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初めての授業

 王都魔法学校の敷地の広大さ、そこに建つ学舎の数と壮大さは、その歴史に相応しく、北東に隣接する騎士養成学校と合わせて、エール=シオン王国随一にして、圧巻という規模を誇っている。

 入学試験は街に近い門を入ってすぐの一角で行われていたのだが、それは学校のわずかなスペースでしかなかった。五千人近い学生や職員達が居住する寮棟が建ち並ぶ北西側から中央の学舎までだって、端から端までとなればそれなりの距離になる。新旧取り混ぜ、林立する建物も半端な数では無かった。結論、毎年恒例で新入生の迷子が出る。

 「此処は何処?」

 である。

 入学式の日に、先輩達に引率された新入生達が学内をゾロゾロと列を成して回るという、見学会があったのだが、それだって広すぎる校内の主要部分しか行っていない。時間的に不可能だ。多くの職員や学生も、自分の関係する区域のことしか知らないというのも、無理はない。何しろ広大な敷地に、長年の建て増しや改修のおかげで、校内は迷路のように複雑な造りになってしまっているのだ。冗談のようだが、課外活動で校内の探検を活動目的とする同好会すら存在しているという。

 貰った地図を片手に、ルディシアールは一人途方に暮れていた。




 今日は入学式の翌日、初めての授業が行われる。ほとんどの新入生がそうであるように、トゥルダス出身の三人の幼馴染みたちは、緊張と期待に胸を膨らませ、真新しい制服、白いシャツに紺のズボンと上着、それに一年次を示す一本の銀の杖が襟に刺繍された魔法使いの深緑をした前開きのローブを纏い、それぞれのクラスに向かった。

 ルディは当然治癒科の一年次クラスだ。治癒能力に適性を認められた新入生は、全員が治癒科に入るのだが、今期の生徒数は四十人という例年に比べ特に少ない人数となっていた。

 「初めまして。私はヴィンヌ・グラス・スタッド、このクラスの主任教諭です」

 緩く巻いた茶金の髪を背中で一つに纏めた彼女は、背の高いスレンダーな美女だった。ベテランの教師である彼女は、穏やかな紫の瞳で、教壇に立ち自分の受け持つクラスを見渡した。

 彼女の横に助教諭を務める若い男女の教師が立ち、それぞれ自己紹介をする。二十代半ばの煙るような銀髪の巻き毛を肩の長さに切りそろえ、幾分ふくよかな体格をした優しそうな笑顔の似合う女性は低い、女性にしてはかなり背の高いヴィンヌの肩程度の身長をしている。名前はメイア・グードラック。男性はまだ二十歳そこそこの新米教師で、カルトゥル・レド・ムーラン。緑がかった灰色のメッシュが左サイドに入ったストレートの焦げ茶色の髪をし、メッシュと同じ色の瞳が印象的な青年だった。彫りの深い面は、緊張しているのか幾分神経質そうなきつめの表情をしている。

 「授業は午前中に講義、午後は魔法の実習と護身のための武術を学びます。これはどのクラスも一緒ですが、特にこのクラスは一年次中に初級の治癒魔法を習得するのが目標となります。治癒魔法は四大元素属性魔法に比べ大きな魔力と繊細な制御を必要とする難しい魔法ですが、皆さんは治癒魔法を使える才を認められてこのクラスに来ました。努力することで、優秀な治癒魔術師になれる才能を持っていると言うことです。頑張りましょう」

 クラス全員の自己紹介の後、時間割が渡され、午後からの実習に使われる教室や施設の説明が行われる。一年次の間は、武術の授業は選択した武器毎の、全クラス合同訓練になるらしい。そこで、ヴィンヌは一つ付け加えた。

 「ルディシアール・シエロ君、しばらく貴方は午後、皆さんとは別の指導を受けるようになっています。事故の治療を兼ねてということです」

 魔法の基礎理論の授業の後、ルディは指導してくれる先生の名を教えられ、彼の研究室へ行くように言われた。

 昼食は待ち合わせたエルたちと食堂で食べる。初日とあって、それぞれ報告することがあったからだ。学校内には幾つかの食堂があるが、ここは学年次の教室から一番近い所である。

