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試験勉強

 昨日の泣きそうな顔をした弟の言葉が、クロマの耳について離れない。


 「仲直り、することもできねぇんだ」

 自分達を遠ざけるために喧嘩したのだ。ルディから折れることは絶対にないと、エルにもフローネにもわかっていた。

 気弱そうに見えて、ルディは頑固なところがある。

 実際のところ、二人はルディに避けられており、話すことさえできないのだ。

 学校に帰ってきたクロマに、エルトリードは全部打ち明けた。

 他に話せる相手がいなかったから、兄貴に甘えて、泣き言を聞いてもらったと、寮の部屋に来て、少し大人びてきた顔を歪ませてエルは言ったのだ。

 意地を張る余裕なんかなかったのだろう。

 自分がエルの年だったときには、友達ならともかく、目上の肉親を頼ることは、恥ずかしくてできなかったとクロマは記憶している。いや、自分は長男で年上の家族というのが、親や叔父だったからで、歳の近い兄貴がいたなら別だったのだろうかとは思ったけれど。

 だからといって、どうすれば良いと聞かれても、クロマには答えてやりようがなかった。エル自身、どうしようもない憤りを吐きだしたいだけだったのだと、自覚していたからなおさらだ。

 仲の良い三人だった。

 気の強いフローネに引っ張られ、エルがルディの背を押しつつ、三人でいつも一緒にいた。

 喧嘩してもいつの間にか仲直りして、子供心にも、こいつらはずっと仲良しなんだろうなと、兄としてクロマは確信していたのだ。

 こんなことになるなんて、誰にも予想できなかった。

 空魔法の異名持ち。

 それがクロマの弟の、大事な幼馴染みの持って生まれた運命だった。

 危険だから。巻き添えにしないために独りになることを選んだあいつに、何もしてやれないと、無力を嘆いたエルの言葉が兄である彼の胸に痛い。

 お互いの身を案じるがために、どちらも一緒にいられない現状に甘んじている。


 友人より肉親である弟の言い分を心の中で優先してしまうのは、当然だとクロマは思っていた。それが身内の情というものだ。

 それなのに、どうしてコイツ(リュシュワール)は違うのだろうとも思う。

 「どいつもこいつも」

 廊下の向こう側へ歩み去って行く知り合いの後ろ姿を睨みつけ、ガンッと、壁を蹴りつけるリュシュワールを見て、クロマはどう声をかけようかと悩む。

 結局、リュシュワールは小教室に戻ってこず、三人で実習計画の検討をし、夕食を済ませて、クロマは寮のリュシュワールの部屋を訪ねてきたのだ。

 それまで、彼が捕まらなかったからだった。

 「リュー、休み明けのことだけどさ」

 「奴らに言われて、何か文句でもつけにきたのか」

 クロマの顔を見て、顰めっ面のまま、リュシュワールは吐き捨てるように言った。

 トゥルダスでの実習の終わりからこっち、彼の機嫌は低下する一方だ。

 リュシュワールはいわば典型的な優等生タイプで、もともとは気むずかしい面はあっても、真面目で、ルディのこと以外では、友人として悪くない付き合いもできてきた。

 「あいつ等も虫の居所が悪かったんだ。反省してるみたいだし、そう怒るなよ」

 「どうだか。‥‥‥ったく、あの疫病神が、縁が切れてまで迷惑かけやがる」

 実の弟であった者を罵る言葉を吐くリュシュワールに、クロマは眉をしかめた。

 さっきの知り合いが、また何か彼を怒らせるようなことを言ったのだろう。

 「リュー、もう放っておけよ。他人になったんだし、お前が無視しておけば、そのうち周りにもわかるだろうしさ」

 下手なことを言っていると逆に長引くだろうと、クロマは忠告する。

 「アイツが俺や家のことをなんていっているか、お前も知っているだろ」

 「だからってムキになったら逆効果だって」

 そもそも、全部本当のことだとクロマは口にこそしなかったが、そう思った。ルディが言ったことは、エルの口からも聞いていた。

 シエロ家の者があの子に冷たかったのは事実だ。手紙も仕送りもなかったのはクロマも聞いていたし、誘拐事件の時、リュシュワールが見舞いに行かなかったのも知っている。様子を見に行かないのかと、直接聞いたのだから確かだ。

