進級試験 後日談
ユエ共和国における学都リンデスは首都と並ぶ重要な都市だ。
一つには最高学府たるミルド学院の存在がある。そしてもう一つは共和国の情報の重要な拠点としてである。
各国からの留学生が集まるリンデスという土地柄に加え、この街には空魔法を使い情報のやり取りをする参議員コカ・ラン・デテが居るからだった。
ム・バル・ノンカがこの屋敷を訪ねる度に気が重いのは、入り口でのチェックの厳しさだ。リンデスの参議員にしてこの屋敷の主の友人、数え切れないほど訪問を重ねている自分にさえ、毎回厳しい審査が課せられるのである。
それはどこかの王宮への出入りにも勝るだろう。
主を護るためでありながら、同時に閉じ込める檻であるとさえ思える強固な警備と広い敷地を囲む高い石壁。だがそれは、彼が自ら望み閉じこもった牢獄だった。
けれど、彼はここから世界を見ている。それこそ商人として世界を回る自分よりも、各地に張り巡らせた情報網を駆使し、彼は様々なものをここに居ながら手にしているのだ。
「悪かったね。急に頼んだりして」
「いや、マギノターク(マルドナーク皇国迷宮都市)からならイルセリア(マルドナーク皇国皇都)経由で帰ってきても大した負担じゃない、構わないよ」
どうせ、それを見計らって連絡してきたのだろうと、今回商談で出向いた先で、予定外の使いを頼まれたバルは、表面上は快く礼に応じた。
「それに君のお使いのついでに一つ新しい商談もまとまった。良い小遣い稼ぎになったよ」
「それは良かった。何しろイルセリアには彼女がいるからね。礼儀上、僕もあまり件のルートは使いたくなかったんだよ。丁度君がそっち方面へ行っていたからね、助かった」
親しい友人であるム・バル・ノンカはマルドナークへの商談の旅から帰ったその足で、ランの屋敷を訪ねた。
「北方面への旅には少し早かったけど、悪くはなかった。そうそう、マルドナーク名産の蒸留酒の良いヤツを買い付けてきた。一緒に飲もうと思って、とりあえず二本持ってきたよ」
「ありがとう。それは楽しみだねぇ。つまみは、ああちょうど美味い生ハムがある。それで何か作らせよう」
さて、その前に話を済ませてしまおうと、ランはいつもの椅子に腰掛け、向かい側に座ったバルに切り出した。
「まあいい歳でもあったからね、引退にともなう混乱はなかったよ。何しろ位は高くてもお飾りに近い役職だ。もっとも、エール=シオンには表立ってではないけど、それなりに気を遣ったようだけどね」
マルドナークの情勢を実際に目で見てきたバルの感想だ。むしろ意外だったのは、琥珀の影絵使いの動きだと、バルは言う。
「報復に動いたことがかい?」
「ああ、やっぱりそうか。あちらでも裏では密かな噂になっていたよ」
件の将軍が引退する理由は病気療養だということになっていたが、実は異名持ちの怒りを買ったのだと囁かれていた。
「どうやら白の幻妖精の件があったから、例の子供が黒の魔法殺しの愛弟子だってことを琥珀に言わなかったらしいね。馬鹿なことをしたもんだよ」
せっかくそこまで情報を流してやったのにと、ランは鼻先で嗤った。
「どうしてだい?琥珀が白を殺した黒への報復に走るのを避けたかったというのは、十分理由になると思うけど」
マルドナークの異名持ちが動いたことを、エール=シオンには知られたくなかった。故に琥珀が無用に黒へ接触する危険を減らすために、子供の側に黒の魔法殺しがいることを知らせずにおいた。それが将軍の言い分だ。
「白の幻妖精を殺した黒の魔法殺しへの報復は、あくまで皇国としての体面が言わせたものなんだよ。結果的に黒が白を殺したけど、仕掛けたのは白だったみたいだね。しかも、他国での出来事だ。金の御仁の仲裁に、皇国も手を引かざるを得なかったくらいには、微妙なものがあったってことだよ」
「それにしたって、同じ皇国の異名持ち同士だろう。敵討ちとまではいかなくても、それなりの感情は持っているのではないのかい?」
「さて、どうかねぇ。彼等の同類に対する感情は両極端だから、どっちに転ぶかは本人次第ってとこみたいだよ」
僕らに予想できるもんじゃないと、ランは可笑しそうに笑った。
