酒場
魔法学校の門が見えるところまできて、サーニファは一緒に買い物に行った友人達に、突然忘れてたと訴えた。
「修理出してたお気に入りのペン、もらってくるの忘れちゃった」
「サーニャってば、時々抜けてるよね」
彼女と同じマルドナーク皇国からの留学生であるマリナレティは、しっかり者の印象が強いサーニファが時々ポカをやらかすのを、むしろ微笑ましいものとしてとらえている節があった。
少しキツイくらいな性格で、正義感の強いサーニファだけに、親近感を覚えるくらいのポカは、好ましいものだと感じているのだ。
「ゴメンね。剣の店に入るまでは覚えていたんだけど」
「あれでしょ。サーニファってば、お店の人に杖にも使えるって言われて、スモールソードとかレイピアに見とれていたもの」
同行していたもう一人の友人、レリーがそれですっかり忘れちゃったんでしょうと笑った。
まだそのクラスの武器を持つのは早いとはいえ、憧れる気持ちはレリーも同じである。
「その通りよ。もう、わたし行ってくるから先に帰っていて」
「付いて行こうか?」
「ううん、大丈夫。レリーは彼と試験勉強する約束があるんでしょ。マーナお願い、コレ、部屋に入れておいて」
サーニファの荷物を、マリナレティは仕方ないなぁと受け取る。
「もう、これちょっと買いすぎよ」
そのくせ大事な物を忘れるしと、文句を言いながらも、自分の分の荷物と一緒に持って、友人達は先に寮に帰っていった。
「ありがとう。よろしくね」
そう言って、身軽になったサーニファは駆け足で学生街へと戻っていく。
本来なら、サーニファがペンを修理に出していた店へ直行するべきところだ。いや、確かに目的地はその店だったが、彼女はいくつかの店の前を通りながら、店内を覗いていた。
しかし、結局失望に顔を顰めながら、目的の店に着き、預かり証と引き替えに、修理の済んだペンを受け取った。
しかし、まだ彼女の運は残っていたらしい。店を出たところで、通りの向こう側に彼女の求める友人達の姿があった。
「良いところで会えたわ。ちょっと付き合いなさいよ」
捜していたとは言わなかった。あくまで偶然だと、サーニファは装うことに決めていたのだ。
「サーニファ、悪いけどわたしたちそういう気分じゃないの」
彼女、サーニファ・モニカはルディの一年次の時のクラスメイトである。友人づきあいをするきっかけは、ここにいない彼の存在からだった。
「一人、足りないからでしょ。ルディはどうしていないの?」
道の真ん中でする話ではない、本来は。
しかし、あくまで偶然会った友人との立ち話というシチュエーションをこそ、サーニファは選んだのだ。
学校内ではどうしても友人達の目がある。エルとフローネは校内では、そこそこ名の売れた有名人であるし、自分を含めルディの数少ない友達であることは周知のことである。
だからこそ、余人を交えず、彼等だけと話すのに、校外へ出た機会を狙った。
それでもさすがに道のど真ん中での立ち話は邪魔であるため、通り沿いの店の壁まで移動する。
「わたし、貴方達が喧嘩した時に食堂にいなかったの。だから友達に聞いたんだけど、ルディが空魔法を使えるって本当なの?」
問い詰めるサーニファに、いつもはっきりと物事を言うフローネが口をつぐんだままであるということが、何よりの肯定だった。
「そうか、本当なのね。そうでなきゃ、貴方達がルディと喧嘩別れなんかするはずないものね」
喧嘩しても仲直りする気配すらなく、あれほど仲の良かった彼等が一緒にいない。
「それ、どういうこと?」
何故サーニファがそんな事情を知っているのか、フローネは厳しい視線を向ける。
「‥‥‥わたしには叔母がいるの。だから知ってるつもり。国が空魔法の魔術師をどうするかって」
