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外出許可

 手に持った紙に書かれた名前と、目の前の少年を見比べる。

 「外出、君が?」

 外出届を受付に出したルディに、事務所の男性は呆れたような顔をした。

 「街で買いたい物があって」

 「君に外出許可は出せない。欲しい物があればこちらで入手できるように手配しよう」

 「でも」

 「君には校内でも護衛が付いているくらいだ。君の外出には王宮の許可も必要になるが、『黒の魔法殺し』か『殲滅の紅焔』が付き添うくらいでないと、まず無理だと思ってくれ」

 きっぱりと言われて、ルディは肩を落とした。

 「わかりました」

 振り返った先に、良く見知った顔があった。あれから一度も話していない幼馴染みの少年から、目を反らしたのはルディだった。

 「あ‥‥ルディ‥」

 声をかけてきたエルを無視して、ルディは逃げるように駆けだして事務所を出て行く。

 エルは慌てて追いかけたものの、事務所を出たところにルディの姿はなかった。周りを見回しても気配がない。

 「あのバカ‥‥‥ったく、オレ等のこと避けまくりやがって」

 ルディは午前中の授業も、今週はほとんど出てきていない。別室で王宮魔導士立ち会いの上で、空魔法の魔導具を製作するための特別授業を受けているためだ。

 たまに教室に顔を見せても、授業の始まるギリギリだし、朝の食堂もだが、自分とフローネを近づけないように、ローレイが隣で巧みにガードしている。

 昼食は一年次の終わり頃から、魔窟で取るようになっていたし、この頃は夕食まで済ましているようだ。

 その後は大体寮の門限まで、空魔法の魔導具を製作するために、研究棟の一角に用意された工房兼研究室に籠もっている。

 そこは空魔法の魔導具があることもあり、常時警備の兵がいて、関係者以外は立ち入り禁止となっているため、生徒であるエルでも近づくことさえできないのだ。

 そういうわけで、エルもフローネもずっとルディとは口をきいていなかった。

 せっかく偶然顔を合わせたというのに逃げられてしまい、エルは悔しそうに舌打ちをした。

 「お願いします」

 「外出届かい。明後日の休みに、目的は買い物?」

 エルトリードが出した紙に目を落として、受付の男性はてきぱきと許可証を作成に掛かる。

 「はい。友人と」

 「おや、デートかい」

 一緒に出された外出届の名前が女の子であったので、受付の男性はついからかうような目を向けた。

 「違います。ただの幼馴染みで。‥‥‥あの、さっきのルディも外出届だしに来たんですか?」

 「ああ、ルディシアール・クリシスか。そういえば、君は彼とよく一緒に外出許可を取りに来てたね」

 何千人もいる生徒を覚えているわけではないが、ルディはその容姿と金の魔術師絡みの噂もあって早くから記憶していたし、一緒にいたエルも女性職員曰くの、なかなか将来有望な整った顔をしているので印象に残っていたのだ。