「君でもわからないのかい?」
「僕は普通の魔術師だよ。異名持ちなんて連中の気持ちがわかるわけないだろう」
マルドナークの将軍が琥珀の影絵使いを動かすことを期待して、情報を流した張本人は、それに見合う成果を得ており、もとより将軍の計画の成否は期待していなかった。
「もっともだな。とにかく、例の子供は確定ということか」
その身柄を巡って、異名持ち同士がやり合ったのだ。その事実は確信を抱かせるのに十分だった。
「少しばかり金の御仁への嫌がらせにはなったかもしれないねぇ」
エール=シオンの三人目の異名持ちとなるだろう銀の子供のことは、できる限り隠しておきたかったはずだ。そのために様々な手を打っていた黄金の天秤操者の手札を開いてやった。
それこそがランの一番の狙いであったと知っているバルは、しみじみと友人の恐さに嘆息した。
「やれやれ。君の恨みは買うもんじゃないな」
知らないうちにランのプライドを傷つけ、報復対象とされていた金の魔術師に、バルは少しばかり同情をしてしまう。
「いやだな、バル。おかしなことを言わないでくれないかい。僕はあの二人を敵にしたくはないって言ったよね。君の言ったように、エール=シオンとは仲良くしたいと思っているよ」
「そうかい。しかし、今回の事件での一番の被害者は、やっぱりあの子供だろう」
殺されかけたあげくに、危うく拉致されるところだったのだ。しかも、異名持ち候補である自身の存在を知られてしまった。
「それにしたって金と黒に護られているんだから、運の良い子だよねぇ‥‥‥うーん、そうなんだよねぇ、黒が」
「なにか気になることでもあるのかい?」
考え込むような素振りを見せたランに、バルは珍しいこともあると思う。
「黒がね、出てきたのが妙に早かったと思ってね。拉致されたのとほとんど同時に動いている。一体どうやって知ったんだろうねぇ」
琥珀の影絵使いのエール=シオン入国は、金の魔術師にさえ知られないように極秘で行われた。現に子供は一度は琥珀の手に落ちている。
ランの収集した情報では、そのまま国外に連れ出されてもおかしくはないほどに、上手くいっていた。黒の魔術師があれほど早く子供の異変を察知して動かなければだ。
琥珀の魔術師に対し、子供を奪還でき得るおそらく唯一の男が、あのタイミングで動いた。知れば動く、それは当然だ。問題は、何故知り得たのかだと、ランは言う。
「虫の知らせ、というのではとても君は納得しないだろうね」
「いろいろ調べても、それ以外の答えが見つからないというのが気に喰わないんだよねぇ」
それこそ意地になって、ランはあの日の黒の魔法殺しの動きを追っていた。自慢の情報網も大金も使ったが、王都上空で竜騎士と接触するまで、黒の魔術師には拉致の計画も、琥珀の情報も流れていなかったことが確信できてしまった。
金の魔術師が動いたのは、子供の救出後だ。
黒の魔術師は救い出したときに、子供に友人が知らせてくれたと言っていたようだが、それだけだ。
子供自身は拉致されてから、黒の魔術師によって助け出されるまで魔法を封じられ、意識がなかったことが確認されている。
「君らしいが、少し考えすぎじゃないのかい」
「多分そうなんだろうねぇ。残念ながら、これ以上は探しても出てきそうもないからね。まあいいさ、この話はここまでにしよう。足元での商売の方を疎かにしちゃ本末転倒だからねぇ」
ランは今回のバルのマルドナークでの商談結果と、自国での商取引についてに話を切り替えた。
来年次二年の主任教諭を務めることになっているクラウディウス・ナウリとスレイン、レムドがブランの研究室を訪ねてきたのは、定期試験の終わった二日後のことだった。
クラウディウスは半年時と年度末の定期試験での実技の責任者だ。今回、ルディの定期試験結果を受けて進路相談のためにわざわざ足を運んだのだった。
スレインは案内の名目で、レムドは定期試験時の発言の責任を取れと無理矢理同行させられた。とはいえ、スレインはともかく、レムドは念願の美人なお姉さんデューレイアと会えたので、とりあえず文句はなかったようだ。
「戦闘科への転科ですか?でも僕は魔導具の製作を学びたいのですけど」
