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狩り 前編

 年度末の定期試験、すなわち進級試験が終われば、魔法学校は次年度まで長期休暇になる。

 もちろん試験に受からなかった一年次の半数はそのまま学校から去ることになっていた。厳しいが、実力のない者ではそもそもこの先の授業についていくことは不可能なのだ。選抜することで、早めに新しい道へ送り出す意味もあった。

 他の魔法系学校に行く者もいれば、仕事についたり、見習いとして職人に弟子入りする者もいる。

 そして学校が休暇中のこの時期に、入学試験もおこなわれるのだ。

 一月以上ある休暇をどう過ごすかだが、実家に帰省する者も多い中、ルディは寮に残り、普段同様にブランの指導を受けることになっていた。

 シエロの実家からは帰らなくて良い、というか帰ってくるなと、リュシュワールを通じて言われていたのだ。

 「エルもフローネもちゃんと帰らなきゃダメだよ」

 「でも、ルディ。わたしはこっちでたびたびお父さんに会ってるし」

 「それとこれとは違うよ、フローネ。僕は大丈夫だから」

 一人残るルディを心配するフローネやエルを説得して、帰省を促す。

 「それに、ブラン先生が狩りに連れて行ってくれるって言うんだ。迷宮は十五にならないとダメだけど、草原や荒れ地みたいな授業のあるときだと行けないようなとこ」

 楽しそうに言うルディに、エルなんかはわりと本気で羨ましそうな顔をしていた。

 「それでね、何かのついででいいから、家の様子見てきてくれないかな。兄さんには気にするなって言われたんだけど‥‥‥内緒で」

 本当はリュシュワールにもっと酷い言い方をされたのだろうことは、フローネやエルには想像ができた。邪険にされていても、やはり家族のことは気になるのだろう、控えめに様子を教えて欲しいと頼むルディに、二人は頷いて了承する。

