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暗殺者

 ババアに言われていたと、とある高級服屋にブランはルディを連れて行った。一昨日のうちに外出する旨をリュレに報告したデューレイアが、彼女の伝言をもってきたのだ。

 王宮に上がる機会も増えるからと、正装を含め何着か作っておこうということらしい。

 「制服があるし、すぐ着れなくなっちゃいますからもったいないです」

 多少は本人の願望も入っているとはいえ、成長期の少年だ。同年代の中でもしっかりした体格のローレイや背が著しく伸びていっているエルトリードと比較すると、細身で小柄といえるルディではあるが、日々成長しているのだ。

 王都魔法学校の生徒であるルディは、制服が正装の代わりになる。以前も、制服で城に上がったが、それで問題なかった。

 「お前は一応女伯爵の令息だぞ。それなりの服は必要だ。どうせ金を出すのは師匠だ。遠慮することはない」

 リュレが懇意にしている店の店主を前にしては、さすがにブランもババア呼ばわりは控えている。この人物がなかなかにくせ者、ということもあった。

 今二人がいるのは学生街でも上級に位置づけされる高級服店であるが、実は王都にある本店の支店だった。

 王都魔法学校、騎士養成学校には貴族の子弟も多く通っているために、彼等のために学生街にも店を置いているのだ。

 そこに今日はルディが訪れるということで、本店からわざわざ店主と職人が出向いてきているのだった。

 「リュレ様から、可愛いご子息のために存分に腕を振るえと言われておりますので、どうぞご安心ください」

 にっこりと、老年の域にさしかかった本店の店主は、柔和な笑顔を湛えた優男でありながら、否と言わせない妙な迫力を纏っていた。

 普通は女性物と男性物のどちらかを扱う店がほとんどだが、彼の店は両方の職人を抱えている。

 上級貴族を顧客に持つ彼の店は、質の良い上品な衣装を仕立てる王都でも一流店だ。伯爵どころか公爵家ですら客に持つ彼ではあるが、リュレは特別だった。

 何しろ絶世の美女と讃えられるあの美貌だ。あれほどの素材を前に意欲を見せない服職人などいるはずもない。

 その彼女が、自分に劣らぬ容姿の息子だと太鼓判を押したのだ。自ら出張るのに躊躇いはなかった。

 しかも、その側には負けず劣らずの容色を持つ黒髪の美青年がいる。

 製作意欲はどこまでも上がっていた。

 それは彼に従う職人達も同様だ。爛々と目を輝かせ、ルディの採寸をし、布地を選んでいった。

 職人達に取り囲まれ、されるがままになっているルディを、油断なく、しかし口元を綻ばせて見ていたブランだったが、ようやく銀髪の少年を解放した職人を後ろに従えた店主が、それは深い笑みを浮かべながら自分の前に来たのに、顔を引き締めた。

 「黒の魔術師様には、まことにお久しぶりでございます」

 「ああ、そうだな‥‥‥」

 嫌な予感がした。たしか、彼に会うのは五年ぶりくらいだ。

 「久しく貴方様のご衣装を仕立てておらぬ旨を、リュレ様に訴えさせていただきましたところ、この度は丁度良い機会だと、ご子息とあわせて作るが良かろうとのお言葉をいただきました」

 代金はすでにリュレから受け取っているという。

 極上の獲物は一人でも多い方が良い。

 リュレにルディにブラン、それぞれタイプも違えば、性別も違うし、見た目の年齢も違う。

 腕の振るい甲斐のある美形揃いだ。

 是非、自分の作った服を着せたいとの、職人魂の前には、さしものブランでも怯むものがある。

 「貴方様は他人に触れられるのを好みませぬので、わたくしが一人で必要な採寸をさせていただきます。見たところほとんどお変わりありませんので、ほんの少しばかりお許しくださいませ」

