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内談

 手に持った手紙に、蝋燭の火をつけた。風魔法で支えてやれば、それはあっという間に灰となる。

 「やあ、バル。何か面白い話でも持ってきてくれたのかい?」

 腐れ縁の旧友であるム・バル・ノンカが、コカ・ラン・デテの屋敷を訪ねるのは珍しくない。共に学都リンデスの参議員であり有力な商人でもある。彼等ははるか昔、大地の壁の東から来たといわれ、リンデスの地が開かれた最初に入植し、この地の発展に尽力した人々の子孫でもあった。

 学都リンデスはユエ共和国の中央やや南西寄りにある山に囲まれた盆地だ。北側はやや険しい山脈がそびえているが、残る三方の山は比較的なだらかであり、特に東の街道は整備されており冬でも人の行き来が絶えない。また南に向かっては共和国の首都にも通じる大河があり、船での通商も盛んだった。

 リンデスには共和国で最も大きく伝統もあって有名なミルド学院がある。創始者の名を持つ学院では、魔法から武術、あらゆる学問が学べ、国内外から多くの学生や研究者が集う。学院はリンデスの中心的存在であり、学都と呼ばれる由来でもあった。

 「そうだな、わたしが贔屓にしている傭兵の息子が今年、学院に入学したんだが、なかなか面白い子でね。そうそう、丁度エール=シオンの金の女狐が可愛がっている子と同い年だ」

 ランの癖の強い濃金の髪が窓から差し込む夕日に赤く染まっている。召使が冷えたワインを持ってきたのに、応接用の丸テーブルに置くように指示する。自分も立ち上がって、壁の棚からお気に入りのグラスを自ら二つ取り出すと、布張りの豪奢な椅子に腰掛けた。向かい側に座ったバルは、肩まで伸ばした銀の巻き毛を左手でかき上げ、召使がワインをグラスに注ぎ退室するのを待って、グラスに右手を伸ばした。

 「白か」

 「赤は夕食でとっておきを開けてあげるよ。食べていくだろう?」

 「ご馳走になろう。君のとこの料理人は腕が良い」

 先にグラスに口を付けたランは、一口含み相好を崩した。

 「悪くない。この年は当たりだね」

 バルも香りを楽しみながら、グラスを半分ほど空けた。

 「さてバル、その子のことだが、君の方で何かわかったことはあるかい?」

 ランの意味深な顔つきに、バルは首を振った。

 「イマイチはっきりせん。女狐が強引に王都魔法学校に入れたのも、滅多にいない綺麗な子で、顔に惚れ込んだからだという噂がある。実力については、逸材ともまともに魔法が使えないとも」

 まあ、このくらいはとっくにランは掴んでいることだろうと、バルは承知で話をしてみせた。ランは自分が得ている情報のうち、バルがどのくらいを掴んだのか好んで聞きたがるという悪癖を持っている。それでも、ネタを明かせば、それ以上のものを遊びの礼にくれるので、バルとしても付き合って損はない遊びだった。

 「やれやれ、困ったことだねぇ。いっそ、金の御仁が年甲斐もなくその子に惚れたというなら、楽でいいんだけど」

 「おいおい、十二、いや十三になったばかりの子供だぞ」

 冗談と分かっているから、バルもカラカラと笑い飛ばす。その子は先日十三回目の誕生日を迎えたところだった。

 「五年も育てば食べ頃だよ。どうせあっちは永遠の美女だしね、百も離れていれば年の差なんて気にするのも馬鹿らしいだろうさ」

 ごもっともと、バルはグラスを掲げて同意して見せた。ただし、形だけだ。

 「君が本当にそう思っているなら、四十年ばかり前のマルドナークの連中を笑えないところだ」

 その頃は二人ともまだ生まれていなかったが、ちょっとばかり気になることを以前ランに聞かされていたため、バルは調べたことがあった。情報収集は商売の基本だ。

 案の定、ランは愉しそうにクスクス笑った。やはり、バルからそういった反応を引き出したかったようだ。

 「『黒の魔法殺し』が出た時の話だね。あの時はおかげでマルドナークは大魚を逃したって散々叩かれたそうだよ。アルドグレイグの亡霊に惑わされたせいで、『白の幻妖精』も失ったし、マルドナークにとってはまさに悪夢だったよねぇ」

