表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/93

狩り 後編

 翌朝、ルディはブランに起こされて目を覚ました。

 「お前、良く寝ていたが、寝付きの良い方か?」

 昨夜はベッドに入るなり、ルディはいきなり熟睡していた。一日慣れない馬に乗っていて疲れていたのかもしれない。

 「いえ、どっちかというと枕が変わるとダメっていうか、行事の前は眠れないクチです。一昨日もなかなか寝付けなくて」

 現在ローレイはカレーズ家に帰っているので、寮の部屋はルディ一人だ。昨日はエルもいなかったので、寝坊しなくて本当に良かったと思ったくらいだ。

 「よく眠れたならまあ良い。今日はきっちり働いてもらうからな」

 北門を出たところで狩人達三十八名と、王国軍からの支援十二名が出発を待っていた。

 移動速度を重視したため、全員なにがしかの騎獣に乗っている。馬以外の魔獣に騎乗している者も多い。

 「おいおい、ガキも一緒かよ」

 ベテランから駆け出しまで様々な年代の者が混在していたが、ルディとラルカスの姿を見て、露骨に顔を顰める者も少なくなかった。

 「ウェルのとこの息子は治癒魔法も使えるっていうからともかく、あのやたらキレイな顔した小僧はどうみたって素人だろ」

 足手まといだという声があちらこちらから上がるのも、無理はなかったが、無論ブランは涼しい顔でそれを黙殺している。

 「ルディシアール・シエロ」

 声をかけてきたクラスメイトは父親の 二角獣(バイコーン)に同乗していた。

 「えっと、ラルカス君?」

 幾分自信なさそうに自分の名を口にしたルディに、ラルカスはやれやれといった顔をした。

 「ラルカス・ミデアだ。お前、本当に一緒に行くつもりか?」

 少々言葉の調子がキツイのは、言外に留守番していろと言いたいのだろう。息子を後ろに乗せているウェルも、同じようなことを思っている感じだった。

 「うん。邪魔にならないように頑張るから」

 付いてくること自体が邪魔だと言いたいのだが、『烈風』が同行を頑なに主張するため、狩人勢の代表者であるマルグレイも渋々それを受け入れていたので、ウェルもさすがに口にはしなかった。

 ちなみにウェルを始め大多数の狩人は、ブランが異名持ちであることを知らない。

 昨日「口に出すな」と言ったブランの一言により、あの場にいた者達が律儀に、というか『黒の魔法殺し』への畏れから、口をつぐんだからだ。

 ブランとしては『烈風』の方が余程やめて欲しかったのであるが、うまくいかないものである。

 「それ、ゴーレムだろ。先生に作ってもらったのか?」

 ルディの乗っているゴーレム馬に興味があるのか、ラルカスがジロジロと見ていた。

 自分の乗る騎獣がないので、羨ましい気持ちもあるのだろう。

 「教えて貰って作ったんだ。餌は魔力だけだから、すごく便利だよ」

 聞き違えか、ルディの言い間違いだとラルカスは思った。そのくらい今のルディの言ったことは信じがたいことだった。「作った」はもちろん、「餌は魔力だけ」などと簡単に言うことも。

