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空魔法

 昼食を食べ終わった後、ブランはデューレイアを帰らせた。今日の剣の稽古は中止だといい、事情はリュレから聞けと言っておいた。

 リリータイアも早々に引き上げたため、研究室にいるのはブランとルディだけだ。

 ブランが手の中で転がしている石を、ルディは覗き込んでその品質に目を見張った。

 「最高級品ですよね」

 混じり気のない鮮やかな深紅をした、傷一つない真球に磨き上げられた魔石。肉眼ではひびやインクルージョンの一つも見つけられないそれは、かなりの年を経ているものの、最高品質の魔石だった。

 一流と言われる魔石職人であるルディの祖父でも、これ程の品質の魔石を扱うのは稀だっただろう。

 「国宝級だそうだ」

 リュレのババアが寄越したと、ブランはまだ少々不機嫌な表情をしていた。デューレイアが持ってきたリュレからの預かり物の中身がこれだった。

 「コイツに込められた魔法が‥‥な」

 「そんなに凄い物なんですか?」

 「んーー」

 気のない返事をしながら、ブランは石を翳して見せた。

 「魔法の転写を使った習得術があるのは知ってるな」

 「はい。魔石に込められた魔法を取り込んで使うことで、それを覚えることです」

 素養があれば、簡単に術を覚えられるその方法によって、魔術師たちが自身の魔法のバリエーションを増やすのはわりとポピュラーな手段でもあった。

 「模倣した元のクセをそのまま取り込むことになる。直ぐに使えるようにはなるが、土台に歪みを抱え込んじゃ矯正もできん。賢い学習方法じゃねぇな」

 魔石に魔法を込める際、どうしてもその術者特有の癖が入ってしまう。それを極力排除し、魔法を再現できるようにするのが、魔石職人の腕と言われているくらいだ。完全に癖をなくすのはまず不可能である。

 「ババアは使わせろと言っているだけだが、俺としてはこだわりたいところだ。というわけで、俺が使うことにする」

 「えっ?」

 ブランは空いている方の手で、ルディの右手首を握った。

 「感覚をしっかり掴んどけよ」

 言うなり、ブランは魔石を握り込んで発動させた。

 頃合いだろうと、ルディシアールの身柄を確保する手配もでき、魔力の制御も安定してきたのを見計らって、コレを送りつけてきたリュレの思惑は分かる。

 魔石に込められているのは、ルディシアールの固有魔法の属性に連なる魔法だ。それを呼び水として使わせることで、リュレのかけた封を解き、眠っている属性を覚醒させる。

 目覚めさせる時期を選ぶために、リュレによって封じられ、今までそれらの魔法は極力ルディの側から遠ざけられていた。準備ができるまで、それは誰にも知られることなく眠らせておきたかったのだ。

 その魔法の属性はルディシアールの人生を大きく変えることになり、重い枷となる。

 ルディシアールの魔法であり、奪う選択肢などどこにもないことをわかっていて、それでも、戻れない一歩を踏み出させるのを、ブランは躊躇った。大事な教え子が苦しんで泣くのがわかっていて、背を押すのは辛い。

 そんな気持ちをリュレには見透かされていたのだと思う。

 見透かされ、手のひらで踊らされているのを承知で、彼女の思い通りに動くのに腹立たしい気持ちがあるのは、まだ未熟だということかと、ブランは手の中で砕け、灰になった魔石のなれの果てを風に乗せて窓から飛ばした。

 自分がルディという教え子を得て、らしくもない先生役を務めているのを楽しんでいるのも、あの食えないババアにはお見通しだったのだとすると、やっぱりどこか釈然としない気分ではあった。

 「出来の良い教え子は鍛え甲斐あるもんな」

 封印されていた魔法の素養が、与えられた環境に、乾いた砂地が水を吸い込むように、魔法を習得していく。

 才能が鮮やかに開花していくのを見ているのは愉しいし、素直に自分を慕ってくれる教え子を導くのは悪くない。

 リュレが自分にルディを託したのは、底なしの魔力と素質を持つ無垢な素材を歪めることなく育てることができるのは、同類だけだと知っていたからだ。

 そして彼女がルディを自分に与えてくれたその意味と、真正面から向き合う時がきたということだろう。

 「絶好のタイミングってトコが、ホント、やだよなぁ‥‥‥」

 我が師匠ながらコワイ婆さんだと、ブランは心の中で呟いた。




 ブランから、彼の持った魔石から放たれた魔法がルディを捕らえた刹那、意識が「それ」に同期する。

 フッと、拡散した視界が、消えた風景と重なって異なる空を捉えたそれは、酷く自分の魔力と馴染み、ルディの裡で何かが解放された。

 思考する間もなく、ルディシアールの身体は、今まで居たブランの研究室ではなく、荒れ果てた荒野の真ん中、散々魔法の修練をしてきた訓練場の風景の中に居た。

 ここは何処だと考えるより先に、ルディの身体はたった今起こった現象を記憶に留め、意識は狂おしくそれを求める。感情が知っていると、既知のモノであると訴え、もどかしさの中に必死で思い出そうとした。