 「私のクラスにはトゥルダスの出身って居なかったわ」

 陽に透ける肩に掛かった柔らかな金髪のくせ毛と鮮やかな翠の瞳をしたフロアリュネは、歳より微妙に幼く見える愛らしい容姿に伴って、一見したところ非常に保護欲をそそるような印象を受ける。ただし、綺麗な花にはトゲがあるを地でゆくところがあり、早速可愛らしい見かけに欺された手の早い一部のクラスメイトの男子が、手痛い肘鉄を食らわされていた。

 「オレのとこは居たぜ」

 ただエルトリードとはあまり仲の良くない男子で、話もしなかったという。今期のトゥルダスの出身はルディたち三人と、その男子を含め全部で七人だという。王都から馬車で三日という比較的近い中規模の迷宮都市としては、過去と比べても標準的な人数らしい。

 「武術訓練は剣を選べば一緒になるんだけど、俺はダガーをやりたいし」

 「それなんだけど、僕は午後、別の指導を受けるみたいだ。ほら、これの治療っていうか、暴発しないようにってことだと思う。だから武術訓練はどうなるのか分からない」

 もともと、事故の治療ともいえる魔力制御の訓練がルディの入学にあたっての最大の目的だと、フロアリュネたちも知らされていたから、特別扱いには疑問を抱かないが、分かっていたとはいえ見事に三人とも別々なクラスとカリキュラムになってしまった。

 そして、その数十分後、ルディは学校の敷地内で迷子になっていた。

 「ブラン・アルダシール講師?‥‥‥ああ、魔窟の‥‥」

 途中で通りがかった職員に、片っ端から尋ねたところ、大半の者は知らないと首を傾げ、一部の者は何故か遠い目をしてそう答えた。

 指導してくれるというブラン・アルダシールという先生の研究室は、学校の南東の端にあるとヴィンヌ先生に教えられた。が、一言で南東の端といっても、何しろ学校は広い。しかもルディは知らなかったが、南東部のとある一角は特別な研究室が幾つか立ち並んでいて、そこは学校の職員達から魔窟と呼ばれる一種の禁足域扱いとなっている場所なのだ。

 魔術師の育成の場であると同時に、魔法に関するトップクラスの研究が進められている王都魔法学校のなかでも、マッドな連中の研究室が軒を連ねる禁域、それが魔窟と呼ばれる一角だった。表に出せない禁忌の魔法研究や、危険きわまりない魔導具の開発、巻き込まれたら確実に命を落とす魔法の実験等々、一線を超えてしまった天災(天才の変換間違いではない)の闊歩する危険地域と噂され、関係者以外立ち入る者がいない区域のことなど、普通の学校職員が知るはずも無かった。だからこそ必然的な迷子が出来てしまったのだが、こればかりは本人の責ではないだろう。

 なんとか魔窟と呼ばれる地域にはたどり着いたものの、人気の無い道の真ん中で途方に暮れているルディに声をかけてくれた救い主は、燃えるような朱金の短い髪が印象的な美貌の女騎士だった。