 「ちょっと喧嘩しちゃって。あの、外出が無理だって言ってましたけど」

 「心配しなくても君たちは大丈夫だよ。あの子に許可を出せないだけで」

 「空魔法のせいですか?ルディが外出ダメだっていうのは」

 知っているのなら話が早いと、男性はエルに二枚の許可証を渡しながら言った。

 「王宮から言われていてね。我が国に空魔法の使い手が出たのは百年振りだし、何かあったら大変だから仕方ない。はい、これもう一人の子に渡しておいて」

 「ありがとうございます」

 エルは受け取った許可証を、フローネに渡すために待ち合わせの食堂に向かった。

 「フローネ」

 「エル、外出許可証取ってきてくれた?」

 ついでに昼食を一緒に食べようと思って、食堂を待ち合わせ場所にしたのだが、その手前でこちらに来るフローネを見つけて走り寄った。

 「あのな、フローネ」

 ちょっと道から外れた木の陰にフローネを引っ張ってきて、エルはこそりと気になっていたことを尋ねる。

 「おまえさあ、明日の外出にルディ誘ってないよな」

 「誘えるわけないでしょ。口きいてないんだもん」

 怒ったように言うフローネに、エルは首をすくめた。

 「だよなぁ。さっき事務所でルディに会ったんだけど、逃げられちまった。ただアイツも外出許可取りに来てたから、まさかと思ってさ。許可でなかったらしいけど」

 「なにそれ?」

 「ルディのヤツ、何かあるといけないから外出禁止されてるって、しかも王宮命令だってゆーし。なんか大事になってねーか」

 「エルってば、わかってないのね。馬鹿?」

 魔法も武術もトップクラスで、頭も結構良いエルに、面と向かって馬鹿と言うのはフローネくらいだ。

 「あのね、スレイン先生の補講で言ってたよね。空魔法使えるのはルディいれて世界で三人しかいないって。でもって、エール=シオンでは百年くらい前に亡くなった人から出てないのよ」

 「それはさっき事務所で聞いた」

 「ならわかるでしょ。エルだって、魔法鞄や転移の魔石欲しいよね?」

 「当たり前だろ、そんな便利な物」

 「皆、欲しがるよね。それ作れるルディのことだって」

 「‥‥‥そりゃあ、アイツいれば幾つでも作れるってことだし」

 「他の国はどう思う?エール=シオンはルディのおかげで、空魔法の魔導具をいっぱい手に入れることができるんだよ。ユエやマルドナークの人じゃ作れない転移の魔石だって」

 スレイン先生も言っていたし、ローレイが具体的な使い方を幾つもあげていた。単純に考えても、空魔法の魔導具を得ることで、それだけエール=シオンが強くなると言うことだ。

 「そんなの面白くないに決まってる。うわっアイツすげヤバくねえか」

 ルディさえいなければと思った他国がどうするかなど、火を見るより明らかだ。

 「ヤバいに決まってるでしょ。空魔法を使う人は国に護られてるってスレイン先生言ってたよ。ルディにも護衛が付いてるって」

 馬鹿と言われても仕方ないと、エルはフローネの暴言を甘受する。

 「外出許可なんかでるわけないわ。アイツほんとに大丈夫か」

 本気でルディの身を心配しているエルに、フローネは合格と言う。これでも分からなかったら、ルディの心配をしないようなら、レイピアの錆にしてくれたところだ。そう思って彼女は自身の愛剣の柄に手を添えた。二年次の進級祝いに、父親が買い与えてくれた物だ。

 「あーくそっ、なんであんなこと言っちまったんだ、俺の馬鹿野郎!アイツ剣だって弱いし、人見知りするし、オレ等がいなくて一人で」

 「ローレイ君がいるよ」

 「ぬかせっ!侯爵家の三男だか、学年首席だかしらねーけど、オレ等はずっとアイツと一緒だったんだ。大事な友達だったんだ」

 あの時はルディに裏切られたと思って、凄く腹が立ったから、勢いで言ってしまったが、今はもう頭も冷めた。

 「だから、ルディはわたし達に絶交するって言わせたんだよ。危ないから」

 沈んだ声でフローネは自分の思いを口にする。

 あれから、ずっと落ち込んでいる自分のことを心配して、エルが気晴らしに外出して、買い物をしたり美味しい物食べようと誘ってくれたのは知っている。もちろんエル自身も、どこかで気分転換をしたかったのだろう。

 「わたしね、ずっと考えてたの。ルディのこと、わたしたちよく知ってるよね。ほんとならあんなこと言う子じゃないって、知ってるよね」

 エルは頷いた。冷静になった頭で考えれば、あの時のルディはおかしかった。もっと落ち着いていれば、ルディが本心で自分達にあんなこと言うはずないとわかったに違いない。

 「当たり前だ。考えてみれば、ローレイだって侯爵家なんて身分をひけらかすことしねー奴だし」

 あのタイミングでローレイが口を挟んできたのは、ルディの思惑にのって、自分達を幼馴染みから遠ざけるためだったのだ。カレーズ侯爵家の名を出したのは、周囲の者に対する影響力を考えてのことだろう。

