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和解

 二年次の定期試験の二日目が筆記試験だ。

 教室に顔を見せたローレイが一人だったのに、エルは眉を顰めた。

 「ルディはどうしたんだ?あいつ、筆記は受けるんだろう」

 「彼はしばらく寮に戻ってきていないからね。魔窟から直接来るんじゃないかな」

 「ちょ‥‥戻ってないって、なんだよ、それ」

 「さてね。君に話す必要はないだろう」

 「ないって、アイツの兄貴と妹のこと、知ってんだろう!」

 リュシュワール・シエロとアリアルーナ・シエロの兄妹が、魔法の不正使用により退学処分となったことは、昨日の試験終了後の夕刻に、学校から告知された。

 退学という厳しい処分となったのは、ただの不正使用でなく、被害者が存在し、しかもそれが王国騎士であり、司法院の扱う事件となったためだ。

 そしてエルは昨日、顔色を変えて寮に来た兄のクロマから、事件のことを聞いていた。無論それは表面上のことでしかない。話したクロマも真相は知らないのだから当然だ。

 「それこそ、君に話すことはない。ああ、彼等はルディ君とは赤の他人だ。間違えないように」

 「ローレイ君、わたしたちクラスメイトなんだよ。それでも気にしちゃいけないっていうの?」

 見かねてフローネが割り込んできたのに、ローレイは突き放すような目を向けた。

 「君達にはルディ君と関わって欲しくない。僕はそう言ったつもりだったのだけどね」

 昨日の答えが出ないなら、他の誰よりも、距離を取るべきだと、言外にローレイは二人に警告する。

 「わかってるさ、アイツの気持ちくらい。でなきゃ、オレたちだって」

 ルディの本当の気持ちがわかるから、我慢しているのだとエルは言いたい。

 生きるために、そのためだけに本当に人の死を踏み越えなくてはならない世界にいる幼馴染み。

 だから人を遠ざけるルディの想いが、エル達を縛る。

 「お前がいなければ、アイツ、ほんとに独りだ」

 リュレやブラン、それに朱金の髪の女騎士もいる。彼等は心底ルディのことを思ってくれているのだろう。

 だけど、同じ世代の、友人と呼べるのはローレイ一人だけだ。他の誰も、ルディには近づけないし、彼自身が近寄らせようとしない。

 それは、あまりにやるせないではないか。

 だが、エルの想いとは裏腹に、ローレイはむしろ冷たいという表情で、それに応えた。

 「君はやっぱりわかっていないようだね。ルディ君が僕と一緒にいるのは、僕が王宮側の人間であるとはっきりしているからだ」

 「ローレイ君が、軍務卿様の息子だから、だよね」

 ルディの横にいても、危険をはね除けられるだけの力と立場があるからだろうと、フローネは睨むように言う。悔しいけど、ローレイにはそれがあると知っている。

 「やっぱり甘いな。だから君達はわかっていないと言うんだ」

 嘲笑ではないが、ローレイの声はそれに近い、残念だという落胆を含んだ言い方だった。

 「なにがわかってないっていうの?」

 「彼の立場を、だ。彼が僕を側に置くのは、王宮に従うという意思表示だ。僕は彼の監視役でもあるからね」

 「‥‥‥なっ」

 あまりなローレイの言い様に、エルだけではなく、聞いたフローネや、教室で知らず聞き耳を立てていたクラスメイト達もが言葉を失った。

 「監視役って、何だよ」

 「言葉通りだ。空魔法の使い手で、いずれ異名持ちとなる魔力の持ち主。王宮がそんな人物から一時でも目を離すとでも思っているのかい?」

 ルディに四六時中護衛がついていることは、学校中が知っている。だがそれは監視も兼ねているのだ。

 ローレイはルディのルームメイトである。つまり、寮の部屋という個人的空間においても、ルディには王宮の目がついてまわっているということだ。

 「そんな‥‥‥だって、ローレイ君はルディのこと何度も助けてくれたよね」

 過去に何度も、ローレイはルディを庇う発言や行為をしてきた。その彼が、ルディの側にいるのは監視役としてだと言う。それはフローネでなくても、簡単には信じたくないことだ。