 この感覚を知っている。

 この「魔法」を知っている。

 立ち尽くす荒野の中、ルディシアールは自分が魔物の格好の餌状態に置かれていることにも気づいていなかった。

 「‥‥‥不意打ちはないと思うんだ。いや、問答無用なのはいつものことだけど」

 文句の一つくらい言ってもいいよねと、ルディはようやく現実復帰しようとした意識で考えた。

 自分を狙って、上空から急降下してくる魔鳥のことも、岩陰から虎視眈々と狙っている魔獣も、アウトオブ眼中である。

 そして、ルディは魔法を再現することに集中した。

 リュレのかけた封印は暗示によるものだったが、ルディの意識がその魔法を識り、自覚したことで、すでに力を失っている。

 その結果、魔物達は忽然と消えた獲物に怒りの声を上げたのだった。




 「先生っ」

 目前に突然現れた教え子に、ブランは平常運転だった。

 「おかえり」

 「ただいま‥‥‥って‥‥‥」

 反射的に応えて、ルディシアールは勢いを殺がれ、言葉を失った。

 「まあ、ババアの目は確かってことだ。伊達に年喰ってねぇな」

 よくもまあ、この稀少な魔法の片鱗をこの子の中に見つけたモノだと、コレばかりはリュレの眼力を素直に賞賛する。同時に、すでにわかってはいたことだが教え子の行く末が、平穏なモノではなくなったことが確定したのにウンザリとした。

 「もっとも‥‥‥でなきゃ、ここまでしないか」

 一人勝手に何かを納得しているブランに、ルディはなんと言うべきか言葉を探していたのだが、教師の声でブランが先制する。

 「今の魔法の名を答えろ」

 「‥‥えっ‥?‥‥‥と、転移?」

 「そこで疑問形にするな。空魔法の転移で正解だ」

 まだよくわかっていなさそうな教え子に、ブランはボケてんじゃねえぞとコンと頭を小突いた。

 「ちなみに現在、知られている空魔法の使い手は世界中で二人だ。マルドナークの侯爵夫人と、ユエ共和国の学都参議員。めでたくもないがお前が三人目の仲間入りだ」

 めでたくないと、ブランは本気で思っていた。それがどういうことか分かるかと、ブランはルディに問う。

 「空の魔法を使える人は少ないです」

 「空は時空間の魔法だ。有名なモノは収納の魔導具、俗に言う魔法鞄だが、コイツはとんでもなく高価だな。何しろ作れるのが現在二人しかいない」

 過去の生産品を合わせても、需要に対して供給が絶対的に少ない。しかもマルドナーク皇国は生産品をすべて国が管理し、国外には出していない。

 「それと、転移級の空魔法を使えるのは現時点でお前だけだ」

 呆けてるんじゃねぇぞと、ブランは人の悪い笑みを浮かべた。

 「今使った魔石が国宝級だと言っただろう。そういうことだ、自覚しとけ」

 「自覚って、それマズイってことですか」

 「空魔法は便利だからな。人の欲望に直結する。転移魔法一つとっても使い方次第でとんでもないことになる。ましてその使い手(お前)はいずれ境界を超える魔力の持ち主だ。確実に王宮()が動く。覚悟しておけ」

