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魔法学校入学試験 後編

 検査待ちの会場前の廊下で、ルディシアールは緊張のため深呼吸を繰り返していた。

 「お前ねー落ち着けって」

 治癒能力の適性検査にせよ、魔力測定にせよ、ジタバタしてもどうなるものでもないんだしと、エルトリードは一見したところ太々しいほどどっしりと構えていた。

 「だからエルはデリカシーないって言われるのよ。ドキドキして当たり前よねー」

 言うほど、緊張してないフロアリュネは、イタズラっぽく笑った。

 「大体、偉そうに言ってるけど、エル結構緊張してるでしょ。さっきからずーっと手をぎゅうって握ったままだもん」

 それって、試合前とかのエルの癖よねと、容赦無く指摘する。

 「うっせ‥‥お前みたく図太くねーんだよ」

 三人で一番度胸が座っていると言われているのが、実はフロアリュネだ。

 「やーね、私だって結構緊張してるわよ」

 さらりと愛くるしい微笑を浮かべてみせるフロアリュネの余裕に、エルトリードはフンと鼻を鳴らした。

 ルディシアールには、二人と違って自信の礎がない。彼が魔法学校に入学できるだけの魔力を得たのはつい二ヶ月前のことだ。

 積み重ねた実績がないルディシアールの、幼い頃からの夢だった魔術師への道はここから始まるのだから、緊張は人一倍だといって良い。それでも幼馴染みの二人と一緒というのは、たとえようもなく心強いものだった。

 そのうち、エルトリードの受験番号が呼ばれ、三人のトップを切って検査会場に入っていった。

 「じゃ、いってくる。ルディも落ち着いてがんばろうね」

 続いてフロアリュネがぎゅっと、ルディの両手を握ってから、検査に向かった。

 フロアリュネが扉をくぐってすぐ、ルディシアールも番号を呼ばれた。

 「はい、じゃあ治療用の腕輪は外してここにおいて」

 「えっ?でも、これは外さないようにって言われているのですけど」

 治癒魔法の適性検査の担当者、若い女性治癒魔術師は、規則だからと外すように重ねて言う。

 「これはとてもデリケートな検査なの。治療具の影響があってはいけないのよ、わかるわね」

 そう言われては仕方ないと、しぶしぶ両手首に付けられた腕輪を外して、机上に置いた。

 腕輪は二つとも同じ文様が彫り込まれた銀製で、親指の爪くらいの大きさをした濃い赤色の魔石が五つ等間隔に埋め込まれている。魔石は大きさこそ平均的だが、質としては最上級に近いものである。

 「じゃあ左手を開いて、右手は私の手の上に載せて」

 左手の上に魔石を載せる。大きさは直径三センチくらいあるが、色は腕輪ほど濃くない赤色。

 「石はどんな感じ?」

 「冷たい感じがします」

 治療の腕輪を外してから、どこか身体がゆらゆらと落ち着かない気がしている。

 それはこの場に集まった魔力の影響を受けているためだが、ルディシアールにひどく不安感をもたらせた。そのせいか左手に置かれた魔石がとても冷たく感じられる。

 「そう、この呪文を読んで、ゆっくりでいいわ」

 紙に書かれた回復の呪文を、ルディシアールは落ち着いて読み上げた。

 「大いなる命の根源に魔力を捧げ慈悲を請わん。

  巡る環の果てに連なる生命に力を満たしたまえ<回復>」

 詠唱を終えると共に、ルディシアールの身体から魔力の塊が勢いよく外に放たれた。

 体内を巡る魔力が、詠唱に導かれて形を与えられ、真っ直ぐに外へと迸った。

 パシッと、ルディシアールの左手に載せられた魔石が砕け、女性治癒魔術師が小さい叫び声を上げて仰け反った。

 重ねられた手は弾かれるように放され、彼女は怯えた青い顔をして、その手を胸元で押さえていた。

 「何してるっ」

 検査していた女性治癒魔術師の後ろから駆け寄ったブランは、外された腕輪と砕けた魔石を見て、瞬時に状況を把握した。

 白銀の髪に淡い青色の瞳、非常に容姿の整った少年。聞いていた特徴とも一致することからも一目で悟った。この子がリュレに言われた例の子供だ。

 「腕輪は外さずに検査しろと指示が出ていただろう」

 「で‥でも‥‥万一‥‥」

 まだ教員になって二年という若い治癒魔術師である彼女は、きちんとした手順を踏まずに、マズイ結果を出すことを恐れた。形式を順守した検査を行うことにこだわった結果が、この事故ともいえる暴発だった。