 「わかったよ。入学試験までには帰ってくるけどな」

 「それは早すぎるって。せめて合格発表まで」

 それでもきっと直ぐに帰って来るのだろうと思いつつ、ルディは二人を送り出した。




 王都からトゥルダスまでは、乗合馬車で三日という比較的近い距離である。

 ルディに見送られて馬車に乗ったエルたちは、やはり家に帰るというのでちょっと浮かれた気分にはなっていた。

 今回はエルの兄であるクロマも一緒だ。

 「やっぱりルディ君は居残り組か」

 リュシュワールは昨日一足先に帰省したといって、クロマはやれやれという気分だ。

 言いたいことはいくらでもあるが、この頃ではいちいちシエロ家のルディに対する扱いに文句をつけるのも馬鹿らしいという気持ちにエルもフローネもなっていた。

 何しろ、ルディが誘拐されて殺されかけたときでも、実家からは何も言ってこなかったのだ。ひょっとしたら、リュシュワールも知らせていなかったのかもしれない。

 「帰ったって良いことないもん」

 「そうそう、学校ならブラン先生もいるし、ルディにはそっちの方が良いって」

 フローネとエルの言うことはいちいちもっともであった。

 「ルディ君は随分そのブラン先生って人に懐いているんだな」

 弟との会話で、たびたび名前が出てきているルディの先生だ。

 クロマは彼の素性を知らない。大勢いる魔法学校の教師の一人だとしか思っていなかった。

 「そりゃあね。アイツにとって特別なんだろうぜ。凄い人だし」

 「わたしはちょっと苦手かな。ルディには内緒だよ」

 フローネは何故かブランが怖い。ルディの先生だし、彼を助けてくれた恩人である。嫌う理由などないはずなのに、フローネはどうしても彼に畏怖以外の感情を持てないのだ。

 「フローネのは焼き餅みたいなもんなんだよ」

 こそりと、彼女に聞こえないようにエルは兄に耳打ちした。

 あんまりルディがブラン先生に傾倒しているから、一番近い場所を取られそうな気になっているのだろうと、エルは冷静な目で見ていた。

 師と幼馴染みは違うとわかっていても、理屈じゃない女の感情だから、どうしようもないのだと。

 一方でエルにはわからないのかと、フローネは思う。

 ブランはルディに似ているのだ。何処がといわれると言葉に出来ない。それこそ女の勘のようなものだ。

 だけど、二人が一緒にいるのを見た時、自分がとても遠いところにいる気になった。それが凄く怖かったのだ。

 ルデイが攫われたとき、この人ならルディを助けてくれると思った。ルディを助けられるのは、この人だけだと感じた。

 でも‥‥‥怖いのだ。

 「フローネ」

 「なに?」

 自分の考えに沈んでいたフローネは、エルが自分を呼んだのに気づいて顔を上げた。

 「だから、アリアルーナが受験に行く前には、絶対に帰ろうぜ」

 「当たり前よ」

 ルディの妹が魔法学校を受験することは確定事項だ。

 あの妹が王都に来る前には、フローネ達は絶対に魔法学校に帰ることを決めていた。

 なんとなく、帰りは自分は置いていかれそうな気がするクロマは、黙って座り直した。




 自分も公務がなければ同行できたのにと、かなり悔しそうにデューレイアは言った。

 少なくとも、その準備を見るまでは。

 王都近郊でも大きな狩場であるイリアルダ草原へ行くのに、彼らが選んだ足は、馬は馬でもゴーレム馬だ。

 「便利だよね、餌いらないし」

 ブランに教わって、自分で自分の乗るゴーレム馬を作ってそう言ったルディの頭を、デューレイアは思わずぶん殴りたくなった。ブランの目があったので、拳を振り上げかけて止めたが。

 「餌は魔力でしょ」

 「先生のゴーレムはすごく魔力の消費効率がいいから、そんなに必要じゃないし、ゴーレム馬は魔法使わないからウサギより簡単に作れるし」

 やっぱり殴ってやりたいと、デューレイアはその衝動を押さえつけるのに、一苦労した。

 研究室を跳び回るゴーレム兎の存在には慣れっこであるが、こいつらは実は超絶技術の塊だ。複雑に条件付けされた行動を、自身で判断して動く。しかも仕込まれた魔法を発するのだ。

 世間のゴーレム製作者が見たら目を疑う代物である。

 さすがにルディも、まだこのウサギは作れないというが、そうホイホイ作られてたまるかと、土魔法を使えないデューレイアでも思う。

 確かにブランのゴーレムは、いわゆる省エネ設計がされている。世間一般のゴーレムよりは、格段にだ。

 それは使われている魔石の質にも現れていて、普通のゴーレムに同じことをさせようとしたら、ブランのゴーレムの魔石より、一段も二段も大きさと質の高い魔石を使う必要がある。

 だが、それでも動かすには相応の魔力を込める必要があるのだ。

 便利だが、それがネックで世間ではゴーレムの使用が限定されていた。

 こいつらには負担でもないんだろうなと、デューレイアはゴーレム馬で旅行しようという規格外の師弟になんというべきか頭をかかえた。

 そして、エル達を見送った数日後の朝、ブランはルディを連れてイリアルダ草原へ三泊四日の狩りへ出かけた。

 移動に一日ずつで中二日の日程だ。

 生身の魔物との戦い自体は、実のところ裏の荒れ地で経験済みであるルディだから、それ自体の心配はデューレイアはしていない。

 心配なのはやり過ぎることだ。

 魔物が大量に闊歩することで有名なイリアルダ草原だ。まさか二日で狩り尽くすことはあり得ないだろうが、いろいろな意味でかなり不安だった。




 途中何度か休憩を取ったものの、普通の馬よりかなり速いペースで飛ばし、日が暮れる大分前に二人はイリアルダ草原を目の前にしたカーラスの街に着いた。

 カーラスは王都方面からのイリアルダ草原に狩りにきた者達の拠点となる街であり、草原からの魔物を防ぐための防衛の砦でもある。魔物を狩って生計を立てる狩人や獲物をさばく商人や職人達とともに、王国軍の一個中隊が常駐していた。

 「疲れたか」

 「少し‥‥‥お尻が痛いです」

 乗馬初心者のルディである。休憩があったとはいえ、これから暑くなってくる季節でもあるし、一日中馬上というのはさすがにキツイものがあった。

 ゴーレム馬で飛ばす二人組は、街道でははっきり言って人目を引いていた。頭まですっぽりと被るフード付きの日よけの薄い外套を着ていなければ、その美貌で更に目立ったことだろう。