 「そんな、僕は‥‥‥あの、内緒に」

 「できると思うか?」

 不可能だと冷たく宣言する師に、ルディは真っ青になった。

 いくらボケといわれるくらい、他人の思惑に疎い世間知らずな子供でも、王宮が動くとまでいわれた魔法の価値は考えずにはいられない。

 「今からそんな情けない顔するな」

 なるようにしかならないとはいえ、当の教え子以上に事態を把握しているブランだ。安易な気休めは言えなかった。

 「だって、僕は」

 「デューアに剣の修行、倍増するように言っておくから頑張れ」

 「って、先生」

 ただでさえスパルタなのに、倍って死んじゃいますと、訴えるが何処吹く風だ。

 「お前、剣の才能ないんだから、努力で補うしかねぇだろう」

 危機感できたなら、修行のしがいもあるだろうと、サドっ気たっぷりに言ってくれる教師に本気で泣きたい。

 「そうだ。使った魔石は補填しろとのババアの命令だ」

 ブランが指したのは、机上の本と魔石だ。

 もともと魔法関係の本を蒐集していたリュレの蔵書である空魔法の稀少本二冊と、貴重な最高級の魔石。これも転移の魔石と一緒にデューレイアが持ってきた物であり、準備は万全だった。

 とっとと魔石を作れとの追い打ちをかけられ、ルディはへこむ。

 「僕が、ですか?」

 「お前の魔法だろう」

 「‥‥‥僕の魔法?」

 それはストンとルディシアールのなかに納まった。

 行く先の困難より、唐突にピッタリとはまった欠片に、心が歓喜を訴える。

 先生に鍛えられ、一番使える風魔法ではない、もっと近い魔法。それが、自分の魔法をルディが自覚した瞬間だった。




 リュレが寄越した二冊は本当に貴重な書だった。使い手がわずかしかいない空属性の様々な魔法が載っている本と、魔導具の本だ。

 「空魔法って、ホント便利」

 ショックからなんとか立ち直った、というか精神の安定のために一時的に先のことは考えずにおくことにしたルディは、あるものは使わずにはいられないと、好奇心のおもむくままに空魔法を使う。

 現実逃避も手伝っているが、もともとそれがどんなに人の世で問題になる魔法であっても、本来彼等(異名持ち)の感覚では「魔法」という括りのなかにあるものでしかない。

 ルディの本質も所詮それと同じだ。使える魔法は使う、である。

 転移魔法は自身で何度も使ってみてから、呪文を見直したうえで、リュレに命じられた通り魔石に封じた。最高級の魔石にものすごく緊張したが、失敗することなく無事二個の転移の魔石を作ることに成功したのに、心底ホッとする。

 万一失敗し、魔石を弁償しろなんて言われたらどうしようかと思ったのだ。

 風魔法より、どの魔法より、空魔法はルディシアールの魔力に馴染む。生まれてからずっとルディの裡で眠っていた空の属性。未だ兆しのみえない固有魔法の属性だ。

 目覚めたそれは使いこなすのに、何の苦労もなかった。今までの魔法の訓練で、それだけルディシアールが空魔法を使う下地が整えられていたということでもある。

 「魔法鞄ってデューア姉さんが言ってたよね。実物見たことないけど」

 空間収納魔法は転移魔法の次に、まず試してみた魔法だ。

 開いた亜空間に杖や着替え、個人の持ち物をポイポイと放り込む。持ち運びの苦労から解放されるのは、はっきりいって楽すぎる。

 なので、すぐさま空間収納魔法の魔導具にも挑戦する。

 魔法鞄は鞄が作れないからと、収納庫を土魔法で作った。魔石は研究室にゴロゴロ転がっている。磨かれた加工済みの魔石をブランは好きに使えというので、この際遠慮なしに使わせてもらう。

 魔導具の設計図をもとに作成するのに、さすがに独力では無理で、ブランに教えてもらったり、手助けしてもらい、なんとか作りあげた収納庫に、肉などの食料の在庫をしまう。亜空間は時間も停止させてあるので、保存には最高の環境だ。

 魔法の維持用に大きめの魔石を用いたので、大容量にもかかわらず一度の魔力の補充で軽く三月は持つはずだった。ブランやルディの魔力なら、気にならない微々たる量だ。

 食料と一緒に、場所をとっている嵩張る荷物もしまってしまえば、室内がとても片付いた。

 「先生、お昼できました」

 盛り付けできた物から机の上に転送する。転送魔法の練習になって一石二鳥と思うルディに、ブランがなんともいえない表情を浮かべた。

 生物で無い物を瞬間移動させる転送魔法は、ルディの魔力ならかなり大きな物でも問題なかった。それなのに、料理を盛った皿を、練習ということで数歩しか離れていない机に送るのがどうのというのも野暮だとは思うが、何か違う気がする。

