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二年次最初の授業 後編

 クラウディウスとスレインに連れられて研究室に戻ってきたルディに、ブランはウサギのメンテナンス作業の手を止めた。

 「なんだ、もう返品されてきたのか」

 「はい。僕に魔法の実技指導はできないって、ファルニア先生に言われちゃいました」

 実はそんなところだろうと見当を付けていたブランだ。裏で適当に自主練習をしていろと、ルディを追いやって教師二人に向き直った。

 「申し訳ありません」

 「責任はわたしが取ります」

 正直に詫びて頭を下げるスレインと、自分が責任を取るというクラウディウスに、やれやれとブランは頭をかいた。

 「お前達がいつまでもアイツを引き留めておくようなら、考えなきゃならんとは思ったが、その必要はなさそうだな」

 思っていたのと違うブランのトゲはあるが穏やかな物言いに、二人は深く下げていた頭を上げた。

 「オレたちにお前達の普通を押しつけるな。異端であるものを無理に普通の中に入れても、互いに不幸なだけだ。お前達はアレが子供だからと勘違いしていたんだろう」

 ブランには最初からわかっていたのだ。不用意にルディに無理なことを強要しようとしたから、ブランはあのような怒り方をしたのだと、彼等は今になって気がついた。

 ファルニアも言っていた。竜の仔は人には扱えないと。

 「ルディ君に言われました。どうしたら良いのかわからないと。あの子にそれを言わせてしまった。わたしは教師失格です」

 残酷なことを言ったと、スレインは後悔していた。無理なことを押しつけようとしたことも、自分は皆とは違うとルディに口にさせてしまったことも、結局彼を傷つけただけだった。

 「スレイン、お前は真面目すぎる。クラウディウスもだが、教師というのは時々お節介が過ぎる」

 クラウディウスは型に嵌めた指導をルディにすることを望んだのではなく、彼に生徒達の間にある垣根を越えさせたかったのだ。

 魔法学校の生徒の一員として、生徒達の中のルディに対する誤解を解き、学校生活を送らせたいとも願った。

 それが逆に、ルディの違いを見せつけることになってしまった。

 異名持ちという存在が、これほど根本から違っているのを知らなかったからだ。

 ブランは彼等がルディに望んだことを理解した上で、無理であるとわからせるために、あえて戦闘科授業へ参加させたのだ。

 「そうかもしれません。ですが学校は学ぶ場であり、成長する場であります。ルディシアール君もまだ十三歳の生徒であることに変わりはありません。ですからわたしは教師としてできるだけのことはしたいのです」

 理想論だと言っているクラウディウスにもわかっているが、それなくしては教師である意味がない。

 真顔でそれを口にするクラウディウスに、スレインも同じ気持ちでブランに向かい合っていた。戦闘科に無理に引っ張った負い目より、教師としての自負がそうさせるのだ。

 なにしろスレインもクラウディウスも根っからの教育者であり、真面目な堅物だ。

 異質であることを知りながら、完全な拒絶をしない。ルディをあくまで一個の生徒として見ていこうとしている。

 彼等のような者がいるから、自分達もなんとか世間と折り合いを付けてやっていけるのだとブランは思う。だが、今のルディには良し悪しだ。

 「気持ちはわかるがほどほどにしておけ。アイツはこれから先いろいろなものを失うことになる。一度与えて取り上げるのは、かえって残酷だ」

 本当に異質な者が人の中に混じるのは辛い。まして、あの年頃は余裕がない。人との付き合いの距離も、感情も、近くて赤裸々だ。

 「オレたちが最後に選ぶのは魔法だ。だから、お前達が教師であろうというなら、異名持ちはそういう壊れた生き物だと理解しておくことだ。そして、この先できればアイツの選択を責めないでやってくれ」