 「こんにちは。元気だったルディシアール君?」

 長身の女騎士は、必然的に見下ろすことになる体勢で、ルディの顔を見て、彼の名を呼んだ。

 「デューレイアさん」

 彼女はルディの命の恩人であった。

 「あの時は本当にありがとうございました」

 「いいのよ。丁度良かった、一緒にブランのところへ行きましょう」

 こんな時間にここでウロウロしているのは迷子でしょうと、悪戯っぽい笑顔を向けるデューレイアに、恥ずかしそうにルディは顔を赤らめた。

 「これからわたしが貴方に剣を教えてあげることになったのよ」

 ニッと、愉しそうな輝きを琥珀の瞳に刷いて、デューレイアは騎士らしい颯爽とした足取りで先に立って魔窟の道を歩いて行った。

 「遅い」

 随分と遅刻してきた生徒に、研究室の主は書き物をしていた手を止めて、顔を上げた。

 素直に謝るルディの横で、デューレイアが口を挟んだ。

 「入学したての子を、魔窟に一人でこさせるなんて、遭難しろっていうのと同じよ」

 迷うに決まっているじゃ無いというデューレイアの正論に、仕方ないなと呟く程度には、ブランにも納得できる理由である。

 一方ルディは、自分の指導をしてくれるというブラン・アルダシールが、入学試験の折、回復魔法の指導をしてくれた男性であったことに気づいた。

 「ブラン・アルダシールだ。お前の指導をババア、リュレ・クリシス・ヴェーアに頼まれた」

 「さっきも言ったけど、剣はわたしが教えるわ。今日は初めてだから剣を選ぶのと基礎の素振りだけ。明日からは練習着で来ること」

 「はい」

 返事をしたルディの視界の端を、赤茶色の小さなものが横切った。

 「そいつ等はオレのゴーレムだ。そこら辺うろついているが気にするな」

 「ゴーレム?」

 「ホント、見かけは可愛いんだけどね」

 赤茶色の土で造られたウサギが、何羽もぴょこぴょこと研究室の床を跳ね回っていた。ゴーレムといえば、鎧を着た戦闘用土人形というものしか思い浮かばなかったルディには、それと目の前のウサギとが結びつかなかった。

 「とりあえずお前の魔力をみせてもらう。ローブを脱いで裏へ行くぞ。ああ、腕輪は外せ、杖もいらん」

 杖がいらないってどういうことだろうと思いながらも、素直に従って、三人は研究室の裏口から外へ出た。

 「うわぁー」

 一面の荒野を目の前に、ルディは思わず声を上げる。ひび割れた地面が延々と続き、彼方には地割れや境界の山脈が霞んで見えるその光景は、まさに絶景だ。

 大地の壁と地平線まで続く空。空と地の交わる果てへ、ルディは心を飛ばす。

 これが始まりの一歩だと、心のどこかでルディは感じた。

 「さて、遠慮はいらん。お前の全力で魔法を撃ってみろ」

 ブランはルディにそこで最初の課題を与えた。

 「全力って?」

 「本当に、貴方は教師に向いてないわね。いきなり魔法を撃てっていわれても、どうすれば良いのか分からないでしょ」

 呆れたようにデューレイアがブランのフォローをする。

 「わたしが見本を見せるから」

 デューレイアは腰のロングソードを抜いて、正面へ真っ直ぐ水平に掲げた。

 「我魔力を捧げ世界の理に請願す。火の元素を喚起するものなり。招請に応じ火精よ疾く現れ出よ<火球>」

 詠唱を終えると、杖代わりに掲げられたロングソードから魔力が迸り、宙に巨大な火球が放たれた。

 <火球>は火の攻撃魔法の基礎中の基礎だ。単純なだけに、込められる魔力次第で威力はいくらでも変わる。一流の魔術師が使えば、下手な中級魔法より威力を発揮するのだ。

 「最初だから仕方ないか、詠唱してやってみろ」

 指導の指の字もあったものじゃないが、見よう見まねでルディは真っ直ぐ右腕を前に伸ばし、デューレイアの言った通りの呪文を唱える。

 「<火球>‥‥‥うわっ」

 詠唱に従って、身体の裡から湧き上がる魔力をひたすらまとめ上げ、前方へと放出する。

 だが、少し離れたところに火の塊が現れた途端、爆発するように四散した。

 「下手くそ」

 「‥‥‥そーゆー問題、これって?」

 ブランの容赦ない評価に、デューレイアは嘆息した。

 初級魔法とはいえ初見で<火球>を発現して見せた上、はっきり言って、火の量、その威力はデューレイアの放った火球に匹敵するものだったのだ。とっさにブランが風楯を展開していなければ、火傷を負っていたかもしれない。

 「おい、今ので良いから、水球、風球、砂球の順にやってみろ」

 「もう少し落ち着いて、魔力を集束するのよ」

 助言も何も無いブランに、仕方ないとデューレイアが再度フォローを入れた。

 大きく深呼吸し、火を水に変えて、ルディは詠唱を開始する。

 「‥‥‥リュレ様が貴方のとこに寄越すはずね」

 基本とはいえ、四元素属性すべての魔法を連発し、流石に息を切らしているが、魔力にはまだ余裕がありそうな子供に、デューレイアはしみじみと呟いた。しかも、それぞれ初心者の域を遠く離れた大きさで、更に撃っていくうちに慣れてきたのか、だんだん形も整っていき、それに従って威力も増していった。こんな子供、学校の教師陣の手には負えないだろう。