 「坊主、いいか俺の言うことを聞いて、目の届くところにいるようにしろ」

 マルグレイに子供のお守りを命じられたウェルが、ルディにきつく言い含めるが、大人しそうな子供は素直に承諾はしなかった。

 「済みません。僕は先生に従います。なので、僕のことは気にしなくて大丈夫です」

 あくまでルディにとって指導者はブランであり、彼に言われない限りは他の者の命令に従う気はなかったのだ。

 「ルディ、何をしている。アンタもコイツには構わなくて良い」

 ブランが馬を寄せてきて、ルディに並んだ。

 「視えるか?」

 草原を見て問うブランに、ルディは視線を宙に凝らす。

 「僕の探知範囲ではまだそこまでは‥‥‥でも、動きからあちらの方じゃないかと」

 草原を風魔法で視て、魔物の動きから原因のいる場所を推測したルディは、左斜めの方を指さした。

 「正解だ。昼前には片付けたいところだな。寄り道せずに行くぞ」

 マルグレイに合図して先頭に立って走り出したブランに続いて、ルディもゴーレム馬を駆って後ろに付いていく。

 途中、遭遇する魔物もいたが、面倒くさいとばかりにブランが視界に入る前にすべて風魔法で片付けていった。

 雑魚は放置し、そこそこの大物についてのみサクサクと魔晶石を回収する。

 「いいんですか?」

 ゴーレム馬で操るのは簡単とは言え、乗馬はまだまだ慣れないルディは、ブランに付いて馬を走らせるのが精一杯だ。

 「元凶さえ片付ければ、明日ゆっくり狩りができるだろう」

 あっさりと、明日のためにさっくりと片付けてしまおうと言う師匠に、成る程と納得するルディだが、周囲は非常識な強行軍にすでに言葉がない。

 目視する前に、魔物はブランの風刃にかかり、そこにたどり着いたときには魔物はすべて事切れて地に伏しているという事態が当たり前となっているのだ。ほとんど騎獣を止める暇もないくらいだった。

 やがて、出発から目指しているところまでの半分くらいの距離に近づいて、ルディの風魔法の探知範囲にそれが入った。

 「うわっ‥‥‥ワームの群れだ。ウジャウジャいる」

 ものすごく嫌そうな顔をして、ルディがぶるるっと背筋を震わせる。

 かつてトゥルダスで遭遇して殺されかけたトラウマ、とまではいかないが、そのためかルディはワームが大嫌いだ。

 「ようやくお前でも視えたか」

 同行者達の中で、探知の類の魔法を使える者でも、まだそれを感知した者はいない。それは魔力の高さの差が、経験による技量を埋めてなお超えていたためだ。そこからもう少し進んで、探知に長けた者がそれを捉える。

 出発時にブランからそれを教えられていたマルグレイと王国軍の一部の者達、先程のルディの発言を聞いた者達は、自分達の仲間による探知により、ようやくそれを事実として認めることができた。

 きりぎりまで近づき、それを肉体による視界におさめた一同は、ワームの余りの多さに絶句する。

 「よりにもよって、蛇竜(ワーム)でも皮が特に堅い岩蛇竜か」

 身を覆う皮が岩のように堅く厚いことから、その名で呼ばれるワームだ。それが群れともなれば、ベテランの狩人でも手が出せない危険な代物である。

 「繁殖期にでかい群れが合流したんだろう。やっかいな」

 地上に見えるだけでもざっと二十体を越え、地中にもいるだろう。どうするかと、ベテラン達は顔をつきあわせた。

 「無理だぞこれは」

 ウェルの言葉が、彼らの心中を代表していた。

 一体でも手こずるものを、これ程の数を相手にできるものではない。

 「ルディ、苦手意識の克服だ。行って来い」

 やっぱりと、泣きそうな顔をしてルディは唸る。ワーム嫌いも、しっかりブランにバレていた。

 しかし、ブランの言葉が耳に入ったマルグレイやウェルは耳を疑う。それこそ信じがたい無理難題である。普通なら死にに行けと同義だ。

 「うー‥‥‥わかりました」

 本当に嫌そうな顔をして、ルディは覚悟を決めた。何か、逆にトラウマになりそうな気がするのは、考えすぎだろうか。

 「わかっていると思うが、火はなるべく使うなよ」

 殺傷力は高いが、獲物の価値が下がる傷をつける割合が高く、場合によっては丸焼きにしてしまうため、狩りには火魔法は不向きだ。ただし、今回は討伐が第一目的なのでその限りではないが、場所が草原なのでなるべく使わない方針であった。

