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公開練習試合

 フローネの突きが綺麗に入り、サーニファの胸元にレイピアの先が寸止めで突きつけられていた。

 「そこまで」

 レムド師範の勝者判定に、二人は剣を下ろす。

 「ふふん、これで十一連勝ね」

 勝ち誇るフローネを、サーニファは素直に悔しそうな目で睨んだ。サーニファはエルとは結構良いところまで競るのだが、フローネにはどうしても勝てないのだ。

 「いや、あそこまで粘ったのは凄いぜ」

 正直にエルは大したものだと思う。一年次生徒でフローネに勝てるのは、今のところローレイだけだった。そのローレイも勝てると言っても、剣ではややフローネが勝る。もっとも得手が槍であるのに、剣でフローネとほぼ互角というローレイはさすがに別格ともいえた。

 「ツメが甘すぎ。付け込んで下さいって言ってるようなものよ」

 「お前が容赦なさ過ぎなんだってば」

 そんなんじゃわたしには、まだまだ勝てないわねという余裕のフローネに、エルが突っ込むのもいつものことだった。

 「そうだな、嬢ちゃんはもうちょっと手加減してやれよ」

 「冗談じゃない、そんなことされても嬉しくないわ」

 ライバルに手を抜かれて喜べるようなプライドなしじゃないと、サーニファは噛みついた。

 「そーよね。手加減なんて失礼よね」

 「‥‥‥ルディにはするくせに」

 「ルディは練習でしょ。今のは試合」

 一緒にしないようにと、フローネはエルに指先を突きつける。

 「アイツじゃさすがに試合にならないもんな」

 エルは内心で、ルディ以外は練習でも叩きのめすくせにと思いつつ、賢明に口には出さない。

 「でもルディも凄く腕あげたわよ。驚いちゃった」

 「ああ、それはオレも思った」

 入学前なんか、最初の一撃で剣を飛ばされていたのに、この間は本気ではなかったものの、フローネ相手に結構頑張った。

 「あの銀髪の坊主な。まあ、あいつの場合、護身以外に剣は必要ないだろ」

 ルディの魔法を見たレムドは、遠い目をして言った。

 「ルディの目標は魔術師で、魔法剣士じゃないもの」

 今ここにいるのは、武術の授業でも剣の上級者を対象にしたグループで、ほとんどが魔法剣士を目指している者ばかりだ。

 「嬢ちゃんとカレーズの子息殿は、来年あたり公開練習試合に推薦されそうだよな」

 レムドが見たところ、今の二年次生徒を含めても、この二人が剣の才能では抜きん出ている。このまま伸びて身体が作られれば、来年は魔法学校での剣のトップに立つだろう。

 ちなみに、剣と魔法の両刀遣いは、三年次が終われば、ほとんどが騎士学校の編入試験に臨むことになるため、専門科コースでそれ以上に剣の腕が立つ者はいないといって良い。

 「そう言えば、兄貴に聞いたことあるような」

 もうすぐ公開練習試合の出場枠獲得トーナメントがあるとか言っていたと、エルがポンと手を打った。

 「隣の騎士学校と合同で、教師と王国軍の騎士、魔導士を相手にした公開練習試合をやるって、まあイベントだな。生徒の方は二年次以上の代表で、希望者枠と推薦者枠がある。とはいえ、実力差が物凄いから大抵は一方的にボコられるな」

 だから大怪我することも少ないともいうがと、レムドはもうすぐ開催される行事の説明をした。

 「二年次以上なんですか」

 一年次は出られないのかと、サーニファは聞いてみた。

 「普通一年次じゃ相手になる以前の問題だからな。嬢ちゃんも剣ならともかく魔法はキツイだろ。 うち(魔法学校)からは剣の出場者枠は推薦者枠の二名だけだ」

 まあ、魔法でも銀髪の坊主だったら結果が逆になりそうだが、アレを出すなど無茶苦茶なことはさすがに学校もやらないだろうと信じたい。本気で死人が出かねないと、レムドはその想像に冷や汗をかいた。