 王都から北へ馬で一日の距離であるカーラスは、夏場でも草原からくるさわやかな風があって過ごしやすい。また日が暮れると草原の中ほどではないがかなり涼しくなるのだ。

 「まだ時間があるな。宿を取ったら寄り合い所に行ってみるか。ここも久しぶりだ」

 「久しぶり、ですか?」

 「そうだな。最近はウラナス高地かマリーバ迷宮へ行っていたから、此処に来るのは十年ぶりになるか」

 ウラナス高地もマリーバ迷宮も距離的にはこことあまり変わらないが、ここしばらくはあちらの方が良い魔石が採れる傾向があるため、魔石にしか用がないブランは、もっぱらそちらへ足を運んでいたのである。

 今回イリアルダ草原にしたのは、ルディの弓の実地訓練のためだ。目的は角兎であり、他の魔物は時間があれば魔石を獲るために少し狩っていこうかという位を考えていた。

 南門で身分証を提示し、入場料を払う。ルディは王都魔法学校の生徒証で、ブランは王都魔法学校の職員証である。宮廷魔術師としての王宮の身分証もあるが、必要がなければブランは滅多にそれを使用しなかった。

 「『鹿角の小刀亭』?ああ、大女将は五年くらい前に亡くなったが、狩人やっていた今のオヤジさんが跡をついでやっているよ」

 門番に昔泊まっていた宿のことを聞くと、代は変わったがまだやっているとのことだった。美味いと評判だった大女将ゆずりの料理は、今の主人の娘が引き継ぎ、結構繁盛しているらしい。

 「誰に聞いてきたのか知らないけど、穴場の良い宿だからおすすめだけど」

 三十にそろそろ手が届くくらいの歳の門番は、じろりとブランを見て、それからルディを見て言った。

 「あんた若いけど王都魔法学校の先生だろ。その子に狩りの体験をさせるつもりで来たなら、せっかくだけど今回はやめといた方が良いかもしれないな。ここしばらく草原の様子がおかしいんだよ。詳しいことは狩人の寄り合い所で聞いてみるといい」

 「ありがとう、そうしよう」

 親切に忠告してくれた門番に、一応礼を言っておく。

 「先生?」

 街中に入ると、なるほどどこか逼迫したような喧噪が街を覆っているのが感じられる。ブランはこの雰囲気には覚えがあった。

 「これは近く集中討伐があるな」

 「集中討伐?」

 「おそらくある種の大物が異常発生したか、群れが流れ込んできたかしたんだろう。周辺の街にも声をかけて、大規模な討伐隊がでる。ここなら王国軍のバックアップもあるから、他よりも早く対処が可能だ」

 「えっと、つまり」

 何となくこの先の展開が読めてしまうくらいには、ルディもこの一年で学習している。

 「効率よく魔石が狩れる。運が良かったな」

 魔石が狩れる。正確には魔物が狩れるである。ブランにとっては同義であるが。

 せっかく弓を持ってきたのに、この様子では練習どころではなくなりそうだとルディは思った。弓で角兎なんかをチマチマ狩る暇はないかもしれない。




 鹿角の小刀亭には、幸い二人部屋の空きがあり、無事に宿は確保できた。

 黒髪の青年と銀髪の少年の、タイプと年齢が違うがどちらも稀に見る美形である二人連れに、対応した料理自慢の娘さん、推定二十代半ばの既婚者子持ちが、固まってしまって、何事かと奥から出てきたオヤジさんが慌てて対応に走ったのはお約束だ。

 「あんた、烈風のブランか?」

 狩人時代に見覚えのあった美形に、オヤジさんは別の意味で瞠目した。

 「その恥ずかしい二つ名はやめてくれ」

 十年前に、風魔法を使いイリアルダ草原で伝説になるくらい派手に狩りまくった時に付けられた二つ名で呼ばれ、ブランは赤面する。

 「恥ずかしいですか?」

 「俺はデューアみたく、その手の二つ名を堂々と名乗れる心臓は持ち合わせてない」

 『殲滅の紅焔』なんて二つ名をむしろ喜んで名乗っている剣の師匠を、ルディは思い浮かべてクスリと笑みを零した。

 「でもあの」

 「そっちはやむを得んから諦めただけだ。お前、笑ってるが他人事じゃねぇぞ」

 『黒の魔法殺し』の名は、嫌でも名乗らなくてはならない称号だ。つまるところ、将来異名持ちになる事が確実視されているルディも、その時にはその手の名が付けられることになるのだ。