ルディの希望は技術科なのだが、今になって突然戦闘科への転科を勧めてきたのだ。
勧めるというより、主任教諭のクラウディウス自らによる懇願に近い。
「我々としては君にとって、戦闘科へ進んで同年代の生徒と共に戦闘技能を学ぶことが有益だと思うのだよ」
「あの、それは来年はブラン先生のご指導を受けられないということですか?」
それこそ顔色を変えてルディは聞いた。
「いやいや、そういうことではない。無論来年も引き続きアルダシール先生には、君の指導をお願いするつもりだ。是非に、いや絶対に」
他の誰がこの規格外の少年に魔法指導ができるというのだ。切実に手を引かれては困るので、クラウディウスは力の限り否定した。
物凄くホッと安堵したルディの様子に、デューレイアは小さな苦笑を零した。
「大規模殲滅魔法使う子を、二年次生徒の中に放り込むなんて、無謀だと思わないのかしら」
自分は剣を教えているに過ぎなく、ルディの教育はブランに任せられているということで自身は部外者と決め込み、口出しを控えているデューレイアだが、つい小声で口に出してしまう。
「試験でも派手にやったからな、この坊主は」
デューレイアの突っ込みに反応したのは、同じく手持ち無沙汰だった部外者志望その二のレムドだ。
試験では氷礫乱舞と火砕竜を披露したと聞いて、デューレイアはまだ大人しい方だと思った。一応どちらも上級魔法ではあるのだが。
「そうね、氷礫乱舞は殲滅魔法になるわね。火砕竜は攻城向きかしら。そういえば昨日この子、雷竜嵐の四本立ち撃ってたわよ」
続いて炎と水のバージョンもと言おうとしたが、なんとなく口にするのが虚しい気がしてやめた。
「いやー実はそこが原因なんだな」
まさしくそこが問題なのだと言うレムドの視線の先で、クラウディウスがブランとルディを前に、説得するべく熱弁を振るっていた。
「魔導具について学びたいというのであれば、課外授業もありますし、必要とあれば補講を考えましょう。最もスレイン先生に聞きましたが、ルディシアール君は既に魔石に魔法を封じることができるとか。それなら二年間戦闘科で過ごしてからでも、専門コースの技術科に行って十分やっていけると思います」
クラウディウスとしては十分配慮したつもりであるが、これで結構ルディは現実的であった。
「でも、来年もブラン先生の指導を受けられるなら、戦闘科でなくても戦闘技能は教えてもらえると思うから、できれば僕は技術科に進みたいです」
ルディにとってブランの指導以上のものはなかった。
第一、あれだけ厳しい個人授業を受けていて、その上戦闘科で戦闘技能を学ばなくてはならないなんて、正直きつすぎるとルディはちょっとだけ考えた。なによりも、ルディは魔導具作りの方に余程興味がある。
同時に戦闘科へ行く利点が見いだせないブランも、特に教え子の進路を強制するつもりもないため、ルディの希望を支持してみせた。
「コイツが技術科を希望しているんだからいいだろう。必要な魔法技能は俺が教える」
戦闘科で学ぶ戦闘技能などは、とっくにこいつに仕込んでいる。この先も、ルディに必要なものは教え込むつもりだ。
何もわざわざ本人の希望を覆してまで進路変更させることはないだろうと、ブランは思っていた。
「僕も魔法はブラン先生に教えてもらえればそれで良いです」
「別に魔導士や迷宮探索者になるつもりもないようだし、技術科へ行こうが魔法の習得はこれまで通りやるんだ。問題ないと思うが」
もし迷宮探索とかをやりたければ、それだって自分が指導してやれるとブランは言う。
しかし、どこまでもゴーイング・マイ・ウェイの師弟にキレたのはスレインだった。
「おわかりになっていないようですので言わせていただきますが、こと魔法に関しては貴方達の常識は我々には非常識です」
真正面から言い切った。
「あーあ、言っちゃったか」
と、デューレイア。
「言っちまったな」
と、レムド。
「それを言うか」
と、なんとも微妙な顔をしたブランの、三者三様の言い様の前で、スレインは断言した。
「言います」
普段穏やかなスレインの目が完全に据わっている。
「ルディシアール君にはこの際、戦闘科の授業を受けて、是非常識を学んでいただきたい」