 「お父さんに、ルディはもうわたし達とは身分が違うから付き合ったらダメだって言われたのは、ほんとはルディの側にいると危ないからだって気がついたの。わたし達ずっとルディのこと守ってきたよね。でも、ルディがわたし達を守ろうって思ったら、そのためには離れなきゃいけないなら、ルディきっと我慢しちゃうよ。ひとりぼっちでも平気な振りして」

 ポロポロ涙をこぼして泣きだしたフローネに、エルはごそごそとハンカチを探して差し出す。見た目と違って気が強くて、勝ち気なフローネが人前で泣くなんてずっとなかった。

 ルディが魔術師になりたがっていたのは知っている。でも、魔法と引き替えに全部なくしてしまった。家族も、友達も。

 ルディがそれで良くても、自分達が嫌だ。

 「ルディが足りないよ、エル。ルディと友達じゃないのやだ。大好きなんだもん。ずっとずっと大好きなんだもん」

 泣きじゃくるフローネを、エルはどうやって慰めたら良いか途方に暮れていた。

 今までなら、フローネの機嫌を取るためにルディを差し出していた。それが一番確実で手っ取り早かった。

 「どうしていねーんだよ、馬鹿。フローネ泣いてんだぞ。お前がフローネ泣かせてどうすんだ」

 できるなら謝って、怒って、引っ張ってきたい。でも、フローネの言ったことが本当だと、エルも思う。

 なら、ルディはどんな気持ちで自分達から離れたのか。

 「馬鹿野郎」

 一人で勝手に決めて、自分達の気持ちはどうなるんだと、腹が立つ。

 やっぱり認められるかと、エルは銀髪の幼馴染みを思い浮かべ、唇を噛んだ。




 ウロウロと迷子が二人。本来なら午後の授業を受けていなければならない時間であるが、入学当初のルディのように、エルとフローネは魔窟で迷子になっていた。

 「おい、本当にここかよ」

 「前にルディが魔窟の一番外れだって言っていたの」

 「だから、もっとしっかり調べようって」

 近くで響いた爆音に、エルはビクッと首をすくませた。

 「仕方ないじゃない。先生達だって魔窟のことなんか知らないっていうし、事務所でも教えてくれなかったんだから」

 どうしてもルディと話したいと思った二人は、一大決心をして授業をサボり、ブラン先生の研究室を訪ねようと魔窟に足を踏み入れたのだ。

 「そりゃあ、校内探検同好会の連中も、魔窟は危険地域だから近寄るなって言ってたけどさ」

 機密研究だの、禁断の魔法だの噂が一人歩きしている魔窟は、一般人立ち入り禁止区域だと言われ、関係者以外近寄る者はいなかった。最近では、それを裏付けるように派手な破壊音が鳴り響くようになり、余計に人の足を遠ざけていた。

 「貴方たち、今は授業中じゃないの?」

 迷子の二人を拾ったのは、ルディの時と同じくデューレイアだった。

 「自主勉強でって‥‥‥あっルディに剣を教えてるお姉さん!」

 魅惑的なボディを持つ美女デューレイアのことは、エルの記憶にしっかりと残っていた。

 「貴方、ルディの幼馴染みだったかしら?」

 「わたしもルディの幼馴染みです。わたしはフロアリュネ・マユラ。お願いします、ブラン先生の研究室の場所を教えて下さい」

 エルが言ったように、彼女がルディの剣の先生なら当然知っているはずだと、フローネはエルを押しのけてデューレイアに迫った。

 「わたしはデューレイア・イル・ヴェーア、そこの彼が言ったようにルディに剣を教えているわ。ブランの研究室ね、教えてあげても良いけど、行っても入れないわよ。あそこはブランが許した人しか入れない結界があるから。それに、貴方たちをルディに会わせることは出来ないわね」

