揃うのだぞ」

 異名持ち、それも滅多に表に出て来なかった黒の魔法殺しと、この国の守護者である黄金の天秤操者、そして将来の異名持ちとなる空魔法の銀の雛が並ぶのだ。さぞかし物見高い貴族共が集まっているだろうと、リュレは皮肉っぽく言った。

 「僕、庶民の出なんですけど」

 王城に上がって、国王の前に出るなど、空魔法に目覚める以前のルディは想像もしなかった。

 「なに、偉そうに貴族を名乗っている輩とて、爵位を得た初代がいてこそだ。血筋だけで爵位を受け継いだような者に気後れすることはない」

 なかには血が磨いたとんでもない傑物もいるが、皆が皆ではないのだ。実力で成り上がった者が侮られるいわれはない。

 微笑みながら、リュレはそう言った。

 「それでいったら、僕はたまたま空魔法が使えただけです」

 「運も実力だ。それに、持って生まれた才能も磨かねば光らぬ。お前はそれだけの努力をしている。ブランが育てているのだぞ。もう少し自信を持たねば、あれが嘆くぞ」

 このわたしが見いだし、ブランが鍛えている珠玉だと、リュレは慈しむようにルディを見詰めた。

 ブランにとってこの存在がどれほど大きな救いとなっているのか、リュレは知っている。それは王国の貴族達が抱く価値とは、比べものにはならないものだ。


 そして、ルディがぐだぐだ言っている間に、馬車は城に着いた。

 馬で付き従っていたアルセアドが、馬車の扉を開ける。急ぎの時はアルセアドも馭者を務めるが、今日は専任の使用人がいる。

 リュレの館をルディが初めて訪ねたときに紹介された五人、本館に住んでいるアルセアド達以外の使用人は、別館で居住しているのだ。

 王都のリュレの館は伯爵家としては質素な方ではあるが、体面を維持するのに相応の家臣、使用人は必要である。

 「うわっ」

 馬車を降り、ルディは空を見上げた。

 少し前から気になっていたのだが、馬車を降りて肉眼でそこに見た光景に、思わずルディが声を上げる。

 探知の風魔法でわかってはいても、実際に見た迫力はやはり違う。

 「開き直ったか。派手な真似を」

 馬車を降りたリュレも、微苦笑している。ただ、ルディがブランを天地の壁に跳ばしたことから、予想はしていたのだろう。リュレは落ち着いたものだ。

 城の空を竜騎士を二騎従えた竜が舞っていた。

 それは竜騎士の従える飛竜ではなく、遥かに格上の強大な竜、真紅に輝く鱗を持つ火竜である。

 火竜は悠然と羽ばたき、竜騎士の誘導で城の前の広場に舞い降りた。堀のある城の外郭の内側である。

 前もって、といっても直前であったが、通達があり、なおかつ竜騎士が先導していなければ、パニックになっていただろう。それほど、火竜は別格な存在であった。

 その背から、黒い正装姿の青年が飛び降りる。遠巻きに恐ろしげな目を火竜に向け、緊張で武器を握る手に力が入った王宮の兵士を尻目に、当の火竜は翼を畳み、地に座り込んだ。

 その態度はまさに強者の余裕である。火竜にとっては、周囲を取り囲む連中に、脅威を感じ得ないのだから当然だ。

 近くに、己が従う黒髪の男に匹敵する魔力と、それには及ばないが他より飛び抜けた強大な魔力を感じはするが、それは敵ではないと知らされていた。

 「結界は張っておくが、近寄らないようにしてくれ」

 結界石を置いて、青年、黒の魔法殺しは先導していた竜騎士、カウルスに頼む。

 「了解しました。しかし、コイツを連れ込むのはできればこれきりにしていただきたいものです」

 黒の魔法殺しの保証があるのだから、火竜(これ)が暴れることはないのだろうが、それでも神経に悪い。

 「軍務卿の期待に添ってやろうと思ってな。謁見が終わったら、早々に退去しよう」

 それ、意趣返しでしょうと、カウルスは思ったが口にしなかった。

 軍務卿が満足できるような派手な見物になっただろうというブランに、神経をガリガリ削られたカウルスは、とばっちりだと責める目を向けてきた同僚のもう一騎の竜騎士に、諦めろと緩く首を横に振る。こうなったら、達観の境地に達するしかないのだ。

 畏怖を帯びた目で見られながら、ブランは紫のマントを翻して城門をくぐる。

 黒の正装に紫のマントを纏った黒髪の青年の素性は、もはや問うまでもなく、王宮の兵士を始めとした人々の口に、黒の魔法殺しの名が囁かれた。


 待ち構えていた教え子が駆け寄ってくるのを、ブランは柔らかな表情で迎えた。

 「先生、あれ火竜ですよね」

 「ああ、峰の主だ。昔、一度やりあってな」

 結果はいうまでもない。竜は自身が認めた強者には服従する。

 ブランも王都から最も近い天地の壁の峰を制する主を、殺すわけにはいかなかったのだ。

 峰に群れる魔物を抑える支配者がいなくなれば、次の支配者の座を巡って、闘争が起こる。

 王都と天地の壁の間には、小国なら一国が収まる規模の荒野が存在し、そこは深い亀裂を有する地形もあり、人が住める環境ではない。かなりの距離があるが、それでも大規模な魔物の闘争が起これば、魔物の群れが王都に流れ込んでくる恐れがあるのだ。

 「あの、後で近くで見てもいいですか?」

 最強の生物といわれる竜は、畏怖とともに男の子にとっては心躍らせる存在でもあった。王都の空を舞う竜騎士に、憧れる少年は数多い。

 普通なら脅威である火竜が近くで見られるとあっては、ルディでなくとも目を輝かせるだろう。

 「帰りに乗っていくか?」

 「ホントですか!やった、お願いします」

 年相応に歓声をあげるルディは、先程までの緊張がすっ飛んでいた。

 「ふふっ‥‥男の子だな。さて、そろそろ控え室へ移動しよう。あれらが困っておる」

 リュレ達の案内を任された城勤めの者達が、声をかけるタイミングを計りながらこちらを見ているのに、リュレが移動を促す。

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