 「もちろん、彼のことは好ましく思っているし、友人関係を否定するものではないよ。ただ、立場というものが、彼にも僕にもあるということだ」

 自分にはこういう付き合い方しかできないと、ローレイは思っている。生まれたときからの環境で培われてきたもので、彼の目指す未来は、それ抜きではいられないものだ。

 「ルディ、付き合う相手を選ぶって言ってた。それって、ローレイ君のこと、知ってるってことだよね」

 「彼は自分の立場をわかっているからね」

 「それで、今のわたし達は、ルディに関われる立場じゃないって、ローレイ君は言っているんだ?」

 「理解してもらえたと、思って良いのかな」

 厳しい顔で、怯むことなく視線をぶつけてくるフローネから、ローレイは目を反らさない。

 「付き合う上での距離は保たなくてはならない。ただし、それを前提にして、彼の力になることは僕も吝かではないよ」

 それはローレイの本音だった。エル達にどう思われようと、変えようがない。

 クラスメイト達も複雑な顔をしているが、ネルフィルのように納得した表情をしている者もいた。伯爵令嬢である彼女には、ある意味身につまされるものだったのだ。

 実のところ一部で魔導騎士の候補クラスといわれる戦闘科一組は、四属性持ちのウェリンが唯一の他国の貴族である。後はエルやフローネのように飛び抜けた能力を持つ庶民出身の生徒もいるが、貴族出身者が半数以上を占めていた。

 貴族が優秀な魔術師の血を積極的に血統に取り込んだことにより、魔力の強い子供を輩出することが多いためだ。また、そういった子供達は家の方針もあって魔導士、魔導騎士を目指して、エリートコースである魔法学校に進む。

 生まれながらに貴族としての教育を受けた彼等の多くは、ローレイの話すことは理不尽に聞こえても、納得せざるを得ないものとして捉えていた。国に仕える者としての考え方だ。

 丁度そこで教室の扉が開き、ルディとスレイン先生が入ってくる。

 「おはよう」

 ローレイが今までのことがなかったかのように、ルディを迎えた。

 「おはよう、ローレイ君」

 「遅刻しないで良かったよ」

 「う‥‥実はちょっと危ないとこだったんだ」

 「君のことだ。遅くまで勉強していて、寝坊したんだろう」

 図星を指されて、ルディはばつの悪そうな顔をする。

 「先生に起こしてもらったんだ」

 ルディの気の済むようにと、徹夜する勢いで最後の追い込みをしていたのを、放って置いたブランだ。

 しかし、今朝は、布団に潜り込んだまま起きてこないルディを、ギリギリまで待ってたたき起こした。

 おかげで、なんとか間に合ったのだと、ルディは告白する。

 ルディの席は一番前の廊下側から二番目で、その隣はローレイだ。

 話しながら席について、直ぐに試験が始まった。

 試験の最中は、さすがに誰もが無言でペンを走らせていた。長時間ペンが止まったり、唸り声や、「わかんねぇ」といった泣き言は、たまに聞こえるが。

 昼をはさんで丸一日の試験だった。

 「だめだー赤点決定!」

 筆記は捨ててかかったとはいえ、埋まらなかった答案用紙は目に痛かったようで、サルーディは終わったと同時に、悲痛な声を上げた。

 「終わった‥‥‥追試だ」

 うわ言のように呟き、魂の抜けた顔で机に突っ伏しているのは、ナイルカリアスである。

 最後の時間、試験終了と同時に、様々な声があがった。

 「どうだった、ルディ君?」

 「うーん、一応なんとか。いくつかわかんないのもあったけど」

 赤点はないと思うと、ささやかな自信を口にする。

 「そういえば、ごめん。図書館行けなくて」

 「ああ、気にしないでくれ。それより、時間ができたら、今度は約束通り宮廷儀礼を教えてあげるよ」

 気が進まなくても、必要になるだろうというのは理解できるから、ルディとしてはお手柔らかに頼むとしかいえない。

 「ルディ、待って」

 片付けをして、教室を出て行こうとする二人を、フローネが呼び止めた。

 「話しがあるの」

 無視しようとしたルディの前に、フローネは回り込む。

 「口、きかないんじゃなかった?」

 殊更冷たい言い方をしてフローネを避けようとしたルディの身体に、フローネはいきなり両手を回して抱きついた。

 「ちょ‥フローネ!」

 「逃げないで。もう、こんなのヤダよ。わたし、ルディのこと嫌いになんてなれない」

 抱きつかれて、体も思考も硬直してしまったルディだが、ようやく我に返る。

 ぎゅっと抱きつくフローネを振りほどこうと、ジタバタとしはじめるが、さらに力を込めて拘束してくる。

 「転移で逃げたってだめだよ。わたし、追いかけるからね」

 学校でも指折りの可愛い美少女が、こちらは飛び抜けた絶世の美少年に、クラスメイトの面前で抱きついているのだ。腹立たしいを通り越して、見とれてしまう麗しい構図である。

