合格発表
合格発表の日、受験の受付をした場所に合格者の受験番号が書かれた板が掲げられ、その結果に一喜一憂する受験生とその保護者の姿が見られた。
落ちるとは思っていなかったものの、人混みをかき分け自身の番号を見つけたエルトリードは、込み上がった歓びにぐっと両手を握りしめガッツポーズを決めた。
後ろの幼馴染み達の番号も同時に確認する。
「おっし!受かった‥‥‥あれ?」
エルは見失った幼馴染みと、保護者であるフロアリュネの父親の姿を捜した。
受験生達でごった返す人混みの中、延々と探し回ったその姿を、合格者受付の長い列の中に見つけたエルトリードは息を切らして彼らの元へとたどり着いた。
「なんだよ、人が合格発表見に行っていたっていうのに」
あの混雑の中をと、押し合いへし合いしながら目当ての番号を探す人々の集まる一角を指さすエルトリードに、フロアリュネはあっさりと曰った。
「落ちてるわけないもの、わざわざあんなとこ行くなんてムダよムダ」
「‥‥‥おまっ‥‥その自信、羨ましいぜ」
「だって、三年前にルディやエルのお兄さんが受かっているし」
私たちは地元の学校や道場の先生達だって太鼓判を押してくれていたし、ルディは魔法ギルドの偉い人が大丈夫だって言ったんだから、落ちる理由がないとフローネはあっけらかんと言ってのけた。
「それに、エルが見に行ったなら、私達まであの人混みの中へ行くことないじゃない」
仰るとおりですと、エルトリードは大人しく列に加わった。
なにげに幼馴染みの力関係が見られる一幕だった。
そして並ぶこと数十分、何しろ新入生は例年千人程度を数えるのだ、ようやく手続きを終え、合格証を受け取った彼らは、宿に戻る前に買い物に行こうと盛り上がった。
「杖、杖買いに行きましょ」
率先してフロアリュネが翠の瞳を煌めかせ、呆れるくらい弾んだ明るい声で提案する。
「おー、まずは杖だよな」
諸手を挙げて賛成するエルトリードだが、それも無理はない。
魔法の媒介となる杖は、魔術師の象徴たる装備だ。魔法学校に受かったことで、その所持資格を得た新入生たちは、入学手続きを終えたその足で、憧れた杖を買いに走る。
杖は使い込んでいくうちに、流した魔力になじみ、その魔術師の専用の装備となるため、初心者用とはいえそこそこ良い物を求めるのが普通だった。
特に合格発表のあった日は、新入生が一斉に買い求めるために、早くしないと手頃なランクの物はかなり品薄になる傾向があるから、急いだ方が良いのだ。
「よう、エル!受かったんだな」
「当たり前だろ」
声をかけてきたのはエルトリードの兄であり、今度四年目の戦闘科迷宮探索者専門コースに進級することになったクロマ・シュタイド・レイスだ。
浮かれている様子から受かったと思い、明るく呼びかけてきた。もともと、弟が落ちることはないと思ってはいたものの、それでもほっとする。
明るい茶の髪と灰緑の瞳をした精悍な容貌のエルトリードによく似た雰囲気のクロマは、黒に近い灰色の髪と明るい青の瞳をしていた。
「まさかルディも受かったのか?」
エルトリード達の雰囲気があまりにも明るいため、まさか三人とも受かったのかと、聞きようによっては失礼な言い方をしたのは、クロマと同級でルディシアールの兄であるリュシュワールだった。
地元トゥルダスでも優秀だと評判だったエルトリードとフロアリュネと違い、家族で唯一まともな魔力のない弟が、ここの受験をすると、その経緯も手紙で知らされてはいたものの、とても受かるとは思ってもいなかったのだ。
トゥルダスでも指折りの魔石職人であるアルハー・シエロ。その父には一歩及ばないが、堅実な腕を持つ息子のルトワーノン、妻であるウィレットーラは風と水の魔術師で、結婚前は腕の良い迷宮探索者だった。
