補講
教壇に立っているのはギュレイノスだ。実はこれは非常に珍しい。
狩人や傭兵といった経歴のある彼は、普段は実技指導しかやらないのだが、今日はクラウディウスがルディシアールの付き添いで、王宮魔導士との会議に出ているため、補欠を押しつけられたのだ。
「‥‥‥と、まあ美味い肉が食いたければ、きっちりと血抜きしろ。あと解体は素人が下手にやるな。価値が下がるどころか素材として使い物にならなくなる」
試験前なのに俺に座学をやらせるなよと、ギュレイノスは一応文句は言った。ゆえに自習してろと、優秀な連中には言っておいて、時間つぶしに狩りでの体験談などを披露していた。実はこれはこれで生徒に好評である。
「滅多に持ってる奴はいないが、魔法鞄はいいぞ。つっても、オレも狩りで使ってる奴は一度しか見たことないけどな。まあ、無い物ねだりしたってしょーがねぇからな。で、その場で処理することにしたわけだが」
「先生、質問」
普通の授業では半分ぼーっとしているナイルカリアスだが、こういうときには俄然目を輝かせて聞き入っている。
「ナイルカリアスか、なんだ」
「魔法鞄って空魔法の魔導具だから、ルディシアールの奴なら作れるってことですか?」
また微妙な質問をと、ギュレイノスは頭をかいた。
ルディシアールが空魔法を使えることが明らかになったおかげで、自分が向いていない座学にかり出されているのだ。別に秘密というわけではないが、ルディが空魔法を使うことは、学校としてはまだ公表していない。
「あー‥‥ルディシアールな。お前等そのこと」
「オレ、アイツになんたらって空魔法使われて、自分の拳骨食らっちまったから。サルーディ、あれなんつった?」
「オレに聞くな、火魔法バカ」
「つかえねぇ」
「んだと!」
「そこの二人、俺を無視して漫才やってるな」
ナイルカリアスに説明しろと言ったギュレイノスは、少しばかり後悔することになる。
「こう、オレの腕途中からなくなって、手がぬっと目の前に出てきたんだ」
伸ばした腕を肘から曲げて、拳を目の前に持ってくるという素振りを交えて、ナイルカリアスはその時のことを実演してみせた。
「‥‥‥また、アイツは非常識を」
いとも簡単にとんでもないことをやらかす問題児に、ギュレイノスは言葉もない。
「ルディシアールのことは、俺の口からは言えねぇ。魔法鞄っつーか、空魔法のことはスレイン先生かクラウディウス先生にでも聞いてくれ」
質問する相手を間違っていると、ギュレイノスは開き直る。間違った知識を教えるより、こういうことは向いている同僚に振ることを選んだのだ。
ということで、翌日スレインによる空魔法の補講が行われることになった。授業後であり自由参加であったが、ルディを除いた一組全員の顔が教室にあった。
それだけ空魔法への関心が強いと言うことだ。
「四大元素属性外魔法ですが、一番馴染みが深いのは治癒でしょう。使い手も比較的多くいます」
「多いですか?」
ネルフィルが首を傾げた。
治癒魔法の使い手は、単純に考えて魔術師の中で五十人に一人くらいだといわれている。
王都魔法学校だからこそ、一学年で四十人前後という治癒科生徒が集まるのであって、地方では一人の治癒士のいない町や村も珍しくないといわれているのだ。
「他の四属性外魔法の使い手が圧倒的に少ないと言った方が良いでしょう。治癒以外では光、闇、空といったものがあります。この三つについては、皆さんも一年次の定期テスト時に、呪文を唱えることで適性をみましたね」
「あー、そういえば詠唱させられたっけ」
エルが思い出したように言う。
「進級試験のときのあれか?」
あったあったと、試験期間中に実技試験への影響がない日を選んで、使えるかどうか試してみろと、見慣れない呪文を詠唱させられたと、サルーディの記憶の端にも引っかかっていた。
「皆さんは入学試験の時に治癒魔法の適性検査を受けましたね。治癒魔法の反応を計るための魔石と、治癒士による検査です。治癒魔法の使い手を見いだし、魔法教育の初期から適切な指導を行うためですが、実はこの検査を入学試験時に志願者全員に対しておこなっているのは王都魔法学校のみです。それは伝統的にこの学校が治癒士の育成に力を入れ、また使い手である指導者を多く抱えているからです」