 「ルディが会いたくないからですか?」

 校内で二人はルディに避けられていた。だから、実技授業中のルディを訪ねることにしたと、思い詰めたフローネの目を見て、逆にデューレイアは態度を硬化させた。

 「それもあるわ。それに、わたしもルディに近づく人間を選びたいの。空魔法の利益に預かろうっていう、さもしい人間も世の中には多いからね」

 「馬鹿にすんなっ!俺たちはそんなんじゃない」

 貴重な魔法の使い手としてのルディに近づこうという連中は、残念ながら非常に多い。だが、そんな連中と一緒にされてはたまらないと、エルは噛みついた。

 「そう?じゃあ聞くけど、ルディに会ってどうしたいの?」

 「俺たちは、その、ルディに謝りたくて」

 「必要ないわ」

 デューレイアは一蹴した。

 「あの子は貴方たちを切り捨てたの。凄く辛い思いをして決めたのに、今更それをムダにされたくはないわね」

 デューレイアのキツイ言葉に、押し黙ったエルとフローネ。彼女の言っていることは正しいとわかっていても、それがどうしても嫌だったから二人でここに来たのだ。

 二人の顔を見て、デューレイアにもそれがわかった。

 「納得したくない、か」

 会わせる気はないが、ついてきなさいとデューレイアは先に立って歩き始めた。

 「ごめんなさい、ちょっと通してくれる?」

 二人を連れたデューレイアが扉を叩いたのは、ブランの隣の研究室。件の回復薬の作成をしているリリータイアの研究室だった。

 「あら、デューレイアちゃん。実験台を連れてきてくれたのかしら?」

 目を輝かせてエルとフローネを見るブランより一つ年下の女性は、その手に薬草を握っていた。

 それは嬉しそうな声で、物騒なことを言われた二人は、揃って勢いよく首を横に振った。何か知らないが、非常に危険だと本能が告げていた。

 「それはまた今度ね。内緒で裏に抜けたいのよ」

 「良いけど、壁の外に出るなら気をつけなさいね。今日はまた派手にやっているわよ」

 「ありがとう。その辺の物に気をつけて。触っちゃ駄目よ」

 デューレイアに先導されて、二人は恐る恐る薬草や訳のわからない道具に溢れた部屋を通り抜ける。鼻に来る薬草のキツイ臭いもあって、全部が危険物に見えるのは気のせいだろうか。

 裏の戸をくぐり抜け、内壁と外壁の間を少し移動する。

 「確かこの辺に外に出る扉が、あったあった」

 二本ある頑丈な閂を外し、重厚な鉄の扉の取っ手に手をかけ、力を込めて引っ張った。

 「んーー使ってないから‥‥‥ほら、アンタ達も手伝う」

 重い扉を三人掛かりで引き、片側の扉を何とか体が通るくらいに開くことが出来た。

 「あまり壁から出ないでね、見つかるから。よーし、見える見える」

 「あの、ここって学校の外?」

 目の前に広がる荒野に、フローネは目を瞬かせた。

 「魔物とか危ないって」

 学校裏はそのまま大地の壁へと続く荒野であり、魔物が出るから学校の敷地からは出るなと言われていた。

 「大丈夫、最近じゃこの辺には魔物は近づかないから。アレのせいでね」

 魔物にも生存本能があるのか、危険地帯には近づいては来ない。魔物だって練習のついでに殺されたくはないだろう。

 エルたちの視線の先で、巨大な炎の竜が踊っていた。それも一体ではなく四体。

 「うわっ炎竜嵐の四本立ち」

 「嘘、凄い」

 思いっきり規格外の火の上級攻撃魔法を見て、フローネは目を丸くした。

 上級魔法の代表格である竜嵐には、エルもフローネもまだ手が届かない。

 最近ではルディが二年次最初の授業で、四属性全部の竜嵐を連続で撃つなどというとんでもないものを披露してくれたが、それも場所の制限から一本立ちで規模もそれほど大きなものではなかった。

