絶交
珍しく随分早くに起き出してきたルームメイトに、ローレイは素直に意外なものを見る目を向けた。
「どうしたんだい、こんなに早く」
「うん、何か目がさえちゃってあんまり眠れなかったんだ。ローレイ君も昨日は凄く遅かったよね」
昨日の王宮での出来事と帰りの馬車の中でリュレに言われたことを、ルディはベッドの中で繰り返し思い出していた。
門限を越えて随分遅くにローレイが部屋に戻って来た時も、ルディは実は眠っていなかった。何となく声をかけるのが躊躇われて、寝たふりを通してしまったのだ。
その後も、ようやく訪れた眠りは浅く、短時間ですぐ目を覚ますことを繰り返し、ほとんど眠れないままに朝を迎えた。
「ああ、実家から突然呼び出されてね」
外出の予定はなかったのに、夕方にカレーズ家から迎えが来て帰宅していたのだという。
「父に、君のことを頼まれた。昨日、王宮で父に会ったんだろう?」
「‥‥う‥うん」
ローレイの父は、確かに武人といった堅い雰囲気はあったが、人当たりの良い見た目は優しそうな感じの人なのに、ルディは何故か彼が怖かった。
その大きな要因の一つは、ルディがリュレの影響下にあったからだった。緊張で昂ぶっていた神経が鋭敏になって、その場にいた最も近しく大きな魔力の主であるリュレの警戒心が、そんな感覚となって伝わったためだ。
あるいはわざとリュレはそういった形で、ルディに知らせたのかもしれなかった。
魔力に対する本能的な感覚が高まっていた状態で、自分に向けられた様々な感情と相対することは、ルディを酷く消耗させた。
警戒心や様々な欲をはらんだ思惑に満ちた、強い視線の数々。あれがこれから自分に向けられる目だと、リュレは言った。
すべての人がそうではないだろう。けれど、国を動かす大きな力が絡む中で、それらと無関係ではいられない力を、自分が持ってしまったことを、ルディは否応なく思い知らされた。
「あの、ローレイ君は僕のこと」
「父、いや軍務卿カレーズ侯爵から君の身の安全に注視するよう命令された。有り体に言えば、ルームメイトの位置で君の安全を図りつつ監視しろということだ」
「監視?」
思いがけない物騒な言葉が出てきたのに、ルディは首を傾げる。
ローレイは少しばつの悪そうな顔をして説明をする。自分と違って一般人として育ったルディには、わかりにくいだろうと思ったのだ。
「友人の誼で先に言っておこうと思ったんだ。何しろ僕にも君にも拒否権は与えられていないからね。僕は君の、空魔法の使い手の動向を軍務卿に報告しなくてはならない」
ただでさえルームメイトに監視されてるとあってはいい気分ではないのに、後から知ったら更に気分を害するだろうからという、ローレイなりの気遣いだった。
もっとも、一番大きな理由はこちらから知らせることで、ルディの悪感情を和らげることを狙ったのである。
「そっか、ローレイ君はカレーズ侯爵様の息子だもんね」
「意外だな。もっと嫌がられるかと思った」
「そりゃあ良い気分はしないけど、仕方ないかなって。リュレ様がいなかったら、僕きっと昨日王宮から帰して貰えなかったから、そのくらいは我慢するしかないかなって思うし」
露骨に言ったのは老魔導士長だったが、ルディが学校に戻ることに好意的でない雰囲気は嫌でも伝わった。
「聞き分けが良くて助かるよ。でも」
「なに?」
「多分僕の監視くらいじゃ済まない。いろいろ不自由なことになるとは思うよ」
すでに兆候はある。その一つは昨日付けられた護衛の存在で、直接の視界に入らないようにしているようだが、今も彼等は学校内にいるはずだった。
実際に、彼等はルディの身の安全をはかりながら、今後の警護態勢を敷くうえで学校の状況を探っている。
「‥‥‥わかってる。僕は凄く利用価値のある道具だから」
自虐的だとは思うが、わかっていなければ危険だということはリュレに教えられた。認めてしまえば、自分の置かれた立場も、周囲の思惑も理解できてくる。
ここであえていろいろなことを忠告してくれるローレイの好意や思惑も、彼の立場も。