毎年千人余りの入学者がいるという規模の試験で、それができるだけの人材が、王都魔法学校にはいるということだ。
なにしろ治癒魔法の才を持つ者は少なく、習得が難しいため、見込みのある者を一人でも多く見いだし早期から教育を施すことは重要であり、それにより、結果として貴重な治癒士を多く輩出できるという好循環にもなっている。
もちろん治癒魔法の恩恵は大きいため、王都魔法学校以外でも入学後に治癒魔法が使えるかどうかを調べるし、学校以外でも治癒施設や神殿なども、治癒魔法の使い手の発掘と教育を行ってはいる。
「しかし、治癒以外の四大元素属性外の魔法は非常に使い手が少ないため、その魔法が使えるか、自身で試すしかないのが実情です。もっとも、適性があれば多くは早くから自覚や兆候が出ていますので、定期試験時に光、闇、空の基礎的な魔法の詠唱を試してもらったのは、あくまで潜在的な能力者の発掘と、確認のためですね」
特異な属性については、能力開発の個人指導などが行われることになるが、王都魔法学校においてさえ、四属性外の適性者は珍しい。
光や闇魔法の適性者が、毎年一人いるかいないかくらいであり、空においてはエール=シオン国内で百年来出ていなかった。
ちなみにルディ達の年次には、光と闇の属性持ちがそれぞれ一人ずついるが、二人とも戦闘科ではなく、技術科を選択していた。
また、実はルディはこの詠唱の試しをやっていない。
スレインは触れなかったが、治癒科は四大元素属性魔法だけではなく治癒魔法の実技試験も行われるため、試験期間中にこれをやる機会を設けられないのだ。
そこで、試験期間の前後で実技授業中に行われるのだが、ルディは治癒科の実技授業に一度も参加しなかった。
それで問題にならなかったのは、スレインが言ったようにあくまで確認の意味でなされていることにすぎないからだ。
なにより、ルディの魔法指導はブランに一任されており、学校はリュレの介入も有り、彼については腫れ物に触る感じで扱っていたという経緯がある。
その裏で、リュレの手により封じられた空魔法は、ルディ本人にすら知らされず、故意に隠匿され、表にでないようにされていたのだ。
「ってことは、オレは使えねぇと。まあ、火魔法以外はどーでもいいけどよ」
まるっきり負け惜しみでないところが、ナイルカリアスが火魔法至上主義の火魔法バカといわれる所以だ。同時に、雷魔法命のサルーディも似たようなものである。
「さて、他に突然変異のようなもので、魔力そのものの特殊な使い手が現れることもあります。近年亡くなった紫の宝石姫や、我が国の黒の魔法殺しがその代表的な存在です。黒の魔法殺しは魔力そのものを消し去ることができると言われていますが、現在彼以外にその力を持っている魔術師は認められていません。いても、本人も知らないか隠していることも考えられますが、表に出る程の力を持つ者はいないと言っていいでしょう。逆に、他者の魔力を増幅する力を持つ存在は何人かいることが確認されています。いずれも、その力の大きさは自身の魔力次第だということです」
「いっそ異名持ちみたく人外ってくらい強けりゃ畏れられるで済むけど、中途半端に魔力消す力あっても嫌われるもんな」
「俺も、あっても絶対隠すだろうなぁ」
そんな力あっても人には言わないと、サルーディが言うのに、エルも同意する。
「逆に増幅は歓迎されるよね。わたし、父に魔法ギルドにその力持った人がいるって聞いたことあるよ」
だけどそれはそれで大変かもとフローネは言う。
「話がそれてしまいました。今日は空魔法についての補講でしたね」
前振りとしての、四属性外魔法についてはここまでとして、スレインは空魔法についての話に入った。
「現在、知られている空魔法の使い手は三人です。ユエ共和国のコカ・ラン・デテ学都参議員、マルドナーク皇国のユユレナ・ミーティ侯爵夫人、本校のルディシアール・クリシス。ルディシアール君については、学校から正式に公表されるまでは、人には言わないようにしてください」
「言っちゃいけないって、どうしてですか?」
フローネが手を上げて聞く。ルディが空魔法を使えることが表沙汰になったのは、彼女が父から聞いたそれを、食堂で口にしたからだ。
