とても厳しい授業
二日目の実技は、魔法の指導から始まった。言われた通り練習着でブランの研究室に来たルディシアールは、昨日の復習と火球、風球、水球、砂球の四種の魔法を撃つ。もちろん杖なし無詠唱だ。
「遅い。そのくらい一秒以内に撃てなければ話にならん」
それでも最低ラインだと、最初から無茶振りしまくりの先生だった。出来るまで反復練習と、繰り返し撃たさせた。しかし、流石に三回目の砂球で集中力が続かなくなり、ルディはゼイゼイと息を切らせて膝をついた。
「おい、こんなんでバテててどうする」
普通は無理でしょと思いつつ、横で見ていたデューレイアは黙っていた。撃つ度に発現が速くなり、術としての形もしっかりしてきているという事実に、突っ込むのが馬鹿らしく感じたからだ。普通は無理だが、遠からずなんとかマスターしてしまいそうな生徒は、所詮普通ではないのだ。大体、魔法を習い始めて二日目で、これだけの数を撃てること自体、既におかしい。
その後、火球、風球、水球でダウンしてしまったため、そこで休憩となった。
「ねえブラン、回復魔法かけてくれないかしら。これじゃ使いモノにならないわ」
息も絶え絶えに地面に懐いているルディを指して、デューレイアは言う。はっきり鬼だった。仕方ないなと、渋い顔をして無造作に回復魔法をかけたブランと同類だ。
ルディシアールは右手の剣をギュっと握った。デューレイアが持ってきたスモールソードだ。飾り気のない実用一辺倒の鉄剣、真剣である。前に立つデューレイアの持つロングソードも、普段彼女の使う剣ではない無骨な一品だが、やはり真剣だった。鋭く光る刃を向けられ、ルディは恐怖で身が竦む。抜き身の剣を向けられたのは、生まれて初めての経験だ。
「怖い?」
「は‥‥はい」
「そうよね。いいわ、まずは真っ直ぐに構えて。一度打ち込むから」
言われて、基本通り片手で持って前に構えた剣に、デューレイアの剣がゆっくりとした速さで、振り下ろされる。とっさに左手も添え両手で持って受けた剣撃は、予想以上に重い。衝撃に固まってしまったルディに、デューレイアは苦笑を浮かべた。
「怖いのは分かるんだけど、そんなにガチガチになってたら動けないでしょ。あと、目は瞑らない!」
今度は片手で受けなさいよと言って、もう一度打ち込まれた剣を、反射的に受け止めた。続けて向かってくる剣先から、体が逃げる。けれど、足は動かなかった。結果、体勢を崩し地に転がった。
ピタリと目の前に突き付けられた剣先を前に、息が止まる。
立ち上がらせ再度構えさせるが、真剣への恐怖が先に立って、ろくに動けないルディに、デューレイアはちらっと視線をすぐ側で見ているブランに流した。クイっと、顎を上げてやれとの了承を送ったブランに、デューレイアは踏み込み下方から振り上げ、ルディの剣を弾き飛ばし、ガラ空きになった体に剣先を埋めた。
それなりに気をつけて、臓器を傷つけず、もちろん致命傷になり得ない箇所を突いたのだが、やられた側はそんなことはわからない。これが歴戦の腕利き傭兵だったりすると、自身の負傷を冷静に判断できたりもするのだろうが、素人の子供では激痛に泣き叫ぶだけだ。
「治癒をかけろ」
蹲り傷口を両手で押さえ苦痛に喘ぐルディに、ブランが「指導」を与える。冷静というより、冷たい、冷徹な声が、苦痛に満たされた意識に響くが、とても魔法に集中など出来る状態ではなかった。意識の何処かで治癒の呪文を詠唱しなければと思うのだが、苦鳴を上げ続ける喉は言葉を紡げない。だが、ブランは手を出そうとはしなかった。ルディの前に膝をついて、突き放すような声で言い渡すだけだ。
「死にたくなければ、自分で治せ」
涙で霞む視界に、黒髪の先生がいた。何処かで見た薄い紫の、強い視線が、意識を捉える。
「‥‥‥大いなる‥‥命の根源に魔力を捧げ慈悲を請わん‥‥‥巡る環の果て‥‥に連なる生命の器を全き姿に癒したまえ‥‥<治癒>」