 「火事になりますからね。‥‥‥行ってきます」

 トンっとゴーレム馬の背を蹴って、ルディは飛翔で空へと上がった。

 離れすぎるとやりにくいため、ギリギリの距離で、ルディは最初の風槍を放つ。

 「うわっ堅い!」

 様子見の風槍では一撃でワームを仕留めることは出来なかった。ルディは即座に氷刃に切り替え、手加減無しでワームの図体を真っ二つに断ち切った。

 とにかく、堅いのだ。

 厚い皮を断ち切るために、ルディは凍る刃を鋭く研ぎ澄まし勢いよく加速させ、次々とワームに叩き込んだ。

 殺戮の刃は堅いワームの皮を容赦なく斬り裂き、地に沈めていく。

 胴を半ばから切断されてなお、蠢くワームの体は生臭い血臭を撒き散らし、やがて力尽き動きを止める。

 次々と転がる魔物の死体は、草原に凄惨な光景を生み出した。

 そして、狩人と王国軍の一行は、息を飲んで血生臭い光景にただ見入っているだけだった。意識が現実と認めることを拒否している。

 しかし、彼らの前で一つ、二つ、三つと、あっという間に二桁のワームが血祭りに上げられた。

 胴体を切断されたワームの死体があちらこちらに転がっていく。

 その中で、仲間の血に塗れた地面からワームが鎌首をあげる。

 突然の殺戮者に向かい、咆哮に似た怒りの息を吐き、ワームは空中のルディに襲いかかった。

 「こっち来るなー!」

 口を大きく開けて向かってくる頭部に、ルディは穿孔牙をぶち込んだ。

 「ワームなんか大嫌いだっ」

 ほとんど涙目で、ルディは殺戮の凍れる刃をはなっていた。

 「‥‥‥キレてやがる」

 地上でルディの戦いを見ているブランは、力任せで押し切りはじめた攻撃に、やれやれとぼやいた。かなりヤケになっているその様に、さて怒るべきかと少しばかり悩むところだった。

 「なんなんだ‥‥あの子は?」

 凍りつきそうな沈黙が一行を覆っていた。

 肉眼あるいは遠見の魔法や遠眼鏡で、ほとんど一方的にワームを虐殺している銀髪の少年の姿を見て、皆が言葉を失ったなか、ウェルが喘ぐようにブランに問いかける。

 「俺の教え子だ。普段はもうちょっとマトモなんだが」

 それは聞きたいこととは違うような気がするが、それ以上何も言えなかった。

 「誰だよ、あいつに魔力無いなんてデタラメ言いふらしやがった馬鹿は」

 ラルカスは真っ青になっている。

 ルディの魔法は魔術師になろうと学ぶ少年をして、驚きを通り越し恐怖でさえあった。過去、ルディの噂に乗っかり悪口を言っていた己の所行を思い出し、ラルカスは身を震わせる。

