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試験前

 空魔法を付与するだけの状態まで仕上げられた魔法鞄が二十個、工房に届いていた。

 鞄職人、魔導具職人が休日も返上しながら作っているという苦労の代物だ。

 魔法鞄製作の取りあえずの目標は、週に五十個となっている。しかし、残念ながら今週用意できた鞄は、先日仕上げた物を合わせても四十個で目標数には達しない。

 工房で出迎えたのは金色の巻き毛をした、愛想の良いリグラスで、苦手なケイテスの姿が見えないのに、ルディは密かに安堵した。

 実はリグラスがケイテスが工房にはなるべく来ないように、王宮の仕事をするよう密かに手を回したのだ。

 ルディが彼女を苦手としているからであるし、リグラスとしてもケイテスにこちらで致命的な何かをやらかされては困るからである。

 馬鹿をやらかされることを思えば、何もせずにいてくれた方がマシだと、柔和な笑顔の下でリグラスは考えていた。

 ルディは鞄の一つを手にとって、取り付けられた魔石に空間収納の魔法を込め、その作用範囲を鞄に重ねる。この状態で、魔法が鞄に馴染むまで少し待つ。

 鞄の規格は決まっており、製作するのは王都の腕利きの鞄職人達であるから、急ぎの仕事とはいえ出来は十分なものだ。

 しかし、原材料である革はどうしても個体差がある。魔法を付与するのに、一個一個調整が必要になるのだ。ここは時間がかかっても、しっかりと調整しておかないとならない過程だった。

 ルディとしても一番気を遣うところである。

 「んー大丈夫かな。ムラはないし、安定してる」

 魔法鞄には同等の魔石を二個使う。収納空間の維持と開閉、物を出し入れする空魔法を封じたものと、供給する魔力を込める魔石のバランスからだ。前者は一つの魔法としてして組み上げられていて、そのあたりの構成は、安全面でもかなり工夫されているため、ルディも下手に弄ることはせず、既存のものをそのまま使っている。

 一つ目を仕上げ、眼鏡をかけた細身の男性に手渡す。彼は魔導具職人で、もう一人の女性とともに、出来上がった魔導具に問題がないかを確認する役目を負っていた。

 「相変わらず見事な手際だね」

 愛嬌のある笑顔でルディを賞賛する彼は、侯爵家の四男であるそうだが、それにしては腰が低い。

 気を遣われているのはわかるが、押しつけがましくなく、必要以上に気を張らずに済むのは何よりだった。

 「ありがとうございます。でも、鞄もしっかりできているし、魔石の質もバランスが良いので、すごくやりやすいです」

 「王宮の威信がかかっているから、職人も手が抜けないんだろう。君の魔法に相応しい物を提供するのは、依頼者として当然の義務だよ」

 侯爵家に生まれながら、手に職がなければ食いっぱぐれるとまで言う彼は、それだけに仕事に誇りを持っていた。なにも身分的な後ろ盾があるというだけで、魔導士長がここに派遣したわけではないのだ。

