ミルド学院
学校と王宮と、それぞれの要求と事情をとりまとめた上で、明日改めて話し合いの場を設けることになった。
「先生、ありがとうございました」
「あれだけ言っておけば、王宮も少しは考えるだろう」
だが、あれだけ言ってもどこまで通じているのかという懸念は捨てきれないのが本当のところだ。
「ルディ、お前も譲れないところはしっかり主張しておけ」
「はい。でも」
自分が学校にいること自体を、王宮が快く思っていないのだと思うと、これ以上他のことを強く言えない気になってしまう。
「お前の作る魔導具の価値を奴らは知っている。それを楯に取るくらいで構わん」
ルディが彼等の望む魔導具を作れれば、文句は言わないと、ブランは言った。
実利に訴えるという手段は、師匠たるリュレに通じるものだ。
「そうでしょうか」
「無理を言ってくるかもしれんが、まずは依頼を果たしておくことだ。一度手にしてしまえば、失うことを恐れるようになる。それが彼等から譲歩を引き出す手札になる」
奴らを増長させないように加減しつつ、そのくらいの駆け引きはしてみせろと、ブランは教え子に課す。
「はい」
自信がなさそうなルディに、ブランは苦笑する。
「王宮がお前を取り込もうとするのは、なくしたくないからだ。その点での干渉は我慢せざるを得ないが、その分は別のところで払わせる」
このあたりの事情は隠すことなく伝えるつもりだった。
「今日のデューアの指導が休みなのはそのせいだ」
「デューア姉さん?」
「お前の警護に一枚噛むのに、王宮に行っている」
「僕の警護、ですか?」
今も護衛の兵が、学校内にいることは知っている。しかしルディには正直、鬱陶しいだけだ。
「警護という名の檻だな」
ズバリとブランは言い切った。言葉を飾っても仕方ない。
ルディも、顔を歪める。
「悪いがそこは我慢しろ。そのためにデューアが交渉を買って出たんだ」
デューレイアがわざわざ骨を折ってくれていると聞いて、申し訳ないとも思う。嫌だと言っても、駄目なのも理解できる。
「学校内なのに」
それでも文句の一つも言いたくなる。
「周囲に対する牽制にはなる。楯だと思って、無視しておけば良い」
彼等の後ろには王宮がいる。その存在が王宮の加護を知らしめるものとなるのだ。
「わかりました。それで僕が学校にいることを許してもらえるんですね」
「そういうことだが、お前は少し聞き分けが良すぎるぞ」
ブランはそう言うが、臆病なだけだと、ルディは心の中で思う。
この場所をなくしたくないから、物分かりが良い子を装うのだ。
ブランには知られているだろうけれど、それが本音だとルディは思っていた。
「さて。ルディ、今日はデューアがいないから、槌矛でも使ってみるか」
「えっ?」
一気にルディは青ざめた。
デューレイアの授業は厳しいが、それ以上にブランの指導は容赦がないのだ。
魔法抜きでの武器の組手で、血反吐を吐かされることもザラだ。文字通り気絶するまでやらされる。いや、簡単に意識を飛ばすことも許されない。
急遽自分用の消化の良さそうな昼食を考え、ついでに夕食も作り置きしておくことに決める。
デューレイアは剣か無手の組手だが、ブランの場合は、得物が剣とは限らない。
ブランは一通りの武器の扱い方をルディに仕込んでいる。大体は基礎の基礎、基本的な使い方だけだが、対処法を学ぶ意味もあった。
また、それらの武器を扱う者と組む羽目になったときに、扱いや特性を知るのと知らないのとでは大きく違う。
必要になる事態があるのかはともかく、知っておいて損はないという気持ちからである。
それにしても、魔術師のくせに各種武器の扱いに長けているブランは、つくづく尋常とは言えないのだが、そこは「先生だから」で疑問を覚えない教え子だった。
ユエ共和国のミルド学院は、エール=シオンのエリオン魔法学校と並ぶ有名な魔術師養成学校である。
そこでは現在二年生徒による模擬戦が行われていた。