そしてルディシアールの兄リュシュワールと一つ年下の妹アリアルーナは共に将来を嘱望される魔力の持ち主であった。
その中で、唯一魔力をほとんど持たないと思われていたルディシアールの扱いは、家でどうしても浮いてしまうものだった。差別というつもりはなかったのだろうが、やはり様々な場面で表に出てしまうものだ。
「兄貴、オレ等今から杖買いに行くんだけど、良い店知らねぇ?」
エルが何となく空気を察して話題を振ったのに、クロマはそういえばと、過去の記憶を思い出して手を打った。
「杖か、そういやオレもやばかった。五件ばかりハシゴして何とか予算内で買えたっけな。三人分だし急いだ方が良い。ついて行ってやろうか」
親切心半分、面白がった野次馬気分半分で言ったクロマの言葉を遮って、どこかで聞いたような声が耳を打った。
「三人って、嘘だろルディが受かったって」
それに目を向ければ、試験に落ちたトゥルダスの同級生の男子が、わなわなと震えながらルディを指さしていた。
「こんな魔力無いヤツがなんで受かるんだ、おかしいだろ」
「そうね、うちの子より低い子が受かるなんて変だわ」
まるで、自分の子が落ちたのがルディのせいだと言わんばかりに取り乱す男の子の母親に、カチンときたフロアリュネが前に出た。
「ルディは治癒科の特待生よ。文句があるならあそこで聞いてくれば?」
まだまだ人の並んでいる受付を指して、フロアリュネは傲然と言い放った。
ひゅうーと、口笛を吹き鳴らし、クロマが弟を省みる。
「治癒科ってゆーと、オレの後輩かぁ‥‥‥って、特待生ってマジか?」
信じられないという気持ちは、クロマだけではなかった。ルディの兄、リュシュワールも、目を見張ったのに、エルが肯定した。
「受付でそう言われてた。寮費もタダで、返さなくて良い奨学金もつくって」
「そりゃすげぇ」
王都魔法学校、騎士養成校のどちらも入学金無しで授業料は元からタダだ。
騎士養成校は入学時点で王国軍へ仮入隊する形を取るため。魔法学校は魔術師の育成に力を入れる国の方針と、優秀な魔術師を求める魔法ギルドを始めとする各方面からの資金提供があるためだ。
だが、仮とはいえ兵士として生活面まで軍が面倒を見ている騎士学校と違い、魔法学校は授業料はタダでも生活費は必要になる。それが、奨学金まで付く特待生など、滅多にいないらしい。
それに思うところがあったのか、リュシュワールは些か渋い顔をしていた。
「ルディ、魔術師は実力だぞ」
結局、魔術師は実力の世界だと言いたかったのだろうが、このタイミングではリュシュワールの言葉は、別の意味に取られかねないものでもあった。
気まずい雰囲気を残したまま、時間に追い立てられてその場を後にしたフロアリュネは父親に宥めながらも、しばらくは怒りを周囲にまき散らしていた。
いつもは宥め役に回るエルトリードもそれに同調しているなか、当人たるルディシアールは割と平然として、王都の風景を興味深そうに見回していた。
「お前、もうちょっと怒れよ」
「そうよ、あれじゃまるでルディが悪いみたいじゃない」
「えっそうなのか?」
不正に合格したような言われ方をしたというのにすっかり憤慨したエルトリードとフロアリュネだったが、ルディは素直に言葉通りにとっていたらしい。つまり、兄に実力をつけろと激励されたと思っていたのだ。
別にルディが殊更ポジティヴな思考の持ち主というわけではなかったが、今は、幼いときから身近にあったのに憧れでしかなかった魔法に、手が届くようになった歓びが先に立った状態だった。
つまり、結構なところ浮かれていたので、改めて周囲の目を幼馴染みたちに知らされても、思いっきり流してしまったのだ。