絞り出すような詠唱は魔力を引き出し、何とか治癒の魔法を成立させることが出来た。魔力の大きさに依存した力尽くに近い魔法の成立ではあったが、効果は十分にあった。術の行使に伴い、傷が癒され痛みが引いて行くのと引き換えに、意識がはっきりとしてくる。
「どうして‥‥‥」
誤ってではない、デューレイアがわざとやったと、ルディにはわかっていた。
「剣はこういうもの、命を奪うものよ。剣の怖さを知ったうえで、命を護ることを覚えなさい。わたしが貴方に教えるのは、身を守るための手段よ」
そのためには多少手荒にいく。優しく悠長に覚えさせるものではないし、そんなヒマもない。剣を持つ覚悟をしなさいと、デューレイアは言った。
「次からは詠唱に頼るな」
一方で、ブランもルディを甘やかせない。いっそ治癒魔法の修行に、多少の負傷はちょうどいいと言わんばかりだ。
「治ったなら立ちなさい」
厳しいデューレイアの命令に、ルディは力なく首を横に振って訴えた。
「こんなこと、どうしてしなくちゃいけないんですか」
魔物が横行する世界だ。身を守るために、剣を持つのは当たり前に近い。だからこそ、魔法学校においても、剣あるいはそれに代わる武器、武術を必須授業としている。でも、デューレイアの言うのは、人に対する剣だ。魔物からではなく、人から身を守るためだと、彼女は剣でルディシアールに教えた。そして、あまりにも厳しい指導は、幾ら何でも普通ではあり得ない。
「お前には必要だからだ。嫌なら魔法を捨てろ」
きっぱりと、ブランは言い切った。
「魔法を捨てる?」
「今ならそれで済む」
その言葉に、デューレイアはハッと息を飲んだ。
一つはブランが「そこまでしてやる」くらいには、この子に思い入れがあることに、正直驚いた。そして「今なら」という意味。
「普通に生きたければ、今ここで魔法を手放せ。ただし、魔術師を選ぶなら、覚悟をしろ。魔法と引き換えに、お前は様々なものを失うことになる。お前の魔法が引き寄せるものの中には、悪意や殺意もある。だが、その時に逃げる先は死だけだ」
その覚悟がお前にはあるかと、ブランは選択を迫る。
ルディは血に染まった服に手を当てる。綺麗に治り、そこには傷跡もないけれど、痛みの記憶はまだ思い出せる。凄く痛かった。もうこんなの嫌だってくらい辛かった。だけど、胸に手をあてた。心臓と、血が流れるように、裡に脈打つ魔力の胎動。魔法の源。
幼い頃からずっと伸ばした手の先になかったものがここにある。一度手に入れたそれを手放すことなどできない。
ふわりと、視線が地平線へと向かった。空と地の果て。それは、想いの果てだ。
覚悟はまだわからない。わかっているのは、魔法を手放せない自分。
「魔法をなくすのは嫌だ」
痛いのも苦しいのも嫌いだ。堪えられるかといわれて、頷けるほど強くない。我慢できなくて、きっといっぱい泣く。それなのに、魔法を失うことよりマシだと思う自分がいる。理由なんかわからないけれど、それだけは間違えない。
剣は怖い。魔法は捨てられない。
「剣が必要?」
「お前には身を護る術がいる」
ルディシアールに与えられた選択肢は二つに一つ。でも、その一つを選べなければ、答えは残る一つ、魔法を諦められないなら今は剣を取るしかない。
きゅっと歯を食いしばり、ルディは立ち上がった。震える手で剣を拾いデューレイアの前に立つ。
「お願いします」
「いいわ、わたしの打ち込みを受け流すか、躱すこと。怪我したら直ぐに治しなさい。特に顔に傷作るのは絶対ダメよ」
最後の一言は、デューレイアの厳命だ。男の子でも、綺麗な顔は大事にするべしとは、彼女の持論だった。
この面食いがと、ブランは呆れたように呟いた。そういえば、前に自分も同じことを言われた記憶がある。
これもうダメねと、デューレイアは血に染まったまだ真新しい練習着を手に呟いた。
「身包み剥ぎやがって」
抵抗する間も無く、嬉々としたデューレイアの手で服を脱がされたルディに、男として同情する。まだ子供とはいえ、妙齢の美女に容赦無く剥かれるとは余りに哀れだ。
