学校内工房
魔法学校内には迷宮を模した施設がいくつかあった。といっても、洞窟とか、迷路のようなものだ。
迷宮内での戦闘のフォーメーションや、暗所や狭い場所での武器や魔法の使用についての訓練を行うための施設だ。
迷宮探索者養成コースの一年目では、主に迷宮の特性についてや、迷宮独自の魔物、効果的な戦闘方法などについて学ぶ。
もちろんその他にも、迷宮管理組合についてや規則など、探索者に必要な知識は多い。いずれも、迷宮探索者に必須であると理解しているため、生徒達は身を入れて授業に臨んでいる。
迷宮探索者コース二年目にして、最終年次であるリュシュワール達のパーティは、三日前に四度目の体験実習から帰ってきて、小教室で次の実習の打ち合わせをしていた。
「さっき迷宮一年目課程の連中見ただろう。洞窟行きかな」
この小教室へ来る途中で、クロマは装備をつけて洞窟の方へ向かう一団を見かけた。クロマとしては去年の自分達を見るようだとしみじみと呟いた。
「時期的にはそろそろゴーレム相手の模擬戦くらいかしらね」
同じパーティの女性、火の魔術師であるクアーラが去年を思い出しながら言った。
「あのトカゲには手こずったよな。いきなり攻撃してくるから、まともに食らっちまったしさ」
牙に爪、尾に体当たりなど、普通に攻撃してくる魔物型ゴーレムに、魔法を放つ大蜥蜴のゴーレムが混ざっているのだ。
油断しているからだと、ニヤニヤした教師にこってりと絞られたのは、クロマだけでなく皆の苦い思い出だった。
「しまいには十匹近くだもんなぁ。水球かと思えば毒混じりだわ、雷球に地縛‥‥‥」
思い出してげんなりしているのは水と風の魔術師、セズことツェリズナルドだった。何度負け判定をもらったか、思い出してもうんざりだ。
もちろん話題の大蜥蜴ゴーレムはブランの作品だった。ウサギより大分性能が落ち、動きも限定されているし、魔法の威力も精度もかなり低く作られている。
それでも生徒にとっては迷宮を模した洞窟内での、慣れない戦闘行為である。設置する教師の性格がよろしかったこともあり、例外なく苦戦することとなった。
「あのトカゲって実はすげえモンらしいぜ。ゴーレム専科の友人に聞いたんだけどさ。一流の魔導具職人でもなかなか作れるモンじゃねぇとか」
「そんな物を戦闘訓練で使うなんて、学校も豪気よねぇ」
ツェリズナルドが言ったそれに、クアーラが変なところで感心してみせた。
「製作者は教師らしいぜ。魔窟の住人」
ツェリズナルドの友人からの情報だが、それで納得するあたり、生徒達の魔窟に対する認識がわかるというものだ。
「それはさておき、おいリュー、次どうすんだよ。やっぱマリーバ迷宮は春にして、南のルナリア樹海都市迷宮だろ?」
大きな会議用机に広げられた資料を見ながら、次の実習の迷宮をどこにするかと、ツェリズナルドはリュシュワールに聞く。一応、このパーティのリーダーはリュシュワールということになっているのだ。
遠距離はキツイが、冬季の移動を考えるなら、雪の少ない南方面の選択も有りだろう。
また、移動の旅程も生徒にとっては学習の一端であるのだ。
「えーっ、樹海迷宮ってアタシやだなぁ。火と相性最悪っていうし」
資料の記述を指さし、クアーラは反対と言いだした。
ルナリア樹海都市迷宮は、樹海に沈んだ古代都市の廃墟が、長い年月を経て迷宮と化したものだ。遺跡でもあるので、古代の宝物が発掘されることもあるという。
ユエ共和国との国境近辺に位置し、馬車と、川船を使うとしても片道二十日はみておかなくてはならない距離である。
「雪山を越えてマリーバへ行くか?今の季節なら迂回路をとって、たどり着けたとしても、どれだけかかるかわかってるのか」
何を我が儘言っていると、リュシュワールはクアーラに言った。言っていることは正論だが、余りに切って捨てたような言い方に、クロマは眉を顰める。