 地上のワームを粗方始末し終わろうとしつつある空中のルディめがけ、上空から急降下してくる影がある。

 羽音を殺し、銀の少年をその鋭い爪で掴み取ろうとする空の上位捕食者。ルディを見ていた者たちが気づいた時には、すでに死の爪が真近に迫っていた。

 「ワイバーン!」

 風楯で弾いてわずかな距離を稼ぐ間に、鋭い針のような氷槍を右の翼の付け根に撃ち込む。

 凍気に持ち堪えたのはさすがに竜種だ。だが、体勢が大きく崩れたことで間合いを取れたルディは、最速の風を刃として思いっきり竜の頸めがけ振り降ろした。

 首が飛び落下していくワイバーンの身体を風の腕で掴んで、ルディはブランの前へ置く。

 「済みません、それお願いします」

 ブランなら全部視ているし聞き取っているだろうが、一応他の者にも聞こえるようにと風に乗せたルディの声がワイバーンと一緒に届いた。

 肉をお願いしますと、ブランには聞こえた。竜肉(ワイバーン)は滅多に食べられないものだが、それは美味いと評判なのだ。

 「あの馬鹿、余裕かましやがって」

 地上のワームはほぼ殲滅したが、まだ地下に潜っている奴もいるのだ。後半、かなり自棄になっていたからかなり負担がかかって、見かけよりも余裕はないはずだ。

 突然、地面が割れたと思うと、一体のワームがルディの至近距離に打ち上げられた。

 「うわっ」

 思わず穿孔牙で撃ち抜き、地面でのたうつ図体に、ぶっとい石槍を突き刺す。

 「先生っ放り上げるなら先に言ってください!」

 こればかりは風で声を届けて抗議してきたルディに、ブランが不穏な笑みを浮かべた。

 「手伝ってやろうっていうんだ、感謝しろ」

 お前がつり上げる手間を省いてやると、ブランは続けざまに地面の下のワームを空中に放り上げた。

 「ありがとうございますっ」

 やけくそなルディの叫び声が響く。

 炎刃を下から上に向かって放つ。これなら草原を火事にすることもない。

 落下してくるワーム自身の体重と、上昇する炎刃の威力とで、宙に投げられたワームは次々と図体を二つに焼き切られ地上に落ちていった。

 凶悪な師弟の合わせ技に、もはや誰一人声を出せる者もなく、馬鹿みたいにポカンと目と口を開いてワームの虐殺を見ていた。

 「こ‥‥れ‥‥で‥‥おしまいっ」

 最後の一匹を真っ二つにし、ルデイはゴーレム馬の上に降り立った。

 鞍に座り、馬の首を抱きかかえるようにして全身で息をする。声も出せない状態の教え子に、ブランはやれやれと嘆息した。

 「馬鹿が、もっと考えて魔法を使え」

 ぶち切れずに冷静にやれば、こんなに疲労することもなかったのだ。

 「‥‥‥‥す‥‥済み‥‥‥ません‥‥‥‥ちょっと‥‥‥きゅう‥‥‥け‥い‥‥‥」

 馬からずり落ちかけていたルディは、ついにそのまま下に落ち、手足を投げ出して仰向けになって地面に横たわった。下が柔らかい叢で石も岩もなかったのは幸いだった。ワームの群れとワイバーンを相手にして無傷で戻ったのに、落馬して怪我したのでは笑い事にもならない。

 「‥‥も‥‥やだ‥‥‥‥ワーム‥‥‥なんて‥‥‥嫌いだ‥‥‥‥」

 仰向けに転がって譫言のように言う教え子に、ブランは馬から降りて横に立ち、呆れた目を向けた。思いっきり逆効果だった。ある意味これもトラウマだが、見事に逆方向へ突っ走っている。

 「そうか、一休みしたらそのワームの魔石を取ってこい」

 とことん酷い師匠である。

 「‥‥‥あの‥‥」

 「なんだ?」

 恐る恐る近づいてきたマルグレイが、ブランに声をかける。

 「魔石なら我々で取ってきます。ワームの選別もしなければなりませんし、ついでですから」

 「そうか、悪いな」

 「いえ。それで、そのワームですが、少しばかり数が多すぎますので、全部は運べそうもありません」

 累々と転がったワームの死骸に、それは一目瞭然である。なにしろ一匹の図体がでかい。これだけの量を仮に運べても、まだ盛りではないとはいえ夏場に差し掛かった季節だしその処理に困るというものだ。

 「そうだろうな。わかった、残りはこちらで焼いてしまおう」

 大量の遺骸を放置しておくのは論外、生のまま埋めるには量が多すぎるのだ。

 そのくらいは面倒見てやると、ブランは破格のサービスを約束した。教え子にやらせたことの後始末であるが、もともと集中討伐の対象を魔石目当てとはいえ、こちらですべて片付けたのだから、二重の意味で特別サービスだ。