 いいながら、すでに巻き尺を手にしている。

 心得た職人達が離れた位置に移動して、ブランの気に障らないようにしていたのに、断る隙がない。

 他人事だと笑っていたら、自分の身に降りかかってきた。まったく、リュレにしてやられた思いだ。

 本当に気を遣って、ほとんど触れることなく必要な採寸を済ませると、店主は腰を折った。

 彼はブランが常に自身とルディの身辺に、注意を払っているのを知っている。採寸を嫌ったのは、万一を考え僅かでも他者に身を委ねることを避けたいからだと理解していた。

 「仕立て上がりましたものは、リュレ様のお館に届けさせていただくことになっております。支障ありしときは、いつなりとご連絡くださいませ」

 そつのない振る舞いに、ブランは了承し、ほっとした顔をしたルディと店を出た。

 「先生、疲れました」

 「ああ、師匠(ババア)にしてやられたな」

 たまには眼福させてくれてもよかろうと、以前同じような手口で正装を作らされたブランだ。

 今回も仕上がった衣装の届け先がリュレの館ということから、ブランとルディを並べて目の保養をしようとの思惑がすけて見える。

 服を仕立てるのに針やはさみなどを持ってこられては危なくて仕方ないが、それを承知している店主が、職人を含め、針や刃物は一切身につけずに対応したため、ブランも許容したのだった。

 もちろん一瞬も警戒を解いていなかったのは言うまでもない。

 気分直しに、ルディは果物や美味しそうな食べ物を片っ端から買いあさる。傍目からは仲の良い兄弟の休日といった雰囲気だ。実際の年齢差は祖父と孫だったが。

 「これ高いけど、美味しいんだよね」

 ちょっとだけ悩んだが、今度はいつ買い物に出られるのか分からないこともあって、ルディはあっさりと買うことに決めた。

 冬に手に入る果実は限られているから、この際見つけた物は空間魔法の収納庫があることもあって、山ほど買った。

 「えっと、根菜か。うーん、さっきの店の方が少し安かった。あ、でも芋はこっちのが良さそうだ」

 次から次へと買っては、肩から提げた鞄に入れる。ただの鞄だが、中はルディの収納空間に直結しているため底なしだ。

 別にそのまま亜空間に放り込んでも良いのだが、人目があるので一応カムフラージュしている。気がついた人がいても、魔法鞄だと思うだろう。

 「んー、お姉さんに頼まれた香辛料は買ったし、食べ物関係は大体いいかな」

 調子に乗って、まともに運んだら確実に荷車の出番という量の食料品を買い込んだものの、二人とも学校を出たときと変わらない。ブランは手ぶらで、ルディは軽い肩掛け鞄一つだ。