畳みかけるように言いつのるスレインに、デューレイアはすごく同意できるものを見つけていた。
「何かねぇ」
一方で開き直ったスレインがブランに向かいさらに言い募る。
「貴方は自分のことはわかっているでしょう。しかし、貴方に教えられてきたルディシアール君の基準は貴方になってるのですよ」
ルディの常識がブランになっているのが、そもそもの間違いだとスレインは訴える。
「魔法については俺のレベルで教えるのは当然だろう」
何も出来ないことをやらせているわけではない。ルディに相応しいレベルで指導するなら当然だろうと主張するブラン。
この男、実はわかって言っているのではないかとデューレイアは思い、スレインに加勢することに決めた。ルディに常識を教えるというのなら大賛成だ。
「ねえブラン。昨日ルディってば雷竜嵐の四本立ち撃ってたわよね。貴方なら何本いけるの?」
「八本は余裕だな」
やれば何本でも出来るだろうが、そこまでの威力を必要とする事態などまずないだろから、取りあえず倍の八本と言っておくみたいな感じだった。
あとルディのはあれでまだまだ取りあえず撃てるレベルで不安定だと、ブランは言う。
そんなとんでもないことは、できれば聞き流したいとクラウディウスもスレインも思った。
「何処の誰がそんな馬鹿みたいなこと出来ると思ってるのよ」
自分で聞いたものの、しれっと化け物基準の答えを返され、デューレイアは頭が痛くなる。
そんなことを聞くのが悪いという目で、スレインやクラウディウスがデューレイアを見ているから余計にだ。
「ババアがいるだろう」
リュレだって出来ると、わざとらしく反論してくれたのに、腹が立たないわけがない。
この異名持ちがと、デューレイアはわなわなと非常識の塊を睨みつけた。
それからルディに視線を移し、ブランの言うことがいかに普通ではないのか言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「炎竜嵐ならわたしでも集中して全力だせば、四本立ちも出来ないこともないと思うわ。でも、一発だけで続けては絶対無理。実戦なら切り札としても二本立ちが精一杯ね。これでも王国魔導騎士のトップクラスなのよ。ルディ、貴方昨日雷竜嵐、炎竜嵐、水竜嵐と続けざまに撃っていたわよね」
もちろん四本立てなのは言うまでもない。
はっきり言おう。王国の魔導士でそんなことできる者はいないと。
そして、デューレイアとスレイン、クラウディウスの視線の集中砲火を受け、身を竦ませるルディを、レムドが自分の発言がこのきっかけでもあることから気の毒そうな目で見ていた。
もっとも、あくまで見ているだけで、賢明にもレムドは部外者の位置を死守して放さなかった。
「ルディ、アンタは軽く八本なんていう異名持ちの非常識と、四本立てを連発する自分がどんだけ普通じゃないか、実際にその目で見て学習してきなさい!」
デューレイアの剣幕に、ルディは気圧されて救いを求めるようにブランを見つめた。
教え子と仁王立ちするデューレイア、うんうんと頷くスレインとクラウディウスを見回し、ブランは仕方ないかと頭を搔いて了承する。
「わかった。その代わり魔導具の教授は何とかしてやってくれ」
ブランの返答に、ほっと安堵の空気を纏った三人だったが、不意に彼らを取り巻く気配が一変した。
緩やかに口の端を持ち上げ、薄く笑みを掃いたブランの底冷えのする光を宿した薄紫の瞳が、彼らを凝視していた。物理的な圧力を伴うような、圧倒的な威圧感を纏い、ブランは彼らに宣告する。
「ただし、これだけは言っておく。こいつを戦闘科に行かせることは良いが、くれぐれも俺の教え子を途中で放り出すなど許さないからな」
言ったからには責任を取ってもらう。万一そんなことをしてみろ、ただでは済まさないというブランの圧力に、デューレイアでさえ声も出せない。
普段は隠し持った鋭さを見せつつも、どちらかといえば飄々とした雰囲気を纏っているブランだったが、彼はこの国にも二人しかいない異名持ちなのだと、彼らは改めて悟った。
本気の異名持ちの恐ろしさは、竜にさえ勝るとも劣らない。