 しかし、目の前の炎竜嵐は違う。一本の大きさが並外れている上に、四本立ちだ。王国軍の魔導士でも、こんなことができるなどと聞いたこともなかった。

 「よし、大分安定してきたな。次、水との二本をやってみろ」

 合格点をブランに与えられ、ルディは笑顔を浮かべたが、間髪を入れずに次の課題を出されて顔を引き締めた。

 一度炎竜嵐を収めて、同時に炎と水の柱を立ち上げる。適当な距離を置いて宙へと立ち上がった二種の巨大な竜は、とてつもない迫力だ。

 「バランスに気を付けろ」

 またとんでもないことをやらせていると、デューレイアは引きつった顔を隠せない。一種で四本立ちでも相当なのに、二種の属性を同時に発動だ。つくづく、異名持ちなんてのは、卵の時点でも十分人外だ。

 見ているだけでコワイそれは、はっきりいって彼女に口を挟めるレベルではないので、特に大規模魔法の授業は最近では顔を出していない。

 「あれ、まさかルディがやってるの?」

 ようやく気がついたフローネに、デューレイアが肯定すれば、エル共々二人は絶句して目を見張った。ルディの本気の魔法を目の当たりにして、身体が震える。

 「あんな感じだから、ここで個人授業してるのよ」

 あんな魔法、学校内で撃てるものじゃないと、ものすごく納得してしまう光景だった。

 「クラスの皆、これ見たら腰抜かすぞ」

 自分も腰が抜けかけているエルが言うのだから説得力がある。

 キュンと、耳に甲高い音が響いた。

 ブランが至近距離から撃った風刃をルディが魔力壁で弾いたのだ。

 「撃ち返してこい」

 「はい」

 風楯は既に展開させてあった。二本の竜を消し、ルディは複数の風刃を放つ。

 「今の不意打ちじゃないっ」

 遠目からでも何があったのか気がついたフローネが、思わずブランの行為を非難したのに、デューレイアはいつものことだと言う。

 「ルディの授業はいつも実戦形式よ。あのくらいの不意打ちは防いで当然」

 デューレイアは最初からの付き合いで、いい加減見慣れたが、外部の人間からみれば、あの男のやることは言語道断にも思えるだろう。

 「きゃあっ」

 口を押さえて悲鳴を上げるフローネの視線の先に、風楯を貫いたブランの風刃に脇腹を切られ膝を付いたルディの姿があった。体勢を崩したルディの正面に、容赦なくたたき込まれる火球を、ルディの風刃が切り裂き、張り直した風楯が炎を防ぐ。

 「酷い」

 「大丈夫よ。ちゃんと手加減しているわ。風刃だって抜けるのを見越して致命傷を避けているし、火球もわざわざ正面に撃っているのよ。ブランが本気でやったら、まだまだルディだって瞬殺よ」

 何しろ王国最強の剣である黒の魔法殺しだ。

 今の風刃は、並の魔導士なら数人がかりの全力攻撃でも平然と防ぐ、ルディの風楯を軽く切り裂く威力だ。技量も魔力もルディでは遠く及ばない。

 ルディの技量のギリギリを見極め、手加減するだけの実力がブランにはある。

 「ああいう授業をルディはずっと受けているの。わたしもルディに数え切れないくらい切りつけて、血を流させた。必要だから」

 身を護るための術を教え込むために。普通ならもう十分でも、彼らの生きる世界ではまだまだ甘い。

 「アイツ言わねぇから。授業がキツイって、朝起きれないくらいへばってるのは知ってたけど」

 実戦さながらの、あんな傷を負いながら訓練を受けていたなんて、全然知らなかった。

 自分達だって、授業で怪我をするなど珍しくも無い。二年次になって、ファルニア先生などにヘトヘトになるまで絞られてもきた。

 でも、今のルディの授業より厳しいとは言えないと思った。

 「泣き言は結構言っているわよ。でも、やめるとは言わせない。ルディが最初に選んだからね。魔術師になることを。なにがあっても魔法を捨てられないから。仕方ないわ、あの子はそういうふうに生まれついてしまったんだから」