 「う‥‥‥えっと、拒否(パス)したいです」

 「無理だと思っとけ」

 ルディはこのことは絶対にデューレイアには言えないと思った。あの姉に聞かれたら、なんと言われてからかわれるかわかったものではない。

 つまるところ、その恥ずかしい二つ名のことをブランに遠回しに口止めされたのだと、ルディは将来への不安事項とともに気がついた。

 奇妙な師弟のやり取りを、目を丸くして見ていたオヤジさんは、十年前には見られなかったブランの表情にしみじみと感じるものがあったのだろう、何とも生温かい顔をして言った。

 「アンタ、十年前と全然変わっとらんから驚いたが、そうでもないようだなぁ。そっちの坊やはアンタの弟子かなんかか?」

 「そうだ。だが、別に俺が変わったわけじゃない。コイツが特別なだけだ」

 『黒の魔法殺し』はエール=シオン王国の最強戦力であり、『黄金の天秤操者』と並んで、畏怖される存在である。そのブランに気安く接するのは、デューレイアや隣の研究室のリリータイアなどそう多くはない。

 だが、どんなに親しく接しようと、ブランの中での立ち位置は、彼らとは並ばない。

 デューレイアなどは気がついているだろうが、同類として存在を受け入れているリュレとルディシアール以外に、ブランが心を開くことはない。そしてブランが隣に立つことを許しているのは、ルディシアールだけだ。

 「そうか。だが、アンタが来たとなればありがたい。ここしばらく草原がおかしいんで、集中討伐の話が出ているんだ。協力してもらえるなら、これから寄り合い所に顔を出しておいてくれんか」

 「そうするつもりだ。ただ、宿にとってはこの時期に集中討伐があれば客が増えてありがたいだろうが、それがなくなるのは了解しておいてくれ」

 夏場は獲物の保存が難しいため、魔石を獲るという目的以外の狩りは少ないのだ。その分、他の狩人の邪魔が入らないという理由で、魔石のみを狙って集中して狩りをする者もいないわけではないが、肉や獲物の部位による副収入を無視できる者はあまり多くはない。

 これから夏場を迎えようというこの時期に、集中討伐に参加するためにカーラスを訪れるであろう助っ人達は、宿屋にとってはありがたい客となるはずだった。

 「どういうことだね?」

 「今回は、明日明後日の二日間しか予定していないからな」

 宿の主人には返事になっていないが、ブラン的には十分なつもりだった。

 何しろルディの外泊届が、それしか取っていないのだ。延泊する予定はない。よって、二日で「やる」つもりということだ。

 部屋に荷物を置き、ゴーレム馬は一時機能停止して厩舎の隅に置かせて貰い、ブランはルディと狩人の寄り合い所に向かった。

 「おいおい、来る場所を間違えてないか?」

 寄り合い所の扉をくぐるなり、開口一番、二人の顔を見た若い狩人が馬鹿にするように言い放った。これもお約束だ。

 毎回、初めてのところでは同じような反応をされるため、ブランもいい加減慣れっこになっていた。しかも今回は、ルディという同伴者がいる。

 何しろ見た目が二十歳そこそこの青年と、正真正銘十代前半の少年であり、しかも二人揃ってとんでもない美形だ。

 服装も帯剣はしているが、防備は見たところ動きやすさしか考えていない簡易な革鎧しか付けていないし、体格も細身で、がっしりとした体つきの者が多い狩人の中では、華奢にさえ見える。

 「ここの責任者は誰なんだ?」

 無礼な言いぐさをした狩人も、場違いな者を見る無遠慮な視線もまとめて無視し、ブランは受付の男性に向かって、ぞんざいに声をかけた。

 「あっはい。組合長のリビラルドさんでしたら、今、奥で王国軍の方と会議中です。狩りの登録の方でしょうか?」

 「一応、そう言うことになる。明日明後日の二日間で狩りをするから、一応断っておこうと思ってな」

 「あの、申し訳ありませんが、実は現在集中討伐の準備中でして、普通の方の狩りの登録はご遠慮頂いている最中なのです」

 受付の男性は二十代半ばといったところだろうか。自身は狩人ではない、組合の職員のようだった。

 「知っている。俺はブラン・アルダシール、十年くらい前にここ(イリアルダ草原)で狩りをしたことがある。よければ、組合長に一言伝えてもらえないか」

 「ですが、あの」

 躊躇う受付係に、ブランは少しばかり抑えている気配を開放した。

 「会議の邪魔をしたと怒られるようなことはないはずだ。中に誰がいるかは知らないが、一人くらいは俺の名を覚えている奴もいるだろう」

 ここにいるのはせいぜい二十代前半と言った若者ばかりだが、集中討伐の会議ならば、十年前のブランを知っている年代のベテランがいるはずだ。自惚れでなく、十年経っても忘れられていないくらいに、派手にやった記憶がある。

