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二年次最初の授業 前編

 入学式の日、会場係となった新二年次生徒が、式場の外で話をしていた。

 もう少ししたら入学式が始まるという時刻だ。

 「オレ等の学年って、よくよく見れば美人が多いよな」

 今年の入学生を見た感じ、なんとなく自分達の年次の方がキレイ度が高かったような気がするのだ。

 「可愛い系からお嬢様まで、よりどりみどりじゃね」

 うんうんと、同意するのは彼の悪友だ。

 「可愛い系っていうと、やっぱフロアリュネ・マユラだな」

 「中身はすげえけどな」

 外見と中身があそこまでギャップがあるのも、逆に魅力だろう。ただし、彼ら二人掛かりでも勝てないほど強い少女だ。

 「サーニファ・モニカなんかどうだよ」

 「あれは優等生代表だろう。悪くねぇが、正統派美人として俺はクレーネア・リンド・エリマスを推すぜ」

 「オレならレリー・キュルヘルネに一票」

 いつの間にか美少女談義になっているのは、男の子なら仕方ないところだ。

 「ハイハイ、オレはキャスハリア・ヒロカです」

 横から加わったのは、やはり彼らの同級生である男子だ。

 「オマエ、それ胸のでかさでだろう」

 「わかるわかる。ネルフィル・カリシエド・ノードリス嬢もすげえぜ」

 声を落としたのは、彼女が伯爵令嬢であるからだ。やはり貴族の令嬢をそう言う対象として名をあげるのには少しばかり注意が必要であるということだった。

 「それだったらオレはさ、フレーネル・マスティレがいなくなったのがすっげー惜しい」

 一年次進級試験に通らなかった少女の名をあげる。

 「後は、他国のだけど、お嬢様ならウェリン・アスギ嬢だよな。四元素属性持ちで、あの気位の高さがたまんねぇ」

 そこで彼らは一区切りをつけ、互いに顔を見合わせ一つの一致した見解を口にする。

 「‥‥‥けどさ、極めつけがなぁ」

 「だよな。あいつがさ」

 「男のくせにないだろ」

 「けど、アレより美人っているか?」

 少なくとも同学年の中ではいないと断言できてしまう。

 「教師なら負けねーのいるって噂だぜ。ただし男だけど」

 「それ、公開練習試合のとき、審判席であいつと一緒にいた黒髪の先生だろ。すっげー格好良い超美形の」

 「オレも見た。もう別格だった。あそこだけ浮いてたもんな」

 「それでお前等知ってるか?今年の新入生にあいつの妹がいるって」

 「マジかよ」

 「兄貴情報だから確かだぜ。ほら、オレの一番上の兄貴、あいつの兄貴と同級生だからさ。あいつと違って出来の良い美少女だって話だぜ」

 名前までは知らないけどと言う。

 「あいつの女の子版だったらすげーよな」

 うんうんと、三人は期待に胸を高鳴らせた。

 「あの顔だもんな。あいつもさ、噂がなぁ」

 「そうそう、金の魔術師様のお気に入りってか。いくら顔が良くても、男だし、やっぱ実力だよな」

 「二年次に進級したって、どー考えてもおかしくねえか。なあラルカス、お前治癒科だし、その辺どう思う?」

 ちょっと離れたところで作業していたのに、突然話を振られたラルカスは、慌てて首を振った。

 「悪い。俺はその話は金輪際しないって決めたんだ。お前等もやめといた方がいいと思うぜ」

 慌てて逃げるように向こうへ行ってしまった同級生に、彼らは首を捻った。

 「なんだあいつ?前は一番に言ってたのに、家から戻ってきたらあれだもんな」

 「ああ、ルディシアールの話には全然乗ってこなくなっちまって、つまんねーの」

 「まあ、ほどほどにってのもありかもな。ローレイがうるせーしよ」

 「あー‥‥ローレイかぁ」

 家格ももちろんだが、ローレイ本人の存在感もハンパではない。アイツは敵にまわしたら怖いというのは、同級生の一致した見解だ。

 「アイツの場合、フロアリュネにでも叩きのめされたとかだったりして」

 「そっちのがあり得るぜ」

 気楽に笑う同級生達は知らないのだと、ラルカスは身震いする。

 魔力無しだ、顔が良いだけの劣等生だと皆が馬鹿にする彼が、どれほどバケモノじみた魔法を使う危険人物なのか。かつては自分もあそこにいたと思うと、生きた心地がしなくなる思いだった。