 だが、この二人に甘い空気は一切ない。普通なら囃し立てるだろうクラスメイト達も、必死のフローネの行為が何に基づいているのかわかっている。だが、中にはつい、軽口に走ってしまう奴もいた。

 「おお告白かよ。ルディシアール、ここはきっちり答えて‥‥」

 「馬鹿!」

 唯一、茶化しかねないことを言いかけたナイルカリアスに、サルーディが背後からヘッドロックをかけた。

 「空気読みやがれ、火魔法馬鹿」

 「まったくですわ。少しは頭を使っていただけないかしら」

 ウェリンに同意するように、周囲の女子もナイルカリアスに冷たい目を向けていた。

 なにしろフローネは女の子にも人気がある。可愛い容姿に似合わない、さっぱりした大胆な性格に男勝りの実力。それでいて、嫌味にならない健気さが見え隠れする女の子の可愛さも併せ持つ。

 フローネがルディを好きなのは、クラスの女子全員が知っていた。

 ゆえに、ルディがフローネ達と喧嘩別れした時には、ルディを悪し様に罵ったものだ。

 けれど、彼女達は馬鹿ではない。ローレイだけは例外だが、関係者以外を近づけず、独りきりでいるルディを見ていた。あのフローネがルディに向ける眼を知っていて、それでも仲直りできない理由を勘付いていたから、ずっと歯がゆく思っていたのだ。

 だから、ここで応援しないわけがない。

 この状況で、女の集団を敵に回すのは愚か者のすることだ。

 よって、サルーディに力づくで黙らされたナイルカリアスを擁護する者はいなかった。

 「フローネ、わかったから、はなして‥‥苦しい」

 可愛い女の子といっても、騎士志望で腕の立つフローネは鍛えられており、見かけと違って力が強い。全力で抱きつかれれば、当然苦しいのだ。

 それに、成長途上とはいえ女の子の体つきになってきているフローネの柔らかな膨らみが、密着した身体に当たっている。ルディとて男の子だ。気にならないわけがない。

 「ホントに逃げない」

 「う‥うん」

 フローネの性格は良くわかっている。有言実行、ここでルディが逃げても絶対に諦めない。それこそ魔窟にでも追いかけて来るだろう。

 ようやく拘束を解いてくれたフローネに、ルディは思わず一歩下がって距離を作った。

 「ねぇルディ。ルディが何言ったって、わたしたちが幼馴染みなのは変えられないんだよ」

 「だからってつきまとわれるのは迷惑だ」

 「ルディ。わたし竜騎士になるんだ」

 冷たい態度を崩そうとしないルディを、フローネは真っ直ぐに見据えて言い切った。

 「竜に乗って空を飛ぶ竜騎士に憧れてた。力強くて、すごく格好良いよね。今はね、憧れだけじゃないよ。わたし、竜騎士になるんだ」

 それはフローネにとってもう夢ではない。かなえるべき目標だ。

 「だからルディはわたしを護らなくていいんだよ。わたしはルディを護る騎士になるんだから」

 「わたしじゃないだろ、オレたちだ」

 ルディの後ろに、エルが立つ。

 「強くなりたいって思った。お前が怪我したときからずっと、大事な奴を護れる力が欲しいって思ってた」

 かつて負傷したルディの部屋に来て、エルは魔導騎士を目指すと言った。それはエルの決意だ。

 「サーニファに、何故ルディを独りにするのかって責められたよ。わたし、すごく悔しかった」

 「オレもだ。なんで他人にそんなこと言われなきゃならねぇんだって思った」

 ぴしりと、フローネはルディに指を突きつける。

 「ルディが悪い。サーニファにあんなこと言われたのも、ルディがわたしたちの気持ち考えなかったからだよ。だからわたしも、ルディの気持ちなんか知らない。わたしはわたしのしたいようにする」