マリーバ迷宮は、大地の壁に続く渓谷に入り口を開いている。
そのため王都からの経路には、途中いくつかの難所と言われる箇所もあり、魔物の襲撃率も高い。最短の経路で何事もなければ、馬なら一日から二日ほどの距離であるが、この時期は山脈を大きく迂回するしかない。そのため、滅多なことでは、この季節に王都から赴く者はいなかった。
探索者の少なくなる冬季に、マリーバ迷宮で稼ごうとする者は、予めマリーバに拠点をもって籠もるものだ。
ともあれ、迷宮を管理する、というより探索をする者の手助けをする組織があるのとないのとでは、危険度が格段に違う。
そのような組合のある迷宮は、ある程度探索が進み、実入りが見込まれる実績のある迷宮に限られるのだ。
王都魔法学校の生徒が実習で行く迷宮ともなると、基本的にはルナリア、マリーバにトゥルダス迷宮を加えたこの三カ所になる。
いずれも浅い階層は昔から探索者の手が入っており、初心者が経験を積むには比較的危険が少ないのだ。もちろん奥に行けば、危険度は極端に跳ね上がるため、実習では決められた階層の他へ行くことは禁じられている。
「前二回がトゥルダスだし、さすがに場所変えるべきだろう」
馬車で三日という近距離の迷宮であるトゥルダスへは、行ってきたところだ。
フォローついでに、クロマがそう言えば、クアーラもそれ以上文句は言わなかった。
「わかったわよ。ルナリアで良いわ」
王都より暖かいようだし、トゥルダス以外に冬季に行くなら、ルナリアしか選択肢は実質ないのだ。
気は進まないものの、クアーラも納得してルナリアの資料を改めて読み出した。
「距離はあるけど途中まで川船が使えるし、その後も大きな街道を通っていけるから、旅の危険性は低く抑えられるかしらね」
「そうそう、何事も経験って。実際どんなものかは行ってみなきゃわかんねぇって」
このパーティのフォロー役は言うまでもなくクロマだ。
面倒見の良いお兄さんは、結局どこへ行ってもこういう役回りなのだった。
「そうね。それじゃリュー君、申請お願い」
「わかった」
リーダーの仕事だから仕方ないといった感じで、リュシュワールは学校への次回実習の申請を引き受けた。
いずれにせよ、出発は今日明日の話しでは無い。
「最初は引率のパーティと組んで、全員で入るけど、慣れたらバラれてみるか」
せっかく遠出するのだから、向こうの迷宮組合に斡旋してもらって、プロのパーティに加わってみようと、ツェリズナルドが提案した。
「それだとアタシ不利じゃない。斥候もこなせるセズ君や治癒使えるクロマ君は良いけど、樹海迷宮じゃ火魔法は敬遠されるんだし」
「クアーラ、このパーティでずっとやっていくわけじゃないんだ。学校のバックアップがあるうちに、やれることはやっておくべきだ」
普通は駆け出し以前の探索者が、体験やら腕を磨くために実力のあるパーティに入れてもらえるものではない。足手まといを背負い込むのは、誰だって願い下げだ。
けれど、王都魔法学校の名前が後ろにあれば話は別である。
国や魔法ギルドに貸しや伝手を作れる機会は貴重だ。また、かつては自身が世話になったという卒業生などには、そこそこ無理が言える。
それとは別に、将来性のある魔術師をスカウトする機会だと捉えるパーティもそれなりに存在する。何しろ王都魔法学校の卒業生ともなれば、第一級の有望株だ。有能な魔術師が欲しいパーティなどなら、良い機会だと思うだろう。
なのにいちいち文句を言うクアーラに、リュシュワールが苛ついたように畳みかける。
「そう言っても、樹海迷宮と火魔法の相性の悪さは仕方ないだろう」
「そうよ。ねぇ、クロマ君ペア組まない。アタシ、ガードするから」
攻撃に強みがある火魔法だが、クアーラは意外に細かい制御が得意であるため、狭い迷宮内でも使える魔法の手数は多い。そのため、得意とまではいかないが、防御も結構器用にこなすのだ。
