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落とし前

 結局そのままルディは研究室に泊まった。

 もともと泊まり込みで研究できるようにと、宿泊できる施設が備えられているのだ。

 ブランは王都に自宅を持ち、魔法学校の職員寮に部屋もあるのだが、もっぱらここで寝泊まりしている。実は、隣のリリータイアも含め、魔窟の住人としては、研究室を実質の住居としているのは、普通と言って良い。

 狭い仮眠室は、もう一つ土魔法で作った寝台でほぼ一杯になった。

 デューレイアに寝具を調達させ、問答無用でルディを寝かせる。

 どうせ眠れないだろうと、ブランは導眠の魔法を使い、強制的に眠らせた。

 導眠は身体を休眠状態にさせ、眠りに導く上級治癒魔法だ。効果は高いが加減が難しく、眠り薬や手っ取り早く気絶させる手段を取る方が多いため、使える者が少ない魔法である。

 昔、治癒士をしていたこともあり、ブランはもともと治癒魔法は得意な方であったが、リュレに更に叩き込まれたため、上級治癒魔法もほとんど使える。

 最高峰の治癒士といわれる黄金の天秤操者である。わたしの弟子が下手な治癒魔法を使っているのは恥ずかしいと、徹底的に仕込まれたのだ。

 きっとこの先、わたしの息子がと、ルディも同じ目にあうだろうと、いささか同情の目を向けてしまったのは、言わないでおこうとブランは思った。

 何しろその基準の高さと指導の厳しさときたら、何度ブランがクソババアと叫びかけたのか数え切れない。もちろん、口にしたら死ぬのが確定しているため、声にはしなかった。

 かつてそれで一度、死神に対面し損なったことがあるのだ。

 今ならともかく、当時のブランは魔力が境界を超えて間もなく、海千山千のリュレには魔力も技量も及ばなかった。単純に魔法だけの技能では、勝ち目がなかったのである。

 それに、魔術師としてのリュレはブランをして、師として尊敬に値する人物でもあった。

 「うふふふふ‥‥可愛いわぁ」

 枕元でルディの寝顔を堪能している危ないお姉さんに、ブランは襲うなよと、冷たい視線を向ける。

 「やあね、わたしそこまで信用無いのかしら」

 「お前、今までの所業を振り返ってみろ」

 「子供に手を出してないわよ」

 「当たり前だ」

 「でも、この子ってば泣き顔も可愛いのよね。すっごくそそるっていうか」

 涙で瞳が潤んで今にも泣きそうになったルディの顔は、壮絶に可愛かった。あんな場合じゃなかったらキスの一つもしていたと、デューレイアは思う。

 あんな顔で縋られて、良く平静を保てたものだと、デューレイアはしみじみ自分を褒めていた。

 「こいつはしばらくここで預かる」

 「その方が良いでしょうね。少なくとも、彼等の処分が決まるまでは」

 彼らがルディを憎むのは、彼等の側からすれば当たり前だ。むしろ、そうでなくてはならなかった。

 ルディもそれを理解した上で、彼らを切り捨てたはずだった。

 受け入れなくてはならないことから目を背けようとしたルディの甘さが、リュシュワールに魔法を撃たせるという事態を招いた。

 けれど、ただでさえ自責の念にうちひしがれていた十三歳の少年を、これ以上追い詰めるのは酷すぎる。

 いくらそれだけの責任を負わされるだけの力を持っているにせよだ。

 だからこそ、甘いといわれてもデューレイアはこんな形で、二人を殺させたくなかった。

 「もう一つ、貴方には言っておくことがあったわ」

 デューレイアは複雑な気持ちで黒の魔術師の顔を見た。

 「王宮はルディが誰を最も優先させるか知りたがっていた」

 弱点となる最大の人物としてだ。

 「俺か?」

 「自覚していたなら話が早いわ。追い詰められたルディは、貴方のところに行った。それが答えになったわ」

 王宮が、確信を持つに十分な行動だった。

 「知られても、王宮、カレーズ侯が俺たちの動かし方を心得てくれれば良い話だ」

 「今ごろ、頭抱えているかもしれないけどね」

 「そんな、甘いタマか。ホッとしてるかもしれねえぞ」

 「どっちもどっちだと思うわ」

 開き直ったこの男と、策謀家の軍務卿と、良い勝負だとデューレイアは思う。

 あくまで軽口の類としてだが、国を相手に個人で喧嘩を売れるとまで言われている異名持ちだ。その黒の魔法殺しがルディにとっての最優先の対象である。排除も取り込みも、国の命運をかける大事につながるのは自明の理だ。