 「お前がオレたちを護るなんて、勝手に決めるんじゃねーよ。剣でオレにすら勝てねぇくせに」

 「そうだよ。嫌だって言うなら、わたしに剣で勝ってから言いなさい」

 「‥‥‥無茶言わないでよ。僕がフローネに勝てるわけないじゃないか」

 本当に心底困った顔をして、ルディは肩を落とす。

 槍ならローレイだが、剣の腕なら、今の時点で二年次だけでなく三年次を含めても、フローネが最強だ。

 師範のレムドが天才と太鼓判を押す腕前である。

 剣の才能無しと、師匠達に断言されたルディに勝ち目は皆無だ。

 「大体、万一僕が勝てたって、フローネ、聞く気なんかないだろ」

 「だよな」

 うんうんと、フローネのことをよく知っているエルが、情けないルディの予想を肯定してやる。追い打ちをかけるともいう。

 それでも、ルディは足掻く。

 だって、自分はフローネ達に相応しくないから。こんなに大事に思ってくれているのに、自分は想いを返せないから。

 「僕は魔法を選んだ。エルやフローネじゃない。魔法しか選べない」

 こんな酷い人として壊れた自分を、大事に思ってくれなくて良いのだ。

 「うん。魔術師としてしか生きられないって。そういうふうに生まれついたんだって。‥‥‥知ってるよ」

 「だったら」

 勝ち誇った笑みさえ浮かべ、フローネはルディの言葉を丸ごと断ち切った。

 「言ったよね、わたしが嫌なんだって。どうしてわたしたちがこんなふうにならなきゃいけないの。わたし、自分の気持ちに嘘付いて、後悔して生きるのなんか嫌だ」

 「お前が何言ったって聞かねぇよ。フローネも、オレも」

 ルディの気持ちも、立場も、危険も、知った上で二人は決めた。ルディを独りにしておくのは自分達が嫌なのだ。

 決めてしまえば、後は行動するだけ。

 子供だからと、身の程しらずと、言いたい奴は言えばいい。

 「ふっふーーん、青春してるわねぇ」

 教室の扉から、顔を覗かせたデューレイアがひらひらと手を振る。

 警護のために廊下にいたデューレイアは、一部始終を聞いていて、ルディに勝ち目が無いと判断して介入してきた。

 もっとも、それはどうみても、敗北感満載で、どうにも困った顔をしたルディの援護という雰囲気ではなかった。

 「自分の身は自分で護る。この子達はそう言ってるの。アンタに護られたくないってね」

 自分達の存在がルディを危険に晒すというなら、見捨てれば良い。護られないことで、ルディを護る。それが二人の答えだ。ルディと一緒にいることの覚悟である。

 「姉さん、でも僕は」

 「アンタの負け。もうわかってんでしょ。潔く受け入れなさい」

 この先、何があっても、全部受け入れろと、デューレイアは言う。

 エル達を排除しようと考えた彼女だが、こうなっては彼等の決意は変えられないと思った。

 ならば、強引に遠ざけるのはもう無理だ。

 それに彼等はルディの元兄妹達とは違う。

 なにより、ブランとは違う。

 そのうえで、悪くないと、デューレイアでさえ認める子達だ。

 今のルディには友人という彼等の存在は支えとなり、傷みさえ成長の糧になるだろうと、彼女は思う。

 「でも」

 ルディは怖いのだ。エルとフローネを失うことが。

 見捨てなければならない時がきたらと思えば、震えがくるほど怖い。

 「あーもう。いい加減諦めろ」

 エルは後ろからぐいっと、ルディの頭に手を載せ、ぐりぐりと押さえつける。

 ルディが何に怯えているのか、とうにエルには見通せていた。そんなもの、承知でいっているのだと、この馬鹿な幼馴染みには何度言えばわかるのだろうか。

 自分達はルディを傷つける痛みさえ、覚悟しているのだ。

 「自分の身は自分で護る。俺は魔導騎士になる。誰にも文句は言わせねぇ」

 自らの身を護るだけの力を身につけてみせるとも言う。

 誰かを護ろうと思うのなら、まず自身を守れなくては話にならない。それを知り、そのうえでの決意だ。

 「大丈夫だ。俺のことでお前が自分を責めても、俺がお前を責めることはねぇからさ」

 何があっても自分の責任だ。それで誰がルディを責めても、自分は違うとエルは笑みさえ浮かべた。

 勝手なのはお互い様だ。ルディが護りたいとの願いを押し付けたように、自分も己が想いを譲らない。

 「わたしもだよ。だからルディ、怖がって間違えちゃだめだよ」

 圧倒する笑顔を浮かべ、フローネは両手を伸ばしてルディの顔を挟み込んで目を合わせた。

 「ね、ルディ、わたしたちにいう言葉があるでしょ」

