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二年次中期実技試験

 ム・バル・ノンカはいつものように、ふらりとミルド学院を訪れた。

 お気に入りの子供に会うためだ。ついでに、授業も覗く。

 「くそっ。俺はチマチマと魔導具弄るのは好かねぇんだよ」

 脱色した白髪を逆立てた少年、レーノン・マウリは苛々と今にも癇癪を起こしそうな顔で、魔導具の基礎授業を受けていた。

 大体、学校の授業は小器用な魔法を習得することばかりだと、レーノンは思っている。ミルド学院の方針が、魔法の技術を高めることを、最も優先しているのだから、ある意味当然であった。

 戦士養成のコースを選択しても、戦闘系の魔術の習得が多くなる程度だ。戦闘訓練も行われるが、近接戦闘ではなく、魔法の遠距離攻撃が主体である。

 「どうだい、この間の話は考えてくれたかな」

 ようやく退屈な授業が終わったところで、レーノンは後ろで参観していたバルに呼ばれて、二人で廊下に出た。

 「あーうん。でもさ、なんでおじさんが俺にそこまでしてくれるのかなって」

 バルから提供された話は、あまりに美味しすぎた。傭兵を目指すだけあって、粗野に見られがちだが、レーノンは取引には慎重な面がある。

 「君を気に入っているからだけでは駄目かい。それじゃ商人らしくいうけど、優秀な傭兵はいくらでも必要だから、これは先行投資だよ。将来、君が親父さんのように、良い取引相手になってくれると嬉しいからね」

 「俺に期待してるってこと?」

 「もちろんだよ。それと、下心もある」

 秘密めかして言うバルに、それを聞きたかったとレーノンは身を乗り出した。

 「向こうに伝手が欲しいんだよ。君が留学してエリオン魔法学校に行けば、後見人であるわたしも、王都(エリオン)を訪ねる良い名目が増える。それに、エリオン魔法学校の生徒には将来の魔導士や魔導騎士がいるから、そういう子達と君に繋がりができるのは、わたしにとっても悪いことじゃない」

 「ああ、そーゆうこと」

 「商人にとって伝手はいくらでも欲しいものだよ。だからって、君に無理をいうつもりはない。ただ、傭兵になるならそういう生徒達とも顔見知りになっておくのは、君にも良いことだというのはわかるね」

 「それはわかるけど」

 「実は旅費や受験のための滞在費用、入学の費用をわたしが出すとは言っても、それほど大したものではないんだ。エリオンへ商売で行く知り合いに同行させてもらうよう頼むつもりだからね。それに、エリオン魔法学校は授業料が要らないし、わたしは生活費の足しにお小遣いをあげるくらいの気でいるから、君が気にするほどじゃないんだよ」

 ただ、留学生は学校に無償の寄付をするという習慣があることは、言わないでおく。

 何しろ王都(エリオン)魔法学校は、エール=シオン王国の将来を担う人材を育成するための王立の学校だ。純粋に学問の場として創立されたミルド学院とは、その設立意義が違う。

 それでも、同じエリオンにある騎士養成学校のように、自国の身元が確かな者しか受験できないわけではない。しかし、王国はもちろんだが、後援者である魔法ギルドや商人にしても、他国の留学生に授業料に代わるものを求めるのは、無理のない話であった。

 エリオン魔法学校は、十二歳から十五歳まで受験できる。だから、レーノンには正規の入学試験を受けて貰う。

 留学生でも、全員が同じ入学試験を受け、その結果一年次に入れるには不適当と思われる者は、飛び級試験が追加で行われ、実力に応じた学年に入れるという方法がとられている。

 エール=シオンにおいて魔術師を目指す者は、大抵は最初にエリオン魔法学校を受験し、学校も基礎から魔法を教えることを前提としている。そのため、中途編入といえるこの制度が使われるのは、特別な事情がある場合と、ほとんどが留学生であった。

 そもそも受験できる年齢に幅があるのは、魔力の成長期には個人差があるためと、事情でその年に受験できなかった者もでるからだ。それで、一度の受験で取りこぼしがないように配慮しているという理由が大きい。

 魔力が基準に達せず、落ちても諦めきれずに毎年受ける者もいないではない。しかし、そういう者のほとんどはギリギリの年齢で入学できても、魔力が伸びず入学後の半年試験、その後の進級試験で脱落するのだ。