 「先生」

 「無視しとけ。あっちも仕事だ」

 なんだかんだで、ずっとついて回る視線の鬱陶しさにルディは辟易としたが、無視しろとブランは切り捨てた。

 「あの人達(護衛の騎士)のおかげで、なんか気配が探りにくいです」

 「お前が未熟なだけだ」

 やぶ蛇だったと、ルディは唸る。

 通りがかりに良さそうな定食屋があったため、昼食を食べに入った。エル達と外出したときの昼食は屋台か、軽食系の店が多かったこともあり、この店は初めてだ。

 何となくエル達のいそうな店を避けてしまったのは、自覚している。

 「結構量がありますね」

 料理と引き替えに代金を払う。なかなかのボリュームに食べきれないかもと、ルディは皿に盛られた料理を攻略しつつ言った。

 「お兄さん、相席良いかしら」

 昼時ということで混雑してきたため、ローブを着ている魔術師らしい女性二人に相席を求められる。

 ルディがブランの横に移動し、女性二人が前に座った。

 「ほら、ね」

 連れの金髪女性に促されて、ルディに話しかけていたのは、薄茶の髪をした妙齢の女性だった。

 「あの、こちらってお兄さん?」

 「いえ、あの‥‥」

 いきなり話しかけられて、ルディは人見知りを発動してしまい、口ごもる。

 「騎士学校の関係の方?」

 ローブを着ていないし、帯剣していることから、ブランが魔術師とは思わなかったのだろう。

 妙齢の女性二人が、良い男に近づくという、傍目から見れば目的が丸分かりである。直接ではなく、弟とみたルディをまず攻略しようと考えたのだろう。

 「‥‥‥僕は‥‥その‥魔法学校の‥‥」

 「まあ、それじゃ魔導具を買おうと思って来たんだけど、良いお店知らないかしら」

 「だめよ、もう。いきなりじゃ」

 「緊張させちゃった?ゴメンね、お詫びに飲み物奢らせてちょうだい」

 もらってくるからと、席を立った薄茶の髪の女性が帰ってきたときには、両手に杯を持っていた。

 「甘い物で良かったかしら。お兄さんもどうぞ」

 杯の中身は、果実のシロップを水で薄めた飲み物だ。

 「あの、済みません」

 「良いのよ、ほら」

 笑顔で渡されて、断り切れずにルディは受け取った。

 けれど口を付けかけて、顔を顰めると机に置く。

 「あら?」

 嫌いだったかと、言い終わる前に、二人の女性はその場で昏倒していた。

 「こいつは俺も飲みたくないな」

 ブランは冷たい笑みを浮かべ、一瞬で意識を刈り取った二人に視線を流す。

 「毒入りじゃ飲めませんね」

 立ち上がってルディが見れば、座っていた金髪の女性の手に、細い刃が握られていたのがわかった。

 「触るなよ。刃に毒が塗られている」

 何があったのか気づいた客が騒ぎ出す前に、店内にいた護衛の騎士達が状況を察してこちらに寄ってきた。

 「雷球で気絶させた。後は任せる」

 言外に、裏を吐かせろと騎士達に言い置き、ブランはルディを連れて店を出た。

 実は毒などは薬学の専門家であるリリータイアの教授を受け、ルディはそこそこ詳しくなっていた。

 ブランが付いた上で、実際に毒を服用して解毒魔法も鍛えていたため、なまじなことではルディを毒殺するなどできないだろう。

 飲み物に混ぜられていた毒には、声帯を麻痺させる種類のものが含まれていた。

 治癒魔法を使われないようにと、騒がれないように声を奪っておいて、とどめを刺すつもりだったのだろう。

 普通の魔術師はたとえ治癒魔法が使えても、喉を麻痺させる毒などを使われれば、呪文が唱えられないが、ルディは無詠唱であるから、即効性でそれこそ魔法を使う間もなく瞬時に意識を失わせるような毒でもなければ無効化できるのだ。

 「ルディ」

 「本当に僕を狙う人っているんですね」

 いくら言い聞かせられていても、やはり現実に命を狙われれば、ショックは大きい。

 「次はためらうなよ」

 毒だとわかった時点で、相手を無力化しておけとブランは言う。

 ブランが雷球を使った時には、ルディも魔力楯を身に纏っていたため、実害はなかったが、実際に相手がアクションを起こしてからでは、遅い可能性もあるのだ。

 「はい。済みません」

 「それで、どうする?」

 後は日用品を買いながら、魔導具屋を訪ねるつもりだったが、買い物を続ける気があるのかと、ブランは聞く。

 「また、こんなことがあるのでしょうか?」

 「あるだろうな」

 気休めは言わない。

 「‥‥‥買い物、次はいつ来れるかわからないですよね」

 「手が空いているときなら、付き合ってやるぞ」

 怖がって引きこもってくれれば、王宮や騎士達は願ったりだろうが、あいにくブランはそうさせる気はない。

 「もう少し、良いですか」

 これからも同じことがあるなら、今逃げればルディは外出ができなくなってしまう。ずっと護られて、閉じ込められて生きるなんて嫌だと思ったから、抗うことにした。

 奪われるばかりなのが嫌なら、精一杯意地を張ろうと思う。

 買い物の続行を選択した教え子の背を軽く叩いて、ブランは歩みを促した。

 校内の売店でもいろいろ買えるのだが、やはり街とは品揃えが違う。この際だから、好みの日用品を多めに買い置くことにする。

 奨学金だけではなく、リュレから小遣いだと結構なお金を貰い、更に転移石の製作料があるから、ルディは懐には余裕がありまくりだ。収納場所にも困らないから、念のため買いだめしておくことにする。