「今から話しますが、要は空魔法とその魔導具が貴重で価値のあるものだからです。いずれの国でも空魔法の使い手は、国によって護られています。ルディシアール君も王宮から護衛が派遣されていますが、まだその体制がきちんと整っていないのです。すでに彼が空魔法を使うことを知る者も結構いますが、体制が整うまではできるだけ広まらない方が良いことは確かです」
何しろルディシアールが空魔法を使えるようになったのは七日前であり、王宮に知らされたのが三日前だ。
「けどアイツに護衛なんているのか?」
ナイルカリアスの言うことももっともだと、サルーディも思う。
「だよな。下手すりゃ護衛の騎士より、アイツのが強くないか」
「皆さんの言いたいことはわかりますが、護衛というものは」
「先生。その先は宿題にしてください」
立ち上がって、ローレイがスレインの言葉を遮った。
「このクラスの多くが魔導騎士や魔導士となることを目標にしています。ルディ君の立場や、その護衛の意味を知ったうえで、騎士を目指すべきだと、僕は思います」
ルディに付けられる護衛が防ぐべきは外の敵だけではないし、同時に監視の役も担っている。また、彼等がいることで牽制としてルディの周囲の安全をもはかることになるのだ。彼等の存在は、いろいろな意味でまさに楯である。
そして、その護衛にあたる騎士や魔導士が、生徒達の目指すものだ。
理想だけでなく、現実を知るべきだとローレイは思う。
「おい、ローレイ。言うからにはお前は答わかってんだろ。お前だけ宿題になんねーじゃねぇか」
「僕は欲しいものができたからね。漠然とは考えていたけど、取りに行くと決めた。だから、それが僕の課題だ」
その出自のせいか、二年次生徒のなかで頭一つ以上飛び抜けた大人顔負けの思考を持つローレイに、サルーディは張り合うのも馬鹿らしいと、それ以上は追及しなかった。
優秀すぎるという意味で、彼もまた問題児であると言うべきかと感じつつ、スレインは講義に戻った。
「空魔法の魔法具で最も有名なものが、魔法鞄に代表される空間収納魔法を用いた魔法具です。これは亜空間に物を収納する魔法具で、一般的な魔法鞄で箱馬車一台程度の物が入ります。維持に必要とされる魔力との兼ね合いを考えた場合、効率の良い容量であるとされたからです。収納されている間は時間が経過しませんので、例えば狩りの獲物の場合、仕留めた時の状態が維持されます。また、生き物は収納できません」
「おお、すっげー便利。先生、魔法鞄っていくらくらいすんの?」
聞いたナイルカリアスは標準的な価格を聞いて、駄目だこれはと、肩を落とした。
「マルドナーク皇国は、国策として魔法鞄を国外に出していませんし、ユエで作られる物は一年に十個ほどと聞きます。そのため今までは過去に作られた物を使い回していましたからね。欲しくても、物自体がなかったのです。ただ、これからは少し事情が変わってくるでしょう」
「ルディシアール君が作れるからですか」
「ネルフィルさんの言うとおりです。皆さんも知っての通り、ルディシアール君の魔力は大きいですから、王宮のバックアップのもとで、かなりの数が作られるでしょう」
「やった。アイツ、クラスメイトの誼で一個譲ってくんねーかな」
「火魔法バカ。ルディシアールに喧嘩売ったお前が言うかよ」
サルーディにからかうように言われて、そういえばそうだったと、ナイルカリアスは大げさにガックリと頭を垂れてみせた。
「ルディシアール君の作る空魔法の魔導具は、すべて王宮に納めることになっているそうです。ルディシアール君が勝手に人に渡すことはできませんから、くれぐれも彼を困らせないでくださいね」
スレインは釘を刺すとともに、何故王宮に納めるのかその理由を説明する。
「マルドナーク皇国が魔法鞄を国外に出さないのは、製作数が少ないため、自国内の利益を優先させたのと、軍の運用に重要な道具であるからです。軍を動かすと言うことは、膨大な軍需物質を運搬するということでもあります。兵士の食料、装備だけでも相当な量になります」
ウェリンが立ち上がって自らの見解を口にした。
「わかりました。魔法鞄を使えば、それらを運ぶのがとても楽になりますわ」
その通りだと言い、スレインは他の空魔法の説明を進めた。