 エルやフローネと一緒に帰郷したときに、ルディが学校に残った理由も憤慨する弟たちに散々聞かされた。

 ルディが養子に行ったことで貰った支度金のことは、フローネの父、オルティエドから聞き出していた。

 金額は教えてくれなかったが、仕事場を改装した借金を返してなお、もう一軒、工房と住居等の設備を有した大きな店を出せるくらいであったというから、破格な支度金を金の魔術師から得ているはずだ。それでも不満なのかと、オルティエドはつい愚痴をまじえていた。

 もっとも、欲が出るのは人間の常だ。誰だって、少しでも上を望む。それはわかると、オルティエドはフォローのつもりで口にした。

 魔法ギルドが特別な買い取り枠を提供したのも事実だという。

 空魔法の価値からすれば、それらも微々たるものだという気持ちもわかるが、シエロ家にルディ(空魔法)を扱いきれるかといえば、答えは否だと、クロマでもわかる。

 エルの話を聞けば、なるほどと客観的な視点で考えられた。

 よくて王宮が保護の名目でルディの身柄を強制的に召し上げたか、最悪、犯罪者や他国が関わってくれば、家族全員ただでは済まなかっただろう。

 それを思えば、金の魔術師が養子としてルディを保護し、見返りとしてシエロ家に金が入ったことは、最良の結果に近い。

 それを頭から理解しようとしないリュシュワールには、内心で腹立たしく思いつつも、クロマはなるべく気を荒立てないように、彼を宥めにかかった。

 「他人の言うことだと思って、放っておいた方が良いって。大体、空魔法は王宮が直接口だしてくる大事になるんだし、あの子には下手に関わらない方が正解だと思うぜ。やっかいごとを金の魔術師様が引き受けてくれたんだと、思っておけばいいじゃないか」

 「こっちはそれでも世間はそうじゃない。アイツが金の魔術師に取り入って、養子になったんだぞ。なのに家が子供を売ったような言われ方されて、黙ってられるか」

 ここで金を貰ったのは事実だと、言ったら怒らせるだけだよなぁと、言いたい気持ちはやまやまだが、それは堪える。

 「皆、本気で言ってるわけじゃないって。噂なんてそういうもんだし、ほら、わかるだろ」

 「冗談じゃない。俺がどれだけ迷惑かけられてるかわかってんのか」

 もっと酷いことを、ルディが言われ続けていたなんてこと、リュシュワールはわかっていない。今だって、自身に対する非難の声を、ルディは黙って受けているのだ。

 あの子はエル達を巻き添えにしないために、わざと嫌われるように絶交までして、独りで堪えている。そんなルディのことを、どうしてこいつはわかってやれないんだと、口元まで出かかった言葉を、クロマは飲み込んだ。