治癒士はどのパーティでも歓迎されるため、クロマと一緒であれば、火魔法のクアーラも受けいれてもらえるパーティもあるだろう。
クアーラの思惑がわかるため、嫌とはいえず、ちらちらとリュシュワールを伺いながら、クロマは考えておくという了承に近い返事をしておく。
「他にもルナリア行きを考えているパーティがあれば、声をかけた方が良くないか」
「クロマ君に賛成。サリアリーナのパーティなんか、きっと一緒したいって思うわ。女だし、人数多い方がやっぱり心強いし」
街道が整備されていて比較的安全とはいえ、旅には魔物や盗賊の襲撃の危険性は常につきまとうのだ。
移動については、魔法学校の最高学年で、魔物相手の実戦経験がある自分達であるから、素人とは違うという自信はあるし、教師も一応引率という名目で同行する。
しかし、このパーティに一人だけの女性であることから、クアーラは同性の同行者が欲しいと思っていた。
「リュー君、サリアリーナのとこ、日程合わせられるか声かけてみていいかしら」
迷宮探索者コースを取っている最高学年のパーティは、全部で四つであり、それぞれ大体の予定は掴んでいる。というより、多少日にちはずれるが、どうしても同じような実習日程になるのだ。
「なら今日中に返事もらってこい」
「せっかちねぇ。もう、わかったわよ」
「長期間になるから、なるべく多く治癒石を持っていきたいところだな。クロマ、お前、どのくらい持ってる?」
「あのなー、オレがなんとか作れるのは回復だけだって知ってるだろ。それだって買った方が確かだし、治癒と解毒の魔石は自分用のしか買ってないぞ。大体リュー、お前実家で幾つか貰ってきたって言ってただろ」
あくまでクロマの作る魔石は、非常時用だ。初級となんとか中級に手のかかる程度の治癒魔法を修め、四年次で戦闘科の迷宮探索者コースへ転科したクロマは、はっきり言って魔石作りは下手だった。
治癒科の必須技能に魔石作りがあったから、習得したものの、ギリギリで合格をもらえたくらいのレベルである。
そちらに才能があったら、技術科方面へ転科していただろう。
ちなみに三年次終了時点で、中級治癒魔法を修められたごく少数の者だけが、上級を学ぶ四年次以降の治癒の専科へ進級が許される。それ以外の治癒科生徒は退校か、その他の専科への転科となるのだ。
ただ、退校と言っても最低限治癒士としてやっていけるだけの能力はあるため、仕事に困ることがないのは、治癒科生徒の良いところだった。
「アタシ達も自分の分はちゃんと用意するわよ。リュー君と違って、身内に治癒魔法使える人いないしね」
「そうそう。クロマを当てにしてるけど、万一の備えは基本だもんな」
「お前等、何か言いたいことがあるのか?」
「別に。治癒魔石作れるお祖父さんとか、治癒魔法使える兄妹もいないってだけよ。ねえ、セズ君」
「そうそう。オレの弟は水魔法の技術科だし。なぁリュー、弟っていえば空魔法のルディシアールって」
「あんな奴、赤の他人だ」
最後まで言わせず、リュシュワールは不機嫌な声でツェリズナルドの言葉を遮った。
トゥルダスから学校へ戻ってきた彼等の耳に、空魔法の使い手の話は、否が応でも真っ先に入ってくる。それが金の魔術師のお気に入りと言われている少年であったことを含めて、どこへ行っても話題にされていた。
「おいおい、弟のことだろ」
「やめとけよ、セズ。その話は無しな」
慌ててクロマが間に入ったが、クアーラも突っ込んできた。
「前からリュー君ってば、弟君のこと良く言ってないけどね。金の魔術師様の贔屓で入っただけで、まともに魔力がないとか」
「王宮が転移の魔石を作れるってんで、護衛までつけてんだからさ。そりゃないだろ」
彼等は学校がその事実を公表した時には、学校にいなかったが、帰ってきてから、空魔法と警備の関係については、教師からもれなく教えられたのだ。