 研究室の机上に並べられた料理に手を伸ばしつつ、デューレイアはルディにアンタは出るんじゃないわよと言っていた。

 「あれは学習のための公開練習試合よ。アンタの魔法じゃ見本にならないでしょ」

 ピシャリと言いつつ、炙った角兎の肉と香野菜を焼いた小麦粉の薄皮に包んだものをぱくりと口に入れた。

 「うん、美味しいじゃない」

 ソースが肉の臭みを消して食べやすいと言いつつ、香辛料を利かせたタレに漬け込んで焼いた肉も一切れつまんだ。

 「いけるわ、これ一杯飲みたくなるわね」

 向かい側ではブランがデューレイアの手をはね除けつつ、角兎肉の香草入りパイ温野菜添えを食べていた。

 「一年次生徒は出場出来ないので、そもそも僕がでるなんてありえないです」

 「今年もだけど来年以降もよ。万一学校が血迷って出ろなんて言われても、絶対辞退しなさい。普段やってる大規模魔法を競技場なんかで撃ったら大惨事だわ」

 まさかそんな無謀なこと学校もやらないだろうとは思いつつ、デューレイアは今のうちに言っておく。ついでにもう一個角兎肉の薄皮包みに手を伸ばす。

 「お前、昼食べて来たんだろう。太るぞ」

 自分の昼食に手を出すデューレイアに、少しは遠慮しろとブランは言う。

 「こんなにあるんだもの、ケチくさいこと言わないの。それに、これから運動するんだし、ちょっとくらい食べても平気よ、ね、ルディ」

 それって、要するに自分をしごくということだろうと、ルディは返事に詰まった。

 大体、こんなに美味しそうな匂いしているものを目の前におかれてお預けなんて、どんな嫌がらせよとデューレイアは主張する。

 「それにしてもルディ、アンタって料理できたのね」

 これらの料理は実はさっきルディが作ったものだった。研究室には寝泊まりできる部屋と、料理の出来る台所が付設されているのだが、台所は今までお茶を入れるくらいでまったく利用されていなかった。

 「近所の食堂のおばさんが教えてくれたんです。僕に出来る家の手伝いなんてあんまりなかったから」

 レパートリーは少ししかないし、簡単なものだけだとルディは言うが、実は料理なんか肉に塩を付けて焼くくらいしか出来ないデューレイアにしてみれば、これだって大したものだ。

 「あら、十分よ。今度はわたしが材料持ってくるから、また作ってちょうだい」

 できれば夕食というデューレイアは、ちゃっかり酒も持参してくるつもりだろう。

 今回の料理は、昨日の休日にルディが外出したときに食材を買ってきたものだった。ブランが昼は面倒ならパンだけなんてことも良くあると聞き、差し入れしようと考えたのだ。

 「でも魔法って便利ですよね。冷やしておけば生肉も一日くらい置いておいても平気だし、煮たり焼いたりも簡単にできるし」

 それを聞いてデューレイアは、ルディがこれらの料理をどうやって作ったか気づいてしまった。普通に台所を使って料理したとばかり思っていたが、どうやら少しばかり違っていたようだ。

 「アンタまさか、火魔法使って肉焼いたんじゃ‥‥‥」

 「そうだけど」

 食器や鍋なんかは土魔法で作ったし、風魔法や水魔法も併用したと、あっさりいってくれた子供をどうしてくれようかと思うデューレイアだったが、ブランはなるほどと頷いた。

 「細かい制御の練習になるし悪くない考えだ」

 というか、よくお前がそんな器用な真似出来たものだと、ブランは逆に感心していた。

 「魔石作りで魔力を絞った小さな火球も作ったから、その要領でやったら火力の調整もわりと上手くいったんです」

 「目的がはっきりしている分、かえってやりやすいというわけか」

 「ちょっとブラン」

 そこで納得しないで欲しいとデューレイアは思う。

 「火魔法の魔導具を使うのだって同じようなものだろう。問題あるか?」

 煮炊き用の火の魔導具は便利だし普及もしているが、それでなければ炭や薪を使う。着火に使うならともかく、火魔法で直接焼くとか、最初から最後まで火魔法を使い続けるとかは、一般的とはとても言えない。いや、普通は火属性のある魔術師でも、そんな魔法の使い方はしない。はっきり言って魔力の無駄遣いだ。