 式場から出てきた新入生の中から、銀髪の少女を見つけ、リュシュワールは笑顔で寄っていった。

 「ルナ」

 「リュー兄さん」

 兄の顔を見て、一瞬笑顔を見せたが、アリアルーナはふと周囲に目を向けた。

 「大丈夫、あいつには来るなって言ってある。ルナに迷惑だから、校内で話しかけるんじゃないってな」

 「良かった。さっきも、ルディのせいですっごい気分悪いことあったのよ」

 何よあの連中と、アリアルーナは自分に向けられた上級生達の評価を思い出して憤慨した。

 あれが金の魔術師様の贔屓で入った奴の妹だと言われたときは、入学式の緊張感も晴れがましさも吹っ飛んでむかついた。しかもあいつ等は、もっと許せないことをこそこそと囁いていたのだ。

 聞こえなければ良かったのにと、アリアルーナはギリリっと唇をかんだ。

 「‥‥‥何が、キレイだけど思ったより大したことない、よ」

 リュシュワールに聞こえないくらいの吐息のような呟き。まったく口にするだけで腹立たしい。

 アレの妹だって期待しすぎ、十分美人だろうと、あいつ等は言っていたのだ。

 「顔だけのアイツと比べないでよ。ホント、ルディがいなきゃこんな嫌な思いせずに済んだのに」

 今だけのことではなく、ルディを悪し様に罵ることでアリアルーナは鬱憤を晴らすのを躊躇いもしない。アリアルーナがずっとそうしてきたのは、皆が同意してくれたし、全部の責任を押しつけてしまうことが一番楽だったからだ。

 「そうか。俺もあいつには迷惑かけられてんだ」

 「大変だね、リュー兄さんも」

 「ルナも何か言われても他人だって顔しとけよ。どうせそのうちそうなるんだ」

 リュシュワールは可愛がっている妹にわかっているよなと、笑いかけた。

 この妹は勝ち気で我が儘だが、それも女の子らしいと思えば自分の気には障らない。周囲の目もそんな感じだった。

 妹は出来が良いのに、あんなお荷物の弟がいて大変だねと、周囲はよくリュシュワールにそう言っていた。

 ルディは魔力がなかった頃のように、家で小さくなっていれば良かったのだと思う。自分の顔色を伺って、影に隠れるようにしていれば、兄としてそこそこ面倒も見てやっただろうし、側に置いてやっても良かったのだ。