「ルディ、そういうわけだ。魔導具については俺もできるだけ教えてやるし、学校もなんとかしてくれるだろう」
ふわりと、雰囲気を元に戻し、それで納得してくれとルディに言い聞かせる。
「はい、先生」
技術科に未練はあるがブランが言うならと、ルディは素直に頷いた。何故かさっきの恐怖はルディには伝わっていないようだった。
「‥‥‥‥あ‥あのね、ブラン」
金縛りが解けたデューレイアが、焦ったように声をかけるが、向けられた瞳は先程の余韻を残していた。
「デューレイア」
お前もだ、わかっているなと、言わずとも告げているそれは、王国の魔導騎士を黙らせるのに、十分な圧力を持っていた。
何はともあれ、取りあえず言質は取れたと、早々に研究室を退散した一同は、十分に離れたところで揃って腰を抜かしかけた。
「参ったわ」
うっかり虎の尾を踏んでしまったと、彼らについて逃げてきたデューレイアはブランの目を思い出して身震いした。
魔導騎士にして、ブランとの付き合いがこの中で一番深い彼女をしてその様だ、クラウディウスやスレインなど生きた心地もしなかった。
「彼があそこまで怒るとは‥‥‥」
「あれは怒るっていうより、警告ね」
まだ青ざめているスレインに、デューレイアは言った。
「ブランにとってそれだけルディは特別なのよ。同類だからね。忘れていたわけじゃないけど、うっかりしていたわ」
異名持ちの同類に対する執着を、デューレイアも本当の意味で理解しているわけではないものの、一つだけはっきりしていることがある。
これでルディの扱いをしくじったら、ブランの制裁が降りかかるだろう。
デューレイアにはわかる。あれは脅しじゃなくて、本気だ。
「うっかりでは済みません」
先にキレたスレインが言うことではないが、『魔法殺し』の怒りを買うのは勘弁して欲しい。ついでに、この際デューレイアも一蓮托生の仲間である。
「では、やはり彼は」
四元素属性に治癒持ちだ。クラウディウスも可能性はあるとは思っていたが、魔法学校の教師として迂闊なことは言えなかった。
「リュレ様の見立てで、ブランも断言しています。でもまだ他言はしないでください」
クラウディウスにはデューレイアが魔法学校の生徒であった時世話になっていた。
優秀であったが、型破りである彼女であるので、堅物のクラウディウスはかなり手を焼いたし、期待もしたという。
さすがにデューレイアも、恩師には相応の態度をとっている。
「ルディシアール君は」
ルディ自身はそのことを知っているのかとスレインが問えば、デューレイアはほんの少しだけためらったが、隠すことはしなかった。
「んー‥ルディが琥珀の影絵使いに拉致られかけたときに言ったって、ブランから聞いたけど」
「誘拐事件のことは聞いていますが、『琥珀の影絵使い』?」
学校にはそれはただの誘拐事件として通達されていた。琥珀の影絵使いがその犯人であるとは、スレインも知らなかったのだ。
無論クラウディウスもであり、こちらは言葉もない。
「言っちゃなんだけど、そこらの魔術師があの子をどうこうできるわけないでしょう」
ルディを潰すとしたら、デューレイアなら最低でも精鋭の王国軍魔導騎士一個小隊を率いていく。
その上で、最初から殺すつもりで全力で仕掛ける。生きたまま捕らえるなど問題外だ。それでも今のルディ相手では確実ではないと思う。
では仮に、もしブランを討てと命じられたら、デューレイアは一人で向かう。第一師団総がかりでも勝てないと思う相手だ。死ぬのは一人で良い。
そのくらい異名持ちは規格外の存在だ。
「ち‥ちょっと待ってくれ。異名持ちが同胞を別格とするのであれば、ひょっとして金の魔術師殿も‥‥‥」
恐ろしい事実を思い出してしまったクラウディウスの言葉に、全員が声にならない悲鳴を上げた。
ひょっとしても何も、ルディが金の魔術師のお気に入りというのは、噂の内容はともかく、言葉通りの事実である。
「そ‥そうね‥‥わたしは剣の指導者に過ぎないし」
「『彼の』指導者です。お忘れなく」
逃がしませんと、若干イッてしまった目つきで自分を見るスレインに、引きつった顔でデューレイアは軽く両手を開いてあげた。