 先達者であるブランの言は重い。だが、この時彼等にはまだブランが自分達に望んだことがわかっていなかった。




 物足りなかっただろうと、ブラン相手に組手の訓練をやらされたルディは、疲れた足取りで寮へ戻ってきた。

 「‥‥‥えっと‥‥」

 寮の出入り口の前で待ち構えている人影に足を止め、思わず回れ右をしかける。幼馴染み二人から発せられているプレッシャーが、ルディに逃亡を選択させたのだ。

 「何処へ行くのかな?」

 笑顔で声をかけてくるフローネが、何か怖い。

 「えーと、忘れ物‥‥?」

 「何を忘れたの?一緒に取りに行ってあげるよ」

 ニコニコと有無を言わさぬ笑顔を浮かべて近づいてきたフローネは、両手で鞄を持つルディの左腕を握る。

 「おう、俺も付き合うぜ」

 右腕をエルにグイッと巻きとられ、ルディは怯えながら素直に謝った。

 「‥ご‥ごめんなさい」

 「イヤだな、俺らがイジメてるように見えるじゃねーか」

 「いじめてないからね、ローレイ君」

 フローネが小首を傾げ、丁度寮から出てきたローレイに笑顔で断る。

 そのせいか、ローレイをルディは思わず縋るような目で見たものの、あっさり無駄に終わった。

 「君達は本当に仲が良いな」

 ちょっぴり黒い笑顔で通り過ぎて行ったローレイに、自分は何かやったのかとルディは本格的に泣きべそをかきそうになった。

 「僕、何かやっちゃった?」

 気がつかないうちに、エルやフローネ、ローレイまで怒らせるようなことをしてしまったのかと、恐る恐る聞いたルディの潤みかけた目に、フローネがまず陥落した。

 「それ、反則よね」

 その辺の男子がやっても情けないだの、気色悪いだのと言われかねない仕草も、極めつけの美少年がやればぶっちぎりの反則技だ。

 まして元々ルディには滅茶苦茶甘いフローネとエルだ。この時点で両手を挙げて降参する。

 「もうっどうしよう、エル?」

 どうしようって、こっちが教えて欲しいと、同様にお手上げ状態のエルは、フローネと顔を見合わせる。

 「はぁーーーーっ‥‥‥ダメだな」

 「ダメね。全っ然っわかってないんだから」

 二人してダメダメと言いつつ、少し場所を移動する。寮の出入り口から少し離れた低木の植え込みの所だ。

 「お前が悪いわけじゃねーんだけどさ。皆ショックだったんだよな」

 無言で少し首を傾げるルディに、エルはやっぱりわかってねーなコイツと、幼馴染みの鈍さにほとほと呆れる。

 「オレたちはこの学年のトップクラスでさ、競い合って頑張ってきたんだ。それが、いきなりお前が入ってきて、しかもオレたちの誰も敵わねぇときた。どう思うよ?」

 先生達に敵わないのは当たり前で、まだいいのだ。でもルディは同学年で、しかも今まで噂のせいで劣等生だと思われていて、誰も歯牙にかけていなかった。

 それなのに、蓋を開けてみれば誰一人として、ルディの魔法に太刀打ちできなかったのだ。

 「悔しいって思うよね、普通は。でも、皆あれからルディのこと一言も言わなかったの」

 ルディがスレイン先生達に連れられて、授業から抜けた後の雰囲気が、すごく変で悪かったと、フローネは言った。

 「お前の魔法が凄すぎたんだ。なんつーか、努力で何とかなるってもんじゃなかったからさ。ボロッボロになったプライドが、なんかひん曲がっちまった方向にいっちまった奴もいるんだ。それがお前ときたら、案の定、全然わかってなくてボケまくりやがって」

 思いっきり腹が立ったと、エルはむんっとルディを睨み付けた。

 「ローレイとかは、まだいいんだけどさ」

 「どこがよ。一番怖かったよ、ローレイ君。ちょっと違う感じで」

 予想以上だったよとか言って、すごい怖い笑みを浮かべていたとフローネは思った。

 「まあ、そんな感じだったよな。いや、一番やばかったのはウェリンだろ」

 「うーん、あの人はね。複雑なんじゃないかな」

 フローネもウェリンのことは気になっていたが、だからといって自分に何ができるというものでもない。

 「オレもさ、炎竜嵐なんかまだまるっきり手が届かねぇってのに、お前ときたらあんな簡単に撃ちやがるし、オレたちの努力ってなんだよって、悔しいのなんの。お前が努力してねぇとは思わねーけど、それにしたって違いすぎるだろ。したら、お前相変わらずボケボケで、気が抜けたっつーか、腹が立つってゆーか」

