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魔石作り

 パキンと、指の先程の魔石にヒビが入って割れる。

 「幾つ目だ?」

 責めるというよりは呆れた口調で、ブランは自分の作業の手を止めて目を向けた。

 「うー‥‥九つ目です」

 「大台まで後一個だな」

 「‥‥‥済みません」

 机上に捏ねられた魔石の成れの果てを、ルディは情けない顔で見詰めた。

 ブランの指導のもと、元々器用であるルディは魔晶石を原石から研磨することは、低級のものだがそこそこ上手くできるようになった。魔力が凝った一番濃い赤の部分を中心に、ひび(クラック)内包物(インクルージョン)をできるだけ避けて削り、滑らかな球形や楕円形に磨きあげる。特殊な用途以外では、魔力が散らないように角を作らないように磨く必要があった。上級品は更に魔力の偏りがないように真球に近い球体に仕上げるが、低級品ではそこまで求められない。

 ルディが躓いたのは、その次だ。

 「失敗の原因はわかっているな」

 「込める魔力が大き過ぎるから、です」

 回復魔法を魔石に込めようとして、失敗し続けて九つ目をパアにしたところのルディは泣きたい気分だ。

 「こいつでやってみるか?」

 今までの割ってしまった薄い色の低級品とは段違いに、色も赤くクラック内包物インクルージョンも少ない魔晶石をブランはルディの前に置いた。

 「勿体無いです。っていうか、実用的じゃありません」

 効果が最低限の回復魔法にこのクラスの魔晶石はムダ遣いだと、正解の答えを返した教え子を、試した師匠は褒めはしなかった。

 「お前、そういう知識はあるよな」

 「店で売ってた爺ちゃんの魔石を見てますから」

 そういえば、こいつの実家は魔石の専門店だったことを、ブランは思い出した。

 「石に込められる魔力の大きさを見極め、術式の安定と耐久のバランスを図るのが職人技って奴だ。ま、今のお前の一番苦手な奴だな」

 酷評にルディには反論の余地がない。

 だが、さてどうするかと考えたブランが取った方法は、手っ取り早く本職の出番というものだった。ここは王都魔法学校で、教師は腐る程居るのだ。こういうところでブランはこだわらない。単に面倒だったからかもしれないが。

 「断っておきますが、わたしは魔石製作については専門ではありません」

 翌日、呼び出されたのは、例によってスレインだった。

 「知っている。ちょっとコイツにコツを教えてやってくれれば良い」

 スレインを呼んだのは、単純に魔窟に踏み入る教師が少なく、その中で適当な技量を持つ者を選んだ結果なだけだ。頼むと言いながら横柄な態度だが、考えてみればブランはスレインの父親より歳上なのだ。年齢だけでもこの学校でブランより年長者の方が少ないし、忘れられがちだが、彼は宮廷魔術師四位である。講師待遇といいながら、身分だけみればスレインよりもずっと上だったりする。

 それに、目の前の縋るような目でこちらを見ている生徒の期待を、教師として裏切れるものではなかった。問題児と言われているが、ルディシアール本人は素直で学習意欲に満ちた良い子なのだ。

 そんなわけで問題点を見るために、ルディに十個目の失敗作を作らせたスレインは、さてどう説明しようかと考えた。

 「問題はやはり魔力量の調整ですか」

 初心者が躓く難しいところで、これは経験を積ませるのが一番なのだが、それを言ったら自分が呼ばれた意味がない。

 「一度、わたしがやって見せましょう。わたしは治癒魔法は使えないので、水魔法になりますが、コツを覚えるのであれば構わないでしょう」

 ルディは四元素属性すべて使えるので、この際基本を教えるにはなんでも良い。ある意味技量が高すぎて癖の付きすぎたブランより、基礎魔法を基本通りにやるしかない自分の方が見本としては適切だろうと考えたのだ。無論、ブランもそのつもりで自分を呼んだのだと、スレインも見当をつけていた。

 「砦を築き陣を描く。封じるは魔法の軌跡、魔術の理。沈黙をもって礎となす。我魔力を捧げ世界の理に請願す。水の元素を喚起するものなり。招請に応じ水精よ疾く現れ出よ<水球>砦を閉ざし鍵をかける。解放の主命は凍結を持って時が抱く<封呪>」

 水球の魔石は生活魔法の水出しに比べ、大量の水を確保する手段として様々な用途で使えるため、一般に比較的安価で良く出回っている。真水なので飲むことはできるが、自然の水の方が美味しいため、飲用には普段は使われない。しかし、場所を取らず保管のきく水樽として、特に船の旅には必需品だ。

 じいっと集中して術を見ていたルディに、スレインは要点を解説する。

 「込める魔力は魔石の許容量の五割程度、七割位までは大丈夫だけれど、それ以上は安定性が問題になるため、特殊な場合以外は避けた方が無難ですね。他に何か気づきましたか?」