 ブランは状況確認と共に、周囲に言い聞かせるように慎重に言葉を綴る。

 「魔法はきちんと発動した。ああ‥‥‥ちょっとばかり、魔力が大きすぎたせいだな、これは」

 「‥‥‥大きすぎたって‥‥‥?」

 検査の女性以上にガタガタ震えている子供。

 ショックだったのだろう、生まれて初めて使った回復の魔法がこんな形で発現してしまったのだから。

 拙いなと、ブランは舌打ちした。このままでは魔法に怯えるトラウマを残してしまう。

 「いいか、魔法は正常に発動した。だから、もう一度やるんだ」

 震えを抑えるように正面からルディシアールの両手を掴むと、ブランは真っ直ぐに視線を合わせた。

 「で‥できません」

 「できる」

 ブランは一度手を放すと、自分のシャツの右袖をまくり上げ、拳を握った。

 「えっ?」

 ブランの右腕に鮮血が散った。どうしたのか右腕が派手に切り裂かれ、血に染まっていた。

 「さっきのをもう一度やるんだ。この程度の傷なら<回復>でも対処可能だ」

 傷を治すなら治癒だが、身体の体力や回復力といった地力を引き上げる回復でも、必要とされる魔力は大きくなるが、派生効果によりある程度まで傷は治せる。

 「でも、僕は」

 砕けてしまった魔石に、ルディシアールは怯えた。自分の魔法が他人を傷つけることが恐い。

 「さっきの通りやれば良い。‥‥‥これでも、少しは痛いんだ、早くしろ」

 睨み付けるように強い視線が、ルディシアールに逃げることを許さない。泣きそうになりながら、必死に呼吸を整え、傷を見つめる。

 「よく見て、集中して必要なだけ魔力を注ぐんだ」

 言われるままに、ルディシアールは傷を治すことだけを考えた。

 回復の魔法を使う。震える心を抑え込んで、出来ると強く念じた。

 裡に胎動する魔力を感じる。

 あの日から、この身のなかに確かに存在すると知ったそれは自分のものだ。だったら使えると、心の深いところから湧き出る想い。

 この人ができると言うならと、自分を見る瞳の強さに引き上げられ、ルディシアールは必死に呪文を紡いだ。

 「大いなる命の根源に魔力を捧げ慈悲を請わん。

  巡る環の果てに連なる生命に力を満たしたまえ<回復>」

 さっきより、穏やかに、けれど力強く注がれる魔力の感触に、ルディシアールは魔法の成功を感じ取った。

 わずかに震える声で、今度は自分の意思で初めて使った回復の魔法は、目の前の傷を癒やしていった。

 息をすることも忘れたように凝視するルディシアールの目の前で、ブランは布で血を拭い、腕の傷が綺麗に直っていることを示した。

 「五十点。魔力の使い方が雑すぎる。まだ魔力が大きすぎだ。かろうじて及第点ってところだな」

 「随分厳しい採点ね」

 成り行きを後ろで見守っていたクリスエルザが、ここでようやく口を出してきた。

 「荒療治だったのは認めますが」

 「そうね、危うく貴重な才能を潰すところだったわ」

 小声で、ブランの行為を認め、クリスエルザは改めてルディシアールに声をかけた。

 「ルディシアール・シエロ君だったわね。よく頑張ったわ。治癒魔法適性検査責任者、試験官である私、クリスエルザ・ウィンレットの権限でこの後の魔力測定は免除とします。治療具を付けて、もう今日は帰って休みなさい」

 それは合格の内定と同意であるのだが、このときのルディシアールにはそこまで考える余裕はなかった。

 「そうだ、念のため入学するまで腕輪は外すなよ」

 一言、ブランが釘を刺す。

 そのまま、何事もなかったように背を向けて歩き去った彼の名前を聞かなかったことにルディシアールが気がついたのは、係の職員に促されるように試験会場を出た後だった。


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