 「あの頃は俺も若かったからな。いや、たしかあの時はその前にババアにやっかいな裏の調停を押しつけられて、鬱憤が溜まっていたせいだ」

 ぶつぶつと、過去の己の所行に対して一人で言い訳をしている師を、ルディは何とも言えずに見上げていた。

 若かったなどと言っているが、十年前なら実年齢で五十過ぎだ。ブランの歳を知っている者なら、どの口で若いとほざくかと言うところだが、あいにくここにいるのは師匠を盲信しているといっても過言でないルディだから、多少「若い」に首を傾げる程度だった。

 ささやかなブランの圧力に晒された受付の青年が、即座に会議室へ駆け込んですぐ、複数の人間が会議室から飛び出してきた。

 「烈風のブランが来たというのは本当か!」

 「‥‥‥だから、なんでその名で呼ぶ」

 案の定、昔のブランを知る者が組合長を始め複数、受付に現れ、口々にその二つ名で彼を呼んだ。

 心底から嫌そうに顔を顰めるブランに、ルディはいけないと思いつつ、つい笑いが零れてしまう。

 「名前の前に変な言葉を付けるな!あと、ルディ、お前将来覚えていろよ」

 一所懸命我慢していたものの、堪えきれずにほんの少し笑い声を漏らしてしまった教え子に、大人げない師匠は将来の報復を宣告する。

 「いやいや、だがアンタがいれば、正直非常に心強い。集中討伐に是非とも参加してくれんか」

 組合長直々の依頼に、周囲のベテラン達も期待に満ちたまなざしをブランに向けた。

 「そのことだが、明日と明後日、草原で狩りをする。そのついでに原因を俺たちで片付けておくから、集中討伐は必要ないと言いに来たんだ」

 「俺たちとは?」

 思わず聞き返したリビラルドに、ブランは自分とこいつだと、横にいるルディ(少年)を示した。

 「烈風の、アンタ正気かね?」

 「何度も言うがその二つ名はやめてくれ。正気もなにも、最初から明日明後日で狩りをすると言っているだろう。問題があるとしたら、魔物の死骸の処理だな。正直、魔石以外は要らないから、できればそちらで処理して貰えればありがたい」

 この季節だし、ダメなら面倒だが、まとめて焼くなり埋めるなりするしかないだろう。

 「あの、先生。美味しそうな肉があったら持って帰りたいです」

 角兎を捕る暇はなさそうなので、この際他の魔物でも美味しい肉があれば、調理用(お土産)に持って帰りたいと言うルディも、案外マイペースだ。

 「そう言えば、そうだったな。確かここには食える魔物も結構生息しているはずだ」

 「やった。それじゃ凍らせれば持って帰れますね。お隣のお姉さんが、スープ作るのにお土産楽しみにしているって」

 正気を疑うに十分な会話をしている師弟を、あっけにとられて見ている狩人たちの後ろから、王国軍の徽章をつけた騎士が数名現れた。駐留している中隊の隊長格の面々だ。

 「黒の魔術師殿!貴方様がどうしてここに?」

 中の一人がブランの別名を叫ぶ。

 「俺を知っているのか?」

 実は引きこもっているブランの顔や本名を知っている者は、王国軍でも案外少ない。ただし、一度顔を見れば忘れられない美貌の主だけに、否応なく記憶に刻み込まれるのだ。

 「はっ!わたくしは二十年前に騎士見習いだった頃、カリエナ王国で駐在武官殿に従っておりました。その折りに一度お目にかかっております」

 「カリエナ王国というと、ああ、馬鹿な墓泥棒の後始末にかり出されたときか」

 ブランは立場上公式にはあまり国外には出ないため、宮廷魔術師となってからの数少ない外国の訪問は、わりと記憶に残っていたのだ。

 「さようでありますが、その件は」

 「二十年も経ってりゃ時効だが、わざわざ言いふらしたりしないから心配するな」

 神殿の面子とやらも大変だと思う程度だ。

 「『黒の魔術師』?‥‥‥まさか、『黒の魔法殺し』か」

 王国でも異名持ちとしては『黄金の天秤操者』ほどには、『黒の魔法殺し』の名は一般(オモテ)では知られていない。むしろ軍や裏の方面、そして外国のトップクラスにその名が知られている。