 言っても無駄だと、思ったからだ。

 「わかるけど、リュー。王宮がかかわっているんだ。ホントに下手なことはするなよ。それだけは気を付けないとヤバイからな」

 聞いているのか知らないが、それだけは念押しし、クロマは明後日の休み明けに、今日と同じ時間に同じ小教室で打ち合わせをすることを伝えた。

 明日は休みだし、取りあえず一日おけば、パーティメンバーに対しては頭も冷えるだろうと考えたのだ。




 休日に、図書館の近くで、面識のない上級生達に呼び止められ、ルディは困惑していた。

 「わたしはテストーラル伯爵家の子息だ」

 背の高い、そこそこ整った顔立ちをした二年次上の、魔導士養成専科の先輩は、取り巻きらしい友人二人を連れている。

 「‥‥‥はい?」

 先程からそれは後ろにいる取り巻き達からも、何度も言われていた。

 テストーラル伯爵家はフレハルア公爵家の流れを汲む名門だとか、親戚には王宮の高官もいるとか、いろいろ聞かされた。

 「魔法鞄は我が家にあったものだが、魔石が破損していて使えなかったのだ」

 直すように言って、取り巻きに持たせた鞄をルディに押しつけてくるので、一歩下がって受け取るのを拒む。

 「あの、済みません。勝手に直すと王宮に怒られてしまうので、係の魔導士さんに渡して、許可をとっていただけないでしょうか」

 空の魔導具は製作も修理も、すべて王宮の魔導具管理部門を通して行うよう、ルディは厳命を受けている。これは生徒には学校から知らされているし、王宮からも布告されていることだ。

 「そこを優先させろと言っている。伯爵家の依頼だぞ」

 要するに、正規の手続きにかかる手間と時間を惜しんだ貴族のごり押しである。

 もともと魔法学校も騎士学校も、在学中は身分に関係なく、生徒は平等であるとされている。それでも多少の差別は避けられないところだが、学校としては建前だけではなかった。

 差別というなら、身分より、むしろ能力による選別の方が厳しいものがある。今のルディのようにだ。

 ともあれ、ルディの年次にはローレイという飛びっ切りの名門の子息にして、学年首席の存在がいる。その彼が、学校では家格をひけらかすことはなく、一般生徒と同等に接しているため、他の貴族の子弟もそれに倣っているのだ。

 食堂でのルディの絡んだ一件は例外中の例外で、それこそ驚いた者も多かった。

 ともあれ彼等の年次では、これみよがしに家の権威を振りかざすような者はいない。当初はいたが、ローレイがその点では睨みをきかせているので、おとなしくならざるを得なかったのだ。

 だから、このようなことに直面することがなかったルディは、かなり戸惑っていた。

 「でも、あの‥‥‥」

 「どうしたんだい、こんなところで」

 ルディの護衛についていた騎士達がさすがに口出しをしようとしたのを止め、ローレイが気さくに声をかけてきた。

 「ローレイ君」

 「失礼します先輩方。何か彼に用がおありでしたでしょうか?」

 「い‥いや、ちょっとな」

 彼等はローレイの顔を知っていたらしく、露骨にしまったといった嫌な表情をしていた。

 テストーラルがいかに指折りの名門伯爵家といっても、軍閥の頂点であるカレーズ侯爵家とは比べるべくもない。

 自身が伯爵家の身分をかさにきていただけに、介入してきたローレイに何を言えるはずもなく、既に半ば逃げ腰になっていた。

 「か‥彼と約束でもしていたのかな?」

 「ええ、図書館で試験勉強をしようと誘っていたんです。先に図書館に行っているつもりだったのですが、所用で遅れてしまいまして。誘っておいて待たせてしまうところでした。それで、先輩方は何の話しをされていたのですか?」

 「いや‥‥だから‥鞄のことで‥その‥‥」

 「魔法鞄のことでしょうか。ルディ君、そうなのかい?」

 「えっと、そう。テストーラル伯爵家の方で、魔法鞄の修理について聞かれたんだ」

 「ああ、それで君はちゃんと、王宮の係を通すように言ったんだろうね。無断で修理したら、君だけでなく頼んだ方もただでは済まないからね。下手をすれば王宮への叛意を疑われかねない」