短い白髪がワックスで逆立つように堅くコーティングされた髪型の、体格の良い少年が、銀の手甲をはめた右手を真上に、同じ手甲がはめられた左手を胸の前に構え、朗々とした声を張り上げていた。
「氷雪の理よ今こそ我が請願に応えよ
永劫たる凍土に眠れし氷竜の棺よ
贖罪の縛めを解き放ち
召喚者たる我が手に降臨せよ
出でよ〈氷牙連剣〉」
気持ちよく独特の呪文を詠唱する彼を、見学者である同級生達はいつものように生温かい目で見ていた。
「よくあんな呪文で、魔法が発動するよな」
「ああ。もう先生達も突っ込むの諦めたもんな」
そこかしこで呆れたのを通り越した声が聞こえるが、これもたまたま模擬戦というある意味イベントの最中だからだろう。
普段の授業では、もはや改めて口にする者は誰もいない。
天に振り上げた白髪の少年の右手、杖代わりの魔法発動体である魔導具の手甲から、氷の連結剣が刃となって現れる。
「我魔力を捧げ世界の理に請願す
火の元素を喚起するものなり
招請に応じ火精よ
灼熱の炎を立ち上げ壁を築け
〈炎壁〉
招請に応じ火精よ
猛き炎の槍となりて我が敵を撃て
〈炎槍〉」
対する真っ直ぐな銀に近い淡い金髪を背に流した少年は、顔を顰めながら早口だが正確な詠唱を行う。
同じ属性に限定されるが、詠唱の一部を重ねることで二つの魔法を連続で起動する詠唱方法を選択する。
威力は幾分落ちるが、時間的なロスを最低限にして、防御と攻撃の魔法を展開させることができるのだ。
対戦相手が水属性の氷魔法を得意とすることから、火魔法を選択する。
的に向かって飛んできた炎の槍を、氷の連結剣を振り抜き迎え撃つ。
「このくそっ」
炎と氷がぶつかり合い、轟音を立てる。氷の連結剣が派手に砕け散り、炎の槍が消滅した。
相打ちになったぶつかり合いだが、それで終わりではなかった。
白髪の少年がニヤリと笑って、その時には左手をアンダースローのように振り抜いていたのだ。
「ぶっ飛べ!氷竜斬っ」
左手の手甲に現れていた氷の剣が炎の壁に向かってぐんっと伸びる。
「〈断・氷剣〉」
連結剣を切り離し、投剣とする終息の呪文だ。
そのまま氷の剣は彼の手を離れて炎の壁にぶつかっていった。
「とどけっ」
「我魔力を捧げ世界の理に請願す
招請に応じ風精よ
鋭き刃となれ
〈風刃〉」
炎の壁の防御を期待し、いち早く次の詠唱に入った金髪の少年の目に、氷の剣が炎に激突するのが写った。だが、それは一本ではなく、直ぐ後ろにもう一本、小さな剣が後を追って突っ込んでいた。
一本目の氷の剣によって揺らいだ炎の壁を、二本目の剣が突破し的に当たる。
割るまではいかなかったが、木の的に突き刺さってひびが入る。
だが、金髪の少年の新たに作り出した風刃は、的を真っ二つに断ち切っていた。
「この勝負、引き分け」
先生の判定に、白髪の少年が不満の声を上げる。
「オレのが先に当たってるじゃねぇか」
「その代わり、君の的は真っ二つだ」
金髪の少年が、冷静に指摘する。その結果を見れば、自分の勝ちを主張しても良いと思っていた。
「そういうことだ。文句があるか、レーノン?」
「‥‥‥ねえよ」
悔しそうだが、審判役の教師の言に、レーノンと言われた白髪の少年は、それ以上はごねなかった。
「まあ、クリスティス様の勝ちで当然なのに」
「そうよね。それなのに、文句も言われないなんて、潔くていらっしゃるわ」
「クリスティス様、素敵」
見学の少女達が口々に賞賛の声を、淡い金髪の少年に向ける。
実力があり、貴公子そのものといった整った容姿のスマートな少年は、彼女たちにとってあこがれのアイドルのようなものだ。
「よう、残念だったな」
白髪の少年には、同級生達が気軽に声をかけて健闘をたたえた。
「くっそう、いけたと思ったのによ。気合いが足らなかったか」
「いやいや、良くやったよ」
パンパンと拍手する人物は、銀の巻き毛を揺らして歩み寄ってきた。
「バルのおじさん」