「転移魔法は自分あるいは人を離れた場所に、瞬間的に移動させる魔法です。目に見える範囲、あるいは過去に行ったことのある場所でなければ転移できないという制限があります。転移の魔石では本人か術者の触れている相手、一人のみを転移させられるとのことです」
「食堂でルディシアールが使ったの、僕見ました」
クリセルディアだけではなく、一組生徒のほとんどが丁度その場に居合わせたこともあり、ルディが転移を使ったのを見ていた。
伝え聞いて知っていたものの、改めてクラスメイト達から聞いて、スレインは今更ながら自重という言葉を知らない師弟に頭が痛い。
いや、多分わざと見せたのだろうとも思いつつ、それでももう少し抑えてくれと言いたい気になる。
「転移魔法が使える魔術師は、三百年ほど前の、当時存在したアルドグレイグ王国の宮廷魔術師以来出現していませんでした」
「へえ、それじゃルディシアールだけってことか」
サルーディの独り言のような言葉に、エルがますます表情を険しいものに変えた。
さっきクリセルディアが食堂でのことを言ったときに、反射的にあの時のルディの言動を思い出してしまったのだ。そのエルの横顔を、離れた席からフローネが見詰めている。
「三百年って、そこまでいねーのか」
「ナイルカリアス君、四属性魔法の中級上位から上級魔法が使えるのは、魔術師全体でどの位いるでしょう?」
スレインの問いかけに、ナイルカリアスはとっさに指を折る。
「ええっと、オレ等が入学した時、千人で、二年次に上がったのが半分。中級が、オレ等一組は全員使える。二組もいけるっけ。ってゆーか、三年次から専門課程に上がれる条件が、中級上位魔法が使えることだから‥‥‥」
ここで忘れてはならないのが、王都魔法学校が魔術師を輩出する第一級のエリート校だということだ。
在学するのは有数の魔力の持ち主ばかりである。
ナイルカリアスが魔法学校の自分達を基準にする時点で、すでに間違っているのだ。
「初級魔法が使える魔術師と比較して、上級魔法が使えるのは、一割もいません。中級上位でも、魔術師全体の二割に届かない位だったと思います」
ネルフィルが見かねて助け舟を出した。
「空魔法の使い手自体が希少な中で、中級上位の単独転移魔法が使える魔力を持つ魔術師が、どれほど稀かわかりますね」
ブンブンと、ナイルカリアスは首を縦に振った。
「ルディシアールの奴がとんでもねーのは、すっげわかりました。アイツ、上級魔法連発しやがるもんな」
二年次の最初の実技授業で、ルディが四属性すべての竜嵐を続けざまに披露した衝撃は、忘れようとしても無理だ。
火魔法は同年次の誰にも負けないとの自負と意地をもっているナイルカリアスをして、まだ手の届かない目標である炎竜嵐を、軽々と撃ってみせたルディシアール。あれは別格だというのに、異論はない。
「皆さんも知っての通り、基本的に魔石に封じられる魔法は中級までです。特に転移の魔石を作るには、最高品質の魔石が必要です。一度に一人しか転移できないという制限はありますが、間違いなく切り札となり得る魔導具でしょう」
「そりゃそうだよ。僕なら死地から脱出する手段に一つ持っておきたい」
気の弱いことを言うクリセルディアだが、本音としては当然な話だろう。
「脱出手段としてそれがあるのなら、斥候がかなり有利な条件で行えるだろうね」
クリセルディアの消極的な発言を否定せずに、補足応用する形で出されたローレイらしい意見に、成る程とクラスメイト達は納得と感心したような顔をしていた。
「転送も使いどころはいくらでもある。軍を先遣しておいて、拠点に補給物質を転送すれば良い。派兵するための準備時間も短縮できるし、拠点までは身軽な状態で行軍できれば、移動も速くできる。また情報のやりとりが瞬時に行えれば、どれだけ有利な立場に立てるか」
「はいはいはい、ローレイ閣下。ったく、オレ等とは頭のできが違うもんな。けど、空魔法の魔導具を王宮に納めるってのはよくわかった。その辺にホイホイ出回ったら、困るもんばっかだってのもな。悪いことにもいくらでも使えるもんな」
サルーディは茶化すように言ったが、空魔法の利便性と危険性はすごく良く納得できた。
「そうだよね。皆が欲しがる物ばかりだもの」
フローネは俯いたまま、ぽつりと呟いた。