「ルディ君」
「自覚はね、あるんだ。だからローレイ君も気にしなくて良いよ」
自分のことを良くわかっていない、ある意味ボケたところのあるルディが、そう言うだけの経緯や葛藤もあったに違いない。
これを成長したと、一概に言うには複雑なものもあったが、ローレイは触れないことにした。
「さて、せっかく早く起きたんだ。さっさと支度して朝食に行こう」
そういえばルディがローレイと一緒に朝の食堂に行くのは初めてだった。
起こされずに起きた、実は眠れなかっただけではあったものの、時間にかなりの余裕を持って朝食を取れる快挙に少し気分が上向いたルディだったが、先に食堂に来ていたエル達の表情の暗さがそれを打ち消した。
「おはよ、エル、フローネ」
一応エルの部屋に寄ってきたが、少し前に部屋を出たと同室の生徒から聞いて、ルディ達はそのまま食堂に来た。
「あ、うんルディ。起きれたんだな」
「たまにはね。エルに起こされずに済むときもあるよ」
「そっか、じゃあこれからも自分で起きれるよな」
「エル?」
「あのな、ルディ」
目を合わせようとせず、何かを言いよどむエルの横で、フローネが厳しい顔をしてルディを見つめていた。彼女にこんな目を向けられたことがなかったルディは、嫌な予感に胸が騒ぐ。
「ルディ、空魔法使えるって本当?」
朝食を取る生徒達で混み始めた食堂の中で、フローネの声だけがルディの耳に響いた。
「昨日お父さんが言っていたの。ルディは空魔法が使えるから、金の魔術師様の養子になったって。もうわたしたちとは身分が違う人になっちゃったから、付き合っちゃ駄目だって」
エルを見ると目を逸らしたままこちらを伺っていた。
「エルも聞いたよ。昨日、学生街で会って、夕食を一緒にしたの。それで‥‥‥」
フローネの父オルティエドが王都に来ることは、前から知らされていた。
彼は魔法ギルドの職員であり、トゥルダス支局の連絡係として、たびたび王都の魔法ギルド本部を訪れており、時間が許せば娘のフローネと会っていたのだ。
今回も、オルティエドの訪問と学校の休みが重なったから、一緒に食事に行くと言っていた。
でも今回の用は自分に関わることだったのだと、ルディは察した。
昨日帰りの馬車の中で、ルディはリュレに言われたのだ。
護りたいと思う者がいれば遠ざけろと。
「王宮はお前の身の安全を図るだろうが、万一の時には巻き込まれた周囲の者は平然と切り捨てる。そればかりではなく、お前という道具を操るために、親しい者を利用することすらあり得るだろう」
これは王宮に限ったことではないとリュレは言い切った。
それを案じ、リュレはシエロ家をルディから切り離した。血の繋がった家族が、ルディの弱みとならないように、彼等の身の安全のためにも、養子縁組に乗じて縁を切らせている。
「わたしもブランも、すべてに手が回るわけではない。お前を護るために必要とあれば、犠牲をだすことも厭わぬ。お前がどれほど嘆こうと、これは譲れぬと覚えておけ」
彼等をしてそう言わざるを得ないほど、状況は厳しいのだろう。
まして、自分は護られる身でしかない。魔法が使える子供でしかないと、リュレにも教えられた。
自分自身すら護れない者が、他人を護ることなどできようはずもない。
できるとすれば、巻き込まないようにするだけだ。
自分にとって一番大事な幼馴染み達を護りたければ、彼等から離れろと、リュレは言った。
そして、その機会が今なのだ。
おそらくリュレがオルティエドに知らせたのだと、ルディは思った。
そしてオルティエドは、大事な娘であるフローネの身を案じて動いたのだろう。危険人物から娘やその友人を遠ざけようとしたのだ。
当然のことだとルディは思う。
「そっか、バレちゃったんだ」
一生懸命平静を装って、ルディは軽く聞こえるように声を作った。
「バレちゃったって、おまえ」
「うん、僕は空魔法が使える。リュレ様の養子になったのも本当だよ。ほら生徒証の名前もちゃんとルディシアール・クリシス・ヴェーアになってるから、これから間違えないでよね」