 「エルは、僕のことが怖いとか思わなかった?」

 「何で俺たちがお前のこと怖がるんだよ」

 思ってもいなかったことを言われて、エルはムッと怒ったように言う。

 「誰かにそんなこと言われたの?」

 「言われたわけじゃないけど」

 それに近いことがあったのだと、ルディの様子から二人は見て取った。

 「それ、ルディのこと知らない人でしょ」

 フローネは断言する。

 「ああ、そーゆーのもあるか。オレとしちゃお前のボケのが怖いけどな」

 「そんなに、ボケてないよ」

 今日一日で何度ルディのボケに心臓が痛い思いをしたことか。ルディの抗議を、エルはスッパリ切って捨てた。

 「自覚ねーのが、一番タチ悪いんだ。覚えとけ」

 反論を許さないエルの強い口調に、グッとおし黙る。

 「うん、わたしも行き着くとこはそこかなって思うかな」

 「フローネまで」

 幼馴染み二人の容赦ない指摘に、ルディはむくれつつも文句の言いようもない。

 「俺等はさ、お前が魔力無くてずっと辛い思いしてたのを知ってる。学校でも何にも知らねぇ奴が変な噂たててるよな。そのせいでお前、劣等生だなんて思われてるし、そのくせ今度は逆になったら、僻んで妬むなんて腹立つじゃねーか。なのに、お前ときたら何にもわかってないって顔してるからさ」

 やっぱりボケだろうと、それでアタマにきたとエルは言った。

 それを聞いて、ルディは自分が責められても仕方ないと、ようやく気がついた。

 「心配してくれたんだ」

 「当たり前だろ」

 フローネを見れば、同感だと大きく頷く。

 二人には本当に申し訳ないと思う。

 昔からそうだった。優しい幼馴染み達は自分のこと以上にルディを心配して、いざという時には誰よりも身近にいて力になってくれた。

 今回もそうだ。

 だけど、仕方ない。

 それで納得してしまえる自分にも気がついていた。

 スレイン先生に言ったことと同じだ。

 自分は、自分の魔法は変えられない。

 だから、どうしようもないし、仕方ないのだ。

 エルは魔力がなくてルディが辛い思いをしてきたと言った。魔術師の家で、家族に疎まれてきたことを言っているのだ。

 辛かったのは事実だが、実はエル達の思っていたこととルディの思いは少し違っていた。

 魔力がないと蔑まれていたことより、魔法なしでは生きられない存在であるのに、魔法を奪われていたことがルディシアールをずっと苦しめていたのだ。自覚のないままに、魔法に焦がれていた。

 他人の評価が欲しいわけではないのだ。

 自分に使える魔法を誇る気持ちなどないから、他人に妬まれているとわからなかった。

 それを、自分の分まで怒って案じてくれている二人には言えないと、ルディは思う。

 「ごめん」

 ボケと言われても、やっぱり仕方ないと思って、ルディは言葉を飲み込んだ。






 サーニファは思わず足を止めて、その女性を凝視した。

 金の髪と瞳、非の打ち所のない麗しい容姿をした妙齢の女性は、周囲を圧する威厳をその美貌に備えていた。

 息を止め、サーニファは意識を奪われたまま彼女が歩み去るのを見送った。

 「すげえ美女‥‥‥今の見たかよ」

 「おう。隣にいたのも凄かったよな、胸が。オレあのお姉さんに男にしてもらいてぇ」

 思いっきり下品なことを口走ったのはクラスメイトの男子だった。

 「高望みしやがって、オマエなんか相手にされっかよ」

 けけけっと、これまた嫌らしい笑い声を立てた同級生に、潔癖なサーニファは顔を顰めた。

 「今の金の魔術師様だろ、オレこんな近くで見たの初めてだ」

 「オレだって。ちょっと前に見たって自慢してた奴いたけど」

 「お気に入りの顔見に、たまに来るって噂だし」

 「ああ、顔だけって評判の」

 またルディの悪口かと、ますます表情をきつくしてサーニファは足早にその場から立ち去る。そのため、その後の二人の会話はサーニファの知らぬこととなった。

 「いや、それがさ、オマエも雷魔法命のサルーディって知ってるだろ。そいつと火魔法最強主義のナイルカリアスの二人が中心になって一組の連中が、打倒ルディシアールとか言って気勢あげてたんだよ」

 「なんだ、それ?」

 「一昨日最初の授業があった日の放課後にさ、オレ当番だっただろ。職員室行ったら一組の連中が物凄い顔して先生に、特訓だとかいって自主練習を申し込んでたんで、ちょっと聞いてたんだよ」

 「や、さすがトップクラス、熱心だねぇ」

 「だから聞けよ。とにかく、ナイルカリアスがやられっぱなしじゃ男が廃るとか、サルーディが敵わないまでも一矢報いずにおくべきものかって、滅茶苦茶言っててさ、なんかおっそろしい顔して、ルディシアールに逆襲だって言うからさ、つい突っ込んじまったんだよ、オレ」