 「えっと、刻んだ術式がものすごくシンプルでした」

 「そう、良く気がつきましたね。魔法を発現できる最低限の条件を満たすように術式を削ぎ落としています。詠唱で導かれる正確な術式に個性が混ざった部分を除いた、本当の意味での基本術式です。そうすることで、術者の癖を極力排除でき、安定した魔法の再現が望めるのです」

 もちろんその削り方が技術の見せ所でもあるのだが、簡単に説明すれば必要最低限の術式としての基本的構築と必要最低量の魔力をバランス良く配置することで安定性をはかっているのだと、スレインは言った。

 「これはあくまで基本の考え方で、ブラン先生の魔石のように特殊な物はまた違ってくるのでそれは覚えておいて下さい。さて、魔石の授業では、複写させることで最適な構造を覚えさせる方法をとることが多いですが」

 「それはやめておけ。変な癖を付けられても困る」

 一番手っ取り早い習得方法ではあるが、ブランの教育方針ではそれは悪手だった。

 「どうだ、わかったか」

 「はい、何となく。‥‥‥つまり、詠唱の術式を丸ごと入れるんじゃなく、最低限の魔力で発動出来る基本術式のみを正確に構築する、で良いのかな。済みません、少し裏で練習してきても良いですか?」

 「ついでにこれも使って見せてやろう。スレイン、もう少し付き合うか?」

 「そうさせて貰います」

 何となく用済みな雰囲気がしないでもないが、教師として手ほどきをした以上気に掛かるので、真面目な性格をしているスレインは律儀に付き合うことにした。

 スレインが作った水球の魔石を発動させるのを、ルディは真剣な目で見ていた。発現したささやかな水球の大きさが、良い参考になるはずだった。

 「うーん、水球はまともに詠唱するのは初めて魔法使った時以来かも」

 忘れてないと良いけど、などと恐ろしいことを呟いている生徒がいた。最初に使った火球を失敗して、次にやった水球で何とか形がついたんだっけ。あの感覚をなぞってみれば良いかもと、更に怖いことを言っているのに、スレインはその真偽をブランに問い質すことはやめた。

 魔法初心者が基礎中の基礎である球の魔法を使えるようになるのにどれだけ掛かると思っているのか、普通の生徒が聞いたら信じられないか怒り狂うことを知らずに言っているルディも、やらせたブランも、魔法教育の天敵かもしれないとスレインは思った。ついでに目の前で放たれた巨大な水球と、続く一連の流れに、それを確信する。

 「えっと、これを詠唱で術式構築させて、基本構成に絞って魔力を補完する感覚でやれば‥‥‥我魔力を捧げ世界の理に請願す。水の元素を喚起するものなり。招請に応じ水精よ疾く現れ出よ<水球>」

 もう一度放たれた水球は一回り小さくなっていた。

 「うっやりにくい、けど後は多分こんな感じで大きさを調節していけば」

 続けて何度か撃った水球は、大きさがどんどん小さくなって、魔力が絞られていった。

 「凄いですね、もう形になっているとは」

 ルディが放つ魔法が、魔石製作用にシンプルに特化されているのを見て取って、スレインは感嘆した。

 「要領が掴めれば何とかなるだろう。さすがに教え方が上手い」

 プロの教師だけのことはあると、ブランに言われたもののスレインは複雑な心境だった。確かに教えたが、それこそ最低限だ。これで即モノにできる生徒ばかりなら教師に教える苦労など必要ない。

 「そろそろいけそうだな」

 「多分。でも疲れる。杖と詠唱、面倒くさい」

 とんでもないことを言っている生徒を、ブランが叱った。

 「できない奴が文句言うな。無しで魔石作れるようになってから言え」

 やはり何かが違うと、スレインは思った。




 足取りが重い。魔窟から帰るスレインは、今日はもう休もうと決めていた。あんな生徒を見てからでは、まともに授業ができる自信がなかったからだ。

 結局、あの後ルディは十一個目にして、最初に試みた回復魔法ではなく水球ではあるが、魔石に魔法を封じるのに成功した。精度などはまだ問題があるが、幾つか作ることで腕は上がっていくだろう。スレインは礼を言われて送り出された。

 忘れよう。悪夢を見たと思って、心機一転明日からの授業を頑張ろうと、心に決めたスレインだ。


現時点で、ブラン64歳、スレイン30歳、デューレイア25歳、ルディシアール13歳。


ご都合設定‥‥‥エール=シオン王国宮廷魔術師の身分

宮廷魔術師は一代限りの名誉的なものですが、叙爵されています。異名持ちは特別で、リュレは功績の高さと実家が元々貴族なこともあり「伯爵」、ブランは「子爵」、他は功績が高い者、実家が貴族で「男爵」が二名、後は「準男爵」。

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