 「もう一度、今度は詠唱無しでやれ」

 「ちょっと、いきなり無詠唱って」

 無茶を言い出したブランに、デューレイアが口出しするが、完全無視だ。

 「戦闘中にトロトロ詠唱していてどうする。治癒魔法なんか、声を出せない状態に陥ったら死ぬぞ」

 ちょっと見ていろと、間髪を入れず一番見た目に分かりやすい火球を展開する。

 無詠唱で発現したブランの火球は、デューレイアを遥かに越える巨大なものだった。とてつもない量の炎が、荒野を焼いて弾けた。

 「‥‥‥この非常識は」

 無詠唱、杖無し、ノーモーションがブランのスタイルだが、貴方のレベルでやってどうすると、この無茶振りにデューレイアは頭を抱える。

 「魔力の流れを思い出してやってみろ。所詮詠唱なんか、補助的なものに過ぎん」

 先生がそう言うならと、ルディは呼吸を整えて、必死にさっきの魔法を使った時の感覚を呼び起こした。

 魔力を紡ぎ出し、魔法の形に練り上げ、展開し、出力と方向を定め、撃ち出す。

 荒い息をついて、震える膝を地に着けたルディの姿に、デューレイアはこの子の評価から魔法に関する常識の札を外した。無茶振りもやれてしまえば無茶では無くなる。その実例を目の前で見せられたデューレイアは、魔法の指導に口出しすることはやめようと決めた。自身の中にある常識が崩壊する音を聞くのは、精神的によろしくない。

 「初めてならこんなものか」

 あっさりとそんなことを曰うブランから、デューレイアは努めて意識をそらす。ルディはまだ十二歳で、これから魔力が一番成長していく時期だという事実に思い当たり、そこから目を反らしたかった。

 ちなみに、無詠唱で放たれたルディの火球は、デューレイアの火球よりも大きい。デューレイアとて、一応かなり手加減して撃ったのだが、それでもあまり救いにはなっていなかった。

 前知識無しで素直にブランの言うことを聞いて、実行できるだけの力があったのがルディにとって幸いだったのか、非常に悩ましいところだ。

 一方で、剣術の才能は無いと、デューレイアはあっさりと言い切った。

 「使うのはスモールソードでいいか。とにかく身を守れるくらいには鍛えないとね」

 デューレイアの予備の剣で軽く素振りさせ、指導方針を決めた。

 「剣は明日、わたしが適当なのを持ってきてあげる。それからわたしのことは姉さんって呼んでちょうだい」

 「でも」

 「先生だとブランと被るじゃない」

 暗に、コレと一緒にされたくはないということらしい。

 「デューア、お前コイツが好みだからって、手を出すなよ」

 「やだわ、子供に何言ってるのよ。でも、見た目はど真ん中ね。まあ、見た目だけなら貴方もなんだけど」

 細身だが、綺麗に筋肉の付いた長身の美形。あまり身なりに構わないタチなので、漆黒の髪は寝癖で乱れまくり、服装も結構ヨレヨレなのだが、薄紫をした瞳はきりりとした切れ長で、鑑賞に堪えるちょっとそこらにいない美男子である。

 「普段周りに筋肉ムキムキってタイプが溢れてるから、この手の美形は貴重なのよ」

 デューレイアは王国第一師団に所属する魔導騎士だ。なるほど、軍、特に精鋭を集めた王国の最強師団といわれる第一師団ともなれば、暑苦しい筋肉ダルマも多いだろう。

 「お前、コイツの容姿で剣の指導を引き受けたんじゃねぇか?」

 「教えるなら可愛い子の方がいいじゃない。目の保養になるし」

 実際、教えるのが白銀の髪の美少年ということで、俄然やる気が出たのは事実だった。

 「王都で暇してるから丁度いいとババアが言っていたっけな」

 「暇でもないわよ。今の所大きな出番ないから、新人教育やらされてるだけで。大体ババアって、貴方だっていい歳じゃない」

 いい加減慣れたとはいえ、敬愛するリュレをババア呼ばわりするのはブランだけだ。名目上、彼にとってリュレは師匠に当たるというのに。

 「アルダシール先生はお幾つなんですか?」

 デューレイアのいい歳発言に疑問を持ったルディは、思わず聞いてしまった。女性に歳を聞くのはエチケット違反だと幼馴染みの少女に言われていたが、ブランは男性だ。しかし、返ってきた答えには、驚いて目を丸くしてしまった。