 誰かこの師弟に何か言ってくれとデューレイアは訴えたい。

 しかし、と、そこでデューレイアは目の前に並ぶ料理を見た。味付けは結構好みだし、第一料理はできたてが一番美味しいのだ。まして自分が作るわけでもない。

 結局、誰に迷惑をかけるわけでもないし、美味しい物が食べられるのだからと、デューレイアは調理方法には目を瞑ることに決めた。

 目先の欲望を優先させたともいう。

 「公開練習試合ですけど、先生は出られないんですか?」

 「アンタねぇ、異名持ち相手に生徒がどうしようって言うのよ。魔導士だって、びびって試合に出てこないわね」

 この常識知らずと、デューレイアに呆れられ、ルディはシュンと項垂れた。

 「ま、見世物になるのはごめんだな。デューア、お前はどうする?」

 結構好きそうだろうと、ブランが言うのに、まあねと満更でもない顔をする。

 「相手がルディみたいな可愛い子なら、是非とも念入りにお相手して(イジメテ)あげたいとこね」

 相変わらず物騒ないじめっ子体質のデューレイアに、ルディは相手になる生徒に心底同情した。

 「でも、残念ながら今回はファン(従弟)に譲ったわ。試験に落ちた罰ゲームに見世物になってらっしゃいって言っちゃったの」

 昇格試験で全力で叩きのめすように試験官に頼んだのだという。

 「わたしの身内ってことで、期待もあるけど周りの目も厳しいのよね。一回容赦なくやられといた方があの子のためよ。それでも勝てていれば実力を認められたでしょうしね」

 結果は激しい打ち合いの末の惜敗。他の者なら合格してもおかしくない結果を見せた。次は受かるでしょうと、デューレイアは言った。

 「それでもさすがに落ち込んじゃってね。八つ当たりするような子じゃないし、良い気分転換になるでしょ」

 なんだかんだ言って、気遣いをするあたり、デューレイアも身内には厳しいが甘い。

 「ルディ、試合当日はお前も実習させるからな。のんびり観戦はしていられないと思え」

 ブランの一言で、誘ってくれた幼馴染み達にルディは謝ることになった。




 ある意味特等席でルディは練習試合を見ていた。

 一緒に見に行こうと約束していたのに駄目になったと言ったら、案の定盛大にフローネに拗ねられた。先生のお手伝いで、スタッフの下働きみたいなものだと言ったら、仕方ないと納得してくれたのに、ほっと胸を撫で下ろしたのは、実はルディよりエルだった。

 当日、競技場の正面メインスタンドに座るのは招待客と両校の校長だ。招待客は王国軍の重鎮や王宮の魔導士、貴族の関係者である。生徒の観覧席は上の学年から順に割り振られていくため、一年次生徒の席は当然のことながら最もフィールドから遠い位置にあった。