 自分を引き立て、自尊心を満たす存在として、(ルディ)は昔は格好の存在だった。

 あのままだったら、こんなに腹が立つこともなく、ここまで嫌わずに済んだとリュシュワールは思っていた。

 一方でフローネは剣の練習場で、エルに八つ当たりをしていた。

 「何が迷惑だから話しかけるなよ。こっちの方がお断りよ」

 怒りの声と共に鋭い突きが襲ってくるのに、エルは必死で身を躱す。

 「ほっとけよ。近づくだけ気分悪くなるだけだって。んなのわかって‥‥‥待てって、こら」

 こっちの剣を目がけわざと当ててくるフローネのラッシュに、勘弁しろよとエルは涙目で剣をさばくが、あっという間に飛ばされてしまった。

 「オマエな、なんで俺に当たるんだよ」

 「そこにいるからよ」

 当たられてくれるエルにちょっとだけ感謝しつつも、フローネはこの位ではむしゃくしゃする気持ちが晴れないと、全身から不機嫌なオーラを発していた。

 「ルディが言い返さないのをいいことに、ホント腹が立つったら」

 わざわざ自分達がいるところで、ルディに入学してきた妹には絶対に近づくなと、リュシュワールは言いつけたのだ。

 何故彼がそこまで実の弟を忌むのか、エルにはわからないし、ずっとフローネにもその心の裡は計り知れなかった。今だって納得などできていない。

 嫉妬だと、リュシュワールの母親はフローネに言ったのだ。

 フローネは休暇中、偶然にルディ達の母ウィレットーラと二人きりで話す機会を得た。

 だが、それはエルにも言っていなかった。

 家族に知られないように家の様子を見てきて欲しいと頼まれたフローネは、学校に戻ってから当たり障りのないことだけを、ルディに伝えていたが、無論その中にもウィレットーラとの会話は含まれていない。

 「あらフローネちゃん、お久しぶりね」

 休暇で帰郷していたフローネは、両親の勤める魔法ギルドのトゥルダス支部へ向かう途中でウィレットーラと一緒になった。

 ウィレットーラの手には魔石の入った鞄が持たれており、おそらく魔法ギルドに納品にでも行くのだろうと、フローネは推測する。

 行き先が同じなのだから、自然に連れ立って歩くことになった。

 「お久しぶりです。学校がお休みなので一昨日、家に戻ってきたところなんです」

 「そう。ウチのリューも帰ってきてたものね。貴女達もてっきりルディに付き合って居残るんじゃないかと思ったけど、ちゃんと帰ってきたのね」

 「ええ。そうしようとしたけど、ルディが駄目だって言ったから、エルも帰宅してます」

 ルディに帰ってくるなと言っておいてその言いぐさはなんだと、フローネは内心でムッとする。

 「顔を合わせたくなかったのよ。これでも罪悪感くらいはあるってことね」

 罪悪感などと、ウィレットーラが急にそんなことを言ったので、フローネもはっと不意を突かれた顔をしてしまう。

 どういうことかと真意を探るような目を向けるフローネと、ウィレットーラはわずかに自嘲的な笑みを浮かべて視線を合わせたが、直ぐに日常の、何でもないような素振りで前を向いて歩みを進めた。

 「文句が言いたかったのでしょ?家があの子(ルディ)に冷たすぎるって」

 「わたしが言っても、ルディが虐められるだけだもん」

 だから黙っていたというフローネに、ウィレットーラはそうでしょうねと、何でもないことのように流す。

 「あたしは結構腕の良い迷宮探索者だったわ。自慢じゃないけど、魔力だけならまだ貴女に負けないわよ」

 肩より短く切りそろえられた淡い金髪は、ルディの兄リュシュワールより少しだけ色が濃い。顔立ちはルディに似ているが、妹のアリアルーナの方が面差しをより強く受け継いでいる気がする。

 「そのあたしと魔術師の自分の子なのに、ルディには魔力がなかった。義父(アルハー)ルトワーノン()も良くも悪くも典型的な魔術師だから、力のない息子(ルディ)が認められなかったのよ」

 「それは」

 「ええ、間違いだった。だけど、あの子の魔力を吸っていた魔石が駄目になって、影響が大きすぎるから、お店と仕事場を改装するのに家は借金を抱えることになったの」

 「でもそれはルディのせいじゃないよ」

 「気づかなかった自分達のせいと金の魔術師様にも言われたけど、なかなか納得できないものよ」

 「だけど」

 そんなのは勝手な言い分だと、フローネは思う。

 「家にもいろいろ事情があるの。ルディに対する罪悪感が、あの人たちを余計に意固地にさせちゃったみたいね。まあ、リューとルナは、ルディをずっと下に見てきたからね。実は金の魔術師様に気に入られるくらいの魔力があったなんて、許せないでしょうね」

 兄弟であるがゆえに、嫉妬という感情はより根深いものになったのだと、ウィレットーラは言う。

 ただ、それでどうだというのが、フローネの気持ちだ。だからルディに冷たく当たって、虐めていいものかと、余計に腹が立っただけだった。

 大体、ウィレットーラ自身もルディに冷たい。母親として庇ったりするどころか、リュシュワールやアリアルーナに対するとは明らかに違い、どこか引いた態度でルディに接していた。