 扱いを誤れば、この国が将来の異名持ちである空魔法の使い手ごと、現在の異名持ちを失うだけのことだと、平然と流してしまえる神経を、さすがにデューレイアは持っていない。

 だが逆にいえば付けいる対象は、最強の剣だ。誰であれ、迂闊には手を出せない相手である。護る側のエール=シオンにとっては、最良の手札ともいえた。

 「むしろあの男のことだ。気前よく、他を切り捨てる方向に行きそうだ。放置してくれれば御の字だが、そこまで都合良くはいかないだろうしな」

 「それって、貴方以外の関係者のこと?」

 「体の良い囮に最適だと考えてもおかしくない」

 ルディの元家族を筆頭に、切り捨てることを前提にした駒として利用するというのだろう。

 「いくらなんでも」

 そこまで人非人なと、考えてデューレイアは頭を振った。

 「やりかねないわね」

 そう断言してしまうあたり、デューレイアのカレーズ侯の評価も相当なものだ。

 「カレーズ侯の息子があれだからな」

 ルディのルームメイトの名を出され、デューレイアはなかなかくせ者だという優等生の顔を思い浮かべる。

 最近では特によく行動を共にしているので、というか、ルディが友人づきあいしている唯一の生徒でもあるため、デューレイアもローレイ・キース・カレーズの顔と名は見知っていた。先日も、顔を合わせ、その裏を含めた言い方に身震いしたばかりだ。

 「知っているの?」

 「ルディから話は聞いている。身近にあれだけの駒を置いてあれば、欲もだせる」

 「そんなに?」

 デューレイアも、相当切れる将来有望な優等生との評判を含め、実物を見てなかなかであると思っているが、ブランの評価はその上を行った。

 「おそらくあれが将来の軍務卿だな。侯も優秀な後継者を持ったもんだ」

 「彼、三男でしょ。長男は近衛連隊の騎士で、次男は今期に騎士学校を卒業だったかしら。どちらもかなり腕が立つって評判よ」

 この国では、基本的に長男の相続が普通だ。ただ、女子の爵位継承も認められるなど、あくまで慣習上で、絶対ではない。

 「カレーズ侯爵家は徹底した実力主義だからな。後継の座が欲しければ実力で勝ち取れが、暗黙の家訓のようなものだ」

 今の当主エイリックもまた、次男であった。先代カレーズ侯爵が軍務卿の地位にあったとき、ブランは表にこそ滅多に出なかったが、彼の参謀格として王国軍に関わっていたため、カレーズ家についての事情はそれなりに知っているのだ。

 先代が、息子のまだ幼児であった三男を特に可愛がっていたことも、不本意ながら良く知っていた。まったく、世の祖父(ジジイ)というものは、どうしてああも孫に甘いものかという、ずっしりとくる疲労感とともにだ。

 ここに引きこもってから、先代は引退して暇になったと押しかけてきては、独身であるブランが辟易とするような、孫自慢攻撃をしてくれたのだ。負ったダメージが妙に大きかったこともあり、あまり思い出したくないと、それについては取り敢えず黙っておいた。

 「‥‥‥それで、狙ってるわけ?」

 「獲りにいって当然の器量だそうだ。これはババアの見解だが、ルディの話を聞くだけでも、俺も同感だ」

 リュレはたびたびルディに会うために学校を訪れている。その際に、ルームメイトであり、カレーズ家の子息であるローレイとも、何度か顔を合わせているのだ。

 カレーズ家先代の孫馬鹿は別としても、複数の客観的な評価からローレイの資質は明らかだとブランは思う。

 ルディはブランには聞かれれば何でも話す。ルームメイトで、カレーズ侯の息子の話をしないはずもなかった。

 騎士としての技量と、将としての才は必ずしも一致しない。まして軍務卿は国を動かす立場だ。政治的な才覚も必要になる。その点において、ローレイはどれも不自由していない。