 「遠眼鏡は必須だって兄貴が言うわけだ」

 事前にエルの兄であるクロマに忠告されていたため、エルもフローネもしっかり遠眼鏡を用意してきていた。

 メインスタンドの向かい側には、風魔法の投影で宙に大きく試合の様子が映し出されているが、あまり鮮明ではなく、魔法の使用場面などは画像が乱れたりするのだ。

 「あーっルディってばあんなとこにいる」

 試合の合間にあちらこちらを見てルディの姿を探していたフローネは、メインスタンド向かい側のフィールドに設けられた審判席にその姿を見つけた。

 「ずりぃぜアイツ、特等席じゃねーか」

 「ええっ何処よ?って、あの人、凄い格好良い」

 エルから遠眼鏡を奪い取ったサーニファは、ルディの隣にいる黒髪の美青年に釘付けになった。

 「誰、あんな人学校の先生にいたかしら」

 ルディと並んで遜色ない美形って何事と、サーニファは思わぬ目の保養にうっとりとほんのり顔を赤く染めて、そこから視線を外そうとはしない。

 「ひょっとしてルディの先生じゃないかな。ちょっと若すぎる気もするけど」

 ルディがブラン先生と呼んでいる個人指導の教師が異名持ちであるとまでは知らないフローネも、始まった練習試合をそっちのけで審判席を凝視していた。ルディが真剣な顔で模擬戦を見ている横で、時折何かを話している様は、やはり指導をしているように見えた。

 「お前等、試合見ろよな」

 ついでに俺の遠眼鏡返せと、小さい声でぼやくエルだった。




 最初の練習試合が始まる直前に審判席に入ってきた黒髪と銀髪の師弟を見た反応は、約二種類に分類された。

 審判席にいるのは、試合の審判を務める者と、進行を担当する者、それに救護と安全面の役割を担う者だ。騎士学校、魔法学校、それに王国軍からも派遣されてきていた。

 誰だ此奴等はといった、ブランの見た目や容姿の良さからも場違いじゃないかといった反応は、主に騎士学校の関係者と王国軍、魔法学校の関係者の半分くらいだ。固まったのは彼ら、特に黒の魔術師を知る者である。

 「アルダシール先生、今回は貴方が安全面のバックアップを引き受けてくださったので、こちらも非常に心強い。よろしくお願いします」

 魔法学校の運営担当者が笑顔で話しかける。ちなみに彼は先頃の一年次半年時試験での責任者であった。

 今まではブランには見向きもされなかった行事だが、今年は教え子がいることもありダメモトで依頼したら二つ返事で了承を貰え、魔法学校側の運営は諸手を挙げて喜んだ。

 何しろ異名持ちである。毎年安全面には多数の魔術師を割かねばならず人手不足は悩みのタネであったのだ。

 事前にブランからはフィールドのフォローを全面的に担当してくれるとの言質をとってあったため、こちらに割り振る人員を他の手薄になりがちな場所へ回すことができた。

 「了解した。依頼されたフィールドの遮蔽は、すべて俺がやる。あと、競技者の防御はこいつにやらせるから、そちらも任せてくれて構わない」

 競技者、特に生徒は特別な防御魔法を付与した競技用ローブや革鎧をつけて試合に臨んでいる。これらは魔法や衝撃から身体を護ってくれる優れものだが、強い攻撃などは防ぎきれない。そのため、いざというときに競技者を護る防御魔法を使える者が待機しているのだ。今回それをブランはルディにやらせると言う。

 「しかし、大丈夫ですか?」

 おいおいと、顔を顰めて不安を示す者が大多数なのに、半年時試験および魔窟訪問でルディの実力を知っている彼も、さすがに確認せずにはいられなかった。

 「こいつの魔力と腕は俺が保障する。いざというときには俺が介入するから、心配は無用だ」

 広大な競技場のフィールドと観客席を隔てる遮蔽を展開した上で、さらにルディのフォローなど普通ならば正気の沙汰ではないが、黒の魔術師が自ら断言する以上彼にはそれ以上何も言えなかった。

 とはいえ、ブランもいざというときは介入するとは言ったものの、まず大丈夫だと思っていた。

 「使う魔法の威力も大したもんじゃないし、基本は寸止めだ。うっかり雷閃牙で壁をぶち抜きかけたり、勢い余って馬鹿でかい風楯で相手を押し潰し損なったりする下手くそはいないだろう」