学都参議員であるム・バル・ノンカだ。レーノンの父は優秀な傭兵であり、彼を贔屓にして、旅の護衛を良く依頼している商人でもあるバルは、この少年を気に入っている。
学都にいるときには良くミルド学院を訪れるのだが、そのときには大抵レーノンの授業風景をのぞいていくのだ。
「ローナスの貴公子君を相手に引き分けるとは、大したものだよ」
「くっそ、もっと近づいて直接殴れれば」
距離をとった魔法攻撃に限られる模擬戦では、レーノンの言う近接戦闘は禁止されている。
実戦なら、そんなルールはないのだから、もどかしいより腹が立つ。
「魔法の速度と精度を鍛えるのは、実戦でも役立つよ。文句があるのはわかるけど、基礎を疎かにするのは感心できないね」
バルに諭され、レーノンはそこは素直に頷いておく。
「次は負けねぇ。氷原の魔剣士の名にかけて」
ガッツだと、右手を握りしめてレーノンは良く響く声で言った。
ちなみに「氷原の魔剣士」は自称である。将来は超有名な傭兵となり、その二つ名を名乗る予定だ。さらにいえば、髪が白いのは脱色しているからだ。よくよく見れば、わずかに茶色の地毛の名残がある。
なんというか、いろいろな意味で痛い少年だが、見ていて妙にツボにはまってしまい楽しいので、バルはレーノンを気に入っていた。
特に今は心の清涼剤になる。
「ノンカ議員、いらっしゃっていたのですか」
既知の教師が、バルを見て挨拶をしてくるのに、社交的な笑顔を返す。
「お邪魔しているよ。明日から、カリエナ方面へ出かけることにしてね。その前に授業を見学したくなってね」
まったく、怖くて学都になどいられたものではないというのが、バルの本音だ。
よりにもよって空の異名持ちだ。何故そんなものが出てくると、聞いた時にはバルはゾッとした。
友人の怒り狂う様を想像してだ。
金の魔術師の手の内を暴いた気になっていたところで、とんでもない隠し札が出てきた。してやられたそれだけでも恐ろしいのに、三人目の空魔法の使い手の出現だ。
学都の議会からは、その真偽を問い合わせる声が、ランと親しい自分にまでひっきりなしに届いている。
エール=シオンの王宮で彼の少年が披露目られたその日に、コカ・ラン・デテはその事実をユエ共和国の首脳陣へ伝えた。昨日のことだ。
金の魔術師の養子として、がっちりと身柄をエール=シオンに握られた今になるまで、何故彼の少年が空属性を持っていることを掴めなかったのかという声が、当然のように上がったという。ましてランがその情報を知っていて隠蔽していたのではないかという疑いまであると聞き、バルは即座にあり得ないと断言した。
断言すると同時に恐怖した。
あのプライドの高い友人が、まんまと金の魔術師の手にはまり、その事実を掴み得なかったのだ。
下手に学都にいれば、ランと親しい自分に、国やら議会やらがその件でいろいろ骨を折れと言ってくるおそれがある。冗談ではない。
ランが落ち着く頃まで、バルは学都をあけることを即座に決意した。今日は朝から準備と称して家を出て、うるさそうな筋とはわざと連絡を取りにくくしている。そして、このまま家には戻らず、明日の早朝にはカリエナ王国へ商談の旅に出ることになっていた。
幸い、それ自体は前から決まっていたので、急遽予定を前倒ししたのだ。
そういえば、今レーノンの相手をしたローナスの貴公子こと、クリスティス・レミンは四属性持ちとして、バルのチェックに引っかかっていた。
同じ世代に異名持ちが複数出る可能性も皆無ではないが、取りあえずそれどころではない。
今の問題はエール=シオンの銀の少年である。
その時、バルを見つけてほっとした顔をしたミルド学院の職員が、ばたばたと駆け寄ってきた。
「ノンカ議員、こちらにいらっしゃったのですか。デテ議員から先程使者が参りまして、貴方が学院を訪ねてきたら、出発前にご自宅を訪ねるようにとの伝言を承りました」
どうやらお見通しであった友人の慧眼に、バルは苦い顔を隠そうともせずに天を仰いだ。