 「君は今度も、同じ理由だと思っているのだろう?」

 「一方的な売り損を押しつけられたマルドナークならともかく、エール=シオンじゃ、あの時の金の御仁が立てた噂を知る者も少ないからね。何しろ金の御仁はその子を養子にするつもりだし、魔法学校じゃ『黒の魔法殺し』に預けたそうだよ」

 「それはまた。いや参った、とんだ伏兵じゃないか、ラン」

 長年の付き合いから、バルは飄々とした態度を崩さないランが、実はかなり腹を立てていることに気づいていた。表に出すような愚は侵さないが、他人に裏をかかれたり先を越されることをランは酷く嫌う。空魔法という才能をもって築いたランのプライドに、爪痕を付けるような行為を、彼は生理的に許せないのだ。

 「まったくだよ。『黒の魔法殺し』が出てから新たな異名持ちは生まれていないからね。気をつけてはいたんだけどねぇ」

 「わたしもだ、ラン。異名持ちの存在はいろいろとやっかいだ。そう、これでも目星は付けていたよ、君には及ばないだろうが」

 「大体想像はつくよ。ユルマルヌの子爵令嬢、ケルヴィン神殿の寵児、学院にも一人いるよね」

 「四元素属性持ち、ケルヴィンの寵児に至っては治癒まで持っている。皆、見栄えの良い者ばかりだよ」

 「ふふっそれじゃ金の御仁のお気に入りを見てみるかい。なかなかだと思うよ」

 ランは宙から取り出した丸鏡を机に置く。空魔法は便利だがランの魔力はマルドナークの魔法鞄の製作者と同じく、ごく標準的な魔術師のものだ。そのためマルドナークの侯爵夫人が魔法鞄の製作に魔力を費やしているように、彼が使う空魔法は仕事などの実利を伴うものが優先される。今のように個人的な遊びで使うのは珍しいことだとバルは思ったが、興味の方が先に立ちその鏡を覗き込んだ。手のひらより少し大きな魔導具の鏡に映し出されたのは、銀髪に淡い青色の瞳の少年だった。

 「‥‥‥これはまた」

 思わずバルは声をなくして見入ってしまった。

 「噂を信じたくなるだろう」

 金の魔術師が年甲斐もなく惚れ込んだと言われても、納得できる顔だとランは人の悪そうな笑顔を浮かべた。

 「やっかいなことを言ってくれるな」

 異名持ちは皆物凄い美形だという俗説は、結構正しいと現在の異名持ちの顔ぶれを知る者なら頷くだろう。この二人もだ。

 「もう一ついいことを教えてあげるよ。その子ね、杖無し無詠唱で、炎竜嵐と水竜嵐を二本立てで撃てるそうだよ」

 バルは本当かと問いかける言葉を、かろうじて飲み込んだ。愕然とこちらを見る友人の間の抜けた顔を見て、ランは大サービスした甲斐があったと、少しばかり機嫌を上向けた。

 ワインを一気に飲み干し、バルはぞんざいに机に置いたグラスから手を離す。

 「それでラン、君はどうするつもりだい?」

 「よしてくれ、バル。僕は金と黒の二人を敵にするような馬鹿じゃないよ」

 「わたしもだ。なにしろ異名持ちを複数持つのはエール=シオンのみだ。となれば彼の国とは仲良くするに越したことはない。そうだろう?」

 健全な考え方をするならだ。

 一国が下手をすれば三人の異名持ちを持つことになるというのは、他の国にとっては非常に憂慮すべき事態となりうる。それがマルドナークなどではなく、エール=シオンであることはまだマシだとしてもだ。

 ただ、バルはこの友人が大人しく事態を静観するタイプではないのをよく知っている。人の見えないところで主導権を握りたがる悪い癖もだ。

 「僕らはね。ただ、さっきの話もあるし、マルドナークがこれを知ったら面白くないだろうね。特に四十三年前に煮え湯を飲まされた老いぼれ将軍とかは、どうすると思う?」

 先程ランが言った百も離れていれば年の差など気にならなくなるといったようなことを、四十数年前に彼の地で駐在武官として言っていたおかげで、閑職巡りの貧乏くじ人生を送ることになった老将軍がマルドナークには未だ存在している。