 ルディは自分が凄く身勝手で酷い人間だと言っていた。大事な友達を怒らせて傷つけて、それでなくしてしまっても、魔術師であることを選んだ。

 「魔術師としてしか生きられない。生まれながらに定められ、魔法を選んで生きる人がいるわ」

 「それって」

 青ざめたエルにデューレイアは頷いた。

 「魔力が人の境界を超えれば、身体はそこで変化する。ずっと変わらない姿で、普通の人とは違う時を生きていくの。リュレ様、ブラン‥‥‥ルディもそうなるわ」

 強ばった表情をしたフローネは、その事実を噛みしめていた。

 本当は気がついていたけれど、受け入れることを拒絶して、ずっと目を背けてきたのだ。

 ルディが手の届かないところに行ってしまいそうで怖かった。ルディと一緒にいられる未来をなくすのが嫌だった。

 だけど、初めてフローネはそれを口にした。

 「ルディは異名持ちになるんだね?」

 「そうよ。だから言うわ、ルディのことは忘れてあげなさい。何故かはわかるわね、そのためにこれを貴方達に見せたのよ」

 否応のない圧倒的な力を認めさせるために。

 そして、ルディのおかれた立場をわからせるために。

 でも、デューレイアの言うことは、フローネには受け入れられることではなかった。受け入れられないからこそ、ここに来たのだ。

 「嫌っ!わたしは嫌、ルディのこと忘れるなんて絶対嫌っ」

 張り詰めた目を、挑むようにデューレイアにむけて、フローネは絞り出すように言った。

 「あの子の重荷になりたいの?」

 「俺たちは‥‥‥そりゃあ、まだ弱いけど、だけど」

 「そういうことじゃないの」

 デューレイアは必死でブランに食い下がるルディに視線を流した。

 「まともに戦ってルディに勝てる人はそういない。けど、それだけじゃないから、いざという時、護衛はわたしを含めてあの子の楯になる。王宮があの子を護ると決めたからね。わたしたちは王国の騎士だから、それはルディにも認めさせるわ」

 王国の守護者たることが、騎士たる自分の矜持であり存在意義だ。

 だからこそルディにも否やは言わせないし、無理にでも納得させる。

 「でも、貴方達にそんなことをさせるのを、ルディが許せると思う?」

 否と、エルもフローネも即座に首を横に振る。

 「貴方達が側にいれば、ルディは貴方達を護ろうとするでしょう。でも、それは貴方達がルディにとっての弱味であることを知らしめるわ。敵対する者が弱いところに付け込むのは、当然のことね」

 自分達が、ルディを危険にさらすと、はっきりと言われ、二人は冷たい固まりが胸の奥に沈んでいく気がした。

 残酷でも、それが事実だ。

 真っ直ぐにぶつけられた想いを受け止め、デューレイアは包むことない冷たい現実を突きつける。

 返す言葉もなく、ただぐっと歯を食いしばった少女の想いの真剣さがわかるから、デューレイアは惨くても事実だけをもって対峙するしかない。

 「フローネ」

 躊躇いながら声をかけたエルの顔を見て、フローネは身を翻した。

 「フローネ!」

 泣きそうな顔をして駆けだしたフローネをエルが追う。

 「扉、閉めるの手伝いなさいよ、まったく」

 文句を言いながら、重い鉄の扉を渾身の力を込めて押す。なかなか完全に閉まらない扉にうんうん唸っていると、壁を越えて風の奔流が押し寄せ、デューレイアの加勢をした。いきなり押されて閉まった扉の前で、デューレイアは大きく息を吐く。

 「お礼を言うべきかしらね」

 今のはブランの風だ。そこそこ距離はあったし、位置的にもルディからは死角になっていたから、対戦に精一杯で、こっちに気づく余裕はなかったはずだが、当然というかブランは気がついていたようだ。

 「それにしても‥‥‥ルディ、アンタ辛かったね」

 ルディの大事な幼馴染み達。こんなことがなければ、一生の友人でいられただろう。

 とても良い子達だと、真っ正面から向き合ってわかった。ルディは本当に彼等が好きで、彼等もルディを大切に思っている。

 いくら護るためとはいえ、ルディから彼等を奪う権利が自分達にあったのかとも思う。ここまでする必要があったのか、もっと他にやりようもなかっただろうかとも。

 今更、考えるべき事ではないと思いつつ、デューレイアは胸が痛んだ。

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