 「なんて?」

 「顔だけのお気に入りがなんかやらかしたのかって。そしたら、でたらめな噂流した奴出てこいって、キレられて。とんだとばっちり食っちまった」

 「なんだ、それ?」

 「よくよく聞いたら、どうも授業で一組全員、ルディシアールに負けたらしい」

 「うっそだろ」

 信じられないと、ケラケラ笑う友人に、彼は真剣な顔で違うと言う。

 「それがマジだと」

 「首席のローレイと四属性のウェリンもかよ?」

 友人があんまりマジに言うからと、一組にはあいつ等もいるだろうと指摘する。サルーディやナイルカリアスなら調子に乗ってポカやらかすことはあっても、ローレイはそうはいかないだろうというのは、同級生全員の共通した認識だ。

 「全員歯が立たなかったってよ」

 「いやだから冗談」

 「だと思うなら、今度一組の奴に聞いてみな」

 それでもなお信じがたいという顔をしている友人に、彼はくれぐれも八つ当たりされないように気を付けて聞けと、言っておいた。







 一年次の女生徒が三人、浮かない顔をして寮への道を歩いていた。

 「難しいね」

 「うん。できたと思ったのになぁ」

 治療院での実習の帰りだ。三人は治癒科の生徒だった。

 入学から二ヶ月半、ようやく初級の回復魔法を発現できるようになってくる頃だ。

 「半年試験までに回復魔法使えるようにならないと、自主退学の勧告あるって」

 「やだ、変なこと言わないでよ」

 「まだ大丈夫だってば。時間あるもん」

 「あたし、治癒系より水魔法のが向いてるかも。水球、大分形になってきたし」

 「わたしも風球、もう少しでなんとかなりそう」

 「回復のが難しいんだよね。けど、そっちがわたしらの本職になるんだし、頑張らなきゃ」

 今年の治癒科は五十七名、去年よりかなり多い人数となり、二クラスに分かれていた。去年が近年では特に少なかったというのもある。

 それでも際立った才覚を持つ特異な生徒はいなかったが、かなり有望な生徒も少なくはない。彼女たちも実は成績の優秀な方に分類されるメンバーだった。

 それでもまだ効果のある回復魔法が発現できるまでには至っていない。そのくらい、治癒魔法はデリケートでかつ魔力を必要とする難しい魔法なのだ。

 「こうなると、やっぱ去年の入学試験で回復魔法使って見せた受験生がいたって噂、信じられないよね」

 こんだけ苦労してまだまともに発現できない回復魔法、入学前の受験生が使って見せたなんて、とても信じられなかった。

 「でも、職員室で聞いたって言ってたよね。昨年、治癒の適性検査会場で回復魔法を使った『彼』は例外中の例外ですって、二年次のスレイン先生とカルトゥル先生が話してたって」

 二人ともでたらめを言う先生ではない、どちらも真面目で理論派だと評判の先生なのだ。

 「でも、そんなすごい先輩の話って聞かないよね。逆ならいるけど」

 「あー、あれね。金の魔術師様のお気に入りってやつ。アリアルーナの下の兄貴だっけ」

 「しっ、それ言うとアリアルーナすっごい不機嫌になるじゃない。ほら、あんなの兄だと思ってないって」

 「でも、ちょっと酷いよね。自分のお兄さんのこと、顔だけの無能なんて、普通言わないでしょ」

 アリアルーナは優秀だけど、それだけはどうにもいただけないと彼女は思っていた。

 話を振った友達も、それは同感らしい。自分にも一つ上の兄がいるし、ちょっと恥ずかしいバカっぽいとこあるけど、あんなに毛嫌いして扱き下ろす真似は、絶対しないと、たまに口にしていた。

 それに魔力が無いというが、生活魔法がようやく使える程度の魔力しか持たない人がほとんどなのだ。家族全員が魔術師の家に生まれたりして、魔法学校にいるから、魔力があるのが当たり前という感覚になっているが、そちらの方が普通ではない。

 それは学校でも先生によっては、口を酸っぱくして言っていることだ。

 魔法という力がある魔術師は、どうしても選民感覚を抱いてしまう傾向があるが、それは決していいことではない。難しいことではあるが、魔法は技能の一つで、それが人の価値のすべてではないと知るべきなのだ。