 問題のあるトップ(ケイテス)の首をすげ替えず、環境を整えるために、魔導士長は意地をかけて選りすぐりの人材を送り込んできたのだ。

 その裏に、魔法学校の校長との微妙な確執が原因としてあったとかいう噂も一部で流れたが、ルディの知るところではなかった。

 休憩を挟みながらも、午前中一杯かけて二十個の魔法鞄を作り上げたルディに、もう一人の魔導具職人の女性も賞賛と労りの声をかけた。

 彼女はもう一人とは対照的にどちらかといえば無愛想な堅い女性だが、嫌味なところはなく、ルディも緊張はしても苦手とまでは思っていない。

 「そういえば、来週試験だってねぇ」

 リグラスが魔法鞄を作り上げ、ほっと息をついて休んでいるルディに声をかけた。

 「はい。それであの」

 「わかってるよぉ。うるさいことを言う怖いおばさんはいないし、試験終わるまで来なくっていいからさ、頑張って受けておいで」

 今日頑張ってくれたから、こっちは気にしなくて大丈夫と、リグラスは笑顔で言う。

 目標数にはいっていないが、これはルディのせいではないし、第一に職人達も手一杯であるから、まあ仕方ない。これでも十分なところだ。

 「あんなことがあったのにねぇ、魔法には影響がないって、さすが異名持ちの雛。普通じゃないかぁ」

 昨日の件を誰にも触れられなかったことに安堵し、デューレイア達と魔窟に戻って行ったルディを見送ってから呟いたリグラスのそれは、賞賛という純粋な響きではなかった。

 「また貴方は」

 「だぁいじょーぶ、あの子の前では出さないよぉ。内緒だしね」

 敏感にそれを聞きとがめた侯爵家の四男坊に、リグラスは人の良い笑みを浮かべたままひらひらと右手を振った。

 「わたしの前ではいいわけですか?」

 「あっははぁ。ついねぇ、どうせ君には見抜かれてるし、気が抜けちゃってねぇ」

 自分の本性を知っている彼で、つい息抜きついでに遊んでしまうリグラスだった。

 迷惑な話だと思いつつ、それ以上は追及しない。つい彼に乗せられてしまった自分が悪いのだ。

 なにしろリグラスは、昨日の事情を知る工房の者達に、前もってルディの前で話題に出さないように念押しするくらいには気を遣える男である。

 詳細は明かされなかったが、ルディシアールの元兄妹が事件を起こし、身柄を警護の騎士に拘束されたことは、工房には内密に通達された。ルディシアールが関わっているとは一言もなかったが、昨日、彼が工房に来なかったこともあり、そこは察するところだろう。

 トップでありながら事実上隔離されているケイテスはともかく、有能な工房の関係者は、当然言われずとも対処についても弁えている者ばかりだ。

 だからこそ、リグラスが彼等の前に限って、口にしたこれが計算済みの会話だと、いい加減見当が付くというものである。




 朝から机に向かい、教科書とノートを広げているルディを、ひょいと横から覗き込んでデューレイアが声をかける。

 「熱心ねぇ」

 筆記試験は二日目だが、実技試験は明日から始まる。気分的にも、試験勉強は最後の追い込みだ。

 「せめて赤点だけは免れたいんだ」

 顔を上げて、最低限の目標をあげるルディの目が据わっていた。

 そこまで追い詰められているのかと、机の反対側で、何かの魔導具を弄っているブランを見れば、苦笑に近い顔をしている。

 やらせておけと、目で言われて、デューレイアは肩を竦めた。

 実際のところ、もともと真面目に勉強をしていたルディであるから、そこまで実力が落ちているわけでもないのだ。有り体に言って、同じクラスの赤点覚悟の誰か達と、比べてはいけない程度の成績は取れるだろうと、時々ルディの補習をみているスレインは言っていた。

 根が真面目なだけに、手が抜けない教え子の、気が済むようにやらせておけということだろうと、デューレイアは了承した。

 「あのー、お客様ですけど」

 遠慮がちに、扉の向こうからリステイルの声がかけられたのに、ブランが立ち上がる。

 「爺か、通してくれ。ルディ、ちょっと休憩だ」

 魔法具店の店主が、ルディの注文した指輪と魔法鞄を持ってきたのだ。もう一つの注文品は、型起こしからの特注品なので、まだ時間がかかる。

 「勉強中じゃったか。邪魔して悪いのう」

 「いえ、ちょっと煮詰まっていたとこですから、大丈夫です」

 ルディが教科書の類いを横にやりつつ、店主に挨拶した。半分は気を遣った言葉だが、実のところ事実なので、ブランも笑って気分転換に丁度良いと言う。

 「明後日が試験で、やらないと不安で仕方ないらしい。気休めだな」

 「坊主は試験の直前に詰め込むタイプじゃないと思ったが、気が小さいだけか」

 遠慮のない店主の言葉に、笑っているデューレイアは生徒であった時分は、成績にムラがあったタイプだ。

 出来は良かったが、嫌いな教科はギリギリまで手を付けず、ヤマをかけて一夜漬けをして、赤点すれすれという結果を繰り返していた。

 性格的には赤点だろうと、どうということはないデューレイアだが、当時担任であったクラウディウスが、赤点を取った生徒を缶詰にして指導し、追試を受けさせたので、それは避けたかったらしく、一応最低限の努力はしていたらしい。もっとも、赤点を回避できた一番の勝因は、ヤマかけの名人といわれた友人がいたことである。