 『黄金の天秤操者』は表に立って王国を守護し、『黒の魔法殺し』は裏を制し王国を護る。それはそれぞれの性質による役割分担だ。魔術師の天敵たる『黒の魔法殺し』は、エール=シオン最強の剣であり、戦の抑止力としての最大の楯でもある。

 口に出したリビラルドと、『黒の魔法殺し』の名を知っていた特に魔術師である狩人達が軒並み硬直した。

 「ったく、そっちの名もここで口に出すな。さっきも言ったが、俺はコイツと狩りにきただけだ」

 たまたま集中討伐の必要となる事態にぶち当たったが、他意はないという。

 それでも『黒の魔法殺し』の名は絶大で、ブランは二日間の狩りの間に獲れる魔物の遺骸の処理を、組合の狩人達に押しつけることができた。




 泊まった『鹿角の小刀亭』の食事は、十年前と同じように絶品で、夕食はブランの舌を満足させた。

 「どう、気に入ってくれた?」

 料理を作ったお姉さんに、ルディは「凄く美味しいです」と素直な感想を言った。

 「あの」

 「なあに?」

 にこりと好意的な微笑みを向ける彼女に、ルディは思い切って聞いてみる。

 「これ、どうやって作るんですか?」

 それはもうちょっと見たこともないような綺麗な少年が、美味しいと自分の料理を褒めてくれれば嬉しいに決まっている。

 十年くらい前、まだ大女将であった祖母に料理を教わっていた頃に、この宿に泊まったとてつもなく綺麗な青年がいた。だが、多感な年頃だった彼女は彼が怖かった。

 今、その頃の記憶と同じ姿をした人は、多分本質は変わっていないのだろうが、落ち着いた雰囲気を纏っている。

 彼女の感じ方が変わっただけなのかもしれないが、それにほっとしながら、彼女は料理の教えを請うてきた少年に、作り方やコツを丁寧に話して聞かせた。

 料理人の中には、レシピを秘密にする者もいるが、この宿の料理は本質的に家庭料理に近いものであるし、祖母もそうだったが、教えてくれと望まれれば隠さずに教えることにしている。

 特にこの少年には、イリアルダ草原にいる主な魔物の肉の味も、大体のところを話して聞かせた。

 狩りに行った先での肉の処理の仕方、血抜きや解体は実地で狩人に聞いた方が確かなので、そこははしょる。

 「もちろん血抜きは出来るだけ早くするのが望ましいんだけど、草原では他の魔物を呼び寄せてしまうものね。狩れたらなんだけど、おすすめは今言った癖のない魔物のお肉ね。この季節だからその場で直ぐに食べるのが一番いいんだけど。上手に血抜きできたものなら、香草やお酒、塩こしょうをまぶして炭火でじっくり焼くのも美味しいわね」

 「炭火ですか」

 口には出さなかったが、灼けた岩とか溶岩じゃダメかなあと、さりげなく魔法の代用を考えている困った子供がそこにいた。

 ブランはさすがに料理法などについての興味はないので、横で暇つぶしも兼ねて酒を飲んでいた。ちなみに彼はザルを通り越したワクだと、たまに一緒に飲むデューレイアに呆れられていた。

 深酒することは滅多にないのだが、かなり酒に強いデューレイアが飲み比べて潰れたときも、平然としていて素面と変わりなかったと言うから相当なものだ。

 ブラン曰く、体質的に酔わないのだそうだ。

 ちなみに酔いつぶれたデューレイアの介抱など面倒でできるかと、さっさと解毒の魔法をかけて、酔いを覚まさせた上で放置したことで、何故か文句を言われたことも一度ではない。

 二日酔いにならずに感謝されてもいいくらいだというのに、理不尽な話だというブランと、二日酔いに治癒魔法は酒飲みとして許せないと語るデューレイアが、以前ルディに向かって互いの言い分を主張していたことがあった。