手の中に生徒証を出して、ルディはエルの眼前に示した。
悪びれもなくあっさりと認めたルディの態度に訝りながら、エルはそんな大事なことを黙っていられたことが気に入らないと言う。
「なんで俺たちに内緒にしてたんだよ」
「別にエル達に言う必要ないだろ。言ったって仕方ないし」
自分も知らなかったなんて事実は、この場では言わなくていいことだ。
殊更冷淡に聞こえるように、ルディは言葉を紡ぐ。
「仕方ないって‥‥‥相談くらいしてくれたって」
「意味ないよ。言ったってエル達には何にもできないじゃないか。今までだってそうだろ。僕が兄さんや家から冷たくされたときも、同情して慰めてくれたけど、結局それだけだ」
「‥‥‥それは‥‥」
言い返せなくて、エルは口を噤んだ。
まさかルディにそんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
自分の無力さを指摘されたことより、ルディに突き放された言い方をされた方のショックが大きい。
そんなエルの気持ちは、ルディにはよくわかる。
わかっていて、わざとそれを選んだ。
酷い言い方をしていると、ルディは自分でも思う。
エルやフローネがいてくれたことが、どんなに心強かったか。自分をいたわってくれる二人の想いが嬉しくて、ルディにとって大きな支えになった。
それを否定するような言葉を口にするなんて、思ってもみなかった。
「僕がリュレ様の養子になったの、そんなに気に入らない?」
「お前はそれでいいのか?」
「そんなの、言うまでもないよ」
理屈で押し通すのは簡単だ。事実だけで十分だと、気づきたくなんてなかったのに、今になって思い知らされる。
「魔法学校に入ってから、家からは手紙、一度も貰えなかった。休みにも帰ってくるなって言われたよ。僕が殺されかけたときだって、家からも兄さんからも何にも、一言もなかった。あの家に僕の居場所なんて、とっくになかったんだ」
認めるのが辛かった。
だけど、リュレにも言われたではないか。シエロ家はもう他人だ。
それは周囲にはっきりと知らせなくてはならないことだった。事実として。
「でも、そんな厄介者と引き替えに、家はいっぱいお金貰えて、魔法ギルドにも優遇してもらえるようになって、凄く得したって聞いた。僕だって、リュレ様に後ろ盾になってもらえたし、良いことずくめだ」
ルディの想いを無視して、言葉にしてみればそのとおりだ。
全部本当のことだった。金の魔術師はルディとシエロ家を切り離すことが、両者を守ると言った。
だからルディはそうすることを選ぶ。それが一番良いと思ったからだ。
そして、ルディの言ったことは全部その通りだと認めるしかなくて、エルもフローネも厳しい顔をしたまま何も言えない。
「ねえエル、僕、間違ってる?」
「それは‥‥‥ルディ、俺達は」
「そういうんじゃない。ルディ、わたしたちいきなりだったから、どうして教えてくれなかったかって」
「そ‥そうだよ。魔法のことだって、お前なんで」
「別に使える魔法のこと、全部エル達に言う必要無いじゃないか。僕が四属性全部使えるってわかったときに、なんで黙っていたのかって怒られたけど、それこそおかしいよね。何でもかんでも全部エル達に言わなくちゃならないなんて。そういえば、あの時は劣等生だと思っていた僕に、一組全員が敵わなくって、皆が僻んで何かするんじゃないかって心配したって言ったっけ。でもさ、それこそ余計なお世話っていうんだよ」
嫌われようと、ルディは思う。
そうでもしないと、二人から離れるなんてできないから。
「ルディ、そんな言い方」
「だって、皆が僕に何ができるっていうんだよ。模擬戦、十九対一で、しかも詠唱終わるまで待って先に撃たせてあげたのに、簡単に負けたくせに。もう少し手応えあるかと思ったのに、あの程度じゃ、ほんとつまんなかった」
自分で思ってもいないことでも、事実を混ぜてしまえば真実に聞こえるのが可笑しい。
思いっきり見下すように言えば、馬鹿にされたと腹も立つだろう。