 「歌?」

 「吟遊詩人だな」

 少し開けた場所に人集りができていて、男性の歌声とリュート(弦楽器)の綺麗な音が聞こえてきた。

 王都では辻や酒場などでよく見かける存在だが、学生街では珍しい。

 昼間であることから明るい曲想のものを選んでいるらしく、軽快な曲を見事な技巧で披露している。

 「見ていくか?」

 興味を惹かれたらしいルディの様子に、ブランも足を止める。

 左端の空いたところからのぞき見れば、三十代前半くらいの真っ直ぐな長い黒髪を後ろで一つに束ねた見目の良い男性がリュートを奏でていた。

 旅装用の赤茶の着古したローブを着ている男性は、背丈は標準くらいだが肩幅が広く、それなりにしっかりとした体格をしているように見かけられた。

 長い指で器用にリュートを爪弾き、低めの艶やかな歌声を披露する彼は、なかなか優れた技量の持ち主のようだ。

 「珍しい曲でしたね」

 丁度曲が終わったところで、ルディがエール=シオンで良く聞く曲とは雰囲気が違う曲であったと感想を漏らした。

 「北の方の曲だろうな。これは‥‥‥」

 次の曲が始まったのに、ブランが心持ち顔を引き締めた。

 「先生?」

 「こいつはアルドグレイグの呪歌だ」

 聞き覚えのある曲に、ブランは小さく呟いた。

 魔法にも呪歌という旋律をもって魔法を使う技法があるが、向き不向きもあり特殊な部類になるため、魔法学校でも選択制の特別授業で教えられる程度だ。

 無詠唱であるルディは呪歌の授業など取っていないし、ブランも大まかな知識はあるが使うことはない。

 二人は小さな声で、更に周囲に声が聞こえないように風で方向性をもたせて会話をする。一応マナーのつもりで周囲に気を遣ったのだ。

 「呪歌は主に支援として使われる。これは光魔法の癒やしの呪歌だ。光魔法の使い手でなければ、気分的な効果は得られるが、ただの歌にすぎん」

 光魔法の呪歌の多くは、精神に働きかける効果がある。

 古い呪歌などは、年を経て人々が口ずさむうちに民謡のようなものになってしまっているものもあり、これもその一つだ。

 ブランが過去にいた街でも、良く耳にした歌である。

 「優しい歌ですね」

 「そうだな」

 昔この歌を好んで歌っていた女がいた。

 だが、それを思い出すとチリリと差し込むような感傷をブランが覚えるのは、彼女が「彼」に繋がる存在だからだ。

 その曲が終わると、ブランは周囲の人と同じように、投げ銭をする。ルディもそれをまねて、相場と思えるくらいの投げ銭をして、その場所を離れた。

 後は魔導具の依頼をするだけだということで、ルディはその店の名をブランに言う。

 「魔法具関係は、最初に杖をもらった店にお願いするつもりです」

 リュレが贔屓にしているなら間違いがないだろうという判断だ。ブランも信用第一で、それが無難なところだと言う。

 店のすぐ近くで、はっと、ルディが顔を上げる。

 「どこの馬鹿だ」

 良く気がついたと、風楯で止めたルディを褒める前に、ブランは矢の軌跡をたどる形で馬鹿に風刃を放っていた。もちろん、ルディが対処できなかったときは、ブランが矢も止めていただろう。気づかなかった教え子への雷付きで。 