 カレーズ家の家庭事情はともかく、優秀すぎる三男の将来の選択肢に、侯爵家当主の座はあるということだ。

 現時点ではあくまでリュレやブランの憶測でしかなく、口止めされるまでもなく、デューレイアも迂闊なことを口外する気はなかった。

 「この子もねぇ。友人がどうのって言うのもなんだけど。まあ、貴方のことも含めてね」

 意味ありげにブランを見ては微妙な顔をする。

 「何が言いたい?」

 「幼馴染みか、リュレ様でなく、貴方でしょ。貴方もこの子を可愛がっているし、女っ気がないっていうか、変な噂がたたなければって」

 「馬鹿なことを」

 ブランは心底呆れたと言いたげな目を、朱金の髪の女騎士に向ける。

 「それこそ、魔法に性別を問うようなものだぞ」

 自分の発言の馬鹿らしさを、デューレイアもわかっているのだ。女だから、というよりは、ブランを男として見ている自分の想いの裏返しだ。逆に、邪推でしかなく、意味がないとわかっているからこそ、口にしたようなものである。

 「だって仕方ないでしょ。世間は貴方達の事情なんか知らないんだもの。それに、貴方はオリディアナ姫の件もあるし」

 王宮で黒の魔法殺しがここに引きこもる直接の原因といわれた女性の名を出したデューレイアに、ブランはウンザリとした顔をした。

 「また昔の話を。それで俺が女嫌いになったとでも」

 そんなものなくても、女の恐さなどババアで十分わかっているというブランに、デューレイアは失言だったと肩を竦める。

 「悪かったわ。ただ、この子の周りがね‥‥‥なんていうか」

 類は友を呼ぶのか状況がそうさせるのか、敵味方を問わず、一癖どころじゃない者を、この子は妙に引きつけている。ただその際、デューレイアは自分のことを棚にあげて目を背けているのに、気づいていない。

 何とも言いようがないと、デューレイアは眠るルディを見詰めながら、ため息をついた。

 それでも、王宮の思惑はともかく、この先誰かと引き替えにルディを動かすことは、唯一人を前提にすればまず不可能であるだろうとデューレイアは思う。

 誰かの命を盾にされたとしてもという意味でだ。そもそも、そんなことをするものがあれば、ルディが泣こうが喚こうが、自分は構わず盾ごとそいつ等を潰すだろう。

 でも、もしその盾にされたのがデューレイア自身なら、ルディは泣くかしらと思う。あるいは、王宮が自分を盾の位置に置く可能性も皆無ではないのだと、デューレイアは思っていた。

 ただ、その時にはきっとこの男が動く。ルディのためならブランはデューレイアを殺す。彼はそういう選択ができる人間だと知っている。できれば、あって欲しくない想像ではあったが。




 ぽっかりと浮き上がった意識に、ルディは目覚めを自覚した。

 「‥‥‥んー‥朝?」

 仮眠室は研究室の隅を区切って作られた部屋で、扉はない。研究室の窓から差し込む光が、仮眠室に朝の訪れを知らせていた。

 「起きたか」

 コシコシ目をこすりながらいつもと違う天井に、ここはどこだったかと、寝ぼけたことを考えていたら、ブランの声で我に返った。

 隣の寝台でブランが、こちらも目を覚ました直後なのか、上半身を起こし、寝起きの顔でルディを見ていた。

 「お‥はようございます」

 「ああ、おはよう。気分はどうだ?」

 「‥‥‥大丈夫です」

 強がりではなく、少しだけ眠気を引きずっているくらいで、昨夜の胸の痛みは随分遠くなっている。

 「なら朝食にしよう。何にする?」

 寝台から降り、ブランはルディを見て聞く。

 もっとも、朝食といっても、お茶を淹れ、収納庫からルディの作り置きの料理を出すだけだ。

 「あの、僕作ります」

 普段の寝起きの悪さはどこにいったものか、ルディは慌てて起き出して、眠気の残る頭で朝食は何にしようかと考える。

 「簡単なものでいいぞ。身支度をしてからな」

 「はい」

 ブランが仮眠室を出て行くのを見送ったルディは、不意に昨夜の自分の言動を思い出してしまった。

 「‥‥‥言っちゃったんだ」

 ずっと決めていた目標であり、願いであること。ブランの隣に立ち、彼の背を護れる自分になる。

 大それた事だと思う。でも、絶対に譲れない願いだ。

 それを口に出したことで、ルディは何かが吹っ切れたような気がする。

 目指す未来に手を伸ばす自分を認めることは、自分を肯定することだ。道を定めたなら、やり抜く。

 決意が強さとなり、ルディに一歩を踏み出させた。

 パシッと、両手のひらで頬を押さえるように叩き、気合いを入れる。

 「頑張る」

 意識を切り替え、まずは朝食を作らないとと動き出した。

 慌てて着替え、手早く洗顔を済ませ、収納庫から材料を出す。

 コンソメのストックを使ってタマネギとベーコンのスープを作り、ハムを厚く切って焼く。付け合わせはピクルスだ。卵はオムレツにした。パンにバターとジャムを添え、紅茶を淹れる。