特にエルなどは優しいから、クラスメイトを思いやるだろうし、そんなことを言った自分の立場を心配して怒ることは目に見えていた。
「お前っ言って良いことと悪いことがあるだろ」
案の定、エルは椅子を蹴って立ち上がり、戸惑いの中に怒りの表情を滲ませ、ルディの正面にきた。
戸惑いは信じられなかったからだ。あのルディがそんなことを言うなんて、この耳で聞いてもなお聞き違いではないかと思いたかった。
怒らせたのを幸いと、ルディは軽く肩を竦め嘲りに近い表情を浮かべてみせる。
長い付き合いだ。どうすればエルが沸騰するかなんて、よくわかっていた。
「どうして?ホントのことじゃないか。偉そうなこと言ってるけど、エルもフローネもその中に入ってるだろ。ずっと見下していた僕に負けて、悔しかっただけなんじゃないの」
「ルディってめえ!」
激昂したエルが、ルディの胸ぐらを掴みあげた。だが、その左手は次の瞬間手の中の感触をなくして、宙に浮く。
「‥‥な‥に‥‥」
「そんなに怒るところをみると、図星だった?」
目の前から消えたルディの声が、後ろから聞こえてきた。反射的に振り返ったエルの目に、机の向こう側に立つルディの姿が写った。
これ以上ないくらい仲が良いはずの幼馴染み達の険悪な言い合いを、興味深げに伺っていた周りの生徒も、何が起こったのか理解できずに、ただポカンと目を見開いて銀髪の少年をみていた。
「‥‥‥ルディ‥‥」
ゴクリと、喉を鳴らしたフローネが恐る恐る歩み寄って、右手でルディの左腕に触れた。
そのフローネの手を、うるさげに振り払う。
「エルもフローネも、いい加減魔力が無いと思われていた頃の僕じゃないってこと、わかってると思ったんだけどな。それとも気に入らない?僕はいつまでも、エル達に庇われてる弱い存在じゃないと許せない?」
「なにそれ‥‥‥ルディ、なんでそんなこと言うの」
「ずっとフローネやエルが羨ましかった。魔術師になりたくて、それなのに魔力がなかった僕と違って、強くて、魔力にも恵まれて。可哀想だって僕のこと庇ってくれていたけど、それで僕がどれだけ惨めな思いしてたか知らないよね。皆言ってたよ。力のない僕が一緒にいれば、余計に二人が目立つって。僕を見て優越感に浸れるから、一緒にいるんだよって」
自分がエルやフローネを傷つけていることを、ルディは知っていた。
でも止まらない。一度言った言葉は取り返しが付かなくて、どんどんルディの心を追い詰めていった。
「違う、ルディ。わたしたちそんなふうに思ったこと、一度もないよ」
悲鳴のように訴えるフローネから目を伏せ、ルディは知らない振りで言葉という凶器を投げる。
「ほんとに思わなかった?可哀想だねって同情して、良い気持ちになってたんじゃないの」
自分が平気で酷いことを言えるのに、ルディは気づいた。
そんな自分に酔ってしまえとばかりに、ルディはエルやフローネから心を塞ぐ。
泣きそうな顔で、思わず右手を振り上げたフローネの手のひらが空を叩いた。
「女の子に叩かれるくらい我慢しようかなって思ったけど、痛いのは嫌だしね」
ルディは叩かれて少しは楽になれるけど、叩いたフローネが痛い想いをするだろう。エルとフローネを傷つけた自分は、こんなことで楽になってはいけないのだ。
ルディが転移したのは最初の場所より少し後ろの、ローレイの横だった。
この距離が、これから二人との最低限の距離だ。これ以上近づかない。
「転移か。初めて見たよ」
「うん。僕も先生とデューア姉さん以外の前で使ったのは初めてだよ」
修羅場中だというのに、なんとなく暢気なローレイに、ルディもまた何でもないように軽く答えた。
「転移って、ルディほんとに」
ルディの頬を叩くはずだった右の手のひらを、左手でぎゅっと握ったフローネの、震える声が静まりかえった食堂に響いた。
「言ったよね、僕は空魔法が使える。昨日、僕は王宮に上がって国王陛下に謁見してきたんだ。僕の作った転移の魔石を献上したら、すごく喜んで頂けたよ」