 魔術師を矢で狙うのは常套手段だ。おそらく毒矢だろうそれは、ルディに向けられていた。

 「先生」

 二度目であり、覚悟はしていたが、やはり現実に攻撃を仕掛けられ、命を狙われたルディの顔色は青ざめていた。

 「落ち着け」

 魔法の気配がないだけ、矢は魔術師相手に有効な飛び道具となる。それ以外ではやはり接近戦だ。剣の速さは呪文に勝る。だからデューレイアは初撃を防げるように剣をルディに仕込んだのだ。

 チリッと、脳裏に響いた感触に、ルディは反射的に魔法を放った。

 自分に向けて抜かれた剣は魔力の楯で止め、使い手に風刃を叩き込む。

 もう一つ、飛んできた針の先にいた者へも、風刃を投げる。

 ルディの左横と後ろで、人が倒れた。

 鋭い刃で斬られた傷口から、血が噴き出すのに、ブランは風楯を展開する。周囲に血が飛ばないように配慮したのだ。

 「ここまで派手に仕掛けてくるとはな」

 矢で失敗したら、気を抜いたところで暗殺者が剣で襲いかかる。さらには吹き矢まで用意していた。

 魔術師相手に二段三段と重ねた周到なやり方は、そこそこ手慣れた暗殺の専門家の仕業だろう。

 真っ昼間の街中でとは思うが、標的であるルディが出歩く機会を狙うのであれば、仕方ないというところだろう。

 「ルディ」

 青ざめて身体を堅くしている教え子の肩に手を置けば、びくりと震えて自分を見上げてくる。

 「‥‥先生‥‥‥‥僕‥‥」

 騒然となった周囲に、ぽっかりと空いた空間。そこには血に塗れた男女の死体があった。どちらも首が半ばまで切断されかかっていて、即死であったことは一瞥しただけで明白だった。

 「殺された方が良かったか?」

 黙って首を横に振ったルディに、ブランはいっそ穏やかに言い聞かせた。

 「気にするなとは言わん。だが、死にたくなければ、納得することだ」

 完全な正当防衛であり、暗殺者は返り討ちにあっただけだ。

 自分とデューレイアが、よってたかって鍛え上げたルディである。

 こうなることがわかっていて、ブランは手を出さなかった。

 ブランならルディより先に対処することなど容易い。けれど、ルディが自ら身を護らなくては駄目なのだ。

 その結果、相手を殺すことになっても。

 躊躇えば、自分が死ぬのだ。殺さずに相手を無力化するなどというのは理想に過ぎない。殺さないなどという手加減をする余裕は、今のルディにはないのだ。

 ルディもまたわかっている。

 いつまでも護られる立場に甘んじていたくはない。

 だからこそ無理を押しての外出で、自ら対処できることを示した。

 「黒殿、ルディシアール殿はご無事か」

 護衛の騎士達は、離れた位置から見守っていたのが災いし、今になって慌てて動き出した。

 「向こうに射手が転がっているはずだ。確保しておけ」

 一応急所は外しておいたから、尋問に使えるだろうとブランは言ったが、捕縛に向かった騎士と兵士は、両肘から先と両足首をスッパリと切断された上で血止めに傷口を焼かれ、意識を刈り取られた射手を見つけて何とも言えない顔をした。