 「‥‥‥済みません」

 これは以前、第一師団の魔導騎士に稽古を付けて貰った時に、ルディがやらかしたことだった。剣を捌くのに必死で、魔法をいつもの勢いでぶっ放してしまったのだ。

 なまじ普段の魔法の相手が、むしろ手加減などとんでもない異名持ちであるのも一因である。

 実は第一師団での一部始終を見ていた者もこの審判席にいたりして、彼はそういうこともあったと、黒の魔術師の愛弟子であるこの少年のとんでもなさを思い出して、から笑いを浮かべた。

 模擬戦で使われる魔法など知れているから落ち着いてやれば問題ないと言われたものの、ルディはそれでも些か緊張して最初の競技者がフィールドに現れるのを待っていた。

 「おい、杖も出さずに何をボケッとしているんだ。さっさと準備して詠唱を始めろ」

 最初の模擬戦が開始されようとする直前に、ルディに向かって苛ついた口調で指示する騎士がいた。デューレイアと同じくらいの年だろうか、審判員の徴を二の腕に巻いた若い騎士が、ルディを睨み付けている。

 「詠唱って?」

 体格の良い騎士に睨まれ、及び腰になったルディは恐る恐る上目遣いに彼を見やった。

 「防御魔法に決まっているだろう。早くしないと間に合わんぞ」

 互いに意思の疎通が出来ていない。通常、攻撃魔法が放たれてから防御魔法を詠唱していては間に合わないため、魔法を発動させる直前状態にして待機させておくのだ。それが模擬戦が始まる直前になっても、杖さえ抜かずにいるルディに苛立って口出しをしてきたのだろう。

 それも彼が責任感が強いため、指導する意味であったのだろうが、残念ながらルディには通じていなかった。

 「えっと‥‥あのっ‥‥」

 なんだか怖い顔をした騎士に、頭ごなしに言われたルディは何と言うべきかとっさには答えられずに更に体を縮こませた。人見知りする質のルディは、初対面でのこういう相手との会話は特に苦手だった。

 「構うな」

 ブランは無視しろとルディに指示する。始まるぞと言い、意識を試合に向けろと注意した。

 「悪いがこいつの気が散る。こちらには構わないでくれ」

 直訳すれば邪魔をするな、である。ようは単に煩かっただけだ。

 「なっ‥‥‥」

 自分より若いと思えるブランに頭ごなしに言われ、思わずむっときた彼は、慌てて間に入ってきた事情を知る第一師団の某騎士に肩を掴まれ、宥められながら引きずって行かれた。

 その直後に模擬戦は始まったが一試合目、二試合目はルディの出番はなかった。未熟な生徒の攻撃魔法は簡単に弾かれ、十分に手加減した騎士によって一方的にあしらわれて終わった。

 「今のは要らなかったな」

 「はい」

 三試合目、防御が間に合わなかった生徒に念のため風楯を展開したルディは、加減された雷球であったから威力的に必要なかったとブランに指摘された。

 それもわかっていてやったようだがと理解した上で、ブランは必要のない限り手は出すなと指示する。

 多少の負傷は想定内であり、過剰な保護は不要というのが公開練習試合の方針だ。怪我の対応には十分な治癒士が控えているから、致命傷やトラウマになりかねない重傷さえ負わなければ良いという。

 むしろこの程度の模擬戦で少々の負傷に怯えるようでは、この先実戦で役に立たず、本人のためにならないのだ。

 模擬戦においての魔法行使は、攻撃と防御の組み立てがものをいう。詠唱を終え発動状態におかれた魔法をどんなタイミングで使うか。また、いかに先を読んで相手の魔法を封じ、攻撃の一手を先じるかが鍵であった。

 その中で攻撃と防御に展開された魔法の構成を読み、威力を予測してギリギリに近いところで防御魔法を施すことは、攻撃を抜かせないことだけを考えれば、冷静に対処さえすればさほど難しいものではなかった。