「こんなの着せたままよりマシよ。着替えは貸したもの」
それがブランの物で、ダブダブに大きかったりしたのは仕様がないと済ませた。今日は練習着でここに来たから、自前の着替えを持っていなかったのだ。帰っていったルディの足取りが、何処と無く重かったのも気の所為ということにしておこう。まだ何か言いたげなブランだが敢えてそれ以上を追求しない。きちんと目の保養をした‥‥‥鑑賞の価値のある美少年は、趣味云々を抜きに美味しい代物と主張した彼女に、下心の有無を問うのはあまりに無粋だ。
「ちゃんと代わりは用意するわよ。あの子、実家との縁は切らせるんでしょ」
もうちょっと着られない状態の練習着を畳んで、デューレイアは鞄に詰め込んだ。
「ババアが言うには、無力な身内は敵よりタチが悪いそうだ」
今更だがなと肯定の意を示すブランに、デューレイアも同意する。ルディは知らなかったが、入学試験から現在までの費用の一切はリュレから出ており、実家の負担は皆無だ。これからの魔法学校での生活費も奨学金という名目ですべて賄わられることになる。ルディの身柄については、魔法ギルドのトゥルダス支部長ロワンが交渉役として動いて話が進められているが、これも未だ本人には知らされていない。特に隠したわけでもなく、今の段階で教える必要もないだろうと思っただけだ。
「ねえ、ルディの返答次第では、魔法を奪うつもりだったの?」
わりと本気で言っていたような気がしたので、デューレイアは思わずブランに聞いてみた。
「そんな人生もあるかもしれないと言っただけだ」
「あの子が魔法を捨てるなんて、絶対出来ないこと知っているくせに」
魔術師として生まれついてしまった者は、魔法とともに生きるしかない。失うことは、死に等しい。ルディはそういう存在だ。自分ですらわかってしまったことを、あの子と同類であるブランがわからなかったはずがない。
「あいつが甘いことを言っているから、自覚させて覚悟を決めさせた」
「十二の子供よ」
「歳など付け入られる要因でしかない」
それは事実でも、本当に容赦がない物言いだった。
「自分で選んだんだから逃げられないか。わざわざ逃げ道を塞いであげたわけね」
可哀想だとは言わない。むしろ、甘いとデューレイアは思う。
「魔法も早目に実戦形式にするか」
「弱音くらいは言わせてあげなさいよ」
ここぞとばかりに、スパルタ全開気分のブランに、デューレイアはルディの身を案じるものの、なんのことはない、止めない時点で同類だ。
「お前が言うか」
「やーね、あれだけの美少年だと、泣き顔も可愛いのよ」
ついイジメたくなっちゃうと、本音を語るデューレイアはアブナイ笑みを浮かべていた。
「お前、嫁の貰い手無いだろ」
「貴方が言わないでちょうだい」
この鈍感と、心の中でデューレイアは目の前の男を罵った。
自分でも趣味が悪いとつくづく思う。その気になれば男なんて不自由しないのに。王国第一師団の魔導騎士、殲滅の紅炎の二つ名を持つこの自分が、いくらリュレ様に頼まれたとはいえ、タダで素人の子供一人を教えに魔法学校に通ったりするものか。この男の教え子だから、貴方に会えるから、二つ返事で引き受けたのだと、自分の健気さに呆れるほどだ。
もっとも、ルディは好みど真ん中、ヨシッと拳を握り締める大当たりだったりする。性格も素直で、いじり甲斐のある、見た目も特上品だ。あの時、助けられて本当に良かった。大きくなったら、是非一番に頂きたいと思う。初めての女って立ち位置は、非常に美味しい。
「デューア、あいつはまだガキだぞ」
だだ漏れな危ない気配に、今度はブランがわりと真剣にルディの身を案じる。
「わかってるわよ。大人になるまで、楽しみに待ってるわ」
わたしが大人にしてあげるという女の欲望を、ブランは聞かなかったことにした。
未だにベッドで睡眠を貪っていたルディに、エルが呆れた顔をして声をかける。