 「それはちょっとオーバーじゃ」

 「いや、父も相当厳しく目を光らせているから、君も気を付けなくてはダメだよ。それと、君に接触してくる相手については、僕も父に報告するように言われているしね」

 笑顔でさりげなく先輩達を牽制するローレイの視線に、彼等は顔色を変えた。

 はっきり言って甘く考えていたのだ。

 深く考えもせず、単純に伯爵である父の機嫌取りのつもりだった。

 この行為が、どれほど危険なことだったのか、ローレイに言われてようやく気づいたのだ。

 軍務卿に睨まれる失態を犯した息子を、テストーラル伯爵は許せないだろう。災禍を避けるため、息子であっても家に切り捨てられる可能性が高い。

 名門伯爵家の権威で、この程度のことは押し通せると、軽く考えていた自分の浅はかさに真っ青になった。

 それでもわからないような愚か者でなかったのは幸いだと、ローレイは矛先を適当なところで収めることにする。

 無為に伯爵家との火種を抱えることもない。今回は追い詰めすぎず、引き際を与えるのが適当だろう。

 少なくとも、ローレイがあえて直接ではなく、ルディに対しての会話をもって、警告したのだと理解するだけの分別はある相手だ。

 「ただ、君も伯爵令息なんだし、他の貴族と顔見知りになる事自体は悪いことじゃないからね」

 「それ、やめて」

 リュレが女伯爵であるのだから、養子とはいえ息子の立場を得たルディも、貴族に数えられるのだ。正確には、リュレが女伯爵の地位にある限りは、だが。

 だからといって、柄ではないと、言われる度に恥ずかしいような感情に駆られるルディの様子を、ローレイは面白がっていたりする。

 「慣れておいた方が良いと思うんだけどね」

 立ち去ることもできず、おろおろと狼狽えているテストーラル伯爵令息達に、ローレイが改めて顔を向ければ、彼等は気圧されたように後退る。

 「ああ、その‥呼び止めて済まなかった。もう用は済んだから、これで」

 「そうですか。では、失礼します」

 「ああ」

 慌てて首を縦に振り、彼等の方がそそくさと足早に、それこそ逃げるように立ち去った。

 「思ったより聞き分けの良い人でよかったよ」

 他に対する牽制には少し物足りなかったと、ローレイは内心で思っていたが、表には出さなかった。

 数歩離れたところから一部始終を見ていた護衛の騎士達には、そのローレイの思惑など明白で、さすが「あの」カレーズ侯爵の息子だと思い、つくづく彼を怒らせないようにしようと心に決めたらしかった。