 「人の家のことに口を出すのは野暮だけどね。事情もあるでしょ」

 そう言いながら、彼女は自分の兄に魔法のコツを教えてもらおうかと思っていた。

 変なこだわりがあるが、あれでも二年次戦闘科のトップクラス一組にいるのだ。少しは頼りになるところを見せて貰いたいものだと思う。

 そう思っていたら、派手な橙色の髪をした兄がくたびれた足取りで寮に戻ってきたのと、ばったりと行き会わせた。

 「うわぁ丁度良いわ、お兄ちゃん」

 彼女が笑顔で呼び止めたのは、雷魔法が得意なサルーディ・フール・ノインだった。

 「どーしたリンティ?」

 濃い茶色の髪をした妹が手を振って自分を呼ぶのに、サルーディは足を止めた。

 友達と一緒にサルーディの所に駆け寄ってきた妹のリンテーラは、開口一番魔法を教えてと意気込んで言った。

 「魔法?オレは治癒魔法使えねーぞ」

 「そんなのわかってるって、ボケないでよ、お兄ちゃん」

 「だよなー。んじゃ四属性魔法の方か?」

 「そう、二年次戦闘科一組のお兄ちゃんに、ぜひ教えて欲しいの」

 よいしょっと持ち上げることを忘れない、調子の良い妹に、サルーディは途端に笑顔になって胸を張る。

 「よろしい。何でも聞いてくれ」

 「水球の手っ取り早い習得方法ってない?」

 「ない。つーか、球は基礎中の基礎だぞ。そこで手を抜くこと考えるんじゃねーぞ。球をしっかりモノにしとかねーと、後は何やってもダメだからな」

 「うわっお兄ちゃんが先生みたいなこと言ってる」

 「うるせー、初級魔法は大事だって、しみじみ実感してんだ。お兄ちゃんのありがたい教えを茶化すな」

 タダでさえ疲れているんだと、サルーディは妹の茶々に脱力する。

 「お前等の魔力じゃ厳しいだろーが、正確に詠唱して、地味に反復練習するのが、一番だ」

 これはスレイン先生の受け売りだと、サルーディはリンテーラに教える。

 「なんか疲れてるねー。二年次の授業ってそんなに大変なの?」

 「ファルニア先生の厳しいのなんのって。くそっ、ルディシアールに逆襲なんて考えなきゃ良かったぜ。あげく完敗しちまって、馬鹿みた」

 そもそもルディシアールにやられっぱなしじゃ気が済まないということで、逆襲目的の自主練習を一組の有志で計画したのがファルニアに聞こえて、そんなに元気が余っているならもっと厳しい授業にしてやろうと、宣言されたのだ。

 もちろん有言実行のファルニアのこと、クラス全員が口もきけないくらいクタクタになるほど、毎日扱かれることになった。

 「ルディシアールって、金の魔術師様のお気に入り?」

 「そっ、二年次きってのバケモンだ。いや、学校中探しても、アイツに勝てる奴なんていねーだろ。噂に聞くアイツの師匠以外」

 「あたしが言ってんのは、すっごくキレイだけど、魔力ないのに金の魔術師様の贔屓で入学したって噂の」

 「なんだよ、まだそんなデタラメな噂生きてんのか。ったく、いい加減にしとけよな、迷惑だってーの」

 やれやれと、サルーディは腕を組んで大きく息を吐いた。

 噂を真に受けた連中がその話をしていると、ウェリンがそれはキツイ目で睨み付けるのだ。それはそうだ、ルディシアールが劣等生ならばそれに負けた自分はどうだということなのだろう。

 プライドが邪魔して、ウェリンはルディシアールに負けたことを口にできないからこそ、いろいろとやっかいなのだ。

 「デタラメなの?だって、その人の妹がクラスメイトなんだけど、顔だけの無能っていつも言ってるけど」

 リンテーラの言葉にサルーディはきゅっと目を吊り上げた。

 「あん?ああ、フロアリュネの言ってた妹か。あのなリンティ、内緒だけど、オレたち一組全員、十九対一で、アイツに完敗してんだ」

 つい最近のことだ。笑顔のファルニアがお前達の頑張りに免じて、お望みの再戦の機会を設けてやろうと言った。スレインがブランに頼み込んで、実技授業にルディシアールを引っ張ってきたのだ。

 そして、十九対一の、とんでもない模擬戦をやって、あげく文句のつけられない完敗を喫した。

 先行で詠唱時間を与えられ一斉に全力で撃った攻撃魔法を真正面から受け止められ、即座にお返しの雷鞭の応用という弱い雷魔法で、全員が一撫でされて地面に転がった。痺れて動けないように無力化されたのだ。それが一戦目。