特にリュシュワールのことがあるからか、王宮が直接関わっていることだから気を付けるようにと、念を押された。
「あー、けどルディ君は入学前には、事故みたいなもんで魔力がないって思われてたし。それに、金の魔術師様の養子になったから、リューとは縁を切ったっていうか」
何で自分がと、つくづく貧乏くじだと思いつつも、クロマが懸命に言い訳を口にするが、あいにく逆効果になってしまった。
「そういえば、トゥルダスでも噂になってたわよね」
魔石店の息子が金の魔術師様に見込まれて、養子に貰われていったと、彼等が実習を終えてトゥルダスを出る頃に、あちこちで噂になっていた。
しかも悪い評判も、クアーラは聞いた。いや、あそこまで広まっていたら、嫌でも耳に入るだろう。
あそこの家は、子供と引き替えに、支度金や魔法ギルドとの大口取引を貰って儲けたと。中にはあからさまに、子供を売ったと陰口を叩く者までいたのだ。
「惜しいことしたよな。空魔法だぜ。元は弟だろ、魔法鞄の一つくらい貰えねぇのかよ」
「うるさい。アイツのことは金輪際言うな」
ものすごい顔でツェリズナルド達を睨みつけ、リュシュワールは小教室を出て行った。
「お前等、なんでリューを怒らすようなことを」
あそこまで怒らせたら、機嫌を直させるのは苦労すると、温厚なクロマでも苛立たしげにパーティメンバーの二人を問い質す。
「だって‥‥‥ねぇ」
「ああ。トゥルダスからこっち、アイツの態度にはちょっと苛ついちまって」
「弟君のことも、そりゃあアタシ等も最初はつい、いろんなこと言いふらしたりしたけど。そのせいでちょっと風当たりが‥‥‥」
その辺は自業自得ではあると、理解はしているのだ。それでも大本の原因であるリュシュワールに当たりたくなるのは、無理はないだろうとクアーラは思うのだ。
「クロマ君はずっとフォローに回っていたから」
大抵の者はそれを知っているから、さすがにクロマに当たる者はいない。だが、クアーラ達には文句の一つも言ってくる輩も結構いるのだ。
「ああ、オレ等も面白がっていろいろ言っちまったけどさ」
ルディについて回っていた噂を、クロマが否定して回っていたのを横目にして、二人はむしろ尾ひれを付けるのを愉しんでいた。そのツケが回ってきたのに、正直ウンザリしている。
「昔からリュー君はあの子のこと嫌ってたけど、なんか、この頃は‥‥‥ねぇ」
「それでお前等、別れたのか?」
クアーラとリュシュワールは付き合っていたと、パーティ内では認識されていた。クロマは遠慮して伺う感じに留めていたが、ツェリズナルドはズバリと聞いてきた。
「別に付き合ってるわけじゃないわ。そりゃあ、実家が魔石屋だし、将来的には悪くないかなぁとは思ってるけど‥‥‥他にもあてはあるし」
ちょっと友人よりは親しいくらいで、付き合うとまではいっていないというのが、クアーラとしての認識だ。この程度の相手なら、他にもいる。
もっとも、人の噂もそのうちには収まるだろうし、なんだかんだと言っても魔法ギルドとの取引があるのだから、まず店が潰れることはない。そのあたりの打算も合わせれば、リュシュワールは掴まえておいて損はない相手だと、クアーラは思っていた。
「‥‥‥女って‥」
逞しいというか、現実的というか、さすがにツェリズナルドもそれ以上は口にできなかったし、クロマに至っては無言を貫いている。
「だけど、今は全然ダメ。クロマ君、あれちょっとヤバイわよ」
なんとかしてと言うクアーラに、クロマはさすがに文句の一つもつけてしまう。
「だったら、馬鹿なこというなよなぁ」
「そんなこといわないで、ね。実習あるし」
「だよな、実習」
自分勝手ではあるが、拝まれて嫌とはいえないのが、クロマ・シュタイド・レイスである。
とある研究棟の一角を、空魔法の工房兼研究室兼魔導具の保管所として、学校は指定、提供してきた。