「サーニファ?」
「わたしの家は貴族なんて名前だけの男爵家だったのに、叔母は皇都で侯爵様と結婚したわ。正妻だけど、うんと年上の侯爵様の後妻よ。それでも皆、玉の輿だって言ってるけど、全然、幸せそうじゃない」
名前を言わなくても、マルドナークの侯爵夫人といわれて、エルもフローネもそれが誰だかわかった。
ユユレナ・ミーティ侯爵夫人。マルドナーク皇国の空の魔術師だ。
「皆、ユユ姉様を利用することばかり考えてる。この国も一緒。ねえ、なんでルディを独りぼっちにするの。フロアリュネ、貴女ルディが好きなんでしょ」
「勝手なこと言わないで。わたしたちが平気だとでも思ってるなら怒るよ」
八つ当たりだ。サーニファもフロアリュネも、何もできない自分に苛立って、自分勝手な気持ちをぶつけてるだけ。
サーニファがルディが空魔法の使い手だと知った時は、嘘だと思うより先に叔母の顔が浮かんだ。
広いお屋敷の中、護衛もいれば傅く召使いもいるけれど、サーニファはユユレナが独りだということを知っている。誰にも心を開かなくなった叔母の姿を見た。
ルディもまた叔母のようになるのだと思ったら、たまらなかった。
一年次の治癒科クラスで、心ない噂のせいで孤立していたルディに思いあまって声をかけた。
ルディは誰を責めることもせず、仕方ないと言っていたが、サーニファは嫌だったのだ。無意識にルディとユユレナを重ねていたのかもしれない。
それでもルディにはフロアリュネとエルトリードがいた。だから大丈夫だと思っていたのに。
どうしてもフロアリュネ達に一言言いたくて、忘れ物を口実にして一人になって彼等を街で捜した。
ルディを叔母のようにしないでと、彼等に言いたかった。
結局、自分のできない我が儘を彼女たちに押しつけたいだけだと、フロアリュネとエルトリードの傷ついた瞳を見てわかってしまったけれど、謝れるほど大人ではない。
「それで後悔しないの?」
彼等だって、望んでルディと距離を置いているわけじゃない。
多分、誰よりも自分はそれがわかっている。
なのに、口をついて言葉が出てしまった。
自分の願いだ。彼等を責めるつもりじゃなかったのに、言ってしまったサーニファは、いたたまれない自己嫌悪に襲われて踵を返す。
そのくせ逃げたと思われたくないから、馬鹿な意地を張ってなるべくゆっくりと歩いた。
「なんでサーニファにあんなこといわれなきゃならないのよ」
キッと睨んだ先にいるのは幼馴染みの少年だ。成長期でひょろりと背が伸びた、明るい茶色の髪をした少年は、観念したようにおとなしくフロアリュネに当たられている。
エルの灰緑の瞳はフロアリュネと同じような陰を落としていたが、彼女の八つ当たりを受け止めることで、自分は我慢できると思い込もうとしていた。
兄のクロマと揃って面倒見の良いエルトリードは、活発なフローネとおとなしいルディの間に挟まれて、よく貧乏くじを引いていた。文句を言わないわけではなかったが、それでも大事な二人といられれば、仕方ないなとぼやくだけだった。
「悔しい」
「ああ、悔しいよな」
「わたしたちに力ないから、サーニファにまであんなこと言われて、すごく悔しいよ、エル」
それでも、このままここで突っ立っていても仕方ないから、二人は学校へ向かう。
「あれ、歌声?」
先に気がついたのはフローネだった。
「あそこ、吟遊詩人だ。久しぶりに見るよな」
「うん。こんな寒いときに珍しいよね」
冬場の屋外での演奏など、商売とはいえ本当によくやると思う。客だって暖かい店の中の方が良いだろうにと思うが、余程巧いのか冬空の下にも関わらず、そこそこ人集りができている。
「聞いてく?」
「さみーしよ」