加えて、周囲に驚かれるのも無理は無いと、ある意味達観していた。
「僕も自分が受かったなんて信じられないと思ったし、だって、二ヶ月前まで魔法学校を受験できるなんて思ってなかったから」
こと魔法に関する周囲の自分の評価が低いのは、ある意味慣れっこになってしまっていたのも一因だ。
「うーん、オレもリューは言い過ぎだと思ったからなぁ」
案内に付いてきたクロマが、弟を宥めながら言ったのに、傍観者に徹していたフロアリュネの父オルティエドも、複雑な顔をしていた。
家族ぐるみの付き合いであり魔法ギルド職員でもある彼は、シエロの家のことも、それから子どもたちに知らされていない事情も、ある程度承知していたので、心情的に口を挟むのを避けていたのだ。
「この店だ」
手に持った紙と看板を見合わせたオルティエドに習って、彼らは一軒の大きな魔法道具店の前で足を止めた。
そこは、王都でも有名な魔導具店で、当然杖も扱っていたが、総じて質の高い、つまりは上級品を置いている店であり、本来初級どころか入学前の子供の杖を求めにくるような店ではなかった。
「済みません、学校の入学受付でこちらに行くようにと言われたのですが」
出入り口近くに居た年若い男の店員に、オルティエドが持っていた受付で渡された紙を見せると、彼は店の一番奥まで案内し、店長を呼んだ。
「リュレ殿に話は聞いている。それで、ルディシアールってのはどいつだ?」
奥から出てきた小柄で厳つい顔をしたいかにも職人といった初老の男性は、ジロジロとルディを検分するように見てから、奥の棚から二本の杖を取り出し、台に置く。
丁寧に細工された杖は、どちらも飾り気は無いが一目で高級品とわかる処理をされ、立派な魔石が付いていた。
「ちょっとこれを持ってみろ。おっと待った、その腕輪を見せてくれ」
言われるままに手を伸ばしたルディの治療具を見とがめ、外された片方の腕輪を手に持つと、目を顰めちょっと待つように言う。
出した杖ではなく、別の一本を更に奥の棚から取り出して検分する。
「これくらいでないと無理か」
さっきのと同じくらいの短杖だが、今度のは本体が白銀で埋め込まれた魔石は見事な真紅をしていた。
「ちょっと魔力を込めてみろ」
腕輪をルディの腕に戻し、杖を手渡す。
ぶっきらぼうで命令口調なのは偏屈で腕の良い職人の特徴なのかもしれないが、祖父がそんな感じであるルディは気にせず、言われるままに恐る恐る魔力を杖に流してみた。
「なにをチビチビと‥‥‥もっと力を込めてみろと言いたいところだが、ここでぶっ放されても困りもんだ。こんなところだろう」
納得したように頷くと、彼は先に出した二本の杖を棚にしまった。
「あの、この杖は?」
「ミスリル製だ。この店でもかなり良い出来のヤツだが、その腕輪を使うようじゃ、このくらいのもんでないと追っつかん」
それから、店主は横から興味津々で杖を覗き込んでいるエルたちに目をやる。
「お前等も新入生か?なら、最初の杖はケチケチせず良いヤツを買え。上手く波長が合えば一生物になる。使いこなせなければ、無用の長物になるがな」
それから、その杖は持って行けというのに、ルディは慌てる。いくら何でもこんな高級品を買うのは予定に無かった。
「代金はいらん。リュレ殿に聞いていないのか?」
入学祝いを兼ねて、リュレが手配をしたと聞いて、なんでそこまでしてくれるのか首を傾げるが、店長側からは話は終了となっているようだ。
「遠慮無く貰っておけば良いだろう。あちらさんにしてみれば、大した出費でもないはずだ」
夫婦共にトゥルダスの魔法ギルド支局の職員であるフロアリュネの父オルティエドは、今回の受験に当たって支局長である伯父のロワン・グリエダ・マユラにも、特に名指しでルディの世話を頼まれているとのことだった。