 行動を封じるためとはいえその容赦のなさに、教え子の命を狙った暗殺者に対するブランの怒りを感じ取ったのだ。

 「始末は任せて良いな」

 「はっ!承りました」

 あまり騒ぎを大きくするなとだけ言っておいて、ブランはルディを件の魔導具店へ連れ込んだ。

 「何か騒ぎがあったようですね」

 店員が、まさかその騒ぎの元とは知らずにブランに声をかけた。

 「どこかの馬鹿が暴れたんだろう」

 間違いではないことを答えておいて、ブランは奥にいるだろう気むずかし屋の店主のところへ向かった。

 なんだかんだといって、やはりここの店主もブランの顔見知りだった。

 「なんだ、まだくたばっておらなんだか」

 「ご挨拶だな、じいさん」

 「ワシと同じ爺に爺呼ばわりされたくないわ」

 そういえば、先生は六十四歳だったとルディはどこかさめた頭で思い出した。見かけも話し方も二十歳そこそこなだけに、すっかり頭から抜け落ちていた。

 「済まんが、少しこいつを休ませてやりたい」

 蒼白なルディの顔を見て、店主は顔を顰めると店員に椅子を持ってこさせた。

 「しばらくここへは人を入れんようにな」

 店員にこっちへ客を通すなと、商売を無視したことを指示しておいて、奥の部屋に向かって声をかける。

 「茶でも持ってこさせよう。お前さんじゃないぞ、そっちの坊主にだ」

 そう言いながら、ちゃんとブランの分も用意するあたりが、付き合いの長さを表していた。

 台の上に茶の入った杯を二つ置いて、店主も店の表側へ行くことで場を外してくれた。

 「あの、先生。僕は別になんとも」

 怪我をしたわけでもないし、少しショックだったけど、状況ははっきり認識している。もちろん自分のやったこともだ。

 自分でも不思議なくらい落ち着いていると感じていた。

 「その顔色でか。とにかく座れ」

 いわれたとおりに腰掛けて、ルディは首を傾げてブランを見上げた。

 「‥‥‥あの‥‥‥‥‥‥」

 何か言わなくてはと思い、ルディは言葉を探した。

 自分を見詰めるブランの紫の瞳に促されるように、ルディは言葉を紡ぐ。

 「あんなに簡単に人って殺せるんですね」

 過去に、マルドナークの魔術師に襲われた時にも、ルディは躊躇せず相手を殺すために魔法を撃った。たまたまその時は、琥珀の魔術師に防がれたけれど、状況的には同じだった。

 身を守ることと引き換えに、自分は簡単に人の命を奪えるのだ。その力がある。

 わかっていたはずだし、ちゃんと自覚してやったことだ。

 「怖いか?」

 問われてルディは不思議そうに首を傾げた。

 何が怖いのかわからない。

 だから首を横に振る。

 「お前、自分が平気だと思ってるだろう」

 魔法で人を殺した。

 それでも魔法が怖いなどと思わないから、事実だけがポツンとルディの中に傷となっている。

 「良く剣士が使う理屈に、剣を持つなら剣を向けられる覚悟をしろというのがある。敵を殺すなら、殺される覚悟をしておけ、どちらも文句を言うなということだな。お前も殺されたくないと思ったから、返り討ちにするしかなかった。正当防衛だ。誰もお前を責めないし、お前自身仕方なかったと理解している」