 余談だが、先回の入学試験では、妙な噂が流れていたため、身内のごり押しで入学試験を通そうとする馬鹿が、例年より多くて参ったと、学校関係者がぼやいたらしい。

 例の「金の魔術師のお気に入り」の噂だ。

 その当人が、将来の異名持ちで空魔法の使い手と判明したため、次はそれもないだろうと、魔法学校では関係者一同胸を撫で下ろしていた。

 「落ちたら?」

 「自信が無いのかい?」

 意外そうな顔でバルが聞き返したのに、レーノンはきっぱりと否定する。

 「まさか」

 「そうだろう。万一落ちたら、それこそ試験官に見る目がないってことだ」

 「だよなぁ。エリオン魔法学校はここと違って実戦派だって聞くし、俺向きだもんな」

 「あそこは騎士と魔法の国の将来を担う者が学ぶ学校だからね。研究志向のミルド学院とはそもそもの目的が違う。君には合っていると思うよ」

 「おっし。‥‥‥で、おじさん、頼みがあるんだけど」

 「親父さんの説得だろう」

 「そう、あのクソ親父のことだから、せっかく学院に入れてやったのに、文句言うなって言いそうでさ」

 「はは、エリオンは遠いからね」

 そもそもレーノンがエリオン魔法学校でなくミルド学院に入ったのは、地元で魔法が学べるからだ。それが世界でもトップクラスの学校なのだから、安くない学費を払っている親としては文句を言うなと言いたいだろう。

 もちろん言いだしたのはこちらなのだから、説得の手間は惜しまないつもりのバルであった。





 一瞬の隙が勝負の分かれ目だ。

 実技試験における学校側の対戦組み合わせは、戦闘タイプと実力が近い者同士である。

 今回は剣による直接戦闘は禁止されているが、ともに魔導騎士を目指す者同士として、ローレイの相手はフローネであった。

 身軽さを利に、舞うように華麗な動きの中に鋭い風と水の突きを繰り出すフローネと、堅実な固い護りと隙のない攻撃を身上とするローレイの対決は、事実上の二年次頂上決戦だ。

 「我が敵を射よ〈風矢〉」

 「〈水球〉」

 初級魔法の使用のみに限定された戦いで、二人はともに風と水の魔法の使い手として、風の速さと水の重さを使い分け、紙一重の接戦を繰り広げていた。

 初級魔法は基本であり、最も力量の差がでる。それを、ルディシアールの魔法で思い知っていた一組は、誰一人として初級魔法を軽んじたり、習得に手を抜く者はいない。

 威力に重きを置く者、速さと手数を求める者。初級魔法の有用性を知っているがゆえに、一組は他のクラスを突き放す技量の習得を誇っていた。

 軽いが鋭い。緩急織り交ぜた攻撃は、一見手数に拘り、軽く見えるが、その中に一撃必中の鋭い刃が仕込まれている。

 そんなフローネの攻撃を、細心の防御で耐え、機を見て攻勢に転じるローレイの巧妙な技。

 「おちつけ」

 フローネはことごとく攻撃を止められ、焦る気持ちを抑えつける。ここでしびれを切らしたら負けだと、冷静に次の一手となる詠唱を紡ぐ。

 相変わらず、強気で攻めてくるくせに付けいらせないと、巧妙なフローネの戦い方に、ローレイは厳しい顔をしつつ、内心で愉しんでいた。

 腕の立つ相手との対戦は、自身を高まらせると知っているからだ。高揚感が湧き上がって、ギリギリの緊張にたまらなく心が研ぎ澄まされる。

 「あっ!」

 フローネが風矢で牽制し、打ち込んだ水弾を相殺された。残る風矢をあえて無視して、カウンターで死角を付いて放たれたローレイの風刃が、絶妙な軌道でフローネの風楯が消えた隙を突き的へ向かう。