 「ありがとうございます」

 「言っておくが今回は特別だ。次があるとは思わないでくれ」

 ブランが釘を刺すのに、マルグレイは頭を下げた。

 「先生、お弁当食べませんか?」

 しばらく転がっていたが、復活したルディは自身に回復魔法をかけて起き上がり、ブランに声をかけた。

 「そうするか」

 丁度腹も空いたことだしと、ルディはゴーレム馬に乗せた荷物から宿のお姉さんに作って貰った弁当の包みを取り出した。傷まないようにと、果物の果汁を凍らせたものを入れた水袋と一緒に包んである。

 「しかし、ワイバーンは儲けたな。さすがに竜種だけあって魔晶石も良いものだったぞ」

 ルディが師匠の視線をたどれば、ブランが土魔法で作った即席の吊り台に逆さに吊され、血抜きされているワイバーンの姿があった。

 「はい。でもどうやって料理しよう。やっぱり専門家にお願いした方が良いかも」

 これだけの獲物となると、素人料理ではもったいないと思ってしまう。

 「お前が獲ったんだ。好きにすれば良い。それと、ワームも結構美味いはずだぞ」

 「‥‥‥そうですか」

 ルディの視線が泳いでいる。内心で葛藤しているのがまるわかりだ。

 「ルディシアール君」

 「ラルカス君、どうかしたの?」

 顔色が良くないみたいだけど調子でも悪いのかと思ったのだが、そのルディに向かってラルカスはいきなり頭を深々と下げた。

 「ごめん」

 いきなり謝られる理由がわからなくて目を白黒させるルディ。

 「俺、その、知らなくて。う‥‥噂を真に受けて、君のこといろいろ言って、本当にごめん」

 「えっと‥‥その、謝られても困るっていうか。別に怒ってないから」

 自分が学校でいろいろ言われているのは知っているが、そのことで謝られたのは初めてだ。それに今更というか、ラルカス一人というわけでもないので、彼にこうして頭を下げられても戸惑うしかなかった。

 「そ‥‥そうか‥いや、とにかくごめん。こ‥これで、謝ったからな、俺は‥‥」

 ラルカスは頭を上げると、引きつった顔をして後退り、そのまま身を翻して駆け去った。

 「‥‥‥僕、ラルカス君に何かしたのかなぁ?」

 元同級生のあまりに不審な態度に、ルディは自分が彼に何をしたのか考え込む。どうしてか、あれは怯えていたような感じだった。

 それを見て、ブランはため息をついた。

 ルディの魔法を見せつけられ、彼は心底怯えていたのだとブランの目には明白だった。

 無能だと見下してさえいた同級生にとって、あれは悪夢だろう。ルディが報復するような性格ではないことを理解しておらず、恐れから生じた罪悪感から逃れようとしたそれは、一方的な感情の押しつけだ。