またにしようと軟弱なことを言ったエルに、特に聞きたかったわけでもないフローネはそのまま通り過ぎることに同意した。
だが、二人はしばらく歩いた先に更にすごい人集りができているのに、何事かと顔を見合わせる。
なにかピリピリした空気がするのに、ざわめく人のなかに身体を割り込ませた。
「‥‥見たか?」
「‥首がばっさり‥‥‥‥」
「騎士様が‥‥‥子供だって‥‥‥」
物騒な単語が聞こえてくるのを補強するように、血臭が漂ってくるのに顔を顰める。
人の隙間からチラリと白銀の髪が見えた気がしたエルは、思わず目の前の人を押しのけて身体を割り込ませた。
「‥‥‥‥‥‥」
そのエルの目に、黒髪の青年に連れられた銀髪の少年の後ろ姿が写った。
ルディの名を喉に飲み込んだエルは、騎士らしき人達が野次馬を捌いて二人を送り出したのを見たが、とっさには身動きができず後を追うことはできなかった。
仕方ないので野次馬の視線の先を見やれば、地面に広がった血溜まりと、男女らしき二つの死体を見つけて、思わず顔を背けかける。
「うげっ」
首が半ばちぎれかけた出来たての死体だ。
「一撃、だね」
「フローネ、お前平気か?」
「気持ちよくないけど、こういうのから目を背けちゃ駄目だもの」
決して良い気持ちではないけれど、魔導騎士になるなら直視しなければならないことだと、フローネは厳しい顔で言い切った。
「あの、何があったんですか?」
直ぐ横の、どこかの店員らしき人にエルが聞けば、子供が襲われたのだと言う。
「ちょうどあんたらくらいの子だけど、あいつ等に襲われたらしいなぁ。真っ昼間から物騒なことだと思うだろ」
その隣にいたエル達より少し年上の、おそらく魔法学校の上級生であろう男子が、興奮した声で自分の知っていることを話し始めた。
「暗殺者らしいのが、返り討ちにされたってさ。オレは見てないけど、結構危なかったらしいぜ。騎士様達がすぐに駆けつけてきたんで、それ以上の騒ぎにはなってないけどな」
「さっきの銀髪の子?」
ルディの名前を出さずに聞いたエルに、彼の連れらしい女の子が代わりに答えてくれた。
「そうそう、あの子って例の金の魔術師様のお気に入りじゃないかしら。一緒にいた男の人が騎士様に何か言ってたけど、それが物凄い格好良い人だったのよ。あたし、あの人見たことあるのよね。学校の先生だと思うんだけど」
「あ、済みません」
彼女はなおも話したそうだったが、フローネがエルの服を引っ張ってきたので、話は打ち切って人集りの外に出た。
「‥‥‥エル?」
「ああ、ルディとブラン先生だと思う」
少し離れたところで、小声で二人は確認し合った。
「ルディ、大丈夫だったんだね?」
「ちらっと後ろ姿見た。ブラン先生が付いてたんだから、そりゃあ大丈夫だろ」
絶対的な信頼をルディが寄せているブランは、黒の魔法殺しだ。最強の魔術師がいて、教え子を守り切れないなどありえない。
「そうだけど、でも、ルディが命を狙われたんだ」
凄惨な現場の跡を見た以上、否応なく認めなくてはならない。本当に、ルディは生命の危険に晒されているのだと。
スレイン先生も言っていたし、デューレイアと名乗った剣の先生にも、ルディがどれほど危険な立場にいるのか教えられた。
理解はしていたつもりでも、これほど身近でこんなことがあるとは思っていなかったのだ。全然危機感が足りなかったとエルは思い知った。
「‥‥‥オレ等、まだ甘かったのかな」
ぽつりと、エルが溢す。
自分の側にいちゃいけないと、ルディがどんな想いで独りでいることを選んだのか、わかっていたつもりだった。
だけどと、無残な死体を思い出す。
いつかの、血溜まりに倒れ伏したルディの姿も。
自分達を巻き添えにしたら、ルディは自分を責めるだろう。