 「見た目はコレだけど、ブランはわたしの父より年上よ。六十越えてたわよね」

 「六十三だ」

 「えっええええっ?」

 見た目はどう見ても二十代前半、デューレイアと同じくらいにしか見えない。

 「魔力が高いほど加齢が緩やかになるのは知ってる?それで、あるレベルを超えると身体が魔力の影響下で変化して、姿が止まるそうなの。寿命は魔力の高さで個人差があるけど、最低でも二百年っていわれているわね」

 「リュレのババアなんか百六十を越えているぞ」

 魔術師の中では常識であるが、一般にはあまり知られていない。金の魔術師様は長い間生きていらっしゃるが、偉い魔術師様なんだからそういうものなのだろうと、いらぬ理由を詮索しないからだ。

 「そうなんですか」

 ルディの恩人であり、この王都魔法学校への入学を薦めてくれた黄金の髪と瞳をした美貌の魔術師は、やはり二十代前半にしか見えなかった。

 「今、エール=シオンの魔力の境界を越えた魔術師はリュレ様とブランだけね。他国では、わたしが知ってるのは、イルテオラ公国の『灰色の流星召喚士』と最近亡くなったフランヴェルド王国の『紫の宝石姫』くらいかしら」

 「エール=シオンはそういう連中は宮廷魔術師などの名目で抱え込む方針を取っているが、国によっては機密として存在を隠匿したりするところもあるからな」

 エール=シオンの宮廷魔術師は称号であり名誉職だ。年金の形で結構な額が国から支給されるが、特に決まった仕事があるわけではなく、王宮付きの顧問といった位置付けとなっている。強大な力を持つ魔術師を、国が後ろ盾となることで敵対せず取り込む政策の賜物だ。王宮に仕える魔術師は魔導士と呼ばれ、こちらは立場と仕事における役職名である。

 「あ、それじゃアルダシール先生は」

 「これで宮廷魔術師第四位よ。なんか色々面倒臭いとかいって、ここに引き篭もっちゃってるけど」

 断る理由も無かったから受けただけだし、順位も宮廷魔術師は基本年功序列だから、単に上の連中が寿命でいなくなって順繰りに上がっただけだと、ブランは事もなげに言った。

 「マルドナークなんか切り札的な扱いで、存在を秘密にしてそうだけど、ウチはリュレ様のおかげもあって穏健路線とってるから」

 魔力の境界を超えるような強大な魔術師は、国の戦略上も無視できない存在だ。誇示するか隠匿するか、どちらにしても国が動くレベルである。

 「今マルドナークが持ってるのは『琥珀の影絵使い』だけだろう。他には表に出ることを嫌って、隠遁してる『深緑の守護者』や、東部へ行ったまま帰って来てない『褐色の舞踊士』のように、異名持ちで行方の知れないのもいる」

 魔力の境界を超えるような魔術師は滅多に出ないが、存在の知られていない者も、まだ何処かにいるかもしれないとブランは言った。

 興味深そうに聞いているルディシアールを横目で見ていたデューレイアは、まさか自分が将来その異名持ちの仲間入りする可能性があるなんて、まるで考えてもいなさそうだと思い、少しばかり頭が痛かった。