 しかし、それも仕方ないことだろう。むしろ、あれは普通の反応だとブランは理解していた。

 「ワームとワイバーンをあんな魔法で虐殺したんだ。怖いと思われて当然だろう」

 「僕、そんなに酷い魔法の使い方してました?」

 微妙に観点がずれているのは、ルディらしいボケのなせる技かもしれない。

 「途中から酷かったな。またあんな戦い方されても困りものだ。ワームに慣れるまで連戦するか?」

 「ご‥ごめんなさいっ!済みませんでした。次からは気を付けます」

 今度はルディが、もうしませんから許してくださいと、謝り倒す。

 「ワーム料理」

 「します。後で美味しいトコ教えて貰って取ってきます」

 「ルディ」

 「はいっ」

 「まだまだだな。ワイバーンの切り口もだが、大分甘いぞ」

 まだ力任せに押し切っていると言われれば、ルディに返す言葉はなかった。

 その後、魔晶石を真っ先に取り、必要な部位や肉を取ったあとの大量のワームの死骸の処分については、ルディの出番はなかった。

 「お前にやらせると、延焼は免れん」

 そのため、ワームを焼くのはブランがやったのだ。

 周りを風壁で覆い、ワームの死骸だけを一気に灼き尽くした。

 ワームの死骸が内側から灼かれたように真っ赤に変わり、あっという間にそのまま灰になる。灰がそのままワームの形を残しているという凄まじい魔法に、皆は蒼白になった。

 ブランは地面を丸ごと陥没させ、灰を地中に埋めた。これだけの灰をまき散らしては、広いイリアルダ草原であっても大変なことになるからだ。

 その処理が終わった途端、取り巻く空気が変わったことに皆は気づいた。

 「これは?」

 「あれだけ沢山のワームの血の臭いが周りに広がれば、他の魔物が集まってくるからって、先生が周囲に風壁を張っていたんです」

 そう言えば警戒はしていたが他の魔物が寄ってくる気配がなかったと、ベテランの狩人達も、ルディに言われて初めてその理由に気づく。

 ワームを全滅させてからずっと、一体どれほどの範囲を遮蔽していたのだろうと、今更ながらゾッとした。しかも、それを維持したまま、この男は今の魔法を行使したのだ。

 更に、馬無しで自走するゴーレム馬車が二台、新たに一行に加わっていた。できれば日が暮れるまでに街に帰りたいと、ブランが作ったのだ。

 一台には獲物である血抜きされたワイバーンが丸ごと収まっている。切断された頭部も拾った。

 ワイバーンの身体はいろいろ利用できるため、街で丁寧に解体することになったのだ。屋根は中空になっていて中には魔法で作った氷が積まれており、馬車を冷やしているという万全さだった。

 もう一台は狩人達に提供し、解体されたワームを積んだ。その他にも、皆自分の騎獣に乗せられるだけのワームは持っている。ルディも含めて冷却魔法の使える者が手分けして凍らせた血抜きした肉だ。

 行きと同じようにブランの先導で草原を駆け、一行は何とか日が落ちきるまでに街にたどり着いた。

 その後は、ワイバーンの処理の手配を含め、後始末は任せてブランとルディはそのまま宿に戻る。

 ブランの素性を知る者はもちろん、今日のあれこれを見た者達が、彼らの不利になるような真似をするはずもないことがわかっていたから、さっさと任せたのだ。

 「疲れてる?冗談だろう」

 そう言って、ワイバーンの処理を見届けるという人の多さに、解体を専門としている狩人組合の連中は、疲れを吹っ飛ばした鬼気迫る視線の中での作業を強いられていた。解体の作業場が緊張感に満たされているのは、我が身が可愛いという者達が、極限の精神的疲労をものともせず立ち会うと、壁に鈴なりとなっているからだ。

 モノがワイバーンであるだけに、不心得な考えを起こす者がいないとは限らなかった。しかし、今回だけはそんなことはあってはならないのだ。

 ワイバーンを直接倒した銀髪の少年と、更に恐ろしい黒髪の青年の怒りに、万が一にも触れることがあってはならない。

 自分達は行き帰りの行程を含め、一切の戦闘行為も狩りもしていない。ワームの解体作業と、運搬に携わっただけである。しかし、精神的な疲労は、肉体的疲労を遥かに上回る。今眠ったとしても見るのはきっと悪夢だ。そのくらいなら、身の安全のために動いていた方がマシだと考えたのだ。

 「ユーナ姉さん、これワームの肉」

 ラルカスが鹿角の小刀亭にワーム肉を持ってきたのは、夕食の時間をかなりすぎ、就寝時刻に近い時間帯だった。父親に言われて仕方なく肉を届けに来たのだが、ルディと顔を合わせずに済むと思われる時間になってから、こっそりと裏口の戸を叩いた。