「起きろ、おいルディ」
「‥‥‥んー‥‥‥もうちょっと‥‥」
「おーい、飯食う時間なくなるぞ」
寮の部屋まで迎えに来たらまだ寝ていたルディを起こすエルに、コロンと背を向け、布団を被ってしまう。
「たく、コイツこんなに寝起き悪かったか」
「昨日は、随分疲れて帰ってきたようだからな」
こちらは身支度を終え、部屋を出ようとする同室者、ローレイ・キース・カレーズが、エルに言った。
「それでか。なあ、どうせならコイツ、もうちょっと早く起こしてやってくれないか」
「知らないね。寮に入った以上、自己管理出来なくてどうする。僕はたまたま同室になっただけで、世話をするつもりはない」
きっぱりと言い置いて、ローレイは部屋を出て行った。
正論だが、冷たいヤツだとエルは思い、本格的にルディをたたき起こしにかかった。このまま放って置いたら朝食どころか、遅刻してしまう。
「おーきーろー」
「んーー‥‥」
布団を剥ぐと、流石に覚醒モードに入ったのか、目を擦りながら生返事が返ってきた。後でフローネに言ったら、自分も見たかったと非常に羨ましそうに言われたが、起こすのに一苦労したエルとしては出来れば代わってくれと言いたい。
上半身を起こした時点で時間を告げれば、ようやく働き始めた頭に届いて、一気に眠気が飛んだようだ。
「嘘っ?わーっエルもっと早く起こしてよ」
「テメっ、怒るぞ」
起きなかったのはお前だと、それでも慌てて着替えるルディを手伝ってやるあたりが幼馴染みの甘さだ。
「先行って朝飯貰って置いてやるから、早く来いよ」
着替えが終わった時点で、エルは先に寮の食堂へ行く旨を告げた。これがこれから毎朝繰り返されることになるのを、エルはまだ予想していなかった。
授業初日の翌日の昼、デューレイアは見習い魔導騎士のファン・ディオン・ヴェーアと学校近くのスワイラズ服飾店を訪れていた。
「ごめんねー、付き合わさせちゃって」
「いいですよ。丁度非番でしたし」
男物の生徒用の服を取り扱っている良い店に、心当たりがなかったデューレイアが、イトコのファンを頼った結果だ。短い金茶の髪に灰緑の瞳、マッチョまではいかないが、それなりにイイ身体つきをした青年であるファンは、何処となくデューレイアに面差しが似た華やかに整った顔立ちをしている。彼は今年、騎士養成学校を卒業し、魔導騎士候補生としてして第一師団に入隊した新人だ。
ちなみに、魔導士は王宮における魔術師の役職名である。魔導騎士、魔法剣士は、その名の通り魔術師と剣士の両方の技能を持つ者で、どちらをも名乗れるだけの技量が必要とされる。魔導騎士を目指す者は、まず魔法学校で魔術師となるための魔法を学んでから、騎士養成学校の編入試験を受けるのが一般的な方法だ。
それは、魔力の成長期に適切な指導を受けることで、より大きな魔力を得ることが出来るからである。魔力の成長期は心身の成長期と重なっていて、大体十代前半から後半にかけて、一般的には十二歳前後から十六歳前後が成長のピークといわれる。その後も例外を除き二十歳を超える頃まで緩やかな魔力の増大が続く。故に、十二歳で魔法学校へ入学し、三年間の初等課程を経て、難関である騎士養成学校編入試験をパスし、魔導騎士科を卒業というのが典型的なエリートコースだが、ファンもそしてデューレイアもそのストレートコースを通ってきている。
「こんにちは。おや、見た顔だな」
「ええ、魔法学校時代はお世話になりました」
ファンの顔を覚えていた店の主人が、気安く相好を崩して迎える。ちょっと細身の愛想の良い壮年のオヤジさんだ。
「これはまた別嬪さんと」
肉惑的な美女を連れて来たファンに、オヤジさんは意味あり気な視線を向けた。
「イトコの、姉みたいな人ですよ」
冗談じゃないと慌てて否定するファンの反応に一応納得した顔をし、用件を問う店主にデューレイアは鞄を開けながら話しかけた。
「魔法学校で着る練習着が欲しいの。サイズはこれなんだけど」