 そして、この攻防は、制限時間ギリギリでローレイの勝ちと判定された。

 「残念だったな」

 良く頑張ったじゃないかと健闘を讃えるエルに、フローネは悔しいと、唇を噛みしめた。

 「なかなか、愉しませてもらったよ」

 勝ったものの紙一重だったと言いながら、どこか余裕を見せるローレイに、フローネは鋭い視線を向ける。

 「次は負けない」

 「次か、それも良いだろうね」

 「それ、どういう意味?」

 やはり彼女は賢いと、自分の言葉に正確に反応したフローネに満足する。

 「あくまでコレは模擬戦だ。だから僕の判定勝ちという結果もあるし、次の対戦もある」

 「真剣勝負だけど、実戦じゃない。そう言いたいんだ」

 「そのとおりだ。その差は決定的に違う」

 「なんだよ、これは試験だろ」

 ローレイの言いぐさに眉をしかめたエルが割り込んだ。

 「そうだよ、エルトリード君。これは試験だ、精一杯頑張れば良い」

 「テメェの言い方は、そう聞こえないんだよ」

 「わかってもらえたようだね」

 まさにその通りだと、ローレイは言い放った。

 「言いたいこと、あるなら聞くよ」

 「魔術師となるために学ぶここで、僕達の選んだ進路は特別だ。僕達は魔導騎士を目指し、人殺しの技を日々鍛錬している」

 魔物だけではない。騎士は人を相手に戦うことから逃れられない存在だ。

 「わたしにその覚悟がないって言うんだ?」

 「いや、これは確認だよ。僕は身を護るために人を殺したことがある。ルディ君もだ」

 フローネとエルの脳裏に浮かんだのは、学生街での暗殺者の死体。その現場だ。

 あれはルディのやったことだと、二人は知らされた。

 殺すか殺されるか、戦いの中に身を置く騎士となることはそういうことだ。躊躇いは自身だけでない死をもたらせる。

 だから剣を振るう理由に君が選ぶものは何かと、ローレイはフローネに、エルに問いかけていた。

 騎士とは国を護る楯であり剣だ。けれど彼等にはもう一つ護りたいものがある。それだけではない、きっと多くの騎士がそうであるように、身近な誰か、肉親、友、仲間。全部ひっくるめて護りたいと願っているのだろう。

 彼女達だけではない、そういった希望に燃えて、少年達は騎士を目指す。

 けれど、騎士になれば綺麗事だけでは済まない。傷つき、その手を血に染めるだろう。

 それでも騎士は立ち続けなくてはならない。護るべき者達をその背に負っているのだから。

 それができないというなら騎士ではいられない。騎士をやめるか死ぬかだ。

 そして今、フローネ達は血に塗れる選択を迫られていた。自らと、そして誰かの血に染まる覚悟だ。

 「護るべきもののためなら、僕はためらわず剣を振るう」

 誰かの命を奪う剣だとはいうまでもない。ローレイの言葉は静かで、反論を許さぬ強さを纏っていた。必要なら、ローレイは自分達も殺せるのだと、フローネは知る。

 彼女達が共にありたいと願う少年は、そういう世界にいるのだとローレイは言っているのだ。躊躇いは身を滅ぼし、大切なものを容赦なく奪うだろう。

 実際にその場に立たされてからではなく、その場に立つ覚悟の選択。フロアリュネとエルトリードに求められているのは、踏み出す意思の有無であり、後戻りは許されないのだとローレイの漆黒の瞳は告げていた。

 事実と選択を突きつけられ、息を飲んだフローネに、ローレイは囁くように静かに告げる。

 「覚悟無しに、こちらに来て欲しくない。死ぬだけだからね」

 今なら違う道を選ぶことができる。ルディの行く道と交わることのない平穏な未来だ。

 「だったら、どうだっていうんだ」

 絞り出すようにエルが唸る。

 「くそっ」

 「‥‥‥エル‥」

 「馬鹿にすんな」

 ぎりりっと固く握りしめられたエルの拳は、自分自身に向けられたものだった。






 あんまりな凶報に、クロマは唖然と目を見開いた。

 「なんだってそんな馬鹿なことを」

 突然姿を消したリュシュワールに、同じパーティであるクロマはまず担当教諭にそのことを訴えた。

 そのときには、校則違反を犯し、事情を聴取しているという説明を受けたのだ。

 だが身柄を拘束されるような校則違反がどんなものなのか、クロマは不安に思いつつ、目先の事情を優先させた。

 リュシュワールはパーティのリーダーで、彼等のパーティはサリアリーナのところと合同で、ルナリア樹海都市迷宮へ実習に行くことになっているのだ。リーダーの不在により、パーティの気配りの人であるクロマが、必然的にその準備の負担のあらかたを被ることになったからである。