 人を殺すことが正しいなどとは決して言ってはいけないのに、殺すことを否定できない矛盾。無理矢理にでも納得するための理屈だ。

 「はい」

 だからやっかいなのだ。

 理屈で理解できているから、納得しているつもりになっている。

 これ程に冷静でいられるのは、事実だけがあって感情が追いついていないからだ。

 やらせた自分が言うのもなんだが、予想通りの反応に気が重くなる。

 もっと感情のやり場を探し、取り乱した方がマシだと思う。

 魔法を責められず、自身に力があることを怖がることもない。

 事実を感情が受け入れるための逃げる先がないから、こもってしまう。

 人を殺したのに、それで納得出来てしまえる自分に思い悩む。

 人を殺しても平然と冷静でいられる自分がおかしいと、そんな心のあり方をこそ責めている。そして、それに気づいていない。

 「だが、お前は自分を責めている。お前は魔法を責められないから、自分に原因を求めるしかないんだ。そこで間違えるな」

 自分を責めるなとは言わないが、逃げ道のないような責め方はさせられない。

 だからといって、なんといえば良いのかだ。

 ルディの心が決着を付けなくてはいけないことだ。

 わかっているが、見守るしかできない自分が歯痒いと、ブランは思うのだ。

 「でも僕は‥‥‥僕のやったこと、後悔していないです」

 後悔していないし、同じことがあれば、自分は身を護るために躊躇わず魔法で人を殺すだろう。

 身を護るため、生きるためだ。

 ルディはブランが自分を心配していることはわかるが、自分は大丈夫だと思っていて、それをどうすれば伝えられるのかわからなかった。

 だから、自分の気持ちを素直に言うだけだ。

 後悔はしていない。

 生きて、この人の側にいる。

 そのためにやったことなら、受け入れると。

 ブランもまた同じだった。

 全然大丈夫ではないのに平気なつもりでいる子供に、どう言ったら良いのか悩む。

 「俺はお前を死なせたくないから、身を護る術を与えた。俺はお前が無事ならそれで良い」

 掛け値無しの、ブランのそれが本音だった。

 結局、事実を与えるしかない。

 しかしそれで、ブランの言葉が、ストンとルディの中に入る。

 ルディの心が求めていたものだからだ。

 自分に魔法を与えてくれた人。

 ルディの裡で彼は魔法と等しい位置にある。

 他の誰でもない、その人が言ったからルディの心が応えた。

 認めて、受け入れる。

 それは一番欲しい言葉だった。

 「僕は死にたくないです」

 だから足掻く。

 苦しんでも、この人の傍らに立つための生を、絶対手放したりしない。

 「そうか」

 ブランの目が自分を見ているのに、何かがすっと取れた気がした。

 渡してくれた杯を、両手で受け取って口に運ぶ。

 丁度良い飲み頃の温度に冷めたお茶を飲めば、一杯全部飲んだところで、身体が温かくなった。

 そんなルディを見ながら、ブランも自分にも出された茶を飲み干す。

 まったく、襲ってくる奴が悪いに決まっている。

 当たり前だが、できることなら手を汚させたくなかったし、こんな風に教え子を傷つけ、苦しめたくなどないのだ。

 はっきり言って、襲撃を企てた奴、それに連なる輩に対し、ブランはかなり怒っている。

 「落ち着いたかな」

 しばらくして、店主が声をかけてきたときにはルディの顔色も大分良くなっていた。

 「済まなかったな」

 「お茶、ごちそうさまでした」

 立ち上がって、礼を言うルディに店主は相好を崩した。

 師匠と違って良い子だと、ルディの印象は店主の中でかなり良いものだった。

 「それで今日は何の用だ?お前さんに売る杖などないぞ」

 杖を使わない魔術師であるブランは、杖職人である彼の客ではないと言ってはばからない。

 「オレじゃない。コイツが魔導具の製作を依頼したいそうだ」

 客じゃないと言いながら、なんだかんだと、この店主とはブランが王都に来たとき以来の付き合いだ。

 店主本人は杖が専門だが、良い魔導具職人を何人も抱えている。

 ブランに言われて、一歩引いていたルディがお願いしますと進み出た。

 「なんだ坊主は、ワシの杖が気に食わんか」

 「いえ、違います。杖はちゃんと使ってます」

 魔石作りを始めるまで、半年以上ほこりを被って研究室の隅に転がされていたとは、とても言えなかった。

 「でも、僕のこと覚えて?」

 「あたりまえだ、まだ耄碌しとらんわ。あのクラスの杖は滅多に売らんからな」