 「馬鹿は嫌いだが、使い方次第ということだね」

 すぐ隣にいたルディにしか聞こえないくらいの声で、ローレイがぼそりと口にする。

 「ローレイ君、それあんまり」

 「君には取り繕っても仕方ないからね。いい加減僕の本性くらいは気がついているだろう?」

 「うん、君がわざとそういう面を見せてくれているってことくらいはね」

 ルディを安心させるためにローレイは全部ではないが、本音を隠すのをやめた。下手に勘ぐられるより、その方が利が多いからだ。

 「存外君は鋭いからね」

 実際ルディの答えは、ローレイの予想以上だった。

 「これからも何かあったら、構わないから王宮の名を楯にすれば良い」

 ルディの空魔法の魔導具を王宮が管理するということは、それに関わるトラブルのすべてを王宮が被るということでもある。

 リュレにも手の及ばないような相手、他国の王室や権力者でも、エール=シオン王国が相手となれば、そうそう下手な真似はできない。

 リュレが王宮に空魔法の魔導具を渡すことを了承したのは、そのためだった。彼女は最初から王宮や魔法ギルドを利用するつもりでいた。

 まだ子供であるルディに、巨大な利権の絡む取引に関わる負担や、空魔法の魔導具に関わる責任のすべてを負わせないためだ。

 「ローレイ君のようには、なかなかできないよ」

 「君の性格では仕方ないかな。なんだったら、僕の父、軍務卿が怖いからダメですとでも言ってみるかい」

 「えっと‥‥‥それもちょっと」

 「大丈夫だ。怒られないから、言ってみると良い」

 この国のお偉方なんかには、案外その方が効くかもしれないと、ローレイは笑いながら言った。




 図書館の自習室で、借りてきた参考書の山を崩しながら開いていくローレイに、ルディは唸りながらノートを広げた。

 「ここと、ここ。それにこっちの‥‥‥」

 「ちょっと待って。えっと、年代はアルドグレイグの滅亡からで」

 「アルドグレイグは君とも関係があるからね。試験勉強のついでに、少し調べておいたらどうだろうかと」

 「あ、僕の前に転移が使えた人が、アルドグレイグの宮廷魔術師だったって」

 「そう。それに、君の師とも無関係とはいえないからね」

 意外なことをローレイに聞かされ、ルディは顔を上げた。

 「ブラン先生?」

 「僕も亡くなった祖父からちらっと聞いただけで、詳しく調べたわけじゃないから、はっきりしたことは言えないけど」

 前置きして、ローレイは続ける。

 「黒の魔術師殿が金の魔術師殿に出会ったところは、セデスアルノ公国の旧アルドグレイグ領だったという話だ。その時に、黒の魔術師殿はマルドナークの白の幻妖精とやりあって、これを斃している。聞いているかい?」

 黒の魔法殺しの存在が世に出た原因は、マルドナークの白の幻妖精を斃したことで、これはわりと有名な話だ。その後、ブランはリュレの勧誘に乗って、彼女の弟子となり、エール=シオンの宮廷魔術師となった。

 「先生の過去のことはあんまり。また話してくれるって言ってたけど」

 「そうか。なら、直接聞いた方が良い。僕も余計なことを言ってしまったかもしれないね」

 「ううん。アルドグレイグのことは勉強しておくよ。だけど、その前に試験なんとかしなきゃ」

 「その通りだ。それじゃ、午前中は君が苦手だという歴史関係を集中してやって、午後に残りの教科をやっつけるとしよう。まだ一週間あるし、君は基礎がしっかりしているから、一通りやっておけば余程大丈夫だと思うよ」

 「あんまり自信ないけど、頑張るからよろしく」

 ローレイは自分を買いかぶりすぎなのではないかとルディは思うが、勉強を見てもらえるのは純粋に助かる。

 それに、ローレイといると余計な人が寄ってこない。

 ローレイの立場は明確であり、王宮側の人間として、ルディに構うのはあくまで軍務卿に命じられた役目であると言っている。

 それは本当のことなのだろうが、むしろそれで良かったと思う。

 「君を取り込むことは国策で、君とのつきあいは将来的に僕の利に繋がる。他にも、父の仕事の一端に触れることもできるから、気にすることはないし、君も僕の存在を、うまく利用すると良い」

 黒っぽい笑顔でそう言ったローレイの、それも彼なりの好意であるとルディは受け止めている。全面的にではないことを、承知していれば良いのだ。

 「試験が終わったら、宮廷儀礼を教えてあげるよ」

 「えっ?‥‥‥それは」

 「君には絶対必要になるからね」

 先程より更に愉しそうな笑顔で、ローレイは宣告した。

 貴族の子弟といっても、公式に何の地位もない者が城に上がることはない。リュレがルディを国王に謁見させたのは、実はかなりの特別扱いであった。

 五爵の中でも、伯爵家以上の家門の後継者と定められた者が、非公式に国王に謁見するという慣例はあるが、リュレは一代限りの女伯爵である。リュレが口実にしたように、息子に迎えたルディを見せたいとの願いを、当の国王が許したからこその謁見の実現だったのだ。

 しかし、ルディはこれから空魔法の使い手として王宮に呼ばれる機会もあるだろう。

 加えて王宮は、ルディに伯爵位の継承権を与える方向で動いていると、ローレイは父親から聞いていた。

 空魔法を理由に、宮廷魔術師に任ずることも検討されたのだが、さすがに未成年での任命は前例がないため、リュレにも止められた。いずれ、異名持ちになる事が確実視されているのだから、それまで待つようにということだ。