 まるで母親の義務としてルディを育てたように、ずっとフローネは感じていたのだ。

 憤慨するフローネを、ウィレットーラはあえて無視した。

 別にフローネに納得してもらうつもりで、ウィレットーラは話したつもりではなかったのだ。

 「あたしはあの子が怖い」

 唐突に、ウィレットーラは言った。独り言のように。

 「あの子がお腹にいる間、あたしは魔力がおかしかった」

 ものすごく上がったり、突然下がったり、もう滅茶苦茶で魔法なんて怖くて使えなかったという。また中身は覚えてないけれど、何度も変な夢を見ていた記憶がある。

 「それであの子を産んだときに、あたしとんでもないものを産んじゃったって、思ったわね。あの子はね、あたしのお腹を借りて産まれたけど、あたしの子じゃないの」

 「そんなの、酷い」

 「母親の言うことじゃないって言いたいのよね。でもね、産んだあたしにはわかるの。あの子は違うの。ねえフローネちゃん、貴女、ホントにわかんない?」

 前を向いたまま、ウィレットーラは空虚な表情でフローネに投げかけるように言った。

 フローネの返事がないのは、最初からわかっていたように、ウィレットーラはそれきり口を閉ざした。

 何故、ウィレットーラが急にあんな話をする気になったのか、分からないままに、怒りからくるむかつきと、奇妙な不安をフローネに植え込んだ。

 フローネには知るよしもなかったが、ウィレットーラのそれはルディに向けた言い訳だった。

 ずっと心の中に鬱屈していた想いを、多分もう会うことのない息子の影に向けて吐きだしたのだ。彼女の罪悪感が、それを口にださせた。

 解放されると。

 ルディを手放すことをシエロ家が決めて、ウィレットーラは今となっては息子に繋がった唯一の存在であるフローネにそれを向けたのだ。

 身勝手であることを自覚しているから、ウィレットーラもまたルディの顔を見たくなかった。

 誰にも言えなかったそんなことを抱え込んだフローネの八つ当たりを受けまくったエルだったが、ようやく手が止まったところでほっと息をつく。

 「けど、ルディも戦闘科に転科って俺たちも驚いたけど、良かったよな。アリアルーナと治癒科で一緒にならずに済む」

 エルが良いことだと言ったそれに、フローネは頷いた。

 「そーよね。でも、ルディももっと早く教えてくれれば良いのに」

 「うっかり忘れてたんだろ。あいつらしいぜ」

 新年度のクラス分け発表で、ルディシアールの戦闘科への転科は皆に驚きをもたらせた。

 治癒科からの転科は珍しいが、ないわけではない。ルディシアール以外にも、サーニファ・モニカも希望通り戦闘科へ変わっていた。

 「でもルディ、技術科に行くつもりだったのよね」

 「ああ、なんかクラウディウス先生とスレイン先生が、揃って戦闘科へ変わるように言ってきたって、あいつにしちゃ珍しくぼやいてたよな」

 魔導具作りをやりたかったのにと、戦闘科は本意ではないとエルたちにこぼしていたのだ。

 「わたしは嬉しいけど」

 「そうだろーぜ」

 なにせ、同じクラスだ。

 戦闘科への転科もだが、クラスがフローネやエルと同じトップクラスへ入ることになったため、皆はどういうことなのかと騒いでいた。

 贔屓と言っても度が過ぎるし、第一無理だろうという声が大多数だった。

 フローネやエル、ローレイたちが所属することになった戦闘科一組は、実力がトップレベルの二十人が選抜されていた。その中に、治癒科からルディがぽんと放り込まれたのだ。驚かない方がおかしい。