 「‥‥僕は‥‥‥」

 「言い訳はいらないよ。ルディ」

 身勝手で傷つけた。

 それも許してくれると、フローネは言うのだ。

 だから、仲直りの言葉が欲しいと促され、ルディは敗北を認めた。

 「ごめん‥‥‥フローネ、エル‥‥ごめん‥」

 「大好きだよ、ルディ」

 フワフワした金の髪に縁取られた満面の笑みが咲く。

 ずっと言いたかった言葉を、フローネはようやく言うことができた。

 こういう真似は自分にはもうちょっとできないと、気恥ずかしいような思いを抱え、デューレイアはルディの隣に立つ鋼色の髪の少年を見やる。

 子供の純粋さには勝てないと思いつつ、軍務卿の息子の反応を伺うデューレイアに、ローレイはチラリと視線を飛ばす。

 デューレイアの懸念を受けて、ローレイは仕方ないといった大人びた笑みを唇にはいた。

 「彼の一番は揺るがないでしょう」

 「そうね」

 ルディにとっての最優先が不動であることを合わせて、今のことを報告するというローレイの言い様に、デューレイアはブランが彼に与えた評価を思い起こす。

 それにしても、まさかエル達がルディとの和解を決心した切っ掛けを与えたのが、ローレイであったとまでは、デューレイアも知らない。

 彼等の決意を確かめる形で覚悟を促した。 その上で自らの立ち位置を暴露することで、エル達がルディの側に戻る行動に出るだろうと、ローレイが考えていたのを、今朝の教室での一幕を見ていない彼女には、思いも寄らないことだからだ。

 それを抜きにしても、コイツは敵に回すものじゃないと、デューレイアは直感で悟った。

 「ルディ君」

 笑みこそ浮かべていないが、微笑ましいものを見るような貌で、ローレイは気安く話しかける。

 「なに、ローレイ君?」

 「筆記試験も終わったし、そろそろ部屋に戻って来ないかい?」

 若干、険しい表情を湛えたエルとフローネを、相変わらずの飄々とした態度で無視したローレイの問いかけに答えたのは、デューレイアだった。

 「そうね、ブランに断って、寮に戻る?」

 こちらを見たルディに、デューレイアは明日にでも帰るかと聞く。ルディが魔窟に泊まっている本当の理由を明かせないため、彼が試験の関係で寮を出ていたという感じの言葉を向けたローレイに乗ったものだ。

 それに、リュシュワール達の退学が公表され、司法院での処分もほぼ固まった。元は兄弟であるルディに、ある程度生徒たちの興味の目が向くのはやむを得ない。しかし、無関係を装うためにも、ルディは早目に普通の寮生活に戻す方が良いと、デューレイアも考えた。

 幸いというか、校内の噂ではルディが事件に直接関わっていることは否定されているようだ。

 またブランのもとにいたおかげで、ルディも思った以上に早く立ち直りつつあり、精神的にも安定している。

 ローレイの言い出したこのタイミングは悪くない。

 それにしても、デューレイアが知らされた情況以上のことを、ローレイがすでに承知していることや、これが様々な状況を踏まえた発言であると、彼女は確信していた。

 なんというか、行く末が恐ろしい。いや、今でも十分怖い。

 子供相手に胃を押さえたくなった自分が情けないが、デューレイアにとって偽らざる気持ちであった。

 それに比べてと、エル達を見たデューレイアは、なんて良い子達なんだろうと、しみじみと好感を抱いたのである。




 きゅっと決意を秘めた表情で、フローネがルディの元に向かったのに、彼女の後ろにいたウェリンは真っ先にその光景を目に入れた。

 全身でルディの足を止めさせたフローネの大胆な行為に息を飲んだウェリンの耳に、茶化すようなナイルカリアスの声が響いた。

 「少しは頭を使っていただけないかしら」

 この年頃の男子であれば、無理ない反応ではあるが、今は物凄く気に障った。

 ウェリンのルディに対する気持ちには、まだ複雑なものがある。

 おまけについ最近、故国の大使はとてつもなく失礼なことを、彼女に要求した。

 ウェリンが異名持ちにはなり得ないと知ったユルマルヌ公国の大使は、別の形で異名持ちを故国にもたらせることを彼女に望んだ。

 即ち、クラスメイトの異名持ち候補をたらしこめと、言い方はともかく、内容的には露骨に、ルディシアールを女として陥せと言ったのだ。

 ユルマルヌに引っ張ってこれなくとも、婚姻を結べれば御の字。なんなら未婚だろうが、ウェリンが彼の子供でも身籠れば、ユルマルヌの国益に繋げられると、多感な年頃を迎える少女にはあまりに酷い物言いを平気で言ってのけた。