 未成年に酒飲みの云々を言われても困っただけだ。

 「ちょっとユーナ姉、なんであいつがここにいるんだよ」

 一通り話し終わって、片付けのために調理場にいた彼女だが、訪ねてきた従弟が部屋に戻る途中の銀髪の少年を見かけて、驚いたように話しかけてきた。

 彼女の父、この宿の主人の一番下の弟ウェルの息子ラルカスだ。

 彼の父はまだ現役の狩人で、ラルカス自身は王都魔法学校の来年度二年次に進級する生徒である。そう言えば、年度末休暇で帰ってきていたと聞いていた。

 「ウチのお客様よ。知っている子なの?」

 「オレのクラスメイトで、有名な魔法学校の問題児だよ」

 ラルカスは治癒科に在籍している。

 来年度ルディが戦闘科に転科することは、まだ本人と教師しか知らない。実はルディはうっかりとしていて、エルとフローネにもまだ言っていなかったりした。

 「問題児って、そんな風には見えないけど。お料理について教えて欲しいって言うからお話ししたけど、すごく良い子よ」

 「性格がどうのって言うんじゃなくって、凄い偉い人の贔屓で、魔力ないのに魔法学校に入学してきたって言われてるんだよ」

 「本当に?そんなことあるの」

 「噂だけど、あいつの兄貴もそんなこと言ってるらしいし、実技の授業だって一回も参加してないんだからさ。ほら、顔がすっげー良いから、余計目立ってて、学校中噂になってんだ。あっけど、これ内緒な。とにかくバックについてんの、すっげー人なんだ」

 ラルカスもルディとはほとんど話したことがない。午前中の座学にしか出ていないせいもあるが、ルディ自身がよくいえば大人しい、積極的に他人と付き合える性格ではないためでもある。

 ひとしきりルディについてあることないことしゃべり終わってから、彼はここに来た用事を思い出した。

 「明日オヤジについて草原に行くんだ。それでここで使う肉とか、欲しいのあったら聞いてこいって言われた」

 「それは、あれば助かるけど。でも今草原は危ないんでしょう?父さんが集中討伐が出るって言っていたわよ。あの子達も明日行くからって、お弁当頼まれたけど」

 「それが、集中討伐なくなりそうなんだって。その代わり、なんか十年前に伝説になったくらいの凄腕の人が来たから、その人について行くのに出来るだけ大勢の人手を集めたいって言ってんだ。オレは治癒魔法使えるし、砂楯も地縛も使えるから、大丈夫だよ」

 ラルカスはここで育ったから草原のことは良く知っている。この街に住む狩人の子供達がそうであるように、近場の狩りへは、何度か父親達とも同行したことがあるのだ。

 「そう、でも気を付けるのよ。いくら魔法使えても、思わないとこで怪我ってするのよ。お父さんみたいに」

 彼女の父が狩人をやめて祖母の宿を引き継いだのも、一つには現役時代に負った怪我の後遺症が堪えるようになってきたためでもある。

 狩人は危険な職業で、だから従弟のラルカスに治癒魔法の才があったことを、家族は皆喜んだものだ。

 「ユーナ姉は心配しすぎ。大丈夫だって、オヤジや伯父さんたちも一緒なんだからさ。それに王国軍の人もいるし、『烈風』ってホントに凄く腕の立つ人らしいんだ」

 「あら、その『烈風』さんって、多分ウチのお客様よ。さっきの銀髪の子のお連れさん。あの子の先生らしいわ」

 「えーっ?なんだよ、それ。学校の先生って、さっきの、あいつと一緒ぐらい顔の良い男のこと?若すぎだろ」

 魔法学校にはたくさんの教職員がいて、カルトゥル先生のように若い教師もいるけれど、ラルカスの見たところ黒髪の青年は顔の良さもあって、余計に先生には見えない感じだった。

 「不思議だけど、十年前と全然変わってないものね」

 黒髪の彼は、十年前のユーナの記憶に残るままの容姿であった。

 「それ、本当?ってことは、魔力がよっぽど強いってことか?」

 魔力が高い者は加齢が遅くなることは、魔術師の間ではよく知られていた。つまり、『烈風』の二つ名を持つ黒髪の先生は見た目通りの歳ではないということかと、ラルカスは気がついた。

 「そうね。でも本当に気を付けて。いくら強い人が一緒でも、無理しないのよ」

 獲物はあれば嬉しいが、それよりも気を付けて行ってくるようにと、彼女は従弟に繰り返し言った。


ちょっと季節感をいれてみました。

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