それだけじゃない。朱金の髪の女騎士が言ったように、自分達が足かせになってルディに万一のことがあったらと考えると、ぞっとする。
黙って歩くフローネの足取りは重い。
真っ直ぐに前を見詰めながら、フローネは独り言のように静かな声を出した。
「ルディにはもう、わたしたちいらないのかな」
「フローネ」
「食堂でルディが言ったこと、本当だったのかもしれない。わたしたち、ルディを護ってるつもりだった。わたしたちがいなきゃ駄目なんだって、いい気になってたのかもしれないよ」
「馬鹿、アイツがそんなこと本気で思ってたと」
「違う。わたしたちが、だよ。護ってあげるんだって、ルディのこと下にみてたのかな。そうして、ルディのこと独り占めしたいだけだったんじゃないのかな。だから、なんにもできなくなって、わたしたちルディの側に居場所なんかないんだよ」
「フローネ。お前、どうかしてるぜ」
あまりにも珍しいフローネの弱気に、エルは同調しないように言葉を強めた。自分に言い聞かせるつもりで、言葉を選ぶ。
「役に立たなきゃ側にいられないのかよ。アイツがそんなことで、俺たちを捨てるって、それこそルディを馬鹿にしてるだろ」
「わかってるよ、そんなこと」
「お前、ルディのこと好きなんだから、独り占めしたいって思うの当たり前だろ。悪いかよ、オレだって、ローレイが偉そうな顔してアイツの横にいるの、すげえ腹立ってるぜ」
そこは自分達の場所だった。
「‥‥‥ローレイが悪いわけじゃねぇんだけどさ」
思うところがあっても、ローレイを恨んだりするのは筋違いだとわかっている。どんな形であれ、彼がルディを庇うことになっているのは、むしろありがたいと思う。
それでも、取らないでくれと、エルもフローネも何度言いそうになったかしれない。
一緒にいた時には、そんなこと思いもしなかった。
こうして歩いていても感じるのだ。足りないと、いつも一緒にいたアイツが足りない。
「でもね、我慢しなきゃいけないんだ」
「ルディのこと忘れるなんてできないのにな」
「うん。できっこない」
あの時、ルディは思ったのだろう。自分を嫌いになって、離れてくれと。
幼馴染みだ。そのくらい、ちゃんと考えればわかってしまう。
こんなことがなくても、いつまでも変わらず一緒にいるなんてできないことは知っていた。
再来年、自分達は騎士学校への編入試験を受けることを決めていたのだ。ルディとは違う道を歩いて行くことになっただろう。
だけど、ずっと友達だと思っていた。こんな別れ方なんかしたくなかった。
「ルディの馬鹿。嫌いになんて絶対なれないよ」
馬鹿と、フローネは何度も呟いた。
ここにいない幼馴染みと、自分に向けて。
王都にいくつかある有名な歓楽街の中でも、ユーリッド横町を中心とした一角は比較的治安が良いことで知られていた。
酒場や娼館といった店の質が飛び抜けて良いわけではないが、第一師団駐屯地のお膝元ということで、主な客層が騎士や魔導士、兵士たちで占められているからだ。
もちろん軍人という性質上、お上品というよりは荒っぽい連中ばかりではあるのだが、王国軍の中でも腕も質もトップクラスの連中の多くが行きつけとしている結果、犯罪の発生率が他と比べて低く抑えられていた。
「ねーちゃん、ひとりかい?」
ユーリッド横町の外れにある中級の宿屋兼酒場で、深い臙脂色のローブを着た若い女性が一人で食事をしていたのに、目をとめた兵士がお決まりの声をかけてきた。
それも無理ないと思えるような、艶やかな印象の美女で、ローブを着ていてもわかるでこぼこのはっきりとした体つきをしている。
彼女は一目で魔術師とわかる使い込まれた杖をベルトに装備しており、くつろいだ中にも隙を見せない態度で食事の手を止めることなく、男を一瞥した。