 気むずかし屋の職人は、眼鏡にかなった者でないと、自分の杖は売らないのだ。ちなみにブランが死蔵している杖の一本は、この爺さんの作品だったりする。

 「もっとも、坊主は見栄えがいい。そこのもだが」

 一度会ったら忘れられないほどの美貌だ。それにリュレが杖を贈るほどの子供だ。それもあって覚えていると、店主は言った。

 「僕が欲しいのは指輪なんです。この魔石を付けたミスリル製の魔導具で」

 「杖代わりの魔法発動体にでもするつもりか」

 小さいがなかなか良い魔石だと、ルディが先程買った魔石を検分しながら店主は聞いた。だが杖にするには小さすぎる。坊主の魔力ではこの魔石では役不足だとも言う。

 「似たようなものですけど、魔法の維持に使う魔力を入れておくための魔導具なんです。なので、丈夫で安定して魔力を貯めておけるように作ってもらいたくて」

 「ふむ。基本は杖と同じ魔法発動体の設計で良いなら作ってやらんこともないが、維持に指輪とは何の魔法じゃ?」

 「えっと、空間収納魔法、です」

 「なんじゃと?」

 「基点と維持の補助に使います。それと、あの、魔法鞄って作れますか?それでこの魔導具も、これが設計図なんですけど、魔法鞄をもとにして書かれたものらしくて、実際に作られたことはないってことなんです」

 図書館で書き写した空間収納の魔導具の設計図を取り出して、ルディは頼み込んだ。

 「待て待て待て、こらそこの黒いの、この坊主は何を言っているのか説明してくれんか」

 夢中になると、何かがふっとんでしまう。今回のように、説明になっていないことを自覚していないように、魔法に関しては時に周りが見えていない悪癖を、ルディは十二分に発揮していた。

 「落ち着けルディ。それじゃ爺でなくてもわからんだろう。とりあえず爺はその紙をよく見てみろ」

 「うーむ、これはなんというか。魔法鞄をもとに書かれたと?」

 「つまり、それがコイツの注文品だ」

 「‥‥‥根本的な確認をしたいのだが、この坊主の注文したいのは空間収納の魔導具ということか?」

 「はい。あの、魔法は僕が入れますので、器を作って欲しいんです。魔導具は自分では作れないので」

 「最初からそう言え、馬鹿者が」

 「‥‥‥済みません。それで作ってもらえますか?」

 「ブラン、この坊主の言っているのはマジか?」

 「事実だ。コイツは空魔法を使える。ちなみにコイツの作る空魔法の魔石、魔導具はすべて王宮に納めることになっているからな。爺のところで頼むのは、コイツの個人用の例外だ」

 王宮も承知だと言うことを伝えておく。

 ルディの出した設計図をじっくりと見ながら、作れるかどうかを検討する。

 「ふむ。二つの魔石を使うか。となると、大きさとバランスが問題じゃが、芯はミスリルじゃの。型を起こす手間が‥‥‥」

 魔法発動体としての杖は、ある意味万能の魔法具である。杖の専門であるが、店主自身が優秀な魔導具職人だ。いろいろな魔導具の知識にも通じている。

 空魔法の魔導具の製作を、まさか依頼されるとは思ってもみなかったが、職人として純粋な興味もある。

 そして、希有な魔法の使い手であるという少年を見て、店主はブランに免じて依頼を受けることに決めた。

 「わかった。引き受けてやる。こんな馬鹿な代物、余所に持って行ったら気の毒すぎるわ」

 「ありがとうございます」

 「指輪はワシが作ってやろう。腕輪や指輪型の杖も作らんこともないからな。じゃが、こっちはウチの職人にやらせるが、型起こしからじゃ。少し高くなるぞ。魔法鞄もいるのか?」

 「はい。少し容量を大きく作るつもりですけど、入れ物自体は標準的な物でなんとかなるんじゃないかと。魔石は用意してます」

 「鞄は外注した方がよかろうな。作れそうなところに心当たりがある」

 魔法鞄は外注するが、指輪と、収納魔導具二つの製作を店主は請け負った。

 代金は概算を前払いして、当然加算があることも承知する。

 「できたら俺のところに届けてくれ。別に爺じゃなくてもいいぞ」

 「ワシが行くわ。ウチの職人を魔窟(あんなとこ)に行かせられるかい」

 実は店主は王都魔法学校の出身者だ。昔からある魔窟を知っているし、ブランがそこに引きこもってから、何度か訪ねたこともあった。

 魔法学校とも、魔導具の取り引きがあるため、学校にもよく出入りしているのだ。

 愉しそうに言い合う二人はともかく、なんとか魔導具の製作の目処も立って、ルディはほっと胸を撫で下ろした。

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