 それならば、一代限りの伯爵位の継承をルディに許すことで、身分を保障することにしようという話になったらしい。

 いずれは宮廷魔術師の称号を与えられ、子爵に叙爵されるとしても、とりあえず伯爵の継嗣という立場は、他国に対する牽制として有効だ。

 空魔法の使い手を確実に王国に繋いでおくための鎖は、現在と将来にわたり幾つも必要だと、王宮は考えていた。

 「これから王宮に上がることも多くなるだろう。宮廷儀礼も我が国はそれ程厳しくはないが、知らないと困ることになるからね。金の魔術師様も、そのことは考えていらっしゃるはずだよ」

 先の大戦中、不必要に仰々しい宮廷儀礼の多くが撤廃された。

 エール=シオンはもとより大国であったが、存亡の危機にさらされた戦いの中、そんなものに拘っていられなかったからだ。また、その判断ができたからこそ、三大国として終戦を迎えられたのだった。

 その後も、厳しすぎる宮廷儀礼を敬遠する鷹揚な王が続いたこともあって、エール=シオンの宮廷儀礼は他国と比較しても、かなり緩やかなものとされている。

 しかし、それでも堅苦しい儀礼が皆無であるとはいえず、正規の場や格式のある儀式では、相応の儀礼が求められるのだ。

 「う‥うん‥‥それはわかるけど」

 「だったら決まりだ」

 どうやらルディは、自覚は無かったが妙に人の教える気を刺激するらしい。

 それは同級生であっても有効であったようで、彼のルームメイトは新たに指導者という役目を、ルディとの関係に追加したようだ。




 お休みだけど、魔法の特訓をしないかと、リンテーラは友人二人を誘った。

 「午前中は買い物で潰しちゃったし、今からねぇ」

 「お兄ちゃんが、水魔法のスレイン先生に頼んで課外訓練の許可取ったから、まぜてくれるって」

 「スレイン先生って、理論派で教えるのうまいって先輩に聞いたし、リンティも水で丁度良いもんね」

 「お兄ちゃんのお友達が火魔法得意なんだって」

 「それじゃ行こうかな。わたし火魔法だし、火矢の要領教えてもらえるかも」

 リンテーラが水で、友人二人がそれぞれ風と火という、三人とも治癒魔法以外の四大元素属性は別々だった。

 「アリアルーナ!ねえ、丁度良いから、一緒しない?お兄ちゃん、雷魔法得意なんだよ」

 目の前を通りかかったクラスメイトにも、リンテーラは声をかける。

 一年次の半年試験までまだ一月ちょっとあるが、早い者はもう対策勉強に訓練を始めていた。

 しかし、二年次、三年次の試験が一週間後に迫っているため、課外での訓練場やみてくれる教師などがなかなか確保できず、実技の練習は難しい状況なのだ。

 だからこの時期、課外練習の当てができた者は、友人やクラスメイトにも声をかけている。

 「アンタ達、余裕ねぇ」

 「余裕ないから練習するんだよ」

 呆れたようなアリアルーナの反応に、リンテーラは意外そうな顔をした。

 一年次の治癒科でトップを争える上位にいるアリアルーナだが、それが努力の結果であることもリンテーラ達は知っているからだ。

 もちろん、自分達も負けずに勉強や練習に励んでいる。

 「あのね、周りは皆ライバルなのよ。助け合える余裕があるのかってこと」

 悪気はないのだろうが、アリアルーナは競争意識が高い。逆に、まだ一年次の前半で、そこまでの意識はリンテーラ達にはなかった。

 「半年試験は基礎を見るんだし、それでなくっても治癒科は他と違って能力があれば、順位で退学勧告もないし、いいじゃない」

 リンテーラ以外の友人も、ちょっとだけムッとしていた。

 この時点で、彼女たち三人とも回復魔法をなんとか発現できていたから、その点では気が楽ではある。

 「そんなこと言って安心してると、危ないわよ。それに、貴女のお兄さんってアイツと同じ戦闘科一組だったわよね。顔だけのアイツに負けたって評判じゃない。教えてもらうなら、もっとできる人の方が良いわ」