 いや、実のところブランとしては別に皿をちょこっと転送させるのが引っかかっているわけではない。そんなことは別段問題でもなんでもなかった。便利の一言で終わることだ。

 「デューア姉さんの分、凍結魔法かけておこうかな」

 まだ顔をみせないデューレイアの食事に凍結魔法をかけておく。

 時間の凍結魔法を作りたての料理にかければ、解除されたときにできたてそのままの料理が提供できるのだ。

 「お前、少し所帯染みてないか」

 要するにそこだ。

 ルデイが空魔法で真っ先にやったことは、転移を除けばいずれも普段の生活に関わることばかりだった。つまり、普段ルディがやっていることである。

 地味に空魔法を食事や生活環境に直結する使い方ばかりするので、ブランがそのことに気づいて、なんとも微妙な気分になっていたのだ。

 考えてみれば最近、ルディはずっとここで昼食を作っている。日々腕があがり、ルディ自身が嫌がるどころか、むしろ進んで料理をするので、デューレイアなどはすっかり御呼ばれが習慣付いてしまったくらいだ。

 いつのまにか教え子におさんどんをさせていることに、今更ながらブランは少々考えなくてはならないのではないかという気になったのだった。

 「身近なとこで使ってるだけですけど、何かまずいですか?」

 とりあえず、空魔法は研究室と裏の荒地でしか行使していない。

 「いや、お前が良いなら構わんが」

 少しばかり会話の中身がずれているが、魔法の使いどころに関してはどこが悪いというわけでもないしと、複雑な顔をしつつそれで済ませるあたりが、所詮ブランである。

 空魔法の使用方で、ひっかかったのはもちろんデューレイアだ。

 「使いどころ、間違えてないかしら」

 常々思うが、魔法をこうも生活に密着した使い方をする魔術師はそうはいないと、デューレイアは思った。

 リュレにルディの固有魔法の属性が空だと教えられ、いろいろと思うところがあったデューレイアも、目の前で使われる空魔法の様々を、どう言ったら良いものか思い悩む。

 魔力の無駄遣いと、他の魔術師なら言うだろうあれこれも、この師弟の場合今更である。

 「美味しく食べられた方が良いですよね」

 「‥‥‥まあね」

 凍結魔法でできたて状態が保たれていた昼食を前にしたデューレイアは、結局何も言えなかった。




 午後からは、いつものように訓練だ。ただし今日は空魔法を解禁した初の戦闘訓練である。

 「ぅわっ!」

 ブランの左斜め後方へ転移したルディは、間髪をおかずに飛んできた風球に吹っ飛ばされ、危うく地面に叩き付けられそうになった。

 「くうっ‥‥‥痛い‥‥」

 ギリギリ受け身を取ったが、衝撃で息が詰まりそうになった。

 「‥‥‥なんで」

 ブランにとって死角となる位置だというのに、視線も向けずにルディが転移するタイミングで風球を見舞ってくれた。

 「狙いは悪くないが、まだまだ甘いな。ヒントは俺の固有魔法だ」

 「う‥‥‥魔法殺しって、先生まさか視えて」

 ニッと不敵に微笑うブランに、ルディは戦慄する。

 「やるなら俺が反応しきれない速度でこい」

 「無茶言わないでくださいっ」

 魔力特化の異名持ちは、魔法殺しに相応しい力を有している。何処まで視えているかはわからないが、ブランの魔力を感知する能力は反則的だ。ちなみに視るというが、もちろん肉眼で見ているわけではない。

 今のはおそらく転移の先駆けの魔力を読んだのだろうと、ルディは見当をつけた。

 吹き飛ばされたものの十分弱い風球だったのは、手加減されていた証拠だった。

 それならと、今度はフェイントをかけてみたが、二つ同時に迎え撃ちされた。二箇所同時の対処方法もあるとやって見せてくれただけで、何となく本命がどちらかも読まれていた気がするのは、気のせいとは思えなかった。