 同じ治癒科出身とはいえ攻撃魔法の実力もなかなかだといわれているサーニファでさえ、次点の二組に割り振られたのだ。

 ちなみに二年次生徒の内訳は治癒科三十二名、技術科二百三十五名、戦闘科百九十三名である。

 戦闘訓練は治癒科と技術科の必須科目からは除かれ、希望制となるため、魔力の低い者や攻撃魔法の苦手な者は総じて技術科へ流れた。

 それでいけば、ルディシアールは当然技術科へ行くものと皆には目されていたのだ。




 二年次になって初めての授業だ。変わったのは制服の襟元に止められた学年を示す記章の杖が二本になったことくらいだった。

 戦闘科一組の担任はスレインである。もちろん二年次主任であるクラウディウスに責任を取れと押しつけられたのだ。

 副担任は女性魔術師ファルニア。スレインより一つ歳下で長い銀髪を編み込んで後ろで結っている、キツイ顔立ちをした美人だ。彼女は火と土の属性持ちである。

 物静かなスレインと対照的に、彼女は押しの強い好戦的な性格をしていたが、生徒の育成には非常に熱心で、有能な教師だ。

 「やった、ファルニア先生だ」

 自分と同じ属性であり、スタイルのすばらしい女性魔術師が副担任と言うことで、エルはぐっと拳を握って喜びを表した。

 「はいはい、皆、静かに。大体は去年一緒に実習した仲間だけど、ちょっと新顔も混ざってるからね。陳腐だけど自己紹介から始めるとするか。右側前席から名前と属性を言うように」

 ちょっとハスキーな歯切れの良い話し方をするファルニアの指示で、授業は自己紹介から始まった。

 「エルトリード・レイス、属性は火と土。よろしく」

 「ネルフィル・カリシエド・ノードリスです。属性は水です」

 「サルーディ・フール・ノイン、雷だっ」

 「待て、サルーディ。雷は風の派生属性だ。正確に言え」

 「えーっ、いーじゃないですか、雷魔法は男のロマン‥‥‥済みません、風です。得意は雷魔法」

 殺気が込められたファルニアの視線に、おちゃらけようとしたサルーディは身の安全を選択した。去年の経験で、怒らせたら怖いという彼女の恐ろしさは身に染みているらしい。

 「ローレイ・キース・カレーズ、水と風です。雷も使えます」

 風属性の全員が必ずしも雷を使えるわけではない。また、水属性の氷も同じだ。

 「フロアリュネ・マユラ、風と水」

 「ナイルカリアス・テディス、火、風、水だが、火以外はクソだ。火魔法こそ最強!」

 「サルーディ、黙って座れ!ナイルカリアス、余計なことは言わなくて良い」

 ガタンと椅子を蹴飛ばして立ち上がったサルーディの先を制して、ファルニアがギンッと鋭い目線で睨み付けた。当然、サルーディは開きかけた口をつぐんで、すごすごと椅子を直しておとなしく座る。