 「まあ、すごいわワーム肉だなんて。大変だったでしょ、皆怪我はなかったの?」

 「あるわけないって、俺たちは何にもしてないんだから。‥‥‥あのさ、ユーナ姉、あいつもう寝た?」

 「あいつって、貴方のクラスメイトの子?大分前に部屋に行ったから、多分もう休んでいると思うわ。そういえば、あたしあの子にワイバーンの調理法聞かれたんだけど、さすがにワイバーンはねぇ」

 仕方ないから、ワイバーン料理ができそうな知り合いの食堂を紹介したという。

 「あいつ、自分で料理する気だったのかよ」

 「なあに、まさかワイバーンが獲れたの?」

 「あいつが襲ってきたワイバーンを返り討ちにしたんだよ。さっきまで組合の解体小屋で大騒ぎで解体してたらしいぜ」

 「返り討ちって?」

 「ユーナ姉、ごめん。俺、大間違いしてた。あいつ、魔力無しどころかバケモノだった。三十匹のワームとワイバーン、ほとんど一人でやったんだよ」

 ユーナは従弟の言っていることが理解できなかったようで、首を傾げている。多分心の中では、この子大丈夫かしらくらいは思っているだろう。

 「信じられねーよな。学校で皆に言っても、絶対信じて貰えないもんな」

 ラルカスは学校でもこのことは黙っていようと決めていた。言っても信じて貰えない自信がある。

 「俺、もう帰る。おやすみ、ユーナ姉」

 はっきり言って、ラルカスはルディの近くに寄りたくはなかったのだ。




 翌日、草原の様子見に出かけたウェルは予想もしていなかった光景を見て固まった。

 「常に風向きには注意してろって言っただろうが」

 北門を出て直ぐといっていい場所で、昨日魔法で大暴れをしてくれた師弟が、弓矢で角兎の狩りをしていたのだ。

 なんの冗談だと思い、目を疑ったのも無理はないだろう。

 見本だと言ってブランが自身の持つ強弓で矢を放てば、外れることなくかなり離れた位置にいた角兎が首根っこを射貫かれて転がった。

 思わず手を叩いてしまったほどの腕前だ。

 しかし、彼は魔術師だ。それも信じられないほどの強大な。その彼が弓矢で角兎を狩る。やはり、冗談だとしか思えない。

 「何をしてらっしゃるのです?」

 邪魔をしないように注意しながら彼らへと歩み寄る。

 「見ての通り弓の特訓だ。もともとこれが今回の目的だからな。予定外に魔石を稼がせて貰ったから、これ以上欲はかかないことにした」

 「‥‥‥はあ‥‥‥しかし、何故弓を?」

 「弓は魔術師を殺せる道具だ」

 予想外の答えだった。そして、その一言で、彼は自分とは違う場所にいるのだとウェルは悟った。

 自分も魔法を使う。だが、あくまで狩人であり、狩るのは魔物だけだ。

 けれど、彼らは違うのだと。人に向けて魔法を使うこともあるし、人に刃を向けられることもある。

 彼はそう言っているのだ。

 「貴方や、彼でもですか?」

 「何事にも絶対はない。必要と思うことは一つでも多く教えるのが、先達者の役目だろう」

 「おっしゃるとおりです。息子は治癒の力を授かりましたが、狩人になるつもりです。自分と同じ道を息子が選んだというのは、父としてはやはり嬉しいものです」

 「そうか」

 ブランもまたルディに自分と同じ道を歩かせている。もとより他に道はないのだが、それを喜ばしいことだと言える自信はなかった。ルディという教え子を得て、その存在を歓びながら、矛盾だと思う。

 「やった!」

 歓声に目を向ければ、銀髪の少年が初めての弓による獲物を仕留めていた。

 「まぐれでも上出来だ」

 調子に乗るなよといいながら、ブランはルディの弓の才能は認めてやる。剣と違って、こちらはかなり有望だ。

 角兎を仕留めて喜ぶ少年は、その美貌さえ除けばごく普通の子供に見えた。厳しいが本当に彼のことを大事に導いているのだろう黒髪の青年とは、まるで兄弟のようにさえ感じられる。