 「そういえばヴェーアって、デューレイア先生は」

 「姉さんでしょ。わたしはリュレ様の遠縁ね。リュレ様の弟の子孫」

 呼び方を注意するのを忘れない。

 「オレもアルダシールでなく名前の方で呼べ」

 「ふふん。ブラン兄さんなんて呼んで欲しいわけ?」

 ちょっと無理があるわねぇと、含み笑いをしたデューレイアにシラッと肯定して見せた。

 「それは卒業してからの話だな」

 このクソじじいと、デューレイアが思ったとかどうとか。

 「腕輪はもう必要ない。もともと、コイツは暴発しかかった時に魔力を吸収する程度の物だ。今日思い切りぶっ放したから、魔力の制御のコツも掴めただろう」

 細かい制御はこれから覚えていけば良いが、とりあえず暴発しない抑止力、魔力を出さないようにするだけのことは何とかなるだろうと、ブランは腕輪を取り上げた。

 ちなみに明日からの指導では杖も使わないと言う。

 「せっかく良い杖なのに」

 もったいないと、デューレイアはルディの白銀の杖を見ながら呟いた。リュレがルディに贈ったこの杖は、最高級品クラスの代物だ。

 「知らんヤツは魔法には杖と詠唱が必要だと思っているから、見世物には使えるだろう。オレだってそこそこ見栄えの良い杖の一つや二つ持っている」

 「滅多に出ない儀式の飾り用にね」

 無詠唱で魔法使えるのが普通じゃないのだが、あえてデューレイアは口をつぐんだ。ブランの指導方針が無詠唱から変わるとは思えないし、実際、非常識な教え子は無詠唱で使うことを当然と思い込んで使ってしまうのだから、言うだけ虚しい。

 「ババアもオレの所に寄越した時点で、杖の扱いなんぞ見当をつけているに決まっている」

 「そういえばそうねぇ。でも、学校で杖を持たないのも見た目が‥‥‥そうだ、ここに置いておけばいいわ」

 無用の長物を持ち運ぶのも邪魔だし、ここに置いてあることにしておけば、言い訳にも困らないと、デューレイアは自身のアイディアに手を打った。

 「構わないぞ。その辺に転がしておけ」

 「ココなら泥棒も入らないし、安全よね」

 「泥棒って学校の中でですか?」

 「良い魔導具は狙われるし、何処の世界にも他人の研究成果を横取りしようなんて馬鹿はいるのよ。だけど、ココに入る命知らずはまず居ないわね。この子達もいるから」

 デューレイアは床で跳ねるウサギたちを指して言った。




 明日からは剣の訓練を始めるから練習着で来なさいと、今日のところはルディを帰して、デューレイアは厳しい表情でブランに向き直った。

 「それで何なのよ、あの子の魔力?十二歳のものじゃないわよ」

 絶対におかしいと、納得のいく説明を目の前の男に求めたのは、彼が当たり前の様にルディの魔力量を受け止めていたからだ。

 「なんだ、ババアに聞いて無いのか?」

 「固有魔法の可能性と、将来的には魔力が境界を超えるだろうってことは聞いたわ。それでも十二であれって!」

 幾ら生来の素養があっても、成長期に入ってすぐだ。あの魔力量は尋常とは思えない。

 「怪我の功名っていうか、魔力を魔石に吸われていたおかげだな。常に限界まで魔力を消費していたから、体もそれに慣れていた。まあ言ってみれば素地が鍛えられていたわけだ。そこに成長期がきた。魔力を必要とする基があるから、一気にそれを満たすべく魔力が増大したってところだ」

 魔力の暴発も、急激に増加した魔力を掴みきれていなかったせいだ。一度発散させるのにぶっ放させるのも、大きさを考えるればここくらいしか出来なかったため、暴発防止の腕輪をつけさせ抑えさせていた。

 「なにそれ、運が良かったってこと?」

 魔力がほとんどないと思われていた負の要因が、実は魔力量を増加させることになったのなら、むしろ良いことだったのかというデューレイアに、ブランは違う意味で運の良さを肯定した。皮肉のスパイスをちょっぴりふりかけて。

 「そりゃあ良かっただろう。下手したら魔力の枯渇で死んでいた。あいつが無事成長出来たのは、生来の魔力が魔石の吸収量を上回っていたからだ。病弱だったとかいっていたから、かなりギリギリのラインだったんだろうな」

 つまり、普通なら無事じゃ済まなかったということだ。

 「いってしまえば、将来境界を超えるだろう魔力の持ち主として生まれついたおかげだったってことね」

 ルディの呆れた強運ともいえる巡り合わせに、デューレイアはそれ以上言う言葉が出てこなかった。


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