 それが今日になって、事情聴取のためにパーティのメンバーが、学校の管理棟の一室に呼び出されたのだ。

 そこにいたのは学校の職員と司法院から派遣されてきた役人であり、リュシュワール達が魔法の不正使用の罪に問われていることを知らされた。

 アリアルーナの魔法は発動し損なったが、リュシュワールは火矢の魔石で、危うく騎士を死傷させるところだったのだという。

 「あ‥‥あたし‥知らない」

 騎士の名を聞いて、クアーラが真っ青になり、司法院の役人に弁明した。

 「リュー君‥‥‥リュシュワール君が弟と話したいって言うから、騎士様に相談にのって貰おうと思って呼び止めただけよ」

 「ばっ‥‥ルディ君には関わるなって言っただろう」

 クロマはあれほどやめろと言ったのにと、その軽率な行いに顔を顰めた。

 「だって、前に騎士様が力になってくれるって。だから‥‥‥でも‥あたしが騎士様を呼び止めたときに、妹さんが弟君を連れて行こうとして‥‥‥でも直ぐに騎士様が後を追っていったから‥‥‥それだけです。ほんとに」

 泣きそうな顔で必死で訴えるクアーラに、司法院の役人は表情を変えずに頷いた。

 「リュシュワール君、弟君のことでいろんなこと言われていて‥‥‥それでどうしても話したいって言われて」

 「クアーラ落ち着いて。大丈夫よ、ね」

 リュシュワール達と合同でルナリアへ行くことになっていたパーティの代表であり、クアーラの友人として同行したサリアリーナが、興奮するクアーラを宥めようと腕をとって声をかける。

 「騎士の警護対象が現場にいたとは聞いていない。女性から相談があると声をかけられてから、警護の騎士が直ぐに警護対象の後を追ったというのも、証言が一致している。問題は、何故彼等が警護の騎士に対し、魔法を行使したのかだが」

 「ねえクアーラ、その騎士様って前に貴方が荷物持って貰ったっていう人よね。金髪の結構目立つ格好の良い?」

 サリアリーナがリステイルの容姿について確認するように聞くと、ツェリズナルドが思いついたように声を上げた。

 「あっひょっとして、リュシュワールの奴、変なこと考えたとか。ほらアイツこの頃ちょっとおかしかったもんな。すっげー苛ついていて、ちょっとしたことで怒り出してさ」

 「どういうことかね?わかるように説明するように」

 役人の注意に、ツェリズナルドとサリアリーナは、クアーラを挟んで顔を見合わせた。

 「リュシュワールはこのところ、弟‥じゃなくて、元は弟だった奴のことで、いろいろ言われていて、機嫌が悪かったんです。それが、その警護の騎士様と行き違いとかあって、それでつい魔が差したとか」

 言葉を選んで慎重に証言するツェリズナルドは、役人の厳しい表情に視線を外し、躊躇いがちに自分の考えを口にした。

 「その、クアーラがその騎士様を頼りにするのが気に入らなかったとこに、元弟と話そうとしたのを邪魔されて、カッとなったのかも」

 「それは、彼女と騎士殿との関係に彼が」

 「違います」

 クアーラが慌てて声を上げた。

 「あたし、騎士様とは荷物を持っていただいたときに、一度お話ししただけです。それに、リュシュワール君とも少し親しいだけで、別に付き合っているってわけじゃ」

 「だ‥だから‥‥別にクアーラのせいとかじゃなくて、リュシュワール君が誤解したのかもってことです」

 クアーラの男女の交遊に関する行いから、その可能性は十分あり得ると思いつつも、サリアリーナは友人を擁護した。

 「ふむ。彼等兄妹が非常に不安定な精神状態にあったことは、他からも聞いている」

 実際のところ、事件については騎士達の証言があるため、司法院としても一応の確認をとるために、周囲の話を聞く程度のつもりであったことは否めない。

 ゆえに、事情聴取も大きな矛盾がないことで、よしとしたのだ。

 リュシュワール自身は、つい弾みで魔石を使ってしまったのだと言い、理由については口をつぐんでいた。

 アリアルーナの方も、苛々していて魔法を見せつけようとしたけれど、発動しなかったと言っている。

 どちらもルディシアールの関わりは決して口に出さなかったため、動機についてはあやふやなところはあるが、精神状態が普通ではなかったということで、発作的な犯行としてそれ以上の追及はなかった。

 被害者になりかけたのが貴族であることで司法院に持ち込まれたが、負傷したのが魔法を使ったリュシュワールだけであったため、深く原因を追及されなかったのもある。

 だからといって、魔法という武器を振るってしまった彼等の罪を問わないという理由はない。それが司法院の判断だった。

 その結果、後日ハルシオの予想に違わない裁きが下されることになる。


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