 ルディのことを笑ってはいるが実のところ、試験は実技と要領の良さで乗り切ったようなものだ。

 「デューアと違って真面目なだけだ」

 そのことを知っていたブランが揶揄するのに、デューレイアは悪びれもなく胸を張った。

 「顔色変えて試験勉強したって良いことないわよ。寝不足でボケやる方が、ルディの場合ありそうよね」

 的確な指摘に、ルディは返す言葉がない。

 「なら気分転換に丁度良かろう」

 店主は自分が作った指輪の入った箱を開けて、ルディに渡す。

 指輪を左手の中指に嵌めると、緩からずきつすぎず丁度良い。魔石も深く埋め込まれる形になっていて、思っていたよりも邪魔にならない感じだった。

 なにより、魔力の流れ具合が絶妙だ。

 魔石に空間収納魔法の維持を補助する魔法を封じれば、思っていたとおりの魔導具となった。

 「すごい。ぴったりだ」

 手放しでのルディの賞賛に、店主は機嫌良く、得意げな顔をみせる。

 「爺も、伊達に王都一の杖職人と呼ばれているわけじゃない」

 当然だと頷きながら、ブランも彼の腕を手放しで認める発言をした。

 「ふん。当たり前じゃ。それにしてもお前さんも、いい加減、爺呼ばわりはやめろと言うておるじゃろうが」

 実のところ、ブランと彼は同じ歳である。

 「名だたるダルトール魔導具店のレウォル・オーラッドが、呼び方くらいで愚図るな。爺なのは事実だろうが」

 「自分が若造にしか見られんからと、ワシに当たるな。ったく、黒の魔法殺しともあろう者が、いい歳扱いて大人げない」

 この際、どっちもどっちだとルディは思ったが、賢明な子供は黙って傍観していた。要は仲が良いということだと、納得していたからだ。

 「レウォル名人殿」

 「なんじゃ、アルダシール子爵殿」

 嫌そうな顔で舌打ちし、ブランは店主が持ち込んだ、もう一つの依頼品に視線を向けた。

 「‥‥‥レオ、 それ(指輪型杖)はアンタの仕事だが、こっちの鞄は何をやった?」

 ブランの言いたいことはわかっていると、ニヤリとどこか人の悪い顔をする。

 「人聞きの悪い言い方をせんでくれ。心当たりがあると言うたじゃろうが」

 「(魔法鞄が作れる腕のある)王都の鞄職人は、王宮の依頼で手一杯のはずだろう。現に、コイツのとこに持ってくる数は、予定数に達していないと言っていたぞ」

 「ちょっとした伝手じゃ。まあ、手が足りんと泣くもんで、うちの革職人を貸し出してやったがの」

 魔法鞄を作れる職人には、他にも仕事がある。断れない王宮の注文がくる以前に受注した仕事も、片付けなくてはならない。腕の良い革職人がすべて魔法鞄作りに専念できるわけではないのだ。

 切羽詰まった状況で、杖のホルダーやベルトなどを作る魔導具店専属の革職人でも、助手としているといないのとでは大分違う。

 そこにつけこんだとはいわない。断りきれないだろう付き合いからの依頼をするにあたり、飴をつけるあたりが年の功だ。互いにメリットがあるのだから良いことである。

 所詮泣くのは自分ではないと、押し付けたようなものだが、レウォルはまるで悪びれない。

 そのあたり、さすがブランと対等に付き合うだけのことはある。

 「魔法鞄の製作は、この坊主のおかげで降って湧いたとびこみの仕事じゃ。どこも人手が欲しくて苦労しとる」

 「‥‥‥済みません」

 そこに、自分もこの注文をした。苦労をさせてしまった反省から、ルディは頭を下げた。

 「謝らんでもいい。仕事があるのはいいことじゃからのう。王宮も無理を言ってくる分、手間賃も悪くない。問題がないとは言わんが」

 「こいつがいるのが前提だからな」

 「まったくその通りじゃ。ブラン、この坊主の噂は乱れ飛んでおるが、問題は一個だけじゃな。事実か?」

 聞きたいのは異名持ちに成長するというその一点だ。

 「俺とババアが後ろについているんだ。アンタなら聞くまでもないだろうに」

 「リュレ殿が面白がって馬鹿な噂を垂れ流しておったせいじゃろうが。ワシとてリュレ殿から、お前さんに預けたと聞いておらなんだら、そっちの可能性は思いつかんかったとこじゃ」