 それはルディが劣等生であるという彼女の思い込んでいる前提から外れている事実なのだが、アリアルーナはその矛盾を無意識に無視していた。

 また、魔法の練習も、彼女たちの誘いに乗る意義をアリアルーナは見いだせなかった。

 治癒科で美人のアリアルーナは、はっきりいってもてる。

 入学当初こそ、ルディと比較するようなことを言っていた者もいたが、なんといっても女の子だ。男としてはその差は大きい。

 上級生でも、声をかけてくる男は多く、その気になれば練習相手など直ぐにつかまえられるという余裕の気持ちもある。

 だが、アリアルーナのあまりの暴言に、当然リンテーラも友人達も腹を立てた。

 「ちょっと、アリアルーナ。それ随分じゃない」

 「そうよ、大体アンタ、散々顔だけなんて言ってたけどね。あの人、将来異名持ちになるって噂聞いたよ」

 「冗談じゃないわ。それこそデタラメよ。金の魔術師がなにか仕組んだに決まってるわ」

 「仕組むって、空魔法で王宮も関わっているのよ。あり得ないでしょ」

 「もういいよ、行こ」

 リンテーラ以上に怒っている友人達を、彼女は引っ張って行く。

 兄を馬鹿にされたのだから、怒れるのはリンテーラも一緒だ。

 でも、さすがに人目があるところでこれ以上は悪目立ちがすぎる。

 「もう、なによ。せっかく誘ってあげたのに。あんなんだから、治癒科の女子から嫌われるのよ」

 「その分、男子には人気だけどね」

 「顔が良くて成績優秀か。男って、ちょっと綺麗だからって」

 「まあまあ、二人とも少し落ち着こうよ。‥‥‥と、噂をすればあれって」

 図書館から連れ立って出てきた二年次の、濃い鋼色と白銀の髪の男子生徒二人。ローレイとルディシアールが彼女たちの目に入った。

 彼等はそのまま食堂へ向かう。そう言えば昼食の時間だ。

 「相変わらず目立つっていうか、綺麗すぎて人間離れしてるね」

 「なんかアリアルーナが気の毒」

 思わぬリンテーラの言葉に、友人二人が首を傾げてその意味を問う。

 「だって、あの人と兄妹だって比べられたら、あたしならたまんないよ」

 女の子だ、絶対に劣等感を持つだろうと、リンテーラは思う。

 「ああ、それは言える。アリアルーナも銀髪だし、兄妹だけあって似てるとこあるもんね」

 「わたしなら開き直っちゃう。あれは別物だもん。ってリンティ、それアリアルーナには言っちゃダメだよ」

 そんな同情などされたら、アリアルーナのあの性格だ、癇癪を起こすことは間違いない。

 それはリンテーラもわかっているので、友人の忠告に素直に頷いた。

 「うんうん。けど、アリアルーナに同情はともかく、リンティにまであたるのは酷いでしょ」

 「お兄ちゃんも、バケモン相手に負けても恥じゃないって言ってるけど」

 「リンティのお兄ちゃんだもんね」

 あの性格なら、劣等感を持つよりそのくらい言っているだろうと、彼女も納得する。アリアルーナあたりが何言っても、リンテーラの兄であるサルーディにとっては、今更どうということでもないのだろう。

 「それに空魔法で、皆大騒ぎだし」

 「まあ、当分アリアルーナには構わないでおこうね」

 彼女も複雑なのだろうと思うし、だからといって当たられても気分が悪いというものだ。触らぬが吉と、賢明に彼女たちは決め込んだ。

お約束の貴族のお坊ちゃんをちょっとだけ登場させてみました。ほんとに軽くちょっとだけ。しかし、どんどんローレイが黒く怖くなっていく。当初は王宮サイドのフォロー役だったはずなのに。


ご指摘をいただきまして、貴族のお坊ちゃん達との会話部分などを、書き直しました。ありがとうございます。

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