 「それはちょっと見物だろうな」

 十中八九、いやそんなことを口にした以上、ランはとっくにその情報を将軍に知らせる手配を済ませているだろう。出所が自分であると知られないように、巧みに対象の耳に入れるのは、この友人には片手間の遊戯にも満たないとバルは思っていた。

 「同感だね。うん、バル、ちょっと賭をしないかい?その子が異名持ちになる可能性があるなら、元になる固有能力があるはずだからね。どんなものか当ててみないかい?」

 エール=シオンの一人勝ち状態を憂慮する国がどう出るかはともかく、何より三人目となり得る子供の固有能力は今後の大きな要因となることは間違いなかった。

 「君の手札を見せてもらってからなら、乗っても良い」

 やっても良いが、ずるはダメだというバルに、ランはグラスに残ったワインを飲み干して、二杯目を注ぐ。

 「やれやれ、正直に言って『無し』なんだけどねぇ。金の御仁が手元に引き取った四元素属性と治癒持ちだから、まず間違いないと思うけど、さすがに十三歳ではね」

 固有能力の発現は、魔力が境界を超えてからだという。そもそもが異名持ちは固有能力のために、人の境界を超える魔力があるのだといわれているのだ。境界に差し掛かったあたりで前兆が出ることもあるらしいが、境界を超えるのが大体二十歳前半くらいというから、さすがにまだ早すぎる。

 それじゃ手札も用意しようがないと、ランはバルのグラスにもワインを注いでやる。

 「つまり、特殊な属性は出ていないということかい。『黄金の天秤操者』は治癒、『黒の魔法殺し』は魔力の特異タイプ、『琥珀の影絵使い』は闇で『灰色の流星召喚士』は土属性の変異、『緑の守護者』は聞くところによると治癒の特異と光持ちという噂だ。君が無いということは、その子は四元素属性と治癒以外の属性は無いということだろう」

 異名持ちは四元素属性すべてに適性を持ち、その体質から生まれつき、あるいは境界を超えたときに例外なく治癒能力を得るという。つまりその条件を満たしている時点で、その子が将来異名持ちに成長する可能性が高いと推測できるのだ。だからこそ彼らも四元素属性持ちを注視していた。

 「最近まで魔力が無いと言われていて、表に出た時には金の御仁の手の中だ。とはいえ、由来の属性は生まれつきのはずだから、あるなら隠しても聞こえてくるだろうからね」

 それだけの情報網を持っているとランは自負している。

 特殊属性持ちならともかく、四元素属性と治癒というだけでは推測の立てようもないと、賭は無理だろうと言うバルにランはあっさりと同意する。

 「いっそ元に戻して『愛人』か『異名持ち』かではどうだい?」

 「ラン、君が『愛人』に賭けるなら」

 「まさかだね」

 即答したランに、それじゃやっぱり賭は成立しないとバルは笑った。




 魔石の加工技術を習いたいというのは、ルディシアールの早くからの希望だった。魔物から取れる魔晶石は様々なことに利用される。最も多いのが、魔術を刻んで魔導具として利用するというものだ。特に魔法そのものを封印し、その魔法を誰でも使えるようにした封呪の魔石は需要が多い。込められる魔法のレベルは魔石の質や大きさに左右されるが威力の高い魔法を封じるのは困難であり利用する魔石も質の高い物が必要になるため、一般的に流通している物は初級魔法の魔石に限られていた。また一度発動させれば魔石自体が灰になるため、封呪の魔石は使い捨てである。

 封呪の魔石は、誰でも使えるのが原則であるため刻み込まれる魔術の術式に術者の癖という個性が、できうる限り排除された物ほど良いとされている。その方が安定性が高く、誰が使っても魔法の発動に間違いが起こりにくいからだ。

 ブランがルディに魔石の加工技術を教えるのに珍しく悩んでいるのは、彼が得意ではないからではない。癖がありすぎるからだ。彼の造ったウサギ型ゴーレムの核である魔石をはじめとして、ブランが製作する魔石は飛び抜けた性能を発揮する代物だが、業界においてははっきり特殊とされるものだ。俗に言う、イっちゃっている物である。

