王宮魔導士
ブランに自習をしていろと言われたルディは、一度寮に戻って練習着から着替えをした。制服は空間収納魔法でしまってあったが、着替えないまま帰ってきたのだ。
それと、荒地から研究室へ戻る際に、一度水を出して顔を洗ったが、もう一度念入りに洗顔を済ませる。
自分でもひどい顔をしていただろうと思う。
図書館にでも行こうかと思い、ルディは部屋を出た。
空魔法について、図書館の蔵書で調べるのも良いかもしれない。
今は魔法のことで頭をいっぱいにしておきたかった。逃避行為だとわかっているが、そうでないとどんどん落ち込んで、暗くなってしまいそうな気がしたからだ。
今はどの学年も基本的に授業中であるため、図書館は貸し切り状態に近い。司書に教えてもらった数冊の本を書棚から取り出して、片っ端から閲覧机で開く。
「んー‥‥‥この本はイマイチ」
なかなか手元にあるリュレの二冊の本より詳しい内容が載っているものはない。
空魔法の使い手が極端に少ないこともあって、実用的な内容より、すでにある魔法鞄の使用方法の考察など、魔導具の紹介などに限られたものがほとんどだった。
リュレの本に載っていた呪文でさえ、実は四元素属性魔法や治癒魔法ほど洗練されていなかったため、転移魔法の呪文もルディは構成から逆に解析して、無駄を削り落とす等微妙に手を加えていたくらいだ。できあがった詠唱による魔石封呪に特化した構成は杖に待機させた状態で、ブランに歪みや無理がないか精査してもらった。
空魔法の資質がなくても、魔法の構成を読むことに関して、ブラン以上の眼を持つ者はいないと言って良い。
その結果、ブランが視て記憶していた過去の転移石より、安定しているとのお墨付きをもらっていた。
ルディシアールの才と結びついた空魔法は、それを後押しする非常識の存在が拍車をかけて、常識の坂を駆け下りているようなものだ。
そのくらい常識外の空魔法の使い手に参考になる本は、王都魔法学校の図書館であっても、充実しているとは言い難かった。
それでも広げられた本の中には、興味を引くものもないではない。
本に載っている魔導具は、すべてが実際に存在している物とは限らず、中には構想だけの例もある。何しろ空は使い手が絶対的に少ない属性だ。設計はされたが、実際に作ることのできなかった魔導具を、幾つか載せている本もあった。
面白いが実際に使ってみないと、検証もできず机上の空論で終わっているのが残念なところだ。
だがその中の一つに、ルディは目をとめた。
空間魔法、魔法鞄についての専門書であったが、参考として鞄以外の魔導具の設計書が載っていたのだ。
鞄の形は扱い易く、万人に認識されているという利点があり、機能や使い勝手が工夫され、現在の基本形ができあがっているという。
だが、必ずしも鞄や箱の収納具の形を模していなくても良いのだ。
使い方にコツと維持の魔力が多めに必要だというが、それをクリアできれば問題ないだろう。
持っている魔力は規格外だが、魔導具に関しては実利優先という現実的なところがあるルディだ。その彼が、魔導具自体は何処かで作ってもらえば実現可能だと思い、これは試してみようと思った。
その本は禁帯出というわけでもなかったが、この場で写していけば済むと、紙とペンを取り出し、ルディはそのページを書き写していく。
その後も、何冊かの本を見てみたが、あまり参考になるものはなかった。
「空魔法の魔導具の本ね?」
ベテランの司書である女性は、眼鏡をかけ直しながら蔵書目録に目を通す。
「はい。できれば作り方の載っているものが良いんですけど」
「空魔法はね、使える人が滅多にいないから、オリジナルの魔導具の本はあまり出回っていないのよ。あっても古書で稀少本の指定になってるわ」
そういって、目録を見せてくれた。
「これは持っています。こっちの二冊は申請すれば見ることはできますか?」
「学校長の許可がいるから直ぐには無理だけど、申請してみる?」
「はい。それと、ここ以外に空魔法の本がありそうなところっていうと、どこでしょうか?」
王都魔法学校では魔法の研究も行われているから、ここと同等、あるいはここ以上の蔵書を備えた図書館など王都には二カ所しかない。当然彼女もそれを口にした。
「王宮図書館か魔法ギルドくらいかしらね」
「それ、普通じゃ入れないとこですよね」
「貴方なら、金の魔術師様にお願いしてみれば?」
ルディが金の魔術師のお気に入りというのは、学校内では有名な話だ。それを知っていた司書は、揶揄する気持ちもあってそんなことを言った。