 経験の差と力量の差、どちらも顕著だった。

 「うーん、これはこれでちょっと大人げない気がするわね」

 これでもかと教え子を一方的に蹂躙する異名持ちに、デューレイアがなんとなくそんな感想を呟く。

 はっきり言って、ルディは勝てる気が最初から皆無だ。そんなもの元から持っていないともいう。

 それでもと、食い下がってみようと空間自体を裂いてみたが、風の刃で殺されて結果的に無力化されてしまう。

 「未熟者」

 この程度では魔法殺しを使うまでもないと、一言で斬り捨てられ、泣きたくなった。

 クラスメイトなどが自分を化け物呼ばわりしているのを知っているが、本当の化け物はここにいるとルディは言いたい。

 「もうちょっと粘ってみせろ」

 「‥‥‥はい‥‥」

 無理ですと言わせてくれない師匠には、いつものことだが泣くしかなかった。

 散々、ルディを叩きのめした後、ブランはルディに向かってデューレイア相手に一度魔法を解禁してやってみろと曰う。

 「ちょっと、ブラン」

 「止めてやるから心配するな」

 本気でやってみろと抗議を受け付けないブランに、デューレイアはタラリと背中に冷や汗が流れたのを感じた。

 「ちゃんと止めなさいよっ」

 先手必勝と、抜いたロングソードで鋭い突きを繰り出したデューレイアに、対するルディは最初から剣を捨ててかかった。

 風楯で防ぎ後ろに身を引きつつ、容赦ない風刃を放ってきたルディに、太刀筋を迎撃に切り替える。鋭い斬撃で至近距離からの風の刃を叩き切ったのは流石だが、その後を追って雷穿牙が四方からデューレイアに襲いかかってくる。

 「ちょっ‥‥‥」

 ぎょっと目をむいたデューレイアの周囲を、ブランの展開した風楯が覆った。

 「待ちなさいっルディ!」

 ブランの風楯に護られたデューレイアの目に、上から叩き付けられた雷竜嵐が暴竜嵐に迎撃され相殺されたという、とんでもない光景が映った。

 「アンタっわたしを殺す気」

 本気で命の危険を感じたと、デューレイアはルディを怒鳴りつけた。

 「ごめんなさいっ‥‥‥だって先生が止めてくれるって言うし、デューア姉さんだし」

 さすがにまずかったかと、ルディは首を竦めて謝り倒す。

 「お前、デューアが怖いのはわかるがやりすぎだ」

 ルディの過剰攻撃は、デューレイアに怯えた結果だとブランにはちゃんとわかっていた。

 何しろ今まで剣の修行で散々な目にあわされている。弟の立場でも、この姉は強者であり、実力以上にルディはデューレイアを怖れているのだ。

 「ルディ、アンタ覚えてなさいよ」

 「だから、ごめんなさい」

 デューレイアの剣幕に、この後の剣の訓練が怖いとルディはひたすら小さくなって謝った。

 「デューア、そういうのを『大人げない』と言うんだ」

 「ってブラン、まさか貴方」

 それが言いたかったのかと、先程の自分の独り言をしっかり聞きとがめていたブランに目を向ける。

 「それとルディ、いくら怖いと言っても、デューア相手に雷竜嵐は無駄がすぎる。もう少し考えろ」

 さっきブランが言った「やりすぎ」は、そういう意味でのやりすぎだったようだ。

 「ブラン、貴方ね」

 その言い方、あんまりにも酷くないかと思う。

 「この人でなし」

 時々本心から思うのだが、人非人という本来の意味での人でなしと、人外という意味での人でなしの両方で、デューレイアはブランを罵った。




 結局この二日間、空魔法の練習をするか、厳しい指導を受けるかで、ルディは余計なことを考える余裕がないくらい、忙しく過ごした。

 転移、転送、凍結、収納、連結魔法と、空魔法も基本的な魔法はわずか二日、実質一日半で瞬く間に操れるようになっていた。

 空間連結魔法は文字通りある場所と場所を繋ぐ魔法だが、規模と持続時間によって消費する魔力が違う。

 突き詰めて言えば、転移や転送も空間連結魔法の一種と言える。ただ、一瞬でおこなわれる転移と違い、人が通れる条件で安定した大きな路を通すとなると、ルディの魔力でも結構キツイものがあった。

 「短時間で声や物を通すくらいなら大したことないんだけど、人は魔導具の補助があった方が、楽ってことかな」

 本と睨めっこしながら、そのうち検証してみようと思う。

 実は人を通すような空間連結魔法は、理論としてリュレの本に載っているが、実際に使うとなるとほとんど伝説級であることに、ルディは気付いていない。

 空間連結魔法の応用で、声を届ける魔導具も作ろうと思う。一方的ではなく、相互に会話ができる物だ。

 ルディからは魔導具無しでも繋げられるが、誰でも使える魔導具となると、魔力の補給が問題だった。もちろんブランならそっちは関係ない。

 もともと魔法に関しては、「自重」なにそれ美味しいの?という師弟だ。結局のところ歯止めをかける者がいないため、わりとやりたい放題である。

 ちなみにデューレイアはそっち方面については、とうの昔に匙を投げている。関わり合いたくないとばかりに、とっとと逃亡を決め込んだという。

ようやく空魔法が解禁です。

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