 しかるに、特に封呪の魔石作りに関しては、ブランはリュレにくれぐれもルディにはまずは普通の、安定性の高い技術を仕込めと厳命されていたからだ。故に基礎中の基礎でもある魔法を封印する封呪の魔石作りを教えるにあたり、ブランは最も堅実である方法を選択した。

 「杖と呪文だな」

 不本意だが、それが最も確実で手っ取り早い。

 「はい?」

 「お前はただでさえ制御に粗があるからな。詠唱して基本に忠実な術式を展開して杖に込め、それを正確に魔石に転写する。面倒だが、当面はこれが一番確実だ」

 基本は大事だと、非常にらしくないことを言っている気もするが、ここは冒険をするところではないだろう。

 ということで、初日以来放置されていた杖の出番となった。そうか、こういう使い道があったかと、高価な杖を死蔵していた師弟は、何となく複雑な気分で研究室の隅でほこりを被っていたそれを取り出した。ともあれミスリル製で付けられた魔石も最高級品質であるこれなら、十分使用に耐えられるだろう。

 「魔晶石はその辺に転がっているのを好きに使え。やり方は教えてやるが、術式なんかは図書館で本を借りてこい」

 本当に、この研究室には貴重な魔晶石が原石の状態でゴロゴロ転がっているのだ。その辺りの荒野で仕留めた魔物産のものもあるし、ブランが自分で迷宮に潜って狩ってきた物もある。基本的に迷宮で獲れる物の方が高品質であるため、時たま気分転換も含めて狩りに行っていたそうだ。それにしても、なんとも投げやりな指導方法だ。

 「うーん、何にしようか」

 ルディが今一番得意なのはブランと同様に風魔法だ。これは使い勝手も良いからと集中的に教えられたし、確かに四大元素属性の中では最も性に合っている気がするが、封呪の魔石にするにはあまりピンとこなかった。

 魔石作りの本を探しに、ルディは授業後に図書館を訪れたのだが、さすがは王都魔法学校の図書館だ。所蔵数がハンパではない。司書に聞こうと受付に行き、そこでルディはルームメイトのローレイと顔を合わせた。

 「珍しいな、君と図書館で会うとは」

 「ローレイ君は良く来るの?」

 「ああ、三日に一度は来ている。せっかく魔法学校にいるのだから、利用しない手はないだろう」

 魔法に関する本は当然だが、将来軍人になるために戦術、戦略の本も片っ端から読んでいるという。

 ルームメイトでありながら、それ以上の接点がないローレイのことは、何故か直接よりエルやフローネ経由で話を聞く方が多い。

 「それで君は何の本を?」

 「治癒魔法の封呪の魔石を作りたいんだ。その教本をね」

 考えた末に、ルディは風と同じくらい使い慣れている治癒魔法を選択した。

 回復や治癒の魔法を封じた魔石は、迷宮探索者などの必需品である。需要に反して在庫は常時不足気味であり、しかも価格も相応だ。ルディの祖父アルハー・シエロが最も得意としているのが治癒、回復、解毒の魔石である。

 「魔石の加工は一年次生徒が習うものではないと思ったが」

 「でも、魔力制御の訓練にもなるから、ブラン先生が教えてくれるって」

 実は結構楽しみにしていたというルディに、ローレイは驚きを露わにした。

 「凄いな」

 「うん、凄いんだよ、ブラン先生は」

 四大元素属性魔法に治癒魔法、悉くを超一流のレベルで網羅する腕前は正直とんでもない。ルディが心酔するのも、仕方ないわねと、それに関してはデューレイアも無条件で認めていた。

 「僕が言ったのは君のことなんだが。なるほど、自覚のなさが一番の原因というわけか」

 ルディに関する噂はイヤでも耳に入ってくるが、事実とは異なるというのは大分前からローレイは気づいていた。結局のところ、自身のレベルを知らないルディが反論しないので、噂が悪い方に一人歩きして現況を招いたと、ローレイはここに至って理解した。