鞄から取り出された服の状態に、オヤジさんは露骨に顔を顰める。
「おいおい、血だらけじゃないか」
「デューア姉さん、貴女魔法学校で何やってるんですか」
ファンも血に塗れた服を見て、訝しげな目をデューレイアに向けた。この姉のような女性が、かなり過激な行動をとることは良く知っているが、血に染まった生徒の練習着というのは、インパクトがありすぎる。
「剣を教えることになった子のなんだけど、汚しちゃって。着替え分も含めて取り敢えず三着くらい欲しいのよ」
「汚したって…これ大怪我してませんか」
明らかに剣による破損が見られる服は、単に汚したでは済まない代物だ。
「大丈夫よ、直ぐ治したから」
カラカラと笑顔で話すデューレイアに罪悪感やらなにやらは、まるで見受けられない。こういう性格だとわかっているが、ファンは突っ込まずにはいられなかった。
「そういう問題ですか」
「即死しなければ良いのよ。万一自分で治せなくても、ブランが居るしね」
彼は上級治癒魔法の使い手だ。いや、確認すべきはそこじゃない。今、とてつもなくとんでもないことを聞いた気がすると、ファンは常識の壁を睨みつけた。
「デューア姉さん、オレの記憶違いじゃなければ、教える子は今年の新入生だった気がするんだけど」
「そうよ」
あっさり言わないで欲しかったとつくづく思う。
「これの傷、自分で治癒魔法使ったなんて、まさか言いませんよね?」
「ちょっと時間かかったわね。次は無詠唱なんて言われてたわ。ブランも無茶言うと思わない?」
オレとしては、そこは貴女の神経も疑いたいとファンは思った。明らかにこの血塗れの服の成れの果てを作ったのは、目の前のイトコの女性だ。更に入学して間もない新入生が、これだけの血を流す傷を自力で治したって、普通あり得ないだろうと、ファンには常識の壁が哀れにも崩壊する音が聞こえた。
「うーむ、どんな子かは知らんが、その子も難儀なことだ」
横で話を聞いていたオヤジさんもまた、一旦常識を棚の上に大事に仕舞い、しみじみとそう言った。
「ブランって、自分が普通じゃないのをタマに忘れるのよね」
完全に自身を省みないデューレイアの発言に、残る二人は視線で会話を交わした。
出来ればこれ以上疲れる会話に関わりたくないと思ったのか、店主がその場から離脱し、在庫の棚に向かったのに、ファンは幾許かの罪悪感を含んだ視線を送る。
店主には悪いが、次からは同行しないつもりだ。
「姉さんはその子を随分気に入ったようですね」
「すっごい綺麗な子なのよ。剣の才能はイマイチ無いけど、愉しく教えられそうね。弟みたいなものかしら」
ああ、やっぱりと物凄くファンは納得した。このイトコは面食いでも有名なのだ。しかも馬鹿や無能はお断りという贅沢者だ。本人が、ボンキュッボンの美女だから許されるともいえるが、こと恋愛関係では見栄え最重視かつ自分より弱い男に用はないを地でいくそれで門前払いを食った男も多いと、ファンは良く知っていた。そのデューレイアが本気で気に入ったようだ。剣がダメでも魔法と容姿の将来性は抜群なのだろう。
「防具関係の店も教えといた方が良くないか」
こんなところでどうだと、数着を台の上においた店主が、選び始めたデューレイアを横目に、ファンに進言した。
「そうするよ」
デューレイアの腕は確かとはいえ、革鎧の胸当てくらいは着けさせた方がいいだろうとファンは思った。
「あの子、銀髪で色が薄いから濃い系の方が似合うかしら。でも、怪我した時淡い色系が映えそうよねぇ」
何がとは聞かない、聞こえないと、オヤジさんと二人して口をつぐむ。
同じように弟みたいな立場とはいえ、美形でも筋肉自慢や体格の良いタイプはいまひとつデューレイアの好みではないため、ファンはそういう意味での対象から外れている。何度かそのことに胸を撫で下ろした過去があったファンは、本気で彼女に気に入られたその子供に、オヤジさんと二人で密かに頑張って生きろと無言のエールを送った。