魔窟にという話もあったのだが、王宮魔導士がそれだけは勘弁してくれと、担当者を筆頭にして、こぞって嘆願してきたため、警備を考慮に入れた適当な研究棟ということになったのだ。
何しろ王宮魔導士の多くが魔法学校の卒業生である。魔窟の評判は在学中に、様々なことを聞き及んでいる。仕事とはいえ魔窟通いなど到底容認できるものではない。
先日も自業自得とはいえ魔窟の研究者に怪しげな薬を投与され、悶絶した犠牲者の様を、魔導士長自らが目撃したばかりだった。
それもあって、彼等の要望はすんなり認められた。
その工房へ出来上がった魔法鞄を取りに来たケイテスは、足元で跳ねたウサギを見て、喉の奥で悲鳴を噛み殺した。
かつてブランの研究室に踏み込もうとし、同型のウサギ型ゴーレムに雷球を浴びせられたトラウマが甦る。ただ雷撃にやられただけでなく、その後「恩師」に回復してもらった記憶は、まだ忘れるには至っていない。
ブランがルディのために設置したセキュリティの一つであり、工房の関係者として登録されているケイテスを攻撃してこないことはわかっているが、ウサギからそこはかとない敵意のようなものが感じられるのだ。
ウサギ型ゴーレムに感情などないのだから、気のせいであるはずだが、製作者は黒の魔法殺しだ。ルディの師であるあの男が、自分に良い感情を抱いていないのは、嫌と言うほど承知している。
実は王宮魔導士には御守りとして、回復を始め治癒の魔石を身につけるという慣習があった。
ケイテスもウサギの雷球にやられたとき、リリータイアの極めつけにマズイ薬を続けざまに飲まされ、何とか口がきけるようになった時点で、身につけていた回復の魔石を使おうとしたのだが、回復魔法は発現しなかった。
その後、確認したところ、持っていたいくつかの魔導具はすべて魔法が消され、使い物にならなくなっていた。それが誰の仕業か、黒髪の魔術師の正体を知った今なら、疑う余地もない。
だからといって、研究室に無断で押し入ろうとした非がある以上、抗議の仕様もなかった。むしろ魔術師の魔力を消すことさえできるという黒の魔法殺しの噂の真偽を、その身で証明するはめにならずに済んだことを、よしと思うほかない。
このウサギ型ゴーレムは技術の先端の更に先を行くような代物であり、魔導具の製作に手を染める者にとって、その技術は垂涎の的であるものだ。しかし、ケイテスが手を出そうと考えるには、それを作り出した存在が恐ろしすぎる。
「可愛いですねぇ。一羽持って帰ったら怒られるだろうなぁ」
高性能の警備用ゴーレムだと知っていて、呑気なことを言っている助手を、ケイテスは怒鳴りつけたくなった。
「貴様」
「冗談ですよぉ。でも欲しいなあ」
見かけはまさに貴族のボンボンといった、苦労知らずの顔をした年下の青年は、三十になるらしいが、短い金の巻き毛をした典型的な童顔である。
彼、リグラス・デール・クラウソレイユはこの兎ゴーレムを作った化け物ほど、見かけと実年齢の差はないにしても、のほほんとした態度と間延びした口調からも、二十歳そこそこにしか見えなかった。
「馬鹿言ってないで、さっさと魔法鞄のチェックをしろ」
イラっとしつつ、目の前の作業を優先する。
彼はつい最近、ケイテスのフォローのために配属された者で、かつての左遷組とは違う。
伯爵家の次男であり、技術者としてより優秀な官僚として評価されているエリートだ。
「はいはい、で検査は終わっているのかな?」
「はい。五十個全て問題ありません」
この工房兼研究室には二人の魔導士と出入口に二人、中に二人の警備兵が常在している。
真面目で堅いという評判の、女性魔導士が簡潔に報告する。三十代後半くらいの年齢で、こういった検査、検証に厳しい彼女の「問題なし」は、性能に太鼓判が押されたに等しい。
「いやあ、それにしても彼の魔力はすばらしいの一言ですよ。五十個の魔法鞄を二日で仕上げてしまったんです。信じられますか?」