 それでも、彼らは自分達とは違うのだ。

 クラスメイトだという銀髪の少年を、息子は酷く恐れていた。あの魔法を見れば無理はないと、父親として理解できる。

 そして、息子が普通であることを、ウェルはとても幸運なことだと受け止めていた。




 「美味しいっ!美味しいわ!」

 デューレイアが絶賛するのはワイバーン料理フルコースだ。

 スープと煮込み料理はリリータイアが、オードブルはプロの料理人が作ったゼリー寄せで、メインのステーキはルディが焼いた。

 ここに出す前に、プロに焼き方の手ほどきを受けている。カーラスのユーナに紹介してもらった食堂の主人の知り合いだ。

 ルディを教えた料理人は、魔術師にならないなら是非自分のところに修行に来いとまで言っていたから、お世辞半分としてもルディには料理の才能もあるのだろう。残った凍ったままのワイバーン肉は、指導料代わりに半分くらいを譲ると言ったら、彼が無料で燻製にしてくれ、結構な燻製肉が手元に残った。

 ワイバーンの魔晶石を除いた肉以外の部位はカーラスの狩人組合に売り、肉も半分近くは売却してきた。

 タダでというのは組合側が、ワイバーンの価値が高すぎるとして固辞したのだ。

 何しろ集中討伐を計画した原因を排除してもらい、他にワームの分が、まるごと狩人達の収入となっている。それにワイバーンまで譲られるというのは、彼らの矜持にも関わった。

 結構な金額になったそれを、ブランは狩ったルディに全額渡していた。

 最初ルディは受け取ることを拒んだが、魔石の分も上乗せするぞと言われ、仕方なく受け取ったのだ。

 魔石は研究室でブランとルディが二人して使うから問題なかった。

 「ねぇルディ、今度一緒にワイバーン狩りに行きましょう!」

 それにしても勢いに任せてデューレイアがそう言うほど、ワイバーンは美味かった。

 「明日は角兎肉です。僕が初めて弓で獲ったんです」

 「ルディちゃん凄いわ。頑張ったじゃない」

 「そうねー」

 リリータイアは手放しで褒めてくれたが、なんとなくデューレイアの反応がイマイチだ。どこか遠い目をして、心のこもっていないことを強調した声を出している。

 「デューア」

 「やだわー、料理は楽しみにしてるわ。ホントよ。アンタの料理美味しいんだもの」

 文句があるなら食うなと言わんばかりのブランの視線に、デューレイアは慌てて言いつのる。一人だけ食いっぱぐれてはたまらない。

 「そう言えば、今日事務所行ったら、奨学金を増やしてくれるって言われました」

 「あら、良かったじゃない。アンタ苦学生ですもの、ありがたく貰っとけばいいのよ」

 もともとルディの奨学金は、専門課程に上がるときには審査があるとは言われていたが、無条件で三年間は保障されているものだった。

 「苦学生ですか?」

 「そうよ。仕送り無しでやりくりしてるって言っていたじゃない」

 「学校が無理言って戦闘科に転科させたんだ。気を利かせたんだろう」

 そんなことは当然だと、ブランが言ったことは的を射ていた。クラウディウスが奨学金増加の推薦書を書いたのだ。

 「そうだわルディ、休みのうちにお姉さんが、美味しいって評判のお店に連れて行ってあげる」

 ご機嫌でデューレイアが奢ってあげるという。

 「それでルディに味を覚えさせて、作らせようって魂胆か」

 「そこまで言わないわよ。でも美味しい物食べれば、作るときの参考になるでしょ」

 美味しい物を食べて、料理の参考にもなって、一石二鳥という。

 しかし、魔術師が弓を学ぶことには露骨に抵抗感があるというデューレイアも、料理という魔法以外の技能を習得させようとしている自分には、まるで気がついていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