 「異名持ちになれずとも、公国に報いる方法はある」

 それこそ、失望させた償いを求めるような大使の勝手な言いように、ウェリンは反発と失望を感じずにはいられない。

 彼女とて貴族だ。政略結婚とは無縁でいられないのは理屈ではわかっている。現に、故国において彼女と同年代の貴族令嬢達で婚約者がいる者は多く、婚姻の話がない者の方が少ない。

 魔力の高いウェリンを嫁に迎えたいという家も多く、子爵家より家格の高い貴族家からの話もあったという。

 ただ、四属性持ちということが判明してからは、魔術師としての将来、異名持ちとなることがより期待され、ウェリンの望まない婚姻話をしつこく持ちかけられずに済んでいたのだ。

 それだけに、手のひらを返したような大使の言葉は受け入れ難かった。

 まして、ウェリンはフロアリュネやルディシアールの葛藤を、クラスメイトとして見てきたのだ。

 同じ女の子として、フローネの想いだって理解している。

 女の子の気持ちを無視した大使のこともあり、余計に目の前の無神経な男にも腹が立つ。

 彼女と同様に、クラスの女の子達もこぞってナイルカリアスを非難する視線を向けた。

 そして、自身の想いをぶちまけ、思いを寄せる相手の隣を取り戻したフローネと、親友の位置に戻ったエルにほっとしつつも、複雑な感情はウェリンの中に留まっているのだ。

 それは羨むという想いかもしれなかった。

 困難を知りながら、心を偽らない未来を選んだフローネ達の強さが、眩しくて哀しい。

 そして、自分と同じような表情で彼等を見る視線を、ウェリンは見つけた。

 伯爵令嬢のネルフィルだ。

 彼女が将来教職に就きたいと思っているのを、クラスメイト達は知っている。

 そのために魔導騎士を目指しているという現実も。

 教職という未来は彼女個人の希望である。そして、彼女の生まれた環境は無条件でそれを許されるものではなかった。

 ネルフィルの実家、ノードリス伯爵家は先祖に大将軍を出したこともある武門の家柄だという。伯爵位を持つ貴族の令嬢として、家の決めた縁談に従って嫁ぐ以外の選択肢を得るためには、彼女は実力でそれを勝ち取る必要がある。

 そのために、彼女は魔導騎士を目指しているのだ。

 エール=シオンにおいて、魔導士は国に属する魔術師の役職名だ。技術系を始めとする文官と、軍に属する武官に大別されるが、基本的には文官・武官のどちらも通例として魔導士と呼ばれる。ただし、正式には、士爵に叙任された魔導士は魔導士爵であり、騎士爵と同格だ。

 その中で、魔導騎士の称号を与えられるのは、特に認められた剣と魔法の両方を使う魔法剣士である。

 それが、ネルフィルの望む将来を実現するために、手に入れなければならないものだ。

 きっとネルフィルは、自身の想いを偽ることをよしとしない未来を選んだフローネ達の強さを、羨み、応援したいと願っているのだろうと、ウェリンは思う。

 それは自分を励ますことでもある。

 そして振り返って、ウェリンは自身の情けなさに泣きたくなった。

 異名持ちになれない自分に向けられた故国の大使の心ない言葉は、そのまま自分の弱さを露呈させたようなものだ。

 四属性という生まれ持った才能に甘えていたのだと、今は気がついている。

 ただの貴族令嬢として流されるままの人生を受け入れるのは、彼女のなけなしのプライドが許せない。許せないから辛いのだ。

 そんな気持ちを抱えて、ウェリンはルディに向ける笑顔を取り戻したフローネを見詰めていた。

修正しました。

予定時間のupに間に合わせようと投稿しましたが、結局修正。遅れても、同じことだったかも。

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