少し興奮気味の男性、眼鏡をかけ、ひょろっとした小柄で愛嬌のある顔立ちの青年は侯爵家の四男だ。
名門の出でありながら現実家というところを買われて、ここに配置されたという。
侯爵家の直系男子とはいえ、四男など手に職がなければ将来がないと言ってはばからず、頭の低い、空気の読めるお得な性格だ。
彼がいれば何処ぞの貴族や権力者が、無理をねじ込んできても、財務系門閥である実家の権力を背に門前払いができるため、現場では非常に重宝されている。
問題を抱えたケイテスの周囲に、新たに配置された人材は、すべて魔導士長直接の声がかかった実力者ばかりだ。
当然ケイテスとしては面白くないが、そこを言いくるめたのが、助手についた見かけ二十歳の三十路男だ。
「問題を起こされなきゃいいじゃないですか。部下の成果は上司のもの。黙ってたって実績が転がり込んでくるんですよぉ」
それこそ願ったりで、それを手に望みの部署に返り咲きすればといわれれば、ケイテスに文句の言いようもない。
いままでここに持ち込んだ魔法鞄の数は五十個。そのすべてに、空魔法が込められ、完成品となっている。
ここに工房が設置されて、一週間。それで五十個を少ないとはいわないだろう。マルドナーク皇国でも、一日に作られるのは一個だというのだから。
なにより五十個は、彼の少年の限界ではなく、もとになる鞄自体の製作の都合だった。工房が開かれる以前から準備を進め、現在も魔法鞄を作れる王都の職人を総動員して製作に当たらせているが、当面用意できたのがそれだけなのだ。
魔法ギルドも支局を通し国内各地で製作の手配を進めているため、もう少し数が増やせるだろうが、惜しいことだとケイテスを始めとする関係者は思っていた。
何しろルディシアールは、実質二日で五十個すべてに魔法を付与してのけたのだ。
「転移石三十個を一度に作ってしまう魔力だからな」
ケイテスにとってルディは、空魔法の魔導具を作れる存在、それだけでしかない。
自分の使えない属性魔法などに興味はなく、うまく役目を果たし、火魔法の魔導具部門へ返り咲くための足がかりとする。
助手に言いくるめられ、割り切った彼女の思惑を王宮も承知しており、空魔法の研究自体には別の者を当てることになっていた。
「早く鞄の量産体制が整うといいですよねぇ」
童顔助手がしみじみと言うと、ケイテスが思い出したように不機嫌顔を悪化させる。
「いまいましい。手際が悪いのはワタシのせいではないぞ」
少しでも多くの空魔法具を確保したい王宮は、現場の無理を承知でせっついてくる。当然名目が空魔法の魔導具部門責任者であるケイテスには、連日進捗状況を報告するよう言われ、いい加減苛つきも増すというものだ。
「わかってますよぉ。けど、なまじあの子の能力の高さを上が知ってますからねぇ。こっちに当たってくるのは仕方ないですよ」
嘘くさい笑顔を貼り付け、実際の手配に走り回っている部下達の苦労を承知で、リグラスは、だから皆頑張って仕事してるじゃないですかと言う。
その裏の言葉は、貴女が馬鹿なことやって邪魔をしないでくださいねだ。
ルディシアールの方に原因がないことが明白であるからこその、王宮の要求である。
腹立たしいのは確かだが、きちんと手配していれば、仕方ないで済む。
部下の手柄は上司のものだが、王宮が真っ先に自分に責任を被せてくる心積もりであることを、リグラスはそれとなくケイテスに感じ取らせていた。馬鹿をしないようにだ。
「あ‥‥‥こんにちは」
午後の授業が終わったらしく、当の空魔法の少年が工房兼研究室に入ってきた。
第一印象が悪かったせいで、いまだにルディはケイテスが苦手で、姿を見かけるとつい身構えてしまう。
それでもきちんと挨拶をする最低限の礼儀は守っていた。ルディの方は。
「魔法鞄を取りに来ただけだ。次の分は明後日に持ってくる」