わざと高慢に聞こえるように、言葉を選んでルディは言う。難しいことではない。本当のことを、自慢するように言うだけで良かった。
「嘘だろ、そんな」
いきなりそんなこと言われても、とても信じられなくて、いや、それよりも豹変したルディの様がエルには受け入れられなかった。
「やっぱり、信じたくないだけなんだよ。エルはね、僕と立場が逆転したのが気にくわないんだよね」
「仕方ないよ、ルディ君。僕だって昨日父に聞かされていなければ、まさかと思っただろうからね」
宥めるというより、むしろ挑発する口調でローレイがルディの言った事実を肯定してみせる。
「フローネのお父さんが僕とは付き合うなって言ったんだろ。僕だってこれからは付き合う人間を選ばなくちゃいけないからね、丁度いい」
これも本当のこと。大事に思う人とは一緒にいられない。それだけのことだ。
昔、自分のことをフローネと一緒に気遣ってくれたオルティエドのおじさんにも大丈夫だと、貴方の大事なフローネを巻き添えにはしないと伝わるといい。
昨日の王宮での人々の目を、ルディは思い出す。自分に向けられたあんな嫌な目を、フローネ達に向けさせたりしないで済むなら、こんなことなんでもなかった。
エルやフローネが自分のために犠牲になるなんて、絶対に嫌だ。
「なんだよそれ、俺たちとは付き合えないっていうのかよ」
「そうだよ。言っておくけど、最初にそう言ったのはそっちだろ」
「そのとおりだな」
ルディの肯定を強めるため、ローレイは威圧的な態度を取って言う。
「まだわかっていないようだね。君達はルディ君の側にはいて欲しくない。これはカレーズ侯爵家としての見解でもある」
「わかった?今の僕には君達は相応しくないってこと。はっきりいうけど、鬱陶しいんだ。もうたくさんだから、僕に構わないでよ」
予想通りに激昂したエルが、怒りに燃えた目で自分を見るのを、ルディは思っていたよりずっと平然と受け止められることに驚いていた。
「ふざけんな。ルディ、てめえがそんな奴だとは思わなかったぜ。でめえみたいな自惚れた馬鹿はこっちから絶交してやる。フローネもそれでいいな」
「いいよ、絶交しよ。ルディが心を入れ替えて、ごめんなさいって謝ってくれるまで、口もきかない」
「そんなことしないよ。清々した。ありがとう絶交してくれて」
絶対に仲直りはしないと、ルディは決めていた。
昨日の王宮で自分を見ていた人々の目が、二人に触れないように。あの人達や、もっと危険な人達と関わらせずにおくために。
そのためなら、こんなこと平気だった。良かったと、安堵する自分がいた。
そんなルディに、ローレイが冷静な声をかける。
「ルディ君、まだ時間はある。食事をしよう」
朝食をもらい、人の少ないテーブルへ二人が移動すると、周りの者は席を立った。
人の目や耳がないのを確かめ、念のため更に風の障壁を周囲に展開させて、ルディは小声で話しかけた。
「‥‥‥ごめんね。ローレイ君に嫌なこと言わせて」
「構わない。それにあれは本当にカレーズ侯爵家としての見解だ。君の弱みになる人間を、父は放置しておかないだろう」
そのくらい、ルディの空魔法は危険な存在なのだ。
ローレイはルディの取った行動の意味を正確に見抜いたから、あえて同調して二人を引き離したのだ。
ルディがどれほどあの二人のことを大事に思っているか、ローレイは知っている。
だからこそ、ああして二人から離れることしか選択できなかったルディの気持ちなど、ローレイには手に取るようにわかっていた。
「少しでも食べるんだ。体調を維持しておかないと、何もできない」
「うん」
ローレイの言うことは正しい。だから、ルディは味のしない食事を、無理矢理口に運んで飲み込んだ。
思っていたより平気な自分が可笑しい。
ずっと一緒にいたかけがえのない友人は、もう二度と触れ合うことの許されない存在になった。
辛いときに、大丈夫だよと言ってそばにいてくれた温かな手は、もうルディに差し伸べられることはない。
寂しくても、哀しくても仕方ないのだ。
これが自分の望んだことだから。