もう少し気の利いた誘い方ってないものかしらねと、内心でウンザリとしながらいらえを返す。
「待ち合わせよ」
「男か」
「あいにく、男には興味がないの」
他を当たってちょうだいと、期待をもたせないように素っ気なく、ただし気を損ねすぎない程度に柔らかい口調でなされたそれに、男は未練がましく誘いをかける。
自分でもそこそこいい顔をしていると自負しており腕っ節にも自信があるし、簡単にひいてしまうには、彼女は深い青緑の瞳が婀娜っぽい美人だった。
「そういわずに。せっかくだから一杯くらい奢らせてくれよ」
「あら、それじゃわたしにもご馳走してもらえるかしらね」
後ろからかけられた女の声に振り返れば、朱金の髪の美女が外套姿で立っていた。
目当ての女性は、金茶の髪を深緑の飾り紐で編み込み、根元に小さな魔石を飾り石代わりに付けた長いピンでもって、頭の後ろで括って留めているが、声をかけてきた美女はさっぱりとしたショートカットである。
「げっ‥‥‥デューレイアさん」
第一師団の有名人の登場に、男は顔を露骨に引きつらせた。
男勝りというより、男を手玉に取るほど気が強く、腕の立つ奔放な女騎士は、とても彼の手に負える相手ではない。
しかるに、食事中の女性が軽く手を上げて挨拶をしたことで、デューレイアが待ち合わせの相手であることを察し、男は冷や汗をかく。
「そうね、大麦の蒸留酒でいいわよ」
「わたしはシェリー酒にしてちょうだい」
美女二人の迫力ある笑顔の代価として、彼は気前よくそれらを注文するはめになった。
もちろん一緒に飲むほどの度胸は彼にはない。
身の程知らずにもデューレイアに迫ったあげくに、笑えない逸話を抱える羽目になった先達は十の手に余る。
せっかくのチャンスだったのに意気地無しと、同僚に馬鹿にされようが身の程は弁えているのだ。
「久しぶり。っていうか、あんたがこの時期に王都に来るなんて珍しいじゃない」
外套を脱いで、デューレイアはせしめた酒をぐいっと煽る。
「仕事よ。商人さんの護衛。ついでに人捜しね」
彼女、ミナエ・フラン・エルガは王都魔法学校でのデューレイアの同級生だった女性だ。戦闘科の傭兵コースへ進んで、今は「黒砂の腕輪」という傭兵パーティに所属している。
「ねえデューア、魔術師で良い出物ないかしら?できれば水か風で」
「スカウト?」
「そう。ほらオヤジさんもいい歳でしょ。跡継ぎに育ててた孫も一人前になったって、いよいよ本気で引退考えてるのよ」
「あんたんとこって、魔術師はあんた一人だったわねぇ」
「そうよ。オヤジさんの孫が、雷の魔剣使いだけどね。後は大剣振り回す馬鹿力と、槍術師だから、弓使いのオヤジさんがいなくなると、後衛の支援役が厳しいの。綺麗な女の子が良いなんて贅沢言わないわ」
「‥‥‥相変わらずね、アンタ」
贅沢言わないと言いながら、しっかりと趣味丸出しの発言をする旧友にデューレイアは苦笑した。
「いいじゃない。見た目が嬉しい華が欲しいの。可愛い系でも清楚な麗人でも、もちろん肉体派でも構わないわ。デューア、去年から魔法学校で剣の指導してるって言ってたじゃない」
後進の指導も騎士の仕事のうちだ。
デューレイアはリュレの依頼でルディに剣を教えているが、それとは別に魔法学校の魔導士育成課程で、週に何回か実技の指導官をしている。
こちらは剣そのものを教えるだけではなく、魔法剣士と相対した場合の魔導士の対処法などを教授していた。まあ、手加減して叩きのめすのを教授というならだが。
いずれにせよ、国情が落ち着いているからこそ、デューレイアほどの使い手に、教官まがいのことをさせる余裕があるのだが、やはりリュレが特に望んで手配したということが大きい。