 それに、今回の模擬戦は授業の一環のようなものだ。戦法は基本に過ぎず、バリエーションも無いに等しい。

 ブランが最初に言ったように、双方の力量に差がありすぎる上、限定された威力の魔法が使われるため事故など滅多にはない。そもそも防御魔法はあくまで万一に備えたものであり、ルディの出番はほとんどなかった。

 魔法だけでなく、試合運びも予測しながらやってみろとは言われていたが、気を張っていただけに、正直拍子抜けといった感は否めない。

 剣の試合については、魔法とは違った意味で気を遣ったが、なにより使用されているのは真剣ではない。試合自体はさすがに騎士学校の生徒だけあるといった、なかなか見所があるものもあったが、こちらもこれといった大きな事故は起こらなかった。

 「暇なもんだろう」

 「はい‥‥‥あの‥」

 正直なところその通りだが、素直に答えて良いものか、ルディは周囲の雰囲気をうかがい見た。

 王国軍の騎士や魔導士などは余裕を見せて模擬戦の批評などをしているし、全体的に緊張でピリピリするという程ではなかった。それでも暇と堂々というには、憚るくらいの緊張感はある。

 「次からは魔法の撃ち合いだ、弾けさせるのもいるだろうから、ちょっとは出番があるかもしれんぞ」

 そうはいうが、一番負担が大きいフィールドの遮蔽を一手に受け持っているブランが、余裕がありすぎである。

 魔導士が展開した防御魔法に向かい、魔法学校の生徒が攻撃魔法を撃ち込むのであるが、一番大きな魔法が炎竜嵐であった。

 「今年の炎竜嵐は去年より大きいな」

 「形もしっかりしていますし、なかなか有望でしょう」

 毎年恒例の竜嵐シリーズの披露に、魔導士と魔法学校の教師が批評しあっている後ろで、魔法学校の某ベテラン教師が何ともいえない表情でルディを見て複雑な顔をしていた。

 「あっ‥‥と」

 傭兵専門課程の生徒が撃った少々小ぶりだった水竜嵐の次に、魔導士養成専科の生徒が放った雷竜嵐が弾けた。

 構成の時点でまずいと思い構えていたルディが、魔導士の魔力楯の範囲から外れると判断し、そこへ届く前に周囲を風楯の壁で覆いそのまま威力を空へと逃がす。

 「良い判断だ」

 あえて手を出さずにルディに任せたブランが合格点を与える。

 本当なら発動直後に介入して散らせた方が影響が少なかったところだが、今回は出場者の魔法の失敗も生徒達の学習の一環だ。失敗の結果を見せることを選択した判断は間違っていない。いないが、やったことが普通だと思うのが間違いだった。

 「俺は帰る。あんなのに付き合ってられるか」

 出番が少なかったとはいえ、ルディの杖無し無詠唱の魔法行使と、異常な発動速度を見せつけられてきたあげくの、今の所行である。

 あの黒髪の青年が黒の魔術師だと教えられ、それは納得した。しかしその弟子まで非常識過ぎだろうと、最初にルディに注意をした魔導騎士が頭を抱えて帰り支度を始めたのに、騎士達が両側からがっしりと確保してフィールドへ引きずっていく。

 「何寝言言ってるんだ」

 「お前、次の審判だろうが」

 一人だけ逃がすものかという温かい仲間意識だ。

 「あんなもん見せられた後で、マトモな審判できるか」

 「出来損ないの雷竜嵐を始末しただけだ。気にするな」

 「アレは競技者がやったことじゃない。気にしたら負けだ」

 何か随分と酷いことを言われているような気がするが、そこで誰かにどういうことかと問いかけられるようなルディではなかった。

 ただでさえ周りは皆教師や王国軍の騎士、魔導士ばかりで場違いな気がしているのだ。やはり無視を決め込んでいるブランを見て、気になりながらも結局そのまま最後まで過ごしたのだった。


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