 「おかげでこいつの評判は散々だ」

 「お前さんと違って、本人に責がないと言うに、気の毒なことじゃ」

 首を傾げている子供に、店主、レウォルはカラカラと笑った。

 「ブランがこの国に来た時にはのう、そりゃあ荒れたもんじゃ」

 「マルドナークの異名持ちを殺した俺が転がり込んできたんだ。ババアを籠絡して亡命の口をきかせたとか、散々だったな」

 「やだ。ブランみたいな朴念仁に、そんな真似できるはずないじゃない」

 茶化すデューレイアに、レウォルはうんうんと首を縦に振った。

 「まったくじゃ。大方リュレ殿に首根っこ引っ掴まれて引きずってこられたんじゃろうが」

 それの真偽については、ブランが反論しなかった時点で肯定したようなものだった。

 興味はあるが、想像ができないと、なんて言ったら良いものか言葉もないルディにブランは付け足した。

 「王国は、殺すよりマシな選択をしたと、恩を売って取り込んだ。穿った言い方をすればな」

 「懐に飛び込んできた異名持ちを、他国に渡す選択は最初からないわ。そういうことでしょ?」

 デューレイアが更に補足した。他国に行かせる位なら、殺す。できるものなら、ということだが、それが国家の本音だろう。それはルディに向けた警告でもある。

 「坊主にはブランがついておる。そんな顔をせんでも大丈夫じゃ。この国の方こそ、坊主らに愛想をつかされんようにするべきじゃな」

 「爺もたまには良いことを言う」

 「爺はよせというたじゃろう。それにしても、空魔法の銀の雛か。魔導具市場が賑やかになろうて」

 王宮はルディシアールの名を公表していたが、世間でリュレやブランの本名があまり知られていないように、ルディも別名で呼ばれるようになっていた。主に「銀の雛」、「銀の少年」といったものだ。

 机の上に魔法鞄を置き、せかすようにルディを見る魔導具職人の視線に、頷いて手を伸ばす。

 レウォルも魔導具職人として興味があるだろう。なにしろ百年来、この国でできなかった魔法鞄の最終工程だ。

 鞄の出来を確かめ、ルディはいつものように空間収納魔法を封じる。ただし、収納空間を倍に大きくした。

 余裕をみて相応の魔石を使ってあるし、維持に必要となる魔力が少し増えるだけだ。問題はない。

 王宮が持ってくる鞄はすべて同じ規格で作られている。同じ色、同じ型の鞄には予め共通の、王宮魔導具部門が製造・発注元である証の、定められた伝統的な意匠の焼き印が押され、魔石の台座部分にルディの頭文字と製造番号が刻印されている。

 レウォルが持ってきたこの鞄は、型こそ同じだが、焼き印はなく、台座にルディの名が刻まれていた。

 ルディの個人使用の物として作られたからだ。

 「ん、完成」

 「‥‥‥もうできたの?」

 ルディが魔法鞄を作る一部始終を初めて間近で見たデューレイアが呆れたように言う。

 「うん。いつもより容量が大きいけど、やることは一緒だから」

 「アンタが半日で二十個作ったってのは聞いたけど」

 やっぱり化け物だと、口にはしなかったがデューレイアをしてそう思ってしまう。所詮、ブランの弟子で、将来の異名持ちだ。

 「うーむ。鞄職人が悲鳴を上げるわけじゃ。ブランとリュレ殿で、異名持ちが常識外れなのは知っておったつもりじゃが」

 「あの、僕は異名持ちじゃ」

 どこぞの魔導士長のようなことを呟くレウォルに、ルディは懲りずに訂正を入れるが、デューレイアにコツンと軽く脳天に拳骨を落とされた。

 「卵でも、常識に収まらないんだから同じことよ。自覚なさい」

 「うー‥‥」

 「ブランもだけど、自重しないっていうか、一般人に対する配慮ってものが欠けてるのよね」

 「異名持ちが人外扱いされるのは今更だ。そんなものしたところで意味はない」

 「貴方は開き直ってるから良いでしょうけど、ルディは‥‥‥あー‥‥‥と、そういう意味‥‥‥か」

 ブランの言いたことを、正確にデューレイアは察した。

 彼等異名持ちの魔法を、常識外とする感覚は、見る側の定めたもの。

 ならば、異名持ちとして存在している以上、抑える意味はないし、もとよりその気もない。

 異名持ちとはそういう存在だと、知られているからだ。

 「ワシらの神経に負担がかかると、言いたいのじゃろうが、アンタも諦めることじゃ」

 「忠告はいただいておくけど、なかなか‥‥‥ね」

 何度も何度も常識を破壊され、そのたびに無駄と思いつつ再構築していたのだ。

 諦めたと言いつつ、常識にしがみつこうとしている自分に、デューレイアはようやく気がついた。

 ブランやルディに常識を求めるのはやめたなどど偉そうなことを言っていたくせに、カウルスのことを笑えないと、しみじみ思う。

 「爺‥レオのとこは空魔法の魔導具はなかったな」

 「先代からうちは自分とこで作った物しかあつかっとらん」

 本来は、だ。今回のルディに頼まれたのは、本当に例外である。ブランに免じてと、店主が言ったそのままだ。

 「そうだったな」

 「狂乱する魔導具店もでてくるじゃろうがな」

 かつてない量の空魔法の魔導具が出回ることになる予測に、過去の価格が意味のないものになる。様々な理由で頭を抱える者も多いだろうと、レウォルは他人事のように言った。

少し短いですが、今年最後の更新です。

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