それでも、ルディシアールが空魔法の使い手で、おまけに異名持ちの卵であると明らかになった現状でこそ、彼女を送り込んだリュレに納得の声がおくられているが、当初は金の魔術師の我が儘だと、第一師団でも陰で言われていたのだ。
同時に、美少年と美形の師匠につられたデューレイアに、苦笑いをしていた上官や同僚も多かった。
面食いで有名なデューレイア自身が、むくつけき男共より極めつけの美形が良いと、悪びれなく言い切っていたから、笑い話で済んでいたが。
「有望な新人まわしても、アンタに食われちゃうんじゃねぇ」
「うふふ、あんまりデューアに言われたくないわね」
ミナエとしても、話のついでにいれば見つけものといった気分で言っただけで、別に無理にというものでもない。
「それにしても、デューアってば相変わらずいやらしいカラダしてるわよねぇ」
「アンタだって十分男好きなカラダしてるくせに」
「その言い方やめてよ。男なんかゴメンだわ」
顔を顰め、本気で文句をいうミナエに、デューレイアはやれやれと思う。この友人は昔からすこぶる付きの女好きなのだ。
「はいはい。アンタの趣味にとやかくいう気はないわ。わたしに被害がなければね」
「そういうデューアはどうなのよ。本命とか言ってる男、そろそろ落とせたの?」
ぐっさりと痛いところを突かれて、デューレイアはグラスに残った酒を飲み干し、追加を注文した。
「うーるーさーいー」
「ふふん。困難なほど燃えるなんて言って、まさかまだ手つかずなんて言わないわよね」
「悪いかっ」
相手がどこの誰かは知らないが、デューレイアのこの反応には、さすがにミナエも唸ってしまう。
「‥‥‥デューアが本気で落とせないなんて、不能かあっちの趣味じゃないの」
「それだったら、まだあきらめもつくんだけどね」
かなり失礼な発言をしているが、ブランは朴念仁なだけでさすがにそれはないだろうと擁護しておく。
自分が彼の恋愛感情の対象外であると、デューレイアにもいい加減わかってはいるのだ。だからといって、遊びと割り切って関係を持つには、距離が近すぎることも。
「無理だってわかってて、諦めきれないってとこかな。最近は別のお楽しみもできたし、もうちょっと粘ってみるわ」
「いいけど、お楽しみ?」
「将来有望な男の子がいるのよ。うふふっ初めてはわたしがもらうわ」
デューレイアのあからさまな発言に、引くどころかミナエは身体を乗りだした。
「面食いのデューアがねぇ。男でなければ、わたしも参戦したとこだけど」
「駄目よ、予約済み。成人までまだ二年ちょっとか。十六の誕生日に大人の授業なんてのも有りかも」
我が儘を言うなら、さらにもう二三年は育った方が、デューレイアの好みではある。
「アンタ、また手を広げたわね」
この友人に少年趣味はなかったはずだがと、ミナエは獲物の年齢を聞いて、意外に思った。
好みは強い美形、ただしマッチョはパスというデューレイアだが、ミナエが知る限り、あくまで相手にするのは大人の男である。
「顔は極上、魔法じゃ今でもわたしより強いからね。うーん、つまみはどうしよう。今日のおすすめって何かしら?」
「あら、アンタ少し肉ついてない?」
「やーめーて。成長しただけよ、胸が。あーでも、あの子にはもれなく美味しい料理もくっついてくるのよねぇ」
色気と食い気の両方での誘惑に、デューレイアはくすぐられるものを感じ、結構大きくぐらりときた。
ルディは今日はブランと学生街に買い物に行くといっていた。ブランの予測が外れていなければ、襲撃の一回や二回は受けたはずだろうが、無論心配はしていない。
なにしろ黒の魔法殺しが付き添いなのだ。
護衛の騎士も付くが、こちらは基本後始末役の意味合いが強い。