この時点では、ルディがリュレの養子になったことをまだ知らなかったためだ。
実際に、ルディはリュレに頼もうかと考えたものの、結局その必要はなくなった。
翌日はいつものように授業に出席したのだが、一時限目の授業が終わる前に、ルディは校長室に呼び出されたのだ。
クラウディウスに付き添われて校長室に通されたルディは、そこにいた人物を見て微かに顔を緊張で引きつらせた。
校長と差し向かいで応接机に座っていたのは、過日会った王宮魔導士長であった。
老魔導士は挨拶もそこそこに、助手らしき人物に指示をして、机に三つの箱を置く。
老魔導士長の顔を見たときに感じた嫌な予感は、見覚えのある箱を前にして確信に変わった。
「早速じゃが魔石は用意したゆえ、転移魔法の封呪を頼みたい」
「これ、全部ですか?」
分かってはいたが、それでも聞かずにはいられない。
「取りあえず三十個じゃ。やってくれるか」
拒否権はあってないものだ。それを承知で依頼してくる老魔導士長に、これから先を思って、ルディは気が重くなる。
絶対これでは済まない。なにしろ「取りあえず」と、宣告しているのだ。
「ルディシアール君、実は儂も転移の魔石を作るところを見てみたい。ここでやってもらえるか」
式典などで話を聞くほかには、リュレと同席したときに、二三度顔を合わせただけの学校長が笑顔を浮かべて要請してくるというおまけ付きだ。
リュレ曰く、あれも十分狸だという、くせ者特有の笑顔だった。
「わかりました」
基本、こういう連中に文句を言っても無駄だ。対抗できるほど、ルディは場数を踏んではいない。
さっさと観念して、ルディは杖を取り出した。
付き添ってくれているクラウディウスだけが、かろうじて気の毒そうな顔をしているものの、その中に抑えきれない好奇心も見え隠れしているのは仕方のないところだろう。
「魔石を箱から出すのも面倒ですから、このままでいいです」
そう言って、杖の先を順に魔石につける。
ある意味開き直ったルディは、彼なりのマイペースを取り戻していた。というか、魔法に関しては、所詮ブランの教え子だ。
「一つ、二つ、三つ、四つ‥‥‥」
ゆっくりと数を数えながら、一箱十個の魔石に杖を触れさせたところで、老魔導士長が慌てて箱を取り上げ、目を近づけて魔石を凝視した。
彼は魔力こそそれほど高いとは言えないレベルではあるが、経験豊富ないわゆる巧い魔術師であり、魔法や魔導具を視る目は極めて高い。
評価という技能ゆえに、王宮魔導士長の職にあると言っても良いのだ。
しっかりと封呪がなされた魔石に、箱を持つ手が硬直している。
「え‥詠唱は‥」
「王宮で十個も作らせてもらいましたから、要領は掴めました。杖もなしでいけますけど、高い魔石ですから念のため」
例によって常識破りの発言をするルディに、耐性のない老魔導士長等が呆然としているのに、クラウディウスが同情の目を向ける。
魔法に関する異名持ちとその卵の師弟の非常識さは、まともに対応していたら精神が再起不能になりかねない代物だ。
慣れと流す耐性を身につける以外に対処のしようがないと、教師陣は認識していた。
「過日の魔石は検証させた。王宮に伝わる魔石と比較して申し分ない、いや安定性と魔力においては勝るとも劣らぬできであるとの結果がでておる。それらと同等の品質の物を、このようにいとも容易く作れるとは信じられん」
「そう言われても、その、ご不満でしたら別に無理に作らなくても」
できた魔石の品質に問題があるならともかく、それはないと自信を持っているだけに、作り方に文句を言われても困るとしか、ルディとしては言いようがない。
この数に、いちいち詠唱するなどという面倒なことを、やっていられるかというのが本音だ。
「何を言うか。いや、疑うわけではないぞ。ただ、少々年寄りには刺激が強すぎるというか‥‥‥これだから異名持ちは‥のう‥‥」
引きつった顔に、眼つきが少しばかりいっちゃった方向に色を変えている。
「あの、僕は異名持ちじゃありませんけど‥‥‥」
大丈夫だろうか、この人と、ルディは王宮で泡を吹かんばかりに興奮していたのを思い出して、老人の身体を心配してしまった。
老魔導士長の寿命を縮めかねない原因が自分であると、自覚していないあたり、ルディも通常営業だった。
「まだ‥‥‥のう‥‥これで‥‥‥」
やれやれと、魔導士長が困ったように首を振って、なんとも痛いものを見るような目をルディに注いだ。