 放って置かれてもしばらくすれば麻痺も治るのだが、ルディシアールが限定領域回復魔法でまとめて全員を治療したため、直ぐに復帰となった。

 それではと二戦目はローレイの指揮で守備と攻撃を分け、時間差で仕掛けたが、魔法を発動と同時に介入されて散らされ、丸ごと全員が風楯で上から押さえ込まれた。

 あんな風楯の使い方アリかよと、誰もが思ったという。

 見ていた先生達も、引きつった顔をしていた。

 「初級魔法、馬鹿にできねー、マジで」

 とにかく、まるで歯が立たなかったのだ。

 それだけやっても当のルディシアールは平然としていて、幼馴染みのフローネに文句を言われていた一幕もあった。

 「もうやだ。ルディってば、なんで平気な顔してるのよ」

 フローネは息も乱していないルディにむくれてみせる。

 「だって大したこと‥‥あっ‥‥」

 「ルディ!」

 大したことないと言いかけたルディは口を押さえたが遅かった。不用意な発言はしっかりフローネの怒りを買っていた。

 「やーい、怒られろ」

 ガキのようにケラケラ笑いながら、珍しいフローネに責められるルディという構図を、エルはからかった。

 「でも、もっとローレイ君が時間かけて作戦練れば、なんかとんでもないことしそうで怖いっていうか」

 「僕をそこまでかってくれているのかい。ありがたいが、これ以上はやる意味がない。お互いに。それに、僕なら君と戦わずに無力化することを考えるね」

 「やっぱり怖いね、ローレイ君」

 考える視点が違うと、皆はローレイの認識を新たにする。

 そもそも、さすがにこれ以上は先生達ではフォローできない事態もありうるので、ファルニアもやらせる気はなかった。

 生徒の一斉攻撃は、事前にルディシアールに確認を取っていたのだ。不意打ちでなければ対処できるとの返答を得ていたのは、生徒達には内緒だった。

 なぜなら「不意打ちでなければ」という条件は、あくまで攻撃してきた相手の安全を考慮した対応が確実に取れるという意味での、「対処できる」なのだ。

 初授業以来、収まらないであろう生徒達のルディシアールへの鬱憤を晴らす機会を設けたのは、もともと開き直っていたローレイと幼馴染み二人以外への一種の荒療治だ。

 ルディシアールには理不尽とは思ったが、他の生徒との間にあるガス抜きのつもりでつきあってもらった。

 その結果少なくとも、サルーディのように、一応吹っ切れた輩もいるから、効果はあったということだろう。

 もっとも、その後はもっと精進しろと更にファルニアの授業が厳しくなるという悪夢がサルーディ達を待っていたという。

 そこまで詳しくは語らなかったが、兄の遠くを見る表情に、よっぽどのことがあったのだろうと、リンテーラはそれ以上聞くことをやめることにする。

 「とにかく馬鹿な噂は真に受けんな。ああ、金の魔術師様のお気に入りってのはマジだそうだ」

 「でも、アリアルーナが」

 「エルトリードが言うには、あそこの家はちょっと複雑なんだと。無視しときな」

 「うん、そうするね。お兄さんの悪口は、もともとちょっとね」

 「リンティのはお兄ちゃん自慢も混じってる愛のある悪口だもんねー」

 横で友人が茶々を入れるのに、リンテーラは余計なこと言わないと慌てて止める。

 「ふーん、お兄ちゃんの悪口言ってたりするのかなー、リンティは」

 怒ってはいないが、サルーディはじろりと妹を軽く睨む素振りをした。

 そんなサルーディに茶々を入れた友人が手を上げて明るく聞いた。サルーディの醸し出す空気が気楽で軽いせいだろう、屈託無い性格も手伝ってこちらも結構遠慮なしだ。

 「はいはいっ馬鹿の一つ覚えで雷魔法しか使わないから、雷魔法はすごいけど、他の風魔法はまるっきりって、ホントですか?」

 リンテーラの友人の問いかけに、サルーディは怒るどころか力強く頷いた。

 「雷魔法は最強の男のロマンだ。オレは雷魔法に命を賭ける」

 「‥‥‥リンティの言うとおりだわ」

 お調子者で雷魔法にこだわる馬鹿っぽいけど、頼りになる強いお兄ちゃんと、リンテーラはよく言っている。

 「でしょ」

 リンテーラと友人達は顔を見合わせて、楽しそうに笑いあった。


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