今回の外出は、ルディを囮にした様子見でもある。仕掛ける側も本気ではないし、こちらも尻尾をつかまえられるとは思っていない。要は挨拶代わりの探り合いだ。デューレイアはブランにそう聞いていた。
それにともない、ルディに実践訓練をさせる意図もある。
理屈では理解していても、自身が暗殺の対象になっていると、実際に刃を向けられれば、通常の神経の持ち主であれば恐怖を感じずにはいられない。
そのうえで、街中だし、派手な魔法は使えないから、その辺の対処もルディに経験させる。
とはいえ、最強の護りが傍らにあって、実戦に臨むのだから、恵まれているとデューレイアは思う。
それでも、技量はともかく、人間相手の実戦はいろいろな意味でキツイ。王宮に外出を認めさせるためもあるが、ルディに対するフォローとケアを含めたブランの付き添いだ。
厳しいくせに、そういうところで教え子に甘いのだ、あの男は。
「デューア、食事は?」
「軽く食べて来た。最近口が肥えてきちゃってねー」
贅沢な悩みを訴えつつ、まずはソーセージにチーズという定番を選んだデューレイアに、ミナエも食べ終わったから本気で飲もうと、追加の酒を注文した。
獲物の男の子へのデューレイアの入れ込み具合は結構なものだが、余裕はあるようだし、多分ちょっとアブナイ姉貴の気分だというのも、何となく感じ取れる。
しかし、昼食をその男の子に食べさせてもらっていると聞いて、ミナエは呆れた。
「アンタが餌付けされてて、どーするの。男の胃袋握るのは女の常套手段よ。まあ男女逆でも有効か」
「だってわたし料理からっきしなの、知ってるでしょう。あー、それと残念ながら、わたしはオマケね」
最近では隣の住人もまざっているが、そもそもルディはブランに食事を差し入れしていたのだ。デューレイアはあくまで便乗しただけである。
「情けないわね」
「いいのよ。わたしを食べさせてあげるから」
「どう見ても、デューアが食う方でしょ」
ばっさりと切って捨てた女友達に、悪びれなくデューレイアが笑う。
赤裸々な女の会話が、ルディに聞こえないのは幸いだ。聞いたら怖くてデューレイアに近づかないだろう。
「ご機嫌ですね」
ミナエに声をかけてきたのは、リュートを持った吟遊詩人だった。
「あら商売?」
「ええ、ここで三曲ほど弾いて行きます」
本命は中心の大きな酒場だが、反応を見るのにいくつかの店を流す予定だという。
「デューア、彼なかなか良い腕してるのよ。王都に来るのに途中で一緒になったっていうか、雇い主の馬車に便乗してきたんだけどね」
「皆様のご厚意で助かりました」
「雇い主が良いって言ったから仕方ないわって思ったんだけど、暇しなくて悪くなかったわ」
時と場所を選んでなされる気の利いた演奏は、単調な旅程の慰めになったという。
「顔も悪くないでしょう」
「まあね」
真っ直ぐな長い黒髪が印象的だとは思っていたが、顔はそこそこだとしか見てなかった。
「あーこれって不味くないかしら」
言われて、デューレイアは最近極めつけのばかり見ているから、変な意味で美形に耐性ができているのではないかと気がついた。
「なにが不味いって?」
「あー‥‥‥ちょっとね。へえ、巧いじゃない」
始まった演奏に耳を傾けて、なかなか腕が良いと言う。
「でしょう。なんか北の、マルドナークの隣で昔何とかって王国のあった、そうそうセデスアルノ公国の方に行くらしいわ。冬の間は王都に滞在するって言っていたから、贔屓にしてあげて」
「ふうん。気が向いたらね。なにしろここしばらく忙しくって」
おまけに王宮の、怖いオジサンを相手にする機会に見舞われ、つくづく気疲れが酷い。デューレイアは、今夜は気晴らしに付き合いなさいと、追加の酒を注文しながらミナエにこぼした。