とはいえ、老魔導士長もだてに長年リュレとの付き合いがあるわけではない。一応、異名持ちの非常識への耐性は皆無というわけでもないのだとばかりに、興奮の波が引いた後には、居直った年寄りの強かさを如実に体現してくれた。
開き直った老人の目は、これ以上ないくらいしっかりと据わっている。
「残り二十個じゃ。ささっ」
ずいっと、魔石の箱をルディの前に押しやる老人の眼光の迫力に、精神的に半歩引きかけ、気を取り直す。
「それじゃ、えっと。十一、十二‥‥‥」
二十個目で少し息をついて、ルディは残り十個だと自身を励ます。
傍目には簡単そうに見えるが、それなりに気を遣い、魔力も消費しているのだ。
普段から集中力をブランの授業で鍛えられているため、こんな無茶なことができるのであって、決して見た目ほど楽にやっているわけではない。
「‥‥‥二十九、三十。‥‥‥終わったぁ」
思わず床に座り込むくらいには、一気に三十個の転移魔法の封呪は、ルディでも負担が大きいものだった。
魔石の封呪より自分で転移魔法を使う方が、余程楽なものだとつくづく思う。
一方、三十個の魔石をこの短時間で作りきったことに、魔導士長達は感嘆を通り越して、実は度肝を抜かれていた。
魔石を預けておいて、後日完成品を受け取りにくる算段だったのに、まさかの一気である。
これならばなるほど、この少年がいずれ異名持ちに成長するのを、至極納得できるというものだ。
「大丈夫か」
唯一人、クラウディウスが気を遣い、ルディを心配して、手を差し出す。
「はい。ありがとうございます」
疲労も大きいが、それ以上に気が抜けただけだと、ルディはクラウディウスの手を借り、気合いを入れて立ち上がった。
その時、コンコンと校長室のドアがノックされた。
「ん、誰だね?」
実は現在校長室の前には、王宮から派遣された警護の騎士と兵士がいる。だから、関係者以外は取り次がないはずだ。
不審人物ではない、はずである。
「ワタシを置いていくなんて、酷いじゃないですか」
開いたドアから、王宮魔導士の制服である褐色のローブを着た多分、女性であろう人物が、ものすごい表情で魔導士長を睨みつけながら入ってきた。
短い薄茶の縮れ毛は不揃いに跳ねまくり、ローブの下は実は男性物のシャツとズボン、声も低い掠れたアルトだ。背が高く、肩幅も広いが、唯一、ゆったりとしたローブを着ていても存在を主張する盛り上がった胸が女性であることを表している。年の頃はおそらく三十後半か四十歳程度だと推察できる。
「ケイテス君、どうしてここに」
「決まっているじゃないですか。魔導士長が空魔法を使う少年に会いに行くと聞いて、サエリエーダ主任を締め上げて、行き先を聞き出したんです」
締め上げたとは、随分物騒な言い方だ。
「それで、空魔法を使うというのはこの子ですか」
ギラギラした尋常ではない目で射竦められ、ルディは無意識に後退っていた。
本能が、これはヤバイ人だと、思いっきり警告を発している。
非常な身の危険を感じ、いっそここからブランの研究室へ転移しようかと思ったくらいだ。
そのルディの前に身体を割り込ませ、庇う位置に立ったのはクラウディウスだった。
「なんだね、君は。うちの生徒をどうしようというのかね」
ブランですら一目置く、堅物かつ教師の鑑というクラウディウスだ。後ろにルディを庇い、尋常ではない人物を前に一歩も引かずに睨み付けた。
「邪魔だ。その子をこっちに寄越せ」
「馬鹿なことを言うな。誰ともしれぬ者に、生徒を引き渡せるものか。ルディシアール君、研究室へ行きなさい」
クラウディウスもルディの身の危険をひしひしと感じ、とっさに独断で取りあえずこの場から逃がすことを決めた。後で何を言われようと、ルディの身に何かあるよりマシだ。
「はい」
正直、助かったと、ルディは思った。
逃げる手段に転移を躊躇することなく使うくらいには、余裕がなかったのだ。
クラウディウスの言に従って、ルディは即座にこの世で一番安全な場所へと跳ぶ。それが、この場に及ぼす影響を考慮しなかったのは、この際仕方ないだろう。
空気が固まった。
唐突に目の前から消えた少年に、そこにいた一同は目を見張り、そして次の瞬間、歓声ではあるが狂気を大きく含んだ声が、校長室に響き渡る。
「転移!‥‥‥はははっ転移だ。初めて見たぞ!本物だっ」
魔導士長がケイテスと呼んだ女性は、奇声を上げ、両腕を大きく広げて手を打ち鳴らした。