 一番気を遣うのがお茶を淹れることだ。ブランは好んでお茶を飲んでいるが、もとはリュレの影響だと言っていた。

 そしてきちんとした紅茶や緑茶は高価である。

 ブランはウサギのゴーレムのような、それこそ他の魔導具職人では複製できない高度な魔導具を、王宮や魔法ギルド、魔法学校に提供している。

 たまに狩りにも行くが、基本的に獲物は魔石以外はその場で売り払っていた。

 それらの代価に加え、宮廷魔術師の年金などの収入もあるが、何しろ学校に引きこもっているブランである。あまりお金の使い道がない。

 そのブランの数少ない贅沢の一つが、品質の良い茶葉の購入である。

 ルディは最初にブランにお茶の入れ方を習い、その後、本を読んだり、学生街で茶葉を取り扱っている店で教わったりした。

 「んー良い感じ」

 綺麗にでた紅茶の色と香りに満足そうに頷き、カップをブランの前に置く。

 最近は、暇ができると料理をしては収納庫に仕舞っているので、直ぐに食べられる作り置きも大量にあるのだが、時間があるならそれには手を付けずに、ルディは食事の支度をするようにしていた。

 何かを作るということが、ルディには楽しい。魔導具を作るのもだが、料理は良い気晴らしになるのだ。

 「ルディ、迎えにきたわよ」

 今日は午前中は工房に行くことになっている。昨日行けなかった埋め合わせもあるが、無理そうなら考えるつもりだった。しかし、ルディの様子から大丈夫そうだとデューレイアは判断する。

 デューレイアがひらひらと手を振る後ろで、顔を引きつらせたリステイルが直立不動でこちらを見ていた。

 「あーコレね。アンタも、一発入れる?」

 結局、リステイルは警護の役目を解かれることにはならなかった。それはネリーネも同じだったが、リステイルの方は、果たした役割から最も気まずい立場にあったというのにだ。

 命令に従った彼を更迭するわけにはいかなかったのと、配置換えを本人が申し出たが許されなかったというのが実際の話だった。

 王宮の面目もあるが、もっと現実的な問題として、魔窟での警護を請け負う貴重な人材であるからだ。

 現在の顔ぶれの中に、彼に代わり新たにぶち込める者がいなかったのである。

 リステイルは魔導騎士であるから、その後任は当然同格の者であることが求められる。加えて魔窟という曰く付きの場所にある黒の魔法殺しの研究室だ。更にそこで警備を務めるのも、デューレイアを筆頭に、腕の立つくせ者揃いであるとあっては、そうそう代わりの人材が捕まらないのも無理はなかった。

 リステイル自身、デューレイアやカウルスには及ばないまでも、相当の使い手である。

 そのような事情もあり、双方に思うところがあっても、とりあえずは我慢しなくてはならないのだ。それならいっそ、引きずらないように制裁してさっぱりすればと、デューレイアはむしろけしかけた。

 「そうするか?」

 目の据わった黒の魔術師の言葉に、リステイルは震え上がる。そういえば、ルディ(本人)だけでなく、ブラン(保護者)の怒りも買っていたのだと、今更ながらに気がついたからだ。

 「でも」

 ルディにもリステイルに思うところはある。

 愛想の良いこの魔導騎士は、堅物なカウルスや破天荒なデューレイアの間にあって、いろいろとフォローをする立場にあった。ルディに対しても一歩引いて、気配りをする兄貴分のような接し方をしている。悪い印象はない。嫌うどころか、むしろ気を許していただけに、裏切られたような想いを抱いた。