「はい。あの、転送石もできてます。それで、あの、他になければ今日は帰っていいでしょうか?‥‥‥試験勉強がしたいので」
今日は魔導具の研究も午前中だけで、当面魔法鞄も魔法を付与する対象がないことをルディは聞いていた。
「試験勉強?」
何を言い出すかと思えば、馬鹿らしいと、彼女は苛立たしげに言った。
彼女にとって、それは無意味なものだったからだ。
「授業でてない分、そろそろ試験勉強しないと」
「あのぉ、ルディシアール君は生徒ですし、試験勉強をさせなかったせいで赤点にでもなったら、いろいろとまずくないですか」
リグラスがケイテスのあまりな態度を見かねて口を挟んだ。さすがにルディも不満そうな表情をしているだけに、黙っているわけにはいかなかった。
まったく、あれほど馬鹿をやるなと気を遣っているのにとの内心はともかく、リグラスの態度は表面上はあくまで穏やかだ。
「そんなものは、どうにでもなる」
下駄を履かせることまではしないが、もし赤点を取ったからといって、ルディの進退にかかわってくることはありえないのだ。
実のところ、空魔法の魔導具作成と研究をもって、筆記試験も免除扱いで良いのではないかという声すら出ている。とはいえ、さすがに実技も筆記も免除の無試験は、二年次生徒という立場上認め難いと言うことで、形だけは受けさせるということになった。そのような事情を、ここにいる者もおおよそ聞き及んでいる。
だからこそのケイテスの態度であるのだが、生徒としてのルディまで否定しかねない暴言はまずいと、リグラスが介入したのだ。
それはルディの我慢の境界に触れることだと、彼は理解している。
「ですけど、もともと彼、成績は良かったみたいですし、それが赤点なんてことになったら、原因がですねぇ。きっと怒りますよ、彼の保護者とか」
そう言われてケイテスの脳裏に浮かんだのは、つい最近思わぬ再会をした「恩師」の顔だった。
リグラスは、むしろ金の魔術師とか黒の魔術師を指していたのだが、ケイテスにとっては、「ルディちゃん」と彼のことを呼んでいた薬学の女性研究者が一番にくる。
思い出したくもない薬の味が、口の中に甦ってくる気がして、思わず吐き気を催した。
「そ‥そうだな‥‥次の鞄の準備もできていないことだし、今日はもういいだろう」
「ほら、ケイテスさんが言っているんだから、帰って良いんだよぉ」
慌てて言い繕うケイテスの横から、リグラスが早く帰れとルディに手を振ってやる。
「はい。ありがとうございます」
おかげで喉まででかかっていた抗議を、口にせずに済んだ。
気の変わらないうちにと、ルディは急いで部屋を出て、一度寮に向かう。その後、用具を持ってローレイのいる図書館へ行くつもりだった。
「ダメですよぉ、あの子は大事にしなきゃ。代わりはいないんですからねぇ」
貴女の代わりなんかいくらでもいると、リグラスの笑っていない目が言っている。
「わかっている」
「そうですかぁ。だったら、扱いは気を遣ってくださいね」
上手く使えば何百年と、この国に空魔法の恩恵をもたらす存在なのだ。その価値を本当にわかっているのかと、リグラスは言いたいのだ。
この先、空魔法の使い手が新たに生まれたとしても、ルディシアール程の化け物じみた魔力を併せ持つことは見込めない。二度と手に入らないだろうそれは、壊されでもしたら、損失は埋めようがないのだ。
「魔法鞄、仕舞いましょうか」
侯爵家の四男が、奥の部屋にずらりと並べてある五十個の魔法鞄を持って行ってくださいと、水を向けた。
彼には、実はケイテスよりリグラスの方が、余程ルディを道具として見ていると写っていた。もっとも、リグラスにはそれを表に出さない賢さがあり、ルディにとってどちらが良いかは言うまでもない。
あの子供は、自分が王宮にどんな目で見られているのかちゃんとわかっている。
だったら、あからさまに道具扱いして、傷つける必要はないのだ。