 噂に踊らされているのは単なる道化か、それとも故意に放置しているのか。少し考えすぎかなと、ローレイは呟いた。




 その日、ロワンはオルティエドを伴ってシエロ家に足を運んだ。

 応接室に通されたロワンは、ルトワーノンだけではなく、アルハーにも話を聞いて貰いたいと望む。

 「金の魔術師殿からの支度金と、他にギルドで向こう五年間の魔石の定期買い取り枠を設けた」

 ロワンが差し出したのは莫大な額の支度金を約束する確約書と、治癒魔法以外の魔石を五年間、魔法ギルドが定量を買い取るという契約書だった。それをルトワーノンは震える手で受け取った。

 「この条件で、受けて貰えないだろうか」

 「本気か?」

 「正直、こっちが出せるギリギリの条件だと思って貰いたい」

 今より大きな店をもう一軒開いてなお余りある支度金だ。加えて魔法ギルドで売れ筋の治癒魔法系以外で、定量の魔石を買い付けてくれるという。しかも、その量は店の売上金額に相当する。ロワンが提示したそれは、破格といって良い条件だ。

 仕事場の改装、結界の要となる魔石を買い換えたこともあり、店の経営はかなり逼迫されていた。だが、これがあれば余裕で持ち直すだろう。

 「来年はアリアルーナちゃんも魔法学校に行くんだろう?」

 魔力も高く出来が良いと評判で、ルトワーノンが一番可愛がっている娘だ。親としては当然王都魔法学校に入れたいと願っていることを、オルティエドも承知していた。そして、それには何より先立つものが必要だ。

 「魔石の買い取り枠は五年だが、それから先もある程度継続できると思う」

 実績が出来れば、慣例に従って枠を既得権として確保することも可能であることを、口約束ではあるがロワンは匂わせた。

 「どうかね、ルディ君にも、悪い話じゃないだろう」

 喉から手が出るほど欲しいと、ルトワーノンが考えていることを見越して、ロワンは促した。

 「親父」

 「うむ‥‥‥だがロワン、アンタに孫を売らせるようなことを言われるとはな」

 縋るような瞳で自分を見る息子から、古い付き合いであるロワンに目を向けて、アルハーは重々しく口を開く。

 「アルハー、それを言われると儂も、なあ。だが、相手が悪い。アンタもわかってるだろう。金の魔術師の機嫌を損なえば、儂の首が飛ぶだけじゃ済まん」

 綺麗事を言っている余裕はない、路頭に迷いたくはないだろうと、口にしなくても十分伝わっていた。

 「アンタがそこまで言うとはな」

 「済まんな。だが、これはアンタ達のためでもあるんだ。それに、さっきも言ったがルディ君にもいい話であるのは本当だ。金の魔術師を後ろ盾に得れば、将来は約束されたようなものじゃないか」

 それはアルハーの本音だった。オルティエドから聞いているだけでも、ルディが家族とうまく行っていないのは明白だったからだ。それならいっそ金の魔術師の庇護に頼った方が、ルディの為になると彼でなくても思うだろう。

 「オルティエド、このことはフローネちゃんには」

 「言ってない。あの子はルディ君と仲が良いからな。まあ、なんだ、文面には厳しい条件も謳われているが、そこは相続とかの問題だと思うんだ」

 ルトワーノンに、オルティエドは言葉を濁して言った。この時、オルティエドはそれらの条件は、本当に書類上の手続きだけのものだと思っていたのだ。それより、この先の娘への言い訳の方が、オルティエドには余程気にかかっていた。

 「いや、ほら、ウチの評判が、なぁ」

 決まり悪げに目を伏せて言いつのるルトワーノンに、ロワンは首を横に振った。

 「最初に言ったが、これ以上は無理だ。なにも今この場でサインしろと言うわけじゃないんだ。考えてくれんか」

 「ロワン、なんで金の魔術師殿がここまでしてルディのことを‥‥そりゃああの子は見場は良い方だが」

 「儂は知らんよ」

 アルハーにロワンは間髪を入れずに答えた。

 「王都のギルド長にも、気に入られたとしか聞いていない。学校でも評判になるくらいに贔屓して貰っているらしいと、噂に聞くくらいだ」

 あくまで噂だと、ロワンは断った。将来の愛人候補だと口さがない連中が公然と囁いているとは、流石に口にしなかった。


名前の出ている異名持ちの生まれの古い順。

紫・褐色・緑・灰・金・琥珀・白・黒

紫、白は故人。褐色、緑は行方知れず。

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