 騎士として命じられれば逆らえない立場にあることも、理解できているが、やはり失望のような気持ちがある。

 一晩おいて、落ち着いていなかったら、きっとどうしてと詰め寄っていただろう。

 「王宮の護衛の騎士に、僕が何かしたら」

 それでも、ブランに迷惑がかかると、真っ先に考えが及んだ。

 「なに、逸れた魔法が当たることもある。不運な事故だ」

 表立って制裁するのはまずいが、事故などどこにも転がっている。

 間違いなく本気で言っている黒の魔術師に、リステイルは死神が自分に向かって微笑んだ気がした。

 いろいろと思うところがあるのは、自分だけのことではないみたいだと、ルディはちょっと考えていたが、ふと思いついて言ってみた。

 「そういえば、お隣のお姉さんが新薬の実験台が欲しいって言ってました」

 「ん?あれはまだ副作用をみる以前の段階だったんじゃ」

 「はい、気を付けないと中毒になるから量が使えないけど、服用間隔と効果の関係で、今の段階での使用量の限界を実験しておきたいって」

 「お前の解毒の練習にもなりそうだな」

 良い考えだと、頷く黒の魔術師に、リステイルは蒼白になっていた。

 「‥‥‥だ、そうよ。志願すれば?」

 自発的な志願というのが、大切なところだ。

 それとも、現在たたき売り状態のブランの怒りを買う気があるかと、デューレイアの視線が語っている。

 「志願者は一人とは言わん。他の警護の連中にももれなく声をかけておけ。ああ、部隊長にも忘れずにな」

 「良かったわねぇ。ルディを可愛がっているお隣さんの心証も良くなるわよ。ルディの勉強に協力してくれる人は大歓迎よね、ブラン」

 物凄い笑顔全開のデューレイアだが、言っていることは辛辣だ。今度のことを隣の住人が知る前に機嫌を取っておけと、更なる脅しをかけられたようなものだった。

 自発的に志願しろと圧力をかけられ、リステイルは一人で負うものではなく、受難は皆で分け合うべきだと考えた。特に名指ししてくれたことでもあるし、部隊長だけは絶対に道連れにしてやると心に決める。

 「心配ないです。少しまずいらしいけど、死ぬような薬じゃないし、後遺症だって残りません。万一、薬が合わなくても、解毒の魔法は、僕、今でも結構自信ありますし、先生だって付いていてくれます」

 この子、実はすごく怒っていないかと、リステイルは冷や汗をかく。

 素直に安心できないことを口にするルディに、彼は宮仕えの悲哀をかつてないほどに実感していた。


 その後、ゾロゾロと刑場に引き出される罪人さながらの顔色をし、重い足取りで大挙して訪れた実験台こと臨床試験志願者を、リリータイアが諸手を挙げて歓迎したことは言うまでもない。

 もちろん、そこに容赦の二文字は存在しなかった。もとより、リリータイアは薬の臨床試験でそんなものする性格ではなかったし、ブランに存分にやっていいと、笑顔で念押しされていたとあれば尚更だった。

 「助かるわ。被験者は多いに越したことはないもの」

 このババアと、にこにこと上機嫌で薬を用意するリリータイアに、暴言を吐くような節度のない者はさすがにいなかった。蛮勇というより、自殺行為であると、誰もが知っていたからだ。

 凄まじい薬の味にのたうち回り、副作用については冷静に経過を観察されるというある種の拷問のような経験は、後遺症が残らなくとも、被験者達にもれなく心的外傷を与えた。こればかりは、解毒魔法や回復魔法をかけてもらっても、治療不可能な代物であり、魔窟の恐怖の伝説が一つ追加されたともいう。

 何しろ、臨床試験の悲惨な光景は、提案したルディが同情してしまったくらいだ。

 おかげで、リステイルに対する報復はそれ以上なかったのは、幸いと言うべきだろう。

 もっとも、そのせいでますます魔窟での警護をする人材がいなくなった。部隊長のハルシオをして、そこだけは勘弁してくださいと懇願する部下に、死地に追いやるような命令をだすのは躊躇われるところもある。何しろ、自分自身でその理由を味わったのだから。

 「またよろしくね。いつでも歓迎するわ」

 まさかこれ一度で終わりじゃないわよねと、再度の志願を期待する声なき声が聞こえた。

 臨床試験終了後に、意味ありげな笑顔で見送ってくれたリリータイアの姿が、幻聴と共に悪夢のように脳裏に甦るたびに、ハルシオは吐き気を覚えて口元を抑える。

 「閣下に御考慮いただきたいところだが‥‥‥無理か」

 任務遂行上の問題点として上申したところで、カレーズ侯は黙殺するだろう。

 まさに宮仕えと中間管理職の悲哀を、どっぷりと味わうはめになったハルシオである。


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