「いいなぁルディ」
羨ましそうに白銀の杖を見る娘の視線は見なかったことにする。可愛い前途有望な娘とは言っても、流石にこれと比べられるだけの杖を買ってやるのは無理な話だった。
それでも、店員に相談しつつ、フローネに合ったそこそこの杖を買って与えるくらいには、娘には甘い父親だった。
魔法学校の入試合格証で、若干の割引をしてもらえたからかもしれない。入学後は生徒証で学割がきくのが、学園街の特徴だ。
「‥‥‥わりぃな、エル」
「あーいいって、ウチの家計は知ってるからさ」
無理は言わないというエルは、その後クロマの知り合いの店で、ごく一般的な初心者用の物よりちょっとだけ良い杖を買った。
翌日、娘達を学校の寮に入れて、オルティエドは一人でトゥルダスへの帰途に着いた。
「フローネちゃんは無事合格したそうで、よかったじゃないか。あの娘は優秀だからなぁ。それで、例のシエロのとこの坊主も合格したらしいな」
帰った翌日、トゥルダスのギルド支部に出勤したところで、早々に伯父のロワン支部長に声をかけられた。
「ああ、伯父貴にももう話が行っているのか」
「落ちたモークレンスの母親が、不正じゃないかと騒いでいたぞ。実際はどうなんだ?」
声を潜めたロワンにオルティエドは、それは言い掛かりだと首を振った。
「王都の本部に寄ってきた。わたしも特待生は行き過ぎじゃないかと思って、試験に立ち会った奴が居合わせたんで話を聞いたんだが、間違いなく実力らしい。なんでも、試験会場で回復魔法を使ってみせた受験生が居たそうだ。それが金のリュレ様絡みの銀髪の綺麗な子供だったとかで、そいつも覚えていたんだが、治癒魔法の適性検査の責任者が、その場で合格扱いにしたと言っていた」
受験生の特徴からも、それがルディシアールのことだというのは明らかだ。
「入学試験で回復魔法とは信じられん」
「そいつも目を疑ったそうだ。実際に傷を治したのを見て驚いたと。ああ、このことは口外は」
「分かってる。試験のことを漏らすのは、褒められたことじゃない」
教えてくれた王都本部の職員も、オルティエドが同じギルド職員で、ロワンの伝手があったから特別に話を聞かせてくれたのだから。
「しかし伯父貴、これはちょっと不味いことになるかもしれん」
オルティエドは心配そうな面持ちで、声を落とした。
「うん?」
「昨日、ルトワーノンにルディ君が治癒科の特待生になったことを言ったんだ。無論、試験の詳しいことは抜きで、間違いなく実力で合格したとだけ言っておいた。それはともかく、問題は治癒科だってことだ。ほら、治癒魔法が使えるとなると」
オルティエドの言いたいことが、それでロワンにも伝わったのだろう、難しい顔をして唸った。
「あそこの売りはアルハーの治癒魔石だからなぁ。なるほど」
水の魔術師の両親が火の魔術師であったり、水と風の魔術師の子が土の魔術師であるなど、魔術師の四大元素属性魔法の適性は、血統とは無関係であるというのが定説である。
そして、治癒魔法を含む四元素属性外の魔法も遺伝しない。シエロ家でも、治癒魔法が使えるのは主人のアルハーだけである。
今まで味噌っかす扱いをしていた次男でも、治癒魔法が使えるとなれば手のひらを返す扱いをしてもおかしくない。
「仕事場の改装で金も掛かっているし、今後の店のことを考えたんだろう。例の話は無かったことに出来ないかと、ルトワーノンがちょっとそんなことをな。もし、話が流れることになったら」
「儂の顔は潰れるが、無理も言えんし。わかった、少し上にも話をしておこう」
場合によっては、王都本部のギルド長に間に入ってもらえないかと、ロワンは考えた。