 「ウェリン・アスギですわ。四元素属性すべて使えます」

 四属性すべてと聞いて、ルディは珍しいがお前だけでもないと言ったブランの言葉を思い出した。

 彼女、ウェリン・アスギはユルマルヌ公国からの留学生だ。

 「クリセルディア・ユーリズ、火属性」

 「ルディシアール・シエロです。治癒と得意なのは風魔法です」

 「治癒科からの転科だな。ルディシアール、先程サルーディにも言ったが、正確に言え」

 昨年度の一年次担当教師の一人として試験にも立ち会っているファルニアは、当然ルディシアールの使える属性を知っていた。使える属性は全部言えということらしい。

 「済みません。治癒と風水火土です」

 素直に口にしたルディの言葉に、教室がざわめいた。教師以外はルディシアールが四元素属性すべてを使えることを誰も知らなかったのだ。

 「それ四属性全部ってことか‥‥‥ホントかルディ」

 エルが思わず立ち上がって、ルディを見た。フローネも目を丸くして幼馴染みを見ていた。

 「ごめん、言ってなかった‥‥かな」

 ルディは困ったように俯く。隠すつもりではなく、単に言う機会がなかっただけだったのだ。

 「その話は放課にでもしておけ。とりあえずエルトリードは座れ。まだ全員終わっていない」

 ざわめく生徒達を鎮め、ファルニアはそのまま自己紹介を続けさせた。

 「ルディ」

 放課になった早々に、ルディは幼馴染み二人に詰め寄られた。

 ギッと、両手を腰に当て仁王立ちになったエルが、席に座ったままのルディの前に立つ。その横にはもちろんフローネがいる。

 「ご‥ごめん‥‥つい、言いそびれて。‥‥‥怒ってる、よね?」

 身をすくませて、二人を上目遣いに見るルディに、エルはしょーがねーなと、チラリとフローネを見て腰に当てた手を下ろした。

 「怒ってねーよ。どうせお前のことだ、うっかり言い忘れていたんだろう」

 「‥‥‥そう、だけど」

 事実その通りなので、ルディとしてはそれ以上の言い訳も無い。

 「まったく、お前のボケは時々笑えねぇ」

 本人に悪気はないのだろうが、たまにこうして主にエルの、怒りとも呆れともいえない感情を誘ってしまうのだ。それは心配の裏返しだったりする。

 「まあ、オレたちもあんまお前に魔法の話はしてなかったしな。お前、治癒科だったし」

 少なくとも、ルディは嘘は言っていないのだ。言わなかったことがあっただけで。

 たまたまエル達が、ルディの使える四元素属性魔法が風と火だと思い込んでいただけだ。

 「ね、他にわたしたちに言い忘れていることない?」

 この際だから言っちゃいなさいと、フローネまでが珍しく追及の手を緩めない。

 「怒らねーから、言っちまえ」

 「‥‥きゅ‥急に言われても‥‥‥その‥‥」

 思いつかないといった感じのルディは、相変わらず肩を縮込ませた上目遣いの姿勢のままだ。

 「君達、あまりルディ君を虐めては気の毒だ。そのくらいで許してあげてはどうかな」

 「ローレイ!オレたちは別にルディを虐めてるわけじゃ」

 「傍目からはそう見えるということだよ」

 ローレイに言われて教室を見回せば、周囲の目が皆こちらに向いていた。タダでさえ四元素属性で注目の的なのに、とにかくこの幼馴染み三人組は容姿の良さもあって目立っているのだ。

 「仕方ねぇ、この位で勘弁してやるか」

 「そ‥そうね。ルディ、ホントにちょっとびっくりしただけだから」

 虐めたなんて冗談じゃないと、フローネはルディに向かって慌てて言い訳をした。

 「ごめんね。そんなに大変なことだって思わなかったんだ」

 そういえば、こいつの先生は異名持ちだったと、エルはある意味納得した。異名持ちが四元素属性すべて使えるのは有名な話である。同じ四属性持ちなら特別扱いもないだろう。

 「それで君は今日の実技授業には参加するのかい?」

 去年は一切実技の授業には出なかったルディである。今年はどうするのかローレイは尋ねた。

 戦闘科に籍を置いた以上、さすがにまったく実技授業に参加しないとは思えなかったから、ルディの返答はローレイの期待を裏切らないものだった。

 「うん。とりあえず今日は出席しておけって、ブラン先生が」

 「とりあえず、ね。ようやく君の実力が見られるわけだ」

 ローレイの目が不可思議な笑みを掃いたように、ルディには思えた。

 楽しみだというローレイの後ろ姿を、ルディは何とも言えない気分で見る。最近ふとしたときに、彼は結構怖い人物ではないかと感じていたのだ。

 そして、自分のことをよく見ているのだとも気がついた。

 エル達に聞いたことでも、何とも微妙なタイミングで、それこそ計ったように介入してくることが多いように思えたからだ。




 今日は昼食を挟んで実技授業となるが、これからは午前中に実技が入ってくることもあると言われた。

 技術科と別れたために、戦闘訓練を受ける人数が減り、より専門的な指導が導入される。またこれからは更にレベルの差が大きくなっていくため、クラス単位で授業が行われることになるためだ。

 「貴方、ルディシアール君と仰いましたわね。たしか、進級試験のときに、わたくしの後に実技試験を受けたのは、貴方であったと記憶しておりますけど」

 食堂に行こうとエル達と教室を出かけたルディに、ウェリンは声をかけてきた。

 ウェリンは進級試験の際に会場ですれ違ったルディを、その目を惹く容姿もあって覚えていたのだ。あいにくとルディの方は記憶になかったが。

 「そうだったかな?」

 「最終日ですわ。わたくしが最後だと思っていたのですが、貴方が入ってきたので覚えていたのですわ」

 「うん、そういえば僕で最後だって先生に言われた。じゃ僕の前が君だったんだ」

 「ウェリン・アスギですわ。同じ四属性持ちとして、貴方がどのような魔法を使うのかとても興味がありますの。この後の授業が楽しみですわ」

 挑戦的な態度でウェリンは会話を終わらせた。

 「やっぱりね。あの人のことだから、絶対ルディに何か言ってくると思ったわ」

 予想通りだったと、フローネはウェリンの一つに縛った長い巻き毛が揺れる後ろ姿を見やりながら言う。

 「すっげプライド高いもんな。自分以外に四属性持ちなんていたら放っておかねーよな」

 こちらも予想していたとエルがルディに気を付けろよと忠告する。

 間違いなく、午後の実技授業でルディに突っかかってくるだろうと、二人の意見は一致した。

 彼女は魔力もおそらくは学年で一番高く、四属性にものをいわせ使う魔法の種類も多彩だと、エル達はルディにウェリンのことを教える。

 「ユルマルヌの子爵令嬢で、典型的なお嬢様って感じね」

 「子爵令嬢って、サーニャもそう言ってたよね」

 身近なもう一人の子爵令嬢を、ルディは思い出した。こちらはマルドナーク皇国の子爵令嬢という話だった。

 「言ってたな。雰囲気丸違いだけどさ」

 お国柄の違いより、単に当人の性格の差なのだろうと三人は思った。

 「何、わたしがどうかした?」

 話しながらいつの間にか食堂に着いていた。昼を一緒に食べようと約束していたため、先に来て席を取っていたサーニファが手を振って三人を出迎える。

 「いや、さっきルディがユルマルヌの子爵令嬢に喧嘩売られてさ」

 「エル、あれは別に喧嘩売られたわけじゃ」

 「何言ってるのルディ、あれは間違いなく挑戦してきたのよ」

 自覚の無かった幼馴染みに、フローネは危機感を覚えて警告した。

 「四属性のウェリンか。またルディはどうしてそんな人にいきなり喧嘩売られてるのよ」

 「ルディも四属性だからよ」

 ルディが悪いわけじゃなくて、そのせいで一方的にあっちから喧嘩を売ってきたのだと、フローネはその一言でサーニファに状況説明をした。

 「嘘っ四属性全部?」

 「ホントみたいだぜ。先生も認めてたもんな」

 最初風属性だけ言ったルディを注意したのだ。学校は生徒の属性を把握していて当然だというのが、エルの根拠だった。

 「だってルディ、治癒科だったじゃない」

 治癒と四属性。それの意味する俗説を、たまたまサーニファは知っていた。

 「元よ、今はわたしのクラスメイト」

 そこが大事とフローネは言う。

 「次の定期試験でクラスの入れ替えがあるのよ。見てなさい」

 治癒科スタートによる戦闘魔法の習得不足を、そこまでに挽回してみせるとサーニファは宣言する。

 「ふふん。楽しみにしてるわ」

 ライバルは大歓迎だ。ルディのことはともかく、一緒に上を目指しましょうというフローネは決してサーニファを侮っていない。それがわかるから、サーニファも明るく応える。

 「そっちこそ、浮かれて足元すくわれないようにするのね」

 話が変わってしまった中、サーニファは件の俗説のことは言わないでおこうと決めた。

 まさかだと思ったし、なんとなくあまり歓迎される話ではないと考えたのだ。


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